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第37話 聖域(1)

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<作者より>
第37話~第40話まで、聖域に関する物語になります。
新しいキャラクターが3人登場しますが、今のところほぼこの4話限定ですのでご安心(?)ください。
Kindle版第4巻は、この第40話までを収録予定です。

  *  *  *

 春。桜は散ったが、緑が綺麗なシーズンだ。花もそこかしこに咲いている。先日帰宅部で開催したチューリップ鑑賞会は、シュールで面白かった。
 お昼休み。絢音を見つめながらチューリップについて考えていると、絢音が頬張っていたおかずを飲み込んでから可愛らしく微笑んだ。
「すごい見られてる」
「チューリップについて考えてた」
「それは、リップにチューしたいっていう、隠喩?」
「絢音史上、5本の指に入る迷言だった。迷う方」
「去年の私を超えていくよ」
 何やらご機嫌だ。
 笑い声が聞こえて斜め後ろを振り返ると、女子のグループが何やら楽しそうに笑い転げていた。今日はその中に涼夏も加わっている。
 2年になり、新学期が始まってすぐ、新しい友達作りが繰り広げられた。有り難い制度によりすでに親友と一緒という生徒は多いが、それでも友達はたくさんいるに越したことはないと考える子もいて、涼夏も来る者拒まずで付き合っている。
 絢音も何人かから声をかけられていたが、やんわりと辞退して、毎日こうして私と一緒にお弁当を広げている。
 私はまた存在感を消して生きようと、ひっそりと息を潜めている。幸いにも女子の派閥争いには巻き込まれずに済んでいるが、すでに男子に告白されるというイベントがあってうんざりした。
 聞くと去年の文化祭から気になっていたが、クラスが一緒になって、いてもたってもいられなくなったとのこと。やはりあの文化祭だ。不本意にも、私はあれで目立ち過ぎた。
 もっとも、男子はともかく、声をかけてもらえること自体は悪いことではない。もし同じクラスに絢音のバンド仲間がいて、時々絢音を取られていたら、私ももっと違う動きをしていただろう。私の安定は、絢音の善意によって作られている。
「私はいつも絢音に感謝している」
 過程をすっ飛ばして感謝の気持ちだけ伝えると、絢音は満足そうに頷いた。
「ナツが千紗都といられる朝の時間が貴重だって言ってたけど、私も昼はこうして千紗都と一緒に過ごしたいんだよね」
 もちろんそこに涼夏が加わればより素晴らしいが、奈都が平日の朝と休日だけで満足しているように、涼夏も帰宅部の活動と休みの日に遊べたら満足している節がある。
 四六時中、常に友達と一緒にいたい私には、それが少し寂しい。
 お昼休み残り5分になると、涼夏がやってきて雑に私にもたれかかった。
「何か面白い話はあった?」
 制服越しに涼夏の熱を感じる。それに、色々なところがふんにょりと柔らかい。夏服が恋しいという思考は絢音っぽいだろうか。
「チューリップはリップにチューする隠語だって、絢音が狂ったことを言ってた」
「私もチューリップしたいぞ?」
「変な動詞作らないで」
 唇を尖らせる涼夏の顔を押し退けると、言い出しっぺがくすくす笑った。
 残り2時間、真新しい教科書を広げて、少しだけ難しくなった授業に励む。1学期の中間は今度こそ20位をと思っているが、どうだろうか。2年生にもなると進路についても考えなくてはいけない。
 今のところ進路の希望は特にない。漠然と大学に行きたいとは思っているが、文系と理系の得意不得意もなければ、強い興味もない。
 友達と同じ進路を選びたい。ぶっちゃけて言えばそれが一番だが、ユナ高に成績上位で入学した絢音と下位で入学した涼夏の学力差は、1年の間にさらに開いて、二人が同じ大学に進むのは考えられない。涼夏にいたっては、料理系の専門学校もいいみたいなことを言っている。
 絢音は絢音で、元々勉強は遊びの一つだと言っているような子である。頑張って食らいついて同じ大学に入れたところで、今の絢音と涼夏のような学力差がついて苦労するだけだろう。
 つまり、二人とは進路が別になると覚悟している。
 もっとも、今のままの関係が持続すれば、時々話しているルームシェア計画は実現するだろう。むしろ、実現させるために、関係の維持も含めて、私は全力で動く決意をしているし、宣言もしている。
 そうなると、私の希望する進路は一つだ。
 正妻と同じ大学に行く。
 進路について話したことはないが、中学からずっと一緒なので、何となく大学も一緒になりそうな気がしている。むしろ、そうなるように合わせようと思っている。そうなると、私はそこまで高い学力をキープする必要がないので、20位にこだわらなくてもいいのではないかという、長い考察。
 それについてはまたいつか奈都と話すことにして、ひとまず受けを広くするべく、勉強は頑張ろう。
 放課後、ようやく部活タイムが来たとワクワクしながらチャイムの余韻に浸っていたら、何やら予期せぬ動きがあった。部活に入っていない数人が涼夏に話しかけていて、涼夏もにこやかに応じている。
「良くないなぁ」
 いつの間にか近くにいた絢音が、渋い声で呟いた。今日は絢音が塾なので、掃除当番もないし、一緒に駅まで歩いてから涼夏と二人で帰宅を楽しむつもりでいた。涼夏もそのつもりでお昼を一緒に過ごさなかったのは間違いない。バイトがある日は一緒にお昼にすることが多い。
 学年が上がりクラスも変わって、帰宅部が増えた。部活を1年で辞めた子もいて、我が3組は私たちも含めて10人くらいだろうか。部活動が盛んなユナ高にしては高い比率である。
 今涼夏に話しかけている長井さんもその一人で、お昼に涼夏がご飯を食べていたグループの中心的人物でもある。涼夏曰く、「あそこと繋がっておくと後々便利」とのことだったが、まさか放課後まで一緒に過ごすことは考えていなかっただろう。
 長井さんと一緒にいるのは女子が一人と男子が二人。片方は川波君で、相変わらず帰宅部である。メンバーを見ても、一緒に帰ろうと言われているのは間違いない。
「涼夏が私たちより、あの子たちを優先するとは思えないけど」
 率直な感想を述べると、「どっちかを選ぶならね」と絢音が低い声で言った。
 絢音が懸念した通り、涼夏は私たちを手招きすると、笑顔のまま言った。
「たまにはみんなで帰ろうか」
「いいよ」
 絢音が笑顔で応じる。珍しい余所行きスマイルだ。私は二人には絶対にこういう顔を向けられたくない。
 無言で頷いて、7人という大所帯で教室を出た。この人数ならどうせ2人組か3人組に分かれるだろう。自己紹介によると、広田さんと岩崎君は去年同じクラスで、長井さんと岩崎君はクラスは違うが仲が良かったらしい。
 ちなみに、川波君は同じ帰宅部の男子ということで岩崎君と友達になったそうだ。去年の江塚君のポジションかと思ったが、長井さんと岩崎君はだいぶ仲が良いようだ。
「二人は付き合ってるの?」
 絢音があっさりと切り込む。私は思わず息を呑んだが、長井さんは「それはない」と軽やかに手を振った。
 いずれにせよ、このメンツなら私と絢音の組になるだろう。楽観的にそう考えていたが、その一言をきっかけに絢音を取られてしまい、私は川波君と二人で、5人の背中を見ながら歩くことになった。
「一応確認するけど、これは川波君が私と喋るための、壮大で回りくどい作戦なの?」
 結果としてこうなっている状況から、私が非難するように目を細めると、川波君は「まさか」と笑った。
「長井さんは俺にどうこう出来るタイプじゃないな」
「じゃあ、誰が言い出したの?」
「長井さんが猪谷さんと仲良くなりたいんだと見てるけど、女子の人間関係はよくわからん」
 それは私にもわからない。涼夏の方でも長井さんとは仲良くなりたそうにしていたが、帰宅部に何か新しい風を入れたいのだろうか。しかし、新学期が始まってから今日まで、そんな話はしたことがないし、今日も普通に3人で帰るつもりでいた。
 後ろから観察していると、長井さんが涼夏と仲良くしたいのは立ち位置でわかった。広田さんはよくわからない。長井さんのグループに入りたいようにも見えるし、岩崎君と一緒にいたいようにも見える。長井さんから邪険にされているということはもちろんなさそうだが、今は長井さんは涼夏の方しか見ていない。涼夏が私を放置しているのと同じようなものだろう。
「3人はどういう関係なの? 恋愛的な何かはあるの?」
 声が聞こえないよう、少しだけ川波君に顔を寄せて聞くと、川波君は明らかに照れたように首を横に振った。
「ないと思うけど、俺もまだ付き合いが浅いからわからん」
 別に彼らが恋愛するのは勝手だが、どうか私たちを巻き込まないで欲しい。川波君が「野阪さん、そういうの興味あるのは意外」と驚いたように呟いたが、見当違いも甚だしい。自分でも冷たく感じるくらい、まったく興味がない。
「一応確認するけど、あの中に川波君のことが好きだって女子はいる?」
 自分ではわからないので聞いてみる。私にはそういう女心の機微がまったくわからない。女子に限定してしまったが、別に岩崎君と同性愛でも構わない。とにかく、川波君がどれくらい好かれているかは、私にとって大きな問題なのだ。
「それはない」
 川波君が笑いながら断言したので、私は「よかった」とほっと息を吐いた。隣で川波君がひどく驚いた顔をしたが、どうしたのだろう。
 中学時代、私はある男子に告白されて、その男子が女子の間で人気だったことから、ひどく孤独な学校生活を送ることになってしまった。川波君が私のことを好きだと公言していることは、川波君のことを好きな女子には面白くないだろう。
 いっそ川波君が他の女子と付き合ってくれればいいが、今日の反応を見ている限り、新学期が始まってもまだ私のことが好きなようである。それならいっそ、誰も川波君のことを好きではない方が有り難い。
 そういう意味の「よかった」だが、情報量の少ない川波君は正しく解釈してくれただろうか。
 だらだらと20分ほどかけて上ノ水まで歩くと、長井さんがこれから恵坂で遊ぼうと言い出した。元々そういう話をしていたのか、涼夏が迷いなく「いいよ」と答えて、広田さんも「懇親会!」と嬉しそうに手を叩いた。懇親会の響きが面白かったのか、絢音がくすくすと笑う。
「私は塾があるから、古沼で離脱するね」
 そう言って断る絢音に、長井さんが了解だと頷いた。何となく嫌な気分になったのは、いくらなんでも心が狭いかもしれない。
 川波君は家が逆方向だが行くといい、他の二人も同様に頷いた。長井さんは私や涼夏と同じで、恵坂は定期券の範囲内らしい。
 イエローラインに乗り込んで、次の古沼で絢音と別れる。「また明日」と絢音が手を振ったが、当たり前のようにハグはなかった。何だか物足りないので、今夜電話しよう。左右に揺れる絢音の髪を窓越しに見つめながら、心の予定表に電話マークを書き記した。
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