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最終話 日常 エピローグ
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始業式。久しぶりの制服を着て、眠たい目をこすりながら家を出た。
さすがに少しばかり緊張して、あまりよく眠れなかった。たぶんクラスは大丈夫とは思いながらも、もしぼっちになってしまったらという不安があった。中学時代はぼっちが当たり前だったが、もはやあの頃には戻れない。
最寄り駅で奈都と合流すると、こちらは元気に明るく笑った。
「チサ、おはよー」
「おはよ。奈都は朝から元気だね」
「チサと会えるしね!」
にこにこと、嬉しいことを言ってくれる。4月に入ってからも2日に1回は会っているが、久しぶりの感じがするのは制服のせいか。
ちなみに絢音の企画したエイプリルフールパーティーは、時々真実を混ぜながらひたすら罪のない嘘をつきまくり、最後に答え合わせをするという、混沌の一日になった。私も持参した手土産のことや、行きにすれ違った架空のおじさんの話など、色々頑張ったが、絢音の初恋の話に全部持っていかれた。もちろん、全部嘘だった。
奈都は中学時代の部活のことでくだらない嘘をついて、一瞬私と喧嘩になったが、それもまたいつものことだった。
電車に乗ってシートに腰掛け、奈都にもたれかかりながら耳元に顔を寄せた。
「奈都が元気なのは、私のおかげ」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、もっと感謝して」
はっきりそう言うと、奈都が「えー」と心外そうに声を上げた。
2年生の抱負について話をすると、奈都はまずは新入部員の勧誘だと、部活のことを熱く語った。今年もやはりバトン中心の生活を送るようだ。
私の方は、帰宅部が正式な部活として認められるくらい、アクティブに帰宅したいと話した。奈都が苦笑しながら、私の手の甲に指を滑らせた。
「それは、無理じゃないかな」
「部費で遊びたい」
「他人のお金で焼肉食べたいみたいな響き」
「コミュニティー止まりか」
「キタコミ」
「帰宅コミュニティー? 響きはいいね」
くだらない話をしながら、通い慣れた通学路を歩く。去年まで3年生の色だったリボンを、今年は新1年生がつけている。後輩と接する予定はないが、私も先輩かと感慨深く呟くと、奈都が目を細めて私を見た。
「2年生に、すごく綺麗な先輩がいたって噂になるね」
「ひっそりと生きよう」
いよいよ校門をくぐる。緊張しながらクラス発表のボードに行くと、すでに来ていた涼夏と絢音が手を振った。
「二人ともおはよー」
「おはよ。2年生に、すごく可愛い先輩がいた」
涼夏を見つめながらそう言うと、涼夏は不思議そうに首をひねった。
「誰だ? 私か?」
「そう。きっと噂になるよ」
ボードを見上げると、猪谷涼夏、西畑絢音、野阪千紗都の名前は、この順番で同じクラスに書かれていた。
順当だが、ほっとした。本当に、これで一緒になれなかったら、何のための希望制度だと思う。
ただ、奈都は別のクラスだった。離れた場所にある奈都の名前を険しい表情で見つめると、奈都が小さくため息をついた。
「まあ、そうなるか」
「思ったより平気そうだね」
涼夏が困ったように微笑んだ。なんとなくそんな予感はあった。希望制度がなければ、同じクラスになれる確率は、なれない確率よりずっと低いのだ。
「まあ、希望制度でクラスの子の名前を書いたしね」
仕方なさそうに奈都がそう呟く。それはあまり関係ないのではないかと首を傾げる絢音に、奈都が静かに首を振った。
「書いた分だけ、チサと一緒になれる可能性が減るって、前にチサと話してて。そのせいとは思わないけど、名前を書いた時点で、私の中でこの結末を受け入れる覚悟はしてた」
「結局、名前書いたんだね」
「誘われたしね。私だって、誰も友達がいないのは嫌だよ」
それはもっともだ。奈都とはまた毎日一緒に登校するし、土日も一緒に遊ぶ。奈都はむしろ、その距離感を心地良く感じているようにも思える。それを汲み取ったのか、涼夏が明るく笑って奈都の背中を叩いた。
「よし、じゃあ今年も、去年と同じ感じで!」
「そうだね。いっぱい誘ってね」
そう言って、奈都はクラスの友達の方に駆けて行った。
その背中を見送って、再び3人でボードを見上げる。男子帰宅部員は本当に名前を書かなかったのか、江塚君と川波君は別のクラスになっていた。ちなみに、川波君は私と同じクラスだ。
「私は、莉絵とさぎりんと同じクラスじゃなくて、安心した」
声を潜めて絢音が呟いた。涼夏と二人で目だけで続きを促すと、絢音がボードを見つめたまま続けた。
「あの子たちも帰宅部だから。ごちゃって混ぜたくなかったし、莉絵の前で千紗都や涼夏とハグしまくるのも悪いし」
確かに、豊山さんは絢音と同じ中学で、同じバンドメンバーで、今でも一緒に活動している仲間である。同じクラスになれば自然と一緒に帰ろうと声をかけるだろうが、絢音は私と涼夏が大好きだ。目の前で誘いを断ったり、私たちとご飯を食べたりするのは、誰も幸せにならないだろう。
「ハグは続けるんだ」
涼夏がからかうように笑う。絢音が「二人が嫌じゃなければ」と確認して、涼夏が「もちろん」と頷いた。もはや朝の歯磨きと同じくらい、絢音のハグがないと落ち着かない体になってしまった。
3人で新しい教室に向かう。初めての子や、見知った友達と挨拶を交わすと、川波君が実に晴れやかな顔でやってきた。
「俺は百年分の運を使い果たした」
「今日、車に轢かれないように気を付けてね」
「もう死んでもいい!」
「せっかく一緒のクラスになったのに、死んでもいいんだ」
変な人だ。よろしくと言って手を差し出されたので、反射的にその手を握ると、涼夏が血相を変えて飛んできた。前にもこんなことがあった気がする。
何にしろ、恋愛的な意味はまったくないが、川波君と同じクラスなのは私としても有り難い。私を好きになる男子を、十分牽制してくれたらと思う。とにかくもう、色恋沙汰は懲り懲りだ。
新しい担任の挨拶と始業式があり、早速授業が始まる。新学年最初のお昼休みは、誰と仲良くなるか難しい駆け引きが繰り広げられるが、私たちはそれには参加せずにいつも通り3人で食べた。涼夏は休み時間ごとに色々な子と喋っていたが、私は相変わらず絢音と二人で過ごした。席もまあまあ近い。
放課後、掃除当番もなかったので、3人揃って校舎を出た。すっかり散った桜並木の下で、各部新入生勧誘の準備を始めている。今日は絢音の塾も涼夏のバイトもないので、奈都が来るのを待って冷やかしておいた。
「ナッちゃんは、青春の申し子だな」
学校を出てすぐ、涼夏が軽い調子でそう言った。随分と大層なものになった。ユナ高では何かの部活に入っている生徒の方が多いので、申し子がたくさんいる。
絢音がいつものポジションで、私と涼夏の手を握った。今年から私も絢音もリュックにしたので、手も繋ぎやすくなった。涼夏にはずっと勧められていたが、やはりリュックは楽だ。
春の夕方、少し肌寒いが、身を切るような冷たさはない。夕方といっても、日が沈むまでまだ2時間以上ある。今年も絢音の塾と涼夏のバイトは交互に入っていて、こうして3人揃って遊べる平日は少ないだろう。初日にして貴重な日だ。
「さて、2年生最初の帰宅部活動だけど、何する?」
部長の役目は話を切り出すことだと、平然とそう言って涼夏に放り投げる。涼夏がわざとらしく唸り声を上げた後、爽やかに笑った。
「ファミレスで作戦会議かな」
極めて平凡にして妥当な選択だ。
のんびりと、しかし気は緩めず、今年も帰宅に邁進しよう。すべてが新鮮で、この上なく充実していた去年を超えること。それを、今年の帰宅部の目標とする。
さすがに少しばかり緊張して、あまりよく眠れなかった。たぶんクラスは大丈夫とは思いながらも、もしぼっちになってしまったらという不安があった。中学時代はぼっちが当たり前だったが、もはやあの頃には戻れない。
最寄り駅で奈都と合流すると、こちらは元気に明るく笑った。
「チサ、おはよー」
「おはよ。奈都は朝から元気だね」
「チサと会えるしね!」
にこにこと、嬉しいことを言ってくれる。4月に入ってからも2日に1回は会っているが、久しぶりの感じがするのは制服のせいか。
ちなみに絢音の企画したエイプリルフールパーティーは、時々真実を混ぜながらひたすら罪のない嘘をつきまくり、最後に答え合わせをするという、混沌の一日になった。私も持参した手土産のことや、行きにすれ違った架空のおじさんの話など、色々頑張ったが、絢音の初恋の話に全部持っていかれた。もちろん、全部嘘だった。
奈都は中学時代の部活のことでくだらない嘘をついて、一瞬私と喧嘩になったが、それもまたいつものことだった。
電車に乗ってシートに腰掛け、奈都にもたれかかりながら耳元に顔を寄せた。
「奈都が元気なのは、私のおかげ」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、もっと感謝して」
はっきりそう言うと、奈都が「えー」と心外そうに声を上げた。
2年生の抱負について話をすると、奈都はまずは新入部員の勧誘だと、部活のことを熱く語った。今年もやはりバトン中心の生活を送るようだ。
私の方は、帰宅部が正式な部活として認められるくらい、アクティブに帰宅したいと話した。奈都が苦笑しながら、私の手の甲に指を滑らせた。
「それは、無理じゃないかな」
「部費で遊びたい」
「他人のお金で焼肉食べたいみたいな響き」
「コミュニティー止まりか」
「キタコミ」
「帰宅コミュニティー? 響きはいいね」
くだらない話をしながら、通い慣れた通学路を歩く。去年まで3年生の色だったリボンを、今年は新1年生がつけている。後輩と接する予定はないが、私も先輩かと感慨深く呟くと、奈都が目を細めて私を見た。
「2年生に、すごく綺麗な先輩がいたって噂になるね」
「ひっそりと生きよう」
いよいよ校門をくぐる。緊張しながらクラス発表のボードに行くと、すでに来ていた涼夏と絢音が手を振った。
「二人ともおはよー」
「おはよ。2年生に、すごく可愛い先輩がいた」
涼夏を見つめながらそう言うと、涼夏は不思議そうに首をひねった。
「誰だ? 私か?」
「そう。きっと噂になるよ」
ボードを見上げると、猪谷涼夏、西畑絢音、野阪千紗都の名前は、この順番で同じクラスに書かれていた。
順当だが、ほっとした。本当に、これで一緒になれなかったら、何のための希望制度だと思う。
ただ、奈都は別のクラスだった。離れた場所にある奈都の名前を険しい表情で見つめると、奈都が小さくため息をついた。
「まあ、そうなるか」
「思ったより平気そうだね」
涼夏が困ったように微笑んだ。なんとなくそんな予感はあった。希望制度がなければ、同じクラスになれる確率は、なれない確率よりずっと低いのだ。
「まあ、希望制度でクラスの子の名前を書いたしね」
仕方なさそうに奈都がそう呟く。それはあまり関係ないのではないかと首を傾げる絢音に、奈都が静かに首を振った。
「書いた分だけ、チサと一緒になれる可能性が減るって、前にチサと話してて。そのせいとは思わないけど、名前を書いた時点で、私の中でこの結末を受け入れる覚悟はしてた」
「結局、名前書いたんだね」
「誘われたしね。私だって、誰も友達がいないのは嫌だよ」
それはもっともだ。奈都とはまた毎日一緒に登校するし、土日も一緒に遊ぶ。奈都はむしろ、その距離感を心地良く感じているようにも思える。それを汲み取ったのか、涼夏が明るく笑って奈都の背中を叩いた。
「よし、じゃあ今年も、去年と同じ感じで!」
「そうだね。いっぱい誘ってね」
そう言って、奈都はクラスの友達の方に駆けて行った。
その背中を見送って、再び3人でボードを見上げる。男子帰宅部員は本当に名前を書かなかったのか、江塚君と川波君は別のクラスになっていた。ちなみに、川波君は私と同じクラスだ。
「私は、莉絵とさぎりんと同じクラスじゃなくて、安心した」
声を潜めて絢音が呟いた。涼夏と二人で目だけで続きを促すと、絢音がボードを見つめたまま続けた。
「あの子たちも帰宅部だから。ごちゃって混ぜたくなかったし、莉絵の前で千紗都や涼夏とハグしまくるのも悪いし」
確かに、豊山さんは絢音と同じ中学で、同じバンドメンバーで、今でも一緒に活動している仲間である。同じクラスになれば自然と一緒に帰ろうと声をかけるだろうが、絢音は私と涼夏が大好きだ。目の前で誘いを断ったり、私たちとご飯を食べたりするのは、誰も幸せにならないだろう。
「ハグは続けるんだ」
涼夏がからかうように笑う。絢音が「二人が嫌じゃなければ」と確認して、涼夏が「もちろん」と頷いた。もはや朝の歯磨きと同じくらい、絢音のハグがないと落ち着かない体になってしまった。
3人で新しい教室に向かう。初めての子や、見知った友達と挨拶を交わすと、川波君が実に晴れやかな顔でやってきた。
「俺は百年分の運を使い果たした」
「今日、車に轢かれないように気を付けてね」
「もう死んでもいい!」
「せっかく一緒のクラスになったのに、死んでもいいんだ」
変な人だ。よろしくと言って手を差し出されたので、反射的にその手を握ると、涼夏が血相を変えて飛んできた。前にもこんなことがあった気がする。
何にしろ、恋愛的な意味はまったくないが、川波君と同じクラスなのは私としても有り難い。私を好きになる男子を、十分牽制してくれたらと思う。とにかくもう、色恋沙汰は懲り懲りだ。
新しい担任の挨拶と始業式があり、早速授業が始まる。新学年最初のお昼休みは、誰と仲良くなるか難しい駆け引きが繰り広げられるが、私たちはそれには参加せずにいつも通り3人で食べた。涼夏は休み時間ごとに色々な子と喋っていたが、私は相変わらず絢音と二人で過ごした。席もまあまあ近い。
放課後、掃除当番もなかったので、3人揃って校舎を出た。すっかり散った桜並木の下で、各部新入生勧誘の準備を始めている。今日は絢音の塾も涼夏のバイトもないので、奈都が来るのを待って冷やかしておいた。
「ナッちゃんは、青春の申し子だな」
学校を出てすぐ、涼夏が軽い調子でそう言った。随分と大層なものになった。ユナ高では何かの部活に入っている生徒の方が多いので、申し子がたくさんいる。
絢音がいつものポジションで、私と涼夏の手を握った。今年から私も絢音もリュックにしたので、手も繋ぎやすくなった。涼夏にはずっと勧められていたが、やはりリュックは楽だ。
春の夕方、少し肌寒いが、身を切るような冷たさはない。夕方といっても、日が沈むまでまだ2時間以上ある。今年も絢音の塾と涼夏のバイトは交互に入っていて、こうして3人揃って遊べる平日は少ないだろう。初日にして貴重な日だ。
「さて、2年生最初の帰宅部活動だけど、何する?」
部長の役目は話を切り出すことだと、平然とそう言って涼夏に放り投げる。涼夏がわざとらしく唸り声を上げた後、爽やかに笑った。
「ファミレスで作戦会議かな」
極めて平凡にして妥当な選択だ。
のんびりと、しかし気は緩めず、今年も帰宅に邁進しよう。すべてが新鮮で、この上なく充実していた去年を超えること。それを、今年の帰宅部の目標とする。
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