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第33話 チョコ(2)

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 そんなふうに、少しずつ会話にも進級や、その前に訪れる春休みの話が多くなってきた。
 ただ、このまま2月を寒さに震えてやり過ごすわけにはいかない。日数が少ないとはいえ、ひと月はひと月だ。毎日が充実していたあの8月と同じくらいの日数を、何のイベントもなく過ごしてはいけない。
 2月と言えばバレンタイン。去年は奈都と市販のチョコレートを交換し合って終わったが、今年は手作りに挑戦したい。
 朝、拳を握ってそう宣言すると、奈都が驚いたように目を丸くして、小さく手を叩いた。
「応援してる。私にも頂戴ね」
「奈都も手作りチョコにしようよ」
「市販品の方が美味しいって」
 身も蓋もない発言だ。私はそっとため息をついた。
「じゃあ、奈都には市販品ね」
「なんで! どうして!」
「なんでって……」
 たった今、自分で市販品の方が美味しいから手作りはしないと言ったではないか。要するに、自分は作る気がないということだろう。奈都は思考や仕草は女の子っぽいのに、女子力は私と同じくらい低い。
「チョコレートのお菓子って、どの辺まで人間に作ることができるんだろ」
 真顔でそう言うと、奈都が困った顔をした。
「全部作れるんじゃない?」
「例えばエクレアはどう? 作れると思う?」
「私には無理だけど」
「エクレアの素みたいなのが売ってるのかなぁ」
 涼夏に聞かれたら憐みの目で見られそうな会話をしながら登校する。話に区切りがついたので、クラス替えの話題を振ってみると、奈都は腕を組んでわざとらしく唸った。
「チサと同じクラスになりたい。でも、希望制度は同じクラスにしか適用されない」
「一応書いてみようか。1組の今澤さんと愛し合っていますって」
「絶対に無理だから、余計なこと書いて、涼夏やアヤとも一緒になれないリスクは冒すべきじゃないよ。しかも、恋人には適用されないって噂もある」
「そうなの?」
 意外に思って聞くと、奈都は大きく頷いた。
 学校が高校生同士の恋愛を推奨するはずがない。だから、男女で名前を書き合っても、逆に意図的に引き離されるという噂があり、敢えて書かないカップルも多いそうだ。もちろん、真相はわからない。
「じゃあ、涼夏や絢音と愛し合ってるとかも、書かない方がいいね」
「無難に名前だけ書いて、『帰宅部友達なのでよろしくお願いします』とか書くのがいいと思う」
「真っ当な意見だ。とても奈都の発言とは思えない」
 大袈裟に目を見開いてまばたきすると、奈都はそれ以上に驚いた顔をしてから、不満げに唇を尖らせた。
「チサ、私をどういうキャラだと思ってるの? 至って普通で真面目な常識人だよ? 少なくとも、帰宅部の3人よりは!」
 私たちが変わっている自覚はあるが、奈都が常識人というのはいささか疑問だ。いきなりこの世界に転生してきたとか言い出す子が普通とは思えないが、まあよしとしよう。真面目な話と不真面目な話の区別のつかない子は好きではない。
「奈都はクラスに仲のいい子、いるの?」
 奈都からあまりそういう話を聞いたことがない。考えてみると、部活でも他の友達の話をほとんど聞かないが、いないとは思えないので、友達の少ない私に気を遣っているのかもしれない。涼夏にしても、私の前であまり他の友達の話はしない。
「まあ、いないことはないし、希望制度に一緒に名前を書こうって言ってくれる子もいるけど、どうしようかな」
 奈都が難しい顔をした。言ってくれる子がいるなら、もし書かずに離れ離れになったらそれこそ悲劇だと思う。そう言うと、奈都はじっと私を見つめて口を開いた。
「私と同じクラスになる女子の人数は限られてるから、その枠を自分で少なくすることはしたくない。クラスの子の名前を書くと、その分だけチサと同じクラスになれる可能性が減る」
「なるほど」
 自然とそう呟いて、感心しながら頷いた。それは考えなかった。
 クラス替え希望制度は、私が思うより遥かに難しい駆け引きがあるようだ。先生の負担も大きいだろうに、本当に当時の生徒会は、よくぞこんな制度を通したものだ。
 そういえば、涼夏がクラスの子に、「希望制度は帰宅部が優先じゃ」と笑っていたのを耳にした。同じクラスの私と絢音を書くのは理由になる。
 しかし、奈都が誘ってくれた子の名前を書かない理由として、他のクラスの子と一緒になる可能性を少しでも上げるためというのは、理解されるだろうか。
 私のことで孤立や対立が生まれて欲しくはないが、あの混沌のバドミントン部で、私の味方をしながら部長になった子だ。心配しなくても大丈夫だろう。
「奈都は偉いね」
 そう言いながら、意味もなく頭を撫でると、奈都は釈然としない顔をしてから、恥ずかしそうに俯いた。可愛い子だ。女子力は低いけれど。
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