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第31話 ヨガ(1)
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※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
* * *
絢音と涼夏の背中を見送ってから、一人で図書室に足を運んだ。絢音は今日はバンドの練習で、豊山さんと牧島さんと一緒に帰る。そうなると涼夏は一人で帰ることになるから、駅まで一緒に行こうと言われたが、今日は奈都の部活が終わるまで待つと約束していたので断った。
浅はかだったかもしれない。涼夏は私と絢音以外にも友達がたくさんいるから、他の誰かと帰るだろうと思ったが、うちのクラスには女子帰宅部は3人しかいないのだから、なかなかそれは難しい。しかも、バイトがあるから駅までしか一緒にいられない。わざわざ他のクラスの子に声をかけるのも面倒だろう。
それに、どうせ一人で勉強するなら、一緒に帰って家で勉強しても同じだったかもしれない。図書室の方が集中できるかというとそうでもなく、現に今、こうして一人でスマホをいじって、ぼんやりと涼夏のことを考えている。
要するに今日は、奈都と帰りたい気分だったということだ。深い考察をしたためて涼夏に送ると、同じようにスマホを見ていたのか、すぐに既読が付いて返事が来た。
『最初からそう認識してる。気にせんでいい』
『朝は勉強する気分だったから待つって言ったものの、授業が終わった今、全然勉強する気分じゃない。奈都の部活が終わるまで、私は一体どうすればいいのか』
泣いてる絵文字と一緒にそう送ると、涼夏から『帰宅部の部員は、一人遊びにも強くなるべき』と返ってきた。私の中で帰宅部は、友達と遊ぶ部活なのだが、確かに一人でも帰宅である。もっとも、こうして図書室で勉強するのが「帰宅」なのかと言われると首を傾げる。
『放課後部に改名しようか』
前提無しでそう送ると、涼夏が秒で却下した。
『ダサい。言いにくい。普通の部活も全部放課後』
『それはそうか』
『結局私と喋るなら、一緒に帰ればよかったのに。ぶつくさ』
『私が浅はかだった。むしろ運動がてら、駅まで涼夏と帰って、学校に戻るっていう離れ業までありだった』
『ないわー。油断すると太る千紗都さんは、それくらい運動しないといけない』
『涼夏さん、運動してるように見えないけど』
『バイトが重労働。汗水流して働いてる』
『退屈だから、もっとお客さんに来て欲しいとかぼやいてた』
『まあ、いい運動にはなってるよ』
話を終わらせるように涼夏がそう書いて、私もそれ以上送るのをやめた。数分時間が潰れたが、まだ2時間以上ある。
とりあえず宿題を終わらせてから、理系教科の予習をすることにした。わからないなりに教科書を読んでおくと、授業の理解度が全然違う。これは絢音と二人で研究と実践を重ね、効果が実証されている方法で、涼夏と奈都にもこっそり教えてあげたのだが、ちっともやろうとしない。
予習と復習という、実に有効性の高い秘密の勉強方法を、絢音といる時は二人で、涼夏と遊んだ日は家に帰ってからしている。今日は絢音はいないが、前者である。今やることがないからと勉強しているのは、つまり帰ってからまたやることがないということでもある。
もちろん、家に帰ればタブレットで動画を見たり、寝っ転がって雑誌を読んだりすることが出来る。特に動画はあっという間に時間が過ぎるが、時々そんな人生でいいのかと虚しくなることもある。
その場所でしか出来ないことと言うと、図書室にはたくさんの本があるが、そういえばほとんど読んだことがない。何なら借りることも出来るらしいが、もちろん一度も利用したことがなかった。
何か新しい出会いはないかと、ふらふらと棚を眺める。小説はフィクションに限らず全般的に、私はあまり好きではないことがすでに過去の挑戦によってわかっているので、他のものにする。今勉強したばかりなので、難しいものもパスだ。哲学の話題とか絢音にしたら楽しんでくれそうだが、どっぷりハマると怖いので近寄らずにおく。
写真集などは脳内空っぽでも見れていいかもしれない。世界の絶景みたいな本を取って、ピラピラとめくってみた。海、山、寺院、遺跡、様々な風景が収録されている。
そういえば絶景と言うと、前に絢音がメテオラに行ってみたいと言って、勝手に私のぬいぐるみをメテオラと名付けた。言われた時にチラッと調べただけだったのでじっくり見てみると、なるほどよくぞこんな断崖に修道院を作ったと思う。一体どうやって建築資材を運んだのだろう。
同じギリシアだと、私はやはりサントリーニ島に行ってみたい。写真などでも見たことがあるが、白い家に青い屋根。とても綺麗でフォトジェニックで可愛らしい。愛友たちとアイスクリームでも食べながらのんびり過ごしたら楽しそうだ。
もしかしたら、私はビーチリゾートが好きなのかもしれない。どこにあるかも知らないが、チュニジアという国のシディ・ブ・サイドという街も、サントリーニとは少し違う風合いの白い壁と青い屋根の家がたくさん並んでいる。場所を調べたら、ギリシアと同じく地中海に面していた。もしかしたら、何か繋がりがあるのかもしれない。
未来のことを考えるのは楽しい。お金に余裕が出来て、誰かが車を買って行動範囲に幅が出来たら、帰宅部のメンバーでやりたいことがたくさんある。ただ、それはだいぶ先の話だ。海外旅行も、台湾くらいなら高校生の内に行けるかもしれないが、サントリーニ島はいかにも行くのが大変そうである。ギリシアまで安い直行便はあるのだろうか。
趣味の棚を眺める。そういえば昔、涼夏が奈都の誕生日に刺繍入りのハンドタオルを送っていた。あの辺りから涼夏の女子力の高さを知り始めたのだが、刺繍というのも趣味としていいかもしれない。クロスステッチなら私にもできそうだ。
ただ、なんとなく涼夏の領域には届かない気がするし、ファッションには興味があるが、刺繍系が好みかと言われるとそうでもない。
もちろん、こうしてなんでもやる前から「ただ」とか「でも」と言い訳を探してしまうのが、私のダメなところなのだろう。別に勝ち負けではないのだから、涼夏が上手とか下手とかは関係ないのだが、なんとなく帰宅部全体として新しいものを開拓したい気持ちがある。
趣味の棚は面白い。前にサマセミの講座一覧を見ていた時と同じように、新しい出会いや発見がある。
登山なんかは運動にもなっていいと思うが、前に涼夏が文明人のすることではないみたいなことを言っていた。絢音や奈都は喜んでついて来てくれそうだが、涼夏抜きで大きなイベントを企画したくはない。ダーツやビリヤードくらいならいいが、旅行クラスの企画は、少なくとも涼夏と絢音が揃った状態で行いたい。
占いの類も興味がある。文化祭でタロットに惹かれて仲間に苦笑されたが、ああいうスピリチュアルなものは意外と面白そうだ。もっとも、特に占いたいことがなく、日々の趣味にするほどではない。占いたいことがないというのは、日常が安定しているということだろう。それはきっといいことだ。
カメラや写真という趣味もある。さっきも写真集を見ていて楽しかったが、あんなに綺麗な写真が自分で撮れるはずがないし、どうせ撮るなら作品作りというより、日常の記録になるだろうか。それだと、やはり人を写したい。ついこのあいだ、涼夏と卓球の動画を撮っていたが、クオリティを追求するより、ああいうくだらない思い出が作りたい。
やはり私はまず、「何をするか」よりも「誰とするか」を考えてしまう。なんとなく涼夏に「愛してる」とメッセージを送ってから、引き続き棚を眺めていたら、美容・健康の棚にヨガの本があった。
アロマも若干惹かれたが、そちらはお金がかかる。ヨガなら動画を見ながら一人で出来そうだし、適度に汗もかいてダイエットにもなりそうだ。
孔雀のポーズとか意味がわからないが、そういうアクロバティックなものではなく、ストレッチみたいな感じでやるのは楽しそうだ。もちろん、鶴のポーズとか習得したら、仲間たちにウケそうな気はするが、それだけのためにやるにはリスクが高そうなポーズである。
今日早速寝る前にやってみようと、ポーズ集をピラピラめくっていたら、スマホが震えた。奈都が練習が終わったとのことなので、本を片付けて図書室を出た。
* * *
絢音と涼夏の背中を見送ってから、一人で図書室に足を運んだ。絢音は今日はバンドの練習で、豊山さんと牧島さんと一緒に帰る。そうなると涼夏は一人で帰ることになるから、駅まで一緒に行こうと言われたが、今日は奈都の部活が終わるまで待つと約束していたので断った。
浅はかだったかもしれない。涼夏は私と絢音以外にも友達がたくさんいるから、他の誰かと帰るだろうと思ったが、うちのクラスには女子帰宅部は3人しかいないのだから、なかなかそれは難しい。しかも、バイトがあるから駅までしか一緒にいられない。わざわざ他のクラスの子に声をかけるのも面倒だろう。
それに、どうせ一人で勉強するなら、一緒に帰って家で勉強しても同じだったかもしれない。図書室の方が集中できるかというとそうでもなく、現に今、こうして一人でスマホをいじって、ぼんやりと涼夏のことを考えている。
要するに今日は、奈都と帰りたい気分だったということだ。深い考察をしたためて涼夏に送ると、同じようにスマホを見ていたのか、すぐに既読が付いて返事が来た。
『最初からそう認識してる。気にせんでいい』
『朝は勉強する気分だったから待つって言ったものの、授業が終わった今、全然勉強する気分じゃない。奈都の部活が終わるまで、私は一体どうすればいいのか』
泣いてる絵文字と一緒にそう送ると、涼夏から『帰宅部の部員は、一人遊びにも強くなるべき』と返ってきた。私の中で帰宅部は、友達と遊ぶ部活なのだが、確かに一人でも帰宅である。もっとも、こうして図書室で勉強するのが「帰宅」なのかと言われると首を傾げる。
『放課後部に改名しようか』
前提無しでそう送ると、涼夏が秒で却下した。
『ダサい。言いにくい。普通の部活も全部放課後』
『それはそうか』
『結局私と喋るなら、一緒に帰ればよかったのに。ぶつくさ』
『私が浅はかだった。むしろ運動がてら、駅まで涼夏と帰って、学校に戻るっていう離れ業までありだった』
『ないわー。油断すると太る千紗都さんは、それくらい運動しないといけない』
『涼夏さん、運動してるように見えないけど』
『バイトが重労働。汗水流して働いてる』
『退屈だから、もっとお客さんに来て欲しいとかぼやいてた』
『まあ、いい運動にはなってるよ』
話を終わらせるように涼夏がそう書いて、私もそれ以上送るのをやめた。数分時間が潰れたが、まだ2時間以上ある。
とりあえず宿題を終わらせてから、理系教科の予習をすることにした。わからないなりに教科書を読んでおくと、授業の理解度が全然違う。これは絢音と二人で研究と実践を重ね、効果が実証されている方法で、涼夏と奈都にもこっそり教えてあげたのだが、ちっともやろうとしない。
予習と復習という、実に有効性の高い秘密の勉強方法を、絢音といる時は二人で、涼夏と遊んだ日は家に帰ってからしている。今日は絢音はいないが、前者である。今やることがないからと勉強しているのは、つまり帰ってからまたやることがないということでもある。
もちろん、家に帰ればタブレットで動画を見たり、寝っ転がって雑誌を読んだりすることが出来る。特に動画はあっという間に時間が過ぎるが、時々そんな人生でいいのかと虚しくなることもある。
その場所でしか出来ないことと言うと、図書室にはたくさんの本があるが、そういえばほとんど読んだことがない。何なら借りることも出来るらしいが、もちろん一度も利用したことがなかった。
何か新しい出会いはないかと、ふらふらと棚を眺める。小説はフィクションに限らず全般的に、私はあまり好きではないことがすでに過去の挑戦によってわかっているので、他のものにする。今勉強したばかりなので、難しいものもパスだ。哲学の話題とか絢音にしたら楽しんでくれそうだが、どっぷりハマると怖いので近寄らずにおく。
写真集などは脳内空っぽでも見れていいかもしれない。世界の絶景みたいな本を取って、ピラピラとめくってみた。海、山、寺院、遺跡、様々な風景が収録されている。
そういえば絶景と言うと、前に絢音がメテオラに行ってみたいと言って、勝手に私のぬいぐるみをメテオラと名付けた。言われた時にチラッと調べただけだったのでじっくり見てみると、なるほどよくぞこんな断崖に修道院を作ったと思う。一体どうやって建築資材を運んだのだろう。
同じギリシアだと、私はやはりサントリーニ島に行ってみたい。写真などでも見たことがあるが、白い家に青い屋根。とても綺麗でフォトジェニックで可愛らしい。愛友たちとアイスクリームでも食べながらのんびり過ごしたら楽しそうだ。
もしかしたら、私はビーチリゾートが好きなのかもしれない。どこにあるかも知らないが、チュニジアという国のシディ・ブ・サイドという街も、サントリーニとは少し違う風合いの白い壁と青い屋根の家がたくさん並んでいる。場所を調べたら、ギリシアと同じく地中海に面していた。もしかしたら、何か繋がりがあるのかもしれない。
未来のことを考えるのは楽しい。お金に余裕が出来て、誰かが車を買って行動範囲に幅が出来たら、帰宅部のメンバーでやりたいことがたくさんある。ただ、それはだいぶ先の話だ。海外旅行も、台湾くらいなら高校生の内に行けるかもしれないが、サントリーニ島はいかにも行くのが大変そうである。ギリシアまで安い直行便はあるのだろうか。
趣味の棚を眺める。そういえば昔、涼夏が奈都の誕生日に刺繍入りのハンドタオルを送っていた。あの辺りから涼夏の女子力の高さを知り始めたのだが、刺繍というのも趣味としていいかもしれない。クロスステッチなら私にもできそうだ。
ただ、なんとなく涼夏の領域には届かない気がするし、ファッションには興味があるが、刺繍系が好みかと言われるとそうでもない。
もちろん、こうしてなんでもやる前から「ただ」とか「でも」と言い訳を探してしまうのが、私のダメなところなのだろう。別に勝ち負けではないのだから、涼夏が上手とか下手とかは関係ないのだが、なんとなく帰宅部全体として新しいものを開拓したい気持ちがある。
趣味の棚は面白い。前にサマセミの講座一覧を見ていた時と同じように、新しい出会いや発見がある。
登山なんかは運動にもなっていいと思うが、前に涼夏が文明人のすることではないみたいなことを言っていた。絢音や奈都は喜んでついて来てくれそうだが、涼夏抜きで大きなイベントを企画したくはない。ダーツやビリヤードくらいならいいが、旅行クラスの企画は、少なくとも涼夏と絢音が揃った状態で行いたい。
占いの類も興味がある。文化祭でタロットに惹かれて仲間に苦笑されたが、ああいうスピリチュアルなものは意外と面白そうだ。もっとも、特に占いたいことがなく、日々の趣味にするほどではない。占いたいことがないというのは、日常が安定しているということだろう。それはきっといいことだ。
カメラや写真という趣味もある。さっきも写真集を見ていて楽しかったが、あんなに綺麗な写真が自分で撮れるはずがないし、どうせ撮るなら作品作りというより、日常の記録になるだろうか。それだと、やはり人を写したい。ついこのあいだ、涼夏と卓球の動画を撮っていたが、クオリティを追求するより、ああいうくだらない思い出が作りたい。
やはり私はまず、「何をするか」よりも「誰とするか」を考えてしまう。なんとなく涼夏に「愛してる」とメッセージを送ってから、引き続き棚を眺めていたら、美容・健康の棚にヨガの本があった。
アロマも若干惹かれたが、そちらはお金がかかる。ヨガなら動画を見ながら一人で出来そうだし、適度に汗もかいてダイエットにもなりそうだ。
孔雀のポーズとか意味がわからないが、そういうアクロバティックなものではなく、ストレッチみたいな感じでやるのは楽しそうだ。もちろん、鶴のポーズとか習得したら、仲間たちにウケそうな気はするが、それだけのためにやるにはリスクが高そうなポーズである。
今日早速寝る前にやってみようと、ポーズ集をピラピラめくっていたら、スマホが震えた。奈都が練習が終わったとのことなので、本を片付けて図書室を出た。
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