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番外編 世界旅行(1)

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<作者より>
当初、Kindle3巻に収録しようと思っていたのですが、横文字が多いため、Web限定にしました。
時期的には、第28話『クリスマス』より前の話になります。
Kindle3巻にはハロウィンや球技大会の話などを収録しますので、ご期待ください。

  *  *  *

 秋になっても涼夏のバイトのシフトは変わらず、絢音の塾のスケジュールもまた、春と同じだった。従って、2学期もまた、涼夏のバイトの日は絢音と遊び、絢音の塾の日は涼夏と遊んでいる。
 大抵の場合、駅までは一緒に帰るのだが、その日は涼夏が急ぐからと言って、一人で先に帰って行った。手を振って見送った後、絢音を振り返る。
「さて、今日は何して遊ぼうか」
「活動ね」
 秒で言い直されて、私は大袈裟に口を塞いだ。絢音が目を細めてくすっと笑う。とても可愛い。
 窓から外を見ると、どんよりと空を覆う灰色の雲から、ポツリポツリと雨の雫が落ちるのが見えた。中庭にいる生徒たちが、傘を広げて帰って行く。
 一応折り畳み傘は持ってきたが、雨という予報ではなかった。スマホで雨雲レーダーを確認したら、1時間もしたら晴れてきそうだったので、学校の中で過ごすことにした。
 そうなると、図書室で勉強か、コンピュータールームだろう。今日は授業で疲れたので勉強という気分ではないと伝えると、絢音は可笑しそうに頬を緩めた。
「私は何でもいいよ。ここで1時間、千紗都と見つめ合っててもいい」
「それは私が堪えられない」
「私の顔なんて、見てても退屈だよね」
「返すのが難しい冗談だ」
 ボディーランゲージで返そうと思ったが、教室には他にも生徒がいたのでやめておいた。そもそも冗談なので、真面目にフォローする必要もないだろう。
 バッグを肩にかけてコンピュータールームに移動する。ユナ高にはコンピュータールームが3つあるが、その内の一つは放課後、生徒に開放されている。単にコンピュータールームと言ったら、この部屋を指す。
 久しぶりに訪れたが、相変わらずの混み具合だった。基本的には遊び目的の利用、特にゲームは禁止されているが、動画の視聴は認められているので、YouTubeを見ている子が多い。動画もエッチなのはもちろん、アニメやゲーム実況の視聴も禁じられているが、その辺りは曖昧である。見回りの先生や委員の子が注意したらNGという、アバウトな線引きだ。
 並びの席が空いていなかったので、適当な端末の前に座った。絢音は私の後ろに立って、私の肩を揉みながら横から画面を覗き込んだ。
「Googleのストリートビューを使った……」
 絢音が耳元で囁くようにそう言って、言葉を止める。
「使った?」
 聞き返しながら隣を見ると、すぐそこに絢音の唇があってドキドキした。その唇が再び開かれて言葉を紡ぐ。
「GeoGuessrっていう、世界を勉強できるサービスがあって、今日はそれを使って二人で世界を旅しよう」
 いかにも言葉を選んだ言い回しだ。要するにゲームなのだろうが、そこは絢音の意図を汲み取って話を合わせる。
「そのサービスはどういうものなの?」
「ストリートビューのどこかの場所に飛ばされて、それがどこか、地球をクリックして当てるゲ……スシステム」
「ゲスシステムって何?」
 思わず笑うと、絢音は平然と続けた。
「推測システムだね。それはタイトルを見れば一目瞭然」
 なるほど。確かにGuessだ。GeoはGoogleの略かと思ったが、どう略してもGeoにはならない。
「そんなの、当てられるの?」
「まあ、どこまで検索を許可するかだね。何もなしだとまったくわからないけど、検索しまくれば絶対にわかるし」
 絢音が隣に立って、サイトにログインした。すでにアカウントを作って、何度か遊んでみたらしい。
「検索なしは難しい?」
「当てずっぽうみたいになって、それもどうかなって感じだった。世界初心者の私には、ノルウェーとフィンランドの違いなんてわからない」
「絢音が世界初心者なら、初めての私は世界処女だね」
 何気なくそう言うと、絢音は一瞬呼吸を止めてから、何やら神妙な顔で私の耳に顔を寄せた。そして、私すら聞き取りにくいほど小さな声で言った。
「千紗都、処女なの?」
「いや、みんなそうでしょ!」
 思わず声を上げて、慌てて口を押さえた。まさかそこに反応されるとは思わなかったので、顔が熱くなる。小学生の男の子じゃないのだから、そういう言葉に過剰に反応しないでいただきたい。
 絢音が楽しそうに微笑んでから、私の耳に軽く唇を触れさせた。
「私も」
「知ってるから。違ったらびっくりする」
 すぐ隣に知らない生徒がいる状態で話すような内容ではない。しかも片側は同学年の男子だ。
 さっさとやろうと促すと、絢音は仕方なさそうに息を吐いた。

 ひとまずマイルールとして、制限時間は10分、検索は1回までにした。1ゲーム5チャレンジ。選んだ場所と実際の場所の距離に応じて点数が入るので、5回で1万点を目標にしようと言われたが、世界処女なのでそれがどれくらいかさっぱりわからない。
「日本とか出てきたら楽なのにね」
「出てくるの?」
「1回、高知県だったよ」
 それは確かに楽そうだ。5回中1回くらいあってもいいと思うが、どうだろうか。緊張しながらゲームを開始すると、いきなり高速道路と思われる場所に飛ばされた。だいぶ下の方を、高速道路と交差するように、緑の街路樹の並ぶ車道が走っている。
 遠くには一棟だけ高層ビルが建っており、グルッと視点を回すと、高速道路の壁にたくさんの落書きがしてあった。辛うじてアルファベットだが、「siene」とか「apel」とか、英語ではなさそうな単語が書かれている。
「右側通行だね」
 絢音が後ろから私の肩にもたれかかりながら言った。聞くと、日本の他に、イギリスやオーストラリア、ニュージーランド、タイやマレーシアなどのアジアの国と、多くのアフリカの国が左側通行で、それ以外は大体右側通行らしい。
 高速道路ならすぐに看板があるだろうと、少し先に進むと、飛行機のマークとともに、「CH. DE GAULLE」と書かれた看板が現れた。その下には「METZ-NANCY」と書かれている。中心街っぽい響きがある。
「この空港名で検索してみる?」
 私が1回きりのカードを使うか聞くと、絢音は静かに首を横に振った。
「時間はまだあるから、もっと情報を集めよう」
 右手のビルに美味しそうなドーナツ形のお菓子の広告看板があったが、ヒントにはならなそうだった。その上には、「LOCATION de BUREAUX」とあり、さらに進むと墓地があって、その中央に青、白、赤の国旗がはためいていた。
「フランスか」
 日本と違って、海外には国旗がたくさん掲げられている。本当は言葉で判別したいが、世界初心者の私たちには難しいので、国旗は有り難い。
 駐車禁止っぽいマークには「RAPPEL」と書かれていた。今すぐ調べたいが、ゲーム中なので我慢する。検索はすべてを含めて1回きりだ。
 制限時間はゲームに設定することもできるようだが、今回はパソコンの時計を見ながら、大体でプレイしている。
 かなり街中のようで、周囲には聖堂やらホテルやら、特徴的な建物がいくつもあったが、高速道路を下りることができずに、なかなかヒントが得られなかった。
「もどかしいね」
 絢音が楽しそうに笑う。一緒にプレイしているはずなのに、何故か私のプレイの観戦者のようになっている。まあ、1回戦は世界処女の私の好きにやらせてくれているのだろう。
 さらに高速道路を走り続けると、「PARIS」と書かれた真っ赤な救急車両と思われる車があり、壁の向こうに「NOVOTEL」と大きく書かれたホテルが現れた。
 そろそろ時間だったので、絢音に空港とこのホテル名と、どっちで検索するべきか聞くと、絢音は私の耳に息を吹きかけるように囁いた。
「空港は方面だし、距離感がわからないから、ホテル名の方が良くない?」
「じゃあ、『NOVOTEL PARIS』で検索してみる?」
「それで行こう!」
 果たしてそれで検索したら、パリのど真ん中が表示された。もしかしたらこのホテルはフランス中にあって、私が検索に「PARIS」と入れたから、パリが表示されているだけかもしれない。
 ただ、すぐ近くにナンテールという街があり、これが先程の「METZ-NANCY」だろうと決めつけて、その付近にポイントしてみることにした。
 結果、パリ市街をグルッと囲む環状線の高速道路上が答えで、ポイントした位置と11キロ、4965ポイントを獲得した。
「これはすごいね!」
 絢音が声を弾ませる。幸先の良い出だし。これは1万点は簡単そうだと、意気揚々と次のゲームを開始した。
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