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第26話 友達(2)
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クリスマスソングの流れるショッピングモールを、涼夏と手を繋いで歩く。元々は絢音が私たちと手を繋ぎたがっていたのだが、いつの間にか涼夏と二人の時も自然と手を繋ぐようになった。
周囲を観察すると、女の子同士で手を繋いで歩いているのは、中高生だと4組に1組だろうか。もちろん、それだけでただの友達か親友かは判別できないが、何気ない肌の触れ合いは一つの指標に思える。
「涼夏は、中学の時は、親友はいたの?」
なんとなくそう聞くと、涼夏が「んー?」とやる気なさそうに相槌を打ってから、考えるように首をひねった。
「どうだろう。特に仲の良かったグループはあったけど、卒業したらあんまり連絡してないし、今思うとどうかなぁ。当時はBFFだって思ってたけど」
「BFF……。手を繋いで歩いたりしたの?」
「時々は。でも、はっきり言っておくけど、今の千紗都や絢音との関係みたいなのじゃない」
「キスはしてない、と」
「キスはしてない。そもそも千紗都としたのが初めてだ」
涼夏が可笑しそうに頬を緩める。涼夏の特に仲の良かったグループが、親友ではなかったとは思えない。もしかしたら、私たちが親友より深い関係なのかもしれない。何気なくそう言うと、涼夏は嬉しそうに頷いた。
「それはそうだね。千紗都はもう、友達の枠を出てる気はする」
「涼夏や絢音が友達じゃなかったら、私はいよいよまた、友達のいない人生に逆戻りする」
私は涼夏の手を離して、ムンクの『叫び』のように両手で耳を押さえた。涼夏が小さく噴いて、優しく私の手を取った。
「あの絵は、一体何を叫んでるの? それは見る人に委ねられてるの?」
「何も叫んでない。叫びに耳を塞いでるだけ」
「えっ? そうなの?」
涼夏が今日一番驚いたように、素っ頓狂な声を上げた。私が「そうだけど」と呟くように返すと、涼夏はしばらく呆然と私の顔を見つめてから、そのままの表情で歩き始めた。
「驚いた。いや、にわかには信じ難い」
「そう? それより、友達の話だけど……」
「今は、千紗都の友達の話より、ムンクの方が大事だ」
「いやいや、ムンクどうでもいいし!」
そう言いながら、涼夏の手を子供のように引っ張った。一般常識だと思っていたが、そうでもないのだろうか。それこそ、さっき自分で言ったように、私も自分が知っていることは普通だと思ってしまっているのかもしれない。
「涼夏は、私の友達でも親友でもないなら、何?」
冷やかすようにそう聞くと、涼夏は同じ瞳で笑った。
「大親友? それとも、新しい言葉を作ってみる? 愛友みたいな」
「愛友! いいね、それ。それなら、私は友達がいない状態を回避できる!」
私が思わず声を弾ませると、涼夏が「喜び過ぎだろ」と呆れたように息を吐いた。言葉の響きが良かったので、絢音にも「君は私の愛友だ」とメールを送った。絢音のことだから、「何それ」みたいなつまらない返事はしてこないだろう。
「試される絢音」
涼夏がくすっと笑う。
しばらくブラブラとショッピングモールの中を歩いていたが、今日は涼夏は店には入ろうとしなかった。退屈そうではないので、私と歩くのを楽しむ日なのだろう。
何か考えているようだったので、私も黙って隣を歩いていると、不意に涼夏が遠くを見て言った。
「私、『叫び』以外にムンクの絵を知らないや」
「えっ? 今、そんなこと考えて歩いてたの?」
思わず声が裏返って、慌てて咳払いした。涼夏は平然と頷いた。
「美術館っていう場所も悪くないけど、ああいう場所は、見る側の教養が試されてる感じがする。お前らに俺の絵がわかるか、みたいな」
「わからない絵は飛ばせばいいんじゃない? きっと1枚くらいは心に来る絵があって、それをじっと鑑賞するのが、正しい美術館の楽しみ方だよ」
思わず主語を大きくしてしまったが、私はそう思う。そう付け加えると、涼夏が感心するように、私の手を握ったまま拍手した。
「千紗都、しょぼくない人みたいだ」
「いや、私、しょぼくないし。聡明だし」
「聡明な千紗都さん、好きな絵とかあるの?」
「私はブリューゲルの『バベルの塔』をこよなく愛してる」
片手を胸に当てて目を閉じて、少しだけ天井の方に顔を傾けながら微笑むと、涼夏が「知らんなぁ」と無教養な呟きを漏らした。
せっかくなのでスマホで検索して見せると、涼夏が大きく頷いた。
「見たことある気がする。造りかけの塔だな」
「人間の愚かさの象徴だね。昔の人がこんなものを造らなければ、私たちは今頃、みんな同じ言葉を喋っていて、もしかしたら戦争も生まれなかったかもしれない」
「同じ言葉を喋ってる日本人同士でも争ってるから、言葉で戦争はなくならんだろ」
「涼夏、今、すごく頭のいい人みたいだったよ?」
私が感心したようにそう言うと、涼夏は半眼で私を睨んだ。ちなみにそっちは好きな絵はどうかと聞いたら、涼夏は可愛い顔に皺を刻んだ。
「絵はわからん。モネとか?」
「それは、知ってる画家の名前を挙げただけ? それとも、作品を知ってるの?」
「モネの庭」
「モネの庭みたいだっていう場所はよく聴くけど、私は元の作品を見たことがない気がする」
二人で一緒に検索したら、『印象・日の出』と『散歩・日傘をさす女』は見たことがあった。知識が教科書レベルだ。
「今度、みんなで美術館行ってみるか」
涼夏が明るい声でそう言って、私は思わずうーんと首をひねった。もちろん楽しそうだが、今言った通りみんな見たい絵は違うし、美術館では会話ができない。かと言って、一人で行きたいかと言われるとそうでもない。
「図書室で美術図鑑みたいなの借りて、みんなでワイワイ言いながら見る方が楽しそう」
「それは実に千紗都らしい意見だ」
「そう?」
「私は千紗都のことをよく知ってる。愛友だから」
涼夏が得意気に腰に手を当てる。一体今は私の何を知っていたのか。
前からずっと、私は何をするかより、誰とするかに重きを置いている。だから、喋れなかったり別行動になるような美術館にはあまり興味がない。たぶん、涼夏はそれを言っているのだろう。
「まあ、それも悪くないな。ぶっちゃけ、私も絵にはそんなに興味が無いから、色んな絵を見てみんなで品評会する方が楽しそうっていう千紗都の意見に賛同する。そっちの方が帰宅部っぽいし」
確かにそれなら、授業が終わった後に出来る。是非今度やってみることにしよう。
周囲を観察すると、女の子同士で手を繋いで歩いているのは、中高生だと4組に1組だろうか。もちろん、それだけでただの友達か親友かは判別できないが、何気ない肌の触れ合いは一つの指標に思える。
「涼夏は、中学の時は、親友はいたの?」
なんとなくそう聞くと、涼夏が「んー?」とやる気なさそうに相槌を打ってから、考えるように首をひねった。
「どうだろう。特に仲の良かったグループはあったけど、卒業したらあんまり連絡してないし、今思うとどうかなぁ。当時はBFFだって思ってたけど」
「BFF……。手を繋いで歩いたりしたの?」
「時々は。でも、はっきり言っておくけど、今の千紗都や絢音との関係みたいなのじゃない」
「キスはしてない、と」
「キスはしてない。そもそも千紗都としたのが初めてだ」
涼夏が可笑しそうに頬を緩める。涼夏の特に仲の良かったグループが、親友ではなかったとは思えない。もしかしたら、私たちが親友より深い関係なのかもしれない。何気なくそう言うと、涼夏は嬉しそうに頷いた。
「それはそうだね。千紗都はもう、友達の枠を出てる気はする」
「涼夏や絢音が友達じゃなかったら、私はいよいよまた、友達のいない人生に逆戻りする」
私は涼夏の手を離して、ムンクの『叫び』のように両手で耳を押さえた。涼夏が小さく噴いて、優しく私の手を取った。
「あの絵は、一体何を叫んでるの? それは見る人に委ねられてるの?」
「何も叫んでない。叫びに耳を塞いでるだけ」
「えっ? そうなの?」
涼夏が今日一番驚いたように、素っ頓狂な声を上げた。私が「そうだけど」と呟くように返すと、涼夏はしばらく呆然と私の顔を見つめてから、そのままの表情で歩き始めた。
「驚いた。いや、にわかには信じ難い」
「そう? それより、友達の話だけど……」
「今は、千紗都の友達の話より、ムンクの方が大事だ」
「いやいや、ムンクどうでもいいし!」
そう言いながら、涼夏の手を子供のように引っ張った。一般常識だと思っていたが、そうでもないのだろうか。それこそ、さっき自分で言ったように、私も自分が知っていることは普通だと思ってしまっているのかもしれない。
「涼夏は、私の友達でも親友でもないなら、何?」
冷やかすようにそう聞くと、涼夏は同じ瞳で笑った。
「大親友? それとも、新しい言葉を作ってみる? 愛友みたいな」
「愛友! いいね、それ。それなら、私は友達がいない状態を回避できる!」
私が思わず声を弾ませると、涼夏が「喜び過ぎだろ」と呆れたように息を吐いた。言葉の響きが良かったので、絢音にも「君は私の愛友だ」とメールを送った。絢音のことだから、「何それ」みたいなつまらない返事はしてこないだろう。
「試される絢音」
涼夏がくすっと笑う。
しばらくブラブラとショッピングモールの中を歩いていたが、今日は涼夏は店には入ろうとしなかった。退屈そうではないので、私と歩くのを楽しむ日なのだろう。
何か考えているようだったので、私も黙って隣を歩いていると、不意に涼夏が遠くを見て言った。
「私、『叫び』以外にムンクの絵を知らないや」
「えっ? 今、そんなこと考えて歩いてたの?」
思わず声が裏返って、慌てて咳払いした。涼夏は平然と頷いた。
「美術館っていう場所も悪くないけど、ああいう場所は、見る側の教養が試されてる感じがする。お前らに俺の絵がわかるか、みたいな」
「わからない絵は飛ばせばいいんじゃない? きっと1枚くらいは心に来る絵があって、それをじっと鑑賞するのが、正しい美術館の楽しみ方だよ」
思わず主語を大きくしてしまったが、私はそう思う。そう付け加えると、涼夏が感心するように、私の手を握ったまま拍手した。
「千紗都、しょぼくない人みたいだ」
「いや、私、しょぼくないし。聡明だし」
「聡明な千紗都さん、好きな絵とかあるの?」
「私はブリューゲルの『バベルの塔』をこよなく愛してる」
片手を胸に当てて目を閉じて、少しだけ天井の方に顔を傾けながら微笑むと、涼夏が「知らんなぁ」と無教養な呟きを漏らした。
せっかくなのでスマホで検索して見せると、涼夏が大きく頷いた。
「見たことある気がする。造りかけの塔だな」
「人間の愚かさの象徴だね。昔の人がこんなものを造らなければ、私たちは今頃、みんな同じ言葉を喋っていて、もしかしたら戦争も生まれなかったかもしれない」
「同じ言葉を喋ってる日本人同士でも争ってるから、言葉で戦争はなくならんだろ」
「涼夏、今、すごく頭のいい人みたいだったよ?」
私が感心したようにそう言うと、涼夏は半眼で私を睨んだ。ちなみにそっちは好きな絵はどうかと聞いたら、涼夏は可愛い顔に皺を刻んだ。
「絵はわからん。モネとか?」
「それは、知ってる画家の名前を挙げただけ? それとも、作品を知ってるの?」
「モネの庭」
「モネの庭みたいだっていう場所はよく聴くけど、私は元の作品を見たことがない気がする」
二人で一緒に検索したら、『印象・日の出』と『散歩・日傘をさす女』は見たことがあった。知識が教科書レベルだ。
「今度、みんなで美術館行ってみるか」
涼夏が明るい声でそう言って、私は思わずうーんと首をひねった。もちろん楽しそうだが、今言った通りみんな見たい絵は違うし、美術館では会話ができない。かと言って、一人で行きたいかと言われるとそうでもない。
「図書室で美術図鑑みたいなの借りて、みんなでワイワイ言いながら見る方が楽しそう」
「それは実に千紗都らしい意見だ」
「そう?」
「私は千紗都のことをよく知ってる。愛友だから」
涼夏が得意気に腰に手を当てる。一体今は私の何を知っていたのか。
前からずっと、私は何をするかより、誰とするかに重きを置いている。だから、喋れなかったり別行動になるような美術館にはあまり興味がない。たぶん、涼夏はそれを言っているのだろう。
「まあ、それも悪くないな。ぶっちゃけ、私も絵にはそんなに興味が無いから、色んな絵を見てみんなで品評会する方が楽しそうっていう千紗都の意見に賛同する。そっちの方が帰宅部っぽいし」
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