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第26話 友達(1)

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 カフェで自然と温かい飲み物をオーダーして、秋の深まりを実感した。もう冬と言っていいかもしれない。
 晩秋の帰り道。涼夏とカフェに入ってホットココアをひと口飲んで、私はほぅっと息を吐いた。なんだか上質な大人の時間を感じる。
「私は女になった」
 静かにそう呟くと、涼夏がくわえていたストローを口から離して、ゲホゲホと激しく噎せた。
「急になんだ? どういう意味だ?」
 涼夏が顔を赤くして身を乗り出した。声が裏返っているが、どうしたのだろう。私は首を傾げながら、そっと涼夏の口の周りの滴を指で拭った。
「こうしてカフェで温かい飲み物を優雅に飲んでると、大人になったなって思う」
「オンナになったって言った」
「少女から大人の女性になったっていう意味だけど」
 上品にココアをかき混ぜて、少し浅めに背もたれにもたれる。なるべく柔らかく微笑むと、涼夏は釈然としないように唇を尖らせた。
「普通、オンナになったっていうのは、その、性交渉をしたっていう意味に聞こえるから」
 涼夏が声を潜めて、恥ずかしそうにそう言った。私は何度かまばたきをしてから、少しだけ前のめりになって顔を近付けた。
「それは、本当に普通なの? 涼夏は、自分がそうだから、それが普通なんだって思い込んでるだけじゃない?」
「いやいやいや! 絢音にも聞いてみるといいよ。ナッちゃんでもそう言うよ」
「そっか。まあ、普通はそうだとしても、一体私が誰と性交渉するの? 涼夏?」
「えっ? 私?」
 涼夏が驚いたように身を仰け反らせてから、何やらもじもじとテーブルの上で指を絡め始めた。今日は表情豊かだ。希少な動物でも見るようにじっと観察していると、涼夏が気持ちを落ち着けるように大きく息を吐いてから、「前から聞きたかったんだけど」と前置きして顔を上げた。
「千紗都って、ちょっとエッチな方面に疎いよね」
「ちょっとって言うか、だいぶ疎い自覚はあるよ。全然興味もないし」
 平然とそう告げて、指先で前髪を耳の方に流した。エッチというのは恋愛の先にあると思っているが、そもそも前提となる恋愛にまったく興味がない。それよりも、涼夏が前からそんなことが聞きたかったという方が驚きである。そこに突っ込むと、涼夏がそっぽを向いて、可愛らしく唇を尖らせた。
「別に、そう思う瞬間がこれまでにたくさんあったってだけ」
「例えば?」
「それは、まあ、いい」
 涼夏が口ごもりながらそう言って、そこは突っ込むなと首を振った。まあ、よしとする。なんだか色々されている時に、私が恐らく涼夏たちの考えるような、あるいは期待するような反応をしていない自覚もある。天然の鈍感系と思われているかもしれないが、意図的にそういう態度を取っているわけではないので、そう思われても仕方ない。
「涼夏は、エッチに興味があるの? 恋愛する気はまったくないんでしょ?」
 内容が内容なので、周囲に聞こえないように小さな声で聞いてみた。まさか涼夏の口から性交渉などという言葉が出るとは思わなかったが、涼夏がそれを知っていること自体に違和感はない。私とて、知識としては持ち合わせている。
 涼夏は無意味にパタパタと手で仰ぎながら、困ったように私を見た。
「興味はないけど、知識はある。いや、興味もあるのかなぁ。わからん」
「こないだ奈都が、私と涼夏の恋愛は美しいとか言ってた」
「ちょっとごめん。一体何の話をしてたの?」
「私にもわからない」
 そう言って首を傾げると、涼夏が「なんだそりゃ」と苦笑した。時々涼夏が私のことを謎思考と言うが、私に言わせると、奈都の方がよほど何を考えているのかわからない。
「ナッちゃんは恋愛とか好きそう。私や千紗都みたいなトラウマもなさそうだし」
 涼夏がそう言って、私は大きく頷いた。
「うん。恋愛は女同士に限るって言ってた」
「待って。本当にどんな会話してたの?」
「わからない。突然そんなことを言い出した」
 本当にわからないので、二人でバドミントンをしていた日のことを簡単に話すと、涼夏は「確かにわからんな」と情けなく眉尻を下げた。
「それで、千紗都はなんて答えたの?」
「なんてって?」
「ナッちゃんは千紗都が好きで、女同士で恋愛したいってことなら、要するに千紗都と恋愛したいって意味じゃないの?」
 涼夏の言葉に、私は何度かまばたきをした。そういう意味だと思っていたわけではないが、そういう意味だと言われても驚きはない。面と向かって「付き合って」と言われたら、別に付き合っても構わない。もちろん、涼夏と絢音との仲が一切変わらないならという条件付きだが。
 腕を組んでじっと涼夏を見つめると、涼夏は居心地悪そうに視線を逸らせてから、背もたれにぐったりと体を預けた。
「こういう時の千紗都は、本当に何を考えてるかわからん」
「特に何も。友達について、みたいな?」
 そもそも今私には、涼夏と絢音と奈都の3人しか友達がいない。中学時代の後半は、奈都一人しかいなかった。そしてその3人とは、いずれもキスをしたり一緒に寝たりしている。それはただの友達と呼べる間柄だろうか。もし奈都と恋愛的に付き合うとして、何かすることが変わるのだろうか。
 そんなことを淡々と話すと、涼夏は興味深そうに頷いて口を開いた。
「私は友達が多いね。でも、親友は千紗都と絢音だけかな」
「友達と親友がもし違うとしたら、私には親友しかいない」
 奈都には部活の仲間がいるし、絢音にはバンドの仲間がいる。もちろん、他にクラスメイトと仲良くしたりもしている。だから、その子たちと私とで、付き合い方に明確な差があるだろう。しかし、私には3人しかおらず、しかもその3人には、優劣を一切つけていない。
「さっき、エッチな知識の話をしたけど、中学の時に友達がそういう話をしたりしてて、自然とつくんだよね。私も、積極的に情報を集めてたわけじゃない」
 涼夏がそう言いながら、自分の言葉に納得するように頷いた。
 それはなんだかわかる。しかも涼夏の場合、妹が恋愛体質なので、好きでもない恋愛話もたくさん聞かされるのだろう。前に妹が部屋に彼氏を連れ込んでいるという悩みを話してくれたが、私には遠い世界のことのように感じた。
「たぶん、みんながそういう話をしてる時にぼっちで過ごしてたから、私はそういう知識も興味もないんだと思う。奈都も、私の前ではアニメの話しかしてなかったし」
 軽く顎を撫でながら、中学時代を思い出す。きっとみんなが推しだイケメンだと喋っている中に、涼夏や絢音は普通にいたのだろう。絢音にいたっては、ずっと一緒に活動していたバンドのメンバーに男子がいたし、そもそも上にも下にも男兄弟がいる。見たくないものまで見えてしまうとため息をついていたし、興味はともかく、知識だけは豊富そうだ。
「じゃあ、私が千紗都にエッチな知識を教えなきゃダメだな。ベッドの中で」
 涼夏が深刻そうに眉根を寄せてそう言った。敢えて口を開かずにじっと涼夏の目を見つめると、涼夏は恥ずかしそうに顔を赤くして視線を逸らせた。
「その目、やめて」
「涼夏、私にエッチな知識を教えたいの? ベッドの中で?」
「冗談だって!」
「冗談なの?」
「いや、冗談じゃないけど……」
 ごにょごにょと涼夏が口ごもる。いじめているつもりはないのだが、こういう時の涼夏はとんでもなく可愛い。
 ぬるくなったココアに口をつける。店内の時計を見ると、まだ17時を少し過ぎたところだった。
 ずっとここで喋っていてもいいが、なんとなく話に区切りがついたので、外に出るかと聞いてみた。涼夏は小さく頷いて、薄くなったジュースを飲みほした。
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