上 下
69 / 296

第23話 温泉 6

しおりを挟む
 23時を回った辺りで、あまりはしゃぐと迷惑だろうと言ってゲームをやめた。今さらという気もするが、日が変わるまでやらなかっただけでも評価して欲しい。
 涼夏が眠くてもうダメだと言いながら、私の膝に頭を乗せた。布団で寝てくれていいのだが、膝枕がいいらしい。
 涼夏の髪を撫でながら明日の話をした結果、遊園地は回避することになった。ネックはやはりお金だ。そもそも今回の旅は交通費と宿泊費だけでもだいぶ使っている。その上、また往復バスに乗って遊園地に行き、乗り物のフリーパスを買うような余裕は無い。
 それに、代替案のアウトレットも十分魅力的だった。来ようと思ってもなかなか来れる場所ではないし、主役の涼夏は買い物が好きだ。奈都はファッションに興味がないし、絢音も前に、買えないものを眺めるのはあまり好きではないと言っていたが、滅多に来れないことを天秤にかけた結果、アウトレット案を採用することになった。
 明日は朝、温泉に入って、チェックアウトギリギリまで宿で過ごすことにした。もっとも、朝食があるから、それなりに早く起きなくてはいけない。
 今日は涼夏も疲れているし、海の時のように荒ぶることはないだろう。そう思っていたが、甘かった。
 電気を消して布団に潜り込むや否や、涼夏が私の上に覆いかぶさって来て、首筋に顔をうずめた。
「はぁ。今日はもう十分楽しかったのに、最後に千紗都と寝られるなんて、近年稀に見る最高の誕生日だ」
「いや、重いから。眠いんじゃなかったの?」
 私がもがいていると、隣で絢音がくすっと笑った。
「ボジョレーのキャッチコピーみたいだった。完璧な肉感、桁外れに素晴らしい千紗都」
「そんな感じ。ああ、千紗都、愛おしい」
 涼夏がうわ言のようにそう言いながら、私の唇に顔を押し付けた。さらに舌を入れてきて、静かな暗闇にピチャピチャと水気のある音が響く。
 すぐ隣に友達がいるのに、コイツは一体何をしているのか。私が呆れながら涼夏の重みを感じていると、奈都が「デジャヴだ」と小声で呟いた。
 3分くらいそうしていただろうか。そろそろ息苦しくなってきたから引き剥がそうと思ったら、突然とんでもないところを鷲づかみにされて、私は思わず悲鳴を上げた。
「ひえっ! 変なところ触らないで!」
「いや、どう考えても私の両手は千紗都の背中にあると思うけど」
 涼夏が両手でグッと私の背中を引き寄せながら、熱っぽい声で言った。いつの間にそこにいたのか、すぐ耳元で絢音の声がした。
「それはもしかしたら、私の右手かもしれない」
 囁くようにそう言いながら、絢音がわしわしと右手を動かす。
「それ、全然もしかしてない!」
 身をよじりながら非難したが、絢音は「右手だけ中に入れさせてもらう約束だったし」と悪びれずに言った。確かにそういう話はしていたが、約束した覚えはない。
 私がもがいていると、奈都が反対側から近付いてきて、そっと私の腰に触れた。
「じゃあ、私も片手だけ……」
「奈都は私を助けてくれる!」
 期待を込めてそう言ったが、奈都はツラそうに首を振った。
「この状況に対して、悔しいほどに私は無力だ」
「えーっ!?」
 相変わらず涼夏は私の上に乗っかって、胸を触りながら「これが91のおっぱい」と、感極まったように繰り返している。ちなみにそれはバストサイズではなく、先程のゲームの『やわらかそうなもの』で、絢音が私のおっぱいと言った時に持っていたカードの数字である。
 片手だけと言っていた二人が、いつの間にか両手で私の体を撫で回している。浴衣はどこかに行ってしまった。涼夏ではないが、確かに30本の指が這い回るのはゾクゾクして気持ちいい。
 もう諦めよう。この可愛い仲間たちは、私のことが好きすぎる。そして私も、そうして私のことを好きでいてくれることが、本当に嬉しいのだ。

 いつの間に眠っていたのか、気が付くと朝だった。障子の向こう側が明るい。手を伸ばしてスマホを取ると、7時を少し回ったところだった。
 隣で眠っている涼夏を抱き寄せると、肌の感触が生々しかった。私たちの浴衣と下着は、一体どこに行ってしまったのだろう。
 困惑していると、涼夏がギュッと私の背中を引き寄せた。明らかに目を覚ましているムーブだが、起きようとはしない。涼夏の髪の毛越しに隣の布団を見ると、奈都と目が合った。
「あっ、おはよ……」
 奈都が布団から可愛らしく顔を出して私を見つめる。
「うん。おはよう」
「寝起きの千紗都は94」
「そうでもないと思うけど」
 あくびをしながら反対側の布団を見ると、絢音はまだ寝ているようで、小さな寝息を立てていた。涼夏の髪を撫でながらぼんやりと天井を眺めていると、奈都が小さな声で言った。
「昨日はごめんね」
「昨日? 何のこと?」
「何って……その……」
 言いかけて、もごもごと口ごもる。本当にわからなかったので首を傾げると、奈都は困ったように眉尻を下げた。
「ほら、3人でなんかこう、だいぶ、チサに色々しちゃったから……」
「なんにも怒ってないけど」
 キョトンとしてそう言うと、胸元で涼夏がくすっと笑った。奈都が「そうなんだ」と乾いた笑いを浮かべた。いつの間に起きたのか、反対の布団で絢音が可笑しそうに声を弾ませた。
「やっぱり、千紗都を怒らせるのは難しい」
「そうでもないと思うけど。絢音は前からずっと、ギリギリを追及してるって言ってたじゃん?」
「正直に言うと、昨日は理性が負けた」
 絢音があっさりとそう言って、涼夏があははと笑った。笑い事ではないが、まあ別に構わない。
 そろそろ起きる提案をすると、涼夏が名残惜しそうに私の体を放した。くっついていた部分が汗ばんでいる上、全体的にベタベタしている。一刻も早くお風呂に行きたいが、まずは食事だ。
 掛け布団をまくると、自分で脱いだ覚えのない下着が転がっていた。「下着を交換しよう」などとわけのわからないことを言っている涼夏を無視して、身なりを整える。髪もボサボサだが、ブラシをかけるとだいぶましになった。
 食堂の昨日と同じテーブルで朝食をいただく。こちらはご厚意ではなく、元々ついているものなので、他の宿泊客と同じメニューだ。白いご飯に焼き魚、納豆、味噌汁、温泉卵、味付け海苔、漬け物。それらをもぐもぐ頬張っていると、奈都が向かいでじっと私を見つめていた。
「何?」
「ううん。チサ、可愛いなって思って」
「それは新発見だね」
 私がしれっとそう言うと、隣でお茶を飲んでいた絢音が噎せた。奈都は何やらもじもじしているが、昨日もずっといたし、そもそも毎日一緒に学校に通っている。いきなりどうしたのだろう。
 私が首を傾げると、涼夏が味噌汁を飲んでから、ほぅっと息を吐いた。
「昨日の夜の千紗都は、今までに見たことのないジャンルの可愛さだったから、ナッちゃんの気持ちもわからんでもない」
「帰宅部はすごいね……」
 奈都が顔を赤くしながら、グルグルと温泉卵をかき混ぜた。奈都はそれをそういう食べ方をするのかと、新鮮な驚きを持って見つめる。お互いに新しい発見があったのなら、一緒に旅行して良かったというものだ。
 ご飯の後はゆっくりと温泉に浸かった。すでにチェックアウトした客もいるし、露天風呂にはまた私たちの他に誰もいなかった。私たち自身もそんなにのんびりはしていられないが、朝からこうしてお風呂に入るのは、なんだか優雅な時間だ。
「今日が16歳で一番の思い出になりそうな気がする」
 涼夏がぼんやりとそう呟く。始まったばかりで、何を言っているのか。
「15歳になった時、私たちはまだ出会ってもなかったでしょ? まだ17歳まで360日くらいあるし、どう考えても更新するでしょ」
 まずは来月クリスマスがあり、冬休みがある。春は桜が咲いて、ゴールデンウィークの後、再び夏休みがやってくる。今回の旅は確かに楽しいが、昨日はひたすら歩いただけだし、結局遊園地には行かない。松茸ご飯は思わぬ収穫だったが、それだけだ。会話が楽しいのは今に始まったことではない。
 そう訴えると、涼夏は静かに首を振った。
「千紗都と裸で寝た」
「そんなの別に、うちに来てくれれば、いつでもできるよ」
 なんでもないようにそう言うと、3人が息を呑んで私を見つめた。その空気に気圧されて、私は思わず身を仰け反らせた。
「いや、別に深い意味はなくて」
「浅くていいから、毎日千紗都の家に行こう」
「私も、もうお小遣いは全部電車代に使う」
「私はバトン部を辞める」
「いや、それはやめて」
 奈都にだけ冷静にそう告げると、奈都は可愛らしく唇を尖らせた。私はただ横になっていただけだが、こんなにも嬉しそうな3人を見るのは初めてだ。微妙に不本意ではあるが、まあ良しとする。
「みんなが楽しかったのなら、私はこの旅を企画して良かった」
 穏やかにそう微笑むと、涼夏が瞳を潤ませて抱き付いてきた。
「部長! ずっとついて行くから!」
「是非そうして」
 涼夏を抱きかかえながら顔を上げると、昨日とは打って変わっていい天気だった。ずっと屋内にいるのはもったいないから、午前中は昨日行った公園に戻って、遊覧船に乗るのもいいかもしれない。料金はそれなりにするが、元々遊園地に行こうとしていたことを思えばどうってことはない。
 今日も楽しく過ごそう。帰宅部が日頃培ってきた遊ぶ力を、今こそ存分に発揮しようではないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~

楠富 つかさ
青春
 落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。 世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート! ※表紙はAIイラストです。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

処理中です...