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番外編 チェアリング
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私は土日は大体暇している。奈都も土日は部活がないし、絢音も塾は平日にしか入れていない。涼夏は時々バイトをしているが、それ以外にはあまり予定はない。
そんなわけで、私は土日もほとんどいつものメンツで遊んでいるが、奈都は私たち以外にも友達がいるし、絢音はバンドの練習をしていることもある。他にも、そもそも一人でのんびりしたい時もあるだろうし、宿題や勉強をしたい日もあるだろう。絢音や奈都はお金の問題もある。
だから、私は気にせず誘うが、特に用事がなくても遠慮なく断ってほしいと、春の頃に約束をした。私の方で気を遣って声をかけるのを控える提案もしたが、そういうのは望んでいないと二人に却下された。
その結果、土日も大抵誰かと遊んでいるが、やはり時には誰も空いていないこともある。そんな時は仕方なく一人で過ごすのだが、私はとにかく一人で時間を潰すのが苦手だった。
ぼんやりと動画を見たり、インスタを眺めたり、リビングでテレビを見たり、部屋で勉強したりしていると、いつの間にか一日が終わっている。そして、本当にただ時間をやり過ごしただけの休日に、寂しい気持ちになるのだ。
その日曜日も、久しぶりにぼっちの一日だった。朝から天気が良く、こんな日に一人で引きこもって動画を見ていたら、一体何のために生まれて来たのかと、自らに哲学的な問いかけをしてしまうだろう。
そういう意味では、奈都はアニメのシリーズを丸一日かけて見た話なんかを嬉々としてしているので、私とは人種が違う。ただの暇潰しで動画を眺めている私と違って、奈都のアニメ鑑賞は立派な趣味なのだ。
タブレットで何か一人でできるアウトドアな遊びはないかと検索したら、チェアリングというシュールな遊びがヒットした。公園などにキャンプ用の椅子を持ち込み、風を感じながらのんびり過ごすというものらしい。
どうせ家にいても、またいつもと同じ無為な一日になるだけである。それならまだ、変わったことをした方が面白そうだし、話のネタにもなる。
ネタのためにやるのもどうかと思うが、私は友達との関係性でしか自分という人間を語れない。熟練のチェアリンガーにはお叱りを受けそうだが、どこにも書かないので許して欲しい。
ラフな服を着て帽子をかぶり、父親のキャンピングチェアを肩にかける。細長い袋に収納されていて、一見椅子とはわからないが、なかなかの重量感だ。駅まで持って歩くだけでも大変そうだ。
出かける時に親に心配されたが、一体何を心配されたのだろう。娘が一人で危なくはないかという心配ならいいが、いよいよ頭がおかしくなったと思われたのなら残念だ。
外に出ると日差しが心地良かった。秋特有の、乾いた暑さだ。
さて、どこに行こうか。近場の大きい公園なら、電車で行ける亀歩公園か翔外緑地。人がたくさんいそうだが、人があまりいない場所より目立たなくていい気がする。
自然の森は怖いし、海は気持ち良さそうだが少し遠い。全然面白くなくてすぐに帰ってくる可能性もあるので、最初からあまり遠くには行きたくない。
無難に翔外緑地に決めて、とりあえずイエローラインに乗り込んだ。案の定最寄り駅まで歩いただけで疲れてしまったが、ダイエットになればと思う。
途中で乗り換えて翔外緑地を目指す。電車の中で暇だったのでチェアリングの体験記を読むと、みんなただぼんやりと時が過ぎるのを楽しんでいた。今からそれをしようとしている私が言うのも何だが、楽しいのだろうか、それは。
最寄り駅で降りると、まずはコンビニに入った。普段なら買わないジュースを買って、特別感を演出する。他に、冷めても美味しいお弁当も買った。所詮コンビニ弁当ではあるが、自分では作れないので仕方ない。
もしこの遊びを昨夜思い付いていたら、涼夏にお弁当だけ作ってと無茶振りしたかもしれないが、明日まで内緒にしたいような気がしないでもない。今日はなるべく仲間にメッセージは送らずに過ごそうと心に決めて、緑地公園に足を踏み入れた。
朝と呼ぶには遅く、公園は人でいっぱいだった。もちろん、桜のシーズンの亀歩公園ほどではないが、噴水で遊ぶ家族連れや、スポーツをしている子供たち、ランニングコースで汗を流すおじさんおばさん、ただ騒いでいるだけの若者たち、仲睦まじいカップル。様々な人が思い思いに時を過ごしている。とりあえず、キャンピングチェアに一人で腰掛けている人はいないが、本当に今大ブームなのだろうか。
公園は広く、芝生広場の他にも、大規模な花壇や、ボートにも乗れる池もある。もちろん、郊外の緑地公園と比較したら小さいが、市内でこの規模は十分な広さだろう。ひとまず池の見える木陰で足を止めて、袋から椅子を出した。
家で一度練習してきたので、あっさりと準備が完了する。そもそも十秒もかからない作りだ。早速座って、ぼんやりと池を眺める。
何だか落ち着かないが、段々慣れて来るものだろうか。もしかしたら、ビールを片手にする遊びなのかもしれない。飲んだことはないが、素面でやる遊びではない気がしてしょうがない。
しかしまあ、ソロキャンプも流行っているらしいし、一人で過ごせる人はどこでも楽しめるのだろう。
トロピカルなジュースを飲みながら、スマホでネット小説でも探すことにした。こういう時、それなりに有名な作品を読むべきだろうか。それとも、興味を惹かれたタイトルを読んでみるべきか。
後者はあまりにも玉石混交で、しかも小説の体を成していないものも多かったので、青春ジャンルで人気の高い小説を開いてみた。上位はしばらく転生ものが続き、女の子が主人公の学園スポーツものがあったので読んでみる。
バスケットが大好きな女の子が、強豪中学から弱小高校に入り、部活を強くしていくという、とてもありがちな展開だったが、キャラが魅力的でなかなか面白かった。
ずっと座っていると腰が痛くなるので、時々立って体を動かしたり、その辺を走ってみたり、日差しの下で太陽を感じたりして時を過ごす。特に好奇の目で見られることはなかったが、お仲間を見かけることもなかった。一度だけおじさんに、「チェアリングですか?」と声をかけられて、少しだけ話をしたが、気を遣ったのか急いでいたのか、すぐに行ってしまった。
昼を回ると暑くなってきた。虫と日差し対策で長袖を着てきたが、枚数を調整できる服装にするべきだった。次回の反省にしようと思ったが、果たして次回はあるのだろうか。
新しい音楽との出会いを求めて、動画サイトで適当なBGM動画を開いていたら、涼夏からメッセージが飛んできた。用事が終わって暇になったが、今何をしているのかという内容だった。そろそろ飽きてきていたので、自撮り写真と一緒に翔外緑地にいると書いて送った。すぐに涼夏からコールがあって、通話ボタンをタップした。
「もしもし?」
『千紗都、翔外緑地にいるの? 一人? 何してるの?』
「一人。椅子に座ってる」
『その、呼吸してるとか、まばたきしてるみたいな答えはいいから』
「いや、本当に座ってるだけだから。退屈してるなら来て」
『よくわかんないけど、行くわ。一時間はかからないと思う』
「座って待ってる。場所はまたメールするよ」
通話を終えると、地図アプリのスクショを撮ってメールに貼り付けた。百均に寄れるならレジャーシートがあるといいと送ると、何か遊び道具も買っていくと返ってきた。
涼夏が来るまで一時間弱。動画サイトで音楽を聴きながらぼーっとしていたら、やがて向こうから涼夏がやって来た。じっと見つめていると、涼夏も足を止めて遠巻きに私を見つめた。
まったく無意味な睨めっこを三十秒ほどした後、涼夏はゆっくりと背中を向けて、来た道を引き返し始めた。私は慌てて立ち上がって声を上げた。
「いやいや、意味わかんないし!」
大きな声で呼び止めると、涼夏はもう一度振り返って、露骨に不審な目をして近付いてきた。
「見なかったことにした方がいいかと思って」
涼夏が真顔でそう言いながら、レジャーシートを広げてその上にバッグを置いた。靴を脱いで足を伸ばすと、私を見上げて首を傾げる。
「それで、何をしてたの? なんていうか、浮いてたよ?」
「チェアリング。椅子に座ってぼーっとする遊び。今、ブームなんだって」
「日本、終わったな」
涼夏がジュースを飲みながら、池を見つめる。しばらく二人で無言でボート遊びをする親子を目で追っていたが、やがて涼夏が大きく首を振った。
「これは、罰ゲームなの?」
「いや、風とか日差しを楽しむ遊び」
「楽しかった?」
「小説を読んだり、音楽を聴いたりしてた」
私の言葉に、涼夏は何か言いかけて口を噤んだ。「い」の音が聞こえたから、家でもできると言いかけたのだろう。確かに家でもできるが、公園でやってみる意味はある。涼夏もそう思ったのか、「ナイストライだとは思う」と言い直した。帰宅部は挑戦する部活だ。涼夏もその精神は共有している。
せっかくなので涼夏にも体験してもらおうと、立ち上がって椅子を譲った。トイレに行って戻ってくると、確かに女の子一人で椅子に座っている光景はシュールだった。今は隣にレジャーシートが敷いてあるので、他の人の気配を感じるが、それがなかったらそっと引き返したくなる気持ちもわかる。
「もう少し世間に浸透すれば、そんな違和感もなくなるかな」
笑いながらそう言ってレジャーシートに座ると、涼夏は苦笑いを浮かべて首を振った。
「もう少し世間に浸透しても、女子高生が一人でやる遊びとは思えないけど」
「奈都が、今女子高生が一人でキャンプするアニメが人気だって言ってた」
「アニメの話でしょ」
バッサリだ。奈都が聞いていたら悲鳴を上げそうだ。
景色に飽きてきたので、芝生広場に移動した。改めてレジャーシートを敷いて、それを固定するように椅子を置く。涼夏が買ってきた遊び道具を取り出して、その上に広げた。
重みのある柔らかいボールにフリスビー、シャボン玉。レジャーシートと合わせてワンコインだと笑ったが、安いせいで要らないものまで買っている気がしないでもない。
とりあえず汗をかく前にシャボン玉で遊ぼうと言って、キャップを開けて立ち上がった。二人で写真を撮り合いながら、帰宅部グループに流す。奈都から「何してるの?」と呆れたような返事がすぐに来たので、シャボン玉だと、見ればわかるメッセージを投げておいた。
液がなくなるまで遊んだら、汗だくになった。夏を感じる。
「運動はこれからなのに。まあ、今日はダイエットだな」
涼夏がボールを手にして、グルグルと肩を回した。あまり体を動かしたがらない子だが、綺麗な緑と青い空に囲まれて、テンションが上がっているのだろうか。
「チェアリングはいいね」
ボールをキャッチしながら笑いかけると、涼夏が真顔で手を振った。
「いや、これもう、チェアリングじゃないから。座ってないし」
「広義のチェアリングだね」
「魚を釣らない魚釣りみたいな響きだ」
ボールを投げ合いながら、前半のチェアリング活動の報告をする。海でビールを飲みながらしたら楽しそうだと持論を述べると、涼夏が複雑な顔をした。
「それは、夏に浜辺でビーチチェアでくつろいでるのと同じじゃん。そりゃ、楽しいでしょ」
「チェアリング最高?」
「それをチェアリングの仲間に引き込むの、ずるくない? なんか、アマチュアの試合に、友達だからってプロを呼んでくる人みたいだよ?」
「今日は喩えが冴えてるね」
「それはどうも」
涼夏がボールを高く上げる。運動神経抜群の私は楽勝でキャッチできたが、同じことをしたら涼夏は取れなかった。そもそも取れるような場所に飛んでいかなかった。
汗を拭いて日焼け止めを塗り直し、カーブとフォークの研究に勤しむ。涼夏がスポーツも悪くないと笑っていたのが、今日一番の収穫か。
たくさん汗をかいたので、レジャーシートの上で汗を拭きながらジュースを飲むと、涼夏が「それにしても」と前置きして、私の買ってきたビスケットに手を伸ばした。
「事前に知ってたら、クッキーくらい焼いてきたのに。なんだか色々惜しい感じ」
「私も今朝思い付きでやってみただけだしね。涼夏にお弁当作って欲しかった」
「今度は絢音も誘ってやろう」
「チェアリングはいいねぇ」
私がふふっと笑うと、涼夏が「いや、違う」と冷静に首を振った。
結局夕方まで二人で童心に帰り、疲れ切るまで遊んでからシートと椅子を片付けた。後半は涼夏の言う通りチェアリングではなかったが、もう少し工夫すれば一人でも楽しめそうな気配はあった。
別れ際に涼夏が言った。
「また何か面白いこと思い付いたら呼んでね」
さも、一人でチェアリングなどというものに手を出したのは裏切りだという響きだが、順序が逆である。一人だからやってみたのだ。
「涼夏は最近は、一人だと何してるの?」
なんとなく聞いてみると、涼夏はバッグを担ぎ直して笑顔を浮かべた。
「通販サイト眺めたりとか、動画見たりとか、料理の研究したりとか、妹と買い物行ったりとか。それは一人じゃないか」
「なんだかんだ言って、妹と仲いいよね」
「まあ、姉妹だからね」
涼夏が困ったように微笑んだ。一人っ子の私には、涼夏が言葉に含ませた意味がよくわからなかったが、きっと家族だから、ムカついた翌日には普通に喋ったりとかあるのだろう。私も親に対してそんな感じだ。
涼夏と別れて、一人で電車の座席に腰掛ける。
今日も楽しかったが、それは涼夏のおかげだ。もし涼夏からメールが来なかったら、後何時間あそこに座っていただろう。
チェアリングもまたやってみよう。もちろん、できれば一人の時間が無いのが一番嬉しいけれど。
そんなわけで、私は土日もほとんどいつものメンツで遊んでいるが、奈都は私たち以外にも友達がいるし、絢音はバンドの練習をしていることもある。他にも、そもそも一人でのんびりしたい時もあるだろうし、宿題や勉強をしたい日もあるだろう。絢音や奈都はお金の問題もある。
だから、私は気にせず誘うが、特に用事がなくても遠慮なく断ってほしいと、春の頃に約束をした。私の方で気を遣って声をかけるのを控える提案もしたが、そういうのは望んでいないと二人に却下された。
その結果、土日も大抵誰かと遊んでいるが、やはり時には誰も空いていないこともある。そんな時は仕方なく一人で過ごすのだが、私はとにかく一人で時間を潰すのが苦手だった。
ぼんやりと動画を見たり、インスタを眺めたり、リビングでテレビを見たり、部屋で勉強したりしていると、いつの間にか一日が終わっている。そして、本当にただ時間をやり過ごしただけの休日に、寂しい気持ちになるのだ。
その日曜日も、久しぶりにぼっちの一日だった。朝から天気が良く、こんな日に一人で引きこもって動画を見ていたら、一体何のために生まれて来たのかと、自らに哲学的な問いかけをしてしまうだろう。
そういう意味では、奈都はアニメのシリーズを丸一日かけて見た話なんかを嬉々としてしているので、私とは人種が違う。ただの暇潰しで動画を眺めている私と違って、奈都のアニメ鑑賞は立派な趣味なのだ。
タブレットで何か一人でできるアウトドアな遊びはないかと検索したら、チェアリングというシュールな遊びがヒットした。公園などにキャンプ用の椅子を持ち込み、風を感じながらのんびり過ごすというものらしい。
どうせ家にいても、またいつもと同じ無為な一日になるだけである。それならまだ、変わったことをした方が面白そうだし、話のネタにもなる。
ネタのためにやるのもどうかと思うが、私は友達との関係性でしか自分という人間を語れない。熟練のチェアリンガーにはお叱りを受けそうだが、どこにも書かないので許して欲しい。
ラフな服を着て帽子をかぶり、父親のキャンピングチェアを肩にかける。細長い袋に収納されていて、一見椅子とはわからないが、なかなかの重量感だ。駅まで持って歩くだけでも大変そうだ。
出かける時に親に心配されたが、一体何を心配されたのだろう。娘が一人で危なくはないかという心配ならいいが、いよいよ頭がおかしくなったと思われたのなら残念だ。
外に出ると日差しが心地良かった。秋特有の、乾いた暑さだ。
さて、どこに行こうか。近場の大きい公園なら、電車で行ける亀歩公園か翔外緑地。人がたくさんいそうだが、人があまりいない場所より目立たなくていい気がする。
自然の森は怖いし、海は気持ち良さそうだが少し遠い。全然面白くなくてすぐに帰ってくる可能性もあるので、最初からあまり遠くには行きたくない。
無難に翔外緑地に決めて、とりあえずイエローラインに乗り込んだ。案の定最寄り駅まで歩いただけで疲れてしまったが、ダイエットになればと思う。
途中で乗り換えて翔外緑地を目指す。電車の中で暇だったのでチェアリングの体験記を読むと、みんなただぼんやりと時が過ぎるのを楽しんでいた。今からそれをしようとしている私が言うのも何だが、楽しいのだろうか、それは。
最寄り駅で降りると、まずはコンビニに入った。普段なら買わないジュースを買って、特別感を演出する。他に、冷めても美味しいお弁当も買った。所詮コンビニ弁当ではあるが、自分では作れないので仕方ない。
もしこの遊びを昨夜思い付いていたら、涼夏にお弁当だけ作ってと無茶振りしたかもしれないが、明日まで内緒にしたいような気がしないでもない。今日はなるべく仲間にメッセージは送らずに過ごそうと心に決めて、緑地公園に足を踏み入れた。
朝と呼ぶには遅く、公園は人でいっぱいだった。もちろん、桜のシーズンの亀歩公園ほどではないが、噴水で遊ぶ家族連れや、スポーツをしている子供たち、ランニングコースで汗を流すおじさんおばさん、ただ騒いでいるだけの若者たち、仲睦まじいカップル。様々な人が思い思いに時を過ごしている。とりあえず、キャンピングチェアに一人で腰掛けている人はいないが、本当に今大ブームなのだろうか。
公園は広く、芝生広場の他にも、大規模な花壇や、ボートにも乗れる池もある。もちろん、郊外の緑地公園と比較したら小さいが、市内でこの規模は十分な広さだろう。ひとまず池の見える木陰で足を止めて、袋から椅子を出した。
家で一度練習してきたので、あっさりと準備が完了する。そもそも十秒もかからない作りだ。早速座って、ぼんやりと池を眺める。
何だか落ち着かないが、段々慣れて来るものだろうか。もしかしたら、ビールを片手にする遊びなのかもしれない。飲んだことはないが、素面でやる遊びではない気がしてしょうがない。
しかしまあ、ソロキャンプも流行っているらしいし、一人で過ごせる人はどこでも楽しめるのだろう。
トロピカルなジュースを飲みながら、スマホでネット小説でも探すことにした。こういう時、それなりに有名な作品を読むべきだろうか。それとも、興味を惹かれたタイトルを読んでみるべきか。
後者はあまりにも玉石混交で、しかも小説の体を成していないものも多かったので、青春ジャンルで人気の高い小説を開いてみた。上位はしばらく転生ものが続き、女の子が主人公の学園スポーツものがあったので読んでみる。
バスケットが大好きな女の子が、強豪中学から弱小高校に入り、部活を強くしていくという、とてもありがちな展開だったが、キャラが魅力的でなかなか面白かった。
ずっと座っていると腰が痛くなるので、時々立って体を動かしたり、その辺を走ってみたり、日差しの下で太陽を感じたりして時を過ごす。特に好奇の目で見られることはなかったが、お仲間を見かけることもなかった。一度だけおじさんに、「チェアリングですか?」と声をかけられて、少しだけ話をしたが、気を遣ったのか急いでいたのか、すぐに行ってしまった。
昼を回ると暑くなってきた。虫と日差し対策で長袖を着てきたが、枚数を調整できる服装にするべきだった。次回の反省にしようと思ったが、果たして次回はあるのだろうか。
新しい音楽との出会いを求めて、動画サイトで適当なBGM動画を開いていたら、涼夏からメッセージが飛んできた。用事が終わって暇になったが、今何をしているのかという内容だった。そろそろ飽きてきていたので、自撮り写真と一緒に翔外緑地にいると書いて送った。すぐに涼夏からコールがあって、通話ボタンをタップした。
「もしもし?」
『千紗都、翔外緑地にいるの? 一人? 何してるの?』
「一人。椅子に座ってる」
『その、呼吸してるとか、まばたきしてるみたいな答えはいいから』
「いや、本当に座ってるだけだから。退屈してるなら来て」
『よくわかんないけど、行くわ。一時間はかからないと思う』
「座って待ってる。場所はまたメールするよ」
通話を終えると、地図アプリのスクショを撮ってメールに貼り付けた。百均に寄れるならレジャーシートがあるといいと送ると、何か遊び道具も買っていくと返ってきた。
涼夏が来るまで一時間弱。動画サイトで音楽を聴きながらぼーっとしていたら、やがて向こうから涼夏がやって来た。じっと見つめていると、涼夏も足を止めて遠巻きに私を見つめた。
まったく無意味な睨めっこを三十秒ほどした後、涼夏はゆっくりと背中を向けて、来た道を引き返し始めた。私は慌てて立ち上がって声を上げた。
「いやいや、意味わかんないし!」
大きな声で呼び止めると、涼夏はもう一度振り返って、露骨に不審な目をして近付いてきた。
「見なかったことにした方がいいかと思って」
涼夏が真顔でそう言いながら、レジャーシートを広げてその上にバッグを置いた。靴を脱いで足を伸ばすと、私を見上げて首を傾げる。
「それで、何をしてたの? なんていうか、浮いてたよ?」
「チェアリング。椅子に座ってぼーっとする遊び。今、ブームなんだって」
「日本、終わったな」
涼夏がジュースを飲みながら、池を見つめる。しばらく二人で無言でボート遊びをする親子を目で追っていたが、やがて涼夏が大きく首を振った。
「これは、罰ゲームなの?」
「いや、風とか日差しを楽しむ遊び」
「楽しかった?」
「小説を読んだり、音楽を聴いたりしてた」
私の言葉に、涼夏は何か言いかけて口を噤んだ。「い」の音が聞こえたから、家でもできると言いかけたのだろう。確かに家でもできるが、公園でやってみる意味はある。涼夏もそう思ったのか、「ナイストライだとは思う」と言い直した。帰宅部は挑戦する部活だ。涼夏もその精神は共有している。
せっかくなので涼夏にも体験してもらおうと、立ち上がって椅子を譲った。トイレに行って戻ってくると、確かに女の子一人で椅子に座っている光景はシュールだった。今は隣にレジャーシートが敷いてあるので、他の人の気配を感じるが、それがなかったらそっと引き返したくなる気持ちもわかる。
「もう少し世間に浸透すれば、そんな違和感もなくなるかな」
笑いながらそう言ってレジャーシートに座ると、涼夏は苦笑いを浮かべて首を振った。
「もう少し世間に浸透しても、女子高生が一人でやる遊びとは思えないけど」
「奈都が、今女子高生が一人でキャンプするアニメが人気だって言ってた」
「アニメの話でしょ」
バッサリだ。奈都が聞いていたら悲鳴を上げそうだ。
景色に飽きてきたので、芝生広場に移動した。改めてレジャーシートを敷いて、それを固定するように椅子を置く。涼夏が買ってきた遊び道具を取り出して、その上に広げた。
重みのある柔らかいボールにフリスビー、シャボン玉。レジャーシートと合わせてワンコインだと笑ったが、安いせいで要らないものまで買っている気がしないでもない。
とりあえず汗をかく前にシャボン玉で遊ぼうと言って、キャップを開けて立ち上がった。二人で写真を撮り合いながら、帰宅部グループに流す。奈都から「何してるの?」と呆れたような返事がすぐに来たので、シャボン玉だと、見ればわかるメッセージを投げておいた。
液がなくなるまで遊んだら、汗だくになった。夏を感じる。
「運動はこれからなのに。まあ、今日はダイエットだな」
涼夏がボールを手にして、グルグルと肩を回した。あまり体を動かしたがらない子だが、綺麗な緑と青い空に囲まれて、テンションが上がっているのだろうか。
「チェアリングはいいね」
ボールをキャッチしながら笑いかけると、涼夏が真顔で手を振った。
「いや、これもう、チェアリングじゃないから。座ってないし」
「広義のチェアリングだね」
「魚を釣らない魚釣りみたいな響きだ」
ボールを投げ合いながら、前半のチェアリング活動の報告をする。海でビールを飲みながらしたら楽しそうだと持論を述べると、涼夏が複雑な顔をした。
「それは、夏に浜辺でビーチチェアでくつろいでるのと同じじゃん。そりゃ、楽しいでしょ」
「チェアリング最高?」
「それをチェアリングの仲間に引き込むの、ずるくない? なんか、アマチュアの試合に、友達だからってプロを呼んでくる人みたいだよ?」
「今日は喩えが冴えてるね」
「それはどうも」
涼夏がボールを高く上げる。運動神経抜群の私は楽勝でキャッチできたが、同じことをしたら涼夏は取れなかった。そもそも取れるような場所に飛んでいかなかった。
汗を拭いて日焼け止めを塗り直し、カーブとフォークの研究に勤しむ。涼夏がスポーツも悪くないと笑っていたのが、今日一番の収穫か。
たくさん汗をかいたので、レジャーシートの上で汗を拭きながらジュースを飲むと、涼夏が「それにしても」と前置きして、私の買ってきたビスケットに手を伸ばした。
「事前に知ってたら、クッキーくらい焼いてきたのに。なんだか色々惜しい感じ」
「私も今朝思い付きでやってみただけだしね。涼夏にお弁当作って欲しかった」
「今度は絢音も誘ってやろう」
「チェアリングはいいねぇ」
私がふふっと笑うと、涼夏が「いや、違う」と冷静に首を振った。
結局夕方まで二人で童心に帰り、疲れ切るまで遊んでからシートと椅子を片付けた。後半は涼夏の言う通りチェアリングではなかったが、もう少し工夫すれば一人でも楽しめそうな気配はあった。
別れ際に涼夏が言った。
「また何か面白いこと思い付いたら呼んでね」
さも、一人でチェアリングなどというものに手を出したのは裏切りだという響きだが、順序が逆である。一人だからやってみたのだ。
「涼夏は最近は、一人だと何してるの?」
なんとなく聞いてみると、涼夏はバッグを担ぎ直して笑顔を浮かべた。
「通販サイト眺めたりとか、動画見たりとか、料理の研究したりとか、妹と買い物行ったりとか。それは一人じゃないか」
「なんだかんだ言って、妹と仲いいよね」
「まあ、姉妹だからね」
涼夏が困ったように微笑んだ。一人っ子の私には、涼夏が言葉に含ませた意味がよくわからなかったが、きっと家族だから、ムカついた翌日には普通に喋ったりとかあるのだろう。私も親に対してそんな感じだ。
涼夏と別れて、一人で電車の座席に腰掛ける。
今日も楽しかったが、それは涼夏のおかげだ。もし涼夏からメールが来なかったら、後何時間あそこに座っていただろう。
チェアリングもまたやってみよう。もちろん、できれば一人の時間が無いのが一番嬉しいけれど。
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