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番外編 ボードゲーム 6

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 『横濱紳商伝』で精根尽き果てたので、最終ゲームの前に食事にした。一気に終わらせても良かったが、最後は最後にふさわしい重たいゲームをやるようだ。
 ここまで涼夏が5勝、私が4勝。もし次のゲームで私が勝ったらどうするか聞いたら、涼夏は笑顔でVサインを作った。
「最後のゲームは2点にしよう」
「それだと、さっきのゲームの涼夏の勝ちに意味がなくなる」
「『七不思議』は明らかに先手有利だったし、『横濱紳商伝』は微妙に後手有利だったから、合わせて1勝でいいよ。最後のゲームに負けた方がアイスね」
 涼夏がほがらかに笑う。この子のこういうさっぱりしたところが、私は本当に好きだ。容姿が圧倒的に可愛いから見落とす人も多いが、この子の素晴らしさはその優しさと友達思いなところにある。
「涼夏、愛してる」
 私がうっとりと見つめると、涼夏は眉も動かさずに頷いた。
「それはどうも。でも、ゲームはちゃんとやってね」
「ああ、うん。アイスは奢ってもらうつもり」
 最後のゲームは『アルルの丘』というゲームで、先程私たちの『横濱紳商伝』の激闘を見ていた店員さんが、嬉々としてセットアップしてくれた。
「お二人の勝負の行く末を、スタッフ一同楽しみにしています」
 大して喋ったわけでもないが、高校生の女子が二人で丸一日二人用のゲームをやり続けていたら、スタッフの間で話題にもなるだろう。
 それにしても、膨大な数のコンポーネントだ。ボードも巨大で、二人用なのに4人席のテーブルがいっぱいになっている。
「これはワクワクするねぇ」
 涼夏がにこにこしながらそう言って、馬の形をしたコマを指でつまんだ。
 要素は多いが、やることはそんなに複雑ではないらしい。夏と冬を交互に繰り返して9ラウンド。各ラウンド、ワーカーを4個、これも私と涼夏で交互に置く。お雇い外国人のようなものはないので、二人ともきっかり36手番やったら終了する。
 夏の後は荷降ろし、搾乳、収穫、そして3食料と泥炭2個を支払い、冬の後は荷降ろし、繁殖、毛刈り、そして3食料を支払う。食料は食料がなければ穀物、穀物もなければ家畜でも支払いができ、泥炭も同じように丸太や木材で代用することができる。どちらも、「なかったら代用もできる」というルールだ。あったらそれを使わなくてはいけない。
 堤防の建築と運搬車の使い方、引っくり返す矢印のマーク、それから1回だけ夏なら冬、冬なら夏のアクションが打てるというルールがよくわからなかったので、そこだけ念入りに確認した。また、プラウと泥炭艇は納屋に配置する機材だが、運搬車には入らない。同様に、小屋や公園はホームボードに配置するが建物ではなく、置くためには別のアクションが必要になることも繰り返し教えてもらった。
 繁殖と家畜の最終計算の方法も聞き、どうにかゲームができそうな知識はついた。このゲームは先手も後手もあまり関係ないらしいので、ジャンケンをした結果涼夏からやることになった。しばらくボードを眺めてから、「とりあえず湿原が嫌だねぇ」と呟きながら入植者のアクションを打つ。
 それはまさに私も最初にやろうと思っていたことだった。このゲーム、アクションがたくさんあるから、そんなにバチバチせずにのんびりできるかと思ったが、やはりそう簡単ではないようだ。
 例えば羊を集めて毛糸を手に入れ、毛織物に変えた後、さらに運搬車で冬服に変えていくという戦法はどうか。あるいは、獣皮を集めて革にして、さらに運搬車で革服にしていくのはどうか。いずれにしても運搬車が必要になるので、馬と丸太を集めなくてはいけない。
 いっそ、資材をどんどん集めて建物を買って行くプレイはどうだろう。建物はとても点数が高いから、それは純粋に強そうな気がする。ただ、建物を買うのにやはり服が必要だったりする。特化プレイも面白そうだが、少なからず運搬車は必要だろう。
「悩んでるねぇ」
 涼夏がにこにこしながら私を眺めている。もう作戦は決まったのかと聞くと、「私の頭には難しすぎる」と手を振った。そう言いながら、これまでのゲームも接戦を演じてきているから、たぶんこの子は頭の回転が速いか、直感が鋭い。
 結局私は丸太を集めるべく、その前に職人を打って斧とスコップを強化した。1ラウンド目に運搬車まで行きたかったが、先に涼夏に食料雑貨商を打たれて馬が取れなくなり、何故か動物を集めるプレイになってしまった。涼夏の方は建物に加えて森林を置き、収穫で丸太が手に入るようにする。
 あっと言う間に夏が終わった。涼夏が「戦略がかぶらないねぇ」と楽しげに笑ったが、かぶりまくったから私は動物を集めているのだと、心の中で非難しておいた。
 2ラウンド目、とりあえず馬を取りに行くと、小屋の中に1頭すでにいることに気が付いて、思わず眉をひそめた。見落としてはいたが、もし1ラウンド目に運搬車を作ろうとしたら、食料を2つ使うか、冬アクションを打って先手を手放す必要があった。結果オーライとする。
 無事に運搬車を取ると、涼夏が「私も欲しいなぁ」と呟きながら、私が見向きもしていない建設資材商人やら皮なめし職人やらを打って、革を集め始めた。私が泥炭艇を取ると、涼夏は「そのアクション、存在すら気にしてなかった」と笑った。作戦の方向性が二人とも違って面白くなってきた。
 さくさくとゲームが進み、4ラウンド終わると、涼夏のホームボードは建物3つに森林が2つ、すでに小さい湿原と大きい湿原が1つなくなっていて、かなり進んでいるように見えた。私はまだ泥炭1つしか切り出せていない上、建物も1つも建てていないが、羊が6頭いて、運搬車が2台ある。夏服もあるが、果たしてどうか。そろそろ建物を建てたり、堤防を上に持って行かなくてはいけない。
「さすがにこれは勝てそうな気がするけど、千紗都は可愛いから気を付けないと」
 涼夏がわけのわからないことを言いながら、5ラウンド目を始めた。このラウンド、涼夏が少し停滞している内に、私は資材を使い果たして15点の建物を1つ建てた上、旅の目的地タイルを使って大きい湿原を1つ取り除いた。形勢逆転とは行かないが、一気に追いついた感じがする。
「さすが千紗都。可愛いだけはある」
 涼夏は始終楽しそうだ。涼夏の方が可愛いと心の中で突っ込んでおいたが、ゲームに集中したかったので声には出さなかった。
 ゲームが進み、いよいよ8ラウンド目が終わると、お互いにミスも出始めた。いや、ゲームが難しいのだろう。私は旅の目的地が1つを残してすべてなくなり、運搬車をだいぶ無駄にした。涼夏もせっかく小屋を手に入れたのに家畜が足りないという事態になった。他にも、革がなくて皮なめし職人が打てなかったり、涼夏も食料が0だったせいで冬に運搬車が買えずに1手番無駄にしたりと、もどかしいプレイが続いた。
「これだけの要素を、初めてで全部把握するのは無理だね。私も毛刈りで毎回羊が1頭足りてないや」
「千紗都、建物3つで40点とか凶悪すぎ。顔は可愛いのに」
「それ、何回言うの?」
 いよいよ残り4アクション。相変わらず私はいまいちやれることがなく、辛うじて高得点の建物を建てて点数を伸ばした。一方の涼夏は、泥炭も食料も足りず、最後の最後にひーひー言いながら、泥炭切り出し人や冬の食料雑貨商を打っていた。
 さすがにこれは勝っただろうと計算したら、私が105.5点、涼夏が105点で、まさかの木材1つ分で私が勝利した。涼夏が「あの時羊を殺してなければ! 何かを裏返していたら! 職人を打っていたら!」と腕に顔を押し当てて泣いている。メイクが崩れるからやめた方がいいと思うが、放っておこう。
 店員さんが「どうでした?」と、片付けを手伝ってくれながら聞いてきた。結果を伝えると、そもそも初心者で105点がすごいと褒められた。初めてだからよくわからないが、頑張れたなら嬉しい。
 泥炭艇の効果を使い忘れていたり、途中で運搬車を空で走らせてしまったり、無駄も多いプレイングだった。涼夏としばらく反省点を話し合い、再戦を約束して、二人用ゲーム10連戦は私の勝利で幕を下ろした。

 すっかり暗くなった帰り道、二人で道行く人を眺めながら、コンビニで買ったアイスをかじった。涼夏のことだから、てっきりまた棒アイスを半分こするかと思ったら、普通に2つ買った。少し残念に思った自分に驚く。
「負けちゃったけど、すごくいい勝負だった」
 涼夏がそう言って微笑んだ。実際には5勝5敗なのだが、涼夏は最後は2点と決めた以上、私の勝ちだと主張した。なかなか頑固だ。実際にアイスを奢ってもらったし、今日は私の勝ちということにしておこう。
「ボードゲームは、帰宅部と相性がいい気がする」
 一日を振り返りながらそう言うと、涼夏が大きく頷いた。
「『ブロックス』と『パッチワーク』は買おうかな。『パッチワーク』を千紗都が買うなら、『路面電車』もいいね」
「路面電車やったの、すごい昔のことみたいに感じる。『アルル』買ってよ」
「高いしでかいし、厳しいな」
 スマホで値段を調べたら、1万円近くした。確かに高校生の身にはお高い商品だ。
 絢音からメールが来ていたので、見ると一緒にやりたい旨が熱く綴られていた。二人用ゲームもいいが、3人や4人で遊べるゲームもやりたいし、やれば欲しくなるだろう。絢音はボードゲームは得意そうだし、奈都はオタクなのでそもそもゲームが好きだ。
「ボードゲームもいいなぁ」
 私がぼんやりそう呟くと、涼夏がくすっと笑った。何か面白いものを見つけると、すぐにのめり込みたくなる。けれど、結局そうはならない。ボードゲームは確かに楽しかったが、あくまで涼夏たちと遊ぶ道具でしかない。
「何か趣味が持ちたいな」
 ここのところ、ずっとそればかり考えている。涼夏が食べ終わったアイスのゴミを捨てながら言った。
「趣味が友達と遊ぶことだっていいじゃん」
「まあ、そうなんだけどさ」
「じゃあ、趣味は猪谷涼夏ってことにしておく? 私で遊んで」
 涼夏がわけのわからないことを言いながら、ふわっと私の体を抱きしめた。そのままキスされたので、私も涼夏の背中を引き寄せて唇を押し付けた。
 しばらく温もりと感触を楽しんでから体を離すと、涼夏がぎゅっと手を握った。
「帰ろっか」
 二人で並んで歩き出す。まるで同じ家にでも帰るような空気だが、一緒なのは駅までだ。いつか、家まで一緒に帰る日が来るのだろうか。そう言うと、涼夏は「ベッドまで一緒でもいいよ」と笑った。お前は私の恋人か。
 今日は楽しかった。途方もなく疲れたから、帰ったらメイクを落としてさっさと寝よう。心地の良い疲労感だ。
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