Prisoners

水原渉

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 ユウナが施設に入れられてから半年以上が過ぎた。
 この間に二人の魔法使いが殺され、新たに一人の少年が連れてこられた。
 殺された二人はユウナとあまり親しくなかったから、その点では救われたが、殺した一人がサレイナで、しかも自分も立ち会わされた。そのせいでサレイナは一週間泣き続け、ユウナは食事のたびにトイレに駆け込まなければならなかった。
 二人の人質だった人間も殺されたが、これには立ち会わずに済んだ。
 この内の一人はアイバールが殺し、ノーシュが立ち会った。もっとも、立ち会った言うより、取り乱すアイバールを押さえ付けていたというのが正解らしい。後でアイバールがそう話していた。
 入ってきた少年はヨィリーと言う名で、12歳になるそうだ。親の片方は魔法使いだろうに、なぜ施設には子供ばかり連れてこられるのかと疑問を抱くと、子供の方が洗脳し易く、成長も早いからだとノーシュが言った。
 親の方は魔法使いでありながら、人質として使われるのだと言う。
 ヨィリーは魔法はともかく、ユウナと同じくらい頭の良い少年だった。ユウナを慕い、同じくらいの歳のスーミと仲良しになった。

 大事件が起こったのは、夏が近付いてきたある晩のことだった。
 すっかり寝静まった夜中、ユウナたちは突然看守に叩き起こされて、施設の庭に集められた。しかも、ブラウレスの魔法使いの正装に着替えさせられてである。
 あくびを噛み殺して立っていると、やはり正装をしたタンズィが珍しく焦りを隠せない表情で現れた。そして、まったく何の前振りもなく、驚くべき報告をしたのだ。
「城に刺客が忍び込んだ」
 ノーシュはもちろん、ユウナも声を出さなかったが、彼らより優秀でない魔法使いたちからどよめきの声が上がる。タンズィはそれを一喝すると、早口で話を続けた。
「数はわからんが、見つけた警備兵は一人ではないと言っていた。お前たちにはこれから、彼らの撃退に当たってもらう」
 それからタンズィは細かい指示を与えると、さっさと城の方へ駆けていった。あれだけ取り乱したタンズィを見るのは初めてだったが、つまりそれだけ一大事と言うことだろう。
「私、怖いわ。ユウナ、どうすればいいの?」
 ユウナの手を取り、サレイナが怯えた表情をした。ユウナは安心させるように笑った。
「タンズィはなるべく殺さずに捕まえろって言ってたわ。だから、殺さなくてもいいと思えば気が楽じゃない?」
「でも、私たちが殺されるかも知れないのよ? 相手は私たちよりずっと優れた暗殺者なんだもの」
 それはもっともだった。けれど、ユウナは別のことを考えていたから、比較的気楽に答えた。
「何かしている振りをすればいいわ。サレイナが戦わなくても、他の魔法使いたちが戦ってくれるわよ」
「全員がそういう考え方をしたら、誰一人戦わないことになるけどな」
 横から鋭い口調でそう言ったのはノーシュだった。
 意外な思いがして、驚いて見上げると、ノーシュは神妙な顔付きでユウナを見下ろしていた。
「ユウナもサレイナも、甘い考えはやめろ。これは国の危機だ。もしも王が殺されて城が陥落するようなことになれば、俺たちだって生きていられないと思え」
 ノーシュに睨まれて、サレイナはごくりと息を飲んで頷いた。
 周りを見ると、すでにほとんどの魔法使いは城に駆けつけて、残っていなかった。確かに危機意識が薄かったかも知れない。
 “強化”の魔法をかけると、ユウナはサレイナとともにノーシュの後に続いた。手には抜き身の小剣を握っている。体術に才のあるサレイナは何も持たず、ノーシュは手の平ほどの長さのダガーを持っていた。
 ユウナは城に来てから初めて施設の壁から外に出た。その瞬間、まるで自分が解放された気持ちになった。
 城はあちらこちらに明かりが灯され、城の兵士も総動員で暗殺者撃退に乗り出していた。ユウナたちが正装させられたのも、間違って殺されないようにするためである。
 ユウナは兵士たちの隙間を縫いながら、城の造りをじっくりと観察していた。
(もしもこの混乱に乗じて、子供たちを助け出すことができれば……)
 それがユウナの考えだった。他にも同じことを考えている魔法使いもいるかも知れない。そういう仲間と合流して、力を合わせれば……。
 ユウナの考えは、ノーシュの鋭い一言によって中断された。
「くだらないことは考えるなよ、ユウナ」
「え?」
 いつの間にかサレイナともはぐれ、ユウナは城の裏庭の鬱蒼とした木々の中に、ノーシュと二人で立っていた。
 ノーシュは辺りを注意深くうかがいながら、押し殺した声でユウナをたしなめた。
「お前のことだ。どうせここから逃げ出すことを考えているんだろうが、今はダメだ」
「ど、どうして? だって、こんなチャンスはないわ!」
 心を読まれたことよりも、反対されたのが悲しくなって言い返す。ユウナは、ノーシュは滅多に感情を表に出さないが、自分を理解してくれていると思っていたのだ。
 ノーシュは感情のこもらない声で淡々と言った。
「城の構造もわからない、敵の数もわからない。それにお前の人質は一人や二人じゃない、城の兵士は総動員で外に出ている。今はただ混乱しているだけで、決して脱出に適した状況じゃない。冷静になれ、ユウナ」
 ユウナは感情的でもあったが、理性的に考えた時は極めて聡明だった。だから、すぐにノーシュが言っていることの正しさに気が付いて、深く目を閉じて項垂れた。
「そうね。今は無理ね。城の構造を把握するだけで精一杯だわ」
 ノーシュはゆっくりと頷いた。
「そうだな。奴らのことだ、人質を簡単に助け出せるところには置いてないだろう」
 言い終わらない内に、風もないのに茂みがかすかな音を立てて、二人は身体を翻した。1秒にも満たない後、先程までユウナのいた空間を、キラリと光る何かが真っ直ぐ貫いた。
 先にノーシュが動いた。ダガーを閃かせて茂みに踏み込むと、茂みの中から全身黒ずくめの暗殺者が両手にナイフを持って現れた。ノーシュより背は低いが、太股や腕には鍛え上げられた筋肉が盛り上がっている。
(魔法使いじゃない!?)
 ユウナは男の武器を見て、素早くそう判断した。魔法使いならば、いつ如何なる状況下でも、片手だけは自由にしておくものだ。
 男はノーシュのダガーを片方のナイフで受け止めると、もう片方の手を振った。ナイフを投げ付けたのだ。
 ノーシュは素早く横に飛んだが、間に合わない。ナイフがざっくりとノーシュの太股を裂き、ズボンに血が滲んだ。
 もちろん、それだけならば致命傷ではない。けれど、ナイフには毒が塗ってあったのだ。
「ちっ!」
 ノーシュは身体に痺れを感じて、すぐに“解毒”の魔法を使う。もちろん、その隙を見逃す暗殺者ではなかった。
 けれど、それよりも先にユウナは動いていた。
「せあっ!」
 気合いを吐いて豪快に剣を振り下ろすと、男はノーシュから離れる方向に一歩後ずさった。
 いつの間に用意していたのか、新しいナイフを最小限の動作で投げ付ける。ユウナをその軌道をじっくりと見極め、剣で弾き飛ばした。魔法で“強化”した上に、元々剣を狙った場所に正確に振り下ろすことができるユウナだからこそできる芸当だ。
 ユウナは確実に暗殺者を追い詰めていた。そして、ユウナの奇抜な行動が勝負に決着を着けた。剣を投げ付けたのだ。
 男はユウナの意外な行動に体制を崩した。ユウナは男に飛びかかり、その腕をつかむ。
 もちろん、男は体術にも秀でていたが、それはユウナも同じだった。それに、男に攻撃する時間を与えるほど、ユウナはお人好しではなかった。
 腕をつかんだ瞬間、ユウナは“催眠”の魔法をかけた。刹那、男は自分が魔法をかけられたと悟るや否や、自らの胸にナイフを突き立てたのだ。
「えっ!?」
 ユウナが驚いて腕を離した時、暗殺者はすでに絶命していた。ユウナは立ち尽くしたままその死体をじっと見つめていたが、ぽんと肩を叩かれて我に返った。
「すまない、助かった。行くぞ」
 ユウナはノーシュに礼を言われたのが意外で、思わず目を丸くしたが、すぐに満足げに微笑んで大きく頷いた。

 城内の広い通路は人でひしめき合い、そこかしこから飛び出してくる兵士のせいで真っ直ぐ走ることもままならなかった。
「まるで統制が取れていない」
 ノーシュが呆れたようにそう言ってから、“浮遊”の魔法を使ってふわりと浮かび上がった。通路の天井は高いのだ。一般人の高さに付き合うこともない。
 ユウナはあまり目立ちたくなかったが、止むを得ずノーシュに従った。
 そのまま階段を飛び越えると、兵士たちの死体で埋め尽くされた通路に出た。見ると、奥の方で兵士数人が黒ずくめを相手に壁になり、その奥で身体の太い禿頭の男が何やら怒鳴り声を上げている。
 ノーシュとユウナが飛んだまま近付くと、禿頭が二人を見咎めて大声でがなった。
「おい、そこの魔法使いども! さっさとそいつを退治せんか!」
 ユウナは思わず頭に血が上り、顔をしかめて隣を見た。けれどノーシュは平然としたまま通路に下りると、黒ずくめに向かっていく。すごい忠誠心だと、ユウナは思った。
 兵士はいよいよ後一人になっていた。ノーシュは黒ずくめのナイフを躱すと、そのまま一歩後ずさる。不用意に近付くのは危険だと判断したのだ。
「おい、女! お前もさっさと戦わんか!」
 禿頭の怒声が轟いた頃、最後の一人も床に血を広げ、黒ずくめは禿頭目がけてナイフを投げ付けた。
 けれど、それをノーシュが叩き落とす。黒ずくめはその間にノーシュと間合いを詰めていた。
 ノーシュは禿頭のすぐ前で黒ずくめと打ち合っていたが、不意に黒ずくめの突き出したナイフを大きく跳んで躱した。
「え?」
 稽古を積んできたユウナは、その動きが如何に不自然であるかわかった。けれど、禿頭にはわからなかったようだ。
 もっとも、わかったところでどうなるでもなかった。黒ずくめはもう目前まで迫った禿頭の太い身体にナイフを深々と埋め、次はお前たちだと言うようにユウナとノーシュに向き直った。
「お、お前たち……早くそいつを倒して……わしの怪我を……」
 禿頭は苦しそうにそう呻きながら、やがて床に崩れ落ちて動かなくなった。ノーシュはそれを冷たい瞳でじっと見つめていたが、やがてダガーを持ち直して黒ずくめに斬りかかる。ユウナも床を蹴って加勢した。
 ノーシュやユウナは暗殺者としての特殊な訓練を受けている人間であり、個々の能力は城の兵士よりも遥かに高かった。この二人を相手にしては不利と見たのか、黒ずくめは強行突破を図る。勢いを付けてノーシュに突撃をかけると、そのまま向こう側へ逃げようとした。
 しかし、ノーシュはそれを避けながら、巧みに黒ずくめの脚を払い、男はたまらずナイフを落として転倒した。
「ユウナ、殺れ!」
 ノーシュに怒鳴られて、ユウナは立ち上がろうとしていた黒ずくめの背中に剣を突き立てた。
 ずぶりと肉を裂く手ごたえ。男がもがくと、それにつられて剣が揺れ、ユウナはしっかりと柄を握って体重を乗せた。一度引き抜いてもう一度突き刺すと、ついに男は動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
 血だらけの剣を見つめながら大きく肩で息をしていると、ノーシュが隣に立って「大丈夫か?」と声をかけてきた。
 ユウナは小さく頷いてから、黒ずくめを見つめたまま口を開いた。
「考えていたの。今は守りの戦いだけど、いつかは私たちがこいつらみたいなことをしなくちゃいけないんだなって」
「いつか、恐らく近い内にな……」
 確信めいた口調で言われて、ユウナはノーシュを見た。そして、珍しく不敵に笑う青年の顔を見てすぐに理解した。
 これだけの数の暗殺者を差し向けられたのだ。恐らく水面下で戦争に発展するだろう。そうなれば、当然自分たちはその主戦力として駆り立てられるはずだ。
 ユウナはそれはもう考えないことにして、代わりに好奇心を隠し切れない声でノーシュに聞いた。
「ねえ、ノーシュ。あなた、さっきこの男に、わざとあいつを殺させたでしょ?」
 ノーシュはユウナの目を真っ直ぐ見据えて、それから一度目を閉じてかすかに口元をゆがめた。
「守り切れなかっただけだ」
 ユウナはその答えに満足した。
 なぜノーシュが国に対して忠誠を誓っているなどと思ったのだろう。ノーシュだって感情のある人間だし、人質を取られて戦わされている魔法使いの一人である。
 最終的な目的はわからないが、少なくともこの国の正規魔法兵になるためにタンズィに従順なわけではないことくらい、ユウナは理解していた。
「さあ、ユウナ。次行くぞ」
 ユウナは戦場とは思えないくらい、楽しそうな微笑みを浮かべてノーシュの後に続いた。
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