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第4章
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ユロパナームというのは、王国南東部に位置する山岳地帯である。険峻な峰が連なり、その隙間を無数の川が流れている。
豊かな緑は冬でも衰えることはなく、麓は緑に、そして頂は雪の白に覆われていた。
いつも以上に冷たい風にさらされた、荒れ果てた道の脇で、王女セフィンは火に当たって休んでいた。
まだ昼だが、どんよりと空を覆った雲が、光の侵入を許さない。
セフィンはそんな空を見上げて溜め息を吐いた。
ニィエルと別れてから随分日が経つ。その間に彼女は、魔法使いたちの拠点を突き止めるべく、単身で王国内を飛び回っていた。
もちろん、昼の人目につくときにではない。移動はできる限り夜の闇に紛れて行い、日の高い内はしきりに情報を集めた。
その結果、ようやく彼女は、魔法使いたちがユロパナームにいるらしいことを突き止めた。
「早く終わらせて、ニィエルのところへ帰ろう……。ルシアにも会いたい……」
誰もいないからか、珍しく弱気にそう口走りながら、セフィンは少し弱くなった焚き木に火を注ぎ足した。
ユロパナームに来てからもう3日になる。
この3日で、セフィンはユロパナーム中を探し回ったが、魔法使いたちも、彼らの放つ魔力もまったく検知できずにいた。
もっとも、ユロパナーム中と言っても、広大なこの大地を隅々まですべて回ろうと思ったら、セフィンの魔力を持ってしてもひと月はかかる。
「どうすればいいのかしら……」
陰鬱な溜め息を吐くと、空から雪が舞い降りてきた。吹雪きそうな気配だ。
セフィンは今日はもう探索をあきらめ、寒さに耐え凌ぐために魔法陣を描くことにした。
3日もこんなことを繰り返していると、だんだん気分が滅入ってくる。
すでに雪を掃った地面に、セフィンは素早く魔法陣を描いた。これだけ素早く、且つ正確に魔法陣が描ける者はセフィンの他にはないだろう。
魔法陣の傍に立ち、発動のための呪文を唱えようとしたとき、セフィンは不意に人の気配を感じて振り返った。
殺気はなかったが、場所が場所である。警戒しながら見ると、道の向こう側から一人の青年が歩いてきた。
王女はその人物に見覚えがあった。
「ヨキ?」
思わず素っ頓狂な声を出すと、青年は「やぁ」と笑って手を上げた。
セフィンがまだルシアの身体にいたときに、バリャエンの港町で会った魔法使いの青年だ。
確か彼はティランたちに会うと言っていた。今こうしてここに現れたこと、姿の違う銀髪の少女を見て王女だとわかったことなどから、どうやらヨキは魔法使いたちに会ってきたようだ。
「久しぶりだね、セフィン」
ヨキはセフィンの許まで来ると、爽やかな微笑を浮かべた。
1週間ぶりくらいに人と会い、セフィンも嬉しくなって頷いた。
「お久しぶりです。ここに来たということは、あれから魔法使いたちに会ったのですか?」
ヨキは大きく頷いた。
「落ち着いた場所なんてのは近くになさそうだから、ここで話そうか」
辺りを見回して肩をすくめたヨキに、セフィンは小さく笑って見せた。
先程の魔法陣を完成させ、二人で中に入ると、ヨキはゆっくりと話し始めた。
「魔法使いたちのトップは、パレンっていう若者だ」
「パレン?」
「そう。まだ23とか聞いた。あと、パレンの母親のウェルザ。この二人が中心になって動いているようだね」
セフィンは複雑な顔で、口元に指を当てた。
23という若さは意外だったが、ニィエルとてまだ24だがなかなかしっかりとした男だ。言うほど不思議ではないかと思い直し、ヨキに先を促す。
「パレンは銀髪でね。こうして本当の君を見るのは初めてだけど、よく似てるよ」
彼の言葉に、セフィンは少し不愉快な気分になった。
これから壊滅させようとしている魔法使いの親分と似ていると言われても、嬉しくもなんともない。
セフィンが唇を尖らせたのを見て、ヨキが明るく笑った。
「そういう顔をしないでくれ。すごい話なんだけど、簡単に説明するよ」
「なんですか?」
むすっとした顔でセフィンが尋ねる。山の中ですっかり幼児退行してしまったのか、まるで子供の反応だ。
ヨキはふと笑いを鎮めて答えた。
「ウェルザの父親はユゥエンと言って、すでに死んでいる。このユゥエンの母親が……もちろんもう生きていないが、ナリアなんだ」
「えっ……?」
セフィンは思わず息を飲み、動きを止めた。
ヨキが深く頷く。
「そう。君のお姉さんだ」
ナリアは70年前に滅んだ魔法王国の第一王女である。つまり、セフィンの実の姉ということだ。
王国を苦しめ、残酷な罰を受けて果てたセフィンとは違い、ナリアは直接戦争には参加していなかった。
王国が滅んだときに、父親である国王とともに処刑されたのだが、もちろんセフィンはそれを知らない。
彼女の方が先に王国に捕まったのだから仕方ないだろう。
「ナリアは子供を残していた。それがユゥエン。ユゥエンは王国を憎み、ついに40年くらい前、王城に忍び込んで『五宝剣』を盗み出した」
セフィンは呆然と聞いている。あまりのことに、思考がついて行かないのだ。
ヨキは一度息を吐いてから続けた。
「ユゥエンはすでに魔法使いを集めていたが、不運なことに、彼は剣を城から持ち帰る途中で殺され、剣を奪われてしまった」
「殺された?」
「そう。それで剣が各地に散ってしまったんだ」
言われて、セフィンは『緑宝剣』がルシアの村にあったことに納得した。
恐らくその後、様々な経路を辿り、彼女の村に行き着いたのだろう。
ヨキはふっと話すのをやめてセフィンを見た。そして彼女と目が合うと、面白そうに顔を綻ばせて言った。
「君の方は? またこうして会えるなんて思ってもなかったよ」
「え? あ、ええ……」
セフィンは驚いて、何度か速く瞬きした。
本当はヨキにまだ色々聞きたかったのだが、すっかりタイミングを逸してしまった。
「ルシアの力を借りて、肉体ごと魂を助けてもらったの」
ヨキは疑うことなく嬉しそうに笑った。
「そっか。良かったな」
「はい」
セフィンは明るく笑った。
「それで、『赤宝剣』はどうなったんだい? 結局剣には何が付いてたんだ?」
興味深そうに尋ねられて、セフィンは腰に着けた袋から四角い宝石を取り出した。
「これです。何か、王国に被害を与える効果があるって話だけれど……」
何事もなかったようにヨキに見せるセフィン。
それが、パレンの言うところの「世間知らず」ということだった。
王女はヨキに気さくに話しかけられたために、彼が結局敵になったのか味方になったのかを確認することを怠った。いや、無意識に味方になったのだと信じてしまったのだろう。
「綺麗なもんだね。とてもすごい力が秘められているようには見えない」
ヨキはすっとその宝石を取り、興味深そうに眺めた。
そんなヨキを見ながら、セフィンは不思議そうに呟いた。
「王国に被害を与える宝石……。魔法使いたちが必死になって集めてたけど、一体どんな力があるんでしょうね」
セフィンは土の上に座ったまま、遠くの山を見つめていた。
ヨキは静かに立ち上がり、その宝石を指先で持って透かして見る。
もちろん、そんなことがしたいのではなかった。単に、セフィンに立ち上がったことを怪しまれないための動作だった。
ヨキはしばらくそれを眺めていたが、やがてギュッと握って袋にしまった。
「ヨキ?」
首を傾げて彼を見上げるセフィン。その瞳は、まだヨキを疑っていない澄んだ色をしていた。
ヨキは呆れたように笑った。
「セフィン。君は人を信用し過ぎだ」
「えっ?」
ようやく事の重大さに気が付いたセフィンが、顔を険しくして立ち上がろうとする。
けれど、それよりもヨキが剣を抜く方が早かった。
「さよなら、セフィン。個人的には好きだったけれど、僕たちには邪魔な存在なんだ」
振り上げたヨキの剣が紫色の光を放った。
青ざめたセフィンは、まだ地面に手をついていた。
豊かな緑は冬でも衰えることはなく、麓は緑に、そして頂は雪の白に覆われていた。
いつも以上に冷たい風にさらされた、荒れ果てた道の脇で、王女セフィンは火に当たって休んでいた。
まだ昼だが、どんよりと空を覆った雲が、光の侵入を許さない。
セフィンはそんな空を見上げて溜め息を吐いた。
ニィエルと別れてから随分日が経つ。その間に彼女は、魔法使いたちの拠点を突き止めるべく、単身で王国内を飛び回っていた。
もちろん、昼の人目につくときにではない。移動はできる限り夜の闇に紛れて行い、日の高い内はしきりに情報を集めた。
その結果、ようやく彼女は、魔法使いたちがユロパナームにいるらしいことを突き止めた。
「早く終わらせて、ニィエルのところへ帰ろう……。ルシアにも会いたい……」
誰もいないからか、珍しく弱気にそう口走りながら、セフィンは少し弱くなった焚き木に火を注ぎ足した。
ユロパナームに来てからもう3日になる。
この3日で、セフィンはユロパナーム中を探し回ったが、魔法使いたちも、彼らの放つ魔力もまったく検知できずにいた。
もっとも、ユロパナーム中と言っても、広大なこの大地を隅々まですべて回ろうと思ったら、セフィンの魔力を持ってしてもひと月はかかる。
「どうすればいいのかしら……」
陰鬱な溜め息を吐くと、空から雪が舞い降りてきた。吹雪きそうな気配だ。
セフィンは今日はもう探索をあきらめ、寒さに耐え凌ぐために魔法陣を描くことにした。
3日もこんなことを繰り返していると、だんだん気分が滅入ってくる。
すでに雪を掃った地面に、セフィンは素早く魔法陣を描いた。これだけ素早く、且つ正確に魔法陣が描ける者はセフィンの他にはないだろう。
魔法陣の傍に立ち、発動のための呪文を唱えようとしたとき、セフィンは不意に人の気配を感じて振り返った。
殺気はなかったが、場所が場所である。警戒しながら見ると、道の向こう側から一人の青年が歩いてきた。
王女はその人物に見覚えがあった。
「ヨキ?」
思わず素っ頓狂な声を出すと、青年は「やぁ」と笑って手を上げた。
セフィンがまだルシアの身体にいたときに、バリャエンの港町で会った魔法使いの青年だ。
確か彼はティランたちに会うと言っていた。今こうしてここに現れたこと、姿の違う銀髪の少女を見て王女だとわかったことなどから、どうやらヨキは魔法使いたちに会ってきたようだ。
「久しぶりだね、セフィン」
ヨキはセフィンの許まで来ると、爽やかな微笑を浮かべた。
1週間ぶりくらいに人と会い、セフィンも嬉しくなって頷いた。
「お久しぶりです。ここに来たということは、あれから魔法使いたちに会ったのですか?」
ヨキは大きく頷いた。
「落ち着いた場所なんてのは近くになさそうだから、ここで話そうか」
辺りを見回して肩をすくめたヨキに、セフィンは小さく笑って見せた。
先程の魔法陣を完成させ、二人で中に入ると、ヨキはゆっくりと話し始めた。
「魔法使いたちのトップは、パレンっていう若者だ」
「パレン?」
「そう。まだ23とか聞いた。あと、パレンの母親のウェルザ。この二人が中心になって動いているようだね」
セフィンは複雑な顔で、口元に指を当てた。
23という若さは意外だったが、ニィエルとてまだ24だがなかなかしっかりとした男だ。言うほど不思議ではないかと思い直し、ヨキに先を促す。
「パレンは銀髪でね。こうして本当の君を見るのは初めてだけど、よく似てるよ」
彼の言葉に、セフィンは少し不愉快な気分になった。
これから壊滅させようとしている魔法使いの親分と似ていると言われても、嬉しくもなんともない。
セフィンが唇を尖らせたのを見て、ヨキが明るく笑った。
「そういう顔をしないでくれ。すごい話なんだけど、簡単に説明するよ」
「なんですか?」
むすっとした顔でセフィンが尋ねる。山の中ですっかり幼児退行してしまったのか、まるで子供の反応だ。
ヨキはふと笑いを鎮めて答えた。
「ウェルザの父親はユゥエンと言って、すでに死んでいる。このユゥエンの母親が……もちろんもう生きていないが、ナリアなんだ」
「えっ……?」
セフィンは思わず息を飲み、動きを止めた。
ヨキが深く頷く。
「そう。君のお姉さんだ」
ナリアは70年前に滅んだ魔法王国の第一王女である。つまり、セフィンの実の姉ということだ。
王国を苦しめ、残酷な罰を受けて果てたセフィンとは違い、ナリアは直接戦争には参加していなかった。
王国が滅んだときに、父親である国王とともに処刑されたのだが、もちろんセフィンはそれを知らない。
彼女の方が先に王国に捕まったのだから仕方ないだろう。
「ナリアは子供を残していた。それがユゥエン。ユゥエンは王国を憎み、ついに40年くらい前、王城に忍び込んで『五宝剣』を盗み出した」
セフィンは呆然と聞いている。あまりのことに、思考がついて行かないのだ。
ヨキは一度息を吐いてから続けた。
「ユゥエンはすでに魔法使いを集めていたが、不運なことに、彼は剣を城から持ち帰る途中で殺され、剣を奪われてしまった」
「殺された?」
「そう。それで剣が各地に散ってしまったんだ」
言われて、セフィンは『緑宝剣』がルシアの村にあったことに納得した。
恐らくその後、様々な経路を辿り、彼女の村に行き着いたのだろう。
ヨキはふっと話すのをやめてセフィンを見た。そして彼女と目が合うと、面白そうに顔を綻ばせて言った。
「君の方は? またこうして会えるなんて思ってもなかったよ」
「え? あ、ええ……」
セフィンは驚いて、何度か速く瞬きした。
本当はヨキにまだ色々聞きたかったのだが、すっかりタイミングを逸してしまった。
「ルシアの力を借りて、肉体ごと魂を助けてもらったの」
ヨキは疑うことなく嬉しそうに笑った。
「そっか。良かったな」
「はい」
セフィンは明るく笑った。
「それで、『赤宝剣』はどうなったんだい? 結局剣には何が付いてたんだ?」
興味深そうに尋ねられて、セフィンは腰に着けた袋から四角い宝石を取り出した。
「これです。何か、王国に被害を与える効果があるって話だけれど……」
何事もなかったようにヨキに見せるセフィン。
それが、パレンの言うところの「世間知らず」ということだった。
王女はヨキに気さくに話しかけられたために、彼が結局敵になったのか味方になったのかを確認することを怠った。いや、無意識に味方になったのだと信じてしまったのだろう。
「綺麗なもんだね。とてもすごい力が秘められているようには見えない」
ヨキはすっとその宝石を取り、興味深そうに眺めた。
そんなヨキを見ながら、セフィンは不思議そうに呟いた。
「王国に被害を与える宝石……。魔法使いたちが必死になって集めてたけど、一体どんな力があるんでしょうね」
セフィンは土の上に座ったまま、遠くの山を見つめていた。
ヨキは静かに立ち上がり、その宝石を指先で持って透かして見る。
もちろん、そんなことがしたいのではなかった。単に、セフィンに立ち上がったことを怪しまれないための動作だった。
ヨキはしばらくそれを眺めていたが、やがてギュッと握って袋にしまった。
「ヨキ?」
首を傾げて彼を見上げるセフィン。その瞳は、まだヨキを疑っていない澄んだ色をしていた。
ヨキは呆れたように笑った。
「セフィン。君は人を信用し過ぎだ」
「えっ?」
ようやく事の重大さに気が付いたセフィンが、顔を険しくして立ち上がろうとする。
けれど、それよりもヨキが剣を抜く方が早かった。
「さよなら、セフィン。個人的には好きだったけれど、僕たちには邪魔な存在なんだ」
振り上げたヨキの剣が紫色の光を放った。
青ざめたセフィンは、まだ地面に手をついていた。
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