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第4章
4-4
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リスターが案内したのは、民家の建ち並ぶ区域だった。
「こういうのって普通、人気の少ない、スラムみたいな場所ってのが定番だと思ったんだけど……」
ルシアが率直な感想を漏らして、二人は緊張を解いて頬を緩めた。
確かに人通りは多いし、とてもではないが何らかの事件が、少なくとも4日前から起きているようには見えない。
「でも、間違いなくここにいる」
そう言ってリスターが指差したのは、周囲のそれと同じ、石造りの2階建ての建物だった。
四方は低い塀に囲まれており、門のところだけ空いている。塀に扉はついていない。
塀から建物までは10メートルほどで、その幅の庭には背の高い木が等間隔に並んでいる。
冬だからということもあるかも知れないが、草も生えっぱなしにはなっておらず、なるほどまだ人が住んでいると言われても信じてしまう綺麗さだ。
両隣の家にはまだ人が住んでいるようで、至る所に生活の形跡が見受けられた。
たまたまここの住民だけどこかへ引っ越していったのだろう。
「エリシア。何か感じるか?」
リスターはちらりと背後を振り返った。
エリシアは軽く顎を指でなぞりながら、少しだけ首をひねった。
「微弱な魔力を感じる気がするんだけど……」
「……が?」
「はっきりしないのよ。ただまあ、警戒するに越したことはないと思うわ。最近、魔法使い絡みの事件にはよく巻き込まれるし」
そう言って、エリシアは笑い声を立てた。
魔法陣に閉じ込められていたユアリ、ティランとの対決、セフィンに身体を乗っ取られたルシア。そしてアルボイでの魔法使い狩り、城内でのジレアスとの戦い。
なるほど、魔法使いに縁のある事件ばかりだ。
「じゃあ、周囲に人がいなくなったら中に入ろう」
リスターの言葉に、姉妹は無言で頷いた。
タイミングを見計らって中に侵入すると、三人はすぐに裏手に回った。
隣の家を見るように取り付けられた窓からそっと中を覗いてみたが、人気はないようだった。
窓には鍵がかかっている。
「開錠の魔法とかないのか?」
ルシアがリスターに尋ねた。
二人はもう驚かなかった。
「そういうのはないな。ただ、元の形を維持しなくてもいいなら、音を立てずに窓を壊すことは可能だ」
ルシアはそれに賛成したが、エリシアがやんわりと反対した。
仕方なくさらに奥に進むと、ふと二階の窓がかすかに空いているのが見えた。少し離れたところには、天井よりも高い木が立っている。
「登る?」
エリシアが不安げに尋ねた。子供の頃からあまり運動は得意ではない。
リスターは笑いながら首を振った。
「こっちは人気がない。魔法で飛ぶよ」
まずはリスターが舞い上がり、中の様子を確認してから窓を開けた。
そして一度戻ると、二人をつれて中に入る。
寝室のようだったが、やはり人の気配はなかった。床には少しだけ埃が積もっていたが汚くはない。
やはり家の者たちは引っ越したらしく、ベッドの他には空の棚があるだけで、他には何もなかった。
リスターは無言でドアに聞き耳をしてから、一階の様子を探るために床にも耳を当てた。
音はない。
「リューナは眠らされているのかも知れんな……」
囁くようにそう言って、そっとドアを開けて廊下に出た。
それから一通り二階を歩いて回ったが閑散とした家には何もなく、三人は音もなく階下に下りた。
「何もないな」
ぼそりとルシアが呟いた通り、家はただの空家以外のなにものでもなかった。一階も例外ではない。
「なら、地下室だな」
三人の意見は一致した。
「一見普通の民家の地下に渦巻く悪の陰謀。ありがちだよな」
何が嬉しいのか、ルシアが楽しそうに言って、不謹慎だと姉に怒られた。
地下室への階段は、すぐに見つかった。
ダイニングの壁に面した床に、あからさまに不自然な四角の線が入っていたのだ。
隠し部屋なのか、それとも普通に存在するものなのかの判断は難しかった。上に大きな棚でも置けば隠れないこともないが、今は剥き出しになっている。
「誘われてるかも知れない。二階の窓といい……」
静かにそう呟いたエリシアに、二人はごくりと息を飲んだ。
簡単に行き過ぎている。行き過ぎてはいるが、魔法を使わなければ発見は困難だったことを思えば、考え過ぎかもしれない。
「考えてもしょうがない。気を付けて先に進もう」
リスターは罠の有無を調べてから、そっと床の板を外した。
下にはセフィンがいた場所にあったような階段が地下に伸びている。
やはり音はない。
「殺意も感じないわ」
「不気味だな……」
ルシアが唾を飲み込む。
魔法で明かりを灯し、リスターとルシアでエリシアを囲むようにして先に進んだ。
階段はすぐに終わり、道が右に折れ曲がっていた。
ちらりと先を覗き込むと、すぐそこが部屋になっており、うっすらと光る魔法陣が描かれていた。
「あれがエリシアの感じた魔力か……」
特に慌てることなくリスターは中に入った。
部屋には小さな魔法陣が3つ描かれており、その陣で描く三角形の中央に長さ2メートル、幅1メートルほどの台があった。
台の上には恐らくリューナだろう。メルシーが言っていた通りの外見の、金髪の少女が横たわっていた。
よく見るとかすかに胸が上下している。どうやら眠っているらしい。
ルシアは飛び出したい気持ちを抑えてリスターを見た。ユアリの時に踏んだ失敗はしない。
リスターはリューナから目を離さずに、不思議そうに首を傾げた。
「あの魔法陣はランプみたいなもので、他に何の効力もない。あの子は薬で眠らされていて、犯人は今ここにいない、と考えるのが妥当か?」
台に魔力は感じない。
リスターはそっと少女に近付き、その頬に手を当てた。そして軽く二、三度叩くと、意外なことに少女はかすかに目を開けた。
少女の茶色の瞳が、リスターの姿を映し出す。
「あなたは……」
ゆっくりとリューナが身体を起こす。
安堵の息を吐いたリスターが、少女を安心させようと口を開きかけた時だった。
「リスター!」
突然膨れ上がった殺気に、エリシアが叫んだ。
反射的にリスターが飛び退くのと、リューナが隠し持っていたナイフを突き出したのはほぼ同時だった。
「ぐあぁぁっ!」
リスターが叫び、そのまま床に崩れ落ちる。手で押さえた腹部が血で真っ赤に染まっていた。
恐らく飛び退かなければ、一撃で殺られていただろう。
「リスター!」
苦しそうにのた打ち回る青年に、エリシアが悲痛の声を漏らした。
エリシアの第一声で、ルシアもまた反射的に『青宝剣』を抜いていた。
が、しかし、それを振り下ろすよりも、リューナがナイフを投げ捨て、両手を突き出す方が早かった。
(魔法っ!?)
気が付いたとき、すでにルシアは剣を振り上げており、避けられる体勢になかった。
少女の両手から空気の矢が無数に迸り、少女は血飛沫を上げながら吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。
「ルシア!」
エリシアが思わず口元に両手を当てる。
床に倒れた込んだルシアの手から剣が落ち、血が伝った。
気を失っているだけのようだが、リスターと同じく致命傷だ。
「たわいもなかったな」
初めて口を開いた少女の声はルシアより少し低く、ちょうど大人へと向かう途中のようだった。
エリシアは傷付いた二人に駆け寄ろうと思ったが、その衝動をぐっと堪えて少女の方を見た。
どうせ彼らの許へ走っても、自分にできることなど何もないのだ。
この状況で、何の攻撃手段も持たない自分にできることはただ一つ。
「リューナ。どういうことか、話してもらえないかしら……」
相手の優越感を高めるように、エリシアはわざと絶望的な口調で問いかけた。
「こういうのって普通、人気の少ない、スラムみたいな場所ってのが定番だと思ったんだけど……」
ルシアが率直な感想を漏らして、二人は緊張を解いて頬を緩めた。
確かに人通りは多いし、とてもではないが何らかの事件が、少なくとも4日前から起きているようには見えない。
「でも、間違いなくここにいる」
そう言ってリスターが指差したのは、周囲のそれと同じ、石造りの2階建ての建物だった。
四方は低い塀に囲まれており、門のところだけ空いている。塀に扉はついていない。
塀から建物までは10メートルほどで、その幅の庭には背の高い木が等間隔に並んでいる。
冬だからということもあるかも知れないが、草も生えっぱなしにはなっておらず、なるほどまだ人が住んでいると言われても信じてしまう綺麗さだ。
両隣の家にはまだ人が住んでいるようで、至る所に生活の形跡が見受けられた。
たまたまここの住民だけどこかへ引っ越していったのだろう。
「エリシア。何か感じるか?」
リスターはちらりと背後を振り返った。
エリシアは軽く顎を指でなぞりながら、少しだけ首をひねった。
「微弱な魔力を感じる気がするんだけど……」
「……が?」
「はっきりしないのよ。ただまあ、警戒するに越したことはないと思うわ。最近、魔法使い絡みの事件にはよく巻き込まれるし」
そう言って、エリシアは笑い声を立てた。
魔法陣に閉じ込められていたユアリ、ティランとの対決、セフィンに身体を乗っ取られたルシア。そしてアルボイでの魔法使い狩り、城内でのジレアスとの戦い。
なるほど、魔法使いに縁のある事件ばかりだ。
「じゃあ、周囲に人がいなくなったら中に入ろう」
リスターの言葉に、姉妹は無言で頷いた。
タイミングを見計らって中に侵入すると、三人はすぐに裏手に回った。
隣の家を見るように取り付けられた窓からそっと中を覗いてみたが、人気はないようだった。
窓には鍵がかかっている。
「開錠の魔法とかないのか?」
ルシアがリスターに尋ねた。
二人はもう驚かなかった。
「そういうのはないな。ただ、元の形を維持しなくてもいいなら、音を立てずに窓を壊すことは可能だ」
ルシアはそれに賛成したが、エリシアがやんわりと反対した。
仕方なくさらに奥に進むと、ふと二階の窓がかすかに空いているのが見えた。少し離れたところには、天井よりも高い木が立っている。
「登る?」
エリシアが不安げに尋ねた。子供の頃からあまり運動は得意ではない。
リスターは笑いながら首を振った。
「こっちは人気がない。魔法で飛ぶよ」
まずはリスターが舞い上がり、中の様子を確認してから窓を開けた。
そして一度戻ると、二人をつれて中に入る。
寝室のようだったが、やはり人の気配はなかった。床には少しだけ埃が積もっていたが汚くはない。
やはり家の者たちは引っ越したらしく、ベッドの他には空の棚があるだけで、他には何もなかった。
リスターは無言でドアに聞き耳をしてから、一階の様子を探るために床にも耳を当てた。
音はない。
「リューナは眠らされているのかも知れんな……」
囁くようにそう言って、そっとドアを開けて廊下に出た。
それから一通り二階を歩いて回ったが閑散とした家には何もなく、三人は音もなく階下に下りた。
「何もないな」
ぼそりとルシアが呟いた通り、家はただの空家以外のなにものでもなかった。一階も例外ではない。
「なら、地下室だな」
三人の意見は一致した。
「一見普通の民家の地下に渦巻く悪の陰謀。ありがちだよな」
何が嬉しいのか、ルシアが楽しそうに言って、不謹慎だと姉に怒られた。
地下室への階段は、すぐに見つかった。
ダイニングの壁に面した床に、あからさまに不自然な四角の線が入っていたのだ。
隠し部屋なのか、それとも普通に存在するものなのかの判断は難しかった。上に大きな棚でも置けば隠れないこともないが、今は剥き出しになっている。
「誘われてるかも知れない。二階の窓といい……」
静かにそう呟いたエリシアに、二人はごくりと息を飲んだ。
簡単に行き過ぎている。行き過ぎてはいるが、魔法を使わなければ発見は困難だったことを思えば、考え過ぎかもしれない。
「考えてもしょうがない。気を付けて先に進もう」
リスターは罠の有無を調べてから、そっと床の板を外した。
下にはセフィンがいた場所にあったような階段が地下に伸びている。
やはり音はない。
「殺意も感じないわ」
「不気味だな……」
ルシアが唾を飲み込む。
魔法で明かりを灯し、リスターとルシアでエリシアを囲むようにして先に進んだ。
階段はすぐに終わり、道が右に折れ曲がっていた。
ちらりと先を覗き込むと、すぐそこが部屋になっており、うっすらと光る魔法陣が描かれていた。
「あれがエリシアの感じた魔力か……」
特に慌てることなくリスターは中に入った。
部屋には小さな魔法陣が3つ描かれており、その陣で描く三角形の中央に長さ2メートル、幅1メートルほどの台があった。
台の上には恐らくリューナだろう。メルシーが言っていた通りの外見の、金髪の少女が横たわっていた。
よく見るとかすかに胸が上下している。どうやら眠っているらしい。
ルシアは飛び出したい気持ちを抑えてリスターを見た。ユアリの時に踏んだ失敗はしない。
リスターはリューナから目を離さずに、不思議そうに首を傾げた。
「あの魔法陣はランプみたいなもので、他に何の効力もない。あの子は薬で眠らされていて、犯人は今ここにいない、と考えるのが妥当か?」
台に魔力は感じない。
リスターはそっと少女に近付き、その頬に手を当てた。そして軽く二、三度叩くと、意外なことに少女はかすかに目を開けた。
少女の茶色の瞳が、リスターの姿を映し出す。
「あなたは……」
ゆっくりとリューナが身体を起こす。
安堵の息を吐いたリスターが、少女を安心させようと口を開きかけた時だった。
「リスター!」
突然膨れ上がった殺気に、エリシアが叫んだ。
反射的にリスターが飛び退くのと、リューナが隠し持っていたナイフを突き出したのはほぼ同時だった。
「ぐあぁぁっ!」
リスターが叫び、そのまま床に崩れ落ちる。手で押さえた腹部が血で真っ赤に染まっていた。
恐らく飛び退かなければ、一撃で殺られていただろう。
「リスター!」
苦しそうにのた打ち回る青年に、エリシアが悲痛の声を漏らした。
エリシアの第一声で、ルシアもまた反射的に『青宝剣』を抜いていた。
が、しかし、それを振り下ろすよりも、リューナがナイフを投げ捨て、両手を突き出す方が早かった。
(魔法っ!?)
気が付いたとき、すでにルシアは剣を振り上げており、避けられる体勢になかった。
少女の両手から空気の矢が無数に迸り、少女は血飛沫を上げながら吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。
「ルシア!」
エリシアが思わず口元に両手を当てる。
床に倒れた込んだルシアの手から剣が落ち、血が伝った。
気を失っているだけのようだが、リスターと同じく致命傷だ。
「たわいもなかったな」
初めて口を開いた少女の声はルシアより少し低く、ちょうど大人へと向かう途中のようだった。
エリシアは傷付いた二人に駆け寄ろうと思ったが、その衝動をぐっと堪えて少女の方を見た。
どうせ彼らの許へ走っても、自分にできることなど何もないのだ。
この状況で、何の攻撃手段も持たない自分にできることはただ一つ。
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