五宝剣物語

水原渉

文字の大きさ
上 下
42 / 57
第3章

3-14

しおりを挟む
 蒼天の下、不思議そうな顔で5人の若者が立っていた。
 リスター、エリシア、ルシア、ユアリ、そしてニィエルである。
 彼らの前には、見慣れぬ銀髪の少女がいた。70年前の魔法王国の王女セフィン。
 彼らは、何故彼女が今この時代に、昔のままの姿で立っているのかわからなかった。
「それは皆さんが、私がこの時代に生きることを祈ってくれたからです」
 にっこりと笑った王女に、リスターが極めて納得いかぬと首を傾げた。
「祈ると生き返るのか?」
 『赤宝剣』を抜き、セフィンは確かに死んだはずだ。魔法で維持されていた肉体は失われ、白骨と化したところまでは覚えている。
 それから何があったか、リスターはあまりよく覚えていなかった。それは、真夜中に突然起こされてした会話に似ている。
 何か漠然とした記憶があるのだが、どうしても思い出せず、だんだん記憶の方を疑い出すのだ。
「私は死んだわけではなかったのです。ほら、元々魂は生きていましたから。この世の中に、死者が生き返ることなんて有り得ません。きっと、神様が皆さんの祈りを聞き遂げてくださったのでしょう」
 彼女がそう断言した瞬間、5人の中からリスターの魔法の記憶は完全に失われた。
 死んだ人間が生き返るなど、不自然だ。それならば何らかの超神秘的な力、彼女の挙げた神の存在の方が遥かに信憑性がある。
「まあ、何にしろ良かった。こうしてあなたと再び話が出来るなど、本当に夢のようだ」
 恥ずかしそうに笑うニィエル。彼にしても、何故自分とユアリだけ外にいて、彼ら3人があの部屋に残っていたのか疑問はあった。
 けれど、恐らく今となってはどうでもいい事情があったのだろう。大切なのは結果だ。5人とも無事でいて、そればかりか悲しい別れをしたセフィンが目の前に立っている。
 それ以上、何を望むことがあるというのだ。
「ありがとう、ニィエル。私も、とても嬉しいです」
 そっと握り締めた手を引き、王子はセフィンの身体を抱き締めた。
「おおっ!」
 思わずリスターが声を上げたが、無粋な気がしたので黙って視線を逸らせた。
 ニィエルはそっとセフィンに口付けをしてから、名残惜しそうにその身体を放す。俯いたセフィンは少女の顔をしていた。
「ともかく、これで一件落着ですね!」
 明るくユアリが笑う。
 そう。彼女は元々ルシアが無事に身体を取り戻すのを見届けるために旅をしていたのだ。つまり、今この瞬間、彼女の旅の目的は果たされた。
 けれど、その場にいた誰もが知っていた。まだ剣を集めていた魔法使いたちが、王国を滅ぼすために活動していることを。
 恐らくユアリも知っていたはずだ。ただ、それを自分が何とかしなければならない問題だと認識していないだけで。
「ユアリはこれからどうするんだ?」
 ルシアに聞かれて、ユアリは少し考えてから答えた。
「シュナルの許に帰ります。本当はもっと皆さんと旅を続けたいけれど、あんまり彼に心配をかけるわけにもいきませんし」
 ユアリは一介の狩人だ。帰るべき家を持っているし、待っている人もいる。互い以外のすべてを失った姉妹とは違うのだ。
「ならイェスダンまで一緒に行こう! いいよな? リスター。結局羊肉の香葉焼きも食べてないし」
「ああ、わかってる」
 苦笑するリスターと、安心したように溜め息を吐くエリシア。
 リスターが魔法使いであるとわかったこと。ルシアがセフィンと出会ったこと。色々なことがあったが、今ルシアはここにいる。ニィエルではないが、エリシアもそれ以上の何も望んではなかった。
「セフィンはどうするんだ? あたしは……一緒に来て欲しいけど……」
 少しためらいながら尋ねたのは、もちろんニィエルのことを考えたからだ。
 それでも少女は、セフィンがともに来てくれると考えていた。
 けれど、それはあまり熟考されていないただの願望でしかなかったと、すぐに思い知らされた。
「私は一度ニィエルと王都に行ってから、少し一人で世界を見てきたいと思います」
「そっか……。でも、会おうと思えばいつでも会えるよな?」
 決して食い下がらなかったルシアに、エリシアが驚いた眼差しを向けた。少女は見違えるような大人びた顔をしていた。
「もちろんよ、ルシア。世界を見てきたら、私は王都にいますから……。いいですよね? ニィエル」
 恥ずかしそうに尋ねたセフィンに、王子は満面の笑みで頷いた。
 70年前から比べて、世界は劇的に変化した。セフィンはそれを見てみたいと思っている。
 けれど、決してそれだけではないことをリスターもニィエルも知っていた。ただ世界が見たいだけならば、ルシアと一緒に旅をすればよい。
 王女は、暗躍している魔法使いたちを一人で片付けようとしている。
 それは危険なことだったが、リスターが言った通り、今の世界にセフィンに対抗できる者などない。下手に付き合っても足手まといになるだけだ。
 誰も何も言ってこないことに安心したように息を吐いてから、セフィンは『赤宝剣』を手に取った。
 柄の部分に四角い板のような宝石が埋め込まれている。『青宝剣』と『黄宝剣』を見ると、その部分には何もなかった。
 剣それ自体に用はないと言っていた魔法使いたちの狙いが、この宝石であるのは明白だ。
「これは、私が持っていた方が安全でしょうか」
 尋ねたセフィンに、リスターは静かに頷いた。
 元々セフィンは、剣を再度封印するつもりだった。自分はいなくなる予定だったから。
 けれど、こういう状況になったならば、いっそ自分で持っていた方が良い。もはや宝石がなくとも彼らが王国を襲うのは明白だ。
 だったらこれを餌にして敵をおびき寄せた方が良い。セフィンはそう考えていた。
「剣は、私はもう折ってしまった方がいいと思うのですが……」
 神妙な顔でそう言ったセフィンに、ニィエルは大きく頷いた。
 元々魔法使いを倒すために王国が作った剣だ。この剣はどちらにあっても争いしか呼ばない。
 けれど、リスターはそれに首を振って反対した。
「俺は、魔法使いどもを蹴散らすまでは残しておいた方がいいと思う」
「何故だ?」
 問いかけたニィエルに、リスターは「セフィンのためだ」と口走り、『黄宝剣』を手に取った。
「少なくともこれはお前が持っていろ、セフィン。ティランも言っていたが、この剣は必ずお前の役に立つ」
「わかりました」
 剣を受け取り、王女は神妙な顔で頷いた。
 それから彼は『青宝剣』を取ると、それをルシアに手渡した。
「王子。この剣は俺たちで預からせてくれ。こうなった今、俺たちもいつ奴らに狙われるかわからない。護身のために武器が欲しい」
 かつてルシアは言った。どれだけ強い剣士も、魔法の前には為す術がないと。
 振るだけで魔法を使える剣は危険だが、同時に一般人が魔法使いに対抗できる少ない手段でもある。この剣は元々そのために作られたのだ。
「わかった、いいだろう。『赤宝剣』は……もう要らないな?」
 厳しい口調で尋ねた王子に、リスターは深く頷いた。
 『赤宝剣』はセフィンを封じ込めるだけのために作られた剣だ。
 ニィエルは思い切り剣を岩に叩きつけた。
 鈍い音とともに刀身が折れ曲がる。これでようやく、セフィンは解放されたのだ。
「お前たちはこれからどうするんだ?」
 何か重たい荷物でも下ろしたかのような顔で、ニィエルはリスターに聞いた。
 リスターは意味もなく勝ち誇ったような笑いを浮かべて答えた。
「愚問ですね。俺たちは元々旅をしていただけ。ユアリを送ったら、また今までみたいにブラブラするだけですよ」
「美味しいものを食べながらな」
 ルシアが言って、6人は声を揃えて笑った。
「それじゃあ、そろそろ行くか。いつまでもここにいてもしょうがない」
 そう言って、リスターはちらりとセフィンは見た。
 彼女の魔力を持ってすれば、自分も含めて6人を岸まで連れて行くのは簡単なことだ。
 けれど、セフィンはまった意外なことを口にした。
「みんなで舟を作りましょう。魔法で簡単に渡ってしまったら、趣がないでしょう」
 その言葉に、ルシアだけが苦笑した。
「ひょ、ひょっとして、あの森もまた歩いて抜けるのか?」
 絶対に魔法で王都まで連れていってもらえると思っていた王子が、げんなりした表情で言った。
 セフィンは何事もなかったように笑って頷いた。
「王国の王子が魔法に頼るなんて滑稽です。それに、歩いた方が健康にもいいですよ?」
 絶望的な顔になった王子の肩を、リスターが腹を押さえながら叩いた。
「王子。この先苦労しそうですね」
 ニィエルは何も言えなかった。
「さっ、頑張りましょう! 私は全然わからないので、教えてくださいね」
 生まれてから87年経って初めて見せたセフィンの笑顔は、澄み渡る空のように美しかった。
 キラキラと光る湖の向こうに、タミンの緑が輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル

ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。 しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。 甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。 2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...