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第3章
3-14
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蒼天の下、不思議そうな顔で5人の若者が立っていた。
リスター、エリシア、ルシア、ユアリ、そしてニィエルである。
彼らの前には、見慣れぬ銀髪の少女がいた。70年前の魔法王国の王女セフィン。
彼らは、何故彼女が今この時代に、昔のままの姿で立っているのかわからなかった。
「それは皆さんが、私がこの時代に生きることを祈ってくれたからです」
にっこりと笑った王女に、リスターが極めて納得いかぬと首を傾げた。
「祈ると生き返るのか?」
『赤宝剣』を抜き、セフィンは確かに死んだはずだ。魔法で維持されていた肉体は失われ、白骨と化したところまでは覚えている。
それから何があったか、リスターはあまりよく覚えていなかった。それは、真夜中に突然起こされてした会話に似ている。
何か漠然とした記憶があるのだが、どうしても思い出せず、だんだん記憶の方を疑い出すのだ。
「私は死んだわけではなかったのです。ほら、元々魂は生きていましたから。この世の中に、死者が生き返ることなんて有り得ません。きっと、神様が皆さんの祈りを聞き遂げてくださったのでしょう」
彼女がそう断言した瞬間、5人の中からリスターの魔法の記憶は完全に失われた。
死んだ人間が生き返るなど、不自然だ。それならば何らかの超神秘的な力、彼女の挙げた神の存在の方が遥かに信憑性がある。
「まあ、何にしろ良かった。こうしてあなたと再び話が出来るなど、本当に夢のようだ」
恥ずかしそうに笑うニィエル。彼にしても、何故自分とユアリだけ外にいて、彼ら3人があの部屋に残っていたのか疑問はあった。
けれど、恐らく今となってはどうでもいい事情があったのだろう。大切なのは結果だ。5人とも無事でいて、そればかりか悲しい別れをしたセフィンが目の前に立っている。
それ以上、何を望むことがあるというのだ。
「ありがとう、ニィエル。私も、とても嬉しいです」
そっと握り締めた手を引き、王子はセフィンの身体を抱き締めた。
「おおっ!」
思わずリスターが声を上げたが、無粋な気がしたので黙って視線を逸らせた。
ニィエルはそっとセフィンに口付けをしてから、名残惜しそうにその身体を放す。俯いたセフィンは少女の顔をしていた。
「ともかく、これで一件落着ですね!」
明るくユアリが笑う。
そう。彼女は元々ルシアが無事に身体を取り戻すのを見届けるために旅をしていたのだ。つまり、今この瞬間、彼女の旅の目的は果たされた。
けれど、その場にいた誰もが知っていた。まだ剣を集めていた魔法使いたちが、王国を滅ぼすために活動していることを。
恐らくユアリも知っていたはずだ。ただ、それを自分が何とかしなければならない問題だと認識していないだけで。
「ユアリはこれからどうするんだ?」
ルシアに聞かれて、ユアリは少し考えてから答えた。
「シュナルの許に帰ります。本当はもっと皆さんと旅を続けたいけれど、あんまり彼に心配をかけるわけにもいきませんし」
ユアリは一介の狩人だ。帰るべき家を持っているし、待っている人もいる。互い以外のすべてを失った姉妹とは違うのだ。
「ならイェスダンまで一緒に行こう! いいよな? リスター。結局羊肉の香葉焼きも食べてないし」
「ああ、わかってる」
苦笑するリスターと、安心したように溜め息を吐くエリシア。
リスターが魔法使いであるとわかったこと。ルシアがセフィンと出会ったこと。色々なことがあったが、今ルシアはここにいる。ニィエルではないが、エリシアもそれ以上の何も望んではなかった。
「セフィンはどうするんだ? あたしは……一緒に来て欲しいけど……」
少しためらいながら尋ねたのは、もちろんニィエルのことを考えたからだ。
それでも少女は、セフィンがともに来てくれると考えていた。
けれど、それはあまり熟考されていないただの願望でしかなかったと、すぐに思い知らされた。
「私は一度ニィエルと王都に行ってから、少し一人で世界を見てきたいと思います」
「そっか……。でも、会おうと思えばいつでも会えるよな?」
決して食い下がらなかったルシアに、エリシアが驚いた眼差しを向けた。少女は見違えるような大人びた顔をしていた。
「もちろんよ、ルシア。世界を見てきたら、私は王都にいますから……。いいですよね? ニィエル」
恥ずかしそうに尋ねたセフィンに、王子は満面の笑みで頷いた。
70年前から比べて、世界は劇的に変化した。セフィンはそれを見てみたいと思っている。
けれど、決してそれだけではないことをリスターもニィエルも知っていた。ただ世界が見たいだけならば、ルシアと一緒に旅をすればよい。
王女は、暗躍している魔法使いたちを一人で片付けようとしている。
それは危険なことだったが、リスターが言った通り、今の世界にセフィンに対抗できる者などない。下手に付き合っても足手まといになるだけだ。
誰も何も言ってこないことに安心したように息を吐いてから、セフィンは『赤宝剣』を手に取った。
柄の部分に四角い板のような宝石が埋め込まれている。『青宝剣』と『黄宝剣』を見ると、その部分には何もなかった。
剣それ自体に用はないと言っていた魔法使いたちの狙いが、この宝石であるのは明白だ。
「これは、私が持っていた方が安全でしょうか」
尋ねたセフィンに、リスターは静かに頷いた。
元々セフィンは、剣を再度封印するつもりだった。自分はいなくなる予定だったから。
けれど、こういう状況になったならば、いっそ自分で持っていた方が良い。もはや宝石がなくとも彼らが王国を襲うのは明白だ。
だったらこれを餌にして敵をおびき寄せた方が良い。セフィンはそう考えていた。
「剣は、私はもう折ってしまった方がいいと思うのですが……」
神妙な顔でそう言ったセフィンに、ニィエルは大きく頷いた。
元々魔法使いを倒すために王国が作った剣だ。この剣はどちらにあっても争いしか呼ばない。
けれど、リスターはそれに首を振って反対した。
「俺は、魔法使いどもを蹴散らすまでは残しておいた方がいいと思う」
「何故だ?」
問いかけたニィエルに、リスターは「セフィンのためだ」と口走り、『黄宝剣』を手に取った。
「少なくともこれはお前が持っていろ、セフィン。ティランも言っていたが、この剣は必ずお前の役に立つ」
「わかりました」
剣を受け取り、王女は神妙な顔で頷いた。
それから彼は『青宝剣』を取ると、それをルシアに手渡した。
「王子。この剣は俺たちで預からせてくれ。こうなった今、俺たちもいつ奴らに狙われるかわからない。護身のために武器が欲しい」
かつてルシアは言った。どれだけ強い剣士も、魔法の前には為す術がないと。
振るだけで魔法を使える剣は危険だが、同時に一般人が魔法使いに対抗できる少ない手段でもある。この剣は元々そのために作られたのだ。
「わかった、いいだろう。『赤宝剣』は……もう要らないな?」
厳しい口調で尋ねた王子に、リスターは深く頷いた。
『赤宝剣』はセフィンを封じ込めるだけのために作られた剣だ。
ニィエルは思い切り剣を岩に叩きつけた。
鈍い音とともに刀身が折れ曲がる。これでようやく、セフィンは解放されたのだ。
「お前たちはこれからどうするんだ?」
何か重たい荷物でも下ろしたかのような顔で、ニィエルはリスターに聞いた。
リスターは意味もなく勝ち誇ったような笑いを浮かべて答えた。
「愚問ですね。俺たちは元々旅をしていただけ。ユアリを送ったら、また今までみたいにブラブラするだけですよ」
「美味しいものを食べながらな」
ルシアが言って、6人は声を揃えて笑った。
「それじゃあ、そろそろ行くか。いつまでもここにいてもしょうがない」
そう言って、リスターはちらりとセフィンは見た。
彼女の魔力を持ってすれば、自分も含めて6人を岸まで連れて行くのは簡単なことだ。
けれど、セフィンはまった意外なことを口にした。
「みんなで舟を作りましょう。魔法で簡単に渡ってしまったら、趣がないでしょう」
その言葉に、ルシアだけが苦笑した。
「ひょ、ひょっとして、あの森もまた歩いて抜けるのか?」
絶対に魔法で王都まで連れていってもらえると思っていた王子が、げんなりした表情で言った。
セフィンは何事もなかったように笑って頷いた。
「王国の王子が魔法に頼るなんて滑稽です。それに、歩いた方が健康にもいいですよ?」
絶望的な顔になった王子の肩を、リスターが腹を押さえながら叩いた。
「王子。この先苦労しそうですね」
ニィエルは何も言えなかった。
「さっ、頑張りましょう! 私は全然わからないので、教えてくださいね」
生まれてから87年経って初めて見せたセフィンの笑顔は、澄み渡る空のように美しかった。
キラキラと光る湖の向こうに、タミンの緑が輝いていた。
リスター、エリシア、ルシア、ユアリ、そしてニィエルである。
彼らの前には、見慣れぬ銀髪の少女がいた。70年前の魔法王国の王女セフィン。
彼らは、何故彼女が今この時代に、昔のままの姿で立っているのかわからなかった。
「それは皆さんが、私がこの時代に生きることを祈ってくれたからです」
にっこりと笑った王女に、リスターが極めて納得いかぬと首を傾げた。
「祈ると生き返るのか?」
『赤宝剣』を抜き、セフィンは確かに死んだはずだ。魔法で維持されていた肉体は失われ、白骨と化したところまでは覚えている。
それから何があったか、リスターはあまりよく覚えていなかった。それは、真夜中に突然起こされてした会話に似ている。
何か漠然とした記憶があるのだが、どうしても思い出せず、だんだん記憶の方を疑い出すのだ。
「私は死んだわけではなかったのです。ほら、元々魂は生きていましたから。この世の中に、死者が生き返ることなんて有り得ません。きっと、神様が皆さんの祈りを聞き遂げてくださったのでしょう」
彼女がそう断言した瞬間、5人の中からリスターの魔法の記憶は完全に失われた。
死んだ人間が生き返るなど、不自然だ。それならば何らかの超神秘的な力、彼女の挙げた神の存在の方が遥かに信憑性がある。
「まあ、何にしろ良かった。こうしてあなたと再び話が出来るなど、本当に夢のようだ」
恥ずかしそうに笑うニィエル。彼にしても、何故自分とユアリだけ外にいて、彼ら3人があの部屋に残っていたのか疑問はあった。
けれど、恐らく今となってはどうでもいい事情があったのだろう。大切なのは結果だ。5人とも無事でいて、そればかりか悲しい別れをしたセフィンが目の前に立っている。
それ以上、何を望むことがあるというのだ。
「ありがとう、ニィエル。私も、とても嬉しいです」
そっと握り締めた手を引き、王子はセフィンの身体を抱き締めた。
「おおっ!」
思わずリスターが声を上げたが、無粋な気がしたので黙って視線を逸らせた。
ニィエルはそっとセフィンに口付けをしてから、名残惜しそうにその身体を放す。俯いたセフィンは少女の顔をしていた。
「ともかく、これで一件落着ですね!」
明るくユアリが笑う。
そう。彼女は元々ルシアが無事に身体を取り戻すのを見届けるために旅をしていたのだ。つまり、今この瞬間、彼女の旅の目的は果たされた。
けれど、その場にいた誰もが知っていた。まだ剣を集めていた魔法使いたちが、王国を滅ぼすために活動していることを。
恐らくユアリも知っていたはずだ。ただ、それを自分が何とかしなければならない問題だと認識していないだけで。
「ユアリはこれからどうするんだ?」
ルシアに聞かれて、ユアリは少し考えてから答えた。
「シュナルの許に帰ります。本当はもっと皆さんと旅を続けたいけれど、あんまり彼に心配をかけるわけにもいきませんし」
ユアリは一介の狩人だ。帰るべき家を持っているし、待っている人もいる。互い以外のすべてを失った姉妹とは違うのだ。
「ならイェスダンまで一緒に行こう! いいよな? リスター。結局羊肉の香葉焼きも食べてないし」
「ああ、わかってる」
苦笑するリスターと、安心したように溜め息を吐くエリシア。
リスターが魔法使いであるとわかったこと。ルシアがセフィンと出会ったこと。色々なことがあったが、今ルシアはここにいる。ニィエルではないが、エリシアもそれ以上の何も望んではなかった。
「セフィンはどうするんだ? あたしは……一緒に来て欲しいけど……」
少しためらいながら尋ねたのは、もちろんニィエルのことを考えたからだ。
それでも少女は、セフィンがともに来てくれると考えていた。
けれど、それはあまり熟考されていないただの願望でしかなかったと、すぐに思い知らされた。
「私は一度ニィエルと王都に行ってから、少し一人で世界を見てきたいと思います」
「そっか……。でも、会おうと思えばいつでも会えるよな?」
決して食い下がらなかったルシアに、エリシアが驚いた眼差しを向けた。少女は見違えるような大人びた顔をしていた。
「もちろんよ、ルシア。世界を見てきたら、私は王都にいますから……。いいですよね? ニィエル」
恥ずかしそうに尋ねたセフィンに、王子は満面の笑みで頷いた。
70年前から比べて、世界は劇的に変化した。セフィンはそれを見てみたいと思っている。
けれど、決してそれだけではないことをリスターもニィエルも知っていた。ただ世界が見たいだけならば、ルシアと一緒に旅をすればよい。
王女は、暗躍している魔法使いたちを一人で片付けようとしている。
それは危険なことだったが、リスターが言った通り、今の世界にセフィンに対抗できる者などない。下手に付き合っても足手まといになるだけだ。
誰も何も言ってこないことに安心したように息を吐いてから、セフィンは『赤宝剣』を手に取った。
柄の部分に四角い板のような宝石が埋め込まれている。『青宝剣』と『黄宝剣』を見ると、その部分には何もなかった。
剣それ自体に用はないと言っていた魔法使いたちの狙いが、この宝石であるのは明白だ。
「これは、私が持っていた方が安全でしょうか」
尋ねたセフィンに、リスターは静かに頷いた。
元々セフィンは、剣を再度封印するつもりだった。自分はいなくなる予定だったから。
けれど、こういう状況になったならば、いっそ自分で持っていた方が良い。もはや宝石がなくとも彼らが王国を襲うのは明白だ。
だったらこれを餌にして敵をおびき寄せた方が良い。セフィンはそう考えていた。
「剣は、私はもう折ってしまった方がいいと思うのですが……」
神妙な顔でそう言ったセフィンに、ニィエルは大きく頷いた。
元々魔法使いを倒すために王国が作った剣だ。この剣はどちらにあっても争いしか呼ばない。
けれど、リスターはそれに首を振って反対した。
「俺は、魔法使いどもを蹴散らすまでは残しておいた方がいいと思う」
「何故だ?」
問いかけたニィエルに、リスターは「セフィンのためだ」と口走り、『黄宝剣』を手に取った。
「少なくともこれはお前が持っていろ、セフィン。ティランも言っていたが、この剣は必ずお前の役に立つ」
「わかりました」
剣を受け取り、王女は神妙な顔で頷いた。
それから彼は『青宝剣』を取ると、それをルシアに手渡した。
「王子。この剣は俺たちで預からせてくれ。こうなった今、俺たちもいつ奴らに狙われるかわからない。護身のために武器が欲しい」
かつてルシアは言った。どれだけ強い剣士も、魔法の前には為す術がないと。
振るだけで魔法を使える剣は危険だが、同時に一般人が魔法使いに対抗できる少ない手段でもある。この剣は元々そのために作られたのだ。
「わかった、いいだろう。『赤宝剣』は……もう要らないな?」
厳しい口調で尋ねた王子に、リスターは深く頷いた。
『赤宝剣』はセフィンを封じ込めるだけのために作られた剣だ。
ニィエルは思い切り剣を岩に叩きつけた。
鈍い音とともに刀身が折れ曲がる。これでようやく、セフィンは解放されたのだ。
「お前たちはこれからどうするんだ?」
何か重たい荷物でも下ろしたかのような顔で、ニィエルはリスターに聞いた。
リスターは意味もなく勝ち誇ったような笑いを浮かべて答えた。
「愚問ですね。俺たちは元々旅をしていただけ。ユアリを送ったら、また今までみたいにブラブラするだけですよ」
「美味しいものを食べながらな」
ルシアが言って、6人は声を揃えて笑った。
「それじゃあ、そろそろ行くか。いつまでもここにいてもしょうがない」
そう言って、リスターはちらりとセフィンは見た。
彼女の魔力を持ってすれば、自分も含めて6人を岸まで連れて行くのは簡単なことだ。
けれど、セフィンはまった意外なことを口にした。
「みんなで舟を作りましょう。魔法で簡単に渡ってしまったら、趣がないでしょう」
その言葉に、ルシアだけが苦笑した。
「ひょ、ひょっとして、あの森もまた歩いて抜けるのか?」
絶対に魔法で王都まで連れていってもらえると思っていた王子が、げんなりした表情で言った。
セフィンは何事もなかったように笑って頷いた。
「王国の王子が魔法に頼るなんて滑稽です。それに、歩いた方が健康にもいいですよ?」
絶望的な顔になった王子の肩を、リスターが腹を押さえながら叩いた。
「王子。この先苦労しそうですね」
ニィエルは何も言えなかった。
「さっ、頑張りましょう! 私は全然わからないので、教えてくださいね」
生まれてから87年経って初めて見せたセフィンの笑顔は、澄み渡る空のように美しかった。
キラキラと光る湖の向こうに、タミンの緑が輝いていた。
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