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第3章
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タミンの森は広大だが、最短経路を辿れば3日もあれば向こう側に出られるという。
ただし、入り組んだこの森の中で最短経路を辿れる者などなく、向こう側というのもあくまでリスターの言う湖であって、森自体はそのさらに向こうまで続いている。
けれど、自分たちなら3日で出られる。リスターにはその自信があった。
ただの希望ではない。
エリシアは魔力を察知することができるので、湖に近付けば近付くほど、湖付近から迸るそれを敏感に感じ取るだろう。
また、森でのノウハウは若いながらもユアリの右に出る者はない。彼女は単に弓の腕前が優れているだけの狩人ではないのだ。
それに、もしもの時はリスターが空から周囲を見渡すことが出来る。
森には人間に害を為す動物も多いが、それもユアリの弓とリスターの魔法があればどうってことはないし、ニィエルもジレアス相手に見せた素早い動きは偶然ではなく、剣だけならリスターよりも腕が立った。
鬱蒼とした森の中を、4人は一列になって歩いていた。
下生えを掻き分け、枝を振り払い、太い木の根を乗り越えながら、彼らはまるで光の道でも見えているかのごとく最短経路を突き進んでいた。
「魔力が、だいぶ強まってきました……」
エリシアが額に汗を浮かべて呟いた。魔力を感じ取れると言うのも楽なものではないらしい。
もちろん、無理に感じ取ろうとしなければ大丈夫らしいのでいいが、いきなり強大な魔力を当たられてると、あたかも毒のごとく彼女の身体を蝕むかも知れない。
前方に、リスターは魔力を感じない。
まったく誤算だったのだが、どうやらセフィンの方が先に着いて、魔法陣を解除したらしい。
実は過去に一度だけ、彼は上空から湖を訪れたことがあったのだが、その時は魔法陣の前に為す術もなく引き返した。
まだエリシアと出会う前のことである。
道標となるべき強大な魔力がなくなり、リスターは一瞬途方に暮れたが、もう一つ嬉しい誤算が生じた。
エリシアの魔力感知能力が、彼の考えていた以上に強かったことだ。魔法陣がなくとも、彼女は『赤宝剣』から出る魔力を感じ取ることができた。
しばらく先頭を軽快なステップで突き進むユアリの背中を眺めていたが、ふとリスターは後ろを歩く王子を振り返った。
ニィエルは瞬発力には優れていたが、持久力には乏しかった。王子という立場上、あまり長い距離を歩いたことがなかったのだ。
それでも彼は文句を言わずについてくる。何度もリスターが魔法で足の怪我を癒してやっているにしろ、大した精神力だろう。
もっとも、口数は森に入ったときと比べてだいぶ減ったけれども。
「今日で3日になります。王子、もう少しの辛抱です」
年下のリスターに心配されていることに、ニィエルは一瞬ムッとなったが、何も言わずに頷いた。
悔しくないと言えば嘘になるが、辛いのは事実だ。リスターの魔法がなければ、ここまで来ることすら叶わなかったかも知れない。
「ねえ、リスター。セフィンは王国を恨んでいないのかしら」
ふと顔を曇らせてエリシアが呟いた。
王国に捕まったセフィンが公開拷問にかけられ、魂を束縛された話はすでにニィエルにも話している。
70年後の王子はその話を初めて聞いたらしく、知らされた日は半日ほど自己嫌悪に陥っていた。
「さあな。少なくとも彼女はあの女の誘いには乗らなかった」
「そう……。恨んでなければいいのだけれど……」
ちらりとニィエルを見て、エリシアが言った。
もしも王国を恨んでいたら、彼女はニィエルをどのような目で見るだろうか。エリシアはそれを心配していた。
そんな彼女の心配を振り払うように、ニィエルは神妙な面持ちで言った。
「もしも言う機会があるなら、私はセフィン王女に謝りたいと思っている。確かに彼女が王国に対してしたことは許せることではないが、我々が彼女個人に対してしたことはそれ以上だ」
エリシアは静かに頷いた。
さらに1時間ほど歩くと、リスターの言う通り、木々がまばらになり、向こう側から光が差した。
「で、出られたのか?」
『迷いの森』と恐れられるタミンの森を抜けられたことに、ニィエルが震えるような声を出した。3日間も深い森の中を歩いていたので、喜びもひとしおだろう。
ようやく踏みしめたそこには、巨大な湖が陽の光を受けてキラキラと輝いていた。彼方には島があり、湖の果ては見えない。
もしもこの湖の向こう側にもさらに森が続いているのだとしたら、なるほどタミンは『迷いの森』だろう。あまりにも巨大で、向こう側に抜けられる希望すら持てない。
「一度だけ来たことがあるのだが、その時はここに強力な結界が張ってあった」
「つまり、セフィンはすでにあの島にいるってこと?」
ユアリに質問に、リスターは大きく頷いた。
「エリシアの感じている魔力が変わってないと言うことは、まだセフィンは『赤宝剣』を抜いてないということだ。急ごう」
『赤宝剣』を抜けば、セフィンの魂を縛り付けている魔法が解ける。この辺りを包み込んでいる魔力が一気になくなるはずだ。
「急ぐと言っても、リスター。どうやってあそこへ行く? 君の魔法を使っても、4人が乗れる船を作るのは容易ではなかろう」
首を傾げたニィエルに、リスターは不敵に笑って返した。
「水の上を歩くことができるようになる魔法があります」
「み、水の上を!?」
ニィエルだけでなく、二人の少女も驚きに息を飲んだ。魔法使いでもなければ想像すらしない。
「ちょっと疲れますが、かけます。急ぎましょう」
返事すら待たずに、リスターは魔法を唱えた。そして、まだ半信半疑の3人を置いて湖に飛び込む。
いや、彼は揺れる湖面の上に立った。
「慣れるまで大変だと思うが、なんとかしてくれ。1時間経つと魔法は切れる。だが、島までは1時間で十分行ける距離だ。急げっ」
ユアリが面白半分、湖面に立ったが、すぐに転んでしまった。
「け、結構難しいね」
苦笑いしてもう一度立つ。足元がふわふわした。
「よ、酔いそう……」
思わず口元を手で抑えたユアリの隣を、ニィエルがすたすたと歩いていった。なかなか達者なものだ。
「私も……ぉぉっ!」
エリシアがユアリより派手に転んだが、下は何よりも柔らかいクッションだ。怪我はない。もっとも、なかなか立てずに苦労していたが。
そうこうしながら、4人は島に辿り着いた。
歩くことをあまり苦にしなかったニィエルと、元々基礎体力が異なるユアリは平気そうだが、エリシアはかなりの体力を消耗した模様だ。
「大丈夫か?」
そっとリスターが魔法をかけると、エリシアは身体が熱くなるのを感じた。失われた体力が急速に戻っていく。
「ありがとう、リスター」
微笑み、彼女は周囲を見回した。
島の直径は歩いて数十分だろうか。そのほとんどが森であり、後は何もなかった。
「こっちだ」
迷うことなくリスターが森の中へ入っていく。彼にしては珍しく焦っているようで、ユアリがたしなめるように言った。
「リスターさん。あんまり速く歩くと、エリシアさんがついてこれないよ」
「あ、すまない」
詫びて速度を落とした青年の隣に立ち、王子が神妙な瞳で言った。
「まあ、焦るのも無理はないな。私も、いよいよセフィン王女と会えるのかと思うと、どうも気が急いていかん」
「外見はエリシアの妹ですよ?」
からかうように言ったリスターに、ニィエルが慌てて手を振った。
「そ、そういう意味ではない。70年前の王女というだけで、何かこう神秘的な感じがしてな」
「わかっていますよ」
リスターが声を立てて笑うと、さらにエリシアがからかった。
「たとえ王子でも、ルシアはあげませんからね?」
「き、君までからかうのか」
「ライザレスの宿でのお返しです」
生真面目だが、元々冗談を言う娘だ。どちらかというと、素直で朴訥なのは妹の方だろう。
エリシアに言わせると、融通が利かないだけらしいが。
しばらく楽しげに歩いていた4人だったが、巨大な岩が姿を現した瞬間、その口を閉ざした。
岩にはぽっかりと穴が開いており、闇の中にまるで地獄へと続いているかのように階段が覗かせている。
「ここに……ルシアが……?」
エリシアの呟きに、ユアリが大きく息を飲んだ。ニィエルも緊張を隠せない様子だ。
「セフィンは敵じゃない。そんなに固くなるな。行くぞ」
できるだけおどけたように言ったリスターだったが、その声は微かに震えていた。
光を灯して階段を下りていく。湿った石壁に4人の靴の音が反響し、リスターの灯す火にゆらゆらと影が揺らめいた。
やがて、どれくらい下りただろう。恐らく湖の底は越えたのではないかというくらい地面の中に潜ったそこに、巨大な扉があった。現在はめっきり見なくなった、古代の模様が散りばめられている。
閉められているが、鍵はかかっていない。この扉には外側にしか鍵がないことを、リスターは知っていた。
4人は扉の前に立ち、一度顔を見合わせて頷き合った。
「行こう」
ゆっくりと押し開けられた扉の隙間から、真っ赤な光が漏れる。音はない。死者の都のような静寂の世界。
まるで血の霧が蔓延しているかのようなその部屋の真ん中に、魔法陣が描かれていた。
巨大な魔法陣だ。中央の陣の周りに、まるで王を護衛する騎士のようにさらに6つの陣が描かれ、そのいずれもが真っ赤な光を放っている。
守りの光ではない。呪いの光だ。
そんな呪いの集う魔法陣の中心部。そこに、美しい銀髪の女性が一糸まとわぬ姿で横たわっていた。
「セフィン……」
リスターが呟くより先に、部屋の縁から聞き慣れた声がした。
「あなたたちは……」
3年もともに旅をしてきた仲間だ。けれど今喋っているのは、食べるのが大好きで、無邪気で素直な黒髪の少女ではない。
「やはりここだったか、セフィン……」
呟きながらも、彼は魔法陣から目を逸らさなかった。いや、逸らせなかったのかも知れない。
だからセフィンも、一度はリスターに向けた瞳を、再び自らの身体に向けた。
大の字にされ、両手両足を地面に括り付けられた王女の、そのふくよかな胸の中央に、一本の真っ赤な剣が深々と突き刺さっていた。
「『赤宝剣』……」
ニィエルのかすれた声が、静寂の世界に溶けて消えた。
ただし、入り組んだこの森の中で最短経路を辿れる者などなく、向こう側というのもあくまでリスターの言う湖であって、森自体はそのさらに向こうまで続いている。
けれど、自分たちなら3日で出られる。リスターにはその自信があった。
ただの希望ではない。
エリシアは魔力を察知することができるので、湖に近付けば近付くほど、湖付近から迸るそれを敏感に感じ取るだろう。
また、森でのノウハウは若いながらもユアリの右に出る者はない。彼女は単に弓の腕前が優れているだけの狩人ではないのだ。
それに、もしもの時はリスターが空から周囲を見渡すことが出来る。
森には人間に害を為す動物も多いが、それもユアリの弓とリスターの魔法があればどうってことはないし、ニィエルもジレアス相手に見せた素早い動きは偶然ではなく、剣だけならリスターよりも腕が立った。
鬱蒼とした森の中を、4人は一列になって歩いていた。
下生えを掻き分け、枝を振り払い、太い木の根を乗り越えながら、彼らはまるで光の道でも見えているかのごとく最短経路を突き進んでいた。
「魔力が、だいぶ強まってきました……」
エリシアが額に汗を浮かべて呟いた。魔力を感じ取れると言うのも楽なものではないらしい。
もちろん、無理に感じ取ろうとしなければ大丈夫らしいのでいいが、いきなり強大な魔力を当たられてると、あたかも毒のごとく彼女の身体を蝕むかも知れない。
前方に、リスターは魔力を感じない。
まったく誤算だったのだが、どうやらセフィンの方が先に着いて、魔法陣を解除したらしい。
実は過去に一度だけ、彼は上空から湖を訪れたことがあったのだが、その時は魔法陣の前に為す術もなく引き返した。
まだエリシアと出会う前のことである。
道標となるべき強大な魔力がなくなり、リスターは一瞬途方に暮れたが、もう一つ嬉しい誤算が生じた。
エリシアの魔力感知能力が、彼の考えていた以上に強かったことだ。魔法陣がなくとも、彼女は『赤宝剣』から出る魔力を感じ取ることができた。
しばらく先頭を軽快なステップで突き進むユアリの背中を眺めていたが、ふとリスターは後ろを歩く王子を振り返った。
ニィエルは瞬発力には優れていたが、持久力には乏しかった。王子という立場上、あまり長い距離を歩いたことがなかったのだ。
それでも彼は文句を言わずについてくる。何度もリスターが魔法で足の怪我を癒してやっているにしろ、大した精神力だろう。
もっとも、口数は森に入ったときと比べてだいぶ減ったけれども。
「今日で3日になります。王子、もう少しの辛抱です」
年下のリスターに心配されていることに、ニィエルは一瞬ムッとなったが、何も言わずに頷いた。
悔しくないと言えば嘘になるが、辛いのは事実だ。リスターの魔法がなければ、ここまで来ることすら叶わなかったかも知れない。
「ねえ、リスター。セフィンは王国を恨んでいないのかしら」
ふと顔を曇らせてエリシアが呟いた。
王国に捕まったセフィンが公開拷問にかけられ、魂を束縛された話はすでにニィエルにも話している。
70年後の王子はその話を初めて聞いたらしく、知らされた日は半日ほど自己嫌悪に陥っていた。
「さあな。少なくとも彼女はあの女の誘いには乗らなかった」
「そう……。恨んでなければいいのだけれど……」
ちらりとニィエルを見て、エリシアが言った。
もしも王国を恨んでいたら、彼女はニィエルをどのような目で見るだろうか。エリシアはそれを心配していた。
そんな彼女の心配を振り払うように、ニィエルは神妙な面持ちで言った。
「もしも言う機会があるなら、私はセフィン王女に謝りたいと思っている。確かに彼女が王国に対してしたことは許せることではないが、我々が彼女個人に対してしたことはそれ以上だ」
エリシアは静かに頷いた。
さらに1時間ほど歩くと、リスターの言う通り、木々がまばらになり、向こう側から光が差した。
「で、出られたのか?」
『迷いの森』と恐れられるタミンの森を抜けられたことに、ニィエルが震えるような声を出した。3日間も深い森の中を歩いていたので、喜びもひとしおだろう。
ようやく踏みしめたそこには、巨大な湖が陽の光を受けてキラキラと輝いていた。彼方には島があり、湖の果ては見えない。
もしもこの湖の向こう側にもさらに森が続いているのだとしたら、なるほどタミンは『迷いの森』だろう。あまりにも巨大で、向こう側に抜けられる希望すら持てない。
「一度だけ来たことがあるのだが、その時はここに強力な結界が張ってあった」
「つまり、セフィンはすでにあの島にいるってこと?」
ユアリに質問に、リスターは大きく頷いた。
「エリシアの感じている魔力が変わってないと言うことは、まだセフィンは『赤宝剣』を抜いてないということだ。急ごう」
『赤宝剣』を抜けば、セフィンの魂を縛り付けている魔法が解ける。この辺りを包み込んでいる魔力が一気になくなるはずだ。
「急ぐと言っても、リスター。どうやってあそこへ行く? 君の魔法を使っても、4人が乗れる船を作るのは容易ではなかろう」
首を傾げたニィエルに、リスターは不敵に笑って返した。
「水の上を歩くことができるようになる魔法があります」
「み、水の上を!?」
ニィエルだけでなく、二人の少女も驚きに息を飲んだ。魔法使いでもなければ想像すらしない。
「ちょっと疲れますが、かけます。急ぎましょう」
返事すら待たずに、リスターは魔法を唱えた。そして、まだ半信半疑の3人を置いて湖に飛び込む。
いや、彼は揺れる湖面の上に立った。
「慣れるまで大変だと思うが、なんとかしてくれ。1時間経つと魔法は切れる。だが、島までは1時間で十分行ける距離だ。急げっ」
ユアリが面白半分、湖面に立ったが、すぐに転んでしまった。
「け、結構難しいね」
苦笑いしてもう一度立つ。足元がふわふわした。
「よ、酔いそう……」
思わず口元を手で抑えたユアリの隣を、ニィエルがすたすたと歩いていった。なかなか達者なものだ。
「私も……ぉぉっ!」
エリシアがユアリより派手に転んだが、下は何よりも柔らかいクッションだ。怪我はない。もっとも、なかなか立てずに苦労していたが。
そうこうしながら、4人は島に辿り着いた。
歩くことをあまり苦にしなかったニィエルと、元々基礎体力が異なるユアリは平気そうだが、エリシアはかなりの体力を消耗した模様だ。
「大丈夫か?」
そっとリスターが魔法をかけると、エリシアは身体が熱くなるのを感じた。失われた体力が急速に戻っていく。
「ありがとう、リスター」
微笑み、彼女は周囲を見回した。
島の直径は歩いて数十分だろうか。そのほとんどが森であり、後は何もなかった。
「こっちだ」
迷うことなくリスターが森の中へ入っていく。彼にしては珍しく焦っているようで、ユアリがたしなめるように言った。
「リスターさん。あんまり速く歩くと、エリシアさんがついてこれないよ」
「あ、すまない」
詫びて速度を落とした青年の隣に立ち、王子が神妙な瞳で言った。
「まあ、焦るのも無理はないな。私も、いよいよセフィン王女と会えるのかと思うと、どうも気が急いていかん」
「外見はエリシアの妹ですよ?」
からかうように言ったリスターに、ニィエルが慌てて手を振った。
「そ、そういう意味ではない。70年前の王女というだけで、何かこう神秘的な感じがしてな」
「わかっていますよ」
リスターが声を立てて笑うと、さらにエリシアがからかった。
「たとえ王子でも、ルシアはあげませんからね?」
「き、君までからかうのか」
「ライザレスの宿でのお返しです」
生真面目だが、元々冗談を言う娘だ。どちらかというと、素直で朴訥なのは妹の方だろう。
エリシアに言わせると、融通が利かないだけらしいが。
しばらく楽しげに歩いていた4人だったが、巨大な岩が姿を現した瞬間、その口を閉ざした。
岩にはぽっかりと穴が開いており、闇の中にまるで地獄へと続いているかのように階段が覗かせている。
「ここに……ルシアが……?」
エリシアの呟きに、ユアリが大きく息を飲んだ。ニィエルも緊張を隠せない様子だ。
「セフィンは敵じゃない。そんなに固くなるな。行くぞ」
できるだけおどけたように言ったリスターだったが、その声は微かに震えていた。
光を灯して階段を下りていく。湿った石壁に4人の靴の音が反響し、リスターの灯す火にゆらゆらと影が揺らめいた。
やがて、どれくらい下りただろう。恐らく湖の底は越えたのではないかというくらい地面の中に潜ったそこに、巨大な扉があった。現在はめっきり見なくなった、古代の模様が散りばめられている。
閉められているが、鍵はかかっていない。この扉には外側にしか鍵がないことを、リスターは知っていた。
4人は扉の前に立ち、一度顔を見合わせて頷き合った。
「行こう」
ゆっくりと押し開けられた扉の隙間から、真っ赤な光が漏れる。音はない。死者の都のような静寂の世界。
まるで血の霧が蔓延しているかのようなその部屋の真ん中に、魔法陣が描かれていた。
巨大な魔法陣だ。中央の陣の周りに、まるで王を護衛する騎士のようにさらに6つの陣が描かれ、そのいずれもが真っ赤な光を放っている。
守りの光ではない。呪いの光だ。
そんな呪いの集う魔法陣の中心部。そこに、美しい銀髪の女性が一糸まとわぬ姿で横たわっていた。
「セフィン……」
リスターが呟くより先に、部屋の縁から聞き慣れた声がした。
「あなたたちは……」
3年もともに旅をしてきた仲間だ。けれど今喋っているのは、食べるのが大好きで、無邪気で素直な黒髪の少女ではない。
「やはりここだったか、セフィン……」
呟きながらも、彼は魔法陣から目を逸らさなかった。いや、逸らせなかったのかも知れない。
だからセフィンも、一度はリスターに向けた瞳を、再び自らの身体に向けた。
大の字にされ、両手両足を地面に括り付けられた王女の、そのふくよかな胸の中央に、一本の真っ赤な剣が深々と突き刺さっていた。
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