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第3章
3-1
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東の空へ向かっていた名も知らぬ鳥の群れに、一筋の光が走った。
その光は正確に一羽の鳥を射抜き、遥か上空から狩られた鳥が落下してくる。
それがドサリと音を立てて地面に落下した後、小さな拍手が起きた。
「すごいな、ユアリは」
リスターが感嘆の声を洩らして鳥を手にした。
ユアリの放った矢は、胴ではなく羽を貫いている。恐らく地面に当たるまでは生きていたのだろう。
それにしても、飛んでいた高度からして、当てるだけでも大したものである。
「ユアリは、何か特別な訓練でも受けたの? それだけの腕を持った人は、お城の兵士にもいないわ」
エリシアが興味深げな顔で尋ねた。
もっとも、彼女は城の兵士に知り合いなどいないので本当のところはわからないが、少なくとも彼女は5年に及ぶ旅の中で、少女ほどの技術力を持った弓使いを見たことがなかった。
ユアリは短い青色の髪を指でいじりながら、恥ずかしそうに答えた。
「別に訓練は受けてないですけれど……なぜかわかるんです。ここに射れば当たるって言うのが、こう、脳裏に閃くって言うか」
「それはある意味、特別な能力だな。俺の周りにはそういう奴が集まるのか?」
リスターがちらりとエリシアを見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「魔法使いのあなたに言われたくはないわ」
「俺はお前たちみたいな奴よりも、魔法使いの方が多いと思うぞ?」
リスターが負けじと言い返す。
ユアリが笑いながらエリシアの援護に回った。
「わかりませんよ? 案外人は誰しも一つずつ、必ず何かすごい能力を持っているかも知れません」
なるほど有り得る話だと、リスターは納得げな顔で頷いた。
「それで、例えばどんな能力だ?」
「た、例えばって言われると……」
ユアリは困ったような顔をしてから、開き直ったように答えた。
「どこでも寝れるとか、10分以上水に潜っていられるとか、指が7本あるとか」
「初めのが一番有り得そうだけど、真ん中のくらいが一番現実的でインパクトがあるわね」
「セフィンなんていう遥か昔の幽霊みたいな王女も出てくるし、俺はこのまま旅を続けていれば、どんどんそういう奴に会える気がする。第六感か?」
おどけて言うと、ユアリが笑った。
「それがリスターさんの能力かも知れませんね!」
「ものすごく経験に裏付けられた、単なる予想でしかない気もするけど」
「もう、エリシアさん。そんなことはみんなわかってるんですから、言いっこなしですよ」
ユアリが明るい声を出して、つられるように二人が笑った。
あれから三人はイェスダンを出て、首都ライザレスに向かって歩いている。
目的はセフィンを見つけるためだったが、宛てがなかったので、リスターが「とりあえず首都へ行こう」と提案したのだ。
エリシアとユアリがそれに反対する理由はなかった。
ルシアに関して、エリシアは悲観していなかった。
イェスダンでリスターから彼女の話を聞かされ、信用することにしたのだ。
確かにセフィンは戦争において多くの人間を殺したが、それは時代が彼女にそうさせたのであって、彼女がそうしたかったわけではない。
ティランの前で見せた悲しげな顔が、エリシアには忘れられなかった。
もちろん、ルシアでは見せることのない大人びた顔だったから、その違和感のせいで印象に残っているだけかも知れない。
それでも、彼女が一瞬の迷いもなくティランの誘いを断ったのには好感が持てる。彼女ならきっとルシアを無事に返してくれるだろう。
そう思えたのだ。
ユアリはというと、セフィンの話を聞かされ、エリシアが彼女を信じることにした時点で旅の目的がなくなってしまったのは否めない。
ティランには他にも仲間がいるように思われるが、少なくとも父と兄の仇は討った。故郷には婚約者もいるし、状況が大幅に変わった今、危険を伴う旅に出ることをシュナルも反対した。
けれど、結局ユアリは周囲の反対を押し切ってリスターたちについていくことを決意した。
突然父と兄を失い、自分と人生というものを見つめ直したかったというのもある。
それに、世界は広いというのに、狭いイェスダンの街で一生を送るのも嫌だった。
旅に出たいという欲求は前々からあったのだ。ルシアと出会い、楽しそうに旅の思い出を語ってくれた彼女を見て、その思いは一層強いものに変わった。
後は、一度関わった者として、せめてルシアがその身体を取り戻す瞬間を見届けたいというのも挙げたが、それは単にシュナルを納得させる理由が欲しかっただけかも知れない。
結局は好奇心だった。
エリシアは今度は反対しなかった。ルシアの抜けた今、彼女のような明るい人間は欲しかったし、腕前的には妹より役に立つのは明白だった。
ティランを討ち、これから魔法使いを相手にしなければならない可能性もでてきた今、強い人間はいくらいても余ることはない。
シュナルもまた、必ず彼女を無事に返すという約束の元で承諾した。
彼としてもユアリの父と兄が殺された衝撃は強く、少し心を落ち着ける時間が欲しかったし、突然のことに少女を迎える準備がまるでできていなかった。
「旅から戻るまでには式の準備をしておくよ」
そう言って笑ったシュナルに、ユアリは真っ赤になって頷いた。
幸せそうな二人にやや嫉妬気味のエリシアの横で、リスターは必ずユアリを無事に村に届けると誓った。
この旅はまず間違いなく魔法使いを相手にしなければならないものになる。
最悪の場合は、王国すら敵に回すかも知れない。
彼の「第六感」は、セフィンの名前が出た頃から警鐘を鳴らし続けている。
それは、エリシアの言うところの「経験に裏付けられた予想」だったが、リスターは外れることを願っていた。
ユアリには、旅の楽しいところだけを教えられればと思う。彼女はこの先ずっと旅を続けていく姉妹とは違うのだから、何も苦しみを知り、それを乗り越えていく必要はない。
焚いた火を取り囲み、そんなことを考えながら、リスターがじっとユアリを見つめていると、不意にエリシアがからかうような声で言った。
「ダメよ、リスター。彼女にはもう婚約者がいるんだから」
「なっ! ち、違うぞ! 俺はそういうつもりじゃ……」
慌てて手を振り、もう一度ユアリを見ると、少女は焼いた鳥肉を手で持ったまま、恥ずかしそうに俯いていた。
そしてわざとらしくちらりとリスターに視線を送り、慌ててそれを逸らす。
リスターは絶叫した。
「ち、違うんだ、ユアリ。信じてくれ!」
「わ、わかってますよ、リスターさん」
あまりにもリスターが大慌てするので、ユアリはなんだか申し訳なく思って苦笑いした。
リスターは浮かしかけた腰を下ろし、大袈裟に息を吐いた。
「はぁ、よかった」
二人が楽しそうに笑った。
そう。こういう一つ一つの小さくて何事もない、楽しい瞬間を積み重ねていけばいい。
リスターは内心でそんなことを思いながら、何度か納得するように頷いた。
しかし、彼の第六感は、エリシアが「彼の決定は過去一度として誤ったことがない」と断言するほど正確だったのだ。
「!?」
不意に表情を険しくして道の先を睨みつけたエリシアに、リスターはあきらめたような顔で溜め息を吐いた。
どうやらそういう運命なのだろう。
「どうかしたんですか?」
声をかけた当の本人は、期待半分と言った顔をしている。
エリシアは道から視線を逸らせ、複雑な顔で頬を膨らませた。
「悲鳴のようなものが聞こえた気がして……。風が悲しみを運んでくる……」
「なんだか詩的ですね!」
まだエリシアの能力を詳しくわかっていないユアリが、拳を握って瞳を輝かせた。
エリシアは困ったように微笑んだ。
リスターはそんな二人を横目に、静かに道の先を見つめた。
闇に閉ざされた向こうには地平線しか見えないが、アルボイという小さな町があることを知っている。
「避けて通れる場所じゃないな。それに、俺たちの商売は元々事件歓迎のはずだ」
自分を納得させるようにそう呟いたリスターに、エリシアは静かに頷いた。
彼の決定が誤ることはない。
今度も、そしてルシアもきっと大丈夫だろう。
薪の爆ぜる音を聞きながら、エリシアはじっと彼の横顔を見つめていた。
その光は正確に一羽の鳥を射抜き、遥か上空から狩られた鳥が落下してくる。
それがドサリと音を立てて地面に落下した後、小さな拍手が起きた。
「すごいな、ユアリは」
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ユアリの放った矢は、胴ではなく羽を貫いている。恐らく地面に当たるまでは生きていたのだろう。
それにしても、飛んでいた高度からして、当てるだけでも大したものである。
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ユアリは短い青色の髪を指でいじりながら、恥ずかしそうに答えた。
「別に訓練は受けてないですけれど……なぜかわかるんです。ここに射れば当たるって言うのが、こう、脳裏に閃くって言うか」
「それはある意味、特別な能力だな。俺の周りにはそういう奴が集まるのか?」
リスターがちらりとエリシアを見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「魔法使いのあなたに言われたくはないわ」
「俺はお前たちみたいな奴よりも、魔法使いの方が多いと思うぞ?」
リスターが負けじと言い返す。
ユアリが笑いながらエリシアの援護に回った。
「わかりませんよ? 案外人は誰しも一つずつ、必ず何かすごい能力を持っているかも知れません」
なるほど有り得る話だと、リスターは納得げな顔で頷いた。
「それで、例えばどんな能力だ?」
「た、例えばって言われると……」
ユアリは困ったような顔をしてから、開き直ったように答えた。
「どこでも寝れるとか、10分以上水に潜っていられるとか、指が7本あるとか」
「初めのが一番有り得そうだけど、真ん中のくらいが一番現実的でインパクトがあるわね」
「セフィンなんていう遥か昔の幽霊みたいな王女も出てくるし、俺はこのまま旅を続けていれば、どんどんそういう奴に会える気がする。第六感か?」
おどけて言うと、ユアリが笑った。
「それがリスターさんの能力かも知れませんね!」
「ものすごく経験に裏付けられた、単なる予想でしかない気もするけど」
「もう、エリシアさん。そんなことはみんなわかってるんですから、言いっこなしですよ」
ユアリが明るい声を出して、つられるように二人が笑った。
あれから三人はイェスダンを出て、首都ライザレスに向かって歩いている。
目的はセフィンを見つけるためだったが、宛てがなかったので、リスターが「とりあえず首都へ行こう」と提案したのだ。
エリシアとユアリがそれに反対する理由はなかった。
ルシアに関して、エリシアは悲観していなかった。
イェスダンでリスターから彼女の話を聞かされ、信用することにしたのだ。
確かにセフィンは戦争において多くの人間を殺したが、それは時代が彼女にそうさせたのであって、彼女がそうしたかったわけではない。
ティランの前で見せた悲しげな顔が、エリシアには忘れられなかった。
もちろん、ルシアでは見せることのない大人びた顔だったから、その違和感のせいで印象に残っているだけかも知れない。
それでも、彼女が一瞬の迷いもなくティランの誘いを断ったのには好感が持てる。彼女ならきっとルシアを無事に返してくれるだろう。
そう思えたのだ。
ユアリはというと、セフィンの話を聞かされ、エリシアが彼女を信じることにした時点で旅の目的がなくなってしまったのは否めない。
ティランには他にも仲間がいるように思われるが、少なくとも父と兄の仇は討った。故郷には婚約者もいるし、状況が大幅に変わった今、危険を伴う旅に出ることをシュナルも反対した。
けれど、結局ユアリは周囲の反対を押し切ってリスターたちについていくことを決意した。
突然父と兄を失い、自分と人生というものを見つめ直したかったというのもある。
それに、世界は広いというのに、狭いイェスダンの街で一生を送るのも嫌だった。
旅に出たいという欲求は前々からあったのだ。ルシアと出会い、楽しそうに旅の思い出を語ってくれた彼女を見て、その思いは一層強いものに変わった。
後は、一度関わった者として、せめてルシアがその身体を取り戻す瞬間を見届けたいというのも挙げたが、それは単にシュナルを納得させる理由が欲しかっただけかも知れない。
結局は好奇心だった。
エリシアは今度は反対しなかった。ルシアの抜けた今、彼女のような明るい人間は欲しかったし、腕前的には妹より役に立つのは明白だった。
ティランを討ち、これから魔法使いを相手にしなければならない可能性もでてきた今、強い人間はいくらいても余ることはない。
シュナルもまた、必ず彼女を無事に返すという約束の元で承諾した。
彼としてもユアリの父と兄が殺された衝撃は強く、少し心を落ち着ける時間が欲しかったし、突然のことに少女を迎える準備がまるでできていなかった。
「旅から戻るまでには式の準備をしておくよ」
そう言って笑ったシュナルに、ユアリは真っ赤になって頷いた。
幸せそうな二人にやや嫉妬気味のエリシアの横で、リスターは必ずユアリを無事に村に届けると誓った。
この旅はまず間違いなく魔法使いを相手にしなければならないものになる。
最悪の場合は、王国すら敵に回すかも知れない。
彼の「第六感」は、セフィンの名前が出た頃から警鐘を鳴らし続けている。
それは、エリシアの言うところの「経験に裏付けられた予想」だったが、リスターは外れることを願っていた。
ユアリには、旅の楽しいところだけを教えられればと思う。彼女はこの先ずっと旅を続けていく姉妹とは違うのだから、何も苦しみを知り、それを乗り越えていく必要はない。
焚いた火を取り囲み、そんなことを考えながら、リスターがじっとユアリを見つめていると、不意にエリシアがからかうような声で言った。
「ダメよ、リスター。彼女にはもう婚約者がいるんだから」
「なっ! ち、違うぞ! 俺はそういうつもりじゃ……」
慌てて手を振り、もう一度ユアリを見ると、少女は焼いた鳥肉を手で持ったまま、恥ずかしそうに俯いていた。
そしてわざとらしくちらりとリスターに視線を送り、慌ててそれを逸らす。
リスターは絶叫した。
「ち、違うんだ、ユアリ。信じてくれ!」
「わ、わかってますよ、リスターさん」
あまりにもリスターが大慌てするので、ユアリはなんだか申し訳なく思って苦笑いした。
リスターは浮かしかけた腰を下ろし、大袈裟に息を吐いた。
「はぁ、よかった」
二人が楽しそうに笑った。
そう。こういう一つ一つの小さくて何事もない、楽しい瞬間を積み重ねていけばいい。
リスターは内心でそんなことを思いながら、何度か納得するように頷いた。
しかし、彼の第六感は、エリシアが「彼の決定は過去一度として誤ったことがない」と断言するほど正確だったのだ。
「!?」
不意に表情を険しくして道の先を睨みつけたエリシアに、リスターはあきらめたような顔で溜め息を吐いた。
どうやらそういう運命なのだろう。
「どうかしたんですか?」
声をかけた当の本人は、期待半分と言った顔をしている。
エリシアは道から視線を逸らせ、複雑な顔で頬を膨らませた。
「悲鳴のようなものが聞こえた気がして……。風が悲しみを運んでくる……」
「なんだか詩的ですね!」
まだエリシアの能力を詳しくわかっていないユアリが、拳を握って瞳を輝かせた。
エリシアは困ったように微笑んだ。
リスターはそんな二人を横目に、静かに道の先を見つめた。
闇に閉ざされた向こうには地平線しか見えないが、アルボイという小さな町があることを知っている。
「避けて通れる場所じゃないな。それに、俺たちの商売は元々事件歓迎のはずだ」
自分を納得させるようにそう呟いたリスターに、エリシアは静かに頷いた。
彼の決定が誤ることはない。
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