16 / 57
第2章
2-2
しおりを挟む
食事を摂り、風呂から戻ると、ルシアは剣を放り投げてベッドに倒れ込んだ。
食事は美味い魚料理が山のように出たが、金はほとんど取られていない。ルシアはご満悦だった。
《ルシアさん、すごく幸せそうです》
やはり他人の喜ぶ顔を見るのが好きなのだろう。セフィンが嬉しそうに声を上げた。
ルシアは上機嫌だったので、またもや確執を忘れて笑った。
(あたし、美味しいもん食べてると、生まれてきて良かったって思うんだ。今日はもうこのまま寝たい)
少女の言葉に、王女の顔に陰りが帯びた。
《それは、羨ましいですね》
(何が?)
別に意識したわけではないが、大した話ではないと思って軽い口調で聞き返した。
セフィンはルシアを心配させないように、明るい声で言った。
《生まれてきて良かったなんて、私は一度も思ったことがないから》
(…………)
横っ面を引っ叩かれたような衝撃を受けた。
けれど、彼女の言葉を皮肉に取らなかったのは、誰もが認めるルシアの長所だろう。
少女は何と言ってよいかわからず、話を変えるように言った。
(魚、美味かったな)
《え、ええ……》
ルシアの対応が良かったのか悪かったのかはわからない。セフィンは本当は突っ込んで聞いて欲しかったのかも知れないが、彼女は自分の話をやめてルシアの問いかけに答えてきた。
《実は私、海を見たのも初めてで……。料理もとても美味しかったです》
ルシアはまるで自分が誉められたように、満足げに頷いた。
(海でしか食えないのが残念だな。魚は鮮度が命。どうしても場所を選ぶんだよなー)
ベッドの上でごろりと寝転がり、枕を抱きしめて顔を埋めた。猛烈な眠気が襲ってくる。
《魔法を使えば、鮮度を保ったまま陸に運ぶのも可能でしょう》
セフィンが真面目な口調でそう言った。
魔法という言葉の響きに、ルシアがむっとなって言い返す。
(残念は残念だけど、あたしはもしも陸で魚が出てきても食べる気がしない。だって、それは不自然だろう)
《それは魔法が当たり前に使われてないからです。当たり前になれば不自然だなんて思わないはずです》
柔らかな口調でセフィンが反論した。こういう喋り方は少し姉に似ている。
ルシアが何も言えずにいると、セフィンは母親のように穏やかに笑った。
《木こりが木を切り、大工が家を建てる。みんなそれぞれ、自分にできることをして生きています。あなたもそうでしょ? 魔法使いも同じ。魔法にできることはたくさんあります。魔法使いが魔力を持たない人の替わりとなって何かをして生計を立てる。ずっと昔、私が生まれるよりも遥か昔は、それが当たり前だったのです……》
ルシアは、言葉を選びながら静かに尋ねた。
(そういう国を再起するのが、お前の目的なのか……?)
それは気の遠くなる作業だと、ルシアは思った。達成されるのを待っていては、生涯身体を取り戻すのは無理だろう。
けれど、セフィンは小さく笑って首を振った。
《あなた一人の魔法嫌いを直すのさえ難しいのに、私にそんなことができるはずないでしょう》
自嘲はしていない。
恐らくルシアの言ったことなど微塵も考えてなかったから、少女の発想が面白かったのだろう。
そういえばセフィンは、ティランの誘いを迷いもせずに断った。どういう気持ちであの魔法使いを見ていたのだろうか。
ルシアは尋ねようと思って、やめた。
どうせ尋ねても答えてはもらえないだろう。結局セフィンの目的もまだ教えてもらっていない。
ルシアは目を閉じて心を落ち着けた。
(もう寝よう、セフィン。おやすみ……)
呟くと、ルシアは睡魔に急襲された。意識が闇に閉ざされる。
《おやすみなさい、ルシアさん》
セフィンはもう少し寝るための仕度をしたいようで身体を起こしたが、ルシアはすでに眠っていた。
なるほどそういうこともできるのかと、ルシアは起きてから思った。自分の意識はまったく独立して存在しているらしい。
朝、窓から入り込む朝陽を浴びながらそう話すと、セフィンはまったく他人事のように「良かったですね」と笑った。
(一体誰のせいでこうなってると思ってるんだ!?)
ルシアは思わず声を張り上げたが、不思議と腹は立たなかった。
セフィンはやはり穏やかに微笑んでいた。
食事は美味い魚料理が山のように出たが、金はほとんど取られていない。ルシアはご満悦だった。
《ルシアさん、すごく幸せそうです》
やはり他人の喜ぶ顔を見るのが好きなのだろう。セフィンが嬉しそうに声を上げた。
ルシアは上機嫌だったので、またもや確執を忘れて笑った。
(あたし、美味しいもん食べてると、生まれてきて良かったって思うんだ。今日はもうこのまま寝たい)
少女の言葉に、王女の顔に陰りが帯びた。
《それは、羨ましいですね》
(何が?)
別に意識したわけではないが、大した話ではないと思って軽い口調で聞き返した。
セフィンはルシアを心配させないように、明るい声で言った。
《生まれてきて良かったなんて、私は一度も思ったことがないから》
(…………)
横っ面を引っ叩かれたような衝撃を受けた。
けれど、彼女の言葉を皮肉に取らなかったのは、誰もが認めるルシアの長所だろう。
少女は何と言ってよいかわからず、話を変えるように言った。
(魚、美味かったな)
《え、ええ……》
ルシアの対応が良かったのか悪かったのかはわからない。セフィンは本当は突っ込んで聞いて欲しかったのかも知れないが、彼女は自分の話をやめてルシアの問いかけに答えてきた。
《実は私、海を見たのも初めてで……。料理もとても美味しかったです》
ルシアはまるで自分が誉められたように、満足げに頷いた。
(海でしか食えないのが残念だな。魚は鮮度が命。どうしても場所を選ぶんだよなー)
ベッドの上でごろりと寝転がり、枕を抱きしめて顔を埋めた。猛烈な眠気が襲ってくる。
《魔法を使えば、鮮度を保ったまま陸に運ぶのも可能でしょう》
セフィンが真面目な口調でそう言った。
魔法という言葉の響きに、ルシアがむっとなって言い返す。
(残念は残念だけど、あたしはもしも陸で魚が出てきても食べる気がしない。だって、それは不自然だろう)
《それは魔法が当たり前に使われてないからです。当たり前になれば不自然だなんて思わないはずです》
柔らかな口調でセフィンが反論した。こういう喋り方は少し姉に似ている。
ルシアが何も言えずにいると、セフィンは母親のように穏やかに笑った。
《木こりが木を切り、大工が家を建てる。みんなそれぞれ、自分にできることをして生きています。あなたもそうでしょ? 魔法使いも同じ。魔法にできることはたくさんあります。魔法使いが魔力を持たない人の替わりとなって何かをして生計を立てる。ずっと昔、私が生まれるよりも遥か昔は、それが当たり前だったのです……》
ルシアは、言葉を選びながら静かに尋ねた。
(そういう国を再起するのが、お前の目的なのか……?)
それは気の遠くなる作業だと、ルシアは思った。達成されるのを待っていては、生涯身体を取り戻すのは無理だろう。
けれど、セフィンは小さく笑って首を振った。
《あなた一人の魔法嫌いを直すのさえ難しいのに、私にそんなことができるはずないでしょう》
自嘲はしていない。
恐らくルシアの言ったことなど微塵も考えてなかったから、少女の発想が面白かったのだろう。
そういえばセフィンは、ティランの誘いを迷いもせずに断った。どういう気持ちであの魔法使いを見ていたのだろうか。
ルシアは尋ねようと思って、やめた。
どうせ尋ねても答えてはもらえないだろう。結局セフィンの目的もまだ教えてもらっていない。
ルシアは目を閉じて心を落ち着けた。
(もう寝よう、セフィン。おやすみ……)
呟くと、ルシアは睡魔に急襲された。意識が闇に閉ざされる。
《おやすみなさい、ルシアさん》
セフィンはもう少し寝るための仕度をしたいようで身体を起こしたが、ルシアはすでに眠っていた。
なるほどそういうこともできるのかと、ルシアは起きてから思った。自分の意識はまったく独立して存在しているらしい。
朝、窓から入り込む朝陽を浴びながらそう話すと、セフィンはまったく他人事のように「良かったですね」と笑った。
(一体誰のせいでこうなってると思ってるんだ!?)
ルシアは思わず声を張り上げたが、不思議と腹は立たなかった。
セフィンはやはり穏やかに微笑んでいた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
処刑された王女は隣国に転生して聖女となる
空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる
生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。
しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。
同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。
「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」
しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。
「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」
これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
私は婚約破棄を回避するため王家直属「マルサ」を作って王国財政を握ることにしました
中七七三
ファンタジー
王立貴族学校卒業の年の夏――
私は自分が転生者であることに気づいた、というか思い出した。
王子と婚約している公爵令嬢であり、ご他聞に漏れず「悪役令嬢」というやつだった
このまま行くと卒業パーティで婚約破棄され破滅する。
私はそれを回避するため、王国の財政を握ることにした。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる