五宝剣物語

水原渉

文字の大きさ
上 下
13 / 57
第1章

1-13

しおりを挟む
 ティランとリスターの魔力はほぼ互角だったが、体力的にリスターは彼女を追い詰めていた。
 もっとも、ルシアのことで焦っている分、精神的な余裕はなかったし、エリシアをかばってもいたので、戦況はほぼ互角と見ていい。
「お前は……何故これだけの魔力を持ちながら、普通の人間と一緒にいるんだ……?」
 肩で息をしながら、ティランが問いかけた。
 リスターは心底意味がわからないという顔で言った。
「俺は魔法が使えるというだけの普通の人間だ。お前こそ、魔法が使えるからといって、なんで特別なことをしようとする? 自分が特別だと考える?」
 興味はあったが、あまり答えは求めてなかった。いや、それより一刻も早くルシアを助けたかった。
 けれど、もう遅いかもしれない。ルシアは先ほどから宙を見つめたまま動かないし、魔法陣が簡単に壊せないのは実証済みだ。正攻法での解除をすれば、1時間以上は時間がかかる。
 リスターは内心で舌打ちをした。
「王国は魔法使いを未だに根絶しようとしている。つまりそれだけで、私たちはここでは普通の人間ではない。お前はそんな状況に何故甘んじる?」
 リスターはその質問には答えずに、逆に聞き返した。
「つまり、お前たちの目的は魔法使いも住める国づくりか? それとも、魔法使いが支配する国づくりか? いずれにせよ、また戦争を起こすのだろう。それでは80年前と同じだ」
「お前は王国を支持するのか? 魔法使いを忌み嫌い、騙し、挙げ句は魔法使い狩りなどと言って、魔法使いでない者まで殺した。こんな王国などなくなるべきだ」
「俺は王国支持者じゃないが、戦争は反対だ。確かにこの国では魔法使いは生きながらにして罪人だが、生き方一つでどうにでもなるだろう。今は魔法使い狩りなど行われていない。要は使わなければいいんだよ、魔法を!」
 事実、リスターはそのように生きてきたし、それで不自由したことはなかった。
 けれど、ティランはそうではなかった。
「何故だ? 何故使えるものを使ってはいけない? 我慢しなくてはいけない時点でおかしい」
「普通の人間には魔法は使えないんだ」
「違う! 元々人間には二種類あり、どっちが普通というわけではなかった」
「その秩序を初めに乱したのは魔法使いだ」
「先祖の過ちから生じた罪を、私たちが背負わなくてはならないのか?」
「同じ過ちを繰り返す可能性がある者は淘汰される。それは仕方のないことだろう。それに、なんだかんだ言いながら、お前たちのしようとしていることは過去の繰り返しじゃないか。お前たちみたいなのがいるから、いつまで経っても魔法使いは恐れられるんだ」
 リスターは吐き捨てたが、ティランはあくまで食い下がった。
「順序が逆だ。いつまで経っても魔法使いが淘汰されるから、私たちは行動を起こすんだ」
 リスターは深く溜め息を吐いた。ここまで凝り固まった考えを正すことなど無理だ。少なくともここでのわずかな話し合いでは。
 もはや話し合いは無駄だと悟り、リスターは手をかざした。
 その時だった。
 ルシアがすくりと立ち上がり、同時に魔法陣の光が音もなく消えた。
「ルシアっ!」
 エリシアが今にも飛び出して行きそうな勢いで叫ぶ。
「セフィン王女?」
 ティランの言葉に、リスターはやにわに顔を曇らせた。
「セフィン……魔法王国の第二王女か……」
 苦渋に満ちた声で呻いたが、それを聞いていた者はなかった。
 ルシアは、いや、ルシアの姿をしたセフィンは一度辺りを見回すと、ゆるやかな動作でティランの前に立った。
「あなたが、私を助けてくださったのですか?」
「ルシアーーっ!」
 エリシアが絶叫して駆け出した。その手をリスターが取る。
 セフィンはそんなエリシアに優しい眼差しを向けた。
「ルシアさんは大丈夫ですから、そんな顔をしないでください」
「えっ……?」
 エリシアだけでなく、リスターも、そしてティランさえも呆然となった。
 セフィンはルシアの声で笑った。
「ただ、少しだけ身体を貸してください」
「ルシアを……どうするの?」
「別にどうもしません。私はルシアさんには何一つ恨みがありませんから、用が済めば彼女は必ずお返しします」
「そ、そんなこと……」
 何か言いかけたエリシアを、リスターが制した。
「セフィン。お前の目的は何だ?」
「目的も何も、私は望んでここに来たわけではないですから……」
「でも、したいことがあるんだろ?」
「…………」
 セフィンは複雑な表情で俯いた。
 彼女が答えるより先に、ティランが口を開いた。
「セフィン王女。今この世界では魔法使いがひどい扱いを受けています」
「知っています。すべて、見ていましたから……」
「それなら話が早い。どうか、手伝ってはもらえませんか?」
 真っ直ぐなティランの表情に、しかしセフィンは首を振った。
「ごめんなさい。私はもう、戦いたくない……」
 元々、セフィンは戦いを好む性格ではなかった。
 それは70年前も同じだ。ただ、たまたま戦争の時代に、中心となるべく王女として生まれてしまっただけなのだ。
 ティランは仕方なさそうに頷いてから、ローブの中に手を入れて、一本の剣を取り出した。
「そ、それは……」
 セフィンが怯えた顔つきになり、一歩後ずさった。
 ティランは安心させるように穏やかな口調で言った。
「『黄宝剣』です。私たちを討った剣ですが、元々仲間が騙されて作らされたもの。今は私たちの味方です」
 セフィンは意を決したようにその剣を受け取ると、事も無げにルシアの剣を外して付け替えた。恐らくルシアとしての身体がその方法を覚えていたのだろう。セフィンが剣の佩き方を知っているとは思えない。
「ありがとう。きっと役に立つと思います」
 セフィンは小さく頭を下げると、ふわっと空に舞い上がった。ルシアには魔力がないので、セフィンの力だろう。
「ルシアっ!」
 エリシアが叫ぶ。
 その隣でリスターが低い声で言った。
「セフィン。もし良かったら俺たちと来ないか? 俺たちもお前の『用』を手伝ってやる」
「何をバカなっ!」
 ティランが叫んだが、リスターは無視した。
 セフィンが直接人間に対して害を及ぼすことがないとわかった今、下手に一人で行かせるよりは手元に置いておいた方が安全だ。
 たとえ人に危害を加えなくても、ルシアの身体で好き勝手されては、身体を返してもらってから困る。
 リスターはそう考えたのだが、セフィンは小さく首を振った。
「ごめんなさい」
「ルシアっ!」
 そっとエリシアの肩に手を置いて、リスターは首を振った。
「信じるしかない。今は彼女が用を済ませてその気になるまで、黙って見守るしか」
「う……うぅ……」
 エリシアは膝を折って顔を覆った。
 セフィンはそんなエリシアに申し訳なさそうに頭を下げると、さらに空高く舞い上がった。
 遠くへ飛んでいってしまうルシアの姿を、二人はただ見送るしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル

ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。 しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。 甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。 2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...