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第1章
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刺すような気配を察知して、エリシアはベッドから飛び起きた。
まず隣のベッドを確認すると、ルシアが気持ち良さそうに眠っていた。
妹だけあって気配には敏感な方だが、エリシアほどではない。となれば、気配の正体はまだ随分遠くにいるはずだ。
正直この能力のために自分だけが眠れない思いをしたり、ひどく気疲れすることもあるが、かなり早い段階で危険を察知できるおかげで何度も危機を脱している。
エリシアは今回も自分の能力に感謝しながら、ベッドを抜け出してカーテンを開けた。
まだ夜中だ。町は静まり返っている。
「ルシア、起きて!」
日頃から危険と隣り合わせにある生活をしているせいだろう。ルシアはパチッと目を開けるや否や、素早く身を翻して剣を取った。
「どうしたんだ? 姉貴」
「すごい魔力が来るわ。恐らくユアリを取り戻しに来たんでしょうね」
「魔法使いか……」
苦々しげに顔を歪めて、ルシアは舌打ちをした。
エリシアは指で真っ直ぐドアを差すと、怒鳴るように言った。
「あなたはユアリたちを起こして外に出て! 私もリスターを呼んですぐに行く」
「わかった!」
妹は日頃の口数の多さが嘘のように、無駄口一つ叩かずに通路に飛び出した。
エリシアもすぐにそれに続く。
一刻も早くリスターを起こして状況を伝えること。それが、直接的な戦闘能力をまるで持ち合わせていない自分に出来る唯一の対抗手段であり、三人の中での役割だった。
「リスター、起きて! 魔法使いが来るわ!」
ドアを叩きながら怒鳴ると、恐らくすでに起きていたのだろう。中からすっかり武装を完了したリスターが飛び出してきた。
「ルシアは?」
階下への階段を駆け下りながらリスターが尋ねる。
「先に外に行ってもらってるわ」
「わかった。外に出たらエリシアはシュナルと一緒に下がってくれ。決して彼を前に出させないように」
シュナルとはユアリの幼なじみのことである。今日は親兄弟を亡くした少女が寂しがらないようにと、彼女の部屋に泊まっている。
「わかったわ」
エリシアが頷いたのを確認して、リスターは外に出た。
町はまだ静まり返っていたが、向かってくる魔力はすでにリスターにも感じ取れるほどになっていた。
ルシアはすでに臨戦体勢に入っており、剣を抜いて構えていた。
シュナルは自分が役に立たないことを理解しているらしく、家に近い場所にいる。ユアリの姿はない。
「ルシア。ユアリはどうした?」
少女の隣に立ち、剣を抜き放ってリスターは尋ねた。
部屋の中に置いてきたのだろうか。だとしたら、魔法使いは彼女だけを狙うかもしれない。余計に危険だ。
ルシアはちらりとリスターを見たが、質問には答えなかった。
リスターは一瞬怪訝な顔をしたが、それ以上聞き返すことはしなかった。ルシアが彼を信頼するのと同じように、リスターもまた少女を信頼していたのだ。
やがて、ふっと月の光が遮られ、見上げるとそこに二人の男女が浮かんでいた。二人とも紺のローブに身を包んでおり、辛うじて性別が判別できるだけで、歳まではわからない。
「魔法使いっ!」
忌々しそうにルシアが叫び、剣を持つ手に力を込めた。
人間が空に浮かんでいるというだけで、魔法に不慣れな者には十分不気味に写る。
「降りて来い! 卑怯だぞ!」
剣をぶんぶんと振り回して、ルシアが叫んだ。
そんなルシアになどまるで関心なさそうに、魔法使いの男が呟いた。
「ふむ。入れ物にした女がいないようだが……」
「そんなんどうだっていいだろ? 降りてきてあたしと戦え!」
「やかましい娘だ」
わずかに語調を強めて、男がすっとルシアの方に手を突き出した。刹那、その指先から電撃のような光が真っ直ぐルシアに向かって迸る。
「くっ!」
素早く身を翻してなければ、今ごろ黒焦げになっていたかも知れない。
先ほどまでルシアのいた地面から煙が立ち上った。
「わかったか、娘。私たちはお前など、いつだって殺すことができる。命が惜しければ黙っていろ」
悠然と笑う男を睨み付け、ルシアは歯軋りした。悔しいが大地から足を離せない自分には何もできない。
ルシアが黙ったのを見て男が言った。
「まあ、入れ物のことはいい。それより気になるのは、あの結界を解除した者だ。あれは普通の人間には解除できまい」
「あんなものは、手順さえわかっていれば解除できる。魔法陣の原理を知っていればな」
一歩足を踏み出して、リスターが答えた。
「お前か……」
すっと男の目が細くなる。
「どこでその原理を学んだ? 今の王国に、魔法を教える者など誰もないだろう」
「本気で知ろうと思えば、その方法はいくらでもあるってことだ。お前の常識で他人を測るな」
「生意気な男だ……」
先ほどと同じように、男が苛立たしげに手を突き出した。
「お前、案外短気だな」
「黙れ!」
怒鳴り声とともに閃光が迸る。リスターはそれを避けようとせず、にやりと笑うと剣で弾き飛ばした。
「何っ!?」
男の顔が驚愕に歪んだ。
リスターは油断なく構えたまま、背後で息を呑んだ剣士の少女に小声で言った。
「お前にはできないから、真似するなよ」
「あ、うん……」
釈然としないような声が返ってきて、リスターは不敵に笑った。
「さて、お前さんたち、あんな若い娘を入れ物にして、一体何を呼び出すつもりだ?」
リスターは気を吐くように力強く尋ねたが、魔法使いはまるで動じることなくそれを無視した。
「お前、魔法使いか?」
口を開いたのは女の方だった。声の感じからするとまだ20歳を少し過ぎたくらいだろうか。
ルシアが驚いたように仲間の青年を見たが、リスターは小さく笑い声を上げて肩をすくめた。
「魔法陣の原理を知っていて、へぼい魔法を一つ弾き返しただけで魔法使いか。なら世の中魔法使いだらけだな」
「な、なんだと!?」
男が怒りを露にして真っ直ぐリスターを向き直った。
「面白い。そこまで言うならこれも受け止めて見せろ!」
言うなり、彼は両手を上に掲げて、目を閉じて何かを詠唱し始めた。
しかし、彼はその魔法を完成させることができなかった。
「死ね、魔法使い!」
「何っ!?」
突然響き渡った若い娘の声に、驚いて振り向いた男の眉間を、真っ直ぐ光の筋が貫いた。
まず隣のベッドを確認すると、ルシアが気持ち良さそうに眠っていた。
妹だけあって気配には敏感な方だが、エリシアほどではない。となれば、気配の正体はまだ随分遠くにいるはずだ。
正直この能力のために自分だけが眠れない思いをしたり、ひどく気疲れすることもあるが、かなり早い段階で危険を察知できるおかげで何度も危機を脱している。
エリシアは今回も自分の能力に感謝しながら、ベッドを抜け出してカーテンを開けた。
まだ夜中だ。町は静まり返っている。
「ルシア、起きて!」
日頃から危険と隣り合わせにある生活をしているせいだろう。ルシアはパチッと目を開けるや否や、素早く身を翻して剣を取った。
「どうしたんだ? 姉貴」
「すごい魔力が来るわ。恐らくユアリを取り戻しに来たんでしょうね」
「魔法使いか……」
苦々しげに顔を歪めて、ルシアは舌打ちをした。
エリシアは指で真っ直ぐドアを差すと、怒鳴るように言った。
「あなたはユアリたちを起こして外に出て! 私もリスターを呼んですぐに行く」
「わかった!」
妹は日頃の口数の多さが嘘のように、無駄口一つ叩かずに通路に飛び出した。
エリシアもすぐにそれに続く。
一刻も早くリスターを起こして状況を伝えること。それが、直接的な戦闘能力をまるで持ち合わせていない自分に出来る唯一の対抗手段であり、三人の中での役割だった。
「リスター、起きて! 魔法使いが来るわ!」
ドアを叩きながら怒鳴ると、恐らくすでに起きていたのだろう。中からすっかり武装を完了したリスターが飛び出してきた。
「ルシアは?」
階下への階段を駆け下りながらリスターが尋ねる。
「先に外に行ってもらってるわ」
「わかった。外に出たらエリシアはシュナルと一緒に下がってくれ。決して彼を前に出させないように」
シュナルとはユアリの幼なじみのことである。今日は親兄弟を亡くした少女が寂しがらないようにと、彼女の部屋に泊まっている。
「わかったわ」
エリシアが頷いたのを確認して、リスターは外に出た。
町はまだ静まり返っていたが、向かってくる魔力はすでにリスターにも感じ取れるほどになっていた。
ルシアはすでに臨戦体勢に入っており、剣を抜いて構えていた。
シュナルは自分が役に立たないことを理解しているらしく、家に近い場所にいる。ユアリの姿はない。
「ルシア。ユアリはどうした?」
少女の隣に立ち、剣を抜き放ってリスターは尋ねた。
部屋の中に置いてきたのだろうか。だとしたら、魔法使いは彼女だけを狙うかもしれない。余計に危険だ。
ルシアはちらりとリスターを見たが、質問には答えなかった。
リスターは一瞬怪訝な顔をしたが、それ以上聞き返すことはしなかった。ルシアが彼を信頼するのと同じように、リスターもまた少女を信頼していたのだ。
やがて、ふっと月の光が遮られ、見上げるとそこに二人の男女が浮かんでいた。二人とも紺のローブに身を包んでおり、辛うじて性別が判別できるだけで、歳まではわからない。
「魔法使いっ!」
忌々しそうにルシアが叫び、剣を持つ手に力を込めた。
人間が空に浮かんでいるというだけで、魔法に不慣れな者には十分不気味に写る。
「降りて来い! 卑怯だぞ!」
剣をぶんぶんと振り回して、ルシアが叫んだ。
そんなルシアになどまるで関心なさそうに、魔法使いの男が呟いた。
「ふむ。入れ物にした女がいないようだが……」
「そんなんどうだっていいだろ? 降りてきてあたしと戦え!」
「やかましい娘だ」
わずかに語調を強めて、男がすっとルシアの方に手を突き出した。刹那、その指先から電撃のような光が真っ直ぐルシアに向かって迸る。
「くっ!」
素早く身を翻してなければ、今ごろ黒焦げになっていたかも知れない。
先ほどまでルシアのいた地面から煙が立ち上った。
「わかったか、娘。私たちはお前など、いつだって殺すことができる。命が惜しければ黙っていろ」
悠然と笑う男を睨み付け、ルシアは歯軋りした。悔しいが大地から足を離せない自分には何もできない。
ルシアが黙ったのを見て男が言った。
「まあ、入れ物のことはいい。それより気になるのは、あの結界を解除した者だ。あれは普通の人間には解除できまい」
「あんなものは、手順さえわかっていれば解除できる。魔法陣の原理を知っていればな」
一歩足を踏み出して、リスターが答えた。
「お前か……」
すっと男の目が細くなる。
「どこでその原理を学んだ? 今の王国に、魔法を教える者など誰もないだろう」
「本気で知ろうと思えば、その方法はいくらでもあるってことだ。お前の常識で他人を測るな」
「生意気な男だ……」
先ほどと同じように、男が苛立たしげに手を突き出した。
「お前、案外短気だな」
「黙れ!」
怒鳴り声とともに閃光が迸る。リスターはそれを避けようとせず、にやりと笑うと剣で弾き飛ばした。
「何っ!?」
男の顔が驚愕に歪んだ。
リスターは油断なく構えたまま、背後で息を呑んだ剣士の少女に小声で言った。
「お前にはできないから、真似するなよ」
「あ、うん……」
釈然としないような声が返ってきて、リスターは不敵に笑った。
「さて、お前さんたち、あんな若い娘を入れ物にして、一体何を呼び出すつもりだ?」
リスターは気を吐くように力強く尋ねたが、魔法使いはまるで動じることなくそれを無視した。
「お前、魔法使いか?」
口を開いたのは女の方だった。声の感じからするとまだ20歳を少し過ぎたくらいだろうか。
ルシアが驚いたように仲間の青年を見たが、リスターは小さく笑い声を上げて肩をすくめた。
「魔法陣の原理を知っていて、へぼい魔法を一つ弾き返しただけで魔法使いか。なら世の中魔法使いだらけだな」
「な、なんだと!?」
男が怒りを露にして真っ直ぐリスターを向き直った。
「面白い。そこまで言うならこれも受け止めて見せろ!」
言うなり、彼は両手を上に掲げて、目を閉じて何かを詠唱し始めた。
しかし、彼はその魔法を完成させることができなかった。
「死ね、魔法使い!」
「何っ!?」
突然響き渡った若い娘の声に、驚いて振り向いた男の眉間を、真っ直ぐ光の筋が貫いた。
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