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第1章
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ユアリの家の庭で一心に剣を振り続けている妹を、エリシアは二階の窓からじっと見つめていた。
あの後、三人はユアリとともにイェスダンの町にやってきた。
ルシアはそのまま森へ突撃をかけたがったが、エリシアが勇気と無謀の違いを諭し、ユアリもエリシアに同意したのですんなり折れた。
ユアリはすでに母を亡くしており、父と兄を失ったことで独りになってしまった。
けれど、すでに将来を誓った幼なじみの青年がいて、彼とともに暮らすのだと恥ずかしそうに笑った。
今も階下でその青年と話し合っている。
先ほどまでエリシアもそこに混ざって話をしていたが、思いの他青年は熱血漢で、ユアリを止めて欲しいと願っていたエリシアの考えに反して、仇を討ちたいというユアリに協力すると言い出した。
もちろんそれはエリシアとリスターが止め、彼の身を案じたユアリも必死になだめた末、何とか思いとどまらせた。
女性になだめられては男としての自尊心が傷付けられたかも知れないが、武芸の心得のない者がいても足手まといにしかならない。
正直なところ、エリシアはユアリにも降りて欲しかった。
力量がわからないというのもあったが、彼女にはこれ以上憎しみの輪を広げて欲しくなかったから。
親兄弟を殺されたユアリが、仇討ちをした結果、また誰かに狙われる。
そんなことにならないために自分たちが存在するのだ。依頼という形で正義と認めた仇討ちや厄介事を引き受け、報酬として金をもらう。
けれど、今回は言い出せなかった。
理由はエリシアにも少女の気持ちがわかるから。ルシアも同じだった。
「いつか話したことがあると思うけど、私たちも両親を魔法使いに殺されたのよ……」
エリシアの小さな呟きに、部屋の中にいた長身の青年が頷いた。
「聞いた」
二人が出会ったとき、姉妹は仇討ちの旅の最中だった。3年も前の話だ。そしてそれはまだ、達成されていない。
「でもね、私はもうあまり彼らを恨んでいない。少なくとも、魔法使いだからという理由では……」
「けど、あの子はそうじゃない」
「ええ……」
一心に剣を振り続けるルシアの瞳は、まだ見ぬ仇を写している。
彼女はユアリにはもちろん、姉であるエリシアにも言わなかったが、少女の親を殺した魔法使いが、自分たちの両親を殺した者と同じである可能性すら考えているはずだ。
「あの子がどんなふうに育っていくのか、私は怖い。もちろん、父さんや母さんを殺されたことを悲しむななんて言わない。怒るなとも言わない。ただ、憎しみだけで行動して欲しくないの」
「ルシアが憎しみだけで行動しているように見えるか?」
すっとエリシアの隣に立ち、リスターはその肩に腕をかけた。
彼に寄りかかるようにしてエリシアは目を閉じ、溜め息を吐いた。
「日頃はそうじゃないわ。でも、こんなことがあるとまだ、我を忘れたようになってしまう。もし仇を討ったとしても、いつか王国が組織している『魔法使い撲滅隊』なんていう、悲しい組織に入ってしまったりしないかって……」
「エリシアは親バカだな」
リスターが笑うと、エリシアは子供のように頬を膨らませた。
「たった一人の大切な妹だもの」
「大丈夫だ。エリシアが旅の中で憎しみを捨てられたように、いつかあの子もわかる日が来るよ」
「ええ……」
再び目を開き、エリシアはリスターを見上げた。
リスターは小さく笑って、そんな彼女の唇に口づけした。こうすると気持ちが落ち着くと前に言われたことがあったが、確かに唇を離した後の彼女の表情には漲るような余裕が見て取れた。
「ねえ、リスター。今度は大丈夫なの? ユアリには悪いけれど、私は妹を危険に曝すくらいなら、首輪をつけてでも辞めさせるわ」
エリシアが顔を上げると、リスターはそっと肩から腕を離し、真顔で外の景色に目を遣った。
すでに陽が沈んだ町は、かすかな残光に照らされている。遠くには閉鎖された鉱山がかすかに見えた。
「危険は危険だろうが、その度合いは相手がわからんことには何ともなぁ……」
「呑気そうに言わないでよ。不安になるじゃない」
「そう言われても事実だから仕方ない」
ぽりぽりと頭を掻いてから、リスターはエリシアを見下ろした。
「ただ一つ言えるのは、俺たちはもう事件に巻き込まれてるってことだな」
「えっ……?」
驚いたような顔をしたエリシアに、リスターは肩をすくめて見せた。
「強力な結界の中に置いておいた入れ物が、突然なくなったんだ。何事もないとは思わないことだな。あれだけの魔法が使える奴なら、犯人探しなんか造作もない」
「……そう」
エリシアは疲れたように溜め息を吐いた。
「それなら、難しいことは考えないで、私はただあの子を守ることにだけ専念するわね」
「そうしてやってくれ」
「ええ。それにしても、とうとう貴方の勘が外れるときが来たのかしら」
いらずらっぽく笑うエリシアに、リスターは自信たっぷりに答えた。
「それは結果が見せることだ。少なくともユアリという女の子を助けられて、しかも奴らの儀式を邪魔できた分、俺の選択は正しかったと言えるだろう」
エリシアは表情から笑いを消して、再び妹を見下ろした。
「私の判断基準はね、リスター。ユアリでも世界でもなくて、ルシアただ一人なのよ……」
彼女がどんな顔をしているのか、リスターにはわからなかった。
だから、
「わかってるよ」
リスターは呟くようにそう言っただけで、それ以上何も言わなかった。
彼女の黒髪の向こうには、いつの間にか満天の星空が広がっていた。
あの後、三人はユアリとともにイェスダンの町にやってきた。
ルシアはそのまま森へ突撃をかけたがったが、エリシアが勇気と無謀の違いを諭し、ユアリもエリシアに同意したのですんなり折れた。
ユアリはすでに母を亡くしており、父と兄を失ったことで独りになってしまった。
けれど、すでに将来を誓った幼なじみの青年がいて、彼とともに暮らすのだと恥ずかしそうに笑った。
今も階下でその青年と話し合っている。
先ほどまでエリシアもそこに混ざって話をしていたが、思いの他青年は熱血漢で、ユアリを止めて欲しいと願っていたエリシアの考えに反して、仇を討ちたいというユアリに協力すると言い出した。
もちろんそれはエリシアとリスターが止め、彼の身を案じたユアリも必死になだめた末、何とか思いとどまらせた。
女性になだめられては男としての自尊心が傷付けられたかも知れないが、武芸の心得のない者がいても足手まといにしかならない。
正直なところ、エリシアはユアリにも降りて欲しかった。
力量がわからないというのもあったが、彼女にはこれ以上憎しみの輪を広げて欲しくなかったから。
親兄弟を殺されたユアリが、仇討ちをした結果、また誰かに狙われる。
そんなことにならないために自分たちが存在するのだ。依頼という形で正義と認めた仇討ちや厄介事を引き受け、報酬として金をもらう。
けれど、今回は言い出せなかった。
理由はエリシアにも少女の気持ちがわかるから。ルシアも同じだった。
「いつか話したことがあると思うけど、私たちも両親を魔法使いに殺されたのよ……」
エリシアの小さな呟きに、部屋の中にいた長身の青年が頷いた。
「聞いた」
二人が出会ったとき、姉妹は仇討ちの旅の最中だった。3年も前の話だ。そしてそれはまだ、達成されていない。
「でもね、私はもうあまり彼らを恨んでいない。少なくとも、魔法使いだからという理由では……」
「けど、あの子はそうじゃない」
「ええ……」
一心に剣を振り続けるルシアの瞳は、まだ見ぬ仇を写している。
彼女はユアリにはもちろん、姉であるエリシアにも言わなかったが、少女の親を殺した魔法使いが、自分たちの両親を殺した者と同じである可能性すら考えているはずだ。
「あの子がどんなふうに育っていくのか、私は怖い。もちろん、父さんや母さんを殺されたことを悲しむななんて言わない。怒るなとも言わない。ただ、憎しみだけで行動して欲しくないの」
「ルシアが憎しみだけで行動しているように見えるか?」
すっとエリシアの隣に立ち、リスターはその肩に腕をかけた。
彼に寄りかかるようにしてエリシアは目を閉じ、溜め息を吐いた。
「日頃はそうじゃないわ。でも、こんなことがあるとまだ、我を忘れたようになってしまう。もし仇を討ったとしても、いつか王国が組織している『魔法使い撲滅隊』なんていう、悲しい組織に入ってしまったりしないかって……」
「エリシアは親バカだな」
リスターが笑うと、エリシアは子供のように頬を膨らませた。
「たった一人の大切な妹だもの」
「大丈夫だ。エリシアが旅の中で憎しみを捨てられたように、いつかあの子もわかる日が来るよ」
「ええ……」
再び目を開き、エリシアはリスターを見上げた。
リスターは小さく笑って、そんな彼女の唇に口づけした。こうすると気持ちが落ち着くと前に言われたことがあったが、確かに唇を離した後の彼女の表情には漲るような余裕が見て取れた。
「ねえ、リスター。今度は大丈夫なの? ユアリには悪いけれど、私は妹を危険に曝すくらいなら、首輪をつけてでも辞めさせるわ」
エリシアが顔を上げると、リスターはそっと肩から腕を離し、真顔で外の景色に目を遣った。
すでに陽が沈んだ町は、かすかな残光に照らされている。遠くには閉鎖された鉱山がかすかに見えた。
「危険は危険だろうが、その度合いは相手がわからんことには何ともなぁ……」
「呑気そうに言わないでよ。不安になるじゃない」
「そう言われても事実だから仕方ない」
ぽりぽりと頭を掻いてから、リスターはエリシアを見下ろした。
「ただ一つ言えるのは、俺たちはもう事件に巻き込まれてるってことだな」
「えっ……?」
驚いたような顔をしたエリシアに、リスターは肩をすくめて見せた。
「強力な結界の中に置いておいた入れ物が、突然なくなったんだ。何事もないとは思わないことだな。あれだけの魔法が使える奴なら、犯人探しなんか造作もない」
「……そう」
エリシアは疲れたように溜め息を吐いた。
「それなら、難しいことは考えないで、私はただあの子を守ることにだけ専念するわね」
「そうしてやってくれ」
「ええ。それにしても、とうとう貴方の勘が外れるときが来たのかしら」
いらずらっぽく笑うエリシアに、リスターは自信たっぷりに答えた。
「それは結果が見せることだ。少なくともユアリという女の子を助けられて、しかも奴らの儀式を邪魔できた分、俺の選択は正しかったと言えるだろう」
エリシアは表情から笑いを消して、再び妹を見下ろした。
「私の判断基準はね、リスター。ユアリでも世界でもなくて、ルシアただ一人なのよ……」
彼女がどんな顔をしているのか、リスターにはわからなかった。
だから、
「わかってるよ」
リスターは呟くようにそう言っただけで、それ以上何も言わなかった。
彼女の黒髪の向こうには、いつの間にか満天の星空が広がっていた。
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