111 / 111
第七十七話・貴方に赤い風船を。貴女に赤い薔薇を。文化祭一日目。
しおりを挟む
前回までのこの恋。
文化祭一日目が始まり、モデル界の特級呪物、如月樹莉亜(三十○歳独身)により、フリーダムな振る舞いをされていた。
去り際に、人の彼女をロマンティクスしていた。
事務所に入るように口説くんじゃねえよ。
シルバートレイ片手に、思いっ切り追い回すのだった。
そうしたら、悲しきかな。
人は、老いには勝てぬ。
ジュリねえは、息を切らして倒れ込む。
お前(三十代)が、俺(高校生)に、勝てるわけねぇだろうが!!
人間の平均寿命は元々短い。
医療技術が発展しようと、体力は衰えていく。
疲れていても尚。
「こんな男より、私と契約してよ」
魔法少女かよ。
だから、大切な彼女やクラスメートを口説いて読者モデルにしようとするな。
後頭部をシルバートレイで殴られる。
萌花に怒られた。
「遊んでねぇで次の準備しろや」
ジュリねえを追い回していた最中。
萌花は、俺の担当テーブルまで掃除して綺麗にしてくれたらしい。
わぁ。
ありがとう。
「怒られてやんの」
ジュリねえは後で絞める。
それはそうと。
メイド服を着た、可愛い萌ちゃん。
彼女の姿はとても可愛いのだった。
シルフィードのメイド服を着込み、可愛いヘッドドレスを付けていた。
可愛い。
お人形さんみたいだ。
神様ありがとう!
萌花ママに感謝である。
俺は気付いたのだ。
好きだから愛しているのではない。
愛しているから好きなのだ。
如何に暴言を吐かれていても、この恋が変わることはない。
なんなら毎日、萌ちゃんの罵倒ASMRを聞いていたい。
好きと死ねは似ている。
「二文字以外合ってねえよ! だから、時間がねぇって言ってんだろがッ!!」
実家に帰ってきた安心感よ。
この恋は始まらない。
本編、再開。
文化祭一日目。
三組目の来訪者は、ジュリねえ以上の曲者だった。
「あらあら」
本編再開の初っ端から、うちの母親を出すのは卑怯だろうがッ!!
「なにが卑怯なの? 言ってみなさい」
不味い、思考が読まれている。
何故か分からないが、うちの母親の登場が以上に多いのだ。
しかも、よんいちママまで揃い踏みだった。
小日向ママや、白鷺ママ。
子守ママはいいとして、何でか秋月ママまで来ていた。
古参組みたいな落ち着き具合で混じっている。
アンタ、この前までアメリカだっただろうに。
文化祭にサプライズ参加していた。
「あら、ハジメちゃん。貴方に会いたくて、来ちゃった」
なんやこのアマ。
優しい笑顔で喧嘩を売られた。
ついこの間のことだ。
親の都合で、秋月さんをアメリカに連れて行こうという、出来事があった。
その際、俺と秋月ママの間で激しい口論をし、ボロクソに言い合ってしまったわけだ。
それ以来、秋月ママとは仲が悪くなりギクシャクしている。
というか、こちらからはちゃんとした連絡すらしていないけどさ。
秋月さんのお母さんと口論したのは悪いことだが、こちらには否はないし、下げる頭もないので無表情だった。
互いに、バチバチの敵対心を見せるが、あくまで文化祭だ。
楽しい場所で、真正面から殴り合うことはない。
「話し合いするのは、また今度にしましょう。行き付けのいいレストランがあるの。紹介するわ」
「……なるほど。素手で行きますか?」
「この期に及んで、殴り合うの前提とは、いい度胸ね」
拳は古来からの肉体言語だからな。
バチバチの敵意を向ける俺達であった。
秋月ママの話によると、そのレストランはカジュアルな格好でも入れるらしく、何度も通っている場所とのことだ。
有名店で、他のママ達も知っている。
仔羊のステーキが美味しいらしい。
とても柔らかくて独特な臭みがないから、ラム肉が苦手な人でも食べられる。
「パパと今度デートしたいわぁ」
やめろ、母親。
両親のそういう話は息子に効く。
……地元の話で盛り上がるのは構わないが、早く席に着いてください。
何でみんな、立ち話をしたがるのだ。
歳を取ると椅子に座れない呪いに掛かってしまうのか。
席に案内し、メニュー表を手渡す。
母親含め、ママ達は楽しそうに言う。
「あら、文化祭にしては本格的ねぇ~」
「去年より凄く豪華だわ。風夏がずっと自慢するだけあるわ」
「冬華さんも張り切っていましたの」
「へぇ、最近の子は文化祭に真剣なのねぇ。去年も来ればよかったわ」
「麗奈ちゃんのママ、この紅茶が美味しいですよ」
キャッキャすんな。
三十代後半の経産婦共が、楽しそうに女の子している。
一つのメニュー表を、仲良くみんなで見る。
わぁ。
よんいちママの圧力に負けそうだった。
うちの母親だけですら大変だと言うのに、娘さんの上位互換のママしかいない。
ママに挟まれた。
逃げ出せない。
そのせいか、娘達は我関せずと言いたげに、このテーブルから遠ざかり、近付こうとすらしない。
助けろや、マジで。
なんでサラッと彼氏を見殺しにするのだ。
ママに囲まれて勝てるわけがない。
いつもそうだけど、俺のことを値踏みされている。
みなさん、優しいけれど、鋭い眼光である。
すみません。
また今度、ご両親が揃っている時に顔を出しに行くので許してください。
バーベキュー付き合います。
いっぱいお肉焼きます。
「そういえば、何で女装しているの? 趣味??」
アメリカ野郎。
秋月ママは、誰も触れなかったところに触れてきやがる。
空気の読めなさは、秋月家の血筋かよ。
舐め腐りやがってからに。
俺は必死に怒りを抑えながら話をする。
「趣味じゃないですよ。給仕要員のメイドが足りないので仕方なくです」
「アメリカではそこらへんには寛容だから、気にしなくていいわよ。……でも、私としては孫の顔を見たいんだけど、そっちは大丈夫なの?」
席の空気がピリ付く。
優しいママ。
そんな人達が、女の顔になった瞬間である。
怖い。
娘が高校生になって、家族のことで手がかからないようになると、孫が欲しくなる。
無償の信頼から、ただ俺に優しくしているのではない。
娘が結婚し、赤ちゃんを早く抱っこしたいだけだわ。
赤ちゃん抱っこRTAである。
小日向ママ。
「やはり、孫は欲しいですよね。早い方がこちらも助かるというか……チラチラッ」
白鷺ママ。
「冬華さんが幸せならそれだけでいいですわ」
本音は?
「白鷺家の為にも、孫は男の子がいいですわ」
母親ァ!
白鷺ママに本音を言わせるな。
高校生から、白鷺家の命運を背負わされる身にもなってくれ。
秋月ママは、フォローする。
「数撃ちゃ当たるよ。今からなら、先は長いし全然いけるでしょ。なんなら今から頑張ればいいでしょ」
高校生から普通にセッ○スをさせようとするな。
アンタらの娘だろうが。
「子守さんは要望とかないの?」
「あ~、別に。ウチはそこらへん勝手にやるだろうし……ねぇ」
子守ママは、俺に視線を向ける。
早くしろとは言わないが、孫に期待をしている母親の顔である。
だから俺は高校生だって言っているのに、何で大人は平然と下ネタを言ってくるのだ。
歳を取ると、羞恥心というブレーキが壊れてくるのか。
よんいちママ。
「「「「だって、孫は早く見たいでしょ」」」」
やだよぉ。
怖すぎるよぉ。
最近、俺の彼女と、その母親の目がギラギラしていて、隣に居ると気が休まらないのだ。
こっちは、ついこの間、学校の保健体育で性教育を受けて、ちゃんと成人するまでは節度を持てと言われたばかりなのだ。
大学生になっても、まだまだ子供なのだ。
ずっと静かだった母親は、にこやかに笑って言う。
「娘を死んでも守ってくれる人なら、誰も文句は言わないわ」
男の命は投げ捨てるもの。
娘さんと過ごしてきた時間。
それは、ご両親と比べた場合、確かに付き合いは短いが、それでも娘を好きでいてくれるのは分かる。
娘が好きな人。
最愛の人。
その人を好きになるのは、親としては自然なことである。
「……最愛の人の、親の目の前で女装している人間を過大評価しないでください」
「ああ、うん……」
娘よりメイド服が似合うのがおかしいやろがい。
……そう言いたげに、よんいちママは項垂れていた。
すまない。
俺も本意ではないのだ。
女装などしとうない。
身を粉にしてでも働くのが男ではあるが、女装してお金を稼ぐのは不本意だった。
そもそも何で男の俺がメイド服を着ているのだ。
メイド喫茶・シルフィード。
最高級のメイド服。
カフスボタンに至るまで超絶技巧が施されていた。
袖を通すだけで格好いい。
綺麗で可愛い完璧なメイドさんに憧れるのは分かるし、たしかに男の夢だが、着る方じゃなく見る方だ。
何故、俺が女装せねばならないのだ。
野郎では、女の子の持つ可愛さなど引き出せない。
背が高い女装では見栄えが悪い。
それに、クラスの女子の方が可愛いのだ。
あいつらに給仕をさせろ。
「ママに似て可愛いじゃない。東山さん、そう思いません?」
「自分に似た女は嫌いだわ」
「ああ、うん……」
秋月ママよ、うちの母親の闇を引き出すな。
「んで、誰のメイド姿が一番好きなの??」
秋月ママは、厭味ったらしく言ってくる。
空気が凍り付く。
風夏、冬華さん、麗奈、萌花。
どう考えても、私の娘が一番可愛いに決まっているでしょう?
彼氏だったら選んでくれるわよね。
そうでしょう?
にこやかに笑いかけていた。
……やめろ、こちとら四股だぞ。
誰が好きとか、誰が一番とか、この作品唯一の禁忌である。
そう簡単に触れられるか。
誰を選んでも俺が死ぬ。
それだけは分かる。
自分の娘が一番可愛いと思うのは、世の中のお母さんなら当たり前だ。
俺の周りには可愛い女の子ばかりだからか。
娘の為なら、文句の一つも言いたくなる。
そうっすね。
何も言えないのだった。
「みんな可愛いです……」
秋月ママは、斬り込む。
「どのくらい?」
どのくらい??
マジでなんなの??
俺のこと嫌いなの??
秋月ママは、口を大きく開け。
「分かっていたでしょうに!? この世で一番、アンタのことが大っ嫌いよ!!」
ぎゃははは。
極悪非道な高笑いをするのだった。
人間のクズ。
秋月家の血筋。
「そりゃ、浮気もされるわ……」
「戦争だ! 戦争!!」
「最初に引き金を引いたのはアンタだろうがッ」
彼女の家族には好かれたい。
そんな気持ちなど、とうに失せた。
熱く騒ぎ立てる。
喧嘩っぱやい人間同士が喧嘩すると駄目である。
言葉の殴り合いだ。
秋月さんのママであっても容赦しない。
それを見ていた小日向ママと白鷺ママ。
「秋月さんって、始めてお会いしましたが、あんな感じなのですか?」
「今どきの方は、元気ですねぇ……。私の時代とは違うわぁ」
元々育ちのいいママ達は、ほのぼのとお茶をしていた。
元ヤン達。
萌ちゃんママは、うちの母親に聞く。
「秋月さん、元からあんな感じなんですか?」
「いつもはもっと可愛いのよ。私の方が年下なのに、ペコペコしながら頼ってくれるし」
「それ、東山さんと話しているからでは?」
ヤンキーのリーダーと、舎弟にしか見えない。
元ヤンは、元ヤンに弱い。
女の縮図である。
母親の怖さを知っている俺からしたら、納得の上下関係であった。
口うるさいやつは、顔面殴ったらすぐ黙るからな。
それはいいとして、秋月ママに問いかける。
「何しに来たんですか?」
「ニュアンス違わない?」
「いや、そういうのいいんで……」
わざわざアメリカから飛行機に乗って、娘の文化祭に来るような性格でもないだろう。
裏があるのは分かり切ってきた。
「私だって、麗奈のことは大切に思っているわよ」
女は、子供を産んで初めて女と呼べるようになる。
今の時代では問題発言ではあるが、事実母親になるのはそれくらいに大変であり偉大なのだ。
アホ面した二十代、三十代が多い世の中で、ちゃんと子供を産んで育てたという社会的地位は誇るべきだ。
出来た親でなくても、少しくらいは娘を気に掛けている。
なるほど。
典型的なDV毒親でも、少しは優しいみたいな感覚だな。
「一々棘がある言い方はやめてくれない?」
「こちとら、アンタ等が長期間アメリカに飛び立っていた間に、一年半以上掛けて秋月さんをちゃんと育てたんですよ」
他の卓に付いている秋月さんを見ろ!
ツイッター経由の女の子と、スプラッター映画の話で盛り上がっていた。
秋月さんが語る、残虐性の高い映画実況に、ファンの五臓六腑に染み渡る。
「……預けた結果、特殊な趣向が追加されてない??」
追加DLCかよ。
いや、こんなんに金払えねぇよ。
あと、スプラッター映画にハマっているのは俺のせいじゃないし。
「分かったわ。ちゃんと親の義務は果たすわ。……そうね、麗奈に性教育しとけばいい??」
何で、親の義務がそれなんだよ。
もっと色々あるだろうが。
母親らしく、料理とか教えてあげてくれ。
「君の周りは、可愛い可愛い女の子ばかりなんだし、あの子が勝てるのはおっぱいと床上手くらいでしょ」
「先にモラルを学んで来い……」
人は誰しも出来、不出来がある。
出来ないことを伸ばすよりも、出来ることを伸ばす方が効率的である。
……なんでそれが性の業なんだよ。
秋月ママは、キメ顔で言う。
「私の娘だもの……」
私のドスケベ遺伝子は、脈々と継承されている。
女の武器はえっちな身体である。人間、顔や性格、料理よりも○ックスだ。
セッ○スより気持ちいいものはない。
セ○クス最高。
娘さんに謝れや。
あと、セックスセックス言うと、俺のツイッターが炎上するんだよ!
アメリカ仕込み。
性におおらかなのがお国柄だ。
いや、アンタは日本生まれ日本育ちだろうが。
「話が一向に進まないから、やめてくれないですか?」
秋月ママは、久しぶりに日本にやって来て気分がいいのか、楽しそうに長々と話す。
いやそれは構わないのだが、俺にもメイド喫茶の仕事がある。
お茶を淹れたり、お菓子を提供する暇がない。
文化祭をやる以上は、売り上げの為に貢献しないといけないわけだ。
というのか、秋月ママを優先するなら、他のママを優先したい。
小日向ママは可愛いし、白鷺ママは綺麗だし、萌ちゃんママは萌ちゃんだし。
他のママ達は魅力的なのだ。
新規参戦、アメリカ仕込みのドスケベ巨乳むちむち帰国ママという破格の性能を持ってしても、俺が靡くことはない。
「ハジメちゃん、ハジメちゃん。ねえねえ、私は?」
母親は黙ってろ。
サラッと、ヒロインママレースに食い込んでくるな。
肉親だろうが。
「最近、ママの出番少ないと思うの!? こんなに頑張っているのに」
ラノベの母親キャラが、定期的に出番があるわけないだろうに。
普通におかしいんだよ。
なんで、当然のように母親のストーリーに尺を取らなければならないのだ。
あんた、インスタにストーリー上げてるんだから、それで満足しろよ。
よんいちママがみんな集まると、凄くうるさいのだった。
楽しそうにおしゃべりする様は、何だかいつも見ているような気がしてきた。
まあ、娘よりマシか……。
野生のシルバートレイが、後頭部を直撃する。
彼女による叛逆の物語。
それを見ていた、秋月ママ。
「……本当に、なかよしなの?」
私、それ知らない。
スマホ越しでしか、俺達の仲を知らない弊害である。
「喧嘩するほど仲がいいってやつです」
誰が投げたのかは分からない。
しかし、ママ達の前で娘にブチギレして、人狼ゲームをするわけにもいかないので、シルバートレイを拾って静かに返す。
みんな各自のシルバートレイを持っているから、投げられたシルバートレイは、出処が不明のシルバートレイである。
知らんて。
言い訳するにしても、もっと色々あるやろ。
スーパーヒーロー並みの豪腕での投擲が出来るやつなんて限られているんだよ。
よんいち組は、我関せず焉。
俺を見捨てていて、ガン無視するのであった。
いや、お前ら。
自分のママを任せるなよ。
よんいちママに好かれているのか、実の息子のようにベタベタしてくる。
「もしかして、寝た?」
曰く、一発ヤッた女の好かれ方だ。
秋月ママは、俺で楽しんでいた。
……だから、何なんだよ。
セクハラしてくるな。
そっち系に話を持っていこうとするな。
俺からしたら、彼女のお母さんは大切な人だ。
手は出さないし、劣情は抱かない。
いやまあ、皆さんは可愛いし、綺麗だし、娘さんにも負けず劣らず素敵な女性だから、そりゃドキドキはするけども。
「評価高いじゃない」
「いや、お世辞です……」
「「「……何ですって?」」」
怖いって。
彼女のママだからこそ、気を遣う場面ばかり。
怖いドキドキと、好きのドキドキを孕んでいたのだ。
この場での安易な発言は、身を滅ぼす。
みんな、鋭い目をしていた。
ママ同士の仲がいい。
それはいいことだ。
しかし、それでも自分の娘が一番可愛いのだ。
娘の為なら殺し合いも厭わないだろうか。
よんいち組で仲良くしているからいいものの、恋愛……。
好きになったのが一人で、奪い合うかたちだったなら。
ママ同士で殴り合いをしていたのかも知れない。
俺では計り知れないところで、母親同士の攻防が行われている。
懐かしいぜぇ。
この、恋愛特有のギスギスした感じ。
……ラブコメとはよく言ったものだ。
こういった、人間同士の対立と探り合いで肌がヒリ付く感覚。
この恋の恋愛でしか味わえないわ。
前方にママ達。
後方によんいち組。
なんで監視されてるんだよ。
ママ達は、俺が淹れた紅茶を飲みながら談笑をする。
和服美人の白鷺ママは、俺に優しくしてくれる。
「東山さん、困ったことがあったら言ってくださいね?」
「え? 孫のことですか?」
俺がそう発言すると。
そうじゃねぇ。
即座に元ヤンママ組は、否定するのだった。
やめろやめろ。
俺に罵声を浴びせ、娘みたいな反応をするのは禁止だ。
うちの母親と、秋月子守ママを相手にするのはどう考えても無理だ。
卑怯だろ。
アンタ等、大人なんだから一人ずつで来い。
同じタイミングで、三人も相手に出来るかよ!?
ヤンキーは群れる。
これ、試験に出ます。
そんな光景を見ているは、いい育ちをしているママ達だった。
小日向ママと白鷺ママ。
二人は、温かい目をしている。
「男の子は元気ですね」
「娘しかいなかったですが、……ああいうやり取りを見ていますと、やはり男の子が欲しくなりますよね」
「まあ!」
実の娘も可愛いが、欲を言えば男の子が欲しかったママ達。
他人の息子とはいえ、元気な男の子がいる人生に憧れがあった。
母親として、四十代から色々始めて生き方を変えるのは難しいけれど、娘に夢を託すことは出来るだろうか。
「みんな若いんだし、まだ妊娠出来るんじゃない? ピンチはチャンスよ」
秋月母親ァ!?
まともな人間に変なことを言うんじゃない。
どうしてなのだ。
何故、文化祭という学生主体のアオハル空間で、子作りの話をしているのだ。
曰く、若い子達の恋愛話を聞いていると、自分達も恋愛をしたくなるものだと言う。
……だからね?
いや、だからじゃなくてさ。
俺に視線を向けるな。
高校生よりはしゃぐのやめてほしいのだが、言って聞いてくれるわけもない。
白鷺ママは、嬉しそうに。
「私、学生時代はお稽古ばかりでしたのでとても楽しいですわ」
白鷺の人間として厳しく育てられていたせいか、高校の時は友達同士で楽しい思い出もなかった。
そうなのか。
学生時代、盗んだバイクで走り回っていた人間には、とうてあた想像出来ない世界だったからか。
元ヤン達は静かになっていた。
白鷺さんは苦労していたのね。
……いや、白鷺ママも人知れず苦労しているのは知っているが。
白鷺ママは、別にぼっちだったわけではないぞ。
入学当日。
白鷺のお義父さんに一目惚れされて、求婚されてからすぐに婚約した人だからな。
高校三年間は最愛の人と充実した生活を送り、大半は花嫁修業をしてきた身である。
ふゆお嬢様のお母様は、もちろんお嬢様だ。
元ヤン共。
高校時代はずっと喧嘩に明け暮れ、見せしめに敵のマン毛をライターで焼いていたやつと一緒にするのはどうかと思う。
敵のマン毛を焼いたところで意味はないが、見せしめにマン毛を焼くというのには意味がある。
人は知らぬことに恐れを知る。
狂っているやつに近寄る人間はいないのだ。
そう考えると、我が母親ながらやばいやつである。
のほほんとした表情をしているが、目が笑っていない。
結婚して所帯を持つ身だとしても、ヤンキーは死ぬまでヤンキーなのだ。
それが人の業。
そういった意味では、普通の学生らしい青春をしてきたのは、小日向ママだけであった。
普通の提案をする。
「それでしたら、カラオケでも行きましょ」
「カラオケでしょうか?」
陰キャの読者の為に、俺がカラオケというものを説明しよう。
カラオケとは、お金を払ってたくさんの曲が歌える施設のことだ。
時間いっぱいまで、自分の好きな音楽を歌える。
好きなアニソンを歌ったり、デスボイスで叫んでもいい。
カラオケとは自由。
自由とはカラオケ。
生まれながらに白鷺家のしがらみに縛られていた、白鷺ママには無縁であろう場所である。
カラオケの機械には色々な曲が収録されているから、好きな歌が歌えるのだ。
白鷺ママは、目を輝かせて言う。
「演歌とか、民謡とかでしょうか? 北島三郎ありますか??」
……そもそも人としての土台が違い過ぎるのである。
あゆとか歌ってそうな女は、真顔だった。
てめぇとは生まれが違うんだよ。
毒チワワ。
「クソガキ、覚えてなさい」
秋月ママから、死刑宣告を受けるのであった。
そんなに怒ることある?
まあ、なんだ。
次会ったら殺されるのならば、会わなければいい。
心霊スポットに行かなければ幽霊に取り憑かれないのと一緒だ。
秋月ママとは金輪際、会わないようにしよう。
「娘の親なんだから、敬意を払いなさいよ」
「四人もお母さんがいると、一人くらいは適当になりますよね」
「私は、子供か!?」
ツッコミ上手いな。
流石、秋月さんのママだけあってか大概面白いよな。
悪い意味で。
もうちょっと、貴方の血を抑えてくれたら、娘さんも大人しかっただろうに。
「ドスケベなのはパパの血だから」
地獄だね。
皆の脳裏に過るは、離婚協議で揉めた挙げ句、妻が急遽日本に逃げ出して、激務続きの休日に、暗い自室で独りで項垂れている父親だった。
しかし、当の本人は、文化祭で紅茶を飲んで寛いでいた。
「やっぱ、日本は最高だわ」
浮気したやつが悪い。
仕事が忙しいのに、浮気する暇はあるわけがない。
秋月ママは、そう語りながら、久しぶりの日本を楽しんでいた。
……早くアメリカ戻ってくれないかな。
彼女のお母さんとはいえ、容赦はしないぞ。
いい姑とは、口を開かない人だけである。
まあ、無理だな。
母親のことなど、娘の行動を見れば分かるものだ。
秋月さんの相手をするくらい疲れてきた。
あと貴方達の話が長いから、そろそろやめてくれませんか。
ママ達の会話がずっと続いているから、娘のデートのお話に移れないのですが。
「……どうせいつもデートしているんだから適当でいいじゃない」
どうせ。
いつも。
適当。
その言葉を聞かれると、俺が怒られるんだよ。
「尻に敷かれるの早くない?」
みんな、尻がでかいからね。
二度目のシルバートレイが飛んでくる。
よんいちママの時間が過ぎ、みんなは帰り支度をする。
最後にうちの母親が余計なことを言って帰っていった。
「じゃあ、よろしくね」
「はあ……」
俺が呆れつつ見送ると、秋月さんが近寄ってくる。
「真央さんなんて言ってたの?」
「……ああ、いや。特に何も」
まあいいじゃないか。
俺はそう言って話を濁す。
しかしながら、秋月さんはにんまりと笑い、逃さないように追撃をしてくる。
「本当かしら? お母さんが余計なことを言っていたみたいな、嫌な顔をしてなかった?」
「まあ、そうだけどな。……うん、本当に特に何も言っていないんだ。だがまあ、肉親特有の見透かされている感じだよ」
母親が、息子に視線を送る。
それだけで色々分かるのは、家族だからだろう。
あの母親の表情。
ニュアンス的には、文化祭は大好きな彼女と仲良くなるチャンス!と言いたいのだろう。
女の子からしたら、高校三年最後の文化祭は、一生の思い出になる。
ハジメちゃん。
逃げれば一つ。
進めば二つよ~。
いや、意味分からない。
専業主婦で暇だからって、家でサブスク観るなよ。
こんなことなら、俺の女装にツッコミ入れられた方がよかったわ。
うちの母親が、この世界で一番おかしいのバグだろ。
母親達は、ひとしきり紅茶を飲み、談笑した後に白鷺ママと一緒にカラオケ行きやがった。
俺は、さっきからずっとなにを見せられているのだろうか。
「東山くん。まあ、互いのママの仲がいいのはいいことだし……」
秋月さんはフォローを入れてくれるが、自分の母親に思うことがあるのだろう。
いつもより、口数が少なくなっていた。
うんうん。
変な親を持つと、子供は苦労するよな。
「お前もだよ!!」
シルバートレイが脳天に直撃。
お前ら、シルバートレイの形状が変わってきたぞ。
「俺と秋月さんはちょうど休憩時間だし、幸いでしたね」
妹、ジュリねえ、母親といった強キャラを捌き切り、やっと休みが取れる。
秋月さんと二人でテーブルの片付けしながら、遊びに行く場所の予定を決める。
急いでいる為か、カチャカチャと食器の音が鳴る。
「陽菜ちゃんと絵里ちゃんのところは行くとして、東山くんは他に行きたい場所はある?」
「いや、特にはないかな。漫画の参考として、学校全体は回りたいくらいだよ」
「ふふふ、こんな時でもブレないわね」
秋月さんに笑われる。
口元を少し隠しているのが可愛い。
「すまない。癖みたいなものだからさ」
漫画を描いていると、日常生活でも漫画に活かせないかと考えてしまう。
特に文化祭の風景は実際に味わってみないと分からない。
学生の拙い催し物ではあるが、みんな創意工夫をしているわけだ。
それを楽しめるのは学生である今だけだ。
大人になったら味わえない。
それが青春だ。
「私も回りたいところはあまりないから、東山くんの好きにしたらいいわ。色々回れて、私も楽しいし」
「そう言ってくれて助かるよ」
「そうだわ。少しはだけ他のクラスに顔出ししていい? メイド服を自慢しなきゃ」
「別にいいですよ」
きゃー。
可愛い洋服を着ているだけあってか、はしゃいでいた。
女の子同士で可愛いの交換がしたいらしい。
女の子特有だな。
まあ、宛もなく一時間文化祭をぶらぶらして楽しむよりはマシか。
それから、仕事を他の人に引き継ぎ、休憩に入る。
着替える時間はないため、俺や秋月さんはメイド姿である。
メイド服の女の子と、メイド野郎。
二人で廊下を歩いていると。
「なんか、デートっぽくないわ」
秋月さんは、真顔でそう言う。
知らないよ。
俺に言わないでくれ。
「女の子同士で歩いているみたいだわ。しかも、東山くんって、私より人気がある!」
「気にしないでくれ……」
小日向はいい。
白鷺もいい。
だが、彼氏に負けるのは許さない。
ハジメは通さない。
ガガゼト山かな?
「東山くん、さっき焼きそばをおまけしてもらってた!」
「いや、別に俺だから、おまけしたんじゃないと思うが……」
女の面した百七十センチの高身長メイドが屋台に来たら、おまけしてくれるのは必然だろう。
いっぱい食べそうだしな。
あと、焼きそばには運命的な縁があるから……。
……焼きそばか。
ちょむ子、元気かな。
(詳しくは第六十九話参照)
焼きそばを食べながら歩いていた。
行儀が悪いメイドがいると言われているが、気にしない。
秋月さんは、自分に魅力がないことに嘆いていたが、普通の人間はガチでデートを楽しむ気満々の人間を見たら声掛けにくいわ。
今日の秋月さんは。
髪型からメイク。
眼光までガチ過ぎる。
朝一美容室に行ってきたらしいし、人生をかけていた。
文化祭に対する本気具合がやばい。
この恋、最終回じゃないぞ??
たしか、去年もこんな感じだったっけな。
懐かしい。
そういった意味では、毎回同じイベントを繰り返しているのに新鮮である。
「何度、文化祭を回っても、俺は幸せですよ」
「東山くん……」
焼きそば食べながら女装した主人公が語る言葉ではなかったが、許してくれ。
この物語にロマンス要素を求めるのが間違いなのである。
カッコイイ場面を準備するのは簡単だが、リアルでは有り得ないからな。
普通に、平凡な文化祭を一緒に回るから楽しいのだ。
秋月さんは基本的にはかなりのクレイジーだが、何も起きなければ落ち着いた人である。
文化祭の雰囲気を楽しみながら、知り合いに顔出しに行くのは楽しいものだ。
他クラスの女子と話しながら、和気あいあいとしていた。
やはり、よんいち組の中でも顔が広い。
別け隔てなく接しているあたり、コミュ力が高い。
そんな秋月さんが可愛いからか、他のクラスの男子はナンパしてくる。
「秋月さん、暇だったら一緒に文化祭を回らない?」
「彼氏がいます」
ぐいっと手繰り寄せられる。
「へ?」
女装した俺を見る。
じっと観察し。
「へ??」
二度見した。
いや、その反応は正しい。
男子からしたら、言いたいことは多々あっただろうが、ガチ過ぎる目をした女子を前にして反論するわけにはいかない。
怒った秋月さんに、顔面殴られるからな。
男子は諦めてくれた。
見送った後に、秋月さんはご機嫌ななめにむくれていた。
「東山くんもなにか言ってくれてもいいと思うな」
「ああ、そうか。愛している女性なんで、ちょっかい出すのはやめてくださいとか?」
秋月さんって、恋愛映画によくある展開を求める今どきの高校生だもんな。
オラオラ系の彼氏好きそうだし。
「校舎裏いきましょ」
なにをするつもりですか?
秋月ママ譲りの、メスの目をしていた。
もしかして、オラオラ系なのは貴女ですか??
身の危険を感じる。
文化祭の校舎裏。
男女が二人、何も起きないわけもなく。
俺の文化祭は、いまここで終わるのか……。
この恋最終回。
やめろ、終らせにくるんじゃない。
俺にも男の意地がある。
両手で受け止め、取っ組み合いをする。
真正面から襲ってくる秋月さんを迎え討つ。
うかつだった。
女の子の性欲を甘く見ていた。
相手は、あの秋月麗奈さんだぞ!?
男の俺如きでは、勝てるわけがなかった。
それから、色々ありながら時間を過ごし、一年生の教室にやってきた。
出迎えてくれたのは、顔なじみのクソガキだ。
「わあ、お兄ちゃん。麗奈ちゃんだぁ!!」
「おはようございます」
一年生のたこ焼き屋。
妹の陽菜と絵里ちゃんは、自作したクラスTシャツを着て、張り切ってたこ焼きを焼いていた。
我が妹は、慣れた手付きでたこ焼きを滑らかに転がす。
「ほっほっほっ」
香ばしい香りが広がっている。
そのためか、通行人の目に止まりやすい。
かなり繁盛しているようだ。
陽菜は自信満々に言う。
「えっへん。看板娘がいるからねっ!!」
絵里ちゃんのことだよな。
自分のことを言っていたら、兄であっても引くぞ。
「絵里ちゃん!」
「あ、はい!」
二人は息を合わせて。
たこ焼きの歌。
「たこたこたこ焼き! 小麦粉、揚げ玉! 山芋、紅生姜! 真ん中は大きなタコさん! まるまるまるまる。お味は、ソースに青のり!!」
仕上げはやっぱり。
「かつおぶし~」
かつおぶしのポーズ。
茶番極まりだな。
楽しそうに、たこ焼きのダンスを踊るが二人。
俺達は何を見せられているのだ。
妹の訳が分からないノリに付き合わされる絵里ちゃんが可哀想である。
妹に合わせ、あわててダンスを踊る様は、涙なしには語れない。
幼稚園から妹の親友をしてもらって何だが、陽菜のどこがいいのか教えてほしいものだ。
あんな妹に付き合ったせいで、絵里ちゃんは十回以上も怪我をしているはずだ。
「私達も百回は怪我しているけれど?」
俺に会ったが運の尽きってね。
人と人は、迷惑を掛け合って生きているのである。
「人災だけど……」
妹は、人は一人では生きていけない。
自然とそれを表現しているのかも知れない。
たこ焼きを焼くだけでは、たくさん売れない。
絵里ちゃんという、かつおぶしをする役がいないと、販売する際の見栄えが悪い。
「そもそも、かつおぶし役ってなにかしら?」
「知らん。あと、陽菜から説明を受けても絶対に理解出来んぞ」
俺や母親の家族だぜ。
人智を越えた思考回路をしていてもおかしくない。
陽菜から受け取ったたこ焼きを食べる。
踊りながら焼く意味は知らんが、たこ焼きは絶品であった。
ソースと青のり。
かつおぶしの三位一体。
合体は爆発だ。
とても美味い。
例えるならばそうだな。
俺が口にしようとしたら、陽菜が割り込んでくる。
「爆弾焼き!」
別モンだからな?
「爆弾焼き、爆弾焼き♪」
案件作ろうとするな。
「東山くん、ちゃんと美味しいって褒めてあげてね」
秋月さんにそう言われると、普通に恥ずかしいけれど褒める。
妹を褒めるのも兄の努めだからな。
「まあ、美味しかったよ」
どやぁ。
なんでウチの妹が一番態度がデカいんだよ。
絵里ちゃんを見習え。
どやぁ顔してないで、真面目にたこ焼きの盛り付けをしていた。
パーフェクトトレース。
カメラでストロボを焚くように、瞬間瞬間の動作に全く無駄がない。
料理人の動きをしていた。
絵里ちゃんの真面目な性格を表していた。
どのたこ焼きも、寸分違わずに同じ味付けをする。
一ミリも無駄がない。
二人は幼馴染だけあり、阿吽の呼吸で作る。
たこ焼きを焼く、天才だったか。
いや、違う。
二人は、銀だこのお店の前で数時間以上も張り付いて、その技術を盗んだのだ。
「お店の人にごちそうしてもらった!」
「陽菜ちゃん、あれはお金がないから憐れんでくれたんだよ」
子供二人が数時間もガラス越しにたこ焼きを覗き見ていたら、誰だって奢ってくれる。
俺だってそうする。
あと、ウチの妹はよだれを垂らしながらガラスに張り付くタイプだ。
……お店さんには今度、菓子折りを持っていくか。
そんなことを考えつつも、たこ焼きを食べてしまう。
「まあ、美味しいな」
「ふふん。だって愛情が入っているからね」
「え、お前のか?」
その言葉に、怪訝してしまう。
妹の愛情はいらんよ。
だって妹だぞ。
「絵里ちゃんだよ。お兄ちゃんが食べる分はかなり頑張っていたんだよ」
「絵里ちゃんの愛情なら有り難いわ」
妹だと嫌だが、可愛い女の子からなら普通に嬉しい。
「愛情は、少ししか入ってません」
絵里ちゃんは、照れている。
可愛いなぁ。
「は?」
隣の怖いお姉さんからインターセプトされたので、この話は終わりにしよう。
メイド服を着た秋月さんに殴り飛ばされるのは好きだが、痛いのは嫌だ。
「そうだ! お兄ちゃん、みんなの分のたこ焼きも買っていってよ」
「小日向達の分もか? あいつなら、顔出してくれるだろう?」
そこらへんは律儀な人間である。
だがまあ、クラスの男子連中に買っていってもいいかもな。
あいつらは、一年生の屋台には恥ずかしくて行けないようなヘタレばっかりだ。
三年生になっても、可愛い女の子がいる場所には行けない。
面白い話題を振れるくらいに女の子に慣れろとは言わないが、あいつらの恋愛に心配してしまう。
心配なやつらではあるが、頑張っているのは事実だ。
裏方への差し入れはしておこう。
「じゃあ、少しだけ買っていくわ」
陽菜からたこ焼きを複数購入する。
「陽菜にも一個買って!」
「は? なんでお前が作ってるのにお前に買うんだよ」
「お兄ちゃん、お金持ちでしょ」
仕事をして金は稼いでいるが、貯金しないといけない人間である。
妹の食費に使えるほどの余裕はない。
「……というのか、文化祭用に母親からお小遣いもらってただろ?」
「一瞬だよ」
えっへん。
文化祭を楽しんだで賞。
お昼すぎの間に、遊びまくって食べまくっていた。
おいおい、妹よ。
文化祭は明日もあるんだぞ……。
明日の昼飯はどうするんだよ。
我が妹ながら、母親に似て計画性がないというか。
粉もんすすって生きてくれ。
「明日は、風夏ちゃんや、ふゆちゃんに奢ってもらうもん」
さも当然のように、人様の彼女にたかるなよ。
年下というアドバンテージを活かし、多方面にアプローチを掛け食いつなぐとは、末恐ろしい妹である。
秋月さん曰く。
「普通に東山くんの妹らしいけどね……」
なんだと。
まるで俺が、他の人に甘えているみたいではないか。
多少ファンからイベントの差し入れでコーヒー豆を貰うことはあるが、それくらいで、自分からなにかを求めたことはないぞ。
「普通の人は、ファンからコーヒー豆を貰わないわよ」
「地方だと、いい銘柄を出してる店も多いし助かるんだ」
東京だとどうしてもコーヒーショップはチェーン店が多く、味もいいし質も高いが、経営者の趣味が反映され、厳選された上質な豆となると探すのは大変である。
いやまあ、コーヒー豆に優劣があるとは言わないが、やはり楽しむ側としては新しい発見をしたい。
出逢いは大切だ。
「コーヒーの話は長くなるから置いておいて、陽菜ちゃん達はどっか回ったの?」
「輪投げしたよ! んでね、ぬいぐるみもらったの」
「お兄さん、陽菜ちゃん一発で輪投げを穴に入れたんですよ」
縁日で色々な遊びをしたらしく、そりゃお金はなくなるわな。
陽菜は、その時貰ったちいかわのぬいぐるみを俺にくれるらしい。
俺は、ちいかわを抱き抱える。
すまん、邪魔。
「陽菜ちゃん、ありがとう」
秋月さんは喜んでいるけどさ。
家に帰ってから渡せや。
なんで、文化祭もまだ半分の状況で、ちいかわ抱えているのだ。
絵里ちゃんが居る手前、陽菜に文句を言うわけにもいかなかったし。
あと、こいつの場合は俺からお小遣いを貰う口実としているだけだぞ。
まあ、ちいかわのぬいぐるみをもらっているわけだから、相場くらいは払うけどさ。
「いぇい。お兄ちゃん大好き」
「……俺はお前のそういうところが嫌いだがな」
兄の財布を軽くする。
それが我が妹の特技である。
「何だかんだ陽菜ちゃんには優しいわよね」
「そんなことはないがな。……ほら、お前一人だけじゃなく、絵里ちゃんにも奢るんだぞ」
「お兄さん。ありがとうございます」
「宴じゃあ~」
ちきちきどんどん。
何なんだよ、この妹は。
だから、明日も文化祭があるんだから考えて使えよ。
それは無理だった。
一時間が経つのは早く、俺達二人は教室に戻ろうとしていた。
楽しそうにしている他の生徒を見ながら、秋月さんは言うのだった。
「文化祭っていいわよね。やっぱり楽しいわ」
秋月さんは、こちらを見て笑っていた。
去年よりも楽しくて。
だけど、少しだけ騒がしい。
そんな日々が続けばいい。
そう言いたそうな顔をしていた。
「ねえ、東山くん。……もしも、私がアメリカに行っていたら東山くんはどうだったのかな」
迎えに来てくれたのか。
この関係が終わってしまっていのか。
過ぎ去った話だ。
もしもなんてないが、不安になることがあるのだろう。
子供など、両親に強く言われたら従うしかない。
それが子供である。
しかし、俺の答えは決まっていた。
「迎えに行きますよ。何度だって」
例え、どれだけ距離があろうと、そこが世界の裏側だとしても、その言葉に嘘偽りはない。
二人の間に幾度となく障害があり、越えられない壁があろうとも、この想いが変わることはない。
すれ違って、幸せになれない運命だとしても、俺は諦めない。
どんなに不幸だとしてもいい。
そう思って生きている。
生きるのが辛かったとしても、前を向いていれば、少しばかしの幸せはある。
多分、生きるってそういうものの積み重ねなのだ。
諦めなかったものの数だけ、生きてきた証が増え、大切なものになってくれる。
その思いは秋月さんも同じだった。
「私はこの学校が好き。クラスメートも好き」
「そして、東山くんを好きになってよかった」
秋月さんは、恥ずかしそうに笑ってはにかむ。
そう告げる彼女は、美しかった。
愛おしい。
好きだから?
愛しているから?
いや、違う。
まるで家族のように、大切な人だから。
「はい。俺もそう思ってます」
人は、生まれも、住んでいる場所も、生き方も変えることは難しい。
だが、好きな人は自分で決められる。
誰だって、自分の景色を変えることは出来る。
そう信じている。
幾年、幾億年先も、笑い合って生きていく。
クラスに戻るまでの些細な時間が、とても大切に思えた。
「アホカップル、アホ面してないで早く仕事に戻れ」
教室に戻ると、萌ちゃんにより、現実世界に戻されるのであった。
俺達が遊んでいた間、萌花が率先して仕事を頑張ってくれていたのは理解している。
しかし。
「この女、やっぱり嫌いだわ」
秋月さん。
勝てねえ勝負をするのやめようよ。
秋月麗奈デート編
完
秋月さんとの文化祭デートが終わり、一時間だけメイド喫茶を回すと次は白鷺と一緒に回る約束がやってきた。
「回りたいところがいくつかあるのだ。すまないが着いてきてもらってもいいか?」
「へいへい」
白鷺に誘われ、歩いて行くと、校舎から出たところのテニスコートに連れて行かれた。
テニス部の出し物は、テニスで勝負をして勝利すると、ハート型の風船をプレゼントしているらしい。
形式上は真剣勝負だが、手を抜いてくれるのが世の常だ。
白鷺の相手は二年生の後輩。
現テニス部のリーダーである。
ふゆお嬢様の背中に憧れる可愛い後輩だったが、その実、闘志に溢れていた。
「白鷺先輩とこうして一戦交えることになろうとは……」
そういいながら、二人はラケット片手にコートに着く。
「加減はしないぞ」
メイド服というふざけた格好で神聖なるコートに足を踏みれてはいるが、それでも相手は白鷺である。
三年生という立場上、エースとして退こうが先輩としての威厳は失わない。
一度ラケットを手にしたら、選手としてのスイッチが入る。
闘争本能。
人間としてのプレッシャーが上がる。
白鷺は真剣な眼差しで、ボールを空高く上げる。
打ち抜く威力は、化け物だ。
白鷺の高い身長から叩き付けるボールの角度は、常人には視認出来ない。
雷槌の如く。
コートに叩き付けた。
それからは試合と呼べるものではなかった。
天才による圧倒的な蹂躙。
全てを破壊し尽くす。
純粋なる血。
白鷺は、自分の持つ血筋と才能を、この瞬間に注ぎ込み、後輩を叩き潰す。
完膚なきまでに破壊する。
一方的な戦いは、人の為せる技ではない。
天才は、確かに存在する。
しかし、その才能を十全に振るい、本能のままに動けば殺戮と変わりはない。
息を呑みながら見届けた試合は、白鷺の完全勝利で終わる。
それでも、戦った二人は晴れ晴れとした表情だった。
全てを出し切った二人だからこそ、分かることがあったのか。
握手を交わす。
「先輩、これで終わりなんですね」
「ああ。すまない。だが、私は本気を出した」
「はい……。先輩の本気。すべてを受け取りました」
白鷺は、泣き出す彼女を抱き締め、優しく包み込む。
「すまない。私にはこれくらいしか出来ない。不出来な人間ですまない」
白鷺は、真面目な性格故に、自分の全てを出すことでしか、自分を表現出来ない。
大切な後輩に伝えたいことや、伝えたい思いが沢山あっても、それを口にして表現するのは難しい。
恩返しをするつもりが、恩を返してもらっていた。
白鷺先輩。
あと何度そう呼べるのか。
互いに残された時間は少ない。
みんな、大好きな白鷺に抱き付き、涙をする。
憧れだけでは、人を成長させない。
戦い合い。
競い合い。
それでも足りないくらいの別れがあるから、人は人の大切さを知るのだ。
「白鷺……」
俺は、その光景を見ながら感動していた。
テニスを通じて得た絆は、彼女達だけにしか分からない。
俺みたいな人間には一生理解出来ない感覚だろうか。
ただ。
それでも、白鷺の気持ちだけは分かっていた。
大切な後輩も、大切なテニス部も託して去らねばならないのは寂しいのだと。
白鷺冬華は、ずっと昔から寂しがり屋だから。
……少し離れて、彼女を見守ることしか出来なかった。
白鷺は、勝利者の証である赤いハートの風船を持ってきた。
白鷺は風船を俺に差し出す。
「東山、受け取ってくれ」
「何故、俺に?」
しかし、その風船は受け取れない。
白鷺が頑張って手に入れた大切な風船である。
何もしていない俺が貰う権利はない。
「いや、それでいいのだ。私の大切なものは、全て東山に受け取って欲しい」
「ありがとう」
かなり愛が重いけれど、白鷺がくれた愛ならば素直に貰うしかない。
「そうか。よかった」
嬉しそうに微笑む。
可愛い。
文化祭でハートのアイテムが特別で、特別な人にあげる意味がある。
ほら、文化祭の伝説とか、ライトノベルの鉄板である。
女の子からハートを貰うのは、不思議な感覚だった。
俺達より後に来た他の人は、男性が頑張って風船を取ろうとしていた。
運動神経ゴミカスな俺では、何度挑戦しても手に入れることは出来ない。
白鷺は、それを分かっていて俺のために取ってくれたのかも知れない。
男として、恥ずかしいことだな。
運動が得意な優秀な男であればよかったが、無い物ねだりをしても醜いだけだ。
自分の出来ることをするしかない。
貰ったハートを、白鷺に手渡す。
「俺の気持ちも同じだよ。白鷺、いつもありがとう」
赤く輝くハート。
キラキラとしたラメ入りのその色は、今どきの女の子らしい可愛らしいデザインだった。
しかし、白鷺のような女性が手に持つには派手過ぎる。
お嬢様には似つかわしくない。
まあ、そうだろうが、それでも白鷺はハートの風船が好き。
それは、なによりも大切なことだ。
白鷺にハートを手渡せる男性が俺しかいないなら、俺がやるしかない。
幸せそうに受け取る。
「何故にハートは赤いのだろうか」
白鷺はそうつぶやき、受け取った風船を眺めていた。
……詩的だな。
俺はそう思ってしまった。
好きなものを眺めている女の子はどうしてこうも美しいのだろうか。
言葉を失い、息を呑むほどに、俺は白鷺の美しさに見惚れていた。
「さあな。ただ、赤色が一番美しいのは事実だろうさ」
色彩は数百と存在するが。
白鷺の髪飾りと同じ色。
赤く輝く薔薇の色は、彼女によく似合う。
彼女が大切にしている赤い薔薇の髪飾り。
赤いハートの風船も、シルフィードのメイド服も、白鷺冬華の人生の中で選んできた好きなものである。
自分で選んだものが自分に似合うのは当たり前だ。
なにより、白鷺は誰よりも美しい。
皆に愛されている。
才能もある。
それでも、人並みの幸せを願い、人並みの不安を抱くのが人間である。
それはどれほど優れた人間だって同じことだ。
「私は、思うのだ。どんなに頑張っても、風夏のように可愛くはなれないだろうと……」
白鷺は、いつも小日向と比べてしまう。
親友だからか。
隣に居れば、自然に比べてしまうのだろう。
無論、二人は環境も性格も似ても似つかないが、似ている部分はある。
自分に自身がないところだ。
如何に愛され、祝福されていても、自分で自分を好きにならない限り、人は幸せにはなれない。
「なんで小日向に憧れるのか分からないが、白鷺は白鷺のままでいいんじゃないか?」
別に、誰も白鷺のことを否定しているわけではない。
後輩を本気で叩きのめしたのはびっくりしたが、それは白鷺だけが持つ優しさである。
純粋なる強さなど、女性としては相応しくない。
白鷺は自分の強さを忌み嫌うが、それは違うのだ。
俺が弱過ぎるだけだ。
そのせいで白鷺の凄さが目立ってしまう。
彼女のことを強くて凛々しい女性だと皆は言うが、いつだって白鷺はか弱くて優しい女の子だ。
どれほど優秀であっても、俺のために三歩後ろを歩いて付いてきてくれる。
我が子を見守る親のように、足並みを揃えてくれる。
でなければ、凡人の俺はずっと昔に置いて行かれていたはずだ。
「白鷺は、いつも誰かの為に頑張っているし、努力を怠らず、他者に優しくすることは当たり前だと思っている。……だけどさ、俺は白鷺にいつも感謝している」
テニス部に所属し、バイオリンもやっていて大変なのに、疲れた素振りは見せずに俺達に優しくしてくれる。
白鷺のスペックの高さからか、大変そうには見えないのだろうが、同じ立場だったら大変過ぎてパンクしている。
「東山も仕事は忙しいだろう?」
「まあそうだが、俺は白鷺みたいに忙しい時にでも、みんなに優しくは出来ないさ」
「東山は考え過ぎだ。そもそも、最初に私に優しくしてくれたのは、東山だ。それを誇るべきだ」
出逢った時に優しくしてくれたと白鷺は語るが、あまり覚えがない。
そういえば白鷺と最初に遊んだ時に、秋葉原に行ってシルフィードでお茶をしたな。
俺達はそうやって偶然出逢って、いつの間にか仲良くなったのだ。
才能とか、地位とか、血筋など関係なく人は出逢うことが出来る。
白鷺は、昔を思い出すように、空を仰ぐ。
「それから、何度も一緒にお茶を飲むうちに、東山にはお父様とお母様の話をした。……私は、東山にずっとしたかったのだろう」
俺達が話していると、向こう側から小さな女の子とお母さんがやってくる。
瞬間に、手に持っていた赤いハートの風船が上空に上がっていく。
無意識に女の子は手放してしまったのだ。
それを見兼ねた白鷺は、女の子に自分の風船を手渡す。
優しく微笑み、泣きじゃくる女の子をあやす。
……自分にとって大切なものを誰かにあげることは難しい。
それこそ、白鷺ほど自分の気持ちを大切にする人間ならば、大切な思い出は手放したくない。
それなのに、白鷺はそうしてみせた。
手を振って女の子を見送った後に、少し寂しそうにしていた。
「東山、すまない。せっかく貰ったものをあげてしまった」
「いや、いいさ。白鷺の好きに使ってくれて構わない」
白鷺は優しい。
いつも隣でそれを見ている俺は嬉しかった。
しかし、白鷺にとって風船一つでさえ、かなりの価値がある。
元々、白鷺のご両親はこの学校で知り合い、三年間連れ添って歩み結婚した場所なのだ。
誰よりも思入れが深い。
だから、何気ない思い出でさえ、彼女の人生には意味がある。
「……あんなにも大切で。ずっと大切にしようと誓ったのに、私は手放してしまった」
自分のした行いは正しい。
だが、大切なものだったのは事実だ。
部活の後輩から想いを受け取り、俺から手渡し、色々な思い出が乗っかったもの。
俺は、白鷺の両手を握りしめる。
それは、小さな女の子の手だ。
男の俺よりも小さく繊細なもの。
「私のお母様も同じことをするだろうか」
「ああ、そうするだろう。絶対に、今の白鷺のことを誇りに思っているはずだ」
「そうか。ああ、そうだろうか。
すまない。ありがとう……」
白鷺は、自分の大切なものを捧げてまで、泣いていた女の子を笑顔にしたかった。
そんな思いを、否定出来るわけがない。
「白鷺、風船はなくなってしまったが、何度だって思い出は作ればいい。俺がずっと頑張るからさ」
ずっと隣に居よう。
白鷺のご両親のように、誰よりも白鷺を愛することは出来ないけれど、隣で見ていることは出来る。
それは、俺が出来る精一杯の努力だった。
それから校内に戻り、二階まで上がって手芸部に顔出しをする。
去年に引き続き、色々な手芸品と装飾品を用意していた。
「あら、白鷺さん。ハジメさん、いらっしゃいませ」
「すまない。お邪魔する」
手芸部の人達とは顔見知りだからか、サラッとした挨拶を交わす。
プライベートでは、白鷺と一緒に手芸フェスティバルに参加していただけあり、まあ仲良しではある。
一緒に手芸部の手伝いもした。
「お二人は、お店を抜け出してデートですか?」
「……まあ、そうだな」
白鷺には悪ノリ出来ないからか、俺を茶化してくる。
俺に関しては、仲良しになったというよりも、舐められているだけだな。
デパートのアクセサリーコーナーを見るように、白鷺はみんなの作ったアクセサリーを見ていた。
幸せそうだな。
それを眺めつつ惚けている俺達。
「白鷺さん、今日もお可愛いですわ」
手芸部の女子達は、そう呟く。
白鷺に釣られてか、お嬢様成分が混じっているが、概ね同意である。
白鷺はアクセサリーを手に取りながら、自分に似合うか身体にあてて確認しつつ、楽しそうに話していた。
女の子らしい買い物方法である。
そうやって、いくつもある可愛いものから、一つを選ぶのだ。
本当ならば、白鷺には全部買えるくらいの財力はあるが、慎ましいところが白鷺の美徳である。
「これは、ふゆお嬢様からしか摂取出来ない成分ですねぇ……」
うんうん。
頷きながら、見守っている。
さっきからずっと、後方支援彼氏面するな。
「違いますよ、ハジメさん」
熱く語り出す。
我々は、陰ながら見届けてきた。
去年の文化祭では、まだぎこちない二人の関係だったから、協力しようと思った。
クリスマスに白鷺さんが手編みのマフラーを無事に完成させたのだって、手芸部が作り方を教えて助けたからだ。
ハンドメイドフェスティバルだって、二人がデート出来るように誘ったわけだし。
秋葉原の雑貨屋さんも教えたのは私達だ。
まあ、それは有り難いが。
……物語終盤なのに、情報量が多い。
俺の知り得ない、バックボーンを語り出し、色々と説明をされても困るのだ。
数十人以上キャラがいるんだから、好き勝手動くなよ。
白鷺は、元々可愛いものが好きだから、手芸部のみんなと楽しそうに話していた。
また、白鷺は誰かの作品を見ているだけではなく、自分でアクセサリーを作るのにも挑戦していた。
自分でなにか成し得たのかったのか。
そう思っていたから、誰も白鷺に口出しはせず見守っていた。
白鷺といえば髪飾り。
文化祭の販売用に、自分のイメージする可愛いを詰め込んだ、綺麗な薔薇の髪飾りを数点ほど作っていた。
値段としては、千円くらいか。
赤い薔薇のデザインで、品がある可愛さ。
流石、白鷺だけありセンスがいい。
販売用ではあるが、白鷺が付けたら絶対に似合う代物だ。
「こういうのは、彼氏が買ってあげてプレゼントするんですよ。今やったら、男らしくて格好いいですよ」
「いや、いま女装しているけど……」
わけわかんねぇ言い訳してねえで、とっとと買ってこい。
ひぃ~。
手芸部の女子なのに、みんな怖い。
オタクっぽいのは見た目だけだ。
それは、みんな生粋のクリエイターであり、毎日深夜遅くまで作業して、土日のイベントに参加している猛者ばかりだ。
ガチで人生を賭けている人達に勝てるわけがない。
「東山、私のお気に入りはこれだ」
白鷺はそう言い、髪飾りを自慢してくれた。
もちろんそれは薔薇の髪飾りだ。
「いいな。白鷺に似合うデザインだな」
「私が作ったのだ。私の好きが、私に似合うのは当たり前だろう?」
「まあそうかも知れないが。……うん。この髪飾りを付けた、白鷺の綺麗な姿が見たいな。俺からプレゼントするよ。買わせてくれないか?」
幾つも髪飾りを持っている白鷺からしたら、これ以上必要はないのかも知れない。
だが、白鷺の後ろ姿が好きな俺からしたら、彼女には色々な髪飾りを付けてほしいのである。
それが俺の気持ちだ。
「臭過ぎますね」
なんで、隣で踏ん反り返って店番しているやつが喋るんだよ。
人のセリフを評価するな。
せっかくの文化祭だから、もっとロマンチックな雰囲気を所望する。
……知らんがな。
ふゆお嬢様だからか、高いレベルの恋愛関係を求めているようだが、白鷺は普通の女の子だぞ。
ファミレス行くからな。
「違います! 白鷺さんは、休日には白いワンピースを着て、木陰が少し涼しいテラスで紅茶を飲みながら詩を嗜みますっ!」
まあ、それはそう。
由緒正しき生まれのお嬢様だから、運動や音楽も嗜み、五カ国語を話し、日本武道にも精通している。
薙刀振り回すの??
巴御前のような凛とした力強さ。
美しい女性のイメージを持たれているが、可愛い髪飾りが好きで手芸もするし、ガチャガチャを何個も集めたり、今期のアニメを観たりする女の子だぞ。
白鷺をよく思うのは問題ないが、本人とは違う理想像を勝手に懐き始めていた。
白鷺は、俺が手渡した髪飾りを手にして喜んでいた。
「東山、ありがとう。次のデートでは、この髪飾りを着けて行こう」
……可愛い。
デートしていても、次の予定を考えるくらいに白鷺には好かれている。
目で分かるくらいに、ご機嫌であった。
可愛いですね。
俺達は、そんな白鷺の可愛さを存分に味わっていた。
可愛いアクセサリーを着けて、好きな人とデートをする。
それは、女の子の夢。
握りしめた髪飾りは彼女の美しさ。
お嬢様の綺麗なお顔が、少しだけ柔らかくなる。
それはまるで子供のようで。
子供の頃の小さな幸せ。
お母様に連れられ、買い物をする思い出を感じられた。
手芸にはそんな魅力がある。
手芸部のみんなは、毎日努力をして手に怪我をしてでも頑張ってきた。
自分の作品が、誰かの幸せになる。
そう願い。
人の幸せは、私達の幸せ。
そう信じて努力をしてきた。
ふゆお嬢様の思い出。
彼女の内にある美しさに、少しだけでいい。
手伝いたい。
可愛いものは、女の子にとっては重要なのだ。
ふゆお嬢様のように、彼女の輝きに貢献出来る。
その事実が、クリエイターとしての自分を支えてくれる。
俺だって、同じ気持ちだ。
美貌や才能だけが。
白鷺冬華の全てではない。
赤色の薔薇の花。
その花言葉を今更、語るまでもなく。
白鷺の為に存在しているのだった。
貴女に赤い薔薇を。
文化祭一日目が始まり、モデル界の特級呪物、如月樹莉亜(三十○歳独身)により、フリーダムな振る舞いをされていた。
去り際に、人の彼女をロマンティクスしていた。
事務所に入るように口説くんじゃねえよ。
シルバートレイ片手に、思いっ切り追い回すのだった。
そうしたら、悲しきかな。
人は、老いには勝てぬ。
ジュリねえは、息を切らして倒れ込む。
お前(三十代)が、俺(高校生)に、勝てるわけねぇだろうが!!
人間の平均寿命は元々短い。
医療技術が発展しようと、体力は衰えていく。
疲れていても尚。
「こんな男より、私と契約してよ」
魔法少女かよ。
だから、大切な彼女やクラスメートを口説いて読者モデルにしようとするな。
後頭部をシルバートレイで殴られる。
萌花に怒られた。
「遊んでねぇで次の準備しろや」
ジュリねえを追い回していた最中。
萌花は、俺の担当テーブルまで掃除して綺麗にしてくれたらしい。
わぁ。
ありがとう。
「怒られてやんの」
ジュリねえは後で絞める。
それはそうと。
メイド服を着た、可愛い萌ちゃん。
彼女の姿はとても可愛いのだった。
シルフィードのメイド服を着込み、可愛いヘッドドレスを付けていた。
可愛い。
お人形さんみたいだ。
神様ありがとう!
萌花ママに感謝である。
俺は気付いたのだ。
好きだから愛しているのではない。
愛しているから好きなのだ。
如何に暴言を吐かれていても、この恋が変わることはない。
なんなら毎日、萌ちゃんの罵倒ASMRを聞いていたい。
好きと死ねは似ている。
「二文字以外合ってねえよ! だから、時間がねぇって言ってんだろがッ!!」
実家に帰ってきた安心感よ。
この恋は始まらない。
本編、再開。
文化祭一日目。
三組目の来訪者は、ジュリねえ以上の曲者だった。
「あらあら」
本編再開の初っ端から、うちの母親を出すのは卑怯だろうがッ!!
「なにが卑怯なの? 言ってみなさい」
不味い、思考が読まれている。
何故か分からないが、うちの母親の登場が以上に多いのだ。
しかも、よんいちママまで揃い踏みだった。
小日向ママや、白鷺ママ。
子守ママはいいとして、何でか秋月ママまで来ていた。
古参組みたいな落ち着き具合で混じっている。
アンタ、この前までアメリカだっただろうに。
文化祭にサプライズ参加していた。
「あら、ハジメちゃん。貴方に会いたくて、来ちゃった」
なんやこのアマ。
優しい笑顔で喧嘩を売られた。
ついこの間のことだ。
親の都合で、秋月さんをアメリカに連れて行こうという、出来事があった。
その際、俺と秋月ママの間で激しい口論をし、ボロクソに言い合ってしまったわけだ。
それ以来、秋月ママとは仲が悪くなりギクシャクしている。
というか、こちらからはちゃんとした連絡すらしていないけどさ。
秋月さんのお母さんと口論したのは悪いことだが、こちらには否はないし、下げる頭もないので無表情だった。
互いに、バチバチの敵対心を見せるが、あくまで文化祭だ。
楽しい場所で、真正面から殴り合うことはない。
「話し合いするのは、また今度にしましょう。行き付けのいいレストランがあるの。紹介するわ」
「……なるほど。素手で行きますか?」
「この期に及んで、殴り合うの前提とは、いい度胸ね」
拳は古来からの肉体言語だからな。
バチバチの敵意を向ける俺達であった。
秋月ママの話によると、そのレストランはカジュアルな格好でも入れるらしく、何度も通っている場所とのことだ。
有名店で、他のママ達も知っている。
仔羊のステーキが美味しいらしい。
とても柔らかくて独特な臭みがないから、ラム肉が苦手な人でも食べられる。
「パパと今度デートしたいわぁ」
やめろ、母親。
両親のそういう話は息子に効く。
……地元の話で盛り上がるのは構わないが、早く席に着いてください。
何でみんな、立ち話をしたがるのだ。
歳を取ると椅子に座れない呪いに掛かってしまうのか。
席に案内し、メニュー表を手渡す。
母親含め、ママ達は楽しそうに言う。
「あら、文化祭にしては本格的ねぇ~」
「去年より凄く豪華だわ。風夏がずっと自慢するだけあるわ」
「冬華さんも張り切っていましたの」
「へぇ、最近の子は文化祭に真剣なのねぇ。去年も来ればよかったわ」
「麗奈ちゃんのママ、この紅茶が美味しいですよ」
キャッキャすんな。
三十代後半の経産婦共が、楽しそうに女の子している。
一つのメニュー表を、仲良くみんなで見る。
わぁ。
よんいちママの圧力に負けそうだった。
うちの母親だけですら大変だと言うのに、娘さんの上位互換のママしかいない。
ママに挟まれた。
逃げ出せない。
そのせいか、娘達は我関せずと言いたげに、このテーブルから遠ざかり、近付こうとすらしない。
助けろや、マジで。
なんでサラッと彼氏を見殺しにするのだ。
ママに囲まれて勝てるわけがない。
いつもそうだけど、俺のことを値踏みされている。
みなさん、優しいけれど、鋭い眼光である。
すみません。
また今度、ご両親が揃っている時に顔を出しに行くので許してください。
バーベキュー付き合います。
いっぱいお肉焼きます。
「そういえば、何で女装しているの? 趣味??」
アメリカ野郎。
秋月ママは、誰も触れなかったところに触れてきやがる。
空気の読めなさは、秋月家の血筋かよ。
舐め腐りやがってからに。
俺は必死に怒りを抑えながら話をする。
「趣味じゃないですよ。給仕要員のメイドが足りないので仕方なくです」
「アメリカではそこらへんには寛容だから、気にしなくていいわよ。……でも、私としては孫の顔を見たいんだけど、そっちは大丈夫なの?」
席の空気がピリ付く。
優しいママ。
そんな人達が、女の顔になった瞬間である。
怖い。
娘が高校生になって、家族のことで手がかからないようになると、孫が欲しくなる。
無償の信頼から、ただ俺に優しくしているのではない。
娘が結婚し、赤ちゃんを早く抱っこしたいだけだわ。
赤ちゃん抱っこRTAである。
小日向ママ。
「やはり、孫は欲しいですよね。早い方がこちらも助かるというか……チラチラッ」
白鷺ママ。
「冬華さんが幸せならそれだけでいいですわ」
本音は?
「白鷺家の為にも、孫は男の子がいいですわ」
母親ァ!
白鷺ママに本音を言わせるな。
高校生から、白鷺家の命運を背負わされる身にもなってくれ。
秋月ママは、フォローする。
「数撃ちゃ当たるよ。今からなら、先は長いし全然いけるでしょ。なんなら今から頑張ればいいでしょ」
高校生から普通にセッ○スをさせようとするな。
アンタらの娘だろうが。
「子守さんは要望とかないの?」
「あ~、別に。ウチはそこらへん勝手にやるだろうし……ねぇ」
子守ママは、俺に視線を向ける。
早くしろとは言わないが、孫に期待をしている母親の顔である。
だから俺は高校生だって言っているのに、何で大人は平然と下ネタを言ってくるのだ。
歳を取ると、羞恥心というブレーキが壊れてくるのか。
よんいちママ。
「「「「だって、孫は早く見たいでしょ」」」」
やだよぉ。
怖すぎるよぉ。
最近、俺の彼女と、その母親の目がギラギラしていて、隣に居ると気が休まらないのだ。
こっちは、ついこの間、学校の保健体育で性教育を受けて、ちゃんと成人するまでは節度を持てと言われたばかりなのだ。
大学生になっても、まだまだ子供なのだ。
ずっと静かだった母親は、にこやかに笑って言う。
「娘を死んでも守ってくれる人なら、誰も文句は言わないわ」
男の命は投げ捨てるもの。
娘さんと過ごしてきた時間。
それは、ご両親と比べた場合、確かに付き合いは短いが、それでも娘を好きでいてくれるのは分かる。
娘が好きな人。
最愛の人。
その人を好きになるのは、親としては自然なことである。
「……最愛の人の、親の目の前で女装している人間を過大評価しないでください」
「ああ、うん……」
娘よりメイド服が似合うのがおかしいやろがい。
……そう言いたげに、よんいちママは項垂れていた。
すまない。
俺も本意ではないのだ。
女装などしとうない。
身を粉にしてでも働くのが男ではあるが、女装してお金を稼ぐのは不本意だった。
そもそも何で男の俺がメイド服を着ているのだ。
メイド喫茶・シルフィード。
最高級のメイド服。
カフスボタンに至るまで超絶技巧が施されていた。
袖を通すだけで格好いい。
綺麗で可愛い完璧なメイドさんに憧れるのは分かるし、たしかに男の夢だが、着る方じゃなく見る方だ。
何故、俺が女装せねばならないのだ。
野郎では、女の子の持つ可愛さなど引き出せない。
背が高い女装では見栄えが悪い。
それに、クラスの女子の方が可愛いのだ。
あいつらに給仕をさせろ。
「ママに似て可愛いじゃない。東山さん、そう思いません?」
「自分に似た女は嫌いだわ」
「ああ、うん……」
秋月ママよ、うちの母親の闇を引き出すな。
「んで、誰のメイド姿が一番好きなの??」
秋月ママは、厭味ったらしく言ってくる。
空気が凍り付く。
風夏、冬華さん、麗奈、萌花。
どう考えても、私の娘が一番可愛いに決まっているでしょう?
彼氏だったら選んでくれるわよね。
そうでしょう?
にこやかに笑いかけていた。
……やめろ、こちとら四股だぞ。
誰が好きとか、誰が一番とか、この作品唯一の禁忌である。
そう簡単に触れられるか。
誰を選んでも俺が死ぬ。
それだけは分かる。
自分の娘が一番可愛いと思うのは、世の中のお母さんなら当たり前だ。
俺の周りには可愛い女の子ばかりだからか。
娘の為なら、文句の一つも言いたくなる。
そうっすね。
何も言えないのだった。
「みんな可愛いです……」
秋月ママは、斬り込む。
「どのくらい?」
どのくらい??
マジでなんなの??
俺のこと嫌いなの??
秋月ママは、口を大きく開け。
「分かっていたでしょうに!? この世で一番、アンタのことが大っ嫌いよ!!」
ぎゃははは。
極悪非道な高笑いをするのだった。
人間のクズ。
秋月家の血筋。
「そりゃ、浮気もされるわ……」
「戦争だ! 戦争!!」
「最初に引き金を引いたのはアンタだろうがッ」
彼女の家族には好かれたい。
そんな気持ちなど、とうに失せた。
熱く騒ぎ立てる。
喧嘩っぱやい人間同士が喧嘩すると駄目である。
言葉の殴り合いだ。
秋月さんのママであっても容赦しない。
それを見ていた小日向ママと白鷺ママ。
「秋月さんって、始めてお会いしましたが、あんな感じなのですか?」
「今どきの方は、元気ですねぇ……。私の時代とは違うわぁ」
元々育ちのいいママ達は、ほのぼのとお茶をしていた。
元ヤン達。
萌ちゃんママは、うちの母親に聞く。
「秋月さん、元からあんな感じなんですか?」
「いつもはもっと可愛いのよ。私の方が年下なのに、ペコペコしながら頼ってくれるし」
「それ、東山さんと話しているからでは?」
ヤンキーのリーダーと、舎弟にしか見えない。
元ヤンは、元ヤンに弱い。
女の縮図である。
母親の怖さを知っている俺からしたら、納得の上下関係であった。
口うるさいやつは、顔面殴ったらすぐ黙るからな。
それはいいとして、秋月ママに問いかける。
「何しに来たんですか?」
「ニュアンス違わない?」
「いや、そういうのいいんで……」
わざわざアメリカから飛行機に乗って、娘の文化祭に来るような性格でもないだろう。
裏があるのは分かり切ってきた。
「私だって、麗奈のことは大切に思っているわよ」
女は、子供を産んで初めて女と呼べるようになる。
今の時代では問題発言ではあるが、事実母親になるのはそれくらいに大変であり偉大なのだ。
アホ面した二十代、三十代が多い世の中で、ちゃんと子供を産んで育てたという社会的地位は誇るべきだ。
出来た親でなくても、少しくらいは娘を気に掛けている。
なるほど。
典型的なDV毒親でも、少しは優しいみたいな感覚だな。
「一々棘がある言い方はやめてくれない?」
「こちとら、アンタ等が長期間アメリカに飛び立っていた間に、一年半以上掛けて秋月さんをちゃんと育てたんですよ」
他の卓に付いている秋月さんを見ろ!
ツイッター経由の女の子と、スプラッター映画の話で盛り上がっていた。
秋月さんが語る、残虐性の高い映画実況に、ファンの五臓六腑に染み渡る。
「……預けた結果、特殊な趣向が追加されてない??」
追加DLCかよ。
いや、こんなんに金払えねぇよ。
あと、スプラッター映画にハマっているのは俺のせいじゃないし。
「分かったわ。ちゃんと親の義務は果たすわ。……そうね、麗奈に性教育しとけばいい??」
何で、親の義務がそれなんだよ。
もっと色々あるだろうが。
母親らしく、料理とか教えてあげてくれ。
「君の周りは、可愛い可愛い女の子ばかりなんだし、あの子が勝てるのはおっぱいと床上手くらいでしょ」
「先にモラルを学んで来い……」
人は誰しも出来、不出来がある。
出来ないことを伸ばすよりも、出来ることを伸ばす方が効率的である。
……なんでそれが性の業なんだよ。
秋月ママは、キメ顔で言う。
「私の娘だもの……」
私のドスケベ遺伝子は、脈々と継承されている。
女の武器はえっちな身体である。人間、顔や性格、料理よりも○ックスだ。
セッ○スより気持ちいいものはない。
セ○クス最高。
娘さんに謝れや。
あと、セックスセックス言うと、俺のツイッターが炎上するんだよ!
アメリカ仕込み。
性におおらかなのがお国柄だ。
いや、アンタは日本生まれ日本育ちだろうが。
「話が一向に進まないから、やめてくれないですか?」
秋月ママは、久しぶりに日本にやって来て気分がいいのか、楽しそうに長々と話す。
いやそれは構わないのだが、俺にもメイド喫茶の仕事がある。
お茶を淹れたり、お菓子を提供する暇がない。
文化祭をやる以上は、売り上げの為に貢献しないといけないわけだ。
というのか、秋月ママを優先するなら、他のママを優先したい。
小日向ママは可愛いし、白鷺ママは綺麗だし、萌ちゃんママは萌ちゃんだし。
他のママ達は魅力的なのだ。
新規参戦、アメリカ仕込みのドスケベ巨乳むちむち帰国ママという破格の性能を持ってしても、俺が靡くことはない。
「ハジメちゃん、ハジメちゃん。ねえねえ、私は?」
母親は黙ってろ。
サラッと、ヒロインママレースに食い込んでくるな。
肉親だろうが。
「最近、ママの出番少ないと思うの!? こんなに頑張っているのに」
ラノベの母親キャラが、定期的に出番があるわけないだろうに。
普通におかしいんだよ。
なんで、当然のように母親のストーリーに尺を取らなければならないのだ。
あんた、インスタにストーリー上げてるんだから、それで満足しろよ。
よんいちママがみんな集まると、凄くうるさいのだった。
楽しそうにおしゃべりする様は、何だかいつも見ているような気がしてきた。
まあ、娘よりマシか……。
野生のシルバートレイが、後頭部を直撃する。
彼女による叛逆の物語。
それを見ていた、秋月ママ。
「……本当に、なかよしなの?」
私、それ知らない。
スマホ越しでしか、俺達の仲を知らない弊害である。
「喧嘩するほど仲がいいってやつです」
誰が投げたのかは分からない。
しかし、ママ達の前で娘にブチギレして、人狼ゲームをするわけにもいかないので、シルバートレイを拾って静かに返す。
みんな各自のシルバートレイを持っているから、投げられたシルバートレイは、出処が不明のシルバートレイである。
知らんて。
言い訳するにしても、もっと色々あるやろ。
スーパーヒーロー並みの豪腕での投擲が出来るやつなんて限られているんだよ。
よんいち組は、我関せず焉。
俺を見捨てていて、ガン無視するのであった。
いや、お前ら。
自分のママを任せるなよ。
よんいちママに好かれているのか、実の息子のようにベタベタしてくる。
「もしかして、寝た?」
曰く、一発ヤッた女の好かれ方だ。
秋月ママは、俺で楽しんでいた。
……だから、何なんだよ。
セクハラしてくるな。
そっち系に話を持っていこうとするな。
俺からしたら、彼女のお母さんは大切な人だ。
手は出さないし、劣情は抱かない。
いやまあ、皆さんは可愛いし、綺麗だし、娘さんにも負けず劣らず素敵な女性だから、そりゃドキドキはするけども。
「評価高いじゃない」
「いや、お世辞です……」
「「「……何ですって?」」」
怖いって。
彼女のママだからこそ、気を遣う場面ばかり。
怖いドキドキと、好きのドキドキを孕んでいたのだ。
この場での安易な発言は、身を滅ぼす。
みんな、鋭い目をしていた。
ママ同士の仲がいい。
それはいいことだ。
しかし、それでも自分の娘が一番可愛いのだ。
娘の為なら殺し合いも厭わないだろうか。
よんいち組で仲良くしているからいいものの、恋愛……。
好きになったのが一人で、奪い合うかたちだったなら。
ママ同士で殴り合いをしていたのかも知れない。
俺では計り知れないところで、母親同士の攻防が行われている。
懐かしいぜぇ。
この、恋愛特有のギスギスした感じ。
……ラブコメとはよく言ったものだ。
こういった、人間同士の対立と探り合いで肌がヒリ付く感覚。
この恋の恋愛でしか味わえないわ。
前方にママ達。
後方によんいち組。
なんで監視されてるんだよ。
ママ達は、俺が淹れた紅茶を飲みながら談笑をする。
和服美人の白鷺ママは、俺に優しくしてくれる。
「東山さん、困ったことがあったら言ってくださいね?」
「え? 孫のことですか?」
俺がそう発言すると。
そうじゃねぇ。
即座に元ヤンママ組は、否定するのだった。
やめろやめろ。
俺に罵声を浴びせ、娘みたいな反応をするのは禁止だ。
うちの母親と、秋月子守ママを相手にするのはどう考えても無理だ。
卑怯だろ。
アンタ等、大人なんだから一人ずつで来い。
同じタイミングで、三人も相手に出来るかよ!?
ヤンキーは群れる。
これ、試験に出ます。
そんな光景を見ているは、いい育ちをしているママ達だった。
小日向ママと白鷺ママ。
二人は、温かい目をしている。
「男の子は元気ですね」
「娘しかいなかったですが、……ああいうやり取りを見ていますと、やはり男の子が欲しくなりますよね」
「まあ!」
実の娘も可愛いが、欲を言えば男の子が欲しかったママ達。
他人の息子とはいえ、元気な男の子がいる人生に憧れがあった。
母親として、四十代から色々始めて生き方を変えるのは難しいけれど、娘に夢を託すことは出来るだろうか。
「みんな若いんだし、まだ妊娠出来るんじゃない? ピンチはチャンスよ」
秋月母親ァ!?
まともな人間に変なことを言うんじゃない。
どうしてなのだ。
何故、文化祭という学生主体のアオハル空間で、子作りの話をしているのだ。
曰く、若い子達の恋愛話を聞いていると、自分達も恋愛をしたくなるものだと言う。
……だからね?
いや、だからじゃなくてさ。
俺に視線を向けるな。
高校生よりはしゃぐのやめてほしいのだが、言って聞いてくれるわけもない。
白鷺ママは、嬉しそうに。
「私、学生時代はお稽古ばかりでしたのでとても楽しいですわ」
白鷺の人間として厳しく育てられていたせいか、高校の時は友達同士で楽しい思い出もなかった。
そうなのか。
学生時代、盗んだバイクで走り回っていた人間には、とうてあた想像出来ない世界だったからか。
元ヤン達は静かになっていた。
白鷺さんは苦労していたのね。
……いや、白鷺ママも人知れず苦労しているのは知っているが。
白鷺ママは、別にぼっちだったわけではないぞ。
入学当日。
白鷺のお義父さんに一目惚れされて、求婚されてからすぐに婚約した人だからな。
高校三年間は最愛の人と充実した生活を送り、大半は花嫁修業をしてきた身である。
ふゆお嬢様のお母様は、もちろんお嬢様だ。
元ヤン共。
高校時代はずっと喧嘩に明け暮れ、見せしめに敵のマン毛をライターで焼いていたやつと一緒にするのはどうかと思う。
敵のマン毛を焼いたところで意味はないが、見せしめにマン毛を焼くというのには意味がある。
人は知らぬことに恐れを知る。
狂っているやつに近寄る人間はいないのだ。
そう考えると、我が母親ながらやばいやつである。
のほほんとした表情をしているが、目が笑っていない。
結婚して所帯を持つ身だとしても、ヤンキーは死ぬまでヤンキーなのだ。
それが人の業。
そういった意味では、普通の学生らしい青春をしてきたのは、小日向ママだけであった。
普通の提案をする。
「それでしたら、カラオケでも行きましょ」
「カラオケでしょうか?」
陰キャの読者の為に、俺がカラオケというものを説明しよう。
カラオケとは、お金を払ってたくさんの曲が歌える施設のことだ。
時間いっぱいまで、自分の好きな音楽を歌える。
好きなアニソンを歌ったり、デスボイスで叫んでもいい。
カラオケとは自由。
自由とはカラオケ。
生まれながらに白鷺家のしがらみに縛られていた、白鷺ママには無縁であろう場所である。
カラオケの機械には色々な曲が収録されているから、好きな歌が歌えるのだ。
白鷺ママは、目を輝かせて言う。
「演歌とか、民謡とかでしょうか? 北島三郎ありますか??」
……そもそも人としての土台が違い過ぎるのである。
あゆとか歌ってそうな女は、真顔だった。
てめぇとは生まれが違うんだよ。
毒チワワ。
「クソガキ、覚えてなさい」
秋月ママから、死刑宣告を受けるのであった。
そんなに怒ることある?
まあ、なんだ。
次会ったら殺されるのならば、会わなければいい。
心霊スポットに行かなければ幽霊に取り憑かれないのと一緒だ。
秋月ママとは金輪際、会わないようにしよう。
「娘の親なんだから、敬意を払いなさいよ」
「四人もお母さんがいると、一人くらいは適当になりますよね」
「私は、子供か!?」
ツッコミ上手いな。
流石、秋月さんのママだけあってか大概面白いよな。
悪い意味で。
もうちょっと、貴方の血を抑えてくれたら、娘さんも大人しかっただろうに。
「ドスケベなのはパパの血だから」
地獄だね。
皆の脳裏に過るは、離婚協議で揉めた挙げ句、妻が急遽日本に逃げ出して、激務続きの休日に、暗い自室で独りで項垂れている父親だった。
しかし、当の本人は、文化祭で紅茶を飲んで寛いでいた。
「やっぱ、日本は最高だわ」
浮気したやつが悪い。
仕事が忙しいのに、浮気する暇はあるわけがない。
秋月ママは、そう語りながら、久しぶりの日本を楽しんでいた。
……早くアメリカ戻ってくれないかな。
彼女のお母さんとはいえ、容赦はしないぞ。
いい姑とは、口を開かない人だけである。
まあ、無理だな。
母親のことなど、娘の行動を見れば分かるものだ。
秋月さんの相手をするくらい疲れてきた。
あと貴方達の話が長いから、そろそろやめてくれませんか。
ママ達の会話がずっと続いているから、娘のデートのお話に移れないのですが。
「……どうせいつもデートしているんだから適当でいいじゃない」
どうせ。
いつも。
適当。
その言葉を聞かれると、俺が怒られるんだよ。
「尻に敷かれるの早くない?」
みんな、尻がでかいからね。
二度目のシルバートレイが飛んでくる。
よんいちママの時間が過ぎ、みんなは帰り支度をする。
最後にうちの母親が余計なことを言って帰っていった。
「じゃあ、よろしくね」
「はあ……」
俺が呆れつつ見送ると、秋月さんが近寄ってくる。
「真央さんなんて言ってたの?」
「……ああ、いや。特に何も」
まあいいじゃないか。
俺はそう言って話を濁す。
しかしながら、秋月さんはにんまりと笑い、逃さないように追撃をしてくる。
「本当かしら? お母さんが余計なことを言っていたみたいな、嫌な顔をしてなかった?」
「まあ、そうだけどな。……うん、本当に特に何も言っていないんだ。だがまあ、肉親特有の見透かされている感じだよ」
母親が、息子に視線を送る。
それだけで色々分かるのは、家族だからだろう。
あの母親の表情。
ニュアンス的には、文化祭は大好きな彼女と仲良くなるチャンス!と言いたいのだろう。
女の子からしたら、高校三年最後の文化祭は、一生の思い出になる。
ハジメちゃん。
逃げれば一つ。
進めば二つよ~。
いや、意味分からない。
専業主婦で暇だからって、家でサブスク観るなよ。
こんなことなら、俺の女装にツッコミ入れられた方がよかったわ。
うちの母親が、この世界で一番おかしいのバグだろ。
母親達は、ひとしきり紅茶を飲み、談笑した後に白鷺ママと一緒にカラオケ行きやがった。
俺は、さっきからずっとなにを見せられているのだろうか。
「東山くん。まあ、互いのママの仲がいいのはいいことだし……」
秋月さんはフォローを入れてくれるが、自分の母親に思うことがあるのだろう。
いつもより、口数が少なくなっていた。
うんうん。
変な親を持つと、子供は苦労するよな。
「お前もだよ!!」
シルバートレイが脳天に直撃。
お前ら、シルバートレイの形状が変わってきたぞ。
「俺と秋月さんはちょうど休憩時間だし、幸いでしたね」
妹、ジュリねえ、母親といった強キャラを捌き切り、やっと休みが取れる。
秋月さんと二人でテーブルの片付けしながら、遊びに行く場所の予定を決める。
急いでいる為か、カチャカチャと食器の音が鳴る。
「陽菜ちゃんと絵里ちゃんのところは行くとして、東山くんは他に行きたい場所はある?」
「いや、特にはないかな。漫画の参考として、学校全体は回りたいくらいだよ」
「ふふふ、こんな時でもブレないわね」
秋月さんに笑われる。
口元を少し隠しているのが可愛い。
「すまない。癖みたいなものだからさ」
漫画を描いていると、日常生活でも漫画に活かせないかと考えてしまう。
特に文化祭の風景は実際に味わってみないと分からない。
学生の拙い催し物ではあるが、みんな創意工夫をしているわけだ。
それを楽しめるのは学生である今だけだ。
大人になったら味わえない。
それが青春だ。
「私も回りたいところはあまりないから、東山くんの好きにしたらいいわ。色々回れて、私も楽しいし」
「そう言ってくれて助かるよ」
「そうだわ。少しはだけ他のクラスに顔出ししていい? メイド服を自慢しなきゃ」
「別にいいですよ」
きゃー。
可愛い洋服を着ているだけあってか、はしゃいでいた。
女の子同士で可愛いの交換がしたいらしい。
女の子特有だな。
まあ、宛もなく一時間文化祭をぶらぶらして楽しむよりはマシか。
それから、仕事を他の人に引き継ぎ、休憩に入る。
着替える時間はないため、俺や秋月さんはメイド姿である。
メイド服の女の子と、メイド野郎。
二人で廊下を歩いていると。
「なんか、デートっぽくないわ」
秋月さんは、真顔でそう言う。
知らないよ。
俺に言わないでくれ。
「女の子同士で歩いているみたいだわ。しかも、東山くんって、私より人気がある!」
「気にしないでくれ……」
小日向はいい。
白鷺もいい。
だが、彼氏に負けるのは許さない。
ハジメは通さない。
ガガゼト山かな?
「東山くん、さっき焼きそばをおまけしてもらってた!」
「いや、別に俺だから、おまけしたんじゃないと思うが……」
女の面した百七十センチの高身長メイドが屋台に来たら、おまけしてくれるのは必然だろう。
いっぱい食べそうだしな。
あと、焼きそばには運命的な縁があるから……。
……焼きそばか。
ちょむ子、元気かな。
(詳しくは第六十九話参照)
焼きそばを食べながら歩いていた。
行儀が悪いメイドがいると言われているが、気にしない。
秋月さんは、自分に魅力がないことに嘆いていたが、普通の人間はガチでデートを楽しむ気満々の人間を見たら声掛けにくいわ。
今日の秋月さんは。
髪型からメイク。
眼光までガチ過ぎる。
朝一美容室に行ってきたらしいし、人生をかけていた。
文化祭に対する本気具合がやばい。
この恋、最終回じゃないぞ??
たしか、去年もこんな感じだったっけな。
懐かしい。
そういった意味では、毎回同じイベントを繰り返しているのに新鮮である。
「何度、文化祭を回っても、俺は幸せですよ」
「東山くん……」
焼きそば食べながら女装した主人公が語る言葉ではなかったが、許してくれ。
この物語にロマンス要素を求めるのが間違いなのである。
カッコイイ場面を準備するのは簡単だが、リアルでは有り得ないからな。
普通に、平凡な文化祭を一緒に回るから楽しいのだ。
秋月さんは基本的にはかなりのクレイジーだが、何も起きなければ落ち着いた人である。
文化祭の雰囲気を楽しみながら、知り合いに顔出しに行くのは楽しいものだ。
他クラスの女子と話しながら、和気あいあいとしていた。
やはり、よんいち組の中でも顔が広い。
別け隔てなく接しているあたり、コミュ力が高い。
そんな秋月さんが可愛いからか、他のクラスの男子はナンパしてくる。
「秋月さん、暇だったら一緒に文化祭を回らない?」
「彼氏がいます」
ぐいっと手繰り寄せられる。
「へ?」
女装した俺を見る。
じっと観察し。
「へ??」
二度見した。
いや、その反応は正しい。
男子からしたら、言いたいことは多々あっただろうが、ガチ過ぎる目をした女子を前にして反論するわけにはいかない。
怒った秋月さんに、顔面殴られるからな。
男子は諦めてくれた。
見送った後に、秋月さんはご機嫌ななめにむくれていた。
「東山くんもなにか言ってくれてもいいと思うな」
「ああ、そうか。愛している女性なんで、ちょっかい出すのはやめてくださいとか?」
秋月さんって、恋愛映画によくある展開を求める今どきの高校生だもんな。
オラオラ系の彼氏好きそうだし。
「校舎裏いきましょ」
なにをするつもりですか?
秋月ママ譲りの、メスの目をしていた。
もしかして、オラオラ系なのは貴女ですか??
身の危険を感じる。
文化祭の校舎裏。
男女が二人、何も起きないわけもなく。
俺の文化祭は、いまここで終わるのか……。
この恋最終回。
やめろ、終らせにくるんじゃない。
俺にも男の意地がある。
両手で受け止め、取っ組み合いをする。
真正面から襲ってくる秋月さんを迎え討つ。
うかつだった。
女の子の性欲を甘く見ていた。
相手は、あの秋月麗奈さんだぞ!?
男の俺如きでは、勝てるわけがなかった。
それから、色々ありながら時間を過ごし、一年生の教室にやってきた。
出迎えてくれたのは、顔なじみのクソガキだ。
「わあ、お兄ちゃん。麗奈ちゃんだぁ!!」
「おはようございます」
一年生のたこ焼き屋。
妹の陽菜と絵里ちゃんは、自作したクラスTシャツを着て、張り切ってたこ焼きを焼いていた。
我が妹は、慣れた手付きでたこ焼きを滑らかに転がす。
「ほっほっほっ」
香ばしい香りが広がっている。
そのためか、通行人の目に止まりやすい。
かなり繁盛しているようだ。
陽菜は自信満々に言う。
「えっへん。看板娘がいるからねっ!!」
絵里ちゃんのことだよな。
自分のことを言っていたら、兄であっても引くぞ。
「絵里ちゃん!」
「あ、はい!」
二人は息を合わせて。
たこ焼きの歌。
「たこたこたこ焼き! 小麦粉、揚げ玉! 山芋、紅生姜! 真ん中は大きなタコさん! まるまるまるまる。お味は、ソースに青のり!!」
仕上げはやっぱり。
「かつおぶし~」
かつおぶしのポーズ。
茶番極まりだな。
楽しそうに、たこ焼きのダンスを踊るが二人。
俺達は何を見せられているのだ。
妹の訳が分からないノリに付き合わされる絵里ちゃんが可哀想である。
妹に合わせ、あわててダンスを踊る様は、涙なしには語れない。
幼稚園から妹の親友をしてもらって何だが、陽菜のどこがいいのか教えてほしいものだ。
あんな妹に付き合ったせいで、絵里ちゃんは十回以上も怪我をしているはずだ。
「私達も百回は怪我しているけれど?」
俺に会ったが運の尽きってね。
人と人は、迷惑を掛け合って生きているのである。
「人災だけど……」
妹は、人は一人では生きていけない。
自然とそれを表現しているのかも知れない。
たこ焼きを焼くだけでは、たくさん売れない。
絵里ちゃんという、かつおぶしをする役がいないと、販売する際の見栄えが悪い。
「そもそも、かつおぶし役ってなにかしら?」
「知らん。あと、陽菜から説明を受けても絶対に理解出来んぞ」
俺や母親の家族だぜ。
人智を越えた思考回路をしていてもおかしくない。
陽菜から受け取ったたこ焼きを食べる。
踊りながら焼く意味は知らんが、たこ焼きは絶品であった。
ソースと青のり。
かつおぶしの三位一体。
合体は爆発だ。
とても美味い。
例えるならばそうだな。
俺が口にしようとしたら、陽菜が割り込んでくる。
「爆弾焼き!」
別モンだからな?
「爆弾焼き、爆弾焼き♪」
案件作ろうとするな。
「東山くん、ちゃんと美味しいって褒めてあげてね」
秋月さんにそう言われると、普通に恥ずかしいけれど褒める。
妹を褒めるのも兄の努めだからな。
「まあ、美味しかったよ」
どやぁ。
なんでウチの妹が一番態度がデカいんだよ。
絵里ちゃんを見習え。
どやぁ顔してないで、真面目にたこ焼きの盛り付けをしていた。
パーフェクトトレース。
カメラでストロボを焚くように、瞬間瞬間の動作に全く無駄がない。
料理人の動きをしていた。
絵里ちゃんの真面目な性格を表していた。
どのたこ焼きも、寸分違わずに同じ味付けをする。
一ミリも無駄がない。
二人は幼馴染だけあり、阿吽の呼吸で作る。
たこ焼きを焼く、天才だったか。
いや、違う。
二人は、銀だこのお店の前で数時間以上も張り付いて、その技術を盗んだのだ。
「お店の人にごちそうしてもらった!」
「陽菜ちゃん、あれはお金がないから憐れんでくれたんだよ」
子供二人が数時間もガラス越しにたこ焼きを覗き見ていたら、誰だって奢ってくれる。
俺だってそうする。
あと、ウチの妹はよだれを垂らしながらガラスに張り付くタイプだ。
……お店さんには今度、菓子折りを持っていくか。
そんなことを考えつつも、たこ焼きを食べてしまう。
「まあ、美味しいな」
「ふふん。だって愛情が入っているからね」
「え、お前のか?」
その言葉に、怪訝してしまう。
妹の愛情はいらんよ。
だって妹だぞ。
「絵里ちゃんだよ。お兄ちゃんが食べる分はかなり頑張っていたんだよ」
「絵里ちゃんの愛情なら有り難いわ」
妹だと嫌だが、可愛い女の子からなら普通に嬉しい。
「愛情は、少ししか入ってません」
絵里ちゃんは、照れている。
可愛いなぁ。
「は?」
隣の怖いお姉さんからインターセプトされたので、この話は終わりにしよう。
メイド服を着た秋月さんに殴り飛ばされるのは好きだが、痛いのは嫌だ。
「そうだ! お兄ちゃん、みんなの分のたこ焼きも買っていってよ」
「小日向達の分もか? あいつなら、顔出してくれるだろう?」
そこらへんは律儀な人間である。
だがまあ、クラスの男子連中に買っていってもいいかもな。
あいつらは、一年生の屋台には恥ずかしくて行けないようなヘタレばっかりだ。
三年生になっても、可愛い女の子がいる場所には行けない。
面白い話題を振れるくらいに女の子に慣れろとは言わないが、あいつらの恋愛に心配してしまう。
心配なやつらではあるが、頑張っているのは事実だ。
裏方への差し入れはしておこう。
「じゃあ、少しだけ買っていくわ」
陽菜からたこ焼きを複数購入する。
「陽菜にも一個買って!」
「は? なんでお前が作ってるのにお前に買うんだよ」
「お兄ちゃん、お金持ちでしょ」
仕事をして金は稼いでいるが、貯金しないといけない人間である。
妹の食費に使えるほどの余裕はない。
「……というのか、文化祭用に母親からお小遣いもらってただろ?」
「一瞬だよ」
えっへん。
文化祭を楽しんだで賞。
お昼すぎの間に、遊びまくって食べまくっていた。
おいおい、妹よ。
文化祭は明日もあるんだぞ……。
明日の昼飯はどうするんだよ。
我が妹ながら、母親に似て計画性がないというか。
粉もんすすって生きてくれ。
「明日は、風夏ちゃんや、ふゆちゃんに奢ってもらうもん」
さも当然のように、人様の彼女にたかるなよ。
年下というアドバンテージを活かし、多方面にアプローチを掛け食いつなぐとは、末恐ろしい妹である。
秋月さん曰く。
「普通に東山くんの妹らしいけどね……」
なんだと。
まるで俺が、他の人に甘えているみたいではないか。
多少ファンからイベントの差し入れでコーヒー豆を貰うことはあるが、それくらいで、自分からなにかを求めたことはないぞ。
「普通の人は、ファンからコーヒー豆を貰わないわよ」
「地方だと、いい銘柄を出してる店も多いし助かるんだ」
東京だとどうしてもコーヒーショップはチェーン店が多く、味もいいし質も高いが、経営者の趣味が反映され、厳選された上質な豆となると探すのは大変である。
いやまあ、コーヒー豆に優劣があるとは言わないが、やはり楽しむ側としては新しい発見をしたい。
出逢いは大切だ。
「コーヒーの話は長くなるから置いておいて、陽菜ちゃん達はどっか回ったの?」
「輪投げしたよ! んでね、ぬいぐるみもらったの」
「お兄さん、陽菜ちゃん一発で輪投げを穴に入れたんですよ」
縁日で色々な遊びをしたらしく、そりゃお金はなくなるわな。
陽菜は、その時貰ったちいかわのぬいぐるみを俺にくれるらしい。
俺は、ちいかわを抱き抱える。
すまん、邪魔。
「陽菜ちゃん、ありがとう」
秋月さんは喜んでいるけどさ。
家に帰ってから渡せや。
なんで、文化祭もまだ半分の状況で、ちいかわ抱えているのだ。
絵里ちゃんが居る手前、陽菜に文句を言うわけにもいかなかったし。
あと、こいつの場合は俺からお小遣いを貰う口実としているだけだぞ。
まあ、ちいかわのぬいぐるみをもらっているわけだから、相場くらいは払うけどさ。
「いぇい。お兄ちゃん大好き」
「……俺はお前のそういうところが嫌いだがな」
兄の財布を軽くする。
それが我が妹の特技である。
「何だかんだ陽菜ちゃんには優しいわよね」
「そんなことはないがな。……ほら、お前一人だけじゃなく、絵里ちゃんにも奢るんだぞ」
「お兄さん。ありがとうございます」
「宴じゃあ~」
ちきちきどんどん。
何なんだよ、この妹は。
だから、明日も文化祭があるんだから考えて使えよ。
それは無理だった。
一時間が経つのは早く、俺達二人は教室に戻ろうとしていた。
楽しそうにしている他の生徒を見ながら、秋月さんは言うのだった。
「文化祭っていいわよね。やっぱり楽しいわ」
秋月さんは、こちらを見て笑っていた。
去年よりも楽しくて。
だけど、少しだけ騒がしい。
そんな日々が続けばいい。
そう言いたそうな顔をしていた。
「ねえ、東山くん。……もしも、私がアメリカに行っていたら東山くんはどうだったのかな」
迎えに来てくれたのか。
この関係が終わってしまっていのか。
過ぎ去った話だ。
もしもなんてないが、不安になることがあるのだろう。
子供など、両親に強く言われたら従うしかない。
それが子供である。
しかし、俺の答えは決まっていた。
「迎えに行きますよ。何度だって」
例え、どれだけ距離があろうと、そこが世界の裏側だとしても、その言葉に嘘偽りはない。
二人の間に幾度となく障害があり、越えられない壁があろうとも、この想いが変わることはない。
すれ違って、幸せになれない運命だとしても、俺は諦めない。
どんなに不幸だとしてもいい。
そう思って生きている。
生きるのが辛かったとしても、前を向いていれば、少しばかしの幸せはある。
多分、生きるってそういうものの積み重ねなのだ。
諦めなかったものの数だけ、生きてきた証が増え、大切なものになってくれる。
その思いは秋月さんも同じだった。
「私はこの学校が好き。クラスメートも好き」
「そして、東山くんを好きになってよかった」
秋月さんは、恥ずかしそうに笑ってはにかむ。
そう告げる彼女は、美しかった。
愛おしい。
好きだから?
愛しているから?
いや、違う。
まるで家族のように、大切な人だから。
「はい。俺もそう思ってます」
人は、生まれも、住んでいる場所も、生き方も変えることは難しい。
だが、好きな人は自分で決められる。
誰だって、自分の景色を変えることは出来る。
そう信じている。
幾年、幾億年先も、笑い合って生きていく。
クラスに戻るまでの些細な時間が、とても大切に思えた。
「アホカップル、アホ面してないで早く仕事に戻れ」
教室に戻ると、萌ちゃんにより、現実世界に戻されるのであった。
俺達が遊んでいた間、萌花が率先して仕事を頑張ってくれていたのは理解している。
しかし。
「この女、やっぱり嫌いだわ」
秋月さん。
勝てねえ勝負をするのやめようよ。
秋月麗奈デート編
完
秋月さんとの文化祭デートが終わり、一時間だけメイド喫茶を回すと次は白鷺と一緒に回る約束がやってきた。
「回りたいところがいくつかあるのだ。すまないが着いてきてもらってもいいか?」
「へいへい」
白鷺に誘われ、歩いて行くと、校舎から出たところのテニスコートに連れて行かれた。
テニス部の出し物は、テニスで勝負をして勝利すると、ハート型の風船をプレゼントしているらしい。
形式上は真剣勝負だが、手を抜いてくれるのが世の常だ。
白鷺の相手は二年生の後輩。
現テニス部のリーダーである。
ふゆお嬢様の背中に憧れる可愛い後輩だったが、その実、闘志に溢れていた。
「白鷺先輩とこうして一戦交えることになろうとは……」
そういいながら、二人はラケット片手にコートに着く。
「加減はしないぞ」
メイド服というふざけた格好で神聖なるコートに足を踏みれてはいるが、それでも相手は白鷺である。
三年生という立場上、エースとして退こうが先輩としての威厳は失わない。
一度ラケットを手にしたら、選手としてのスイッチが入る。
闘争本能。
人間としてのプレッシャーが上がる。
白鷺は真剣な眼差しで、ボールを空高く上げる。
打ち抜く威力は、化け物だ。
白鷺の高い身長から叩き付けるボールの角度は、常人には視認出来ない。
雷槌の如く。
コートに叩き付けた。
それからは試合と呼べるものではなかった。
天才による圧倒的な蹂躙。
全てを破壊し尽くす。
純粋なる血。
白鷺は、自分の持つ血筋と才能を、この瞬間に注ぎ込み、後輩を叩き潰す。
完膚なきまでに破壊する。
一方的な戦いは、人の為せる技ではない。
天才は、確かに存在する。
しかし、その才能を十全に振るい、本能のままに動けば殺戮と変わりはない。
息を呑みながら見届けた試合は、白鷺の完全勝利で終わる。
それでも、戦った二人は晴れ晴れとした表情だった。
全てを出し切った二人だからこそ、分かることがあったのか。
握手を交わす。
「先輩、これで終わりなんですね」
「ああ。すまない。だが、私は本気を出した」
「はい……。先輩の本気。すべてを受け取りました」
白鷺は、泣き出す彼女を抱き締め、優しく包み込む。
「すまない。私にはこれくらいしか出来ない。不出来な人間ですまない」
白鷺は、真面目な性格故に、自分の全てを出すことでしか、自分を表現出来ない。
大切な後輩に伝えたいことや、伝えたい思いが沢山あっても、それを口にして表現するのは難しい。
恩返しをするつもりが、恩を返してもらっていた。
白鷺先輩。
あと何度そう呼べるのか。
互いに残された時間は少ない。
みんな、大好きな白鷺に抱き付き、涙をする。
憧れだけでは、人を成長させない。
戦い合い。
競い合い。
それでも足りないくらいの別れがあるから、人は人の大切さを知るのだ。
「白鷺……」
俺は、その光景を見ながら感動していた。
テニスを通じて得た絆は、彼女達だけにしか分からない。
俺みたいな人間には一生理解出来ない感覚だろうか。
ただ。
それでも、白鷺の気持ちだけは分かっていた。
大切な後輩も、大切なテニス部も託して去らねばならないのは寂しいのだと。
白鷺冬華は、ずっと昔から寂しがり屋だから。
……少し離れて、彼女を見守ることしか出来なかった。
白鷺は、勝利者の証である赤いハートの風船を持ってきた。
白鷺は風船を俺に差し出す。
「東山、受け取ってくれ」
「何故、俺に?」
しかし、その風船は受け取れない。
白鷺が頑張って手に入れた大切な風船である。
何もしていない俺が貰う権利はない。
「いや、それでいいのだ。私の大切なものは、全て東山に受け取って欲しい」
「ありがとう」
かなり愛が重いけれど、白鷺がくれた愛ならば素直に貰うしかない。
「そうか。よかった」
嬉しそうに微笑む。
可愛い。
文化祭でハートのアイテムが特別で、特別な人にあげる意味がある。
ほら、文化祭の伝説とか、ライトノベルの鉄板である。
女の子からハートを貰うのは、不思議な感覚だった。
俺達より後に来た他の人は、男性が頑張って風船を取ろうとしていた。
運動神経ゴミカスな俺では、何度挑戦しても手に入れることは出来ない。
白鷺は、それを分かっていて俺のために取ってくれたのかも知れない。
男として、恥ずかしいことだな。
運動が得意な優秀な男であればよかったが、無い物ねだりをしても醜いだけだ。
自分の出来ることをするしかない。
貰ったハートを、白鷺に手渡す。
「俺の気持ちも同じだよ。白鷺、いつもありがとう」
赤く輝くハート。
キラキラとしたラメ入りのその色は、今どきの女の子らしい可愛らしいデザインだった。
しかし、白鷺のような女性が手に持つには派手過ぎる。
お嬢様には似つかわしくない。
まあ、そうだろうが、それでも白鷺はハートの風船が好き。
それは、なによりも大切なことだ。
白鷺にハートを手渡せる男性が俺しかいないなら、俺がやるしかない。
幸せそうに受け取る。
「何故にハートは赤いのだろうか」
白鷺はそうつぶやき、受け取った風船を眺めていた。
……詩的だな。
俺はそう思ってしまった。
好きなものを眺めている女の子はどうしてこうも美しいのだろうか。
言葉を失い、息を呑むほどに、俺は白鷺の美しさに見惚れていた。
「さあな。ただ、赤色が一番美しいのは事実だろうさ」
色彩は数百と存在するが。
白鷺の髪飾りと同じ色。
赤く輝く薔薇の色は、彼女によく似合う。
彼女が大切にしている赤い薔薇の髪飾り。
赤いハートの風船も、シルフィードのメイド服も、白鷺冬華の人生の中で選んできた好きなものである。
自分で選んだものが自分に似合うのは当たり前だ。
なにより、白鷺は誰よりも美しい。
皆に愛されている。
才能もある。
それでも、人並みの幸せを願い、人並みの不安を抱くのが人間である。
それはどれほど優れた人間だって同じことだ。
「私は、思うのだ。どんなに頑張っても、風夏のように可愛くはなれないだろうと……」
白鷺は、いつも小日向と比べてしまう。
親友だからか。
隣に居れば、自然に比べてしまうのだろう。
無論、二人は環境も性格も似ても似つかないが、似ている部分はある。
自分に自身がないところだ。
如何に愛され、祝福されていても、自分で自分を好きにならない限り、人は幸せにはなれない。
「なんで小日向に憧れるのか分からないが、白鷺は白鷺のままでいいんじゃないか?」
別に、誰も白鷺のことを否定しているわけではない。
後輩を本気で叩きのめしたのはびっくりしたが、それは白鷺だけが持つ優しさである。
純粋なる強さなど、女性としては相応しくない。
白鷺は自分の強さを忌み嫌うが、それは違うのだ。
俺が弱過ぎるだけだ。
そのせいで白鷺の凄さが目立ってしまう。
彼女のことを強くて凛々しい女性だと皆は言うが、いつだって白鷺はか弱くて優しい女の子だ。
どれほど優秀であっても、俺のために三歩後ろを歩いて付いてきてくれる。
我が子を見守る親のように、足並みを揃えてくれる。
でなければ、凡人の俺はずっと昔に置いて行かれていたはずだ。
「白鷺は、いつも誰かの為に頑張っているし、努力を怠らず、他者に優しくすることは当たり前だと思っている。……だけどさ、俺は白鷺にいつも感謝している」
テニス部に所属し、バイオリンもやっていて大変なのに、疲れた素振りは見せずに俺達に優しくしてくれる。
白鷺のスペックの高さからか、大変そうには見えないのだろうが、同じ立場だったら大変過ぎてパンクしている。
「東山も仕事は忙しいだろう?」
「まあそうだが、俺は白鷺みたいに忙しい時にでも、みんなに優しくは出来ないさ」
「東山は考え過ぎだ。そもそも、最初に私に優しくしてくれたのは、東山だ。それを誇るべきだ」
出逢った時に優しくしてくれたと白鷺は語るが、あまり覚えがない。
そういえば白鷺と最初に遊んだ時に、秋葉原に行ってシルフィードでお茶をしたな。
俺達はそうやって偶然出逢って、いつの間にか仲良くなったのだ。
才能とか、地位とか、血筋など関係なく人は出逢うことが出来る。
白鷺は、昔を思い出すように、空を仰ぐ。
「それから、何度も一緒にお茶を飲むうちに、東山にはお父様とお母様の話をした。……私は、東山にずっとしたかったのだろう」
俺達が話していると、向こう側から小さな女の子とお母さんがやってくる。
瞬間に、手に持っていた赤いハートの風船が上空に上がっていく。
無意識に女の子は手放してしまったのだ。
それを見兼ねた白鷺は、女の子に自分の風船を手渡す。
優しく微笑み、泣きじゃくる女の子をあやす。
……自分にとって大切なものを誰かにあげることは難しい。
それこそ、白鷺ほど自分の気持ちを大切にする人間ならば、大切な思い出は手放したくない。
それなのに、白鷺はそうしてみせた。
手を振って女の子を見送った後に、少し寂しそうにしていた。
「東山、すまない。せっかく貰ったものをあげてしまった」
「いや、いいさ。白鷺の好きに使ってくれて構わない」
白鷺は優しい。
いつも隣でそれを見ている俺は嬉しかった。
しかし、白鷺にとって風船一つでさえ、かなりの価値がある。
元々、白鷺のご両親はこの学校で知り合い、三年間連れ添って歩み結婚した場所なのだ。
誰よりも思入れが深い。
だから、何気ない思い出でさえ、彼女の人生には意味がある。
「……あんなにも大切で。ずっと大切にしようと誓ったのに、私は手放してしまった」
自分のした行いは正しい。
だが、大切なものだったのは事実だ。
部活の後輩から想いを受け取り、俺から手渡し、色々な思い出が乗っかったもの。
俺は、白鷺の両手を握りしめる。
それは、小さな女の子の手だ。
男の俺よりも小さく繊細なもの。
「私のお母様も同じことをするだろうか」
「ああ、そうするだろう。絶対に、今の白鷺のことを誇りに思っているはずだ」
「そうか。ああ、そうだろうか。
すまない。ありがとう……」
白鷺は、自分の大切なものを捧げてまで、泣いていた女の子を笑顔にしたかった。
そんな思いを、否定出来るわけがない。
「白鷺、風船はなくなってしまったが、何度だって思い出は作ればいい。俺がずっと頑張るからさ」
ずっと隣に居よう。
白鷺のご両親のように、誰よりも白鷺を愛することは出来ないけれど、隣で見ていることは出来る。
それは、俺が出来る精一杯の努力だった。
それから校内に戻り、二階まで上がって手芸部に顔出しをする。
去年に引き続き、色々な手芸品と装飾品を用意していた。
「あら、白鷺さん。ハジメさん、いらっしゃいませ」
「すまない。お邪魔する」
手芸部の人達とは顔見知りだからか、サラッとした挨拶を交わす。
プライベートでは、白鷺と一緒に手芸フェスティバルに参加していただけあり、まあ仲良しではある。
一緒に手芸部の手伝いもした。
「お二人は、お店を抜け出してデートですか?」
「……まあ、そうだな」
白鷺には悪ノリ出来ないからか、俺を茶化してくる。
俺に関しては、仲良しになったというよりも、舐められているだけだな。
デパートのアクセサリーコーナーを見るように、白鷺はみんなの作ったアクセサリーを見ていた。
幸せそうだな。
それを眺めつつ惚けている俺達。
「白鷺さん、今日もお可愛いですわ」
手芸部の女子達は、そう呟く。
白鷺に釣られてか、お嬢様成分が混じっているが、概ね同意である。
白鷺はアクセサリーを手に取りながら、自分に似合うか身体にあてて確認しつつ、楽しそうに話していた。
女の子らしい買い物方法である。
そうやって、いくつもある可愛いものから、一つを選ぶのだ。
本当ならば、白鷺には全部買えるくらいの財力はあるが、慎ましいところが白鷺の美徳である。
「これは、ふゆお嬢様からしか摂取出来ない成分ですねぇ……」
うんうん。
頷きながら、見守っている。
さっきからずっと、後方支援彼氏面するな。
「違いますよ、ハジメさん」
熱く語り出す。
我々は、陰ながら見届けてきた。
去年の文化祭では、まだぎこちない二人の関係だったから、協力しようと思った。
クリスマスに白鷺さんが手編みのマフラーを無事に完成させたのだって、手芸部が作り方を教えて助けたからだ。
ハンドメイドフェスティバルだって、二人がデート出来るように誘ったわけだし。
秋葉原の雑貨屋さんも教えたのは私達だ。
まあ、それは有り難いが。
……物語終盤なのに、情報量が多い。
俺の知り得ない、バックボーンを語り出し、色々と説明をされても困るのだ。
数十人以上キャラがいるんだから、好き勝手動くなよ。
白鷺は、元々可愛いものが好きだから、手芸部のみんなと楽しそうに話していた。
また、白鷺は誰かの作品を見ているだけではなく、自分でアクセサリーを作るのにも挑戦していた。
自分でなにか成し得たのかったのか。
そう思っていたから、誰も白鷺に口出しはせず見守っていた。
白鷺といえば髪飾り。
文化祭の販売用に、自分のイメージする可愛いを詰め込んだ、綺麗な薔薇の髪飾りを数点ほど作っていた。
値段としては、千円くらいか。
赤い薔薇のデザインで、品がある可愛さ。
流石、白鷺だけありセンスがいい。
販売用ではあるが、白鷺が付けたら絶対に似合う代物だ。
「こういうのは、彼氏が買ってあげてプレゼントするんですよ。今やったら、男らしくて格好いいですよ」
「いや、いま女装しているけど……」
わけわかんねぇ言い訳してねえで、とっとと買ってこい。
ひぃ~。
手芸部の女子なのに、みんな怖い。
オタクっぽいのは見た目だけだ。
それは、みんな生粋のクリエイターであり、毎日深夜遅くまで作業して、土日のイベントに参加している猛者ばかりだ。
ガチで人生を賭けている人達に勝てるわけがない。
「東山、私のお気に入りはこれだ」
白鷺はそう言い、髪飾りを自慢してくれた。
もちろんそれは薔薇の髪飾りだ。
「いいな。白鷺に似合うデザインだな」
「私が作ったのだ。私の好きが、私に似合うのは当たり前だろう?」
「まあそうかも知れないが。……うん。この髪飾りを付けた、白鷺の綺麗な姿が見たいな。俺からプレゼントするよ。買わせてくれないか?」
幾つも髪飾りを持っている白鷺からしたら、これ以上必要はないのかも知れない。
だが、白鷺の後ろ姿が好きな俺からしたら、彼女には色々な髪飾りを付けてほしいのである。
それが俺の気持ちだ。
「臭過ぎますね」
なんで、隣で踏ん反り返って店番しているやつが喋るんだよ。
人のセリフを評価するな。
せっかくの文化祭だから、もっとロマンチックな雰囲気を所望する。
……知らんがな。
ふゆお嬢様だからか、高いレベルの恋愛関係を求めているようだが、白鷺は普通の女の子だぞ。
ファミレス行くからな。
「違います! 白鷺さんは、休日には白いワンピースを着て、木陰が少し涼しいテラスで紅茶を飲みながら詩を嗜みますっ!」
まあ、それはそう。
由緒正しき生まれのお嬢様だから、運動や音楽も嗜み、五カ国語を話し、日本武道にも精通している。
薙刀振り回すの??
巴御前のような凛とした力強さ。
美しい女性のイメージを持たれているが、可愛い髪飾りが好きで手芸もするし、ガチャガチャを何個も集めたり、今期のアニメを観たりする女の子だぞ。
白鷺をよく思うのは問題ないが、本人とは違う理想像を勝手に懐き始めていた。
白鷺は、俺が手渡した髪飾りを手にして喜んでいた。
「東山、ありがとう。次のデートでは、この髪飾りを着けて行こう」
……可愛い。
デートしていても、次の予定を考えるくらいに白鷺には好かれている。
目で分かるくらいに、ご機嫌であった。
可愛いですね。
俺達は、そんな白鷺の可愛さを存分に味わっていた。
可愛いアクセサリーを着けて、好きな人とデートをする。
それは、女の子の夢。
握りしめた髪飾りは彼女の美しさ。
お嬢様の綺麗なお顔が、少しだけ柔らかくなる。
それはまるで子供のようで。
子供の頃の小さな幸せ。
お母様に連れられ、買い物をする思い出を感じられた。
手芸にはそんな魅力がある。
手芸部のみんなは、毎日努力をして手に怪我をしてでも頑張ってきた。
自分の作品が、誰かの幸せになる。
そう願い。
人の幸せは、私達の幸せ。
そう信じて努力をしてきた。
ふゆお嬢様の思い出。
彼女の内にある美しさに、少しだけでいい。
手伝いたい。
可愛いものは、女の子にとっては重要なのだ。
ふゆお嬢様のように、彼女の輝きに貢献出来る。
その事実が、クリエイターとしての自分を支えてくれる。
俺だって、同じ気持ちだ。
美貌や才能だけが。
白鷺冬華の全てではない。
赤色の薔薇の花。
その花言葉を今更、語るまでもなく。
白鷺の為に存在しているのだった。
貴女に赤い薔薇を。
0
お気に入りに追加
15
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(7件)
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』




ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
投稿お疲れ様です。サウナ検定とか遊戯王とか時々出てくるギャグ要素に草。そして最後はやっぱり普通じゃないように終わることまで。みんな仲がいいですね、うん。
いつも感想ありがとうございます❗
男子は仲良くてちょっと嫉妬してしまいますね。
そこらへんの空気感が女子とは違って書いてて楽しかったです。
いつもありがとうございます。
水着だからいつもより頑張りました。
よんいち組だけでなく、三馬鹿や準備組も女の子として可愛いですからね。
好きな人がいるなら、頑張りますよ。
よくある水着回。
ラブコメの鉄板から脱線して訳分からなくなりましたが、まあ、よく考えたらこの恋はこんなものですよね。
まだまだ一日目の話は続くのでよろしくお願いします❗
とても面白く読んで感想を書きます。外国人ですので、もし文章が間違っていてもご了承ください。まず主人公が魅力的だと思いました。 まじめに仕事をし、周囲を気にする男。 ハーレムも納得できますね。そしてヒロインたちもいい意味で個性的ですね。 作品序盤と違って次第に性格が変わってきて立体的だと思います。特に麗姫さんは、うん··· またサブキャラクターも好きです。 主人公とファンの交流シーンは毎回面白いですね。サブキャラクターの中ではマリアさんが一番好きです。 はい、需要あります. 普段は別のサイトで小説を読んでいて、最近偶然この作品を知りました。 会員登録をしたのもコメントを書くためです。長文失礼しました。 これからも応援し続けます。
ありがとうございます。
外国の方だと、自分の日本語の適当さに加えて、オタクの専門用語が多過ぎて難しいでしょうに。
でも、それでも楽しんで読んでもらえているなら、幸いです。
マリアさん……。
あの人の名前が出てくるとは……。
まあ、うん。
メイドさん好きとは、渋いですね。
本当の意味で、メイドの良さを理解出来る人間は、オタクの中でも一握りくらいです。
ヴィクトリアンスタイルのメイド服の似合う良い女は、星のように煌めくメイド界隈を探しても、シルフィードのメイド長のリゼくらいでしょう。
ご主人様に安らぎを。
秋葉原に御立ち寄りした時は、シルフィードの提供する、最高級のアフタヌーンティーを堪能してみてください。
メイド喫茶・シルフィード。
ご主人様に極上の一時を。
シルフィード組は、文化祭編含めて、今後も活躍する機会はありますので、楽しみにしていてください。
ダージリンさんや、アールグレイさんも出ると思います。
感想は執筆の励みになりますので、色々書いて頂けると嬉しいです。
ありがとうございます。