この恋は始まらない

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第五十五話・女の子はいつも綺麗にSEXYに

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小日向や白鷺との絡みが多くなると、どこかで帳尻を合わせないといけなくなる。
「いや、どう考えてもこの女はいらないっしょ」
「何で?!」
秋月さんと萌花で駅前のショッピングモールまで遊びに来ているのだが、秋月さんは全否定されていた。
「東っちに一番甘やかされているのは、れーなだし」
「甘やかされていないわよ……」
「おい、目を逸らすな」
どいつもこいつも喧嘩するなよな。
はぁ、仲良くしてくれ。
ショッピングモールを歩きながらすることじゃない。
ゴールデンウィークに三人で楽しくお買い物をするのが目的なのに、結局いつもの展開になっていた。
それが俺達らしいのか?
「東っちの仕事は大丈夫なん?」
「ん? ああ、大変だけど何とかなりそうだな」
イベントは終わったし、次にやるニコさん主催のカフェは、女性がメインのイベントだ。
メイド喫茶だしな。
男の俺がやることはほとんどないので、気楽である。
参加費はニコさんの自腹だし、土日開催で知り合いを誘っていいと言ってくれていたので、そのお誘いくらいである。
イベントが確定した時にちゃんとクラスメートは誘ってあるから、俺がやることは終わっている。
当事者である以上、タダで茶を飲むのは悪いため、イベント用のイラストを描いたり、広報はしてあるしな。
仕事がなくなったら暇なものだ。
当日まで忙しいのは佐藤や橘さんだ、
二人には悪いが、キッチン要員になってもらうことになっていた。
表舞台で活躍してくれるメイド役は多いが、裏方を担う調理の人手が足りないのと、二人とも何かしらの経験値になるからとニコさんに頭を最近下げて頼み込んでおいた。
アマネさん達に、俺や小日向。白鷺に、佐藤や橘さんでカフェを回すことになる。
とはいえ、シルフィードほど形式ばったメイド喫茶のイベントではないので、専用の凝った高級な装飾やメニューを用意するわけではない。
簡単なお菓子。
メイド喫茶としては物足りないかも知れないくらいに、クッキーや紅茶を振る舞う程度だが、その分好き勝手やってもいいという許可を得ていた。
飲食に回せる資金は決まっていて、その中であれば自分達で選んだお菓子や紅茶を提供していい。
吟味する余地がある。
学生である俺達からしたら、自分達がやりたいことをしていいなんて、破格の待遇だ。
お金が掛かっている仕事なのに、そんな許可を出してくれる大人など限られているのだ。

ニコさんに頭を下げて、そこらへんの仕事は佐藤に完全に任せていた。
佐藤一人に全部任せるのは心配だが、佐藤の隣には橘さんがいるから問題ないはずだ。
そこらへんは信じている。
萌花はジト目をしている。
「……つくづく思うけど、何でもかんでも自分でやらないとすまない性質なのか?」
萌花に怒られる俺。
「だって……」
「だって……じゃなくてさ。少しは反論しろよ。子供か、お前は」
口ごもる俺を怒るけれど、どうやったって、反論出来ないやん。
学校での萌花は馬鹿みたいなノリにも付き合ってくれる女の子だけど、素の萌花は感情を抑えて理詰めで話してくるタイプだから困るのだ。
萌花に対して口で争ったところで。
……俺が萌花に勝てるわけないだろうが。
女性を敵に回していいことなんて何もないのだ。
「まあまあ」
秋月さんが宥めてくれているが、萌花の方が強いのであんまり意味がないかも知れない。
「やるべきことに口出ししたくはないし、大変なのは分かるけど、仕事ばっかりするなよ」
「ああ。仕事ばかりだと萌花も寂しいもんな」
「……おまえ、思考回路ぶっ壊れてんのか?」
え、違うの?!
仕事ばかりで萌花と会える時間が取れないから、寂しくて拗ねていると思ったのに違うみたいだった。
萌花は口では色々言ってくるけれども、案外甘えん坊だからな。
萌花の性格からして、居るメンバーによって自分の立ち位置を変えてくるから、素の萌花を見たい場合、極力二人っきりでデートするのが好ましいんだが。
「それに、れーな居るやん」
「え? え~と、秋月麗奈です」
いきなり話題を振られて、咄嗟に手をフリフリする秋月さん。
「お前はお前で馬鹿にしてんのか?」
「なんで!?」
話題を振っておいて、殴り返すのやめろ。
俺も秋月さんも、萌花には勝てないんだよなぁ。


萌花にボコボコにされながら、俺達はショッピングを続ける。
洋服屋さんや雑貨屋さんを幾つか回り、春シーズンっぽいよさそうなものを探す。
別に何かを買うのが目的ではないし、学生の財力ではウィンドウショッピングが限界である。
二人とも何か買うこともなく、過ごしていた。
ゴールデンウィークだからか、両手に買い物袋を持つくらい散財しているカップルも居たけれど、羨ましくはない。
俺達は、俺達でまったりと遊ぶのが好きなのだから、これでいい。
別に何かを求めているわけでもないしな。

お昼過ぎになってきたので、食べる場所を探す。
池袋と同じように人混みが激しいため、ショッピングモール内でゆっくりするのは難しい。
「東っち、他に食べる場所ある?」
「……モールの外のことか? どうだろう? 流石に今日は駅前も混んでいると思うぞ」
「それもそうか」
田舎な方とはいえ、ショッピングモールがある駅だし、ここから立ち去ったところで空いているとは思えないのだ。
だったらまだ、一時間以上待ってでも、並んでお昼ごはんを食べた方がいいだろう。
「ああ、そうだな。ぶらっと一周してみて、いいところがなかったら、一階にある喫茶店とかでいいんじゃないか?」
「まあそうなるわな」
「萌花は食べたいものとかないの?」
「ん~、あんまり高くない場所ならどこでもいいかな」
「はいはい」
お小遣いに限りがある学生だから、ランチを食べるだけでも色々と考えないといけない。
まあ、給料が入ったばかりの俺の奢りでも構わないんだが、そんなことを提案したら無駄遣いするなと萌花は怒るだろう。
そんなことを考えながら、ぐるりと回っていると向こう側から知った顔がやってくる。
二人組で、西野さんと橘さんである。
珍しい組み合わせだ。
というのか、この二人が話しているところはあまり見たことがないので、休日に遊んでいるとは思わなかった。
先に話し掛けてきたのは向こう側であった。
「おひさ! 偶然だね! 三人ともデート?」
「こんにちは」
橘さんは元気いっぱいで、西野さんは相変わらずのペースで挨拶をしてくれた。
「こんにちは。二人が一緒とか、珍しいですね」
「あ~、うん。うちの二人は煩いし、ゴールデンウィークに会いたくないじゃん? だから、せっかくだし、西野さんと仲良くなりたくて誘っちゃったんだよねっ!」
「私は、橘さんから連絡が来て驚きましたけどね」
「ごめんね。何かノリでしちゃったから迷惑だったでしょ」
「いえ、嬉しかったです」
「え~、西野さん可愛い♪ また誘っちゃおうかな?」
初めて一緒に遊んでいた割には、秒で打ち解けていた。
西野さんは西野さんで、陽キャのぐいぐい来るやつに好かれやすいようである。
小日向や秋月さんとも仲良しだしな。
仲良さそうな二人を見て、萌花は呟く。
「れーなの時より秒で仲良くなってね?」
「喧嘩売ってるの?」
だから、喧嘩するな。
身内はなんで喧嘩っ早いんだよ。

西野さんと橘さんも一緒にランチをすることになった。
それから、三十分くらい雑談しつつ、喫茶店の入口で待って、やっと席に着くことが出来た。
俺含めて五人でテーブル席に着いて、向かい側には西野さんと橘さん。
こちら側は、俺を挟んで秋月さんと萌花が座っている。
あれ。
映画館の時にもこんなことがあったような気がした。
俺の隣に座るの流行りなの?
まあいいけど。
料理を注文して、楽しく雑談しながらお昼を過ごすのだった。
食べ終わった食器を片付けてもらい、コーヒーを飲みつつ少し落ち着いた頃に橘さんが話し掛けてくる。
「東山くん。この前のことなんだけどさ。あ~、なんて言えばいいんだろ」
橘さんは悩んでいた。
「何かありがとうね。東山くんばっかり動いてもらって申し訳ないっていうか……」
「ああ、なるほど。別に構いませんよ。俺は俺がやりたいことをやっているだけですので」
メイド喫茶の一件は橘さんに感謝される為にやっているわけではないし、流れ的にそうなっただけである。
結果として二人の為になったとしても、そもそも大した報酬も出ない仕事に無理を言って付き合わせているのはこちらだ。
人手が足りない上に、一ヶ月もない準備期間に仕入れから裏方の仕事もぶん投げているのだ。
普通に考えたら、仕事をぶん投げられたらストレスしかない。
仕事をお願いする俺が感謝こそしようとも、そこに感謝される筋合いはない。
「ちったぁ、慎みを持てや!」
「痛ぁい!?」
萌花に思いっきり怒られた。
普通にありがとうございますと、感謝してパッパと終わらせろ。
そう言われる俺であった。
「すみません。ありがとうございます感謝してます」
絞まらねぇな、こいつ。
そんな空気が流れていた。
ええ……、俺が悪いのか。
「曲がりなりにも読者モデルをやってるんだから、ちゃんとせぇや!」
「まあまあ……」
「れーながこいつを甘やかすからだろうがっ!!」
「甘やかしてないわよ?!」
あー、口論しないでくれ。
秋月さんと萌花の間に挟まれるのは駄目である。
言葉という、女性最強の拳が飛び交う。
叫ぶものだから。
俺の鼓膜が破れそうだ。
いや、破れてるわ。これ。

俺は付き合いが長いし、秋月さんも萌花も根本的な部分もよく知っているから許容出来るけれど、教室でしか交流がない目の前の二人がどん引きしているから止めてくれ。
好きなものは好きでいい。
しかし、好き勝手やるのは間違っている。
あと、修羅場みたいに見えるからやめてくれ。
まるで二股した野郎のせいで揉めているように見えるだろう。
実際には四股だけど……。
俺には、言い争う二人を止めることが出来ない。
どちらかの味方をすれば、どちらかの敵になる。
板挟みになっているわけだ。
二人の性格からして、本当に親友だからこそ、こいつには負けたくないようであり、自分が折れるのを嫌っている節がある。
秋月さんも萌花も他人には優しいのに、どうして親友には厳しいのか。
そういった意味では、似た者同士だな。
いつもであれば、好きなだけ口論させて落ち着くまで放置しているんだが、しかし今回はそうするわけにもいくまい。
外で長時間、言い争うのはまずいだろう。
何としてでも止めなければならない。
いや、一つだけ止める方法が存在するけれど。
やるしかないのか。

「喧嘩するほど仲がいいってかぁ?」
言葉を発すると同時に、両サイドから強烈な肘鉄とエルボーがぶちかまされる。
二人のコンボ気持ちよすぎだろ。
何で、咄嗟の出来事なのに阿吽の呼吸で連携出来るんだよ。
代償として、俺の命が失われる。
安いものだ。


俺達はお昼ご飯を終えて、橘さんのショッピングに付き合う。
「え~、付き合ってくれなくていいのに。別に目的あってショッピングしているわけじゃないしさ」
「大丈夫っしょ。れーなのクソ長い上に実りがないショッピングに付き合わされるより、絶対にマシだし」
「……いま、私を殴る必要があった?」
「ない」
「なんでよ。……えっと、橘さん達と一緒に遊ぶのは初めてだから、新鮮で楽しいわ。気にしないで」
「そう?」
二人とも、橘さんを手のひらで転がすのが上手いのであった。
流石、陽キャだ。
秋月さんは忘れずに西野さんにも話を振る。
「そうだ。西野さんは行きたい場所はないの?」
「……私ですか? ショッピングは見るのが好きなだけで、買うつもりは……」
「ううん、それでいいの。見るのだって楽しいもの。ここで会ったのもなにかの縁だし、一緒に新作の洋服を見ましょ?」
「秋月さん……」
西野さんの手を握り、少しばかり強引に連れ回す。
それくらいしないと、引っ込み思案な西野さんは楽しんでくれないだろう。
洋服やアクセサリー。
西野さんみたいな根っからの優等生な人には無縁な存在かも知れないが、お構い無しに連れ回す。

西野さんと一緒に幾つかのショップを回るが、秋月さんのファッションの傾向が綺麗な女性に傾いているためか、大人の女性が好むようなファッションや化粧品のブランドを回ることになっていた。
とはいえ、完全なハイブランドではなく、大学生寄りのものではあるが、それなりの高級志向になりやすい。
洋服一着で数千円から数万円などざらである。
田舎のショッピングモール舐めてたわ。
普通にお高いのであった。
見るのが目的であるウィンドウショッピングとはいえど、学生からしたら敷居が高いものだ。
こんなん、Switchのソフトが買えるわ。
そう思っている限り、俺はオタクを卒業出来ないのだろう。

橘さんもまたカジュアル系なので、この手のお店はあまり見たことがないようで驚いていた。
「うわぁ、高いね。上着とはいえ、二万円越えてるよ」
「ほんまや。これ買ってるやつ、パパ活してそう」
萌花、やめろ。
お前の言葉は強いんだよ。
よんいち組の中でも、殺傷能力の高さに定評がある彼女である。
萌花は萌花で、頭がいいんだから言葉を選んでくれ。
高校生だとしても、ちゃんと一ヶ月バイトを頑張ったら買えるレベルの洋服だ。
それをそんな風に貶すのは間違っている。
洋服に罪はない。
洋服を着る者のせいで、悪いイメージを与えてしまっているだけだ。
まあ、洋服のデザインとか、配色がパパ活女子っぽいけれど、それを言ってはいけないのだ。
普通に可愛いとは思う。
「そうだ。もえぴは可愛い系の洋服とか着ないの?  今日の格好もカジュアルだし」
「……もえは着ないな」
このアマ。
平然と嘘付くなよ。
春休みにフリフリの付いたピンク色のワンピースを着てくれていたじゃん。
めちゃくちゃ可愛かったのに、そんなもん最初から存在しなかったかのように忘却していた。
萌花も橘さんも元々の性格もあってか、可愛い格好をするのが苦手である。
萌花は何を考えているか分からないが、橘さんはフリフリが付いた桜色の季節感が漂う春の装いを見て、羨ましそうにしていた。
ああいう可愛い格好が似合うのは自分ではないと思っているのか。

「悩んでるなら、試着すればいいじゃん」
「もえぴ……」
「ま、試着するのはタダだからね」

ゴスッ。
脇腹を小突かれる。
無になって聞いているのがバレていた。
ああ、俺も何か言えってことだろう。
「橘さんならあの洋服も似合うだろうし、可愛いと思いますよ」
世辞ではなく本心である。
運動部で元気な人だが、恥ずかしがり屋で乙女チックなところもあるし、その点ではよんいち組のやつらよりも女の子している。
それにまあ、恋する乙女は、誰だって可愛いものだ。

「お前はもう少し言葉を選べよ」
「……何でや」
普通に萌花の言葉に乗っかっただけじゃん。
俺は悪くないはずなのに怒られるのであった。
難易度が高過ぎる。
「あすか。このアホは無視して、いっしょに洋服見ようぜ」
「そだね」
キャッキャしながらウィンドウショッピングを続ける。
二人して無視して仲良くすんなよ。
泣くぞ。


それから、ショッピングモールのブランドエリアから撤収して、プチプラの化粧品売場を覗く。
こちらの方が学生には馴染み深い。
春限定のプチプラ商品が多数展示されていて、見ているだけで楽しいものだ。
五百円から買えるものばかりで、安く思えてくる。
高校生故に校則があるとはいえ、バレないくらいの化粧はする。
まったく化粧をしない人だって、ハンドクリームや香水を嗜むだけでも、充分に楽しみながらお洒落が出来る。
お試し用のハンドクリームからは、桜の香りがする。
穏やかな気分になるものだ。
季節の流れを感じる。
そうだな、花見でも行けばよかった。
忙しくて忘れていたけれど、そういうことを素直に楽しむ時間の大切さは、人生に必要だろう。
……花見はもう時期的には出来ないが、他に何か季節を楽しめるイベントがあったら行きたいものだ。
今は五月だから、ピクニックをするのもいいかもな。
その為には予定決め。
よんいち組が全員揃う機会は少ないのだから、俺が頑張らないといけないはずだ。
それに、クラスの連中もいるわけだから、参加したいやつを誘って予定を組むだけでもかなり大変そうだ。
まあ、それくらいなら頑張れば何とかなるか。
秋月さんと西野さんは他愛ない話をしていた。
「西野さんは化粧しないの?」
「え? ええ、何というか私には必要性を感じないし、化粧って色々な道具があって難しいでしょう? 私が化粧をしたところで下手の上塗りになってしまうもの」
「え~、西野さんかなりの美人なのに勿体ない。なんなら、私が教えるよ?」
秋月さんは化粧が好きだし上手いので、教えるのに適しているだろう。
年端もいかない学生が化粧をするのを嫌う男は多いが、別に俺はいいと思っている。
俺からしたら、化粧をしてお金を掛けてでも綺麗になりたいという気持ちは理解出来ないけれど、今の自分よりもより良くなりたいということだと思えば理解出来る。
自分を好きになり、向上心を持つことで人は強くなれる。
それに、スタイルを引き締め、化粧して可愛くなるのだって並々ならぬ努力が必要だ。
あの大食漢の小日向だって、家ではハムスターが滑車を走らせるようにランニングしているしな。
どんな読者モデルでも、メイクは必要不可欠であり、ファッションの要にもなる。
洋服と化粧が似合わなければ一流にはなれない。
小日向のように元の顔が良過ぎると洋服の良さが浮いてしまうので、読者モデルの個性が悪目立ちしないように、化粧をして調和していく。
プロのメイクさんの技を知っているからこそ、凄さが分かるのだ。
可愛いものには、可愛いメイクを。
綺麗なものには、綺麗なメイクを。
それはまるで、色彩豊かな絵画を描くみたいに、読者モデルのために全てを費やす。
ファッションは、心を豊かにする。
洋服も化粧もアクセサリーも、全ての女の子に必要なものなのだ。
彼氏の有無。恋心の有無など関係なく、自分自身のためにある。
自分を愛し、前を向いて歩くために、ファッションは必要だ。
綺麗にしている女性は、誰しもが幸せそうにしているのだ。

ここまで熱く語ったけれど。
だがまあ、西野さんには必要ないのかも知れない。
自分が美人であることをメリットと思っていない人だし、私服だって地味な洋服を着て目立たないようにしているし。
みんながみんな、女の子として可愛くなりたいわけではないのだ。
綺麗な人は、野郎にナンパされたり、店員さんに執拗にセールストークされる場合もあるからな。
「……れーな、ウザ絡みするな」
萌花は、秋月さんが背負っているバッグを思いっきり引っ張る。
「ぎゃっ」
秋月さん、ヒキガエルみたいな声を出していたぞ。
ウザ絡みする秋月さんが全面的に悪いけれど、流石にバッグを引っ張るのは危ないからやめろ。
「なんでよ。西野さん可愛いんだから、化粧してお洒落して欲しいでしょ?」
「元々が美人だから、別に化粧とかお洒落しなくてもいいだろ……。それに、ゆえは素っぴんが、れーなみたいなチベスナ顔じゃないしな」
「……」
秋月さん、俺を見ないでくれ。
別にそんなこと思っていない。
萌花が悪く言おうとも、普通に素っぴんでも綺麗な人だと思っているし、不満などない。
好きな彼女のことをそんなことは思わない。
萌花にきついことを言われたからって、チベットスナギツネみたいな虚無な表情をしないで。
女の子なんて、つけまつ毛やマスカラ使っていなかったら、みんな細目だし。
瞳が大きく見えるカラコンが流行るのだって、みんな細目を気にしていて同じだからだ。
小日向や白鷺が化粧しなくともほぼ変わらない化物なだけで、秋月さんは普通の女の子である。
化粧して可愛くなるのは当然だ。
「風夏や冬華は、素で綺麗だものね。……あの二人と比べられたら、ジェネリック可愛いな私じゃ勝てないわよ」
ごふっ。
唐突に面白いことを言わないでくれ。
俺を含めて、他の三人とも吹きそうになっていた。
ずっとツッコミ役をやっている人がいきなりボケると、破壊力がやば過ぎる。
西野さんが肩を震わせて俯いていた。

まあ、仲良しな親友とはいえど、女の子の上澄み中の上澄みである小日向や白鷺と比べられたら、たまったもんじゃないのだろうが、安心してほしい。
一度たりとて、俺は比べたことはない。
秋月さんには秋月さんだ。
彼女だけの良さがある。
他人と比べるよりも、個性を伸ばした方が得策である。
「こいつの個性は狂気だぞ?」
萌花、言いたいことは分かるけどさ。
今は静かにしような?
そういうタイミングじゃないんだよ。
「……萌花、流石に怒るからな?」
「へーい」
萌花は不貞腐れていたけど、素直に言うことを聞いてくれていた。
橘さんは小声で俺に伝えてくる。
「……もえぴ、東山くんの言うことには素直に従うよね?」
「ん? ああ、信頼しているからな」
「……東山くんも大概だよね」
「え? なにが??」
「よく今まで刺されなかったなって、たまに思うんだ」
え?
ぶっ殺されるんか、俺?
悪いことしてないのに。
いや、萌花の顔をまっすぐ見れないから、俺が悪いの??

「ん~、こんなやつでも、ふうとふゆが悲しむからな。半殺しなら許してくれそうだけど、どうだろ? とりま、一発殴っていいっしょ?」
拳を握るな。
目の前で見せ付けるな。
普通に、女の子の小さい手だわ。
あのお手てで殴られると、顔面潰されそう。
「俺が悪いんだろうけどさ。サラッと殴り飛ばそうとするのは止めてくれないか?」
最近不満が溜まっていてイライラしているのは分かるが、仕方がないじゃないか。
俺だって忙しいのだ。
オタクにとって春シーズンは、サークル活動が地味に忙しい時期なのだから時間は足りない。
好きな人と過ごしたい気持ちは分かるけれど、俺も同じ気持ちなのだ。
本当なら好きな女の子と二人っきりでデートしたいし、イチャイチャしたいわ。
まあ、そんなことを知りつつも仕事を増やしてしまっている俺が悪いんだけどさ。
折角の休日で、しかもゴールデンウィークなのに、好きな人と二人っきりになれないのは不満に思うだろう。
殴り飛ばしたくもなる。
すみません。
俺が悪かったです。
だからその拳を納めてください。
四人共に尊重してあげないといけない。
いや、それは分かっているんだが。
圧倒的に時間が足りないのだ。
女の子の相手をするのは難しい。
高校生なのだから、恋とか愛とか分かるわけがない。
というのか、空いたスケジュールは彼女達に完全に管理されているため、俺に拒否権はない。
彼女の意見により、流されるように生きている。
ヒモ生活である。
 
「こいつ殺そうぜ」
萌花は殺す気満々である。
それを静止してくれる優しい秋月さんだったが。
「まあまあ、そういうのは真央さんを通して決めないと」
やめろ、母親はマジで容赦ないからやめろ。
あいつ元ヤンなんだぞ。
可愛い女の子が好きで、よんいち組のみんなを溺愛しているから優しく見えるけれど、俺だけには地獄並みに厳しい。
母親として年齢を重ねて、大人の落ち着きを見せているけれども、ああ見えて本質そのものは変わっていない。
あの母親は、本気でぶち切れたら萌花よりも怖い。
手料理を作っている最中に、鼻歌混じりで、悪鬼滅殺が彫られた包丁を振るっているようなやつだぞ。
まともな精神をしているとは思えない。
この世で一番敵に回すべきじゃない。
どこにも逃げ道がないとはこのことだ。
畜生、人の母親と仲良しなのは卑怯だろうが。
こいつら、裏切り者の内通者である。
ことある事に、俺の悪口を母親に伝えている。
「まあ、悪口もなにも大体お前が悪いし……」
「……」
萌花にそう言われたら、無表情になってしまう。
「反論出来ないからって、れーなみたいな顔すんな」
「失礼だからね?!」
やーい。
お前の目元、汎用型ラノベ主人公。
メガテン系男子。
あはは、萌花のディスり方は秀逸だな。
流石、よんいち組のメスガキ担当である。
いや、どういうことだよ。


遠巻きに三人のやり取りを見て、静観していた西野さんと橘さんからしたら、まるで教室のいつもの光景を見ているかのようであった。
毎日学校が楽しく感じて、早くゴールデンウィークが終わらないかと思っていた理由はこれだったのか。
連れ回されたりして大変だったし疲れたけれど、こういうのも嫌いじゃない。
西野さんは、文化祭以降から色々な人と話すようになって、煩わしいはずの繋がりの大切さを理解してきた。
よんいち組の人達は、顔も成績もヒエラルキーも関係なく、理解し合い。
好きな人同士で過ごすことの大切さを教えてくれる。
恋愛。
自分には無縁なものだけれども、ああいう関係は少し憧れるのかも知れない。
ポツリと呟く。
「……みんな仲良いですよね。羨ましい」
「え? 西野さんも結構ぶっ飛んでるタイプ?!」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
明日香には、その大人っぽい考え方はまだ早いようである。
他人を羨んだりしない。
でも自分にはちょっと自信がない。
そこが彼女らしくて、可愛いのかも知れない。


こういう機会がないと、クラスメートの知らなかった一面を見ることは難しかったはずだ。
心を許すとは、それほど難しいのである。
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