この恋は始まらない

こう

文字の大きさ
上 下
71 / 111

第五十話・春休みとトリプルデート。そのに。

しおりを挟む
それから、アールグレイさんが淹れてくれた紅茶を嗜みながら、春休みの出来事を話し合っていた。
三者三様の春休みで、それなりに楽しい日々を過ごしている。
「へぇ、姫ちゃん原宿に行ったんだぁ。カフェとか有名店多いし、人やばかったんじゃない?」
「キディランドもあるからな」
「え……? そうだね。若い人が多くてびっくりしたよ」
何故、キディランド。
黒川さんは、一瞬困惑していたが、冷静に対応していた。
白鷺冬華は可愛いものに目がないため、原宿といえばキディランドや原宿ファッションのイメージが強かった。
可愛いものの街。
ふゆお嬢様でも、原宿には憧れがあった。
若者の街なので、一条と黒川さんのデートコースとしては不釣り合いだったかも知れないけれど、彼氏が居なければ原宿でタピオカ飲んだり、綿菓子を食べることもなかったんだろうと思うと、無理してでも行って良かった。
人混みで苦労した甲斐があった。

スマホでその時の写真を見せてくれる。
虹色の綿菓子を頬張る姫ちゃん。
「は? 可愛すぎない??」
「ふむ。可愛いな」
はー、クソかわ。
小柄な女の子の特権である。
姫ちゃんの顔が小さいから、綿菓子の大きさが映える。
姫ちゃんのちょっとぎこちない笑顔に惚れてしまう。
一条が羨ましい限りであった。
こんな可愛い娘を一人占めするなんて、幸せものだ。
「ねえねえ、私達もデートしようよ。女の子だけで原宿デートしたら楽しいと思うの」
「なるほど。女の子だけで遊ぶのは楽しいからな」
「わぁ、楽しそう」
百合の世界だ。
三人で出掛ける予定を立てていた。

女の子は女の子と仲良くするのが一番だと思うの。
野郎が百合の中に入るのはご法度だ。
百合に優しい世界である。

野郎達は、女の子の独特な会話に入れないので、静かに紅茶とコーヒーを飲みながら、クッキーを食べていた。
佐藤がメニュー表を見ながらメモ書きして、メイド喫茶がどういうものなのかハジメに色々聞いていた。
ちゃんと当初の目的を忘れずに仕事をしているのは、佐藤だけだった。
しかし、それが正しい選択だったのかは定かではない。
まあ、ハジメは愚直で好きなことに熱心なタイプが好きなので、佐藤には快く教えていた。
佐藤が粗方聞き終わったタイミングで、アールグレイさんがやってくる。
「やや、お待たせしました! やっと他の席が落ち着いたので、アールグレイお姉さんがお教え致しますよ!!」
声がでかい。
紅茶を飲んで、ゆっくりして落ち着いていた雰囲気をぶち壊す。
それでもメイドさんがやってくるよりは騒がしくないので、ハジメは冷静でいられる。
「お疲れ様です。大丈夫ですか? 無理を言って時間を作ってもらっているのはこちら側ですから、もう少し休憩して頂いてからでもいいですよ?」
「大丈夫です! アールグレイは、いつも元気ですからっ」
「ありがとうございます」
元気な人ではあるが、メイド長やダージリンさんに次いでの実力者だ。
給仕としての能力は二人よりも低いが、彼女は裏表がなく、心の壁がないのでご主人様やお嬢様とも仲良くなれる才能がある。
アールグレイさんは、大学生に通う二十歳で、経済学部に所属しているために今回のカフェの話をするにあたり、適正能力は高い。
口を開けてぽかんとしていても、人間は測れないものだ。
人間誰しも才能を持っている。
アールグレイさんに、これまでの経緯を詳しく説明をして、カフェの仕事について聞く。
「カフェですかぁ。若いのに将来のことを考えているなんて、真面目ですねぇ……。まあ、ご主人様なら思い立ったが吉日くらいのノリでやっちゃうんですかねぇ?」
「そこまでフットワーク軽くないですけど……」
「カフェいいですよね。可愛い女の子がメイド服を着て給仕をするって、女の子の幸せですもん」
佐藤のカフェは、メイド喫茶にジョブチェンジしていた。
いやまあ、アールグレイさんも文化祭に顔出ししていたので、文化祭の延長線のイメージを持っていたのである。
それに、普通のカフェではインパクトは薄いが、可愛い女の子が可愛い格好をするのは、それだけで客寄せが出来る。
最高品質の美味しい紅茶やコーヒーが飲めるお店よりも、普通に美味しい紅茶やコーヒーが飲めて、可愛い格好をした女の子がいるお店の方が繁盛する。
カフェという大衆が利用する関係では、後者の方が適している。
長くなるので話は割愛しているが、カフェはカフェ以外のコンセプトが重要になる。
普通にカフェを利用する時は、飲み物は一杯しか注文しないし、どれほど美味しくても何度も通うほどではない。
佐藤がカフェ巡りをして書いていたメモを見れば分かるが、どの店もあくまでカフェは一つの要素でしかない。
かき氷や、タルト、ベーグルなどの持ち味を活かすためにカフェを併設しているだけであり、飲み物よりも食べ物が重要だった。
シルフィードでもクッキーやパウンドケーキをメインに押しているし、お持ち帰り用に販売もしている。
客単価的にも保存がきくデザートの方が利益は取りやすい。
また、シルフィードの一階ではメイド服の販売やレンタルもしているので、喫茶店の売り上げは全体の一部でしかない。
シルフィードの店長に関しては、ファッションデザイナーが本業であり、喫茶店は副業でもある。
アールグレイさんの性格からしたら、悪意は全くないのだが、カフェをするには明確なビジョンを持つことと、サブとしての武器を幾つか持つべきであると教えてくれる。
「ですから、純粋に若いうちからカフェをしたい気持ちも分かりますが、今のうちにやれることを増やしたらもっと上手くいくと思いますよ?」
学生の本分は勉強だ。
それを最大限に強化して、カフェの武器にすべきだと彼女は語る。
勉強して良い大学に通うことで、より質の高い経済学を学べるし、地頭を鍛えれば大人になった時の仕事の吸収力が上がる。
友達作りだってそうだ。
仕事をする上では、頼れる人がいなければどんな仕事も失敗してしまう。

それでも、話した内容の全部を納得して飲み込むことが出来ない人もいるので、そこらへんの説明も欠かさずにしてくれる。
二十歳といえど、大人の女性である。
シルフィードの三番手ですら、このレベルの話が出来るのだから、それより上の立場のメイドさんはどれだけ凄いのか。
みんな大人の凄さに、びっくりしていた。
高校生として、毎日勉強も部活も頑張っている人間ばかりだが、それでも大人に比べたらまだまだ子供にしか見えないのかも知れない。
ハジメ含め、文化祭の発注関係の大部分をリゼやメイドさん達が行っていたのは知っていたので、文句を言えるわけがない。
「と、まあ、長々と語りましたが、全部忘れてください」
「は?」
「物事を始めるのに、早過ぎることはありません。勉強して歳を取ってお金を貯めつつ、分別付いた大人になってからやりたいことを始める必要はないのです! 何故なら、全部平行して同タイミングでやれば問題なし!!」
「平日は学校でちゃんと勉強し、お昼ごはんはカフェ巡りをしながらリサーチして、カフェでバイトをして軍資金を稼ぐ。これが、アールグレイが考える神ムーブです!」
脳筋かな?
むちゃくちゃな提案だが、分かりやすい性格の佐藤には刺さっていた。
大人として歩むべき道筋を指示するよりも、全部やれって荒野に投げ飛ばす言い方をした方が、精神的に楽な人間は多い。
それに、学生時代からやりたいことを始めて、大人になる時に見直せと言ってもらった方が、タイミングが早くて助かる。
若いことは武器である。
まだまだ軌道修正が出来るのだ。
それに、佐藤の立場からしたら、橘明日香がいる間にカフェの話はかたちにしたかった。
卒業したら多分、二人は同じ大学には行かないのだから。
二人には、悩む時間すら限られている。
「全部やればいいんですね! 分かりました!!」
「そうです、簡単でしょ」
楽観的な思考をしている者同士、謎の波長が合っていた。
ハジメもまた、考える前に行動するタイプだったので多くは語らなかった。
男なんて、全部やらせて失敗させるのも経験である。
とりあえず、佐藤には全力で走らせることにした。
このメンバーが居れば、佐藤が間違ってもやり直せる。
真剣に頑張るならと、何だかんだ助けてくれる優しい奴らしかいないのだった。
「俺、キッチンカー欲しいので、免許取って購入資金も貯めます!」
飛躍し過ぎである。
高校生がキッチンカーを買ってどうするのだ?!
「明日香と一緒にカフェを開いて、頑張るって決めてますので!」
熱く語る佐藤を尻目に、全員が橘明日香の顔を見る。
え、君たち。
将来の話をしているとか。
佐藤と結婚するんか、ワレ。
明日香自身も、佐藤の想いは初耳だったらしい。
二人で仕事を頑張るってことはそういうことである。
佐藤は、数年以上かけて、数百万円を貯金してでもカフェをやるつもりなので、実質的なプロポーズであった。
明日香は明日香で、佐藤の夢を応援していたわけだし、今さらそんな気はなかったと言いにくい状況である。
それにまあ、普通に好きそうだったし、冬華や黒川さん達と比べても仲睦まじいものだ。
明日香は、陸上部で走っているだけで充分で、将来の夢がない女の子だったが。
幼稚園の時は、自分のお店を持ちたいという、淡い想いはあった。
結果的に。
これでいいんじゃないのかな。
明日香は、そう思い始めていた。
女友達としてダラダラと付き合うよりかは、パートナーという立場で早期に決着させて、夢を追っていく方が楽である。
カフェも好きになってきたし。
高校最後まで、三馬鹿をしているわけにもいかない。


それはそれとして。
修学旅行の時といい、何故に佐藤は決める時だけは決めるのか。
ハジメや一条は、ちゃんと付き合って段階を踏みつつ彼女と仲良くなったのに、佐藤がスパアマ抜けしつつ強ぶっぱするから、急激に肩身が狭くなるのであった。
純粋なやつ故に、素直に気持ちを伝えるから破壊力が凄まじい。
ハジメや一条みたく、長考してから言葉にするなまじ頭がいいやつとは違い、思考ゼロから繰り出されるソレは、女の子からしたら本心だと思われるのだ。
馬鹿なくせに、せこい。
パワー技である。
しかしそれが男らしい。
佐藤の清々しい発言に、アールグレイさんは賛同していた。
「この世の原動力は、愛ですよ、愛」
頭がハッピーな人にする相談ではなかったのではないか?
拭えない気持ちはあったものの、結果的に佐藤にはそれが一番良かった。
憧れは止められない。
人は夢を追っている時が一番輝いているのだ。
佐藤がこれほどカフェに固執し、カフェをしたいのには理由があった。
紅茶を美味しく飲んでくれる人の顔を思い浮かべると、いつも彼女が出てくるのだ。
ならば、美味しい紅茶を淹れるのは自分の手でなければならない。
それは、ある意味、愛なのかも知れない。
佐藤には縁のない感情故に、気付くことはないのだろうが。
明日香からしたら、シルフィードの紅茶よりも、彼が淹れる紅茶の方が飲みやすかったのかも知れない。


二人にアールグレイさんを紹介して、カフェへの決意を固めたことで、佐藤と明日香の関係が少しは進展したのかは分からない。
しかし、明日香の方は妙に意識していた。
この男がどれほど本気で言っているかは、明日香ほどの長い付き合いでも理解出来なかった。
カフェごときで本気になるなんて。
サッカーボールを蹴って、はしゃいでいた昔とは違う。
クソガキから、少年に成長したのだ。
夢があるのはいいことだった。
高校三年生になれば、どんなに悩んでいても季節が流れていくと、進路は決定してしまう。
佐藤の尻を蹴り飛ばすのは自分の役目ではあるので、引き続きカフェ巡りは続けていくのだろう。
……もっと勉強を頑張ろう。
自分の持っている武器を考えたら、白鷺さんや姫ちゃんと比べて、明らかに劣っている。
親譲りの身体の丈夫さと、足の早さくらいしか取り柄がない人間なのは、重々承知している。
今よりも勉強をして、いい大学に入り、カフェを開いてからも人気が出るように勉強を続けて、マーケティングをする。
馬鹿な佐藤には出来ないことを、自分がすることになる。
それでも足りないことは、うちの馬鹿二人でもこき使って働かせればいいか。
やることが分かれば、全部やるだけでいい。
明日香もまた、単純な方が楽なタイプである。
メイド喫茶から退店する際に、アールグレイさんに頭を下げて感謝をする。
「今日はありがとうございました」
「ほぇ?」
意図が分かっていない。
分かっているかのような表情をするが、分かっていない。
「なるほど! はっきり理解しました! アールグレイとして、感謝されるのはとっても嬉しいですけど、頭は下げないでください。もう下げて頂いているので……」
アールグレイさんは、ハジメを見る。
ハジメが今日の予定を立てた時点で、シルフィードの人間全員に連絡をして頭を下げていた。
こちらは、年上の大人から教えを請う立場なので、当然の対応である。
「俺はまあ、頭を下げるのは慣れているからな」
格好悪い台詞なのに、こいつが言うと大人っぽいのは何なんだろうか。
オタクとしてサークル活動をしていると、周りの人間が大人ばかりだからか、自ずと礼儀には厳しくなる。
今回の件が全て終わったら、菓子折りを持っていって、感謝をする気満々なのであった。
「ご主人様、ちなみにアールグレイは甘いお菓子が好きです」
「ああ、うん……。覚えておくわ」
ハジメに、小声でお菓子を催促していた。
いやまあ、千円ちょっとのお菓子で満足してくれるのであれば、安い買い物である。
現役の経済学を専攻している大学生の話を直接聞けたわけだからな。
アールグレイさんの話は、最後はごり押し論だったが、色々考えてやり切る意地があれば、それが正解なのであろう。
失敗する可能性が高かろうと低かろうと、夢を追ってやるかやらないかは、本人次第だからだ。

「いってらっしゃいませ。ご主人様、お嬢様」
皆を見送り、シルフィードの扉が閉まる。
アールグレイさんは、お見送りの際までマイペースでのほほんとしていた。
それでも、彼女はメイドさんという仕事に誇りがあり、メイド喫茶シルフィードが大好きなのである。
シルフィードという、無謀だけどみんながずっと頑張ってきた夢がなければ、人生の中でメイド喫茶を知ることも、メイドさんになることもなく、こんなに楽しい世界の住人になることもなかっただろう。
毎日が楽しい。
みんなが大好き。
それだけで、いつも笑顔でいられて幸せである。
みんなが考えるカフェも、そんな場所になることを願っていた。
アールグレイは、まだまだ未熟だけれども、メイドとしての心は一人前だ。
メイドとは、品位を持っている者がなれる職業だ。
人の誇りなくしては、続けることは出来ないだろう。
黒く長いスカートを靡かせて、他のご主人様の給仕をするために戻っていくのであった。
いつも彼女は笑っている。
アールグレイ。
その名に誇りを持っているのだから。


一階に降りた後は、シルフィードの店長さんに軽く挨拶をして、早々にお暇しようとしたが、手土産にと女の子達は小物を頂いていた。
文化祭の時の宣伝で、思った以上に収穫があったらしく、そのお礼とのことだった。
読者モデルである小日向風夏ちゃんの顔を使って大々的に宣伝するとなると、事務所を通したら数十万で済む話ではないのだから、安いお礼なのである。
シルフィードの店長だけあり、数万円のメイド服を普通にプレゼントしようとしてきたので、流石のハジメも本気で止めていた。
シルフィードのメイド服を季節ごとに新調するくらいにこだわりが強いのに、タダであげようとしてくる。
店長は、メイド沼に沈めようと、みんなに布教していた。
メイド好きで、好きなものを知ってもらいたい気持ちは理解出来るが、数万円のメイド服をプレゼントしないでほしいのだった。
千円ちょっとの小物ですら、高校生からしたら大金なのだ。
気持ちとしては、それだけで充分である。
店長とのやり取りを経て。
冬華は髪飾りを頂き、黒川さんはネックレス。
明日香は、イヤリングをもらっていた。
みんなは嬉しそうにしており、すぐに身に付けていた。
冬華は、全身がうつる鏡の前でくるりと回って、後ろ姿を確認する。
「どうだ? 似合っているか?」
「ああ、綺麗だと思うぞ」
ハジメは、即答する。
つっよ。
綺麗だと言い慣れている男がみせる、大人の余裕であった。
そもそも、彼女になってからの冬華は、いつも嬉しそうにするから可愛いし、今まで以上に綺麗だと思っている。
毎日、更新するくらいに綺麗である。
他の女の子にも言えたことだが、付き合うことで自分に自信が付いたのか、自分のやりたいことを見付けて頑張っていた。
高校生は多感な時期で、自分のことや将来のことで悩むことばかりだろう。
しかし、悩んだ末にやるべきことを決め、歩むべき道の覚悟をした人間は、大人として少しずつ成長していく。
白鷺冬華は、出会った時よりももっと笑顔になり、輝いて見えた。

……何でか知らんが。
親友の一条は恐怖していた。
四股クソ野郎に、褒め言葉のハードルをおもっくそ上げられた。
何とかして、二人は黒川さんと明日香を褒めるのだが、敷居が上がり過ぎであった。
一条と佐藤が死に物狂いでそれをこなして、及第点をもらい、許してもらっていた。
いや、佐藤は多分何も考えいないでネックレスが似合っていると言っていた。
ある意味、無敵過ぎる。
普通の感性を持つ一条からしたら、女の子を褒めるのも一苦労である。
隣に長く居過ぎると、可愛いとか綺麗だとは簡単には言いにくい。
面と向かって口に出すのは恥ずかしいのもあるし、美人も三日で飽きる。
どんなに好きな人で、可愛い横顔をしていても見慣れてしまう。
一目惚れした男性が発するような、甘い詩の唄は出てこないのだ。
毎日がバカップルというわけにはいかない。

世界一可愛い彼女への愛着や情は確かにあれど、彼氏としてアプローチをするのは難しくなる。
佐藤は馬鹿なので、何も考えていないけど。
一条はそう思っていた。
その為に詩を読むのだ。
詩は全てを解決する。
恋人同士の関係を刺激的にしてくれる万能調味料だ。
詩を読むことで、彼女を褒めるための言葉を学び、実践に活かす。
とはいえ、一条も初めての彼女なので苦労はしていたけど。
「はあはあ……」
数倍以上に疲れていた。
黒川さんを可愛いと褒めることは多いけれど、こんなに疲れたのは初めてだ。
横目で、ハジメを見る。
「こっちの髪飾りも白鷺に似合うな。読者モデルの給料入ったし、折角だしプレゼントするよ」
「いいのか!? 高いだろうに」
「いや、白鷺が喜んでくれるなら、これくらい安いだろう?」
照れ隠しをしながら、そう言うのであった。

「東山、やめて!!」
一条の心労がマッハであった。
ハジメは、普通のノリで彼女を褒める。
好感度が五億くらいあるんじゃないか。
詩のような言葉を、巧みに使いやがる。
みんなが知っている東山ハジメとはかなりのギャップがあり、冬華との何気ない会話が神がかり過ぎていて、好感度が爆上がりしていた。
こんなハジメちゃんは知らない。
それはそうだ。
友達とはいえ、学校で見せている姿がその人の全てではない。
誰だって好きな人にしか見せない表情があり、それを知っているから好きになってしまう。
知らない顔を知ることで、その人にとっての特別な人になるのだ。
ハジメだけでなく、みんなだって学校とプライベートでは、対人関係の立ち回りがまるで違う。
一条からしたら、サッカーとフットボールくらいの別物である。
意味が分からないことを思うくらいに動揺をしていた。
一条の立場が危うかった。
ハジメは、まるで息をするように白鷺冬華に好意を伝えるので、男前過ぎる。
男同士だから、ハジメの良さがわかる。
こんなん、無理。
相思相愛で、親御さんと顔合わせしていても、イケメンじゃないと無理だ。
後方支援彼氏面をしていた一条としては、親友のつよつよ過ぎる男としての成長に焦っていた。
トリプルデートは、合コンでカラオケや飲み会をするのと変わらない。
男三人で連携して対応するイベントであり、全体のパワーバランスを無視して、突き進むのは反則である。
互いに補い合うかたちで、女の子と仲良くなる。
マンモス狩りと一緒だ。
協力して会話という槍を投げ、可愛い女の子に好きになってもらう。
男はみんな馬鹿なのだから、一人で何でもやろうとするのは間違いだ。
人間様が、マンモスに勝てると思うなよ。
一対一で女の子と恋愛をやり合ったなら、その一方的な暴力で蹂躙され、踏み潰されるだけだ。
男三人の連携が欠かせない。
でも、それが出来るようなメンツではない。
合コンも行ったことがないメンバーをリード出来るのは、女の子慣れしている自分が頑張るしかないのだ。
「……」
黒川さんが冷ややかな視線を向けていた。
どれほどのイケメンであっても、男である以上は好きな彼女に頭が上がらないのだった。
「一条くん、何もしないでね?」
「はい……」
完全に飼い慣らされているのであった。


ハジメサイド。
それから俺達はシルフィードを後にして、秋葉原の探索をすることにした。
一条や黒川さんは何度か秋葉原に来ているらしいので、今回は初めての佐藤と橘さんをメインに回ってもらう。
佐藤が聞いてくる。
「なあ、秋葉原ってよく分かんないけど、どこがオススメなん?」
「ん~、そうだな。ラジオ会館でも見てみるか?」
「東山、ラジオってなに?」
唐突なマジレス。
佐藤よ、可愛い顔してるな。
「ああ、うん。まあ、そういう時代だよな……」
俺くらいの人間なら、昔の漫画やツイッターとかで、ラジカセとかのアナログな機械も見たことあるが、佐藤とかは知らないよな。
ラジカセねぇ……。
最近の学生はスマホしか触らないだろうし、佐藤が分かりそうないい例えもないので、説明し辛いわ。
「とりあえず、ここは漫画とかアニメのグッズがいっぱいあるところだな」
「東山が好きそうなところか!」
「まあ、否定はしないが……」
この子、小日向タイプの素直さだから、サラッと言ってくる発言に関してはあまり気にしないことにする。
即座に橘さんが注意するが、別にいいんだけどな。
そして、ラジオ会館にわくわくした白鷺が我先に行こうとするという、無法地帯である。
ガチャガチャ好きっ娘だから、仕方ないか。
まあ、先頭にいるし、案内役は白鷺でいいか。
最近はみんなにアニメ好きなのも打ち明けているし。
案内役をしながら好きなものを語る白鷺は可愛いからな。


ラジオ会館に入り、目の前すぐのエスカレーターを上がっていく。
ガチャガチャコーナーを見つつ、女子三人は仲良さそうにしていた。
女の子って、可愛いものが好きだよな。
それはさておき。
今がチャンスだ。
「……なあ、佐藤」
「なに?」
「佐藤は、橘さんと付き合っているのか?」
「なんで?」
質問に質問で返すなよ。
「時間ないんで、そういうのやめてもらっていいですかね……? ほら、橘さんといつも一緒に居るだろう?」
早くしないとガチャガチャに夢中の女子達が気付いてしまう。
「いや、付き合ってない」
「え? 何回もカフェ巡りしているんだろ? 何度も遊ぶ仲ならそれはもう付き合っているんじゃないのか?」
自分自身にブーメランが飛んでくるので、あんまり言いたくないが、なあなあのまま女の子と付き合うのはやばい。
好きなら好きって言って付き合うべきだ。
そうじゃなきゃ、死ぬ。
俺の好きな人は優しいやつばかりだが、多分今同じ事をしたら殺される。
それくらいやばい。
佐藤よ、お前はちゃんとしないと三馬鹿に殺されるぞ。
しかし、佐藤の表情は無である。
頭がパンクしてやがる。
一条がフォローを飛ばしてくれた。
「ほら、橘さんは佐藤には優しいだろ? 男として責任を取らないといけないんじゃないんか?」
「なるほど」
ぜってぇ分かってない。
これほど心に響いていない顔をしているやつは、こいつくらいだろう。
紅茶の時は嬉し過ぎて頬を緩めて大満足そうにしていたのに、なんで今は虚無なんだよ。
さっきは、何としてでも橘さんと一緒にカフェをやりたいって啖呵を切っていたじゃん。
「女の子に限りある青春を使わせている以上、男にはそれ相応の責任が伴うわけだろう? 今後どれくらい時間が掛かるか分からないけどさ。カフェを手伝わせるなら、ちゃんと気持ちを伝えないといけないしさ」
「わかった」
スタスタ。
今行こうとすんじゃねぇよ!?
水着のフィギュアが背景の状況で告白したら、一生恨まれるわ!!
お前じゃなくて、俺と一条がな!
最速で佐藤を止めて、二人っきりの時にちゃんとした手順を踏んで言うように教える。
告白する時は告白されそうな雰囲気を作って、プレゼントと一緒に真面目に告白をするのだ。
いや、俺じゃなくて一条がそう言っていた。
俺は告白された側だから、一切口を挟まなかった。
あの一条がそんなにしっかりとして、文化祭の時に黒川さんに告白したとは……。
イケメンはしっかりしているようですな。
「橘さんが好きなものをプレゼントするんだよ?」
「はっ!? 紅茶とか?」
はっ、じゃねぇよ。
お前が好きなものじゃねぇかよ。
自分の好きなものを、橘さんの好きなものにするな。
二人とも、頭が痛い。
俺と一条は目を合わせる。
俺達の意見は一致するのだ。
こいつに恋愛させるのは難しくないか?
そもそも佐藤が、橘さんのことを友達として好きなのか、異性として好きなのか分からんし。
多分、佐藤も女の子と付き合ったことないだろうし、初めてだと他人との距離感が難しいんだよな。
俺もよく分からんかったからさ。
キスされた後でも、可愛い女の子に四人も好かれていて、これが現実なのか分からなくなる時があるし。
自分の気持ちの整理をするのも一苦労なのである。
一条は、大分踏み込む。
「佐藤は橘さんとキスしたいとか思わないの?」
一条さぁぁぁん!?
それ、幼稚園児に爆竹渡すようなものだ。
こいつ、扱い方分かってないだろ。
「なるほど? 二人はしたことあるのか??」
お前、まじでふざけんな。
もらった爆竹をノーモーションで投げ返してきやがった。
「それは、ほら。したことあるよな、東山?」
「お前が振った話を、俺に丸投げするなよ!!」
全ての問題を俺に解決させようとするのだった。
一条は、自分だって黒川さんとキスの一回もしてない。
そんな中で、法螺を吹くな。
嘘を言っても仕方ない。
俺達は知り合いなんだし、普通にまだキスしてないって素直に言えばいいじゃないかよ。
半年間手を繋いだだけの恋愛をしていたのが恥ずかしいらしい。
うん、恋人同士ですること全部。
最後までやっている話をされる方が気まずいから、ペースが遅いのも、二人の性格を加味したら、それでいいんじゃないかな。
ゆっくり好きになるのが普通だし。
あと、俺は絶対に話さないからな。


あかん。
目を離していた最中に、女子トークで恋愛話に発展していた。
白鷺は、男子の話題と同じように、キスのことを事細かに話していた。
本来なら自慢しちゃいけない話だったが、友達と恋愛話が出来て嬉しかったんだろう。
まあ、黒川さんも橘さんも、口が固い人だから構わないけどさ。
「秋月さんは、三回……」
「麗奈ちゃん……まあ、尽くす娘だし、ダメ男好きそうだもんね」
色々言いたいことはあるけど、一番ダメージを受けているのは、秋月さんであった。
恋愛と言えばこの人。
我がクラスの筆頭恋愛ルーキー。
いつも彼女は風評被害を受けている。
いや、事実だけどな。
三回もキスされた側としても、否定出来ない。
誰が見ても、クラスで一番のドスケベ枠なのは言うまでもなく。
秋月さんは、よく知っている人であり、れっきとした彼女だからこそ、たまに見せる野性が怖い。
二人っきりになったらやばい。
突き刺さる視線の鋭さが、隙を見せたら殺される。
そう感じる時が多々ある。
萌花が居たら、ボロクソ言っているだろう。
この場に居ないのに話題にされるあたり、秋月さんは愛されているオチ担当だな。

あと、ダメ男って言うな。
本気で襲ってくる女の子から逃げられないだけだ。
女の子の身体能力を甘く見ていた。
陰キャが、陽キャに敵うわけがねぇんだよ。
惚れた側の弱味である。


「くちゅん」
一方その頃。
秋月麗奈は誰かに噂された気がした。
その相手が東山くんならいいなぁと思いながら、料理を作るのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

処理中です...