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第41.5話・貴方のキスを数えましょう
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反省会。
放課後、四人で集まり麗奈を囲っていた。
いつもの女子会だ。
麗奈は、頭を下げる。
「すみませんでした。反省しています」
「……問題児が」
「すみません」
萌花に詰められていた。
本当ならば親友が好きな人とキスをしたなら、手放しで祝福してあげるべきだが、バレンタインに抜け駆けするのは他の三人に失礼であった。
バレンタインにやりたいことは各々あったけれど、時間との兼ね合いで我慢したり、妥協していた。
よんいち組というグループはとても大切なものだが、それでも好きな人と可能な限り隣に居たいのはみんな同じである。
全員が全員、自分の気持ちを優先すれば、負担はハジメに集中する。
好きな人なら自分勝手で一方通行の想いでもいいが、その想いが大切なものや愛しているものになっていくと、直情的な行動は和を乱すものでしかない。
今はまだいい。
時間的な余裕があるから。
しかし、春に入れば、ハジメのサークル活動も色々なイベントが重なり、今以上に大変になっていく。
風夏や冬華が色々な仕事や人物と話し合いながら、春からのスケジュールを上手く組み立ている最中、麗奈は容赦なく爆弾をぶん投げてくる。
リアル爆弾娘である。
本来なら、しばいてもいいレベルだ。
よんいち組には上も下もないけれど、よんいち組としてやるべきことの優先順位はある。
時間に限りがあるハジメの仕事や風夏の仕事が最優先で、その下に冬華のサークル活動。
時間的な縛りが薄い、麗奈や萌花のやりたいことは、それよりもかなり下になっていた。
その分、東山家や学校では麗奈や萌花がメインでハジメに絡んでいたので、不満はないのだけれど。
風夏は、麗奈へフォローを入れてあげる。
「まあまあ、麗奈がハジメちゃんと仲良くなったのはいいことだよ! 女の子なら好きな人とキスしたいもん! 三回もキス出来たら私も嬉しいよ」
「……アバズレ」
萌花は、辛辣であった。
どうやったら、ファーストキスで三回もコンボを決められるのか。
世界一ピュアなキス。
とか麗奈は思っていそうだが、お前の存在自体、啓蒙が高いのだ。
ガワが可愛い女の子なだけで、中身はブラッドボーンである。
麗奈の異常行動は、確実に精神を削ってくる。
常人なら、全身から血を出して発狂するわ。
ハジメだから、麗奈のやばい行動に対しても冷静なまま動けて、彼女の為に適切な対処をしていただけだ。
常人なら裸足で逃げ出すレベルである。
そこは覚えておけ。
それから萌花にボロクソにダメ出しされ、風夏や冬華には、喜ばしいことではあるが、それとは別に女の子がはしたない真似はしてはいけないと注意される。
キス自体は女の子ならみんな憧れているものなので否定はしないが、両親と顔合わせしている立場の人間が軽率な行動をするべきではない。
特に付き合い始めは、慎重にすべきだった。
ハジメはあんな性格ながら、四人の為に両親とも顔合わせして精一杯頑張っているのに、四人を好きになってほしいと無理強いさせている自分達が、好きな人の評価を落とすのはもっての他である。
風夏と冬華による正論で固められた言葉の威力は高く、麗奈は静かに聞くことしか出来ない。
涙目である。
この二人が誰かを叱ることは初めてだ。
だからこそ、真剣なのだ。
もっと感情的に怒ってもいい立場なのに、冷静に諭すように伝える。
怒らずに叱ることが出来る人間性の高さよ。
それだけ、二人は思うことがあったのだろう。
萌花は机に寄り掛かりながら静観していた。
「ふうとふゆに怒られてるの面白いな」
二人が麗奈を叱る間は、萌花は黙っていた。
それが彼女の優しさである。
それに、二人から言われたことの方が、萌花にボロクソに言われるよりも堪えていたであろう。
「とりま、れーなは他のやつがキスするまでキスは禁止な」
罰として、しばらくの間は、他の人のフォローに徹する。
みんながキスをするまでお預けだ。
キスカウントが三回も溜まっているので、実質終身刑である。
一ヶ月以上、自分の番は回ってこないと思った方がいい。
「……わ、分かったわ」
それも仕方ない。
自分のせいだと分かっていても、好きな人とキスが出来ないことに意気消沈していた。
そこまでハジメとキスをしたいのか。
キスをしたことない女の子には分からない魅力が、キスにはあるのだろうか。
キスをすることで幸福度が上がったり、ストレス軽減にも効果があると言われているが、麗奈以外のよんいち組の幸福度が下がりストレスが溜まっていた。
萌花は、調子に乗っているこいつを一回シバいてやろうかと思ったが、止めることにした。
何だかんだ物語を進める起爆剤みたいな役割を担ってくれていたし、他の人がいきなりキスをしてきたらドン引きされるが、麗奈がやる分には狂人なので許されていそうだった。
その意味ではいい仕事をしていた。
恋愛が停滞するよりはマシだ。
麗奈や萌花はあざといが、真面目な風夏や冬華とキスをするきっかけになれば幸い。
二人は純粋な娘なので、男女っぽい恋愛はまだまだ先の話である。
そこが多少は改善されるなら、麗奈の狂ムーブもありだろう。
そもそも、風夏や麗奈は仕事のパートナーとしての付き合いが長過ぎて、恋愛感情があるのか微妙だし。
ハジメはアホなので、異性として性的な目を向けているのかも分からないものだ。
……キスしたら多少は女の子として意識してくれるのか。
それもまた、危ない橋を渡るかたちにはなるだろう。
でもまあ、ハジメなら何とかしてくれそうであった。
毎回こんな処理を普通にやらされているハジメが可哀想だが。
女運が悪いやつが悪い。
それから色々話したいことはあったが、暗くなってきた。
よんいち組は話を切り上げて、帰る準備をする。
何だかんだありつつも、いがみ合うことなく仲良くしていた。
「ねえねえ、麗奈。キスってどんな感じなの? どんな味?」
「え?」
唐突な質問。
風夏は突拍子もないことを普通に聞いてくる。
「そうだな。私もキスとはどういうものなのか知りたい。漫画やアニメではよく見かけるが、現実とは勝手が違うのか?」
親友とはいえ、プライバシーな話にぐいぐい来る二人をいなしたいが、負い目がある分強くも出れない。
「萌花……」
「ディープ?」
こいつは悪魔か。
麗奈は恐怖していた。
笑えない冗談だ。
ファーストキスからベロチューする女の子などいない。
いくら好きな人とはいえ、そういうえっちなのは、もうちょっと先のお話である。
萌花は内心、結構キレていた。
麗奈は親友だからそれが分かる。
……表には出さないが、かなり嫉妬しているあたり、本気でハジメが好きなのだろう。
そんなに好きならば、本人にちゃんと好きって伝えればいいのに。
女の子として真っ直ぐに、好きとか愛しているとか言えないから、萌花は意識してもらえないのである。
麗奈はそう思っていた。
(萌花の方が進展しているのは麗奈は知らない)
それはそうと、この流れを変えないといけない。
麗奈は話題を上手く逸らす。
「ほら。キスの感触って、マシュマロと同じらしいわよ」
「ほんと!? え~、帰りにマシュマロ買って帰ろうかな」
「すまない、マシュマロってなんだ?」
白鷺はお嬢様だけあってか、そもそもマシュマロを知らないのであった。
「え~、冬華知らないの? ほら、マシュマロだよ。えっとね、白くてふわふわしたやつ」
ふわふわしていたのは風夏の説明の仕方ではあったが、普通に売っているお菓子なので帰りにコンビニに立ち寄ることにした。
「マシュマロにキスをしたら、どんな感じか分かるのだな」
超絶美少女でも、乙女である。
冬華は、マシュマロキスに興味津々らしい。
みんなで下らない話をしながら、笑い合う。
それが幸せ。
よんいち組は教室から出て、誰もいない廊下を歩いていく。
五時過ぎには辺りは暗くなる。
人数は多いとはいえ、暗くなった学校を歩くのは怖いものであった。
幽霊とか妖怪とか出てきそう。
ほの暗い廊下の先には、そんな雰囲気が流れている。
幼い頃に見たホラー映画を彷彿とさせる。
皆、静まり返っていた。
「わっ!」
「ぎゃっ」
萌花がふざけて、麗奈が悲鳴を上げる。
心臓が飛び出そうな勢いで、身体が上下していた。
「だはははっ!」
「アンタね……」
大爆笑する萌花にぶち切れそうになる麗奈だった。
その時。
カツンカツン。
上の階段から人が降りてくる足音が響き渡る。
五時過ぎとはいえど、学校に残っている人間は少ないはずだ。
夜遅くまで部活をするにしても、一人だけの足音がするのはおかしい。
誰であれ騒がしいはずの学生が、無言で降りてくる。
それだけで恐怖心を増やしてくる。
「ねぇ、幽霊かな?」
風夏が慌てて、萌花の後に隠れる。
他の二人も萌花を楯にする。
「……大丈夫っしょ」
幽霊など、この世には存在しない。
平然と対応する萌花は頼もしいものだった。
落ち着かせる為に、ぶるぶる震えている風夏達の頭を撫でていた。
カツンカツン。
足音が終わり、階段から降りてきたのは言うまでもない。
「よ、お前らも今から帰るのか?」
「ぶっ殺すぞ」
「ーー何で?!」
ハジメだった。
紛らわしいやつである。
よくよく考えたら、この時間まで学校に残っている人間は、こいつくらいなものだ。
紛らわしいことをするな。
ハジメだった安堵と共に、怒りが沸いてくる。
罵詈雑言が飛び交う中、再度足音がしてくる。
カツンカツン。
「……」
「……」
あ、二度目はやばい。
全員の本能がそう判断した。
誰も口に出すことなく、猛ダッシュで下駄箱まで走り抜ける。
上履きから革靴に履き替えて、校門前まで息継ぎなしで走ってきた。
どこまで追ってくるか分からなかった為に、学校からすぐのスタバまで逃げる。
人気が多くなってやっと安心出来るようになった。
みんな、息が上がっていた。
何でいきなりホラー展開になっているのか。
夜の学校は怖い。
人が多い場所故に、その手のモノを引き寄せるのか。
アレが何だったのか誰にも分からなかったが、深く追及しなかった。
誰も見ていないが、正体を見たらやばかっただろう。
萌花は、放課後まで絵を描いているハジメに話を振る。
「何なんあれ」
「……いや、放課後によく残っているが初めてだ。全然わからん」
とりあえず、忘れることにした。
用務員のおじちゃんがよく掃除や見回りしているので、たまたま遭遇したのだろう。
可能性としてはそれが一番高い。
まあ、そうでも思わないと、怖過ぎて学校に通えなくなるやつがいたので、口合わせしていた。
ハジメは、風夏に五回くらい言い聞かせて納得させていた。
「とりあえず、放課後は教室に残らずに早く帰れよ? 夜遅くなったら危ないしな」
「え~、女の子だけで話したいこともあるんです~」
女子会。
脳裏に浮かぶ光景。
ハジメは、危険を察知した。
「ああ、そうか。まあ、それは否定しないけど」
ハジメとしても、女子トークに介入したくもないので、あっさりと引き下がる。
好きな子のことであっても、全てを知りたいとは思わない。
適度な距離感は重要なのと、無闇に踏み込むと虎の尾を踏むことに成りかねないのだ。
というのか、女のやばさは母親と妹で経験済みである。
彼女であっても、女は怖いものなのは変わらないだろう。
ハジメはすぐにでも話を終わらせたいが、風夏が空気を読めるはずもなく話を続ける。
「女の子はね、女の子同士で恋バナとかすると楽しいんだよ」
「ああ、そうか」
ハジメの目が泳いでいる。
実質自分の話を四人で暴露しているようなものなので、気が気ではない。
ハジメは、自分の罪を数える。
畜生、指が足りない。
罪状が多過ぎて、どれで怒られるのか分からなくなっていた。
別に誰も怒ってはいないと萌花は言う。
ただ、わがままは聞いてほしいと。
次の瞬間に、自分の唇に指を当てる。
「あとは分かるっしょ?」
「分かるよね?」
「分かるだろう?」
三人ともに、ハジメにアピールをしていた。
自分も同じように好きな人とキスがしたい。
多くは語らなかったけれど、みんな本気だった。
麗奈は申し訳なさそうにしていた。
……完全に全部バレていました。
ハジメは、頭を抱えていた。
高速で思考を巡らせて答えを導き出す。
「……とりあえず、スタバで話しませんか?」
そんなもの即座に浮かぶわけもない。
このまま話を進めると、不利すぎる。
腰を据えてゆっくり話し合いをしないと、強制力という名の、萌花の力で逃げ道が潰されそうであった。
今は何とかお茶を飲む時間を稼ぐことしか出来ない。
「じゃあ、東っちの奢りな」
「ハジメちゃん、ありがとう♪」
「では、東山のご馳走になるか」
容赦ない女達である。
先に飲み物を決めるために、嬉しそうに店内に入っていく。
それを見送るしか出来ない。
尻に敷かれる男の立場は、子犬よりも低いものであった。
「ごめんなさい……、私がお金を出すわ」
麗奈は忍びなさそうに財布から諭吉を出してくる。
「えっと、大丈夫ですよ。俺が出しますよ」
今この瞬間、ハジメが一番引いていたのは言うまでもない。
せめて後でお礼をするくらいでいいのに、この場でサラッと一万円を出すあたり、麗奈のやばさと狂気度を垣間見ていた。
まあ、それが秋月麗奈らしいと思うあたり、毒されているのか、深く関わっているからなのか。
判断が難しいものである。
女の子は、手を焼くくらいが可愛いだろう。
それが麗奈の魅力である。
ハジメは緩やかに毒されていた。
まあ、当事者が幸せならそれでいいのかも知れない。
放課後、四人で集まり麗奈を囲っていた。
いつもの女子会だ。
麗奈は、頭を下げる。
「すみませんでした。反省しています」
「……問題児が」
「すみません」
萌花に詰められていた。
本当ならば親友が好きな人とキスをしたなら、手放しで祝福してあげるべきだが、バレンタインに抜け駆けするのは他の三人に失礼であった。
バレンタインにやりたいことは各々あったけれど、時間との兼ね合いで我慢したり、妥協していた。
よんいち組というグループはとても大切なものだが、それでも好きな人と可能な限り隣に居たいのはみんな同じである。
全員が全員、自分の気持ちを優先すれば、負担はハジメに集中する。
好きな人なら自分勝手で一方通行の想いでもいいが、その想いが大切なものや愛しているものになっていくと、直情的な行動は和を乱すものでしかない。
今はまだいい。
時間的な余裕があるから。
しかし、春に入れば、ハジメのサークル活動も色々なイベントが重なり、今以上に大変になっていく。
風夏や冬華が色々な仕事や人物と話し合いながら、春からのスケジュールを上手く組み立ている最中、麗奈は容赦なく爆弾をぶん投げてくる。
リアル爆弾娘である。
本来なら、しばいてもいいレベルだ。
よんいち組には上も下もないけれど、よんいち組としてやるべきことの優先順位はある。
時間に限りがあるハジメの仕事や風夏の仕事が最優先で、その下に冬華のサークル活動。
時間的な縛りが薄い、麗奈や萌花のやりたいことは、それよりもかなり下になっていた。
その分、東山家や学校では麗奈や萌花がメインでハジメに絡んでいたので、不満はないのだけれど。
風夏は、麗奈へフォローを入れてあげる。
「まあまあ、麗奈がハジメちゃんと仲良くなったのはいいことだよ! 女の子なら好きな人とキスしたいもん! 三回もキス出来たら私も嬉しいよ」
「……アバズレ」
萌花は、辛辣であった。
どうやったら、ファーストキスで三回もコンボを決められるのか。
世界一ピュアなキス。
とか麗奈は思っていそうだが、お前の存在自体、啓蒙が高いのだ。
ガワが可愛い女の子なだけで、中身はブラッドボーンである。
麗奈の異常行動は、確実に精神を削ってくる。
常人なら、全身から血を出して発狂するわ。
ハジメだから、麗奈のやばい行動に対しても冷静なまま動けて、彼女の為に適切な対処をしていただけだ。
常人なら裸足で逃げ出すレベルである。
そこは覚えておけ。
それから萌花にボロクソにダメ出しされ、風夏や冬華には、喜ばしいことではあるが、それとは別に女の子がはしたない真似はしてはいけないと注意される。
キス自体は女の子ならみんな憧れているものなので否定はしないが、両親と顔合わせしている立場の人間が軽率な行動をするべきではない。
特に付き合い始めは、慎重にすべきだった。
ハジメはあんな性格ながら、四人の為に両親とも顔合わせして精一杯頑張っているのに、四人を好きになってほしいと無理強いさせている自分達が、好きな人の評価を落とすのはもっての他である。
風夏と冬華による正論で固められた言葉の威力は高く、麗奈は静かに聞くことしか出来ない。
涙目である。
この二人が誰かを叱ることは初めてだ。
だからこそ、真剣なのだ。
もっと感情的に怒ってもいい立場なのに、冷静に諭すように伝える。
怒らずに叱ることが出来る人間性の高さよ。
それだけ、二人は思うことがあったのだろう。
萌花は机に寄り掛かりながら静観していた。
「ふうとふゆに怒られてるの面白いな」
二人が麗奈を叱る間は、萌花は黙っていた。
それが彼女の優しさである。
それに、二人から言われたことの方が、萌花にボロクソに言われるよりも堪えていたであろう。
「とりま、れーなは他のやつがキスするまでキスは禁止な」
罰として、しばらくの間は、他の人のフォローに徹する。
みんながキスをするまでお預けだ。
キスカウントが三回も溜まっているので、実質終身刑である。
一ヶ月以上、自分の番は回ってこないと思った方がいい。
「……わ、分かったわ」
それも仕方ない。
自分のせいだと分かっていても、好きな人とキスが出来ないことに意気消沈していた。
そこまでハジメとキスをしたいのか。
キスをしたことない女の子には分からない魅力が、キスにはあるのだろうか。
キスをすることで幸福度が上がったり、ストレス軽減にも効果があると言われているが、麗奈以外のよんいち組の幸福度が下がりストレスが溜まっていた。
萌花は、調子に乗っているこいつを一回シバいてやろうかと思ったが、止めることにした。
何だかんだ物語を進める起爆剤みたいな役割を担ってくれていたし、他の人がいきなりキスをしてきたらドン引きされるが、麗奈がやる分には狂人なので許されていそうだった。
その意味ではいい仕事をしていた。
恋愛が停滞するよりはマシだ。
麗奈や萌花はあざといが、真面目な風夏や冬華とキスをするきっかけになれば幸い。
二人は純粋な娘なので、男女っぽい恋愛はまだまだ先の話である。
そこが多少は改善されるなら、麗奈の狂ムーブもありだろう。
そもそも、風夏や麗奈は仕事のパートナーとしての付き合いが長過ぎて、恋愛感情があるのか微妙だし。
ハジメはアホなので、異性として性的な目を向けているのかも分からないものだ。
……キスしたら多少は女の子として意識してくれるのか。
それもまた、危ない橋を渡るかたちにはなるだろう。
でもまあ、ハジメなら何とかしてくれそうであった。
毎回こんな処理を普通にやらされているハジメが可哀想だが。
女運が悪いやつが悪い。
それから色々話したいことはあったが、暗くなってきた。
よんいち組は話を切り上げて、帰る準備をする。
何だかんだありつつも、いがみ合うことなく仲良くしていた。
「ねえねえ、麗奈。キスってどんな感じなの? どんな味?」
「え?」
唐突な質問。
風夏は突拍子もないことを普通に聞いてくる。
「そうだな。私もキスとはどういうものなのか知りたい。漫画やアニメではよく見かけるが、現実とは勝手が違うのか?」
親友とはいえ、プライバシーな話にぐいぐい来る二人をいなしたいが、負い目がある分強くも出れない。
「萌花……」
「ディープ?」
こいつは悪魔か。
麗奈は恐怖していた。
笑えない冗談だ。
ファーストキスからベロチューする女の子などいない。
いくら好きな人とはいえ、そういうえっちなのは、もうちょっと先のお話である。
萌花は内心、結構キレていた。
麗奈は親友だからそれが分かる。
……表には出さないが、かなり嫉妬しているあたり、本気でハジメが好きなのだろう。
そんなに好きならば、本人にちゃんと好きって伝えればいいのに。
女の子として真っ直ぐに、好きとか愛しているとか言えないから、萌花は意識してもらえないのである。
麗奈はそう思っていた。
(萌花の方が進展しているのは麗奈は知らない)
それはそうと、この流れを変えないといけない。
麗奈は話題を上手く逸らす。
「ほら。キスの感触って、マシュマロと同じらしいわよ」
「ほんと!? え~、帰りにマシュマロ買って帰ろうかな」
「すまない、マシュマロってなんだ?」
白鷺はお嬢様だけあってか、そもそもマシュマロを知らないのであった。
「え~、冬華知らないの? ほら、マシュマロだよ。えっとね、白くてふわふわしたやつ」
ふわふわしていたのは風夏の説明の仕方ではあったが、普通に売っているお菓子なので帰りにコンビニに立ち寄ることにした。
「マシュマロにキスをしたら、どんな感じか分かるのだな」
超絶美少女でも、乙女である。
冬華は、マシュマロキスに興味津々らしい。
みんなで下らない話をしながら、笑い合う。
それが幸せ。
よんいち組は教室から出て、誰もいない廊下を歩いていく。
五時過ぎには辺りは暗くなる。
人数は多いとはいえ、暗くなった学校を歩くのは怖いものであった。
幽霊とか妖怪とか出てきそう。
ほの暗い廊下の先には、そんな雰囲気が流れている。
幼い頃に見たホラー映画を彷彿とさせる。
皆、静まり返っていた。
「わっ!」
「ぎゃっ」
萌花がふざけて、麗奈が悲鳴を上げる。
心臓が飛び出そうな勢いで、身体が上下していた。
「だはははっ!」
「アンタね……」
大爆笑する萌花にぶち切れそうになる麗奈だった。
その時。
カツンカツン。
上の階段から人が降りてくる足音が響き渡る。
五時過ぎとはいえど、学校に残っている人間は少ないはずだ。
夜遅くまで部活をするにしても、一人だけの足音がするのはおかしい。
誰であれ騒がしいはずの学生が、無言で降りてくる。
それだけで恐怖心を増やしてくる。
「ねぇ、幽霊かな?」
風夏が慌てて、萌花の後に隠れる。
他の二人も萌花を楯にする。
「……大丈夫っしょ」
幽霊など、この世には存在しない。
平然と対応する萌花は頼もしいものだった。
落ち着かせる為に、ぶるぶる震えている風夏達の頭を撫でていた。
カツンカツン。
足音が終わり、階段から降りてきたのは言うまでもない。
「よ、お前らも今から帰るのか?」
「ぶっ殺すぞ」
「ーー何で?!」
ハジメだった。
紛らわしいやつである。
よくよく考えたら、この時間まで学校に残っている人間は、こいつくらいなものだ。
紛らわしいことをするな。
ハジメだった安堵と共に、怒りが沸いてくる。
罵詈雑言が飛び交う中、再度足音がしてくる。
カツンカツン。
「……」
「……」
あ、二度目はやばい。
全員の本能がそう判断した。
誰も口に出すことなく、猛ダッシュで下駄箱まで走り抜ける。
上履きから革靴に履き替えて、校門前まで息継ぎなしで走ってきた。
どこまで追ってくるか分からなかった為に、学校からすぐのスタバまで逃げる。
人気が多くなってやっと安心出来るようになった。
みんな、息が上がっていた。
何でいきなりホラー展開になっているのか。
夜の学校は怖い。
人が多い場所故に、その手のモノを引き寄せるのか。
アレが何だったのか誰にも分からなかったが、深く追及しなかった。
誰も見ていないが、正体を見たらやばかっただろう。
萌花は、放課後まで絵を描いているハジメに話を振る。
「何なんあれ」
「……いや、放課後によく残っているが初めてだ。全然わからん」
とりあえず、忘れることにした。
用務員のおじちゃんがよく掃除や見回りしているので、たまたま遭遇したのだろう。
可能性としてはそれが一番高い。
まあ、そうでも思わないと、怖過ぎて学校に通えなくなるやつがいたので、口合わせしていた。
ハジメは、風夏に五回くらい言い聞かせて納得させていた。
「とりあえず、放課後は教室に残らずに早く帰れよ? 夜遅くなったら危ないしな」
「え~、女の子だけで話したいこともあるんです~」
女子会。
脳裏に浮かぶ光景。
ハジメは、危険を察知した。
「ああ、そうか。まあ、それは否定しないけど」
ハジメとしても、女子トークに介入したくもないので、あっさりと引き下がる。
好きな子のことであっても、全てを知りたいとは思わない。
適度な距離感は重要なのと、無闇に踏み込むと虎の尾を踏むことに成りかねないのだ。
というのか、女のやばさは母親と妹で経験済みである。
彼女であっても、女は怖いものなのは変わらないだろう。
ハジメはすぐにでも話を終わらせたいが、風夏が空気を読めるはずもなく話を続ける。
「女の子はね、女の子同士で恋バナとかすると楽しいんだよ」
「ああ、そうか」
ハジメの目が泳いでいる。
実質自分の話を四人で暴露しているようなものなので、気が気ではない。
ハジメは、自分の罪を数える。
畜生、指が足りない。
罪状が多過ぎて、どれで怒られるのか分からなくなっていた。
別に誰も怒ってはいないと萌花は言う。
ただ、わがままは聞いてほしいと。
次の瞬間に、自分の唇に指を当てる。
「あとは分かるっしょ?」
「分かるよね?」
「分かるだろう?」
三人ともに、ハジメにアピールをしていた。
自分も同じように好きな人とキスがしたい。
多くは語らなかったけれど、みんな本気だった。
麗奈は申し訳なさそうにしていた。
……完全に全部バレていました。
ハジメは、頭を抱えていた。
高速で思考を巡らせて答えを導き出す。
「……とりあえず、スタバで話しませんか?」
そんなもの即座に浮かぶわけもない。
このまま話を進めると、不利すぎる。
腰を据えてゆっくり話し合いをしないと、強制力という名の、萌花の力で逃げ道が潰されそうであった。
今は何とかお茶を飲む時間を稼ぐことしか出来ない。
「じゃあ、東っちの奢りな」
「ハジメちゃん、ありがとう♪」
「では、東山のご馳走になるか」
容赦ない女達である。
先に飲み物を決めるために、嬉しそうに店内に入っていく。
それを見送るしか出来ない。
尻に敷かれる男の立場は、子犬よりも低いものであった。
「ごめんなさい……、私がお金を出すわ」
麗奈は忍びなさそうに財布から諭吉を出してくる。
「えっと、大丈夫ですよ。俺が出しますよ」
今この瞬間、ハジメが一番引いていたのは言うまでもない。
せめて後でお礼をするくらいでいいのに、この場でサラッと一万円を出すあたり、麗奈のやばさと狂気度を垣間見ていた。
まあ、それが秋月麗奈らしいと思うあたり、毒されているのか、深く関わっているからなのか。
判断が難しいものである。
女の子は、手を焼くくらいが可愛いだろう。
それが麗奈の魅力である。
ハジメは緩やかに毒されていた。
まあ、当事者が幸せならそれでいいのかも知れない。
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