この恋は始まらない

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第四十話・甘い恋と甘くないチョコをどうぞ。バレンタインそのいち。

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バレンタイン前日。
俺と一条で駅前に来ていた。
この時期、バレンタインで血眼になっている女性を見るのは怖いが、やることがあってやってきたわけだ。
メイドや小日向のイラストを上げる際に、背景にバレンタインの売り場を描きたかった。
しかし、ネットで探してもいい素材がなかった。
悩んだ挙げ句、時間はあまりないが資料集めの為に、駅前まで行くことにした。
一条も暇だったらしく付き合ってくれた。
バレンタインの売り場は、ネットから画像を引っ張ってくるよりも、直に見る売り場の方が臨場感が凄かった。
華やかな売り場。
色々な種類のチョコレート。
買いに来る女の子。
……リアリティ。
行き交う人々。
バレンタインの売り場は、色々な人がいて賑やかである。
チョコレート片手に、女の子が恋い焦がれている。
そんな世界は存在しない。
駅前だけあってか、種蒔きの種を仕入れているキャリア志向の大人の女性ばかりである。
現実とはいつも非情である。
真顔で値段を見比べて、質のよさそうなチョコレートを買っていた。
今話題のチョコ活女子だ。
愛想がいいのは男性がいる時だけ。
クラスの奴らも、男子が居なかったらあんな感じなのかな。
怖すぎる。

「とりあえず、早く写真を撮って切り上げるか」
この空気の中、一条に長時間付き合ってもらうの悪いし。
「そうだね。男が長居する空気じゃないもんね」
カメラで何枚か撮影して、展示されているチョコレートの中でイラストに使えそうなデザインを確保する。
一条も手伝ってくれて、イラストに映える可愛いチョコレートを持ってきてくれあ。
野郎二人で、ハートのチョコレートの写真を撮る地獄絵図だが、時間がないので無視する。
「一条、すまないが、箱持ってポージングしてもらえるか?」
いい写真はいっぱい撮れたが、人物の動きがないと、感性が刺激されない。
バレンタインらしい恋する女の子が、好きな人を想う的なイメージがほしい。
「こうかな?」
「いいね、サンキュー」
女の子のポーズをしてもらう。
一条がやると、普通に可愛いのおかしいやろ。
女の子の可愛さを越えてくるなよ。
何でバレンタイン前日に、一条を見て俺がドキッとしないといけないんだよ。
イケメンは強いな。
「そこまでしないといけないのか。絵を描くって大変だね」
「そうか? まあ、俺は慣れてるから大変とかは思わなくなったし、イラストを描いていると季節感を味わえるから、大変なのも悪いわけじゃないけどな」
俺は、今の生活をかなり楽しんでいる。
クリスマスやバレンタインを楽しめるのは、絵描きの特権である。
小日向に巻き込まれてからは、ファッションを好きになり、ドタバタした日常では誰かから学ぶべきことが増えていく。
他人の縁は、自分の縁。
誰かと仕事をしたり助けてあげると、話し掛けられるようになり、今までよりも忙しくなっていく。
昔なら絵を描いているだけで満足していたけれど、今はそれだけでは物足りないのだ。
自分一人で絵を描くのは詰まらない。
よんいち組で何かをしていたい。
彼女達の見ている景色を、俺もずっと見ていたい。
多分、好きな人がいなければ、バレンタインに興味を持たなかった。
バレンタイン売り場がこんなに華やかであり、綺麗で輝いているとは思わなかったはずだ。
俺には才能がない。
だから、色鮮やかな彼女達が必要なのだ。
少しだけ手を触れると、彼女達の景色を見せてもらえる。
俺が助けてくれていると言うが、実際に手を差し出してくれるのは、いつもあいつらである。
男は手を出してくれないと、助けることが出来ないのだ。
とても華奢で、強く握ったら壊れそうな小さな手。
女の子の手を握る。
いつも大きく見える。
まあ、あいつらの存在は、俺にとって励みになるわけだ。

「東山が元気そうでよかったよ」
「ん? 何かあったのか?」
「いや、女の子と付き合うのって凄く大変だからさ」
「……黒川さんにバレたら殺されるぞ」
こいつ、何を言ってるんですかね。
自殺願望でもあるのか?
黒川さんくらい優しくて温厚な人と、近距離パワー型のよんいち組を同列に考えるのはやめてほしい。
男性が理想とする女の子は、優しくて愛嬌があるものだ。
他の三人はまだしも、顔しか取り柄がない小日向と比べたら、黒川さんに失礼である。
「東山。何にせよ、親友なんだから、助けが必要なら気軽に言ってほしい」
「ああ、ありがとう」
「文化祭に参加出来たのも、黒川さんと付き合えたのも、みんな東山のお陰だからさ。この恩はちゃんと返すよ」
別に何もしてないけど。
一条が借りだと思っているならば、容赦なく取り立てようか。


それから暫くして、お土産用に安いチョコレートを買い終わった時だった。
「あの、ハジメさんですよね」
一人の女の子が話し掛けてきた。
俺達の制服とは違う学生さん。
他校の生徒である。
手には赤い包み紙を握っていた。
「ずっとハジメさんが好きなんです。もしよかったら、これを受け取ってください!」

「告白?」
「いや、違う」

「向こうで待っているよ」
一条は逃げた。
まあ、いいけど。
包み紙を開けると、チョコレートよりもやばいものが出てくる。
アクリルスタンドである。
アクリルスタンドとは、透明なアクリル板にキャラクターの絵が描かれている人気のグッズだ。
勉強机の上に置いて、眺めながら楽しむことが出来る。
袋から取り出したアクスタには、俺が描いた小日向のイラストが印刷されていた。
俺が作ったやつじゃない。
ファンの彼女が自分で自作したアクリルスタンドである。
やばいくらいに、クオリティが高い。
怖いんですけど。
「ありがとうございます。この前アクスタを作りたいから許可くださいって、DMくれた人ですよね?」
「はい! 自分用でアクスタを作ったんですけど、なんかもう、推しの風夏ちゃんが尊すぎて、一個だと愛が足りない気がして、もう一個作って持ってきました!」
作りたいから作りました系。
行動力の暴力である。
野生の職人やめろ。
俺の出したグッズよりも完成度が高い。
イラストの綺麗さもさることながら、アクスタの台座にはロイヤルメイド部のサークルアイコンを印刷してあった。
サークル名の文字のロゴも完全に一致しており、細部までちゃんと作ってある。
天才かよ。
俺の作ったグッズより、愛情を注いでくるのやめろ。
めちゃくちゃ参考になる。
台座の仕様とか、このままパクりたい。
センスが良すぎる。
自分で描いたイラストだが、小日向の顔がうぜえ。
ファンとはいえど、こんなアホ面の女のイラストを家に飾りたいものなのかね。
心の中ではボロクソに言っていたが、ファンの子には、にこやかに対応する。
「ありがとうございます。高そうなものを、頂いていいんですか?」
「はい! いつもタダで色紙を描いてもらっているんですから、たまにはもらってください」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
とても嬉しいファンからのプレゼントのはずなのに、なんか悔しかった。
俺が出すべきグッズを先に作ってくれるってことは、グッズの需要があるのに俺のマーケティングや、仕事の頑張りが足りないってことにもなる。
マジで仕事頑張ろう。
「そうだ、何かお礼しないとな。何かあります? サインとかで良ければ描きますけど……」
「えっと、図々しいのは百も承知ですが、バレンタインのイラストが更新されたら、またアクスタを作ってもいいですか?」
なるほど。
そりゃ、一度作ったら、新しいアクスタを作りたくなるものだろう。
推しのグッズを何個も並べたいのがオタクの性というものだ。
まあ、お礼がイラスト使用の許可くらいでいいなら全然助かる。
俺自身が、アクスタを出す予定もないし。
バレンタインの時期が終わったら、バレンタイングッズは需要がなくなるしグッズとしては出さないだろう。
グッズを出すにしても、来年のバレンタイン。
次のイベントは三月や四月になるから、そこに合わせてグッズを出すなら春シーズンのイラストを使用すると思う。
「営利目的じゃないなら、大丈夫ですよ」
「本当ですか? じゃあ、作りましたらハジメさんの分も用意しておきますね。次のイベントの時にでも持っていきます!」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね。……というのか、これって小日向に渡しておいた方がいいですか?」
俺がアクスタを持っているよりか、推しの小日向に渡した方が大切にしてくれると思う。
「そこは彼女さんなんですから、二人で話してください」
迫真の返答である。
どっちが持っていても気にしないようである。
「……そうですね。頑張ります」
「はい! でわ、明日はバレンタインなんですから、頑張ってくださいね」
めっちゃ応援してくれていた。
それは有難いのだが。


「どうだった?」
一条は気に掛けてくれた。
アクスタの入った袋を見ていると。
「……なんかさ、俺ってイラストの才能がないんだってつくづく思うわ」
「何でファンの子に、心が折られているんですかね?!」


バレンタイン当日。
登校時間が遅い、ハジメはまだ不在である。
バレンタインだけあってか、男子よりも女子の方が早く学校に来ていた。
みんなで友チョコを交換し合う。
仲良しである。
その中で一番多く友チョコを貰っていたのは、萌花だった。
「萌花も少しはあげなさいよ。貰ってばかりじゃないの」
「じゃあ、れーなが代わりにあげといて」
「それじゃ、意味ないでしょ」
自分で買った物をあげなさい。
チロルチョコでもいいから、自分で買ったものを渡すことに意義がある。
萌花みたいな女の子ならチロルチョコでも好感度が上がるのだから、あげるべきである。
萌花はスンッとしていた。
あ、こいつバレンタインの重要性を分かってない。
「れーなのは、結局手作りじゃないん?」
「……ああ言われたら、手作りチョコ渡しづらいじゃないの」
「いや、躊躇されると、ガチっぽいからやめろや。普通に手作りチョコを持ってこいよ」
別に他の人には口外していないし、萌花しか知らない話なのだから、気にするなと言いたい。
それに、麗奈は女子力が高い人間であり、この手のイベントでは手作りチョコを贈るタイプなのだ。
麗奈が手作りじゃなく、バレンタイン売り場の既製品のチョコレートを渡す方が、逆に違和感がある。
渡したチョコレートが手作りじゃないから、他のメンバーも首をかしげていた。
「なあ、れーな。東っちのは流石に手作りだよな?」
「……既製品にしちゃった」
「しゃーねーな。今から学校を早退して作ってこい」
「そこまでするのはどうかと思うけど。大丈夫、学校終わってからでも間に合うし、今日中に渡せればバレンタインだもの」
四時過ぎに学校が終わって、駅前で材料を調達してからチョコレートを作っても夜までには渡せる。
料理やお菓子を作り慣れている人間だからこそ、料理にかかる時間はキッチリと把握している。
それに、予期せぬ出来事で時間が掛かっても、東山家にお邪魔すればいい。
他のクラスの女の子とは違い、放課後までに好きな人に渡さないといけないわけではないので、精神的にも時間的にも余裕がある。
「他の女子達に謝ってこい」
一人だけ楽しやがって。
風夏や冬華ですら、他の女の子と同じように、決められたルールの中で動いている。
放課後までに、チョコレートを渡す。
相手に迷惑をかけない。
風夏や冬華は、ハジメとは仕事仲間だけあってか、プライベートと仕事を割り切っていた。
自分がもらっている時間内で済ませる。
出来た娘である。
特に、最近のハジメは、バレンタイン用にイラストを上げる作業ばかりで大変だから、少しは休ませてあげたい。
チョコは日頃のお礼として渡したいだけであって、渡すのはいつでもいいのだ。
よんいち組は、そんな気遣いが出来る女の子ばかりだが、麗奈はそこまで頭が回るタイプではない。
ハジメの次にアホの子である。
恋は盲目の言葉通り、麗奈がハジメに夢中なのは構わないが、多少なりとも彼女らしいことをしてやれよと思っていた。
一呼吸して冷静に対応する。
それだけで、ハジメへの負担が下がるのだ。
別に難しいことではないはずである。
好きな人の為なら、それくらいの我慢は必要だ。
「おはよう」
ハジメが登校してくる。
ハジメちゃんガチ勢は、即座に臨戦態勢を取る。
たった一言。
ちょっとした挨拶だけで、好きな人が来たと認識していた。
それくらい好きな人の前で、冷静で居続けるなんて。
まあ、無理なのだろう。
よんいち組の野性の本能が目覚めている。
ターゲットを捕捉するレベルが尋常じゃない。
かくいう萌花も、似たようなものであった。
声を聞いただけでハジメだと気付くなんて、本当に好きでなければ出来ないのだから。
いや、この胸の高鳴りはそれ以上か。
愛していると、この場で言えたなら貴方は喜んでくれるのだろうか。
やらないけれど、ちょっとだけイタズラをしたくなるのだった。


ハジメサイド。
教室に入ると視線が集まる。
え、こわっ。
なにこれ。
俺、なにかしたか?
困惑する中ではあるが、忘れないうちに鞄の中から紙袋を取り出して小日向に渡す。
「逆チョコ!!」
「いや、違うけど。小日向のファンからアクスタ貰ったんだが、俺よりも小日向が持っていた方がいいと思ってな」
袋を開けて、アクスタを取り出す。
「お~、可愛いね!」
新手の自画自賛である。
アクスタを天高く掲げながら、くるくる回っていた。
小日向ドリルで、教室の床を貫通する勢いだ。
「落としたら壊れるから気を付けろよ」
「うん。ハジメちゃん、ありがとう」
「ファンからの差し入れなのに、何で俺に感謝するんだよ。……まあいいか」
小日向を諭すとか、無理難題だ。
渡すものを渡して早めに撤退するに限る。
あの後、バレンタインのイラストを深夜までやって急ピッチで終わらせたので、正直寝不足である。
「そうだ! ハジメちゃんにバレンタインチョコあげるね」
「ああ、ありがとう」
小日向からチョコレートを貰う。
しっかりした紙袋に入っていて、めちゃくちゃ高そうである。
小さいサイズの箱ながら、高級感が強い。
値段を聞くなんて野暮なことはしないが、小日向のプレゼントは高いんだろうな。
「わくわく」
「何で、わくわくしているんだ?」
「ハジメちゃん、食べてみてよ」
今やるのか、ここで。
ホームルーム前にチョコレート開けるのは嫌なんだが。
小日向がわくわくしているから断りづらい。
「一個だけだぞ」
「わぁい!」
はあ、小日向に甘いのかもな。
付き合ってからは無邪気過ぎて、断ると俺が悪者になりそうである。
小日向はお花畑な性格で、好きな人とずっと一緒に居たいタイプなのは前々から分かっていたし、甘えてくるのは悪くないしな。
袋を開けて、チョコレートを取り出す。
四つセットの小さなチョコだった。
一口サイズのチョコを口に運ぶ。
「美味しい。甘くなくていいな」
ビターなチョコだ。
それでも俺からしたらかなり甘いんだけど、わざわざ甘くないチョコを選んでくれたみたいだったので、話を合わせておく。
昨日、バレンタインの売り場を見ていたからこそ、俺には分かる。
バレンタインの売り場に並んでいた数百種類の中、ビターチョコは殆ど売っていなかった。
見付けるのも至難の技であろう。
それでも、あの数から俺が喜ぶものを見付け出して、プレゼントしてくれる。
小日向らしい。
「そっか、よかったね! 私も食べていい?」
ひょいぱく。
お前が食べるんかい。
「美味しい~♪」
これまた、美味そうにしやがって。
まあ、小日向がお金を出して買ったものだし、別に食べてもいいんだけどさ。
俺もそんなに食べないし。
小日向は、幸せそうにチョコを頬張るのだった。
食べている笑顔は可愛いんだけどな。
付き合いが長い分、色々知っているから素直に褒めるのは難しいものだよな。
「あ~、美味しかった」
結局、四個中三個をこいつが食べていた。
俺に配慮して少ないやつを買ったんじゃないのかよ。
もう、お前が食べるなら百個入りとかでいいじゃん。
小日向は相変わらず小日向だった。
それが彼女の良さなのかも知れない。


「次は私だな」
白鷺の番らしい。
小日向の次は、白鷺。
俺の知らないところで、なんか決まっているルールでもあるんか。
女子怖いわ。
「私のはこの前話していた通りに、紅茶のパウンドケーキだ」
「ありがとう」
お洒落な紙袋に入っていて、中身は食べやすいようにカットされていた。
白鷺は、食べて欲しそうにこちらを見ている。
可愛い。
小日向のを食べた手前、白鷺のものも食べないといけない。
「食べていいか?」
「ああ、感想を聞かせてくれ」
可愛いな。
一切れを手に取り、口に運ぶ。
紅茶の芳醇な存在感が、口の中いっぱいに広がる。
パウンドケーキが甘くない分、紅茶の苦味が強調されそうだが、いい意味で紅茶の良さが出ていた。
めちゃくちゃ、美味しい。
高級品の洋菓子でも、この味は出せないだろう。
「白鷺、ありがとう。美味しいよ」
「そうか。良かった」
可愛い。
白鷺は俺以外にも紅茶のパウンドケーキを渡していて、高橋も同じものをもらっていた。
ロイヤルメイド部の仲間として、俺と高橋には平等にプレゼントをくれる。
クリスマスのマフラーや、バレンタインのプレゼントなどは同じものである。
恋人として自分だけ特別なプレゼントが欲しい気もするが、高橋への感謝とプレゼントを絶対に忘れない彼女が真っ直ぐなくらいに真面目で好きだ。
彼女にとっての仲間は、俺達三人なのだ。
それが分かっていたから、高橋とペアルックのマフラーを付けさせられていても許せる。
絶賛ペアルックの高橋もパウンドケーキを食べていた。
「美味しいよ。ありがとう、白鷺さん」
高橋は表情がないけれど、喜んでいそうである。
他の男子達が羨ましそうに高橋のパウンドケーキを見ていた。
「欲しいなら、食べる?」
高橋は相変わらず爆弾を投下する。
ちゃんと白鷺に許可を取った上で、他の男子に白鷺の手作りパウンドケーキを分けていた。
神。
救世主である。
モブキャラ枠の愚民では一生口にすることが出来ない、白鷺冬華の手作りパウンドケーキ。
才色兼備のお嬢様の愛情が入ったものだ。
ケーキが食べられないなら、パンを食べればいい。
学食のおばちゃんの菓子パンでバレンタインを迎えるはずだった男子達は、歓喜していた。
パウンドケーキの美味しさを何度も反芻しながら、記憶に刻み込む。
……気持ち悪いな。
端から見ていても気持ち悪い。
もっと普通に喜べよ。

「え~、いいなぁ。私も食べたいなぁ」
俺のパウンドケーキは、女子達のターゲットにされていた。
何でまた小日向が出てくるんだよ。
お前はチョコ食べていたじゃんかよ。
そもそも、男子達とは違い、こいつらに渡しても感謝して食べないじゃん。
当然の権利みたいな表情をしている。
小日向は身内のアホだからいい。
だが、三馬鹿は違うだろ。
「は? 身内だが?」
「はよよこせ」
「ふゆちゃんのケーキはわたしのだ」
お前らと縁があると思ったことすらないわ。
三馬鹿や準備組含めて、他の女子が群がって、パウンドケーキを奪い去っていく。
だから、一口しか食べてないんだけど。
「ふふ、東山がほしいなら、また作るさ。何度でも」
白鷺はなんだか楽しそうだった。


秋月さん!?
「ぐぎぎぎ」
「箱から手を離してください。潰れますよ?!」
最初は笑顔でチョコを手渡したのに、全く手を離さないのであった。
狂っていやがる。
萌花が間に入って、引き離す。
「わーん。萌花、離してよ!」
「ややこしくなるから、静かにしてろや!」
……ええ、怖いんですけど。
秋月さんに何があったんですかね。
白鷺に抑え付けられていた。
萌花が戻ってきて一言。
「なんであいつが好きなん?」
「悪い人じゃないですし……」
後で説明するから、気にするなと言われる。
気になるんですけど。


萌花の番である。
「はい。バレンタイン」
「ありがとう」
コーヒーとマグカップのセット。
バレンタインっぽく、小さなチョコも付いているやつだった。
一番普通で一番ありがたい。
食べ物ばかりだとちゃんと食べないといけないので困るが、こういうものならすぐに消化しなくてもいいので助かる。
何だか、喜んでしまう。
「それ、千円くらいだぞ?」
「そうかも知れないが、萌花からのプレゼントだからな」
「東っちって、たまに判定がガバくなるよな」
「ん? よく分からんが、恋人から貰ったら何でも嬉しいものなんじゃないか?」
「へ~、東っちは、もえからバレンタインをもらえて嬉しいのか~。これって、ハートのマグカップだよねぇ~。それで嬉しいとか、ちょろ~い」
そのメスガキフェイスやめてくれ。
最近の萌花はずっと真面目だったから、懐かしいわ。


バレンタイン後編へつづく。
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