この恋は始まらない

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第38.5話・ハジメちゃん、ステップアップ

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告白の次の日。
ホームルーム前の登校時間。
教室の教卓には、女子達が集まっていた。
もちろん、よんいち組を中心に、告白の事の顛末を語るわけだ。
どやぁ。
風夏が幸せそうにどや顔をしている。
小日向風夏は、元々ハジメちゃん大好き勢だったので、彼女の恋が叶い、幸せそうにしているのはいいことだ。
他のメンバーもハジメが好きだろうとは薄々気付いていたので、四股野郎に関してはあまり触れないでいた。
……優秀な女子が本気で恋をしたのならば、男子は逃げられない。
それにどう考えても、ハジメに発言権なさそうだし。
男子は頭が上がらない、子守萌花がいるとなると、強引に丸め込まれていそうだった。
我がクラスの脳筋陸上部の三馬鹿は、モテまくっているハジメに嫉妬していた。
「あんな可愛い女の子と四人も付き合えるなんて、文句言ってやる!」
「可愛い女の子と付き合えるのは一人だけだろ! 日本の教育はどうなっているんだよ、教育は!ちくしょう!」
「もえぴはわたしのだ!」
嫉妬にまみれた非モテ女子達は、憤死していた。
教室ではこんなに盛り上がっているのに、ハジメはまだ登校してこない。
普通に仮病をしてそうだ。
そりゃ、昨日の夜からSNSでは風夏ちゃんの彼氏が四股野郎でトレンド入り。
炎上レベルの話題になっているし、ハジメのことを知っている人達は分かっていて炎上させていた。
幸せに対する八つ当たりである。
ある意味、祝福されていた。
風夏ちゃんだけでもめちゃくちゃ可愛いのに、他に可愛い女の子三人とも付き合っているとなると、ブチ切れるのは普通だ。
嫉妬に燃えたメイドリストが、ハジメの性癖を暴露していたけれど、ファンの間では周知されていることなので被害は少ない。
メイド好きなやつは変態しかいないとか呟いているが、お前のアイコンはメイドなので壮大なブーメランであった。
ヘイトを全てハジメに向けることで、結果的に小日向風夏の炎上は回避されていたので、不幸中の幸いである。
その分、ハジ虐が捗る。
真面目なハジメを虐めることで、彼女が出来た幸せと、身内とファンから袋叩きにされる不幸でほどよく運を相殺させていた。
ガラガラと扉が開き、ハジメが入ってくる。
「???」
「こいつ、何も分かってねぇ!」
三馬鹿は雄叫びを上げる。
ハジメに対して、期待するのが悪い。
よく分からないまま、次の日を向かえた借りてきた子猫みたいな顔をしていた。

ハジメが三馬鹿に絡まれている一方その頃、麗奈と西野さんは二人で話していた。
クリスマス過ぎのあの一件から仲良くなった二人だ。
「秋月さん、一応おめでとうでいいのかしら?」
「うん、そうなのかな。……西野さんありがとう」
「私は何も出来ないかも知れないけれど、応援しているからね」
「ううん。その気持ちだけで助かるわ」
大人な二人だけあり、静かに祝福をしていた。
誰か一人だけが選ばれていたら、西野さんだって応援は出来なかった。
でも、四人が折り合いを付けて幸せになったのであれば、手放しで褒めてあげられる。
他のクラスメートだって一緒である。
文化祭だって助け合って過ごしてきた仲良しな人達ばかりだから、よんいち組のみんなが幸せならそれが一番いい最初ことだ。
……四股クソ野郎が、我関せずな態度をしている以外には不満はなかった。
「なんでさ。月は知っていたの?」
麗奈と西野さんの間に、真島さんが入ってくる。
「みんなが告白するから、結果はどうあれ、何かあったらフォローして欲しいって言われてたからね」
「は? われ言われてないが?」
「告白なんだから、口が固い人にしか言わないでしょ」
「は? われ口が固いが??」
「どこがよ」
ヤバいやつ代表みたいな面をしていてよく言えたものだ。
西野月子だって、自分が恋愛をしたらこいつには教えないだろうと思うレベルだ。
告白するにあたり、クラスメートにも多少は話が入ってきていたが、口が特に固いであろうメンバーである黒川さんや西野さん。
男子なら、ハジメの親友である一条や高橋は知っていた。
萌花が周りにもちゃんと話を通すと言っていたので、助力を頼める相手には片っ端から頭を下げていた。
そこが萌花の人徳なのだろう。


三馬鹿も口が軽い方。
萌花からそういう話は聞いていなかったけれど、ハジメと話をしたことがある。
「東っち、ずっと前に言ったこと分かってるよね」
「あいつらを泣かせたら覚悟しろよなってことだな。分かってる」
「もしも泣かせたら、思いっきり殴ってやるからね」
「ああ、任せるからな」
ハジメが男らしく胸を張る。

「あはは、ごめんなさい。涙が出てきちゃった」
麗奈は嬉し泣きをしていた。

「……」
「……」
目と目が逢う瞬間、ノーモーションで張り手が飛んでくる。
ーースパッンッ!!
運動部の鍛えられた反射速度で、殴り飛ばす。
「宣言くらいしてくれ!?」
ゼロフレームで殴り飛ばしていいとは言っていない。
痛くないあたりはまだ良心的だが、日頃の鬱憤が混じっている。
ほんまこいつら。
ハジメはそう思いつつも、いつもと変わらずに接してくれる三馬鹿の有り難さを実感していた。
批判をしないで祝福してくれるのだから、いい奴らなのであった。


高橋はサラッと冬華に話し掛けた。
「白鷺さん、おめでとう」
「うむ。ありがとう」
「結婚式の時は僕が花嫁衣裳の写真撮影をしたい。その時は任せてもらっていいかな?」
「分かった。東山には言っておく」
「ありがとう。楽しみにしてるよ。じゃあね」
数分間の会話で、特大級の爆弾を投下していく。


高橋ぃぃぃ。
颯爽と去っていく姿はとても格好いいが、そのせいで更に三馬鹿から俺への風当たりが強くなる。
なまじ結婚や花嫁衣裳の話をするものだから、風夏が話に入ってきてしまった。
「いいなぁ。私も混ぜて混ぜて~」
天然の混ぜるな危険みたいなやつが、話に混ざろうとしていた。
三馬鹿と小日向を混ぜたら、俺の心労がマッハである。
最近色々あったこともあってか、一気に老けてしまいそうだ。
「いいよいいよ。風夏ちゃんも話そ」
「風夏ちゃん、ずっと仕事忙しそうだったし、あんまり話せてなかったもんね」
「こいつあんまり話さないし」
こちらを指差す。
「……こいつ呼ばわりすんな。流石に俺から話すわけないだろ」
恋愛で浮かれたガキじゃないんだから、相手がいる以上、不利益になるかも知れない情報は話せない。
クラスメートだし、他言するような人間ではないことは知っていた。
馬鹿をやる友達として信頼はしていたが、そこら辺の話をするのは恥ずかしい。
告白内容は至って真面目なものだったが、それでも他人に話せるものではない。
俺が色々言われていても、陰キャだからいい。
学校でのヒエラルキーが変わるわけでもないからな。
しかし、よんいち組の他のやつが悪く言われたくはないので、極力話さない方向で進めていた。
恋愛では、沈黙が正解である。
話すだけ悪いことになる。
それに、アオハルと無縁な三馬鹿に恋愛の話をするなんて、カブトムシに高品質のロイヤルゼリーを与えるようなものだ。
贅沢過ぎる。
「そうだ、風夏ちゃんは新年なにしてたの?」
「私? えっとね。福袋買いに行ったり、初詣に行ったりしたよ」
小日向は楽しそうに話していて、それを聞く三馬鹿は羨ましい気持ちと、ハジメちゃんが優しいとか言われていて脳がバグっていた。
こちらを二度見してくる。
そんなにもか。
「優しいとか嘘でしょ? 東山くんだよ!?」
「東っち、初台高校のジャックナイフじゃん」
「よく、ゴミでも見るかのような目をしてくるやん」
印象操作するの止めろ。
そんなことしたことないわ。
「は? 優しいだろ? お前らにも、勉強を教えてやったよな?」
よんいち組ならまだしも、三馬鹿にも優しくしてやっているのに、この言われようである。
期末テストでどれだけ時間を使ってやったのか。
冬コミの準備で忙しい中、二週間は勉強に付き合っていた。
平均点以上の成績である人間が、わざわざクラスメートの為に放課後残ってでも勉強を教える。
それが優しくないなら、こいつらの敷居が高過ぎる。
期限に追われながら、死ぬほど絵を描きたい衝動を抑えて頑張っていても、三馬鹿は分かってくれていなかった。
親の心、子知らずである。
我が子でもないのに、無償の愛を注がないといけないなんて。
クラスメートに、自分の本心を知ってくれと言うのは無理な話である。
赤点回避してくれただけ、補習試験を受けずに年が越せただけ、それだけで頑張った価値があるのかも知れない。
何でか知らないが、珍しく小日向がフォローしてくれていた。
「……そうだ、みんなはどこに行ったの?」
「えっと私達はね……」
三馬鹿の話を聞く。
新年なのだから、みんなやることは一緒である。
福袋を買ったり、初詣をしたり、友達と遊びに行く。
流れはほぼ同じでも、他の人の話は面白い。
よんいち組だと、俺がいるからか、百合の間に男が混じっているようなものなので、多少の汚さがあるが、三馬鹿同士の和気あいあいとした雰囲気もいいものだった。
三人は住んでいる場所が違うため、わざわざ電車を使ってでも集まっていることからも、仲の良さが伺える。
あらかた話を聞き終わると、風夏は問うのであった。
「そうだ。ねえねえ、佐藤くんとはどうなの?」
佐藤。
サッカー部所属の紅茶好きである。
確か、修学旅行から二人は付き合っている。
いるのか?
いや、怖すぎて。
あえて誰も突っ込まなかった話題に、空気を読まない読者モデルは斬り込んでいく。
恋する女の子は無敵だ。
いや、違うな。
小日向風夏は、元々無敵みたいなやつだった。
毎日スター状態である。
ぴかぴかしている。
「そんなんじゃないわよ。たまにカフェに行くくらいで、別に何もないからね!?」
「え~、カフェだってデートだよ」
食い気味に攻めるな、こいつ。
グイグイくるから、たじろいでいた。
佐藤は紅茶にハマっていて、カフェ巡りをしながら、美味しい紅茶の淹れ方を色々調べているらしい。
最近では、テレビで話題のお店に出向いては、そのお店のいいところや参考になる部分をメモ帳に記している。
男特有のどハマりした時の癖みたいなものだ。
無限カフェ巡り。
それに付き合わされているだけで、恋愛要素はない。
「そもそもカフェ巡りに付き合わないだろ」
「はー、くっそ」
残りの二人はやさぐれていた。
何で不機嫌になるのか。
親友の恋愛くらい応援してやれよ。
そう思いつつも、腐れ縁で馬鹿な男子相手だからとノーカンノーカン言っているのもウザかった。
お前ら、いつも俺のこと弄り倒してくるのに、自分の時はそれかよ。
態度には出さないが、何だかな。
「男子のご意見は?」
「……佐藤と話すことは少ないし、どういうやつかは正直分からんけど、何回か一緒に遊ぶ仲なら、信頼はされているんじゃないか? 紅茶が美味しいって言われて喜んでいたしな」
男だって、自分の好きなものを馬鹿にするやつと、カフェには行かないものだ。
それに多少なりとも付き合わせた埋め合わせで、飲み物を奢っているらしいし。
そこまでしてでも、好きでもない女子の為に時間やお金を工面してスケジュールを合わそうとは思わない。
「まあ、そうかも知れないけど」
「ああ、そういえば。……聞いた話だが、二人っきりで三回以上遊ぶ仲だと、相手は大好きらしいぞ」
ツイッターで、ファンの女の子がそんなことを言っていた。
中学生の恋愛観みたいなものだけれど、それくらい遊んでいる仲なら大好きとも言えなくない。
異性と遊ぶのは勇気がいるからな。
「東っち、おま。極大ブーメランやぞ」
「自分で言っていて、恥ずかしくないんか」
俺の背中をバシバシと思いっきり叩く。
「いや、俺のことじゃないから」
いい方向に向かって欲しいから上手く言っているだけなのに、墓穴を掘っているみたいなの止めてくれ。
「え~。ハジメちゃん、私のこと大好きなんだぁ~」
「……」
こちらの(-.-)を覗き込んでくる小日向がムカ付くけど、今は無視する。
話がすぐに脱線するので、あまり話さないでほしい。

「まあ、私のことはいいじゃん。佐藤もカフェが好きとか、本気で仕事するわけじゃないのに趣味で頑張ってさ。……変だよね」
SNSに上げるために写真を撮るならまだいいが、紅茶の茶葉までのめり込んでいたらおかしい。
可愛いカフェに通って、憧れるなんて、男っぽくないし。
それに付き合うのも同じくらい馬鹿なのだろう。
笑いながら否定するが、別に馬鹿にしたいわけではなかった。
「いや、別に変じゃないぞ」
即座に否定する。
佐藤がどれだけ紅茶が好きかとか、本気かとかは知らないが、わざわざ人気店に出向いて長時間並んでカフェに入るのは大変だ。
俺だったらそこまでしてカフェに並ぶことは出来ない。
有名店の味を知ることなく、チェーン点の紅茶で妥協してしまうはずだ。
「趣味だって別にいいじゃないか。あいつが美味しい淹れ方を勉強して、いい茶葉を探して、一杯の紅茶を淹れるのに手間隙を掛けているのは、誰だって分かる。趣味でも本気でも、好きなことをやっているなら俺は応援するよ」
美味しい紅茶をご馳走してくれるし。
佐藤が好きなことを頑張って上達するのなら、その方がいい。
小日向は、三馬鹿の手を取り勇気付ける。
「ううん。私もおかしいとは思わない。……たぶんね、趣味が本気になることもあるよ」
自分がそうであるように、好きなことに突き進んでいく勇気は必要だ。
結果はどうであれ、アホになってやらないといけない時がある。
「風夏ちゃん……」
「未来なんて誰にも分からないし、私は諦めないでほしいな。ずっと頑張ったら、いつか二人でカフェを開けるかもしれないもん!」
能天気な提案だが、それでも前向きでいることはいい。
遠い未来であれ、突き進む道の先に光が見えるのと見えないのとでは全然違ってくる。
未来が見据えられ、その先が明るければ、人は後ろを見ないで済む。
小日向にしてはいいことを言っていた。
こいつは、誰かを元気付けるのはとても上手い。
小日向は、本当にいいやつなのだ。
誰かの為に本気になれる。
ああ、そうだ。
……彼女のそこが大好きなんだろう。
アホみたいに前向きなところが、いつも俺を励ましてくれる。
俺はやっぱり、小日向風夏が好きなのだ。
彼女がいたから、自分も他の人の好きなものを素直に応援出来るようになったのかも知れない。
「まあ、何だ。困ってたらいつだって手伝ってやるからさ。頑張れよ」
カフェの仕事なんてよく分からないし、何が出来るかは分からないけれど。
俺だって、労働力の頭数くらいにはなるだろう。
「二人ともありがとね。あいつ次第だろうけど、頑張ってみるわ」
気持ちの整理が出来たみたいである。
というのか、真剣に悩んで応援するくらいなら、普通に大好きなんじゃないのか?
好きじゃない異性の為に頑張れる人間はいないと思う。
いや、それ以上はやぶ蛇か。
「……」
「……」
親友二人は、物欲しそうに見ていた。
「あ~、はいはい。アンタ達もありがとね」
「わたしね、寂しいよ」
「ずっともだからね」
大人になっても三馬鹿は、ずっと一緒で三馬鹿のままでいたい。
「あ、それは嫌」
「何で!?」
「裏切り者がぁ!」
ホームルーム前から喧嘩すんな。
騒がしい日々ばかりである。


「ねえ、ハジメちゃん」
「ん? どうしたんだ?」
小日向が不意に話し掛けてくる。
「今日の放課後は暇?」
「ん? まあ、予定はないけど。……どっか買い物にでも行きたいのか?」
「パパとママがハジメちゃんに挨拶したいって」
「え? 今日?」
「別にいつでもいいって言ってたから、今日じゃなくてもいいよ」
今日じゃなくてもいいよ。
とか、日本人特有の空気読まないといけないやつじゃん。
確実に今日行かないと、第一印象が悪くなる。
こんなの強制イベントやん。
やばい、また心労が。
胃がキリキリしてきた。
「分かった。今日お邪魔させてもらうから、すまないが丁寧に伝えておいてくれるか? あと、そうだな。菓子折りを用意してから伺いたいから、ちょっと遅くなってもいいか?」
「分かった! ママに言っとくね」
ウキウキで自分の机に戻っていく。

それを見送りながら。
すまない、小日向。
これは、ホームルーム前にする話じゃない。
一日中、地獄みたいな空気の中で過ごすことになる。
菓子折りの用意から、何を話せばいいのか。
様々な危ないケースを想定して、挑まなければならない。
まだまだ付き合っている自覚はないけれど、こればっかりは彼氏として早めに済ませないといけないことだろう。
親に会う覚悟もない野郎に娘を任せられないはずだ。
俺だったら、絶対にそう思う。
だから、誠意を示すのは早い方がいい。
一回だけなら、親御さんに挨拶に行くのも堪えられるか。

通りすがりの萌花が。
一言呟いて、去っていく。
「……四人いるよな?」
四人いますね。
はい、頑張ります。
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