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第三十八話・告白
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「ここに座って」
萌花は指示を出して、ハジメを手前の机に座らせる。
「え、なに? これ」
この張り詰めた空気の中でも素直に座るあたり、真面目である。
さようなら。
ハジメちゃん。
現実は非情である。
マンモス狩りされているのはハジメだった。
四人組で周到に罠を張られて、逃げ場を断たれていた。
とても警戒していて、身構えているが逃げることは出来ない。
恋愛は難しい。
好きな気持ちを素直に告白して、それでハッピーエンドになるわけではない。
ハジメにも感情があり、好きな女の子に嫌われないようにその都度、距離感を調整している。
好きな女の子がいたとしても、話まくるわけにはいかないし、小日向みたいにガバガバな恋愛観をしていない。
パーソナルスペースへと、詰め寄ってきたら距離を空ける。
仲良くなるほど、大切にしてしまうのが男心である。
新年早々から誰もいない教室に呼び出されて、ガチで嫌われているのかも知れないのと、萌花が率先して仕切る状況にハジメは身構えていた。
……萌花のことは嫌いじゃないが、何かあれば裏があるのが萌花だ。
あからさまにハジメの顔に出ている。
麗奈の時と、態度が違い過ぎる。
萌花は内心かなりムカついていたけれど、告白する前に怒ってしまうと失敗する可能性が出てくる。
にこやかに笑う。
「えっ……、こわっ」
ドン引き。
今の手は、悪手だった。
悪魔みたいにしか笑わない萌花が、可愛い女の子みたいに笑うのはあかん。
「ブッコロスッ!!」
「やめて! 今日は我慢して」
麗奈は、身を乗り出してぶん殴ろうとする萌花を止める。
ハジメが死ぬほどビビッていた。
そりゃそうだ。
誰もいない放課後の静かな教室。
四人は真剣な表情で、こちらを見ている。
緊迫した空気。
あのいつもハジメちゃんハジメちゃん言っている小日向風夏の表情が、真剣なものだった。
静かに口を紡いでいる。
事の重要さを感じ取ったハジメは、死ぬ覚悟をしていた。
この場から逃げたい。
ボロカスに言われるのは嫌だったが、この場から逃げて軽蔑されるのは駄目だ。
やらないといけないことから逃げ続けていても、いいことはない。
新年になったら全部やり遂げると誓ったはずだ。
「茶化して、すまない。言いたいことがあるんだよな。真剣に聞く」
ハジメは覚悟を決めてそう言った。
内容まではよく分からないし、みんなに嫌われている部分を直せるかは分からないが、椅子に座って話を聞くことは出来る。
「東っち、ちゃんと最後まで話を聞けるか?」
「ああ、大丈夫だ」
ハジメは即答する。
念を押すほどの話なのだろうか。
固唾を飲み込む。
それから少しの沈黙が続き、最初に口を開いたのは小日向風夏だった。
「ハジメちゃん!」
小日向が言い出すと思っていなかった。
風夏は、両手を強く握って、少しばかしの勇気を振り絞る。
誰かを好きになるのは難しくて。
それを上手く伝えるのは、もっと難しい。
近すぎるが故に、どう思われているかなんて分からなかった。
毎日顔を合わせていても、好きな人に想いを伝えるのは勇気がいるのだ。
小日向は、大きな声で話す。
一世一代の告白。
この瞬間は、二度と来ないのだから。
「私、ずっとずっとずっとずっと、ハジメちゃんが好きだよ!」
元気に言い切る。
風夏は言葉で自分を表現するのが苦手だ。
想いがいつも先に走ってしまう。
心が勝手に動き出す。
色々言いたいことがあっても、全部を話すことは難しい。
ハジメとの大切な思い出がいっぱいあり、どんなに好きといっても言葉は足りない。
楽しいことも辛いこともいっぱいあった。
ずっと隣に居て、仕事が辛い時はいつもお菓子をくれて話し掛けてくれた。
両手いっぱいに広げても収まり切らないくらいの飴玉が、私達の月日の流れを感じさせてくれた。
シュワシュワな甘い味や、くだものの味と匂いが私の心を満たしてくれる。
百円の飴玉がこんなに甘くて、愛おしいのは、貴方がくれたから。
どれだけずっと好きなのか話そうとするほどに、話がこんがらがってしまう。
これがきっと、初恋で。
子供なのだから仕方ない。
だから、純粋な言葉で好きと言うしかない。
どんなに子供のような幼稚な表現方法だとしても、二人で積み重ねてきた物語がある。
風夏が話す言葉には、それだけの重みがある。
彼女がハジメを好きと言ったことは一度もない。
何でも好きと言っていた人間が、唯一つハジメのことだけは好きと言ったことがない。
ずっとずっとずっとずっと、彼女はそう思っていても口に出さなかった。
あの時も、あの時も言いたかったのに言うことはなかった。
それは、四人の中で一番ハジメに迷惑を掛けてきたからだ。
季節が流れると共にハジメを好きになるほど、返せないものを貰い続けていく。
あの日。
夕焼けの日の時のように、何もしてあげられない。
どれだけ可愛くても、みんなに愛されていても、風夏は自分が特別な人間だと思っていなかった。
貴方が特別だから。
ハジメちゃん。
誰よりも好きな人。
彼は、可愛いだけの女の子を好きになってくれる人じゃない。
小日向風夏は、他の子みたいに可愛くて綺麗な上で、勉強や料理が出来るわけではないし、好きな人への配慮など出来ない。
どう頑張っても自分がやりたいことや、喋りたいことしか出来ないから、真面目な話の時は静かにしていたし、ハジメの役に立てるようにアニメの勉強をして努力をした。
でも、上手くいかなかった。
アニメも自分が好きなジェムプリしか分からないのだった。
手伝えることが何もない。
読者モデルの肩書きが使えない世界では、誰よりも劣る。
ハジメは、そんなことを気にしない。
欠点ばかりの小日向風夏だから、面白い女だと思っていたし、付き合いの長さが好き嫌いを越えた愛情になっていた。
いつでも助けてくれる。
絶対に嫌いにならない。
それが余計に負担になっていたのかも知れない。
「そうか……」
いつもすまないと言いそうになるが、何とか口に出す前に止め切る。
「小日向、伝えてくれてありがとう」
ハジメは言い直した。
心のどこかでは分かっていたのに、小日向への配慮が全然出来ていなかった。
自分の不甲斐なさを痛感していた。
なるほど。
四人が集まっていたのは、こういうことなのか。
小日向が言えずにいた言葉を出させる為に、お膳立てをしていたのか。
優しい友達を持つ小日向が羨ましいものだった。
「私はいつだって、ずっと好きだからね。忘れないでね」
「ああ」
「……じゃあ、次は冬華ね」
ーー!?
じゃあ、次とは。
ハジメの脳が壊れていく。
隣の人間を見る。
萌花の表情で『最後まで』の意味を知るのだった。
……そうか。
本当に最後まで何だな。
「ふむ。次は私だな」
冬華は、自信満々な表情で立ち上がる。
「私も東山のことが好きだ。不出来な人間ですまないが、これからも隣に居させてもらいたい」
そう言って、深々と頭を下げる。
ハジメはすぐにやめるように言う。
止めさせようとするが静止する。
「いいのだ。誠意でしか本気を表せない時がある。……どんな言葉を使っても、この想いは伝えられない。如何に詩を読んでいても、自分の恋愛のこととなると、学んできたことも意味がないものだな」
どんなに愛の言葉を知っていても、使いこなせるものではなかった。
愛を呟くのは、詩人でもない限りは無理だ。
人を好きになり、大切な存在になっていくほど想いは募るばかりだ。
白鷺冬華。
彼女は、はじめての恋をして、それが愛に変わっていき、本の中に溢れる愛の言葉の意味を知っていく。
情熱的な詩は、おとぎ話のようなものであった。
冬華が得た愛には、初恋もない。
一目惚れもない。
嫉妬も焦燥感もない。
寝ても覚めても彼を想うことはない。
でも、確かに大切なものだった。
木漏れ日のような愛。
ただ、一緒に詩集を読み、紅茶を嗜むような日常が二人の中にはあった。
静かな日々が、愛おしい。
誰かが望むような、情熱的な最高の恋は出来ないけれど、最愛の両親の歩んできた道を歩くことが出来た。
貴女を本当に愛してくれる人は、一緒に詩を楽しんでくれる人。
お母様がそう言っていた意味が分かった。
他人の愛を馬鹿にしないのは、自分の中に愛を持っているから。
風夏や麗奈。萌花も、詩集を読む白鷺を馬鹿にしたことはない。
彼女達と親友になれたのだって、ハジメと同じであった。
親友達が、誰かを愛せる人ばかりだったから、白鷺冬華はこれまで楽しく幸せに歩むことが出来た。
かけがえのない存在なのはみんな同じである。
その中で、ハジメを男性として慕い、これほど好きになった理由はそれだけではない。
何でもない日の夕焼け。
冬華が一度も手に取ったことがない詩集を、ハジメがプレゼントしてくれたことがあった。
冬華が好きな雰囲気だったからと、千円以上する詩集を何気なく渡してきて。
ハジメは言ってくれたのだ。
こういう世界を知れたのは、白鷺が居たからだと。
いつもありがとう。
その言葉が一番、愛おしい。
珈琲と紅茶が香るゆっくりと流れる時の中で、愛の詩を見ていると、何となく理解出来るのだ。
恋すら知らぬ高校生でも、その時間が如何に尊いものかを。
青春とは、刹那と刹那を繋ぎ合わせていく幸せなのだ。
本来ならば出会うことがないはずの人達が、すれ違いながらも成長していく物語。
一人で街を歩き、ふとした時に珈琲のほろ苦い香りがすると、貴方を思い出す。
私が好きな匂い。
何気ない日常を変えてくれる。
満たされる心を抱き締め。
生きていく。
……それが愛なのだろう。
小さな花が芽吹くように、知らない間に好きな気持ちは増していく。
今まで読んできた、幾つもの愛の詩を連ねても、これほど心を揺らすことはない。
冬華はお母様のように、出来た女性ではない。
テニスやヴァイオリンで優勝を重ねて、淑女として教養を高めていっても、完璧な女性にはなれなかった。
風夏のように可愛くすることは出来ない。
麗奈のように周りを気遣いすることも、萌花のように誰かの為に怒ることも出来ないのだ。
それは、淑女ではないからだ。
教えられていないことは出来ないのだ。
よんいち組では、一番の美女として扱われることばかりだが、誰よりも劣っている。
決して、数字上の優秀さと、人間としての良さは一緒ではない。
冬華は学校で人気があり、勉強や運動が優れていても、人徳があるわけでもない。
気軽に接してくれるクラスメートは限られている。
大和撫子として綺麗に微笑むよりも、感情豊かに馬鹿笑いする方がハジメは好きだろう。
それが上手く出来ない冬華は、難しいことばかりだ。
精一杯、笑ってみせる。
ぎこちなくだが、彼女が出来る精一杯の笑顔と想いを乗せて。
「すまない。この想いは、誰にも譲れない」
白鷺冬華は、自分の気持ちを素直に伝えた。
慎ましく大和撫子のように着飾ることをやめて、一人の女の子は告白をする。
「……白鷺」
ハジメは何も言うことなく、嘘偽りがない告白を受け止める。
「東山、気落ちしないでくれ。これは私の我が儘なのだ」
「そんなことはない」
「私の話はこれで終わりだ。……では、次は麗奈だな」
ーー!?
二度告白されただけでも心労がやばかった。
ハジメの表情が壊れてきていた。
相変わらず、面白いやつだなと思いながらも、今日ばかりはスルーする。
「えっと、何を話すべきか……」
麗奈は緊張のあまり助力を求めるが、全員黙っていた。
ーー、自分でやれや。
萌花の心の声が聞こえてきた。
流石にこの状況で、他の人間に助けを求めるのは不誠実である。
これまでの二人が、自分が持ち合わせている拙い言葉で、精一杯に告白していたのを見てきていなかったのか。
土壇場で日和るのは麗奈らしいといえば麗奈らしいが、流石のハジメも引いていた。
この場で一番そういう類いの誠実さを最重要視するのが、ハジメだからだ。
「秋月さん……、緊張しているならゆっくりでもいいんですよ?」
それでも、ハジメは麗奈の不器用さを知っているから優しく話す。
別に待たせるのが悪いわけでもないのだから、落ち着いて話しても問題ない。
いつだって待っている。
麗奈は深呼吸をする。
「私も東山くんのことが好きなの」
素直にそう伝えた。
誰よりもハジメのことを好きなのは、自分である。
それが分かる勢いで話すが、誰も否定はしない。
ハジメと出会ってから、一番変わったのは麗奈だからだ。
どれだけの影響力があったのかまでは誰も知らないけれど、親友が頑張って変わろうとする姿を見て、どれほど好きなのかは分かる。
自分も好きだから。
好きな人に追い付くために、今よりもいい自分に変わる努力をしていた。
それでもそれは難しくて。
他の者がそうであるように。
十数年同じだった自分を変えるのは、とても難しいのだ。
好きな人に自分を見てもらえるように努力をし続けて、女の子として惚れてもらう。
それがどれほど難しいか。
ハジメは、普通の人とは違う。
普通ではないから、この恋はこれほど難しかった。
顔の可愛さや綺麗さは気にしない。
貴方は人の心を見て、綺麗と言うだろう。
硝子玉のようなちっぽけな私の心を、尊いものだと言ってくれる。
宝石みたいな輝かしい女の子が隣にいても、自分を認めてくれる。
三人のように特別な魅力なんてない。
麗奈は、どこにでもいるような普通の女の子である。
それでいて、好きな人を思い続けている一途な人間でもない。
ハジメの良さを気付くのだって一番遅かった。
貴方の心を見るまで時間がかかってしまった。
だから、それが本当の愛情だと気付くきっかけになったのかも知れない。
遅く咲いた想い。
いっぱいの愛を貰ってきたはずなのに、それを返すのが遅れていた。
だから、これからは貴方を誰よりも愛して返していきたい。
全てを費やしても、自分では足りないはずだから。
「東山くん。こんな私をいつも守ってくれて、ありがとう……。ごめんなさい……」
麗奈は感極まって、泣き出す。
風夏や冬華は、すぐさまフォローしてあげて、ハンカチを手渡す。
好きな人は一緒で、本当なら嫉妬するものなのに、そんなことも気にしない優しい友達に囲まれて、麗奈は幸せだった。
嬉し泣きであるにせよ、目の前で泣かれてばかりのハジメは気まずかった。
何度も女の子を泣かせてきただけあってか、慣れつつあるのか妙に冷静になってしまう。
それに気付いてか、萌花の視線が鋭い。
「ごめんなさい、スッキリしたわ。二人ともありがとう。もう、大丈夫だから」
しばらくして麗奈は泣き止み、少し赤くなった瞳を隠しながら、笑っていた。
風夏も冬華も気を掛けていたが、大丈夫そうだった。
「ごめんね、萌花」
「ん……」
萌花は腕組みしたまま、目線も合わせておらず、気にする素振りもなかった。
「じゃあ最後は萌花ね」
この空気感で、自分の順番を投げ付けられていた。
親友だから萌花も許していたが、普通に考えたら告白する雰囲気ではない。
何も知らないハジメが、ずっと引いている。
「言わなくても分かるよな?」
「ああ」
「じゃあそういうことだから」
「分かった」
熟年夫婦か、こいつら。
他のメンバーには出来ない。
阿吽の呼吸。
主語がないのに、普通に会話を成立させていた。
ハジメと萌花だから出来るやり取りに、仲のよさを痛感させられる。
「いや、ちゃんと告白しなさいよ。そういう約束でしょう?」
見かねた麗奈は、口を出す。
言葉は多いにこしたことはない。
萌花のよさは本質を捉えたかのように短く話すところだが、今はそれを求められていない。
ハジメはそれでも十二分に理解してくれるだろうが、女の子として誠心誠意を込めて好きな人に告白する必要がある。
今日という日はもう二度とやってこない。
何の憂いもなく、自分の好きな気持ちを言葉にすることが重要なのだ。
「キャラじゃないんだけど……。はあ、しゃーない」
萌花は諦めたらしく、姿勢を正して問い掛ける。
「ずっと前に、好きな人には一途だって言ったっしょ? 絶対に逃がさないからな」
「ああ」
「東山ハジメ、男なら好きな女くらい一生愛し続けてみせろよな」
それが子守萌花を好きになることだから。
ずっと好きな人を守る男気がなければ、彼女の隣に居続けることは出来ない。
イケメンが好きな萌花だからこそ、隣に居る人間は、全てを守れる理想の男性にならないといけない。
好きなだけでは、彼女は許してくれない。
一生をかけて愛を示さなければならない。
良い女は貪欲なのだ。
……そんなことはないというのに。
ハジメは知っていた。
萌花ほどの女性が、自分の為にそんなことを言う人間ではない。
彼女がハジメに厳しいことを言い聞かせる時は、誰かの為の時だけである。
それを表に出してこなかったが。
それでも気付いてしまう。
ずっと彼女を見てきたから。
月日の流れがあったから、子守萌花を理解することが出来た。
ハジメは、彼女の優しさを誰よりも知っていた。
口調は荒いし、態度はでかい。
クラスで最強極悪級のメスガキだし、親友とはいえどお世話にもいいやつとは言い難い。
他クラスでは風夏達と顔や性格の差を比べるやつもいる。
だからって何なのだ。
こんなにも萌花のことを信頼しているのは、全てを知っているからだ。
人が人を好きになると、欠点すら愛せてしまう。
アホだと何度も言われても、好きな人は好きなままであった。
ハジメは、決意を改めて口を開く。
「分かった」
再度、そう言った。
もっと口数を増やすべきだったか。
でも、好きとか愛しているなんて、口に出すことは出来なかった。
男の好きと女の好きでは、全然違う。
一生を費やせる相手だって、軽々しく言うことは出来ない。
男だから、彼女達が今まで内に秘めていた想いを越えることは永遠に出来ないのだ。
ハジメの馬鹿馬鹿しい男性論に、彼女達は付き合ってくれる。
こんなアホを好きになってしまったのだから仕方ない。
「まあ、今日は許してあげるっしょ」
萌花は笑ってみせる。
珍しく素直に笑うので、ビックリしていた。
ハジメにしてはまあまあ頑張っていた方だろう。
甘々な採点だが、許してくれていた。
「萌花が笑っているなんて珍しい……」
「あ? なんか文句あんのか?」
「いや、何で私を怒るのよ」
麗奈に飛び火していた。
褒められ慣れていないのは分かるが、親友に当たり散らすのは違うと思う。
麗奈と萌花がくだらない喧嘩していると、いつも通りの雰囲気になっていく。
一気に気が緩んだのか、みんな笑っていた。
よんいち組。
今この場にみんなが集まって笑っていられる。
それが一番求めていた幸せだった。
ハジメは考えていた。
一応、聞いておかないといけないことを萌花に質問する。
「すまない。四人が俺のことを好きって言ってくれたのは有難いが、俺は誰かを選ばないといけないのか?」
好きだって告白するのだから、誰かを選ぶのが普通だろう。
「選べるん?」
「すみません……」
怖い。
駄目だ、萌花に勝てる気がしない。
他のメンバーも呆れていた。
今後の課題として、そういう気持ちで挑めという意思表示だろう。
誰かを選ぶなんて、恋愛もよく分かってない俺には正直難しいが。
男として、ちゃんとやらないといけないことだろう。
「分かった。次までにはちゃんと選べるようにする……」
「いや、お前は全員と付き合うんだよ」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
????
「は?」
????
「萌花さん? ちょっと考える時間をもらえませんか??」
「いや、四人とも両親の承諾を得ているから、東っちは気にしなくていいぞ」
四人の顔を見る。
本気と書いて、ガチのやつだった。
いつの間に話を済ませたんだ?
蚊帳の外だったのは俺だけである。
どうやって両親を納得させたのか。
俺には理解出来なかった。
それに、誰もその時の状況を一切話さない。
女子特有の、妙な静けさが異常に怖かった。
あの、本当に何を話してきたんですかね。
詳しく教えて頂きたいところなんだが。
「いや、冷静に考えてくれ。陰キャの四股野郎だぞ?! 文句は言ってなかったのか??」
「自分で言っていて悲しくならないん?」
そうだけど、事実だから仕方ない。
動揺し過ぎて否定する暇もないし、気にしてられない。
「親からしたら愛娘だろ? ……普通なら、絶対に反対するだろうに」
知らない男のことなんて、信用出来るわけがない。
いや、俺のことを詳しく知られてもヤバいけど。
親御さんに、俺が変態なのバレたくない。
「パパもママも、ハジメちゃんのこと知ってるよ」
「お父様もお母様も知っているぞ」
「私の両親も東山くんのことを知っているからね」
「ま、何度も顔を合わせているわけだしな」
「そうは言っても……」
授業参観や文化祭では顔合わせしたことはあるが、二回だけである。
しかもサラッと顔合わせするくらいで、十分間の会話もしていない。
軽く挨拶するくらいだから、そもそも名前くらいしか分からないはずだ。
それだけで、こうも信頼が出来るものなのか。
自分が評価されていると怖くて仕方がない。
こちらの不安に気付いてか。
「信頼しているよ?」
「信頼しているからな」
「信頼しているからね」
「……まあ、信頼しているっしょ」
そうなのか。
四人は、優しい眼差しをしていた。
胸が熱くなる。
それ以上弱音を吐くわけにはいかない。
俺なんかが期待に添えるかは分からないが、そんな顔をされたらやり切るしかない。
「すまない。俺でよかったら、よろしくお願いします」
後頭部が見えるくらいのレベルで頭を下げる。
「付き合ったことないから分からないんだが、俺は何すればいいんだ?」
「……女の子を彼女として優しく扱えるか?」
「すみません」
無理です。
「ま、もえ達は別に何かしてほしいとかはないから、気にせず今まで通りにしていればいいからな」
「まじか? 絵描いてていいなら助かるが……」
彼氏が絵を描いているのはありなのか?
オタク趣味って嫌煙されやすいけど、最初からオタクだって分かっているから気にしないのだろうか。
チラッと萌花の横を見ると、小日向がスマホをいじっていた。
「小日向、何してるんだ?」
「うんとね。付き合ったよって報告してるの」
「母親にか?」
「……」
「……」
「……ツイ」
「誰か、あいつのスマホを奪え!」
全員が反応する前に、送信ボタンを押していた。
小日向さん!?
何で、全世界に報告するんだ!?
四股野郎が、フォロワー数万人に知れ渡ることになっていた。
小日向は、白鷺のお縄になり、羽交い締めにされていた。
「何で?? 読者モデルの娘も、付き合ったらすぐにSNSで報告してるよ」
「そうだけど、そうじゃねぇよ?! 四人同時に付き合っているんだから、ネットで報告しちゃ不味いだろ!?」
「え~、後ろめたいことなんてないじゃん」
そうだけど、真面目かよ。
こいつに普通の立ち振舞いを求めるのは間違いだった。
見切り発射しまくるのは分かっていたのだから、事前に釘を指しておかなかった俺が悪いのかも知れない。
小日向のファンは、女性が多いとはいえ、男性からの人気も高い。
読者モデルとはいえど、好きな推しに彼氏が居たらブチ切れるのが普通だ。
盛大に炎上して、小日向の人気が下がる恐れだってある。
何かあったら俺が責任を取ることに。
冷や汗が出てくる。
ちくしょう、俺のツイッターまでDMが飛んできた。
メイドさん。
『結婚したのか、私以外のやつと……』
お前は仕事してろ!
そのネタ分かるやつは、おっさんなんだよ!!
鳴り止まない通知。
駄目だ、他の知り合いからもどんどん連絡が来る。
「小日向さんッーー?!」
どうするんだよ、これ。
俺の醜態が全世界に知れ渡るのに、数分もいらなかった。
何でいつも最後はドタバタなんだよ。
「相変わらず、人気だね」
ほんま、こいつ。
ことの重大さを理解していないというか。
小日向が、俺のことをずっと好きなのは知っていた。
そんな人と付き合えて嬉しい。
小日向の性格上、ファンのみんなにすぐに報告したかっただろうし、怒るに怒れなかった。
はあ、こんな日々がずっと続くかと思うと、前途多難である。
四人は言う。
「私達は幸せだよ」
「それならいいか」
萌花は指示を出して、ハジメを手前の机に座らせる。
「え、なに? これ」
この張り詰めた空気の中でも素直に座るあたり、真面目である。
さようなら。
ハジメちゃん。
現実は非情である。
マンモス狩りされているのはハジメだった。
四人組で周到に罠を張られて、逃げ場を断たれていた。
とても警戒していて、身構えているが逃げることは出来ない。
恋愛は難しい。
好きな気持ちを素直に告白して、それでハッピーエンドになるわけではない。
ハジメにも感情があり、好きな女の子に嫌われないようにその都度、距離感を調整している。
好きな女の子がいたとしても、話まくるわけにはいかないし、小日向みたいにガバガバな恋愛観をしていない。
パーソナルスペースへと、詰め寄ってきたら距離を空ける。
仲良くなるほど、大切にしてしまうのが男心である。
新年早々から誰もいない教室に呼び出されて、ガチで嫌われているのかも知れないのと、萌花が率先して仕切る状況にハジメは身構えていた。
……萌花のことは嫌いじゃないが、何かあれば裏があるのが萌花だ。
あからさまにハジメの顔に出ている。
麗奈の時と、態度が違い過ぎる。
萌花は内心かなりムカついていたけれど、告白する前に怒ってしまうと失敗する可能性が出てくる。
にこやかに笑う。
「えっ……、こわっ」
ドン引き。
今の手は、悪手だった。
悪魔みたいにしか笑わない萌花が、可愛い女の子みたいに笑うのはあかん。
「ブッコロスッ!!」
「やめて! 今日は我慢して」
麗奈は、身を乗り出してぶん殴ろうとする萌花を止める。
ハジメが死ぬほどビビッていた。
そりゃそうだ。
誰もいない放課後の静かな教室。
四人は真剣な表情で、こちらを見ている。
緊迫した空気。
あのいつもハジメちゃんハジメちゃん言っている小日向風夏の表情が、真剣なものだった。
静かに口を紡いでいる。
事の重要さを感じ取ったハジメは、死ぬ覚悟をしていた。
この場から逃げたい。
ボロカスに言われるのは嫌だったが、この場から逃げて軽蔑されるのは駄目だ。
やらないといけないことから逃げ続けていても、いいことはない。
新年になったら全部やり遂げると誓ったはずだ。
「茶化して、すまない。言いたいことがあるんだよな。真剣に聞く」
ハジメは覚悟を決めてそう言った。
内容まではよく分からないし、みんなに嫌われている部分を直せるかは分からないが、椅子に座って話を聞くことは出来る。
「東っち、ちゃんと最後まで話を聞けるか?」
「ああ、大丈夫だ」
ハジメは即答する。
念を押すほどの話なのだろうか。
固唾を飲み込む。
それから少しの沈黙が続き、最初に口を開いたのは小日向風夏だった。
「ハジメちゃん!」
小日向が言い出すと思っていなかった。
風夏は、両手を強く握って、少しばかしの勇気を振り絞る。
誰かを好きになるのは難しくて。
それを上手く伝えるのは、もっと難しい。
近すぎるが故に、どう思われているかなんて分からなかった。
毎日顔を合わせていても、好きな人に想いを伝えるのは勇気がいるのだ。
小日向は、大きな声で話す。
一世一代の告白。
この瞬間は、二度と来ないのだから。
「私、ずっとずっとずっとずっと、ハジメちゃんが好きだよ!」
元気に言い切る。
風夏は言葉で自分を表現するのが苦手だ。
想いがいつも先に走ってしまう。
心が勝手に動き出す。
色々言いたいことがあっても、全部を話すことは難しい。
ハジメとの大切な思い出がいっぱいあり、どんなに好きといっても言葉は足りない。
楽しいことも辛いこともいっぱいあった。
ずっと隣に居て、仕事が辛い時はいつもお菓子をくれて話し掛けてくれた。
両手いっぱいに広げても収まり切らないくらいの飴玉が、私達の月日の流れを感じさせてくれた。
シュワシュワな甘い味や、くだものの味と匂いが私の心を満たしてくれる。
百円の飴玉がこんなに甘くて、愛おしいのは、貴方がくれたから。
どれだけずっと好きなのか話そうとするほどに、話がこんがらがってしまう。
これがきっと、初恋で。
子供なのだから仕方ない。
だから、純粋な言葉で好きと言うしかない。
どんなに子供のような幼稚な表現方法だとしても、二人で積み重ねてきた物語がある。
風夏が話す言葉には、それだけの重みがある。
彼女がハジメを好きと言ったことは一度もない。
何でも好きと言っていた人間が、唯一つハジメのことだけは好きと言ったことがない。
ずっとずっとずっとずっと、彼女はそう思っていても口に出さなかった。
あの時も、あの時も言いたかったのに言うことはなかった。
それは、四人の中で一番ハジメに迷惑を掛けてきたからだ。
季節が流れると共にハジメを好きになるほど、返せないものを貰い続けていく。
あの日。
夕焼けの日の時のように、何もしてあげられない。
どれだけ可愛くても、みんなに愛されていても、風夏は自分が特別な人間だと思っていなかった。
貴方が特別だから。
ハジメちゃん。
誰よりも好きな人。
彼は、可愛いだけの女の子を好きになってくれる人じゃない。
小日向風夏は、他の子みたいに可愛くて綺麗な上で、勉強や料理が出来るわけではないし、好きな人への配慮など出来ない。
どう頑張っても自分がやりたいことや、喋りたいことしか出来ないから、真面目な話の時は静かにしていたし、ハジメの役に立てるようにアニメの勉強をして努力をした。
でも、上手くいかなかった。
アニメも自分が好きなジェムプリしか分からないのだった。
手伝えることが何もない。
読者モデルの肩書きが使えない世界では、誰よりも劣る。
ハジメは、そんなことを気にしない。
欠点ばかりの小日向風夏だから、面白い女だと思っていたし、付き合いの長さが好き嫌いを越えた愛情になっていた。
いつでも助けてくれる。
絶対に嫌いにならない。
それが余計に負担になっていたのかも知れない。
「そうか……」
いつもすまないと言いそうになるが、何とか口に出す前に止め切る。
「小日向、伝えてくれてありがとう」
ハジメは言い直した。
心のどこかでは分かっていたのに、小日向への配慮が全然出来ていなかった。
自分の不甲斐なさを痛感していた。
なるほど。
四人が集まっていたのは、こういうことなのか。
小日向が言えずにいた言葉を出させる為に、お膳立てをしていたのか。
優しい友達を持つ小日向が羨ましいものだった。
「私はいつだって、ずっと好きだからね。忘れないでね」
「ああ」
「……じゃあ、次は冬華ね」
ーー!?
じゃあ、次とは。
ハジメの脳が壊れていく。
隣の人間を見る。
萌花の表情で『最後まで』の意味を知るのだった。
……そうか。
本当に最後まで何だな。
「ふむ。次は私だな」
冬華は、自信満々な表情で立ち上がる。
「私も東山のことが好きだ。不出来な人間ですまないが、これからも隣に居させてもらいたい」
そう言って、深々と頭を下げる。
ハジメはすぐにやめるように言う。
止めさせようとするが静止する。
「いいのだ。誠意でしか本気を表せない時がある。……どんな言葉を使っても、この想いは伝えられない。如何に詩を読んでいても、自分の恋愛のこととなると、学んできたことも意味がないものだな」
どんなに愛の言葉を知っていても、使いこなせるものではなかった。
愛を呟くのは、詩人でもない限りは無理だ。
人を好きになり、大切な存在になっていくほど想いは募るばかりだ。
白鷺冬華。
彼女は、はじめての恋をして、それが愛に変わっていき、本の中に溢れる愛の言葉の意味を知っていく。
情熱的な詩は、おとぎ話のようなものであった。
冬華が得た愛には、初恋もない。
一目惚れもない。
嫉妬も焦燥感もない。
寝ても覚めても彼を想うことはない。
でも、確かに大切なものだった。
木漏れ日のような愛。
ただ、一緒に詩集を読み、紅茶を嗜むような日常が二人の中にはあった。
静かな日々が、愛おしい。
誰かが望むような、情熱的な最高の恋は出来ないけれど、最愛の両親の歩んできた道を歩くことが出来た。
貴女を本当に愛してくれる人は、一緒に詩を楽しんでくれる人。
お母様がそう言っていた意味が分かった。
他人の愛を馬鹿にしないのは、自分の中に愛を持っているから。
風夏や麗奈。萌花も、詩集を読む白鷺を馬鹿にしたことはない。
彼女達と親友になれたのだって、ハジメと同じであった。
親友達が、誰かを愛せる人ばかりだったから、白鷺冬華はこれまで楽しく幸せに歩むことが出来た。
かけがえのない存在なのはみんな同じである。
その中で、ハジメを男性として慕い、これほど好きになった理由はそれだけではない。
何でもない日の夕焼け。
冬華が一度も手に取ったことがない詩集を、ハジメがプレゼントしてくれたことがあった。
冬華が好きな雰囲気だったからと、千円以上する詩集を何気なく渡してきて。
ハジメは言ってくれたのだ。
こういう世界を知れたのは、白鷺が居たからだと。
いつもありがとう。
その言葉が一番、愛おしい。
珈琲と紅茶が香るゆっくりと流れる時の中で、愛の詩を見ていると、何となく理解出来るのだ。
恋すら知らぬ高校生でも、その時間が如何に尊いものかを。
青春とは、刹那と刹那を繋ぎ合わせていく幸せなのだ。
本来ならば出会うことがないはずの人達が、すれ違いながらも成長していく物語。
一人で街を歩き、ふとした時に珈琲のほろ苦い香りがすると、貴方を思い出す。
私が好きな匂い。
何気ない日常を変えてくれる。
満たされる心を抱き締め。
生きていく。
……それが愛なのだろう。
小さな花が芽吹くように、知らない間に好きな気持ちは増していく。
今まで読んできた、幾つもの愛の詩を連ねても、これほど心を揺らすことはない。
冬華はお母様のように、出来た女性ではない。
テニスやヴァイオリンで優勝を重ねて、淑女として教養を高めていっても、完璧な女性にはなれなかった。
風夏のように可愛くすることは出来ない。
麗奈のように周りを気遣いすることも、萌花のように誰かの為に怒ることも出来ないのだ。
それは、淑女ではないからだ。
教えられていないことは出来ないのだ。
よんいち組では、一番の美女として扱われることばかりだが、誰よりも劣っている。
決して、数字上の優秀さと、人間としての良さは一緒ではない。
冬華は学校で人気があり、勉強や運動が優れていても、人徳があるわけでもない。
気軽に接してくれるクラスメートは限られている。
大和撫子として綺麗に微笑むよりも、感情豊かに馬鹿笑いする方がハジメは好きだろう。
それが上手く出来ない冬華は、難しいことばかりだ。
精一杯、笑ってみせる。
ぎこちなくだが、彼女が出来る精一杯の笑顔と想いを乗せて。
「すまない。この想いは、誰にも譲れない」
白鷺冬華は、自分の気持ちを素直に伝えた。
慎ましく大和撫子のように着飾ることをやめて、一人の女の子は告白をする。
「……白鷺」
ハジメは何も言うことなく、嘘偽りがない告白を受け止める。
「東山、気落ちしないでくれ。これは私の我が儘なのだ」
「そんなことはない」
「私の話はこれで終わりだ。……では、次は麗奈だな」
ーー!?
二度告白されただけでも心労がやばかった。
ハジメの表情が壊れてきていた。
相変わらず、面白いやつだなと思いながらも、今日ばかりはスルーする。
「えっと、何を話すべきか……」
麗奈は緊張のあまり助力を求めるが、全員黙っていた。
ーー、自分でやれや。
萌花の心の声が聞こえてきた。
流石にこの状況で、他の人間に助けを求めるのは不誠実である。
これまでの二人が、自分が持ち合わせている拙い言葉で、精一杯に告白していたのを見てきていなかったのか。
土壇場で日和るのは麗奈らしいといえば麗奈らしいが、流石のハジメも引いていた。
この場で一番そういう類いの誠実さを最重要視するのが、ハジメだからだ。
「秋月さん……、緊張しているならゆっくりでもいいんですよ?」
それでも、ハジメは麗奈の不器用さを知っているから優しく話す。
別に待たせるのが悪いわけでもないのだから、落ち着いて話しても問題ない。
いつだって待っている。
麗奈は深呼吸をする。
「私も東山くんのことが好きなの」
素直にそう伝えた。
誰よりもハジメのことを好きなのは、自分である。
それが分かる勢いで話すが、誰も否定はしない。
ハジメと出会ってから、一番変わったのは麗奈だからだ。
どれだけの影響力があったのかまでは誰も知らないけれど、親友が頑張って変わろうとする姿を見て、どれほど好きなのかは分かる。
自分も好きだから。
好きな人に追い付くために、今よりもいい自分に変わる努力をしていた。
それでもそれは難しくて。
他の者がそうであるように。
十数年同じだった自分を変えるのは、とても難しいのだ。
好きな人に自分を見てもらえるように努力をし続けて、女の子として惚れてもらう。
それがどれほど難しいか。
ハジメは、普通の人とは違う。
普通ではないから、この恋はこれほど難しかった。
顔の可愛さや綺麗さは気にしない。
貴方は人の心を見て、綺麗と言うだろう。
硝子玉のようなちっぽけな私の心を、尊いものだと言ってくれる。
宝石みたいな輝かしい女の子が隣にいても、自分を認めてくれる。
三人のように特別な魅力なんてない。
麗奈は、どこにでもいるような普通の女の子である。
それでいて、好きな人を思い続けている一途な人間でもない。
ハジメの良さを気付くのだって一番遅かった。
貴方の心を見るまで時間がかかってしまった。
だから、それが本当の愛情だと気付くきっかけになったのかも知れない。
遅く咲いた想い。
いっぱいの愛を貰ってきたはずなのに、それを返すのが遅れていた。
だから、これからは貴方を誰よりも愛して返していきたい。
全てを費やしても、自分では足りないはずだから。
「東山くん。こんな私をいつも守ってくれて、ありがとう……。ごめんなさい……」
麗奈は感極まって、泣き出す。
風夏や冬華は、すぐさまフォローしてあげて、ハンカチを手渡す。
好きな人は一緒で、本当なら嫉妬するものなのに、そんなことも気にしない優しい友達に囲まれて、麗奈は幸せだった。
嬉し泣きであるにせよ、目の前で泣かれてばかりのハジメは気まずかった。
何度も女の子を泣かせてきただけあってか、慣れつつあるのか妙に冷静になってしまう。
それに気付いてか、萌花の視線が鋭い。
「ごめんなさい、スッキリしたわ。二人ともありがとう。もう、大丈夫だから」
しばらくして麗奈は泣き止み、少し赤くなった瞳を隠しながら、笑っていた。
風夏も冬華も気を掛けていたが、大丈夫そうだった。
「ごめんね、萌花」
「ん……」
萌花は腕組みしたまま、目線も合わせておらず、気にする素振りもなかった。
「じゃあ最後は萌花ね」
この空気感で、自分の順番を投げ付けられていた。
親友だから萌花も許していたが、普通に考えたら告白する雰囲気ではない。
何も知らないハジメが、ずっと引いている。
「言わなくても分かるよな?」
「ああ」
「じゃあそういうことだから」
「分かった」
熟年夫婦か、こいつら。
他のメンバーには出来ない。
阿吽の呼吸。
主語がないのに、普通に会話を成立させていた。
ハジメと萌花だから出来るやり取りに、仲のよさを痛感させられる。
「いや、ちゃんと告白しなさいよ。そういう約束でしょう?」
見かねた麗奈は、口を出す。
言葉は多いにこしたことはない。
萌花のよさは本質を捉えたかのように短く話すところだが、今はそれを求められていない。
ハジメはそれでも十二分に理解してくれるだろうが、女の子として誠心誠意を込めて好きな人に告白する必要がある。
今日という日はもう二度とやってこない。
何の憂いもなく、自分の好きな気持ちを言葉にすることが重要なのだ。
「キャラじゃないんだけど……。はあ、しゃーない」
萌花は諦めたらしく、姿勢を正して問い掛ける。
「ずっと前に、好きな人には一途だって言ったっしょ? 絶対に逃がさないからな」
「ああ」
「東山ハジメ、男なら好きな女くらい一生愛し続けてみせろよな」
それが子守萌花を好きになることだから。
ずっと好きな人を守る男気がなければ、彼女の隣に居続けることは出来ない。
イケメンが好きな萌花だからこそ、隣に居る人間は、全てを守れる理想の男性にならないといけない。
好きなだけでは、彼女は許してくれない。
一生をかけて愛を示さなければならない。
良い女は貪欲なのだ。
……そんなことはないというのに。
ハジメは知っていた。
萌花ほどの女性が、自分の為にそんなことを言う人間ではない。
彼女がハジメに厳しいことを言い聞かせる時は、誰かの為の時だけである。
それを表に出してこなかったが。
それでも気付いてしまう。
ずっと彼女を見てきたから。
月日の流れがあったから、子守萌花を理解することが出来た。
ハジメは、彼女の優しさを誰よりも知っていた。
口調は荒いし、態度はでかい。
クラスで最強極悪級のメスガキだし、親友とはいえどお世話にもいいやつとは言い難い。
他クラスでは風夏達と顔や性格の差を比べるやつもいる。
だからって何なのだ。
こんなにも萌花のことを信頼しているのは、全てを知っているからだ。
人が人を好きになると、欠点すら愛せてしまう。
アホだと何度も言われても、好きな人は好きなままであった。
ハジメは、決意を改めて口を開く。
「分かった」
再度、そう言った。
もっと口数を増やすべきだったか。
でも、好きとか愛しているなんて、口に出すことは出来なかった。
男の好きと女の好きでは、全然違う。
一生を費やせる相手だって、軽々しく言うことは出来ない。
男だから、彼女達が今まで内に秘めていた想いを越えることは永遠に出来ないのだ。
ハジメの馬鹿馬鹿しい男性論に、彼女達は付き合ってくれる。
こんなアホを好きになってしまったのだから仕方ない。
「まあ、今日は許してあげるっしょ」
萌花は笑ってみせる。
珍しく素直に笑うので、ビックリしていた。
ハジメにしてはまあまあ頑張っていた方だろう。
甘々な採点だが、許してくれていた。
「萌花が笑っているなんて珍しい……」
「あ? なんか文句あんのか?」
「いや、何で私を怒るのよ」
麗奈に飛び火していた。
褒められ慣れていないのは分かるが、親友に当たり散らすのは違うと思う。
麗奈と萌花がくだらない喧嘩していると、いつも通りの雰囲気になっていく。
一気に気が緩んだのか、みんな笑っていた。
よんいち組。
今この場にみんなが集まって笑っていられる。
それが一番求めていた幸せだった。
ハジメは考えていた。
一応、聞いておかないといけないことを萌花に質問する。
「すまない。四人が俺のことを好きって言ってくれたのは有難いが、俺は誰かを選ばないといけないのか?」
好きだって告白するのだから、誰かを選ぶのが普通だろう。
「選べるん?」
「すみません……」
怖い。
駄目だ、萌花に勝てる気がしない。
他のメンバーも呆れていた。
今後の課題として、そういう気持ちで挑めという意思表示だろう。
誰かを選ぶなんて、恋愛もよく分かってない俺には正直難しいが。
男として、ちゃんとやらないといけないことだろう。
「分かった。次までにはちゃんと選べるようにする……」
「いや、お前は全員と付き合うんだよ」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
????
「は?」
????
「萌花さん? ちょっと考える時間をもらえませんか??」
「いや、四人とも両親の承諾を得ているから、東っちは気にしなくていいぞ」
四人の顔を見る。
本気と書いて、ガチのやつだった。
いつの間に話を済ませたんだ?
蚊帳の外だったのは俺だけである。
どうやって両親を納得させたのか。
俺には理解出来なかった。
それに、誰もその時の状況を一切話さない。
女子特有の、妙な静けさが異常に怖かった。
あの、本当に何を話してきたんですかね。
詳しく教えて頂きたいところなんだが。
「いや、冷静に考えてくれ。陰キャの四股野郎だぞ?! 文句は言ってなかったのか??」
「自分で言っていて悲しくならないん?」
そうだけど、事実だから仕方ない。
動揺し過ぎて否定する暇もないし、気にしてられない。
「親からしたら愛娘だろ? ……普通なら、絶対に反対するだろうに」
知らない男のことなんて、信用出来るわけがない。
いや、俺のことを詳しく知られてもヤバいけど。
親御さんに、俺が変態なのバレたくない。
「パパもママも、ハジメちゃんのこと知ってるよ」
「お父様もお母様も知っているぞ」
「私の両親も東山くんのことを知っているからね」
「ま、何度も顔を合わせているわけだしな」
「そうは言っても……」
授業参観や文化祭では顔合わせしたことはあるが、二回だけである。
しかもサラッと顔合わせするくらいで、十分間の会話もしていない。
軽く挨拶するくらいだから、そもそも名前くらいしか分からないはずだ。
それだけで、こうも信頼が出来るものなのか。
自分が評価されていると怖くて仕方がない。
こちらの不安に気付いてか。
「信頼しているよ?」
「信頼しているからな」
「信頼しているからね」
「……まあ、信頼しているっしょ」
そうなのか。
四人は、優しい眼差しをしていた。
胸が熱くなる。
それ以上弱音を吐くわけにはいかない。
俺なんかが期待に添えるかは分からないが、そんな顔をされたらやり切るしかない。
「すまない。俺でよかったら、よろしくお願いします」
後頭部が見えるくらいのレベルで頭を下げる。
「付き合ったことないから分からないんだが、俺は何すればいいんだ?」
「……女の子を彼女として優しく扱えるか?」
「すみません」
無理です。
「ま、もえ達は別に何かしてほしいとかはないから、気にせず今まで通りにしていればいいからな」
「まじか? 絵描いてていいなら助かるが……」
彼氏が絵を描いているのはありなのか?
オタク趣味って嫌煙されやすいけど、最初からオタクだって分かっているから気にしないのだろうか。
チラッと萌花の横を見ると、小日向がスマホをいじっていた。
「小日向、何してるんだ?」
「うんとね。付き合ったよって報告してるの」
「母親にか?」
「……」
「……」
「……ツイ」
「誰か、あいつのスマホを奪え!」
全員が反応する前に、送信ボタンを押していた。
小日向さん!?
何で、全世界に報告するんだ!?
四股野郎が、フォロワー数万人に知れ渡ることになっていた。
小日向は、白鷺のお縄になり、羽交い締めにされていた。
「何で?? 読者モデルの娘も、付き合ったらすぐにSNSで報告してるよ」
「そうだけど、そうじゃねぇよ?! 四人同時に付き合っているんだから、ネットで報告しちゃ不味いだろ!?」
「え~、後ろめたいことなんてないじゃん」
そうだけど、真面目かよ。
こいつに普通の立ち振舞いを求めるのは間違いだった。
見切り発射しまくるのは分かっていたのだから、事前に釘を指しておかなかった俺が悪いのかも知れない。
小日向のファンは、女性が多いとはいえ、男性からの人気も高い。
読者モデルとはいえど、好きな推しに彼氏が居たらブチ切れるのが普通だ。
盛大に炎上して、小日向の人気が下がる恐れだってある。
何かあったら俺が責任を取ることに。
冷や汗が出てくる。
ちくしょう、俺のツイッターまでDMが飛んできた。
メイドさん。
『結婚したのか、私以外のやつと……』
お前は仕事してろ!
そのネタ分かるやつは、おっさんなんだよ!!
鳴り止まない通知。
駄目だ、他の知り合いからもどんどん連絡が来る。
「小日向さんッーー?!」
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そんな人と付き合えて嬉しい。
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