この恋は始まらない

こう

文字の大きさ
上 下
52 / 111

第三十六話・この恋は動き出す

しおりを挟む
おまけ

「ハッピーニューイヤー!」
「あけおめ、ことよろ!」
どんどんどん。
うちの家族はうるさい。
リビングにこたつを完備して、年越しの挨拶をする。
「ハジメちゃん、誕生日おめでとう! 生まれてきてくれてありがとう記念!!」
「お兄ちゃん、おめでとう!!」
情緒壊れてるんか。
二人ははしゃいでいた。
一月一日は俺の誕生日でもある。
俺の名前が安直な理由である。
「おめでとう」
親父は誕生日ケーキを持ってきてくれる。
「東山くん、誕生日おめでとう」
そして、皆勤賞である秋月さんであった。
勝手知ったる何とやらだし、年末年始を東山家で迎えるのは構わないが、秋月さんの両親が怒らないか、ちょっと心配である。
年頃の娘さんを預かる身として、野郎がいるのは気が気じゃないだろう。
前回のジェラピケ事件よろしく、えっちなハプニングが怒るやも知れない。
新年早々、犯罪者にはなりたくないので、注意を払う。

母親は元気よく。
「一月一日はハジメちゃんの日」
クラッカーを鳴らす。
中身の紙吹雪が飛び出して、火薬の独特な臭いがする。
東山家全員、楽しそうにしている。
「一月一日はハジメちゃんの日」
迫真。
母親よ。
何故、二度も言った。
物心付いたときから、意味分からんことを言っていた。
年明けから訳分からんノリである。
年越しソバと、誕生日ケーキを同タイミングでテーブルに並べるのは明らかにおかしい。
どっからどう見ても、食べ合わせ最悪である。
妹の陽菜は気にするやつじゃないので、深夜なのにもりもり食べていた。
それを淡々と眺めている俺であった。
体重を気にして食事制限をしている秋月さんを見倣ってほしいものだ。

それから、数十分後。
流石に夜遅くて眠くなっていた陽菜を部屋に投げ入れて、不法投棄する。
その後に、両親を見送る。
「はあ」
俺の誕生日を祝ってくれるのは有難いが、コミケ終わりもあってかどっと疲れたわ。
それに、十二時過ぎてからスマホの通知が鳴り止まない。
よんいち組には事前にあけおめしてあるけれど、他の人達にも早めに挨拶をしておかないといけないだろう。
返事は早い方がいい。
挨拶してくれている人は、ラインやツイッター含めると数十人。
その数をこなすとなると、サラッと挨拶するだけでも数時間掛かりそうである。
ツイッターには日付変更線と共にメイドと小日向のイラストを上げてあるので、とりあえずクラスメートには挨拶しておこう。
顔見知りだしな。
それに、三馬鹿あたりは文句言ってきそうだし。

そんなことを考えつつ過ごしていると、気付くと二人だけになっていた。
リビングには俺と秋月さんだけだ。
不意に目が合う。
少しばかしドキッとしたのもあってか。
二人共に静かになる。
……気まずい。
女の子として意識し過ぎだ。
大体ジェラピケのせい。
うん。
まあ、気にしないようにしよう。
二人でいることは何度もあったわけだし。
男女として、適度な距離感は保っている。
少し離れた場所に座ることで心を落ち着かせていた。
「秋月さん、俺のことは気にしないで寝てていいですよ」
俺は二時過ぎまでラインとツイッターの返信で起きているだろうし、付き合わせるわけにもいかない。
黙々とするだけだしな。
会話する余裕もない人間に付き合わせるのは悪いだろう。
「私もみんなにあけおめするから、それまでは一緒にやりましょ?」
「そう? なら、こたつでテレビ見ながらやりますか」
正月の特番を流しながら、二人でまったりしていた。
「秋月さんは誰に挨拶するの?」
「家族とみんなにはあけおめしたから、あとは学校の友達かな? でもやっぱり親しい人には個別に挨拶したいし、萌花達にはゆっくり送ると思うわ」
俺や秋月さんは、よんいち組や文化祭のグループラインに挨拶をしているが、お世話になっている人には個別に返信したいものだ。
親しき中にも礼儀ありとも言うし、新年だからこそ話せることもある。
どんなに仲がいい人間だとしても、全てを知っているわけでも話しているわけでもない。
「東山くんは誰に返信するの?」
「俺は、お世話になった人達全員になるから、ざっと計算したら数十人かな?」
「え? 多くない?」
「まあ、ツイッターの返信が大半だから同じような文章で返しちゃうけどね」
「あ、そうだよね。いくら東山くんでも、全員分別々に挨拶しないものね」
俺ならやりそう感が強かった。
え?
やらないといけないのかな。
本来ならそうすべきだが、流石に全員分の文章を考えて挨拶をしていたら死ぬ。
何時間掛かるか分からないし、下手したら朝になってしまう。
正月とはいえど深夜に連絡するのは迷惑だしな。
「秋月さんにも改めて送っておくから、よろしくお願いしますね」
「そう? 顔合わせしているからいいのに」
「まあ、一応。縁がある人への新年の挨拶はちゃんとやらないといけないから」
さっきまで家族がはしゃいでいたので、あまり話せていなかったし。
親しいとは言えど、なあなあで済ますと後が怖い。
「じゃあ、私も東山くんに送らないとね」
「ありがとうございます」
「ふふ、目の前に居るのに挨拶するって、何か変な感じだね」
秋月さんはご機嫌だった。
こたつに入りながら、知り合いに新年の挨拶をする。
深夜まで起きている人と、寝ている人は半々くらいであり、元々が真面目な人はもう寝ているようだった。
小日向や白鷺は寝てそう。
萌花は起きていたが、秋月さんの相手をしていた。
俺の挨拶は既読付けてガンスルーしているけど、秋月さんとのラインよりかは優先順位が低いからまあいい。
でも誰かが仲良くラインをしていたら気になるものだ。
「もえは何か言っていた?」
「……まあ、いつも通り?」
あ、うん。
秋月さんの表情で察した。
それはそうなるだろうな。
萌花は、秋月さんには手厳しいからな。
何だかんだ秋月さんのことが好きだから、色々と注意してしまうのだろう。
秋月さんって付き合い長いとよく分かるが、結構抜けている。
よんいち組のツッコミ役だがボケ担当だし、B級クソホラー映画愛好家だし。
真面目なのに幸薄いし。
彼女の長所である誰にでも優しいところは美徳だが、その分男子からの人気も高い。
普通なら誰にでも優しい可愛い女の子が居たら、男子なら話し掛けたくなるものだが、秋月さんはそんなことはなく平和に過ごしている。
学校では萌花が目を光らせているからだ。
大体一緒に行動しているので秋月さんに対して付け入る隙はないし、萌花を無視して会話したら周りからの好感度は確実に下がる。
萌花は、男子からは恐怖の対象として畏怖されていた。
まあ萌花は怖いからな。
その分、秋月さんがクラスの男子と話してくれる。
互いの足りない部分を補っているあたり、親友なのだろう。
「元旦は萌花と福袋見に行ってくるけど、東山くんは風夏と渋谷だっけ?」
「ああ、小日向が渋谷で福袋買いたいらしいから荷物持ちしてくる」
どうせ死ぬほど買い物するだろうからな。
荷物持ちも大変である。
「それはそうだと思うけれど、それってデートじゃないのかな?」
「へえ」
デートね。
俺からしたら、妹の買い物に付き合う感じと一緒なんだが。
まあ、陽菜もお兄ちゃんデートとか言っているから、女の子は何かとデートにしたいものなのかも知れない。
でも断じてデートではないだろう。
そんな甘い展開はない。
相手が小日向だからだ。
「東山くんって、風夏の時だけ塩対応だよね」
「そうか? 別にそういう訳ではないが……」
小日向の距離感ガバガバだから、その分俺が冷静さをキープする為に、二歩くらい下がっているだけだ。
元旦から早起きして、朝十時前に渋谷に集合して福袋買いに行く労力を考えたら、真顔にもなるだろう。
女性の買い物をノリノリで付き合ってくれる男性がいたら、それはバカップルくらいだ。
普通の男性なら嫌がるはずだ。
「東山くん……」
秋月さんは、問いかけるように話し掛けてきた。
「風夏は感情表現が苦手な子だから、その分優しくしてあげてね」
秋月さんからそんな事を言われるとは思ってもいなかった。
俺的には小日向にはかなり優しくしてはいるんだが、そう見えないのかな。
小日向は読者モデルとしてはプロだが、私生活はポンコツだ。
俺に何かとぶん投げてくるから、嫌々やっている場合が多いけれど、費やしている時間は誰よりも長い。
学校での昼休み。
夜はイラストの題材決めで連絡したり、仕事の話をすることが多い。
まあ、大体は関係ない小日向の一方通行気味の、他愛ない話ばかりではあるけれど。
小日向の話に、延々と付き合わされる身にもなってほしい。
ぬいぐるみに話し掛けるんじゃないんだから、数十回も同じ話をされたら人は死ぬんだよ。
ストレス耐性を試されているのかと思うほどだ。
文句も言わずに付き合っているだけ優しいと思う。
まあ、可愛い女の子の話ならば幾らでも聞けると思っている男子も多いかも知れない。
やれるものならやってみろ。
小日向の相手が出来るのは俺くらいだからな。
優しさや誠実さだけで付き合っていけるのであれば、誰も苦労はしない。
まあでも、それは小日向も思ってそうだし。
ヤマアラシのジレンマだっけか。
近しい関係ほど、他人を気にしてしまう。
傷付けてしまうこともあるし、嫌われてしまうこともある。
世界一可愛い読者モデルであれば、俺なんかの評価なんて気にしなければいいのに。
「……分かりました。少しくらいは気に掛けておきます」
「風夏をよろしくね」
秋月さんは優しく笑ってくれていた。
でも、少し陰りを帯びていたような気がした。


「へー」
正月の昼間。
マックで駄弁っている麗奈と萌花であった。
「れーなよ、なんで敵に塩を送ってるん?」
「何でですかね……」
重々しい雰囲気。
もちろん、反省会である。
年明けからこんなことをしている人間は、この二人くらいであった。
恋愛の話でダメ出しを喰らうにしても、話が重過ぎた。
「こういう話をするなら、マックじゃなくて良いレストラン連れてきてよ」
「すみません」
「……まあいいけどね。れーなはもっと狡猾な人間だと思ってたけど」
萌花は、マックシェイクのいちご味を飲み干す。
「私を何だと思っているの……」
「え? 性悪女」
「即答するのやめてよね」
「ゆーて、もえも同類だから悪いとは思ってないけどな。まー、ふうが幸せならいいんじゃない? アホ野郎にやきもきするのはムカつくけど、嫌なら好きになるなって話だし」
「そうかもね」
思いの外、素直に今の現状を受け入れていた。
麗奈は思うことがあるのか笑っている。
それを見て、萌花は少し拍子抜けだった。
麗奈は恋愛脳だし、全員ぶっ殺してでも恋愛を勝ち取ると言い兼ねない狂人だと思っていたからだ。
恋愛脳。
学生なら大体そうかも知れないが、麗奈の場合は家庭環境に起因する部分であり、一生付き合っていく呪われた愛である。
業とも言えるだろうか。
他人に愛されないと生きる価値がない。
そんな生き方しか出来ないと思っていたのに。
親友の精神的な成長を確認すると、涙が込み上げてきてしまう。
流石にあの萌花なので、泣きはしないが。
ポテト食べながら淡々としていた。
そっちの方が彼女らしいだろう。
「とりま、れーなはどうしたいの? 東っちと付き合いたいの?」
「え? マックでする話??」
「正月マックで恋バナは鉄板っしょ」
学生恋愛の統計では、マックでの恋愛話やデート率はかなり高い。
百円あれば、ジュースを買うだけで長時間の話し合いが出来るので、学生の需要は高いわけだ。
もっとも、正月にマックに来る学生などいなかったが。
ガラガラ気味の店内だから出来る恋バナである。
「まあ、付き合えたらいいなぁ……とは思うけれど……。誰よりも好きだから。でも、そうなるまでには色々と壁があるでしょ」
「えっろ。ドスケベやん」
「どこが?!」
その表情でハジメに言えば、すぐさま付き合ってくれそうであった。
顔を赤くして恥ずかしそうにしている様は、メスの求愛行動にしか見えない。
フェロモン出ている。
ハジメはよくこのだらしない乳袋持っている麗奈に一つも手を出さなかったなと尊敬していた。
学校の男子生徒全員があの胸の虜であり、あわよくば挟まりたいと思っているのに。
「……とりあえず勝ちたいなら、押し倒してセッ○スして既成事実作れば付き合ってくれるんじゃない?」
「ーー何の話?!」
「いや、あのアホの簡単な付き合い方」
好きな人の家に通い妻して悠長なことをしているくらいなら、男として責任取らした方が早い。
「全ての関係性をリセットしちゃうでしょそれ……」
というのか、それはセッ○スしました宣言を公衆の面前でするのと同義であり、鋼の心臓をしていないと無理である。
愛に餓えた狼だって、そんなことはしない。
初台高校のスケベtearランク1の秋月麗奈であっても、そんなことは出来るわけがなかった。
「風評被害だからね?!」
「冗談はこれくらいにして、れーなはふう達と争う気はないん?」
「ジェットコースターみたいに話題を変えないで……。正直、あの二人に勝てる部分は私にはないから、図々しく前に出てもね」
「おっぱいは勝ってるじゃん」
「……そういう話ではないでしょ」
話の腰を折るな。
そう思いながら続ける。
「それに、風夏や冬華が幸せそうな顔をしていたら、奪えないもの」
親友の幸せを願うのであれば、身を引くのが得策だ。
女の子を幸せにしてくれる相手なんて、一生に一人くらいである。
どんなに空気が読めないアホと揶揄されていても、風夏や冬華にとってハジメは大切な人だった。
「それは、れーなもだろ」
「……そうかも知れないわね」
ままならないものだ。
特に恋愛は。
いつの間にか好きになってしまって、どんなに想っていても手に入るとは限らない。
それが恋愛の本質であり、儚いからこそ尊いのかも知れないが、可能であれば悪魔に魂を払ってもいいとさえ思っていた。
「いい案があるぞ」
いい案があるぞ悪魔だ。
目の前に、まごうことなき悪魔がいた。
堂々と鎮座する萌花は、実際の悪魔以上に悪魔だった。
悪魔に魂を払ってもいいとは言ったが、これは嫌だ。
契約を結べば、未来永劫むしり取ってくる。
取れるものなら、尻の毛だろうと容赦しない。
「それって、話を聞いた時点で怖い結末になりそうじゃないの?」
「大丈夫だ、問題ない」
「絶対に大丈夫じゃないでしょ」
萌花は、雑な返しをしてきた。
ハジメの真似をしているあたり、ふざけているのだろう。
無駄に声色がそれっぽい。
「まあ、それはさておき、いい案ってやつはね」
「うんうん」
「一々身内で争うのも非効率的でだるいから、四人で東っちの恋人になって型に嵌めようぜ計画」
一人を選ぼうとするから他の三人が不幸になる。
だから、四人同時に付き合えばみんな幸せになる。
暴論だ。
ぶん投げすぎである。
「ええ……、確実に東山くんだけが不幸になる未来しか見えないわ」
女なんて、女からしてもクソ面倒な生き物なのに、それが四人セットで付いてきたらどんな男でも逃げ出す。
妹慣れしていて、ある程度のわがままにも寛容なハジメであれば大丈夫なのかも知れないが。
「四人みんなと恋人になるって、狂気染みているわよ。絶対に不平不満が出てくるでしょ」
「大丈夫、ちゃんと東っちを四分割して公平に切り分けるから」
「……そういう、ホラー映画??」
ヤンデレ化したヒロイン達が、主人公を殺す展開にしか聞こえない。
しれっとハジメのプライベート時間を四人で分け始めているあたり、ハジメの人権のなさが浮き彫りになる。
「土日はイベントあるっぽいし、許してやるか」
月曜日から金曜日まで自由が奪われていた。
高校生みたいなお手軽なデート。
放課後デートと加味して、二時間遊んだとしよう。
それだけなら駅前まで出向いてタピオカ飲みながらショッピングして楽しいデートではあるが、四人いるのだ。
平等に扱う場合、四回は同じことをする必要がある。
時間・労力・資金を含めると、四倍の負担がハジメに発生している。
彼は彼で自分のサークルを受け持っているため、日々の仕事をこなしつつ女の子の相手をすることになる。
毎日のようにイラストを上げて自分の為に努力しているのに、好きな人とデートしたいという一方的な我が儘に付き合わせるのはやはり忍びない。
「うーん、それって大変じゃない?」
「……なるほど。東っちからしたら、付き合うメリットないわな。だるいわ」
「すぐに投げないでよ」
発案者がぶん投げた。
よんいち組は比較的に嫉妬してくるタイプはいないようだが、付き合って恋人になったら、好きな人と出来るだけ一緒に居たいのが乙女心である。
たとえ一時間だけでも放課後は一緒に帰りたいだろうし、少し声を聞きたいが為に深夜に他愛ない電話をしたくなってしまう。
純粋な気持ちがあったとしても、確実にハジメに迷惑を掛ける。
それが積み重なって今以上に好きになってくれるかも知れないし、嫌気が差してしまうかも知れない。
……恋愛とは難しいものだ。
ただ好きな人と一緒に居たいだけなのに、上手くいかない。
特に惚れた側の人間は、ネガティブになってしまう。
いっぱい話して自分を知ってもらい好かれたいけれど、それと同時に嫌われたくない。
麗奈は毎度のことだったが、気落ちしていた。
「まー、ふうとふゆにも聞いてみるから、それ次第だけどな。みんなが納得しないとそもそも出来ないことだし」
「風夏や冬華は……」
誰よりも素直な女の子故に、自分の幸せより全体の幸せを選んでしまうだろう。
好きな人とずっと一緒に居たいのは自分だけだろうに。
それが分かっていて、親友の気持ちを利用している自分に嫌気が差す。
本当であれば、風夏や冬華を応援して身を引くべき立場だというのに、自分の幸せを優先している。
萌花が冗談半分で言っていた、性悪女という言葉は正しかった。
萌花は、落ち込んでいる麗奈を見て溜め息を吐く。
「はあ……、グジグジ悩むのがれーなの悪いところっしょ? 上手くいくか何てみんな分からないのに、悩んでも仕方ないって」
「萌花みたいに割り切れたら楽なんだけれどね」
「れーなが人の愛し方を知らないのは知ってるけど、そんな女を一生隣に置きたい男なんてアホ以外この世のいないからな。今この場で変わらないと、本当の意味で嫌われるぞ」
「手厳しいわね……。私もみんなみたいに、変われるのかしら」
季節が移り変わっていくように、周りの環境も、友達や親友も大人になっていく。
仕事や部活に精を出して、楽しそうにしている。
それを馬鹿にしていた時期もあったが、今は憧れていた。
好きなものがある人間は偉大であり、努力は誰にでも真似出来ることではない。
麗奈も東山家で料理を学び、日々頑張るようになってから、自分のやりたいことを探してより良く生きることの難しさを実感していた。
「ま、何とかなるっしょ」
親友は適当な相づちを打つが、萌花なりに考えているのは分かる。
厳しい言葉を投げることも出来るのに、それをしない。
萌花は口が悪い人間ではあるものの、何だかんだ優しいところがあるのだ。
憎まれっ子タイプだが、まあ身内からしたら可愛いとさえ思えてくる。
情とは怖いものだ。
毎日のように顔を合わせれば、縁が出来て好きになると誰かが言っていた。
こうして、マックを食べる日々が二人の人生には必要なのかも知れない。
麗奈や萌花が出会って仲良くなったのさえ、一年間前ほどだというのに。
「萌花……、ありがとうね」
「んあ? かしこまるとキモいな」
「素直に受け入れなさいよ……」
「れーなに言われてもなぁ」
風夏や冬華ならば、本心からの気持ちとして認識出来るが、麗奈からの感謝など裏がありそうだった。
腹黒同士の会話など、信用性が皆無だ。
「何で私達親友なの?」
「さあ? 気付いた時からじゃね?」
「雑さ極まりね」
「フッかる要素がよんいち組のよさだしなぁ」
「誰かそんな陽キャ要素があったっけ?」
「アホ」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「あれって陽キャ?」
「今やクラスメート全員友達なの、あいつくらいやぞ」
期末テストの時は、運動部の男女共にハジメが親身になって勉強を教えていたし、最近は特に三馬鹿みたいな女子とは馬が合う。
それでいて、根っからのオタクなので漫画やアニメ好きなクラスメートとも仲がいい。
言わずもがな、よんいち組としてカースト最高位の陽キャグループに属している。
それを自覚せずに自惚れることなくクラスメートと接しているあたり、真の陽キャだろうか。
「陰キャ要素が無くなっているわね……」
ハジメはいつも死んだ魚の眼をしているので、知らない人からの第一印象はどうしても悪くなってしまう。
陰キャっぽく見えるのと、学校では自分からあまり話さない性格故に、陰キャのキモオタと言われても納得してしまうだろう。
他人に嫌みを言われても気にしないだろうが、好きな人がボロカスに言われたらやっぱり嫌である。
適度にフォローしつつ。
色々な人に知ってもらえる機会が増えたら、ハジメの良さが分かってもらえると思っていたが。
男として、強くなり過ぎていた。
ハジメが頑張っているのはみんな知っているし、イラストを含めていつも応援していたが、優しい男子として頑張ってほしかった。
何でもやり遂げて、化物染みた性能を発揮しろとは言っていない。
自分の好きなことを頑張り続けて、突き進む。
男の子ならみんなそうする。
走り出した人を止めることは出来ないものだ。
それに、絵を描くのは大変だから、挫折したり疲れたりしたら、その時に労えばいいだろう。
誰しも、浅はかな気持ちでハジメを見守っていた。
如何に優れた人間であっても才能も努力も有限であり、あの小日向風夏ですらお昼休みはいつも息抜きをしないといけないのだ。
ましてやハジメは真面目な性格であり、とりあえず生ビールみたいな普通さをしている人間だ。
だから、あのアホが際限なく強くなるとは誰も思わなかった。
自分がすべきことをこなし、才能のままに止まることなく、春から冬までの間を駆け抜けていた。
その間、小日向風夏の隣にずっと居て、ハジメの存在が霞んですらいないのだ。
充分、化物だ。
「そもそもツイッターの友達数がやばいからな。今はもう、一般人ですらないんじゃね?」
どんなに頑張ったとしても、ツイッターのフォロワー数は、読者モデルの風夏よりかはかなり下。
だが、それでも同人作家としては多い方だろう。
顔を見ただけで普通にファンからサインを求められるくらいには認知されていて人気がある。
文化祭では大人の女性が顔出しに来ていたのを思い出していた。
何故か分からないけれど、ハジメは二十代半ばの女性にモテている気がする。
「あれ? 東山くんって、思っていた以上にかなり倍率高いの? あれ、普通……だよね?」
「イケメンではないな」
「まあ、そうだけど。スペック的な意味では……」
「……他人を数値化するのやめろ」
「ごめんなさい」
秒で咎める。
素直に謝るものの、やっぱりまだまだ性悪女から脱却するのは難しいようだ。

「ま~、今となっては一条よりかは人気あるんじゃない? クラスの男子も東っちと話したがっているくらいやし」
性癖暴露系男子。
メイドキチでメイド服に発情する性癖を気にしなければ、ハジメはお兄ちゃん気質で面倒見がいい。
クラスメートが期末テストで困っていたら勉強を教えてくれるし、頑張って良い点数が取れたら素直に褒めてくれる。
男子だって、ハジメが女の子にするような態度で笑い掛けてくれたら嬉しいものだ。
ハジメが素直な笑顔を見せると、クラスの男子が乙女の顔になっていた。
流石、よんいち組の姫である。
みんなに人気であった。
「え? 一条くんより上なの?」
「顔以外は上やろ」
「ああ、なるほど。顔以外はそうね」
自分のことを好きな女の子から、顔は褒めてもらえないハジメであった。
男は顔じゃない。
どれだけ好かれていても、イケメンには見えない。
恋愛マジック。
そんなことはなかった。


マックでの会話が終わった頃。
二時過ぎ。
渋谷某所。
「はあはあ……」
両手に抱えている福袋が重過ぎる。
俺は過労死しそうだった。
渋谷の街を歩き回り、福袋を買い漁るだけの時間。
元旦から福袋を爆買いする様は爽快だが、小日向の買った荷物は全部俺の手元に来る。
お一人様一個。
小日向からしたら、欲しいものはいっぱい買いたいものだ。
俺が居れば、福袋を二つ購入出来るのと、邪魔な荷物を持ってくれる。
元旦の渋谷は色々と面白いから付いてきたが、すごく後悔している。
ガリガリ削られる体力。
コミケの過労が膝にきていた。
小日向にとってのコミケが福袋なのだろうか。
オタクがはしゃぐみたいなテンションで、小日向は走り回っていた。
「ねえねえ、こっちこっち」
新年早々、元気だな。
指差しして次に行きたい場所を示すが、荷物を少しくらい持ってくれ。
紙袋の多さと重さで身動きが取れない。
コスメの福袋が滅茶苦茶重いのと、紙袋が破れてビンが割れないようにしているので大変だ。
ブランドショップが多い渋谷だけあってか、福袋を求めて何店舗も回るのはきつい。
一ヶ所に集中していないので、駅前から離れていく。
渋谷って広いんだな。
「……気付いたんだが、小日向ほど有名なら予約とか出来ないのか?」
「ん~、今日は仕事じゃないから」
さいですか。
プライベートだったんか。
それなら付き合いがあるお店だとしても予約は出来ないだろう。
数量限定の福袋を読者モデルだからと取り置きするのは、小日向のポリシーに反するらしい。
仕事と趣味をちゃんと分けて考えている。
そこは相変わらず真面目だな。
元旦から渋谷まで出向き、寒空の中で朝から並んで買うから、福袋は価値がある。
……連れ回されている俺はつらいけど。

小日向はプライベートだと言っているが、普通にショップの店員さんと写真撮ったり、ファンの人と話していたので仕事の時と変わらない。
サインを断ることなく受けているのだから、小日向はいいやつである。
中学生くらいの学生さんが、貰ったばかりのお年玉を使って、好きなブランドの福袋を買っていた。
一万円の福袋故に、学生からしたら安い買い物ではないが、嬉しそうに抱き抱えていた。
……そんな微笑ましい光景を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
「みんな楽しそうだよね」
「そうだな。まあ、来て良かったわ」
荷物持ちしかしてないが、これはこれで楽しい。
渋谷っぽい独特な雰囲気があるから、新鮮である。
女の子が集まる街だからか、野郎の俺にはない乙女心が刺激される。
人間、可愛いものに囲まれていると幸福度が上がるらしい。
小日向が誘ってくれなかったら、一生知らなかったと思う。
そういう意味では、有難い。
小日向は、俺が知らないものを知っているからな。
得られるものは多かった。
小日向はにんまりと笑う。
「そっか。よかったね。じゃあ、あと三つは回るよ!」
「ちょっとは加減せいや」
荷物持ちにも限界はあるんだぞ。
こっちは、手がちぎれそうなんだよ。
少しは休憩時間を挟んでくれ。
ノンストップすぎる。
こいつが止まらないと俺も休めない。
「すぐすぐ、終わったら休めるよ」
「へいへい。最後まで頑張ればいいんだろ」
人使いが荒い。
母親然り、陽菜然り。
女とはそういうものなのかね。
お一人様一つの頭数にしか思ってなさそうだ。
つか、福袋を予約するのは駄目で、二人分買うのはセーフなのか?
たまごパックじゃないんだからさ。
二人分買ってお得になるのは違うんじゃないかな?

「ねえねえ、向こうの建物にいい喫茶店があるんだよ。白鳥さんがそこのコーヒーが美味しいっていってたの。落ち着いたら、そこで休憩しよ」
「へー、渋谷にそんなところがあるのか」
小日向のマネージャーである白鳥さんは、とても出来た大人の女性だ。
キャリアウーマンだし、美人で頭もいいのに俺みたいな学生にも敬語を使い丁寧に接してくれる人格者だ。
あの人がオススメしてくれて、美味しいと言っているのであれば、本当なのだろう。
「うん。そのお店ね、コーヒーの福袋もあるらしいから、お正月に行くには丁度いいよね」
「へえ、個人店の喫茶店で福袋があるのか。それは気になるな」
コーヒー好きからしたらどうしても食い付いてしまう。
コーヒーのチェーン店で毎年福袋を買ってはいるが、個人店の福袋となると全然違うと思う。
オーナーの趣味が反映されているなら、滅茶苦茶美味しいものが入っていそうである。
買う前から期待値高いしお得だな。
「ハジメちゃん、コーヒー好きだもんね」
「ん? まあな」
「美味しいのかな? 私もコーヒー、飲んでみようかな~」
「いや、小日向はココアでも飲んでろよ」
苦いの無理だろ。
一口飲んで諦めるのは分かり切っていた。
ドクペ飲んで無理だった時みたいに、俺に押し付けてくるだろ、こいつ。
「じゃあ、一口ちょうだい」
「俺のやつはブラックだぞ?」
砂糖もミルクもないのは流石に飲めないはずだ。
「私、大人だから飲めるよ」
「お前に大人要素を感じたことはないのだが……」
自信満々に、無い胸を叩いたところで変わらないと思う。
あと、大人だってコーヒー飲める人はそんなに多くない。
飲めないことの方が普通だろう。
まあ、俺がコーヒー好きだから背伸びして飲みたいのも分かるが、無理せず好きなものを飲んでほしい。
最近の喫茶店は、古風なお店でもタピオカミルクティーとかも置いてあるようだし、喫茶店が出す茶葉は凝っているはずだから、そっちも美味しいはずだ。
「別に俺に合わせなくていいからな」
「そうなの? ほら、一緒にコーヒー飲めた方がいいでしょ?」
「……うん? 飲めない物を頼む方が失礼だと思うぞ。それに、せっかく喫茶店に行くんだったら、好きなものを頼むべきだろう?」
有名な喫茶店であっても、何回も来るものじゃない。
その中で苦手なものを頼まれても困る。
というのか、わざわざ俺に合わせる必要性を感じない。
俺達の間柄には空気を読むという言葉は存在しない。
小日向は常識がある時もあるけれど、好きなものに対して好き勝手するのが基本形なので、空気を読む方がおかしい。
風邪でも引いていないか心配になってしまう。
それに、俺も小日向が好きなスイーツとかは食べられないし、お互い様である。
「そうなのかな? ほら、友達と同じメニュー頼んだりしない? 流行っているよね」
「へえ。一緒に喫茶店行くような友達いないし」
「あ、ごめんね……」
その反応は止めてくれ。
本当に、友達が居ないみたいじゃないかよ。
喫茶店でコーヒーを飲むような奴がいないってだけだ。
まあ、休日に遊びに行くような友達はいないかも知れないけどさ。
友達百人いそうな人間と比べられたら困るわ。
俺達みたいな、陽キャ読者モデルと陰キャオタクでは、生きている土台がそもそも違うのである。
美人が喫茶店に集まればインスタ映えする絵になる。
誰が見ても可愛いと言ってくれるだろう。
承認欲求が高まるはずだ。
しかし、クラスの野郎達が集まっても、ハンター×ハンターの話しかしないし、喫茶店で念能力の話題で盛り上がっていてもしょうがない。
喫茶店の無駄遣いである。
漫画やアニメの話をしていたら静かに寛ぐのは難しいので、俺達は教室でだらだらやっているのが合っているのだ。
「まあいいや。話していたら喫茶店行きたくなってきたし、早く終わらせるか」
「だよだよ」
何のだよだよ。
新年早々からよく分からないやつである。
まあ、小日向の思考を理解出来るようになったら、俺の精神が小日向ポジティブに汚染されてSAN値が下がってそうだけどな。
待ちきれずに次の目的地まで、小走りする小日向だった。
跳び跳ねる様は子供と変わらないけれど。
それが小日向風夏なのだから、何も言うまい。
「小日向、少しは荷物を持てって」
「え~、じゃあね。次の交差点でじゃんけんね」
子供だな。
足早に進んでいって、ずっと先で手を振っている。
それを追いかける身にもなってほしい。
いつものこととは言えど、天才の相手をするのは骨が折れるものだ。
小日向が歩く速さを合わせてくれないと延々と追い付けない。
「はよはよ」
このアホ面よ。
いくらプライベートとはいえ、ちょっとは緊張感を持ってほしい。
まあ、小日向に期待するのは間違いだな。
元気そうにしているなら温かく見守るしかない。
コミケもコスプレして頑張っていたから、少しくらいは優しくしよう。
俺もそんな能天気な小日向が一番魅力的だと思うからな。
ずっとそうだった。
写真にもイラストにも出来ない。
読者モデルではない小日向風夏の。
ごく自然な笑顔が、渋谷の景色に鮮やかに映えていた。
いつだって小日向は輝いて見える。
俺にはないものをいつだって持っている。
それが魅力的に見えるのだろうか。
知れば知るほど、小日向の良さを実感していく。

「ハジメちゃん!」
早く来てとすぐ拗ねるし、相変わらず煩いのだった。
寂しいなら先に行くなと言いたい。
わがまま過ぎるだろ。
やっぱりこいつ嫌いだわ。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

隻眼の少女は薔薇騎士に愛でられる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,088

エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,345pt お気に入り:1,659

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:73,676pt お気に入り:3,520

処理中です...