この恋は始まらない

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第三十二話・クリスマス当日。そのいち。

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二十四日。
放課後になると、足早に帰宅する者と、友達と遊びに行く者でハッキリと分かれていた。
三馬鹿は、運動部合同のクリスマス会に参加するらしく、一応は誘ったんだが断られた。
まあ、運動部には運動部の付き合いがあるので、仕方ないか。
出会いを求めているようだし、こちらで仲良くクリスマスをやるよりかは、他クラスの男子とも進展する方を選ぶだろう。
「全然途中から参加してもいいから、何かあったら連絡しろよ?」
「ありがとう」
「さんきゅ」
「ママあり」
ママじゃねぇよ。
ともあれ、三馬鹿は先に教室から出て行き、去り際に手を降っていた。
手間が掛かる奴等だが、愛嬌があるだけマシだな。
運動部のクリスマス会はカラオケらしいし、楽しく過ごせるといいものだ。
「おーい。東っち、帰るぞ」
「ああ、すまない」
萌花に呼ばれたので、自身の鞄を手に持ち帰り支度をする。
よんいち組と合流した。
「とりま、他のみんなはプレゼント取りに一旦帰宅するらしいから、もえ達は先に東っちの家にお邪魔するわ」
「了解。みんなが来る前に準備するか」
晩飯の準備もいるしな。
学校が終わった後の四時過ぎとはいえ、家に帰って食べ物や飲み物など用意したり、予約したケーキを取りに行く時間を考えたらカツカツだ。
どうしても準備に人手がいる。
それを知ってか。
よんいち組のメンバーは、学校が始まる前の朝一に、荷物を置きに俺の家に訪れていた。
放課後すぐに手伝ってくれるためと、駅前のコインロッカーに置いて取りに行くのもだるいからだ。
あと、場所を借りる立場なので、あらかじめ俺の両親に挨拶を済ませておきたかったらしい。
そこらへんは主催者である萌花が先陣切って対応していた。
……萌花って、そのへん常識人だよな。
「あ? 失礼なこと思っただろ?」
思いっきり、睨まれた。
思考を読むのは止めてください。
一秒だけ、目を合わせただけじゃん。
俺ってそんなに分かりやすいのか?


家に到着してからは、母親と一悶着ありつつ、家から追い出す。
夫婦水入らずのディナーに行った。
クリスマスとはいえ仲良しなことである。
妹の陽菜は陽菜で、友達の家でクリスマス会をしに行った。
陽菜は中学生なので、兄である俺が八時過ぎに迎えに行くことになったが、八時まで居ない方が百倍は有難いから許してやろう。
五月蝿いやつだから、俺の知り合いに会わせたくないしな。

よんいち組のメンバーは、何度か家に遊びに来ているので、特に説明することなく案内し、リビングで準備を始める。
大人数用のコップや皿はないため、紙コップと紙皿を用意する。
そっちの方が衛生的だし、片付けまでちゃんと各自で行うのが母親とのルールなので、極力汚さないようにしておく。
ぶっちゃけ、ゴミが出るとかそんな些細なことを気にする母親ではないが、多少ルール付けして罪悪感を減らしてくれているのだろう。
他人の家で好き勝手に飲み食いするのは、敷居が高いからな。
食器を割らないように、紙コップと紙皿を使う。
汚したら自分達で片付ける。
そっちの方が気楽だ。
「すまない。飲み物は買っといたから、足りそうか確認しといて」
秋月さんにお願いする。
「飲み物は、大丈夫そう。あれ? ケーキは取りに行くんだっけ?」
「伝票を持っているから、落ち着いたら取りに行くよ」
小日向には買っといたお菓子をテーブルに移してもらい、萌花にはまだ来ていない連中とのラインのやり取りを任せる。
「東山、私は何をすればいい?」
白鷺は……。
「秋月さんと一緒に出来合いのオードブルの用意頼めるか?」
「ああ、分かった」
その間に俺は自転車でケーキを取りに行けば丁度いい。
「俺はケーキ取りに行くわ。他の人が来たら、入れちゃっていいからよろしく」
「……東山くん、家の人が誰もいなくなるのは不味くない?」
知り合いとはいえ、防犯の意味で言ってくれているのだろう。
でもまあ、このメンバーだし。
「ん~、いいんじゃない? 信頼しているし」
暇になれば俺の部屋を荒らすくらいはしそうだが、分別は付く奴等だからな。
そもそも信頼していなかったら家に誘わないものだ。
「取り敢えず、よろしく。小日向、テレビとかネトフリ付けてていいよ」
「はーい」


ケーキを取りに行って帰ってくると、小日向に玄関で出待ちされていた。
「じゃーん。お帰りなさい」
小日向はサンタクロースのコスプレをしていた。
「いや、人の家でサラッと着替えるなよ」
誰も見ていないにせよ、羞恥心とかないのかな。
一応、男の家やぞ。
確認くらい取って欲しい。
「ちゃんと確認取るために、ラインしたよ~」
「あ、そうなのか? 自転車だったし見てなかったわ」
じゃあ、小日向は悪くないか。
ちゃんと謝っておく。
「見てなくて、すまない。……あと、サンタコス似合ってるぞ」
「いいでしょ! 読者モデルの間でも人気高いブランドのやつなんだよ~」
フード付きのケープと、スカートのワンピース。
肌の露出が少なめの物ながら、可愛く見える。
ハロウィンの時といい、ファッションが好きなやつである。
SNS用に上げるためもあるのだろうが、イベントを全力で楽しめるのはいいことだ。
嬉しいのは分かるが、流石にスカートヒラヒラさせるのは止めてくれ。
下着が見えるわ。
流石に付き合いが長い小日向にはドキドキもしないから、きついっす。
「ケーキ買ってきたぞ」
「わあ、なにケーキ?」
「木のやつ」
「あ! ブッシュドノエルだね」
「よく分からんけど、多分それ」
俺の家のクリスマスは、それを食べるのがトレンドらしい。
陽菜が好きなやつで、毎年このタイプを買っている。
俺はケーキは食べないし、一切れくらい取っといてやるか。
小日向と話ながら玄関からリビングに移動する。
「ケーキ冷やしておくから預かっておくね」
秋月さんに手渡す。
「ねえねえ、中身見たい」
「みんなが集まった後でな」
「え~」
小日向が五月蝿いが無視しておく。
まだ他の人は来ていないが、全員優秀なので準備万端。
テーブルにはオードブルと飲み物が用意されていた。
「みんな、何かしら買ってきてくれるってさ。ちょい遅れるっぽい」
制服から着替えてくる人もいるらしく、準備が終わるまで時間を潰して気を遣ってくれていた。
「まじか。じゃあ急ぐ必要もなかったかもな」
朝一から色々やってもらって悪いと思っているため、気まずい。
「来る前にもえ達でプレゼント渡しとく?」
「今やるのか、ここで」
早くないか。
「全員の前で直接渡す?」
「それはちょっと」
「ハッキリせいや」
今日の萌花は荒ぶっている。
……じゃあ、プレゼントするか。
悩みながらもちゃんと選んだつもりだが、お気に召さないと困るんだよな。
可愛い女の子が好きな物とか、よく分からんからさ。
俺の部屋から置いておいたプレゼントを持ってきて、手元に置く。
え?
俺から渡すの?
「じゃあ、小日向のから……」

小日向のプレゼント。
「わーい。ありがとう」
嬉しそうに受け取り。
「開けていいかな?」
「ああ」
クリスマス仕様にラッピングされた袋を、バリバリに開ける。
アメリカの子供かよ。
丁寧さが微塵も存在しない。
中からは小日向が大好きなブランドのマニキュアが入っていた。
複数のマニキュアがセットになっていて、クリスマスの限定品だ。
小日向は赤色のネイルが好きだし、店員さんは小日向が限定品を買っていないのを把握していた。
店頭から見ただけで、一目惚れに近いくらいに綺麗なマニキュアだったから、小日向に似合うと思う。
宣伝にも使えるしな。
プレゼントとしては最適だった。
「わあ! これ欲しかったんだ! この前見たんだけどね、予約でいっぱいみたいで買えなかったんだ。ありがとう!」
「そうか」
小日向は普通に喜んでくれていた。
素直に反応してくれるから有難い。
俺まで笑顔になる。
「大切にするね」
「普通に使ってくれ。その方が有難い」


白鷺のプレゼント。
「えっと、白鷺のはこれだな」
「ありがとう。開けさせて頂く」
白鷺はラッピングを丁寧に剥がして、紙の箱を開ける。
中には赤い花の髪飾り。
ブランドものではないが、白鷺に似合う綺麗なものを選んできた。
赤色ながらも、学校でも使えるような清楚なデザインである。
「可愛いな!」
「喜んでもらえて何よりだ」
白鷺に贈るプレゼントは、髪飾りにしよう。
最初から決めていた。
白鷺は、綺麗なロングヘアをいつも纏めている。
その印象があって、白鷺のプレゼントは迷うことなく髪飾りにした。
前からずっと、髪飾りには特別な想いもあるようだからな。
「大切にさせてもらう」
「ああ」
「直ぐに着けた方がいいか?」
「今度でいいよ」


秋月さんのプレゼント。
「いつもありがとう」
「こちらこそ、ありがとうね」
カードを渡す。
中身は映画館のギフトカードで、五千円分である。
「……ギフト券?」
「冬休みに新作のホラー映画やるから、一緒に観に行こうと思って」
「ああ、なるほど?」
疑問符が頭の上に浮かんでそうだった。
最初はキッチングッズや、バスグッズにしようかと思ったんだが、好みが分かれるのと、休日は大体俺の家に居るので、使うか分からないものは止めておいた。
理由はちゃんとあるんだが、腑に落ちないのか、表情が暗い。
「えっと。そうだ。五千円分なら、三回は映画が観れるよ」
「それは分かるけど……。そうだ、三回とも映画に付き合ってくれる?」
「もちろん」
「なら許してあげる」
許してもらえた。
よく分かんないけど。


萌花のプレゼント。
「はい。もえの分」
「せんきゅ」
ギフトカードを献上した。
肩肘を付いて頭を垂れる。
萌花は、中身を確認する。
「は? 図書カード?」
「漫画が好きだろう? 好き嫌いがハッキリしているもえ的には、色々と選べた方がいいと思ってさ」
「そーだけど。今日は、クリスマスだぞ? この場に普通さなど誰も求めていないぞ?? センスなくとも怒らんし。あと全体的にれーなと被っとるやんけっ!」
滅茶苦茶キレていらっしゃる。
宥めるが無理である。
血のクリスマスだ。
「せめてオススメの漫画を買ってくるとかあるじゃん」
「……そうだけど、俺が好きな漫画は全部教えているし」
萌花は、漫画ランキング上位の作品とか、逆張りで頑なに見ない人間じゃないっすか。
俺が好きなやつは全部貸しているので、買ってまでプレゼントするほどではない。
何かいいのがあれば、二人で共有すればいい。
オタクあるあるだ。
そうなると、好きに使える図書カードになってしまうわけだ。
「じゃあ、もえの漫画を買いに行くのに付き合うのと、その時に昼飯を奢るで手打ちにしといてやる」
「ああ、うん……」
俺に拒否権はない。
萌花の期待に応えられなかったみたいだったので、静かに言うことを聞いておく。


早急に映画の予定と、漫画を買いに行く予定を入れた。
気付いた頃には、俺の年末年始の予定がギチギチに詰め込まれていく。
休みなくない?
「あ、ここの予定空いてるね。埋めとくよ」
あと、隣のサンタコスの奴は、混乱に乗じて遊びに行く予定を入れるな。
小日向は、手帳の空いている日にちに名前を書く。
白紙のところはイラストを描く日だから別に暇じゃないわ。
わちゃわちゃしていたら、よんいち組からプレゼントをもらう前に、玄関のチャイムが鳴る。
「あ、私が出てくる!」
サンタコスのやつが対応するなよ。
って、言う前に小日向が玄関に向かって行った。
まあ、知り合いだからいいか。

真島さんが開口一番。
「いやあ、扉が開いたらサンタコスの風夏ちゃんが出てくるのヤバイでしょ。心臓止まったわ」
「東山くん、お邪魔しますね。あ、これ差し入れ。ケーキ足りないと思って買ってきたわ」
「ああ、ありがとう」
西野さんは相変わらず気が利く。
その後に、一条と黒川さん達もやってくる。
「お邪魔します」
「はろはろ~」
「東山、ケーキ買ってきたよ」
「ああ、ありがとう」
どん。
どん。
どん。
またケーキが届いた。
テーブルに並ぶ三つのホールケーキを見ながら、沈黙していた。
食べ切れるか分からん量である。
みんな、甘いものを買ってくるのは何なんだ?
キャンプとかで食材が足りないと思っていっぱい持ってきて、やばくなるやつと同じだった。
生菓子だから残すわけにもいかないし。
「ホールケーキくらいなら、ひとりでいけるよ!」
胸を張るな。
いや、お前は読者モデルなんだからカロリー制限しろよ。
ひとりでいけるよ、じゃねぇよ。


全員が揃ったところで挨拶をする。
「クリスマス会にお集まり頂き誠にありがとうございます。食べ切れないほどの差し入れありがとう。短い時間ではあるけれども、存分に楽しんでいってくれ」
「かてぇ」
「固すぎる」
「ハードグミかよ」
俺に挨拶言わせといて、ヤジを飛ばしてくるなよ。 
「みんな緊張するのは分かるが、ソファーに座ってくれよ。自分の家みたいに寛いでいいからさ」
立ちっぱなしで居られても困るわ。
「まじ? お言葉に甘えるよ」
「ありがとー」
真島さんと白石さんはそう言い、ソファーに飛び乗り気味で寛ぎ始める。
休日の昼間のおっさんみたいなだらけ具合である。
自由にしていいが、だらけ過ぎてスカートの中が見えそうになっていた。
……女の子としての節度は持って欲しい。
白石さんと真島さんも、萌花と一緒になって、お菓子を食べながらクリスマス特番を観始める。
図々し過ぎて、西野さんが嘆いている。
「……他の人の家でよくもまあ、そこまで寛げるわね」
「え? なんで? 東っちが、くつろいでいいって言っていたし」
「ものには限度があるわよ」
真島さんが変な意味で肝が据わっているのは最初から知ってるので、全然気にしていないが。
西野さんは、親友として見過ごせないのか、注意をしていた。
コンビの真面目な方の人は大変だよな。
「あ、いや、別にいいよ。他人行儀よりかは気楽だから、好きにしていいよ」
「東っちはそう言っているし、いいじゃん」
隣の萌花は一言吐く。
「アホだから気にしていないだけだぞ。他の人には、普通にやっちゃダメだからな」
萌花よ、俺のことをアホって言うなよ。
あとお前もソファー占領しているじゃん。人のことをよく言えるものだ。
「え~、もえぴも白っちも同じことしているじゃん」
「もえはやることやっているからな。多少の無礼も許されてるん」
「私は私だから。何者にも縛られない」
進撃の巨人みたいな台詞を吐くなよ。
白石さんも大概やばい。
かなりの天然っぽいけど。
三人を呆れた顔で見ている、保護者の方々の苦労は堪えない。


クリスマスの特番を見ながら、オードブルに手を付ける。
チェーン店の市販のもので悪いが、手作りが食べられない人がいるかも知れないので仕方ない。
その分、豪華なオードブルを用意した。クリスマス定番のチキンや、ソーセージやポテトまで付いていて、お子様が好きそうなラインナップである。
もちろん、小日向に好評だった。
ケーキも三種類買ってあるので、好きなものを各自で食べている。
まあ、食べるのがメインの集まりではないため、軽食を楽しみつつ雑談しているか、テレビに合わせてクリスマスソングを歌っている輩が多い。
萌花に至っては、俺の部屋から漫画を持ち出している。
「食べないの?」
小日向は、コーヒーを飲みながらゆっくりしている俺の隣にいた。
パクパク食べながら、問いかけてくる。
いや、ガチで食べているのはお前くらいやぞ。
チキンが三本くらい消化されていた。
ケーキも全種類制覇しているのは小日向だけだ。
「ん~、甘い物は苦手だからな」
「みんなが買ってきてくれたんだし、一口くらいは食べた方がいいよ」
そうか。
みんなが買ってきてくれたものだしな。
一口くらいは食べるのが礼儀か。
「はい。あーん」
「何で小日向の食べかけなんだよ」
「え? 新しいのから取るのは、もったいないじゃん」
「そうなのか?」
切り分けたケーキを崩すのもマナー違反らしい。
食べるなら全部である。
小日向の目からは、あーんにおける鋼の意志を感じたので断れない。
「あーん」
「もぐもぐ」
イチゴのショートケーキ。
果物が甘酸っぱい分、ケーキとしての甘さが強調されずにいて、いい感じに美味しい。
間に入っているイチゴムースが濃厚だ。
一口くらいならありだな。
「美味しいでしょ」
「いいね。食べて正解だわ」
「でしょでしょ。他のケーキも美味しいよ」
残りのケーキも食べるのを進めてくる。
流石にそれは……。
やり取りを見ていたのか、白鷺と秋月さんが他のケーキも持ってくる。
「東山、やっと食べる気になったのか。これも美味しいぞ」
「ブッシュドノエルも食べて?」
イチゴのショートケーキでも甘いのに、本格的なチョコレートが畳み掛けてきた。
俺からしたら、チョコレートなんて、黒い凶器にしか見えない。
この場で食べなかったら、立場が脅かされるやつやん。
あーんしないとダメなのか? 
「早く食べて?」
絶対に必須らしい。
無言の圧力を感じる。
二人の分も一口頂く。
「美味しいだろう?」
「美味しい?」
強烈に甘いチョコの風味が口の中に広がり、美味しいとかは分かんないわ。
口の中で甘味が爆発していた。
チョコレートパーティーだ。
俺の舌の上で、ブレイクダンスを踊っている。
「うん。美味いよ」
それを聞いて喜ぶ二人だった。
美味しかったけど、もういらないかな。
コーヒーでも淹れ直して、口の中の甘さを流そうかな。
「あーん」
もえぴいぃぃぃ。
彼女のケーキは、ワンブロック。
悪魔だ。


俯瞰視点。
プレゼント交換。
「やーやー、司会進行はもえがお送りします。クリスマスの聖夜にケーキをあーんしてもらっている不届き者がいますが、気にせずプレゼント交換を開始するよ」

どんどんぱふぱふ。

部屋の端に置いておいたプレゼントを持ってくる。
十人分のプレゼントとなるとかなりの量になるが、逆にそれがクリスマス感が出てくるものだ。
「一人だけサメのシルエットが見えているけど大丈夫か……?」
ハジメは真面目に引いていた。
その中で一際目立つぬいぐるみがある。
サメンタだ。
紙のラッピングがしてあっても、サメのフォルムが目立ちまくりだ。
本来ならば買ってきたやつの神経を疑うレベルだったが、風夏や冬華あたりは可愛いと言っている者もいるので、女子高生のセンスとしてはありなのかも知れない。
陽キャがありと言えば、ありになる。
「交換のルールは簡単。ぐるぐる回してストップしたらそれが自分のものになるからよろしく。自分のが自分の前でストップしたら言って」
萌花はBGMを流して、取り仕切る。
プレゼントを横の人に回しながら、誰のプレゼントが貰えるかワクワクしながら楽しみにしていた。
貰っても困らない実用的なものを望む人が多いのと、可能であれば常識的な人間のものが好ましい。
頭がぶっ飛んでいる人間が何人かいるので、そのゾーンは極力避けていた。
サメはない。
最速で横に投げ付ける。
宙を舞うシャークネード。
「あ、ちなみにプレゼントのセンスが一番やばいやつは罰ゲームがあるからよろしくな」
もえぴぃぃぃ。
突如始まるデスゲーム。
萌花の罰ゲームなど、想像するだけで穏やかではなくなる。
物理的な罰であればまだマシだ。
最悪なのは公衆の面前で一発芸をやらされたり、メンタルにダメージが与えられるものだ。
この世界において、精神攻撃は基本である。
麗奈の形相が険しくなっていた。
流石、親友だけあり、この後の展開がどうなるか分かっているのか必死だった。
いや、逆に存在を無にすることで難を逃れようとしていた。
自分の心臓を止めてでも、気配を消していた。
BGMが止まり、手元のプレゼントを見る。
みんな、ラッピングにより誰のプレゼントかは分からないが、自分のものではない。
「一人ずつ名前を呼ぶから、開けてって」
序盤は野郎が指名される。


「え? 俺から?」
いきなりの展開で、ハジメから開けさせられて、困っていた。
「時間が押すから、はよ開けろ」
「ええ……。理不尽……」
水色のタンブラーが入っていて、保温性が高い真空構造である。
熱々のコーヒーを淹れても長時間温かいままだ。
「マジか! これ当たりじゃん! めちゃくちゃ使えるよ。え~、有難いわ」
ハジメは、欲しいプレゼントだったらしくはしゃいでいた。
コーヒーを含めてその手のグッズなら何でも嬉しそうにする。
「タンブラーで歓喜するとか、お前の頭はハッピーセットかよ。で、誰のプレゼント?」
「私のだけど」
ハジメが貰ったタンブラーは、西野さんのプレゼントであった。
「西野さんありがとう。大切にするよ」
「そう? 最初はマグカップにしようかと思ってたのだけど、タンブラーにして良かったわ」
ハジメが西野さんを褒めまくると他の女子がピリ付くので、早めに切り上げる。


次は一条のプレゼントだ。
中身は映画のブルーレイ。 
開ける前に誰のプレゼントか、説明する。
「それは私のプレゼントで、面白いと思った映画を布教しようと思ってそれにしました」
ホラー映画。
チェーンソー。
自爆エンド。
クソ映画マイスター。
秋月麗奈のやばい中身を知っている人間は、ざわつく。
麗奈は、クラスでは普通の女の子を装っているが、負けじと劣らぬ狂人だ。
性格がやばい方のハジメと萌花ですら、彼女には勝てない時があるのだ。
何かあったら止められるように身構えていた。
アイコンタクトをする。
「大丈夫。普通の映画だから」
「なら大丈夫か……」
一条は中身を開けてみせる。
「なるほど。○○○○ーの映画か」
全部伏せ字。
何も説明出来ない。
「れーな! 全然駄目じゃねーかよ!」
「秋月さん?! 最大級のホラーだよ!!」
絶対に名前を呼んではいけない。
リアルにやばいやつだった。
この世で唯一無二の特級呪物だ。
麗奈は、ホラー映画以上の狂気を投げ付けてくる。
強肩かよ。
「れーな。現状、罰ゲーム候補な」
「え、何で……」
キャラクターものならプレゼントとして鉄板かもしれないが、この世界ではその選択はダメだ。
消される。


「次はわたし!」
白石さんは、箱を掲げる。
中身を開けると、小さなビンが出てくる。
「あ、それは私のやつ!」
風夏が選んだプレゼントであり、香水だった。
爽快だけどちょっと甘い匂い。
女の子っぽい雰囲気がある。
「風夏ちゃんに強く抱き締められて、優しく包まれているような匂いだね。大切に使うね」
「うん?? よく分からないけど、喜んでもらえてよかったよ」
あの小日向風夏が戸惑っていた。
白石さんはとても真顔で。
本気なのか冗談なのか分からなかった。
もらう相手が悪すぎる。


「はい。次」
「あ、私だね」
黒川さんが開けると、中からは可愛いキャラクターものの小物入れが出てくる。
全員が全員、冬華が選んだのだろうと察した。
「わあ、可愛い」
「うむ。私のプレゼントだな」
「白鷺さんありがとう。とっても可愛い」
「こちらこそだ。可愛いもの好きの姫鞠がもらってくれてよかった」
「筆箱代わりに使ってもいいかな?」
「ああ、もちろん」
二人は、文化祭の準備期間から仲良しである。
他の人が見ても、ほっこりする。


「次はわたしかぁ」
真島は袋を開ける。
中身はハンドクリームとバスグッズのセット。
「え~、誰のプレゼント」
「俺のやつだよ」
「一条くんのやつなの? ありがと!」
無難ではあるが、貰って嬉しい内容であった。
一条のプレゼントは普通過ぎるのと、ハジメと違ってプレゼントを弄りづらいのでサラッと流しておく。


「私の番ね」
麗奈が中身を確認する。
リップクリームだった。
「もえのだな」
「チッ」
「れーな、何か言ったか?」
「いえ、何も?」
怖い。
完璧に舌打ちであった。
プレゼントしたリップクリームは、二千円相当の高級品なので、乾燥する冬場には重宝するだろう。
特に女の子は唇が乾燥すると可愛くないため、ケアしないといけないわけだ。
リップクリームなら何本あっても困らない。
「キスする時に使って」
突如、バトルが始まる。
この二人は、誰も止められない。
「東山くん止めて」
「無理っすわ」
でもちゃんと二人を止めに入るハジメであった。


「私だね」
風夏のターン。
中身を開けると、可愛いフォトフレームが出てきた。
黒川さんのプレゼントだ。
「わぁ、可愛い!」
「写真立てならみんな使うかなって思って」
「うんうん。一番いい写真を飾っちゃうよ」
文化祭では印刷された写真を高橋からもらっているし、そのまま有効活用出来る。
みんなの思い出を大切にする風夏ならば、一番嬉しいプレゼントと言えるのか。
「ハジメちゃんがカメラ持っているし、みんなで写真撮ろうよ」
「ん? ああ、そうだな。後で持ってくるよ」
一眼レフカメラを持っているのに、撮るのを普通に忘れていた。
高い買い物をしたのに、カメラを有効活用していないハジメであった。


「次は私だな」
冬華のターンだ。
抱き抱えているプレゼントは。
サメ。
開けるまでなくサメである。
それを普通に喜んでくれるあたり、冬華は純粋だった。
「わたしだ」
真島が偉そうに名乗り出てくる。
中身を開けると可愛いサメのぬいぐるみが出てくる。
「なるほど。サメがサンタの帽子を被っているのか。素晴らしく可愛いな」
「これはね、サメンタだよ」
サメ×サンタでサメンタ。
正式名称なのかすら怪しいが、それで定着していた。
それを可愛いと言っている冬華のセンスを疑いながらも、お嬢様なので独特な感性を持っているのだろう。
でも、サメのぬいぐるみを抱えている冬華は可愛い。


「次は私ね」
西野さんは、袋から取り出した。
中には可愛い猫の折り畳み傘が入っていた。
「え、普通に可愛い」
「わたしだ」
白石さんが選んだプレゼントである。
取っ手には猫の可愛い顔になっていて、傘の絵柄にも猫の小さな顔や、走り回る姿が描かれていた。
くるくる回すと、実際に走っているように見えるのだ。
とても可愛い。
「白石さんって可愛いの好きなの? 変なもの選んでいると思っていたわ」
「まあ、プレゼントだし。変なものは選ばないよ」
「変なものを選んでいる人もいるけどね」
親友をディスるが、事実である。
サメのぬいぐるみを喜んでくれる人に渡ったから良かったが、いらない人の方が大半だ。
「なんでや。サメ可愛いやろ」
「貴方の中ではそうなんでしょうね」
「冷めたチキンかよぉ」


「んじゃまあ、最後はもえな」
「あ~、俺のやつか」
「ちょっと黙ってて」
「すみません……」
立場が弱いな、こいつ。
完全に尻に敷かれていた。
萌花は中身を開けて、くまのブランケットを取り出す。
「お~、可愛い系か」
「色々プレゼント候補を選んだんだが、これが可愛いと思ってプレゼントにしてみた」
ハジメは、自分のプレゼントが萌花に当たるとは思っていなかったが、可愛いものに拒否反応は示していないので大丈夫そうだ。
「あったかそうだな」
「授業中寒いだろうし、使ってくれ」
「でも、これは可愛すぎて学校では使えないわ。んでも、家で使わせてもらうっしょ。ゲームする時は寒いし」
「そうか」
何だかんだ、気に入ってくれているようであった。
萌花は、いらない物ならいらないと断言する性格故に、ちゃんと使ってくれるだろう。


「みんないいプレゼントばっかりだね」
「罰ゲーム候補なんていないレベルだよな」
そう話していたが、そうもいかない。
「罰ゲームは一条な」
「何で!?」
「全体を通して見ても、普通過ぎるから」
理不尽過ぎる理由で、罰ゲームを向かえるのだった。
それでも罰ゲームを断りづらい空気が流れていて、一条は素直に苦すぎるお茶を飲み干す。
運動部だけあってか、男気が溢れていた。
「え、不味い」
十数回以上不味いとしか言わなくなる一条だった。
さっきまで楽しそうだったのに、テンションが駄々下がりだ。
不味すぎると人間は簡単な言葉しか話さなくなり、最後には黙るらしい。
それを見て、ゲラゲラ笑っている萌花達であった。
ハジメは悪魔的な馬鹿笑いをしている奴等に極力絡まないようにして、一歩引いていた。
その瞬間を見逃す萌花ではない。
「三袋あるから、東っちも飲む?」
「え?」
不意打ちを喰らう主人公。
逃れられない運命。
苦すぎるお茶。

つづく。
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