この恋は始まらない

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第三十一話・クリプレ選びと恋模様

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クリスマスとは。
陰キャの俺には、いまだによく分からないイベントである。
毎年家族と過ごしている身だ。
他の誰かとクリスマスを過ごすのは初めてであり、勝手が分からない。
プレゼントを選ぶ前に、クリスマスの雰囲気溢れるショッピングモールに出向くところから難易度が高い。
俺がイベント事が苦手なのを知ってか、特に萌花から釘を指されていた。
自分が好きなコーヒーをプレゼントしようという矢先だったため、一から選び直しだ。
一条も同じ感じのようで、自分だけでプレゼントを決めるのは大変そうだ。
優柔不断というか、悩むと時間が掛かるやつだからな。
萌花は、俺と一条の性格を把握して、ちゃんと選べと言いたかったのだろう。
苦しんで悩むことに意味がある。
萌花大明神はそう言いたいのだ。
ただ、それが難し過ぎるんだよな。
要求レベルが高い。
決まった相手に渡すプレゼントであれば、イメージしながら選べるが、プレゼント交換の関係で誰が貰っても嬉しいものは難しい。
俺のクラスの人達は、感性が豊か過ぎて変人ばかりなので、普通のプレゼントでは満足しないはずだ。
奇をてらった物を探していたが、一条が止めに入ってきた。
「東山、普通のプレゼントで大丈夫だからね? ジョークグッズは買わなくて大丈夫だよ?」
「そうなのか?」
「ほら、半分は常識人だから。普通のプレゼントがいいよ」
一条は精一杯にフォローしているのだが。
常識人が半分しかいない事実よ。
悲しくなるわ。
「なるほど。普通のクリスマスプレゼントね」
ああ、駄目だ。
最近の流れから普通という言葉が、ネタに走り逆張りしろと神からの啓示を受けているような気がしてしまう。
パンパンッ!
頬を叩いて気を引き締める。
あれだけ注意を受けたのに、変なものを買ったら萌花に殺される。
俺達の目的を忘れてはならない。
クリスマスプレゼントのチョイス次第では、容赦なく男としての評価が落とされる恐れがある。
楽しいイベント要素などない。
如何に失敗しないかが重要なのだ。
可愛い女の子ばかりと言えども、女子が八人もいる時点で地獄だ。
「よし、プレゼント選ぶか」
「おー!」
野郎二人の方が楽しい。
男同士なら気兼ねなく遊べるから、素を出せる。
怒られないし。
女の子相手だと、下らない冗談も言えないからな。
バレたら殺されるやつだ。


クリスマスソングが流れるショッピングモールで、野郎二人は楽しく買い物をしていた。
女子が喜ぶものはやっぱり分からないため、色々見ながらフィーリングに合うものがないか探す。
「あ~、ブランケットかぁ」
予算内で収まるのと、誰が貰っても嬉しい。
可愛いキャラクターもので、厚手だからけっこう温かい。
くま好きなやつは多かったから、ありだな。
候補に入れておく。
「東山はブランケットにするのかい?」
「ん~、候補にしとく感じ」
「そっか。即決はしないのか」
「悩んで決めないと、怒られるだろうからな」
適当に選ぶと、無駄に仲が良いだけあってか秒でバレる。
萌花に釘を指されたのだって、俺達の性格を把握しているからである。
俺はコーヒーが禁止され、一条は自分で決めなくてはならない。
手足もがれているけど。
そのせいか、プレゼント選びはかなり悩んでいた。
安全な策を封じることで、自分に足りない部分を気付かせてくれる。
なるほど。
流石、萌花だけあってか頭が良い。
口悪く言っていたが、結果的に俺達のためになっている。
ツンデレってやつだな。
いや、そこまで考えてはいないか。
「それはいいとして、一条はどうなんだ? いいやつあったか?」
「ハンドクリームか、練り香水にしようか悩んでいるんだけどね」
「練り香水?」
「缶に入ったクリームを手首やうなじに塗るといい香りがするんだよ」
「へえ。女子にはそういうの人気なのか」
ファッションには詳しいが、コスメはあんまり知らんからな。
「薔薇とかジャスミンの香りとかがあって睡眠前のリラックスにもいいと思うんだ。それに、可愛い女の子からいい匂いがしたらドキッとするよね?」

ーーこいつ、かなりキモいな。

可愛い女の子からいい匂いがしたらドキッとしてしまうし、一条の言葉を否定はしないが、クリスマスプレゼントにこれを選ばせるのはやばい。
俺の心の中のもえぴが言っている。
一条を殺してでも止めろと。
「よく分からんが、ハンドクリームでいいんじゃないか? 冬の時期だし、みんな使うだろうしな」
「そうだね。無難だけどみんな使うかもね。……香りは何にしようかな。数種類あるみたいだから悩むね」
「……俺は、シンプルなのがいいな」
「そっか。東山に渡る場合もあるから、女の子っぽい香りはまずいよね」
別に俺は薔薇の香りとかは気にしないけどね。
「じゃあ、これを買ってくるね」
ハンドクリームだけだと予算が余るので、同じブランドの入浴剤とセットにしてもらっていた。
女性店員さんが妙に優しいのは、一条がイケメンだからだろうか。
しれっと試供品の乳液とかを貰っていた。
小日向とかの美人組も同じ感じで色々貰っていたので、顔のいい奴の特権みたいだな。
俺には縁がない世界だ。
俺もさっき見ていたブランケットを購入して、クリスマス用のラッピングを済ませる。
袋と中身を潰さないように気を付けて持つ。

「よし、何とか一段落着いたね」
ほぼ一条が悩んでいる時間だったが、自分一人で決めたのでえらい。
あの選べんボーイの一条がここまで成長するとは、いいことだ。
「さて、帰るか」
「え? まだ始まったばかりじゃないか」
「は?」
何を言っているんだ?
俺達二人でデートでもするつもりか?
二人の夜は長い。
そんな展開は誰も望んでいないぞ。
「黒川さんにクリスマスプレゼントを用意しないといけないからさ」
「ああ、なるほど」
「東山も小日向さん達にプレゼントを買うんだろう?」
「え? ああ、そうだな……」
「東山、それはやばいよ」
許してくれ。
すっかり忘れていた。
コミケの準備が忙しかったのと、クリスマスと縁がない人生なので、友達と飯食べてプレゼント交換して終了だと思っていたわけだ。
俺が直接誰かにプレゼントするなんて、普通に考えるわけがないのだ。
「とりあえず、今日一日かけてでも決めないとね!」
「すまないな。それで、黒川さんには何を買うつもりなんだ?」
一条の話を聞くと、五千円を目安にプレゼントを選ぶみたいで、黒川さんの好きそうな可愛いものを探していた。
黒川さんは美術部でも大人しい人だから、さりげない贈り物が適している気がする。
「ぬいぐるみとか、アクセサリーとかがいいかなって思うんだけどどうかな?」
「いや、どうなんだろ……。ぬいぐるみやアクセサリーは趣味が分かれるし、他の方がいいんじゃないか?」
日常的に使わないものを貰っても困るからな。
なら、手軽に使えるものを買った方がいい。
とはいえ、一条が悩んで決めるべきプレゼントなので、あまり口出ししにくい。
なんてったって、付き合っている彼女に贈る物だからな。
「まあ、黒川さんはいい人だから、一条が決めた物なら喜んでくれるだろう」
「黒川さんが喜びそうなものがあればいいんだけどね」
そこは一条の方が詳しいと思う。
二人で駄弁っている時間もないので、回りながら話すことにする。
それからずっと一条の買い物に付き合う。
ショッピングモールは三階建てとはいえ、二時間も居れば大体のテナントを回ってしまう。
一条は優柔不断なので、買い物が長いのは仕方ない。
でも、黒川さんのプレゼントの決定権を俺に委ねてくるのは止めてくれ。
萌花が釘を指してきた理由がよく分かる。
一条には、自分で決める重要さを理解してほしい。
俺がよんいち組の全員分のプレゼントを選ぶ方が早そうだわ。
一条に付き合い、色々回ったおかげで、良さそうなプレゼントは大体把握した。
よんいち組とは付き合い長いし、毎日のようにラインする奴もいるから、好きな物は知っている。
逆に、文化祭からしか交流がない一条と黒川さんの方が、好みを把握して選ぶのは難しいのかもしれない。
実際に、二ヶ月しか経ってないので初々しいというか、まだ気を遣っているのか。
高校生らしい青春だな。
それはそうとて。
ーー、はよ決めろや。
このままだと、ショッピングモールの閉店時間になるわ。


その日の夜。
母親にはちゃんと連絡を入れて、九時過ぎに帰宅した。
だるかった。
両手にプレゼントを抱えて帰るのは辛かった。
今度、一条にジュースでも奢ってもらおう。
ご飯を食べて風呂に入ったあたりで、萌花からラインが来る。
『どうよ?』
『さっき帰宅した。今は風呂に入っている』
『笑。九時までって、くっそ長いじゃん。そんなに悩んだの?』
スマホ越しで顔は見えないが、大爆笑してそうだ。
サプライズ感が薄れるのでプレゼントの内容はあまり話さないようにしつつ、ざっくりと説明する。
『ほうほう。サプライズだし、その方がいいかもね』
『萌花に説明している時点でサプライズじゃないかも知れないがな。そんな感じで、クリスマス当日に渡すからよろしく』
『おけぴ。テキトーにいっとくわ』
『普通によろしくな?』
萌花に任せると、嫌な予感がする。
悪いやつではないが、素直に事を済ますとは思えない。
『え? なんだって??』
とぼけた顔のネコのスタンプを送ってくるな。
訳わかんねぇよ。


翌日。
ホームルーム前。
「は?」
俺の机の前に小日向が来た。
あ、こいつクリスマスプレゼントが貰えると聞いて、待ち切れずにいるタイプだったわ。
わくわくが止まらない。
「いや、早いわ」
一週間くらい待っていてくれ。
七回寝て起きればクリスマスだからさ。
「しょぼん……」
一瞬で天国から地獄に叩き落とされたかのような表情をしていた。
何で俺が悪いみたいな空気になっているのか。
クリスマス前にプレゼントを贈る奴なんていないだろうに。
おい、目の前に白鷺が増えたぞ。
「わくわく」
「わくわく」
こいつら仲良しかよ。
あ、親友だったわ。


よんいち組サイド。
「今年の仕事は終わり!」
「うむ。風夏、お疲れ」
「やーやー、ありがとう」
よんいち組(陰キャ不在)で、風夏の労いとクリスマスプレゼント選びを兼ねて駅前まで遊びにきていた。
当初は新宿や渋谷に買い物に行く案もあったが、移動時間が勿体ないので地元で済ませることにした。
師走の時期にわざわざ都心に行き、人混みに揉まれてボロボロになる必要もないだろう。
それに、交換用のプレゼントをみんな駅前のショッピングモールで買っていたので、それに合わせて選んだ方が楽しいはずである。
風夏と冬華は楽しそうにはしゃぎ、麗奈と萌花はそれを見つつ平然としていた。
「交換用のプレゼントはもうみんな買っているでしょ? 今日は東山くんにあげる分を選ぶ感じで、予算は五千円くらいだっけ……?」
「なんつーか、貰う分と同じ金額をプレゼントするって謎っしょ」
「まあ、それが日本人の風習だから」
ギブアンドテイクに近い。
貰うのだから、その分をちゃんと返すのが大人の対応だ。
親とかが親戚同士でよくやっているアレだ。
相手はハジメなので、恋愛感情はなく、日頃の感謝の気持ちを込めてプレゼントしてくれる。
彼女居ない歴イコール年齢のアホなので、好意を示しても察してくれない。
可愛い女の子が隣に居ても無反応なくせに、そのくせ誕生日やクリスマスなどのイベントはちゃんとこなす世話焼き気質である。
漫画を描いている表現者からか、好意や尊敬に似た感情はちゃんと口に出すので、性質が悪い。
「あのアホ、そろそろしばき倒しておく?」
「いや、理不尽だからね……?」
ハジメは、一眼レフカメラを買ったって嬉しそうにしていた矢先に、四人分のクリスマスプレゼントまで用意してくれているのだ。
強く言えるものではないだろう。
学生とはいえ、五千円のプレゼントは高くないかも知れないが、ハジメがその金額を捻出するのはかなり難しい。
同人誌に回すべき金額をわざわざプレゼントの為に使ってくれている。
コミケに向けて一日でも血眼になり指を動かすことに必死なのに、話し掛ければ暇そうにしてくれている。
ちゃんと経緯を知っている人間からすれば、ハジメがプレゼントをくれることは何よりも嬉しいわけである。
「でもあいつ絶対に忘れていたぞ。プレゼント買ったの一週間前だし」
「まあ、ずっと忙しかったし落ち着いたからプレゼントを買ったってことにしましょう」
ハジメがアホなのは重々承知だ。
それ以外で誇れるところがあり、惚れているからハジメが好きなのである。
好きな人なら、多少の欠点も見逃せる。
麗奈の破滅的なダメ男好きは今に始まったわけではないが。
萌花は、ドン引きしていた。
蓼食う虫も好き好きだ。
家族からの愛情に飢えている女の子はチョロい。
麗奈は好きな男の為なら貞操観念も緩そうなので、ある意味お堅いハジメがお似合いなのか。
最近の雰囲気からは進展しているようではなかったが、親友が幸せならそれでいいので、深くは追求しなかった。
真面目な人間ほど、誰かと仲良くなるのには時間が掛かる。
四月の時と比べたら、こんなにも仲良くなるとは思わなかったが。
萌花は、これ以上考えるのをやめる。
「とりあえず色々回ってみるっしょ!」
「おー」
今が楽しければいい。
萌花だとしても、クリスマスが待ち遠しいものだった。


普通にショッピングを楽しみ、クリスマスの雰囲気を味わいながら歩いていた。
風夏はクリスマスソングを口ずさみながら、軽快にスキップする。
仕事が終わったこともあり、いつもよりも上機嫌だ。
元々そういう季節感のあるイベントが好きなのと、クリスマスではサンタコスが着れる。
買い物袋の中には、道中で買った可愛い赤色のサンタコスが入っている。
麗奈は、途中で気付く。
「……あれ? 趣旨が変わってない?」
誰一人として、ハジメのプレゼントを買っていない。
一時間以上遊んだ後に、ふと思い出した。
手元にはタピオカドリンクがある。
「もうカルディで適当にコーヒー買って、プレゼントにしようぜ」
萌花に至っては、疲れたからか脳死である。
欲しいものをプレゼントするのが一番いいが、コーヒーが好きだからとそのままプレゼントするのは安直である。
「え~、四人が全員でコーヒー渡したら面白いじゃん」
萌花は変わらず雑な受け答えだが、根は真面目なので冗談である。
それでもちゃんとツッコミを入れる麗奈だった。
「全員って。二万円分の豆を貰っても飲みきれないでしょ……」
「じゃあ、コーヒー関係のグッズとかにする?」
「コーヒー関係ねぇ」
東山家では、普通にいいコーヒーメーカーを使っているし、コーヒー豆を挽くミルもある。
家族全員で使うものなので、充実していた。
「あ、そういえばコーヒー用のケトルが欲しいって言っていたかも」
「ケトル?」
「ほら、コーヒーって上からお湯をかけて少しずつ淹れるでしょう? 注ぎ口が小さいケトルでお湯注ぐと美味しいらしいの」
「へぇ、そんなものが欲しいのかね」
「まあ、好きな人は好きなんだと思う。コーヒーはこだわりたいって言っていたし。……よく分からないけど」
「れーなのプレゼントは、それでいいんじゃね? 普段の付き合いが多い、れーなから貰った方が、東っちも喜ぶっしょ」
分かりやすいアホなので、欲しいものをあげれば素直に喜んでくれる。
それに、プレゼントしたドリップケトルを使ってコーヒーを淹れてくれて、恋仲も進展するだろう。
麗奈は、策士である。
プレゼントをあげた以上のリターンが返ってくる。
日常会話で、何気なく欲しいと言っていた部分を忘れず、特別な日にサプライズしてくれる。
男子ならば、そんな女の子を嫌いなやつはいないだろう。
「……腹黒れーなだな」
「何でよ。邪な気持ちはないわ」
萌花とは違い、そこまで考えて選んではいない。
シンプルに喜んで貰いたいだけだ。

作戦会議。
結局、何をプレゼントするか情報共有をしていないので、よんいち組で円陣を組んで話す。
「私? 洋服かな」
「へー、ふうらしいな」
「ハジメちゃん、あんまり洋服持ってないみたいだし。私はプレゼント選ぶの得意じゃないから」
小日向風夏は個性が尖りすぎて、他人が欲しがるものがよく分からない娘である。
彼女が失敗せず、無難なプレゼントを選ぶとなると、ファッションに行き着く。
上着ならいくらあっても困るものでもないはずだ。
「ふゆは?」
「うむ。私は定番のマフラーでもプレゼントしようと思っていてな」
「お、いいじゃん!」
クリスマスプレゼントといえばの第一候補に上がってくる。
特に学校にマフラーを着けて来ているかで、マフラーを持っているか簡単に確認出来るので渡しやすい。
五千円以内であればブランド物のマフラーも購入出来るし、選択肢も多くなる。
「うむ。そうだろう! マフラーを編むのは初めてだったが、クリスマスまでには間に合いそうだ」
「え? 手編み?」
他の三人には持ち合わせていない。
女子力の高さをマジマジと見せ付けさせられる。
白鷺冬華のことは親友だから忘れていたが、いいところのお嬢様であり、誰もが認めるほどの才色兼備だ。
幼少期から幾つもの習い事をこなし、テニスやバイオリンだけではなく家庭に入る女性に必須な教養を身に付けている。
彼女が本気を出せば、手編みのマフラーを完成させることは簡単だ。
本来なら手編みしたものは重いと思われがちだが、時間と労力を認めてくれて純粋に褒めてくれる相手ならばありだろう。
「私は、サークル活動でもいつも世話になっているからな。お返しがしたかったからいい機会だ」
笑顔が眩しい。
お嬢様と呼ばれる由縁がそこにあった。
この娘が一生懸命に手編みのマフラーを編んでくれたら、男ならずっと大事にするだろう。
冬華だから許されるプレゼントだ。
他の女性が同じように振る舞っても、重く感じてしまうはずだ。
感謝の気持ちを素直に表現出来るのは冬華の美徳だろうか。
流石、お嬢様。

「んで、れーなはケトルだっけ。普通やな」
「ちゃんとしているのに、この仕打ちよ」
麗奈は相手の欲しいものを把握して選んでいるのに、萌花にディスられていた。
「そういう萌花は何にするのよ?」
「ん~、ムカつくから無しでよくね?」
分かるけれど。
「そういうわけにもいかないでしょ。ちゃんと選んでよね」
「まあ、もえは全員の買い物が終わるまでには決めるかな~。特に考えてなかったし」
「萌花が考えてないって、絶対に嘘でしょ」
クリスマス会を企画したのは萌花だ。
しかもハジメと風夏の仕事が落ち着くまで、他のメンバーで内密に進めていたくらいである。
忙しい人間にまで気配りが出来るやつが、プレゼントを考えていないわけがない。
「わかってたか」
「まあ、付き合い長いもの」
いがみ合うこともあるが、親友なのは変わりない。
それなりに色々ありつつも長く続いているのは、根本的な部分では信頼し合っているからだ。
目を見れば分かるものである。
バレてしまったら仕方ないといった表情をして、口を開く。
「アマゾンギフト五千円」
「ぜっっったいに嘘でしょ」
平気で嘘を吐く萌花だった。


「ねえねえ、お店に顔出してもいいかな?」
小日向は読者モデルとして契約しているコスメブランドのお店を指差す。
プチプラのコスメながらも学生から人気が高く、小日向がいつも付けているマニキュアもここで購入している。
店員さんとも仲良しであり、学生と社会人という社会的立場や年齢関係なく下の名前で呼び合うくらいだ。
「風夏ちゃん……」
先に店員のお姉さんが気付き。
「ここね、クリスマス限定のマニキュアがあるんだよ。めっちゃ可愛いから忘れずに買わないとね」
何も知らない無垢な顔をした風夏は、店員さんに挨拶をする。
「ダメなの! クリスマス限定は予約制だから風夏ちゃんには売れないの!」
血の涙を流してそうな苦悩な表情を浮かべながら、間髪入れずに断る。
「え? いっぱい在庫ありますよね?」
綺麗に陳列された数十個あるマニキュアのビンを指差す。
「違うの。これはディスプレイ用なの。……クリスマスまでは予約いっぱいだから、クリスマス終わったら買いに来てね?」
「あれ? 限定販売は二十五日までじゃないんですか?」
「お願い風夏ちゃん。何も聞かずに七回寝て起きてみて」
「え? なに??」
何としてでもクリスマス限定のマニキュアを買いたい読者モデルと、死んでも売れない店員さんのバトルが始まる。

「何あれ」
「……東っちがここで風夏のプレゼントを買ったんでしょ」
「ああ、なるほど。萌花、よく分かったわね」
「あっちに東っちのサインが飾ってあるじゃん。日付入っているし」
五十メートル以上先にあるレジのところに色紙が立て掛けられていた。
「あの距離で気付いたの? こわっ」
「あ? 何か文句あるんか??」
「いや、ないけれど」
荒ぶる萌花である。
それを必死に宥めているのだった。
白鷺も状況がよく分からないようで、こちらに聞いてきた。
「風夏のあれはどういうことなんだ?」
「えっとね」
麗奈が説明してあげる。
「そうか。東山がプレゼント用に買っていたから、店員さんが頑なに売らないのか」
「ねえ、ちょっと思ったのだけれど、クリスマスプレゼントにマニキュアってありなの?」
女性にコスメを贈るのは難しいものなような気がする。
「……ふうはこのブランドのマニキュア好きだし、東っちは把握しているっしょ」
仕事仲間であり、普段使っているものくらい分かるだろう。
最初に描いたイラストもマニキュアだった。
プチプラのマニキュアでも、二人の関係では特別な意味がある。
小日向風夏と東山ハジメの関係があってこそプレゼントとして成立するものだが、当のハジメはそこまで考えていなかっただろう。
たまたま風夏が持っていないものを贈っただけであったが、萌花は深読みしていた。
いや、その方がハジメの評価が上がるので上手く誘導をしていたのかも知れない。
「もえ達のプレゼントのハードルも上げておこう。ふうレベルのものを贈ってくれなかったらしばく」
「……絶対に、東山くんはそこまで考えていないと思うけど?」
「いや、違うぞ。東山は真面目な人間だから、贈り物となれば時間を掛けて選んでいるはずだ。仕事を含め、手を抜いているところを見たことがない」
冬華は、サークルメンバーとして何度も仕事をしているだけあってか、熱く語る。
くっそ過大評価されている。
高校二年の男子に求めるものではない。
ハジメは仕事は出来るタイプだろうが、私生活においては群を抜いてアホである。
けっして、空気が読める人間ではない。
とはいえ、冬華は数ヶ月かかるであろう手編みのマフラーをこの日のために用意するくらいに純粋だ。
冬華にその事実を突き付けるわけにもいかないので、上手く流しておく。
「まあ、東っちだし、時間を掛けて選んでいるかもな」
「ええそうね」
優しい嘘を付く二人であった。
「そうだろう! クリスマスが楽しみだな」
純粋無垢である。
同じ女子から見ても、冬華は可愛いものだ。
そんな純粋な冬華に変なものをプレゼントするつもりなら、どうなるか覚えておけ。
結託した女子は何よりも怖い。
ハジメが死ぬまであと七日。
七回寝て起きたら地獄が始まる。
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