この恋は始まらない

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第二十八話・京都と着物とよんいち組。そのに。

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俺達は食事を終え。
カフェから出ていく前に、萌花と外の様子を見る。
窓ガラス越しに外を確認すると、人混みはなくなっていて、外に出ても大丈夫そうであった。
「東っち。大丈夫みたいだし、取り敢えず外に出てみて」
ゾンビ映画だと、それ死亡フラグじゃね?
萌花の目を見る。
あ、こいつ。
俺なら死んでも大丈夫だと思ってそうだ。
「仕方がないか。どのみち誰かがいかないと始まらないしな」
「男前だね。東っち、そこらへん、躊躇しないよな」
「え? 俺にやって欲しいんじゃないのか……?」
「そーだけど、嫌なら嫌って言っていいんだぞ? わがまま言ってるわけだし」
「そうなの? これって、我が儘なのか? 可愛く甘えているくらいに思っていたけど」
母親や陽菜の我が儘に比べたら、萌花の我が儘はこちらのキャパシティを理解した上で言ってくれている。
可愛く甘えているくらいの認識でしかなかった。
萌花は好戦的な性格だから無茶苦茶な時はあるが、ツンデレだと思えば別に苦にはならないレベルだ。
裏表なく、内心が分かっている者同士なので、かなり気楽だしな。
「もえのこと可愛いって言うのは東っちくらいだぞ?」
「そうなのか?」
「いや、知ってるっしょ」
「ん?? こんなに可愛いのに言われないのか?」
小さくて華奢で女の子っぽくて、顔は愛らしいし、地獄レベルで口は悪いがその分気が利いて、ちゃんと意見も言ってくれて、間違っていたらダメ出しもしてくれる。
男子から見ても魅力的な女子力を持っているのに、可愛いって言われないのか。
「東っち。やっぱ、DNAレベルでアホっしょ」
「え? 何で?!」
遺伝子レベルのアホって何ですかね。
生まれつきって言いたいのかな。
「でも、もえは、野郎に可愛いって言われたらゲロキモいって表情するだろう?」
男嫌いなのが災いしてか、男友達はいない。
特にクラスの男子には、当たりが強い。
萌花は元々男嫌いだし、かなり人見知りをする方だから、対等に話せる資格を得るまでがまず敷居が高い。
萌花は真顔だった。
「実際にキモいからな」
「まあ、そう言ってやるなよ。クラスメートだしな? もえが好きなイケメンならセーフか?」
萌花は面食いだから、フツメンは駄目で、イケメンから褒められたら嬉しいのかも知れない。
「は? イケメン好きじゃねーけど?」
止めてよ。
サラッと設定改変するなよ……。
半年前にそんなことを言っていたぞ。
たしか、出逢った当初だったか。
萌花はイケメン好きを全面に押し出していたはずである。
「そーかも。でもさ、半年あったら人の好みなんか変わるっしょ」
まあ、思春期で多感な高校生であれば、趣味嗜好の急激な変化は有り得るだろう。
1クールあれば好きなアニメキャラだって増えたり減ったりするのと同じである。
最近の萌花は、色々な人と話すことに挑戦しているみたいだし、精神的に成長しているのか。
大人の階段を登っていけば、男の趣味だって変わるはずである。
着物姿の萌花は、凛とした立ち振舞いをしており、小柄ながらも大人の雰囲気を醸し出していて、綺麗だった。
半年の月日があれば、あのイケメン好きの悪ガキが、異性の顔立ちを気にしない大人の女性にもなるものだ。
うんうん。
「そうはならんやろ」
「なっとるやろがい!!」


それからは、落ち着いて京都観光を出来るようになり、大通りを歩きながらお土産屋さんや雑貨屋さんを見つつ、自由時間を満喫していた。
京都の工芸品や雑貨は、和風ながらも普段使いも可能な綺麗で可愛いものが多く、小日向と白鷺は目を輝かせていた。
「可愛いねぇ!」
「うむ! 可愛いな!」
ファッションと可愛いもの好きが一緒に行動すると、共鳴効果が発生して騒がしい。
手に取るもの全てを可愛いとしか言ってない。
近くにたまたま居た俺は、二人の買い物選びに巻き込まれていた。
秋月さんと萌花は、他のお店を覗いていたので助けてくれそうにはない。
二人とも修学旅行を楽しみにしていたので、この日の為に貯めたお金が火を吹いていた。
小日向さんは、自分で稼いだお金なので好きに使っていいと思うが、数万円以上使ってそうである。
雑貨屋さんに並ぶ小物とはいえ、職人が作ったものなので数千円するわけだからな。
「小日向。まだ回る場所があるんだから、買い過ぎるなよ?」
「うん。本当に欲しいものだけにしておくから安心して」
小日向はそういい、二つのうちから一つだけ買うことにしていた。
「冬華、どっちがいいかな?」
「こっちだな。風夏のイメージ的には赤色の方が似合うからな」
「だよね。でもでも、最近、同じ色のアクセばかり擦り過ぎかなって思ってたんだけど、ありかな?」
「好きなものは幾つあってもいいものだ。それに私は、好きなものは同じ色しか買わないから、気にしたら買えなくなる」
「じゃあ、こっちにするよ。ありがと」
小日向は買うものを決めたようで、次は白鷺の買うものを選ぶ。
白鷺は普段からアクセは付けないので興味なさそうだったが、髪飾りコーナーには目が釘付けである。
西陣織の高級な生地を使った和柄のバレッタや、シュシュやかんざしなど、白鷺が好きなものばかりである。
「綺麗だけど、和柄って普段使い難しそうだよな」
和柄と洋服は合わせるのは難しいし、和風で落ち着いた絵柄でも、主張していた。
「こういった物は、洋服には合わせづらいが、旅行の思い出として購入する意味合いもあるだろうし、別に家用で使ってもいいからな」
髪が長い女性は、髪が邪魔な時はよくシュシュを使って纏めているらしく、勉強や料理をする際はシュシュは必須なので、何個あっても足りないとのことだ。
白鷺も、シュシュだけでかなりの種類を持っているらしい。
そういえば、俺の母親も家事をする時はシュシュを付けていた。
女性からしたら、必須アイテムなんだな。
「あとはそうだな。シュシュなどを学生鞄に付けて、ワンポイントや目印にしたり出来るから流行っているぞ」
使う予定がない場合でも、髪を纏める以外でシュシュが必要になる場合もあるので、予備で付けていたりする。
なるほど。
ファッションは奥が深い世界である。
小日向が間に入ってくる。
「あとは、ペットボトルに付けたりもするよ。自分のだって分かりやすいからね」
色々な使い方が出来るんだな。
派手なシュシュは、学校に付けて行くのは難しいが、それなら鞄のアクセとしても使えるし、無駄なく活用出来そうである。
和柄で使いにくそうなヘアピンなどの可愛い小物も、制服や鞄に付けている人もいるらしく、学生なりにワンポイントを意識して可愛くアレンジしているらしい。
「それで白鷺はどっちのシュシュにするんだ?」
白鷺は、欲しい物の目星は付けていたが、結構悩んでいた。
「うむ。どちらがいいと思うか?」
京都らしい紋様のデザインと、和風の花柄のデザインを見せてくる。
前者は、白鷺の性格的に落ち着いた印象が強くなる。
後者は、白鷺の華やかさを強調してくれて、今どきの若者感があって綺麗である。
用途が異なるだけで、どっちも白鷺によく似合う。
白鷺が深く悩む理由が分かるくらいに、一つに絞るのは難しかった。
でも、聞かれたからには一つを選ばないといけないんだよな。
「俺はこっちが白鷺に似合うと思う」
「そうか?」
花柄のシュシュを選ぶ。
可愛いデザインだし、こちらを付けた白鷺が見てみたい。
「理由は?」
小日向さん、ファッションに厳しいのやめて。
「……理由か。花柄の方が見映えがいいし、色々な服装に合わせやすいかなって思った。」
「本音は?」
完全に見透かされていた。
逃げ道を作らず、いいと思った理由を説明しろと直接的に言ってきた。
目が怖い。
「すみません。こっちの方が白鷺に似合うし、可愛いから選びました」
ちゃんと本音を言い切った。
それに納得してか、小日向の表情が元に戻る。
「うん。私も冬華はこっちが似合うと思うよ」
「そうか。二人がそう言うのであれば、正解なのだろうな」
信頼してくれているのは有り難いが、自分の好きなものでいいんだぞ。
と思ったが、本人は嬉しそうだからそれで良かったのかな。
二人は買いたい物を決めて、レジまで持って行こうとする。
「ハジメちゃんは何か買わないの?」
母親や陽菜には買っていこうと思っていたが、お土産はどうするか悩んでいた。
陽菜は食べ物でいいとして。
母親なら、シュシュなら使ってくれそうかな?
好きそうな花柄のシュシュを選ぶ。
「母親のはこれにしようかな」
「うん。いいと思うよ」
「……え? 理由は聞かないのか?」
「何で? 適当に選ばないでしょ?」
まあ、そうなのか?
何も考えずに、徐に手を伸ばして選んだ気がしたけれど、母親に似合っているといえば似合っているだろう。
可愛いかは知らんが。
母親は着物代も出してくれたから、感謝の意味も込めているが、素直に喜んでくれればいいなと思っていた。


八坂神社。
京都ではかなり大きな観光スポットであり、絶対に欠かせない場所である。
普通にお参りして観るだけでも満足するくらいだが、良縁祈願や美人祈願でも有名な為に、女性が回っても楽しめる。
因幡の白うさぎで有名な大国主社や、美の神様祀る美御前社などが女性に人気だった。
俺達は先に本殿にお参りして、美人祈願で有名な美御前社に立ち寄り、美容水を頂き顔に付ける。
二、三滴を頂くと美人になると言われているが、そもそもが美人なんだから要らない気がする。
秋月さんは恐る恐る水を顔に付ける。
「これでもっと綺麗になるのかな?」
「おーすげー。天元突破しとる」
萌花も萌花で、雑な返しをしていた。
俺には意味が分かるけど、分からんぞ。
美人祈願となると、男の俺は蚊帳の外である。
四人も居ればそれなりに時間がかかるので、荷物番でもしながら待っていた。
俺が観たい場所は待ってもらっているから、お互い様だな。
それから少し経ち。
「お待たせ!」
「おかえり」
小日向達が戻ってきたら、預かっていた荷物を渡す。
その後は、白うさぎで有名な大国主社に立ち寄り、願掛けうさぎを貰いに行く。
良縁祈願の願掛け人形で、手のひらサイズのうさぎの人形に名前を入れて、背中の穴に願い事を書いた紙をいれて封をする。
それを奉納して、ご祈願するわけだ。
助けた白うさぎが縁を結んでくれて、結婚に至るものなのでそれに関するお願いをしている女性が多い。
他の観光客から、イケメンって単語が度々聞こえてくるが、良縁祈願なのに欲にまみれてないか。
よんいち組が何を書いているかは不明だけれども、みんな私利私欲で動くタイプの人間じゃないし大丈夫そうだな。

「ふうはなんて書いたん?」
「えっとね、もっと遊んでくれますようにって書いたよ」
「それは、本人にいっていいやつじゃね?」
「そうなの?」


良縁祈願には絵馬も置いていて、ハート形の絵馬で可愛らしいデザインをしていた。
ハートって今風な感じがして、女性が好きそうだな。
感性が刺激され、イラストの参考になるものだ。
絵馬もたくさん飾られていて、人気具合が伺える。
「気になるなら、絵馬書いてけば?」
小日向がいた。
本当に、俺の後ろを取るのが得意だな。
「いやでも、お願いすることないし……」
「なら、絵でも描いたら?」
「小日向、知ってるか分からんけど。絵馬にイラストって描いていいのか?」
「分かんないや。許可いるのかな?」
飾ってある絵馬には、露骨にイラストが描かれている絵馬がないので、やっていいのかさえ分からない。
言われたらやりたくなってきたので、神社の人に聞いてみる。
「すみません」
「あっ」
顔を合わせた瞬間。
巫女さんに顔バレしていた。
いや、小日向ならまだしも、何で野郎の顔を見て、秒で分かるんだよ。
その後、話はスムーズに進み、絵馬に絵を描く許可を貰って小日向のイラストを描いた絵馬を飾ることが出来た。
油性ペンで仕上げた為に、サインの時のイラストのクオリティだが、それなりに満足いく出来になった。
「よし」
「わぁ、描くの早いね」
「毎日描いているからな。慣れたもんよ」
イラストを入れたら、その横に俺のサインを書いて小日向に渡す。
「小日向もせっかくだし、サイン書いてくれるか?」
「おっけー」
二秒くらいでサイン書いているお前も早いだろうに。
インスタやツイッターにちゃんと上げているあたり、したたかな奴である。
「これだけ可愛かったら、いっぱい。いいねボタン押してもらえるかな?」
いや、普通に自慢したいだけだったわ。


俺達は存分に八坂神社を楽しみ。
それから他のところもお参りしながら、京都観光を楽しんでいた。
白鷺が話し掛けてきて。
「東山。お願いしなくて良かったのか?」
「ん? 俺には願掛けするほどのお願いもないしな」
「そうか。無欲だな」
「無欲っていうか、お願いするまでもなく、良縁には恵まれているからな。満たされている人間が、これ以上望むのは違うしな」
欲を出したら、ご利益なくなりそうだ。
俺の回りは良いやつばかりだし、サークル活動も楽しくなっている。
ファンの人には励まされている。
これだけで充分だろう。
白鷺は納得してくれていた。
「そうだな。この一年で色々な人と出逢い、共に過ごし、助けられてきた。生きていく上で、これ以上の幸せはないものだな」
教養が高く、詩的な感想である。
俺にはそんな高尚な考えはなかったが、今まで出逢った人には感謝している。
よんいち組だけでなく、クラスメートや、オタク仲間であったり。
みんなの知り合いと交流をして、自分の絵を褒めてもらい、在り方を認めてもらえるのは嬉しかった。
「そうか。俺は幸せなんだな」
口に出してしまった。
幸せとか、よく分からないけど。
一年前の俺は、こんな場所に居るような人間ではなく、日陰を生きる人生だっただろう。
そんな俺が楽しくやっているのは、みんなが優しいからだった。
周りを大切に思っている気持ちは白鷺も同じらしく。
「東山、私は感謝している」
白鷺は続けて話す。
「いつも騒がしいけれど、楽しい日々があるのは東山のおかげだ。ありがとう」
感謝するのは俺の方である。
白鷺が居なければ、サークル活動も大きくなることはなく、シルフィードやメイドリストのみんなと知り合うことはなかっただろう。
メイド服を着て、やりたいことに挑戦して楽しんでいる白鷺を見ているのはそもそも好きなのだ。
感謝する必要がない。
まあでも、口に出して感謝するのは人生の区切りにはなるからな。
「白鷺。こちらこそ、ありがとう」
「これからもよろしく頼む」
「ああ、色々あったが、今年一年最後までよろしくな」
近過ぎる分、改めてちゃんと白鷺と話をした気がした。
と言っても、あと二回は共にサークル参加するんだけどな。
白鷺が有名になり、周りの人が増えた分、二人で話せる機会がなくなっているのは寂しいかな。
「白鷺。また今度、シルフィードに行こうぜ」
「そうだな。みんなにも挨拶したいからな」
「お土産も渡したいしな」


大通りに戻ってきて、着物から私服に着替える為に着物屋さんに向かう。
俺達のクラスのやつは、同じように予定を組んでいたらしく、鉢合わせする。
「おつ! 東山くん達じゃん」
三馬鹿も同じ着物屋さんを利用していたから、居ても不思議じゃないか。
「やば、みんなメチャ可愛いんだけど!?」
「大和撫子じゃん!!」
「マジヤバ、同じ人類じゃないでしょ!」
よんいち組の着物姿に興奮していた。
可愛い可愛いしか言ってないけど、あれくらいオーバーリアクションを取るのがいいのかな。
こちらが見ているのに気付いてか、三馬鹿は可愛くポージングをする。
「いや、俺は褒めないからな。期待するのやめろ」
「何でよ?! 可愛いって言ってくれてもいいじゃん!?」
可愛いの安売りはしたくないんだよなぁ。
そもそも俺が褒めるのが当たり前になってきていないか?
お前達と仲が良い運動部の男子に言ってもらえよ。
「駄目よ。あいつ等は馬鹿ばっかりだもん」
「東山くんレベルじゃないとね」
「リアクションが面白くない」
俺に褒められても変わらないだろうに。
三馬鹿の着物姿も可愛いけれど、かしましいので学生の着物姿ってイメージが強い。
口を閉じて大人しくしていたら、いいんだがな。
それはそれで、三馬鹿の持ち味を殺すことになるから、意味ないのか。
「風夏ちゃん達は褒めたんでしょ。いいじゃん」

「あいつ等は特別だから」

「へー、やるじゃん」
口笛を吹いている意味が分からん。
「最近、主人公補正強過ぎじゃない?」
「なろう系?」
よく分からんが主人公じゃないし、普通の主人公は、サークル活動しながら時間に終われ、血反吐を吐いたりしないと思うが。
「それで、そっちはどうだったんだ? 色々回ってきたんだろう?」
「めっちゃ楽しかったよ! 三人で写真撮りまくったし、後で見せてあげるね」
「ねえねえ、外人さんと撮影したりしたんだよ」
「わたしが英語で案内してあげたんや」
どや。
自信満々そうだけど、英語出来たのか。
英語で案内とか難しいだろうに。
三馬鹿も、ちゃんと京都観光を楽しんでいたみたいで良かった。
元々、大阪に行きたいって言っていたから、楽しめているか心配していたんだが杞憂だったみたいだ。
「東山くん、ありがとね!」
「何もしてないぞ?」
「大阪に行っても楽しかったかも知れないけど、東山くんが居なかったら京都で遊んでないし、着物姿になる機会もなかったし。……なんかさ、一生の思い出になったからね」
「そうか。ありがとう」
「やば、わたしめっちゃ恥ずいこと言ってるよね」
恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
顔が熱いのか、パタパタと手で扇いでいる。
その光景を見ていると、自然に笑ってしまう。
「あはは。まあ、楽しんでいるみたいで良かったよ」
二人が間を割ってくる。
「……楽しそうに話している最中すみません」
「あちらの怖いお姉さん方が、呪殺できるレベルで念を飛ばしているんで、勘違いされるような会話はやめてください」
よんいち組、こっわ。


私服に着替え終わり、残り時間を集まったメンバーと一緒に買い物をする。
三馬鹿以外にも、準備組や一条達も合流してくれて、かなりの大所帯であった。
少し歩いていると、反対側から佐藤が一人でやってくる。
「佐藤じゃん。一人で行動してたん? また紅茶買いに行ってたっぽいね」
茶化すように三馬鹿が話し掛けていた。
「まあな。良い店があったから、大人買いしちゃったよ」
二つ分の紙袋を持っていて、自慢気に見せていた。
滅茶苦茶ハマっているのはいいけれど、数千円以上の茶葉を買っているのはガチ過ぎる。
だが、俺も数千円するコーヒーを買ったことがある経験者なので、何も言えないわ。
「あんたアホでしょ。お金使いすぎだからね? 何でそんなに紅茶にハマってるのよ?」
三馬鹿で、佐藤と一番仲がいいコブラツイストさんがマジレスする。
「何でって。お前が、俺が淹れた紅茶を美味しいって言ってくれたからだけど」
佐藤。
修学旅行の終盤で、強ムーブをするな。
真顔のまま平然とした態度で言い切るから、男の俺や一条ですら声が出たわ。
イケメン過ぎる。
「誰でも紅茶を出されたら、美味しいって言うでしょ」
「でも、俺はお前がそう言ってくれて嬉しかったから。迷惑じゃなかったら、また紅茶を淹れるから飲んでくれるか?」
「うん。……まあ、たまにならね」

落ちたな。

誰もがそう思っていた。
佐藤は、この場にいるクラスメート総勢十二人の前で、告白という難しいことをやり切った。
三馬鹿もとい、独り身二人が口を開く。
「祝福すべきなんだろうけど、修学旅行三日目にして、超展開過ぎて頭が追い付かないよ」
「何なのよ。あいつ。メスの顔しないでっ!」
お前は親友の恋に嫉妬していないで、さっさと祝福しろ。


二人はカフェに行くと言って、俺達と別れる。
少しの時間でも二人で回りたいのだろう。
「あーもうさ。悲しき恋の敗北者達は、おみやげ買って東京に戻ろう」
やさぐれていた。
まあ、親友だもんな。
馬鹿やってはいるが、隣にいつもいる人が居なくなると、寂しくなるものだろう。
一言くらい掛けてあげるべきだが。
絶対にウザ絡みになるので、誰も近付かなかった。
親友に近い、萌花ですら完全にスルーしていた。
「え? 疲れているし、だるいからパス」
せやね。
疲れている時に三馬鹿の相手はきついよな。
他のやつも、話す機会がなかった人達で自然とグループを作っていた。
残された二人を見ていると不憫であるけど、俺も疲れているから嫌だな。
見兼ねた秋月さんが、近付いてくる。
「話し掛けないの?」
「う、うん……」
「なにかあったら、私が何とかするから、ね?」
心強いことこの上ないな。
萌花慣れしている秋月さんならば、ある程度は対応してくれるはずだ。
意を決して、話し掛けた。
「あ、東山くん。秋月さん」
俺達が近寄ると、表情が明るくなる。
そんな感じなら女の子らしくて可愛いと思うのだけど、助言すると俺が殺されそうなので止めておこう。
修学旅行中、俺の評価がかなり下がりぎみだからな。
佐藤が普通にイケメンなことをしたためか、俺と一条の肩身が狭くなっていた。
「最後の最後だし、一緒にお土産買おうぜ」
「え? いいの?」
「東っち。優し過ぎない?」
「まあ、袖振り合うも多生の縁だしな」
「え? 頭ドンブラなの?」
「これが今話題の、目が合ったら縁ができる系男子??」
「馬鹿にするなら、帰るぞ」
お前らとは縁がなかったようだな。
問答無用で、踵を返す。
こいつらに人並みの情けをかけたことを深く恥じた。
「ちょっと待ってよ。秒で帰らないでよ」
「判断が早すぎぃ!」
袖を引っ張るな。
一般人の秋月さんはテレビとか見ないんだから、日曜朝からの意味が分からんネタを入れてくるなよ。
「わかった。ちゃんと買い物するなら付き合ってやるから、袖を引っ張るな」
「はーい」
「かしこま」
いきなり素直になるなよ。

ツッコミをしている時間も惜しいので、お土産屋に出向いて、家族や知り合いへのお土産を選ぶ。
俺は妹の陽菜や、お世話になっているシルフィードの人達に買っていく分と、あとは漫研へのお土産を買っていくことにする。
最近色々な人に会う機会が増えたから、予備に少し買っとくか。
お土産だし、お菓子でいいかな。
甘い物にしておけば無難だし、外れがないと思う。
「そうだ。秋月さんはお土産買わないのか?」
隣に居た秋月さんは、色々見ていたが買うテンションではなく、こちらの買い物に同行してくれているだけだった。
「両親は海外だから、食べ物送るのも難しいからね。……あ、でも、自宅用に何か買っていくのもいいかもね」
こちらに気を利かせて、一言付け足していた。
秋月さんとの付き合いも、半年以上経っていて仲良くなったとは思う。
それでも、秋月さんの両親がどんな人かは知らないし、女の子一人で暮らすのはやっぱり寂しいのだろう。
秋月さんは気を遣ってか、プライベートの話はあまり話してくれないので深くは知れない。
週末に遊びに来てくれる時は楽しそうにしているものの、海外に行ったきりの両親に対して思うことはあるはずだ。
家族関係は難しい問題だし、踏み込んでいいか今の俺でも分からないけど。
頼りないにせよ、色々頼ってほしいと思う。
他のやつみたいに、俺のことを雑に扱ってくれて構わないのだが、秋月さんの性格的には難しいかな。
秋月さんは本人が思っている以上に、真面目過ぎる人だからだ。
「秋月さん。すまないがお土産を一緒に選んでくれないか?」
「いいけど、誰のお土産を買うの?」
「とりあえず、陽菜と親父のかな。母親のはもう買ったし」
「う~ん。陽菜ちゃんと、パパさんだと食べ物がいいかな。無難に八ツ橋とかどうかな?」
生八ツ橋ねぇ。
何種類も味があって、人気が高い抹茶味の八ツ橋をオススメしてくれた。
「みんな、抹茶味が好きだよな」
「だって京都のお土産だからね」
秋月さんは、よく分からんツボにハマっていた。
独特なギャグセンスがあるよな。
「じゃあ、八ツ橋は買っていくか。あとはお茶菓子用に抹茶クッキーと、親父は大福好きだったからこれも」
五人分の大福をパックに入れてもらう。
「五個も買うの?」
「え? 秋月さんも食べるだろう?」
家族全員を頭数に入れたら、五人分用意しないといけない。
まあ、俺の分の大福は無くてもよかったが、余ったら陽菜が食べてくれるからいいだろう。
「なるほど。そういうことだったのね」
嬉しそうに笑いながら、お土産を手に取って言う。
「なら、私も挨拶用にお土産を買っていかないとね。陽菜ちゃんのはこれにするとして……」
幸せそうに、ウキウキでお土産を選ぶ秋月さんであった。

隣を見ると。
「お土産でよく見る魔剣シリーズ売ってるけど買う?」
「いらんわ」
いや、気になっていたけどさ。
修学旅行だからって、無駄遣いするなよ。
どう考えても、使い道ないやつじゃん。
「木刀は?」
「すまん。俺に、男の子大好きグッズを勧めてくるのなんなん?」
いや待ってくれ。
これで修学旅行の最後を締めくくるのはおかしいだろうが。
三馬鹿が一人でも欠けると、パワーバランスが崩壊していた。
やばいな。
全体的に、ツッコミ役が少な過ぎる。


おまけ。
帰りの新幹線。
ハジメは、出発と同時に心労からか、疲れ切った爆睡していて、起きることなく終点まで向かっていた。
高橋は特に気にすることなく、席を空けて、最後の最後なのでクラスメートの写真を撮影していた。
知らない間に、修学旅行の撮影係になっていたのは言うまでもない。
「高橋くん、席借りていい?」
そう言って小日向風夏が話し掛けてきた。
「他の人を撮影してくるから、いいよ」
「えへへ、ありがとう!」
高橋の合意を得て、ハジメの隣の席を借りた。
ちょっとした、いたずら心。
ハジメなら寝ていても、自分が居たらすぐ気付くだろうと思って隣に座るが、特に起きることなく爆睡している。
「起きないねぇ」
風夏は、面白くなさそうに頬を膨らませていた。
気を取り直して、スマホでハジメの寝顔を撮影して、面白い写真を確保しておく。
身動き一つしない人間を見ていて楽しいのは数分くらいであり、それ以降は静か過ぎてやることがなくなってくる。
他の女子とは違い、直接的ないたずらや暴力をしない辺りは、まだ良心があるのかも知れない。
「ふぁ……」
風夏は大きなあくびをして、眠そうにまぶたを重くする。
それから寝るまでに数秒もかからなかった。
ハジメの肩に頭を預けて。
いつものように眠り姫は夢の世界へと、まどろんでいく。
彼女が見ている夢の中には、昼休みの漫研の部室が出てきて。
全てが満たされてるような、満足そうな寝顔をしていた。

修学旅行は終わりを告げて、いつもの日々が戻ってくる。
進展するかどうかは、まだ分からないけれど。
もう少しだけ。
このまま。
いつものままが好きだった。
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