この恋は始まらない

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第二十七話・京都と着物とよんいち組。そのいち。

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修学旅行三日目の朝。
俺達が朝ごはんを済ませると同時に、旅館内はピリピリとした雰囲気に包まれた。
三日目は基本的に自由行動であり、午前十時から午後五時までは好き勝手やっていいことになっていた。
もちろん、自由行動とはいえどある程度の制限はあったが、あってないようなものだ。
部屋の中で私服に着替えて、遊びに行く準備をしていた。
俺達の部屋の人間は、京都の知り合いに会うためにカードショップに行くやつと、アニメの聖地巡り。
高橋は写真を撮るために、死ぬ気で京都を回るつもりだった。
何か、やりたいことやって、楽しそうで羨ましい。
俺は普通に京都観光だし、思い出作りに励まないとな。
部屋から出ると、一条が待っていた。
「おはよう!」
「ああ、おはよう」
「女子の方は準備に手間取っているみたいだから、ちょっと待っててだってさ」
「まじか。少しゆっくりしておけばよかったわ」
時間があるなら、最後にお茶でも飲みたかったんだがな。
「しかし、あれだね……」
一条が呆れた感じの表情をしていた。
「今日の服装は、小日向さんの選んだやつ?」
「ああ、それか」
クソだせぇと定評がある俺の洋服を新調するために、母親からもらった二万円を片手に全身コーディネートをした。
お前が洋服を選ぶとセンスないし、二万円をドブに捨てるのと変わらないからと、よんいち組の面々が服を買うのを手伝ってくれたわけだ。
何て優しいのだろう。
昼間のファッション番組みたいに、一人一人が選んだ服を着て、一番いい服装を頼んだ。
薄いピンクのパーカーに黒めのジャケットを着て、黒いスキニーパンツに、差し色の入ったカジュアルな靴を履くことにした。
ともあれ、陽キャが選ぶ服装の割にはこじんまりしているけど、小日向が選んだものに間違いはないので大丈夫なのだろう。
一条も、気付くくらいだしな。
「いいね。黒だけだと地味だけど、ピンク色が映えると明るく見えるね」
「よく分かるな」
「ここ最近はファッションに気を遣っているし、ね?」
なるほど。
デートの為に頑張っているわけか。
「結局、着物に着替えたら変わらない気がするけどな」
「私服のセンスでパワーバランスを見ているんだと思うよ。基本的に制服だと、ダサいかどうか分からないからね。異性のファッションセンスが悪いと、好感度下がっちゃうし」
「まじか。めんどくさい生き方だな」
学生っぽいといえば、学生っぽいのか。
ファッションごときで人の好き嫌いを決めるのは好かないが、女子が朝から張り切っておめかししている理由はよく分かった。
一条は付け加える。
「まあ、それは一般的な理由で。僕達のグループは楽しみにしていて可愛く着飾っているだけだから、あんまり気にしなくていいかな?」
みんな、可愛い洋服を着るの好きだしな。
「そうか。また、褒めないといけないやつか」
「東山の場合は、彼女一人でも大変なのに、四人もいるからね」
「だな。そろそろ語彙力がなくなってきたわ」
「女の子を褒める時は、『可愛い』だけで済まないからねぇ。オーバー気味にリアクション取るのも大変だよね」
その笑みが怖いわ。
三ツ矢サイダーのCMみたいな爽やかな笑顔で、言わないでくれるかな。
若干引いてしまった。
「一条、お前の心の闇を垣間見えたぞ」
こいつ、女子のことかなり嫌いだろ。
イケメンも苦労しているんだな。
一条は格好いいし出来たやつだが、その割には少女漫画みたいなギスギスした恋愛してそうだし。
みんなにモテモテで好かれているが、本人は誰も好きじゃないやつ。
それでも、まあ。
今となっては本当に好きな女の子と付き合って、平凡な日常を過ごしている。
一条はまあ、黒川さんと居る時だけは素を出せているしいいのか。
太陽のように明るく、野に咲く花は、何よりも美しいものである。
「今は幸せだから大丈夫さ。……すまないな。時間があるし、東山の身だしなみ整えてあげるよ」
「ああ、ありがとう」
髪型と香水を付けてくれた。
やばい、一条と同じ匂いがする。
一条に抱かれて、包み込まれているみたいだ。


旅館の入口に行くと、私服に着替え終えて、十時になるまで待機しているやつが多かった。
俺達のクラスのやつもいて、よく知っている顔見知りだが、話し掛けるのを躊躇っていた。
三馬鹿は空気を読むことなく、突っ掛かってきた。
「サラッと無視しないでよ!」
「そうだぞ」
「え? やだ。わたし達が可愛すぎて、直視出来なかったんでしょ」
俺と一条は微動だにせず、答える。
「あ? ああ、そうだな。まあ、可愛いんじゃないか」
「うん。可愛いと思うよ」
可愛いと褒めているのに、無表情であるのが不満らしく、頬を膨らませている。
「もっとちゃんと褒めてよ」
「愛が足りない」
「わたし達は異性に褒めてもらう機会なんてないんだから、その分まで褒めてよ」
悲しいこと言うなよ。
楽しい修学旅行を、仲のいい三馬鹿で過ごすんだろうが。
別に中身はない会話だが、だからと言えど放置するのは可哀想なので、三馬鹿の予定を聞きながら、他の人達を待っていた。
黒川さん達が先に準備を終えて、一条は黒川さんと一緒にデートに行ってしまった。
それを見送る準備組と三馬鹿だった。
「ねえ、ああいう恋愛したい」
俺に言うな。


十時を過ぎたのに、三馬鹿はみんなと雑談しながら待っていた。
「なあ、何で待っているんだ? 先に行かないのか?」
俺が三馬鹿に問いかけると、さも当然のようにどや顔をしていた。
「みんなの私服チェックしたいもんっ!」
「可愛い女の子を愛でさせてよ!」
「可愛い子を独占するなぁー。この世にはなぁ、独占禁止法があるんだぞー」
やっぱ、こいつらは意味分からんわ。
曰く、クラスの可愛い女の子の可愛い私服を見ないと、遊びに行けないらしい。
なんかまあ。
そろそろ、こいつらをセクハラで訴えたいな。
男の俺よりも、性的な目で見るの止めてもらっていいですかね。


「お待たせ!」
遅れて小日向達がやってくる。
残っていた生徒は、自然と小日向達の方を見てしまうのだった。
殆どの生徒は、制服姿ではない小日向風夏を見るのは初めてらしく、綺麗に着飾っている私服姿に見惚れていた。
本人は好きな服を着れて、どや顔である。
頭から爪先まで、この日の為に丁寧に準備をしているようであった。
そりゃ、時間も掛かるわな。
「じゃじゃーん。どう? 京都コーデだよ。可愛いでしょ!」
小日向はかなりご機嫌のようで、くるりと一回転して、モデルのポーズを取る。
小日向の服装はセンスもあり綺麗だが、京都要素はよく分からん。
京都の街並みに合う落ち着いたものを選んだと言いたいのだろうか。
「なるほどね。似合っていると思うぞ」
好んで着ているブランドの洋服を上手く活用して、京都コーデとして落とし込んでいる。
満足そうに笑っていた。
「あ、そうだ! SNSにあげちゃお」
自由人か、こいつ。
しかも普通に俺まで写っているし。
まあ、顔バレしているからいいけどさ。
小日向のファンとか、一直線に俺のところに来るようになっているし。


どうしても小日向の声が大きいので、後回しになってしまったが、白鷺や秋月さん。萌花も三日目の為に洋服を新調していて、いつもとは違った雰囲気であった。
普段は自分が好きな洋服を着ているが、修学旅行に合わせて清楚なものを選んでいる。
色々回っても大丈夫なように、動きやすいラフなものだったり。
白鷺は、基本的にワンピースなどの真っ白なお嬢様っぽい服装をよく好んで着ているが、今日に限ってはパンツスタイルである。
秋月さんや萌花も、プライベートの服装と上手く切り替えて、新しいジャンルの洋服を着こなしていた。
……普段の服装でも十二分に可愛いのに、わざわざ変える必要があるのかはよく分からんが。
みんなのコーディネートは外行きってことなのかな?
「感想は?」
「ああ、可愛いと思うよ。いつもとは違う感じだ」
気を取られていた。
反応速度が求められるため、褒めるのもシビアである。
三馬鹿がもっとちゃんと褒めてよと茶化してくるが、公衆の面前ではやりたくない。
旅館の入口にはまだまだ人が居るし、ここのグループはかなり目立っている。
三馬鹿とかも、日頃の行いを加味しなければそれなりに可愛い部類だしな。
「みんな、いつもの服装とイメージ違うけど、何でなんだ?」
「東山くんは分かってないなぁ。修学旅行だから、不特定多数の目があるでしょ?女の子はね。意中には好かれて、他クラスのやつに惚れられないように、上手く自分の可愛さを調整しているんだよ」
「私服のガチさだって、女子特有のパワーバランスもあるしね」
「一応、派手過ぎないようにって、修学旅行のしおりには私服の規定があるべ」
サンキュー、三馬鹿。
分かりやすい説明ありがとう。
修学旅行の学生をナンパしてくるやつはいないだろうが、女子は洋服一つにせよ色々考えて選んでいるんだな。
学校の意中の男子に好かれたいからと、普段は制服姿しか見せない女の子が、修学旅行だけはせめて可愛く。
そんな気持ちで着飾るってのも、青春っぽいな。
「……へぇ、好きな人に意識してもらうのも大変なんだな」

「「「お前が言うな!」」」

三馬鹿に怒られ。
準備組には冷徹な視線を向けられ。
よんいち組は呆れていた。
すみませんでした。
俺が完全に悪いのだけは何となく分かった。
何でか理由が分からないけれど、聞いたら殺されるやつだった。


罰ゲームで全員分のジュースを奢らされ、全員で京都の街並みを歩きながら、着物レンタルのお店に出向いていた。
準備組や三馬鹿とはそこで分かれて、よんいち組で行動する。
京都の着物レンタルは、老舗の呉服屋が若者向けの綺麗な着物を卸しているらしく、高級品の着物と謙遜ない色鮮やかなものが多い。
お客さんは数百種類の着物から、好きなものを選べるらしいが、基本は店員さんが本人に似合うものを合わせてくれる。
読者モデルの小日向でも、和服は専門外なので店員さんのオススメを聞きながら、選んでいた。
俺には分からん。
浴衣の時もそうだったが、和服は柄や色によって意味合いが違ってくるものなので、専門家の店員さんに任せるのが正解だろう。
全部お願いすれば、恥をかかないで済む。
悩みに悩んだ結果。
小日向は赤色。
白鷺は藍色。
秋月さんは黄色。
萌花はピンク色のものを選んでいた。
帯は着物に合わせた色を店員さんが持ってきてくれて、帯の色が映えると引き締まって見える。
「可愛いでしょ!」
みんな、髪も綺麗に後ろで纏めており、うなじが見える。
うん。可愛いな。
長い間待たされていたが、そりゃ時間もかかるわけだ。
とにかく綺麗で可愛い。
野郎一人で、数十分待った甲斐もあるというものだな。
そして、うなじフェチだったら死んでいたわ。
「皆様、可愛いですな。まるでモデルさんみたいですわぁ」
店員さんもご満悦である。
小日向レベルの可愛い女の子は、数えるほど見たことないらしく、逆にお金を払ってもいいとか言っていた。
「一応、彼女は読者モデルですので……」
「なるほど。有名人なんですね。もし宜しければ、写真をツイッターに上げてもいいですかね?」
着物姿の小日向の写真を上げたら、宣伝効果は高そうだな。
「営利目的じゃなければいいですよ」
ツイッターに上げるのはいいが、広告などには使用しない。
今日だけの使用でお願いしていた。
それ以上は金銭が絡む関係で、事務所を通す必要もあり、小日向なりに譲歩しているくらいだった。
数枚写真を撮り、ツイッターに上げてくれていた。
「ありがとうございます。サービスするんで、彼氏さんも着物に着替えて行きませんか?」
「俺ですか……?」
男性も着物に着替えるサービスがあるらしく、カップル割からもっと値下げをしてくれるとのことだ。
小日向の分が値下がりして、俺の分も数千円でレンタル出来るなら、安いけど。
「……」
「……」
「……」
華やかなお店の空間がピリピリしている気がするのは俺だけだろうか。
楽しい着替えタイムから一転して、一部の人間が沈黙していた。
「この二人、付き合ってませんよ」
萌花が口を開いて訂正する。
「でしたら、片思いでもカップル割の対象なので大丈夫ですよ」
片思い言ったら、バレバレやん。
萌花は納得したように頷き。
「最悪なことに、四人ともこのアホが好きなんで、全員割り引きになります?」
萌花さん??
値段故に、安くなるならそれがベストだが暴論過ぎる。
「ああ! なるほど! それなら、ありですよ」
店員さん????
場の空気を読んで、笑顔で承諾しないで。
どう考えても、おかしいから。
「大丈夫です。理解してますから。恋愛の多様化ってやつですよね? 最近の高校生はおませさんですからねぇ」
絶対にこれは違う。
沈黙したピリピリした空気は収まったが、別の意味でピリピリしていた。
「やー。グッジョブ、東っちのおかげで安くなったよ。サンキュー」
悪魔か、こいつは。
全然いい仕事じゃないわ。
強引に話を通したからいいが、ただのやばいやつだぞ。
精神的にボロボロの俺を見て、秋月さんは気に掛けてくれる。
「取り敢えず着替えて、落ち着いてきたらどうかな?」
「ああ、そうだな」


俺の着付けは早く、五分しないくらいで大体の準備が終わる。
まあ、男性の着物の種類はそんなに多いわけではないので、選ぶのも早かったしな。
店員さんのオススメをそのまま選んだので、落ち着いた紺色の着物に、ピンクの羽織を渡された。
ピンクのパーカーを着ていたから、ピンク色が好きとか思われたんだろうか。
まあでも、地味な人間が地味な色の着物を着ていたら目立たないしな。
ピンク色を選ぶことで、暗い印象が変わるなら、ありである。
普通に似合うように組み合わせを選んでくれるあたり、プロである。
店員さんが楽しそうに話し掛けながら着付けてくれるので、有り難い。
「お待たせ」
よんいち組のところに戻ってくると、ガチめに査定される。
「わあ。可愛い」
「ふむ。可愛いな」
「男性の着物も可愛いね」
「へー、可愛いじゃん」
俺のことを褒めなくていいし、可愛いは褒め言葉ではないぞ。
可愛いを連呼しないでくれ。
着物が似合うと言ってもらえるのは嬉しいけれど、褒め言葉が女子に向けるものみたいだった。
「東っちは、よんいち組の姫やぞ?」
「なんでや。俺は男だっての……」
よんいち組は女の子ばかりのグループではあるが、俺は男だぞ。
あと、姫要素どこよ。
学年一の美人の集まりで、野郎の俺が姫を冠するのはおかしいだろうが。
「可愛いねぇ」
周りをウロチョロする小日向が邪魔クセぇ。
男性の着物に興味を示しており、こういう場合のこいつはしつこい。
「男の子の着物もいいよね。大胆だけど色合い綺麗だし。色染めも丁寧な仕事してる」
本当にファッション好きだよな。
細かいところまでちゃんと見ている。
「女の子なんだから、女物の着物で満足しとけ」
「そっかぁ。男の子なら可愛い服いっぱい着れるから羨ましいね」
野郎と可愛いがまず解離したワードであるとかはさておき、興味そのまま男装されても困るから早めに諦めてもらう。
あと、着物姿でチョロチョロするな。
激しく動くと着崩れるだろうに。
全員着替え終えたので、お会計をお願いする。
店員さんに、分けて会計をするか聞かれたが、お店も混んできていたので俺持ちで一括で払う。
外に出てから清算する流れになるが、お金は貰わないようにする。
「東山くんが払っちゃってよかったの?」
「ん? ああ、着物レンタル代は母親から貰っているから心配しないでくれ」
それに萌花のせい。……おかげで、着物レンタルはかなり安くなったからな。
貰った金額からお釣りが出るくらいである。
お昼代くらいは出せそうだ。
「東っち。おごりは嬉しいけど、全員分だとかなり高いけど、ええの?」
「いや、払わないとバレた時が怖い」
血祭りだ。
東山家の魔王が降臨する。
「イケメンな行動なのに、締まらないな」
そう言われても俺がお金を出したわけではないから、イケメンではないがな。
母親に言われたままにしているだけだ。
「ハジメちゃん。ありがと!」
「東山。すまないがお言葉に甘えさせて頂く」
「東山くん。いつもありがとう」
「東っち、さんきゅ」
三者三様の言葉をくれる。
それだけで有り難いことである。
「ん? ハジメちゃんだと……?」
「んん??」
「知らんところで、フラグ撒くなや」
だからなんでまたピリピリするんだよ。
名前くらい好きに呼んでくれ。


よんいち組が着物姿で街に出ると、やはり目立つ。 
ナンパする輩はいないが、撮影か何かと勘違いしている外人さんが声を掛けてくることが多かった。
着物屋さんで小日向の着物姿をツイッターに上げたから、場所を特定してきた小日向のファンも集まっていた。
行動力高過ぎである。
修学旅行中の、中学生や高校生の人数を舐めていたわ。
よんいち組ほどの美人ばかりとなると、普通に修学旅行を楽しむのも難しい。
人混みを掻き分けて、逃げるようにカフェに入り、外が落ち着くまで休むことにする。
テーブルに着いて、やっと一息出来る。
「みんなぁ、ごめんねぇ」
小日向は平謝りしていた。
正直あの光景は、軽いパニックホラーだ。
小日向を囲む様は、ゾンビ映画顔負けの密集地帯だった。
読者モデルの貴重な着物姿は、一生に一度見れるか見れないかレベルだ。
地方の学生は、生の風夏ちゃんを見れる機会はまずないので、血眼になっていた。
サイン貰えるだけで歓喜していた。
「……今更だが、小日向って全国的に人気だったんだな」
小日向が出ているファッション雑誌って、東京バージョンでそこだけしか売ってないと思っていた。
だから、京都ではいつもより静かに過ごせると期待していたが。
小日向の知名度を見誤っていた。
「うんうん。風夏ちゃんは世界一可愛い読者モデルだからね」
舐めとんのか。
自画自賛するな。
小日向のせいで、全然観光にならないんだよ。
「ふうはふうだから、遠回しに言っても伝わらないぞ」
「アホだよな、こいつ」
「アホじゃないよ。賢いよ」
賢いやつのセリフではなかった。
それはともかく、カフェに入ったので早めの昼ごはんにする。
京風の落ち着いた内観が綺麗な洒落たお店で、セットメニューがお得だった。
軽食メインでサンドイッチや、京野菜のキッシュから好きなものを選べる。
デザートには抹茶とあずきのスポンジケーキがセットになっていて。
食後には紅茶かコーヒーが選べて、千八百円だ。
昼ごはんとしてはちょい高いが、観光地価格だと思えば安いだろう。
ゆっくり休める場所代だと思えばいい。
「全部、美味しそうだなぁ。抹茶パフェ頼んでいいかな?」
好きにせい。
お前の胃袋は宇宙だからな。
白鷺は小日向の頼む抹茶パフェが気になったのか。
「風夏、一口だけ貰ってもいいか? 一つは食べ切れそうにない」
「いいよぉ。あーんしてあげるね」
「ふむ。それは幸せだな」
「幸せは分け合うものだもんね」
相変わらず仲良しである。
この二人の出逢いや関係性は謎だが、ずっ友感が強い。
まあ、よんいち組は全員仲良しだけどな。
甘い物が好きなのは女の子共通なのだろう。
それはそうとて、重要なことを頼む。
「すまん。俺のデザート誰か食べて」
「東っち。頼む前から言うかね」
「……だって苦手なんだもん」
「苦手なのはよーく分かってるけど、女みたいに可愛く言うなよ」 
萌花は相変わらず冷たい。
秋月さんは、抹茶のデザートだからそんなに甘くないとかフォローしてくれるが、絶対に甘いもん。
一口食べたら甘々で悶絶するだろう。
「へー、美味いのに。そんなに食べたくないものなの?」
甘い物好きな女子には分からんようだ。


着物を汚さないように昼ごはんを食べながら、他愛ない話をしていた。
食べ終わるまではずっと聞き専だったが、小日向が不意に話題を振ってくる。
「そういえば、年末の予定ってどう?」
「俺か?」
まだ十月だし、年末はまだまだ先だから予定の話はしてなかったか。
「十一月はイベント一つと、十二月は冬コミの新刊を二冊出すから忙しいな」
ツイッター更新やグッズ製作もするから、絵を描く量はかなりやばい。
修学旅行が最後の休憩時間に近い。
そこらへんは小日向も同じらしく、クリスマスまでは仕事ばかりである。
十二月は師走とも言われるくらいで、ずっと走りっぱなしだ。
「冬コミって何日だっけ?」
「十二月の二十九日から三十一日までだな」
「大晦日までイベントやっているんだ。大変だね!」
仕事納めした人達がコミケに参加するわけだから、仕方ないのだ。
オタクは社会人が多いからな。
三十一日まで働いてからコミケに来る人もいるため、会場は死屍累々だ。
「俺はまあ、年末年始は例年通りだが、みんな忙しいのか?」
「私は、クリスマス過ぎたら暇だよ。三が日過ぎたら、ちょっと着物の仕事があるくらい」
「元旦は親族と集まるが、それ以降は暇だな」
「う~ん。私はアメリカ行くと凄くお金かかるし、今年は日本で過ごすかな」
「もえは、ゲームやってる」
「……」
「あ? 何か文句あるんか??」
「ないっす」
萌花さん、喧嘩腰は止めてください。
冬コミが過ぎたら、俺も絵を描いているか、ゲームやってるくらいしかやることないから類友ですよ。
小日向は思い出したように、姿勢を伸ばして飛び上がる。
「あ! 元旦は渋谷で福袋買いに行くよ。もう福袋の予約しちゃった」
「女子は福袋好きだよな。でも、福袋って微妙じゃないのか? 金額的にはお得だろうけど、使わない物も入っているだろ?」
「そうでもないよ。本当にいらない洋服は、モデル友達と交換するし。みんなでお金を出し合って買うこともあるよ」
なるほどね。
何人かでシェアすればハズレを引いても、何とかなるのか。
あとは、最近の福袋は中身が見えるタイプが主流らしく、元々福袋用にデザインした洋服を大量発注してあるので、安くていいものが多い。
オタク向けの闇鍋アニメ福袋とは全然違うな。
「手軽に買うなら、ブランドのコスメ福袋もオススメかな。毎年、ブランドのベーシックコスメをメインに入れてくれているし、毎日使うものが安いと嬉しいよね」
嬉々として語るが、男の俺にコスメを勧めるな。
しかしまあ、福袋のために、元旦から渋谷まで出向いて買いに行く行動力は凄い。
年明けは家から出ることなく、テレビを見ていたい人間とは真逆である。
「興味あるなら、元旦に案内するよ」
「いや、家に居るんでいいです」
キッパリと断る。
「漫画のアイデアになるのになぁ」
「……マジ?」
「元旦の渋谷の街並みは全然違うし、元旦コーデもあるから、参考になるよ」
それは見てみたい。
ファッションは、なまものだ。
雑誌やツイッターだけではファッションの最先端の情報は得られないし、新鮮さは頭打ちになるので、どうしても生身で見て、肌で感じないといけない。
渋谷に初めて行った時だって、渋谷の独特な空気感や、奇抜なファッションは印象的であった。
そう考えると、家にずっと居るより、小日向に案内されて渋谷に出向くのもありか。
こいつがいないと、渋谷に行くことはまずないからな。
「元旦はふうが予定取ったとして、初詣はどーする?」
え?
この流れだけで、もう予定が決定しているのか。
萌花が間髪入れずに話を進めていく。
流石、女子だけあってか、四人もいるとドンドンやりたいことを言い合う。
「じゃあ、二日は初詣ね。三日はアウトレットに行くってことでおけ?」
決まるまでが、はええよ。
「すまん、俺は発言してないぞ?」
「発言するタイミングを逃したから無理」
遊戯王かよ。
どう考えても話す余裕なかっただろうに。
割って入っても怒るじゃないかよ。
秋月さんは萌花を宥めてくれる。
「まあまあ、学校が始まるまで二週間はあるから、東山くんもやりたいがあったら言ってね?」
秋月さんは相変わらず優しい。
「東山は、正月にやりたいことがあるのか?」
「ああ、俺はな。毎年買っているんだが、コーヒーの福袋が欲しくてな」
「お前も大概やんけ」
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