この恋は始まらない

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第23.5話・この恋は嘘じゃない

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日曜日の朝。
文化祭という、慌ただしい日々が終わり。
十月に入る頃には、普通の日常に戻っていく。
色々なイベントが重なり、絵を描く頻度が下がりつつあるので、昼休みや放課後。
家に帰ってからも何時間も絵を描き続けて、鈍っていた手を元に戻していく。
土日は特に集中して時間を作れるので、朝早く起きて一時間でも多く絵を描かないといけないわけだ。
俺の今後の予定はやばい。
十月は秋特有のイベントが目立たなくて暇な印象があるけれど、サークル活動やハロウィンのイラストを描いたり、十月じゃないと出来ないこともある。
オタクとしてはハロウィンなんて、ガチャで新キャラ追加くらいの小さなイベントでしかないが、陽キャの読者モデルが熱く語っていて、新作コスメやハロウィン衣裳。
クリスマスにつぐ勢いで、仕事の案件が入ってきて大変らしい。
毎日のように撮影に追われていて、昼休みは爆睡していた。
そりゃ大変か。
町のデパートや駅前。ドンキですらハロウィン一色だからな。
ハロウィンを盛り上げる為に、雑誌や取材など含めて、読者モデルを起用する企業も多いだろう。
小日向からしたらたまったもんじゃないだろうが、忙しいことはいいことだ。
そんな俺のツイッターも、ハロウィンの煽りを受けて、ハロウィンの洋服や衣裳のリプばかり来ていた。
色々な人から、数十枚以上のハロウィン仕様の可愛い洋服の画像を貰えるのは有難いが、イラストを描けと、無言の圧力を感じていた。
これが同調圧力か。

メイドシリーズの同人誌の新作と、メイドイラストや小日向のファッションイラスト。
それに加えて、ハロウィンという爆弾を抱えながら毎日絵を描いているわけだ。
ハロウィンが過ぎ去り十月が終わっても、十一月には冬コミの同人誌を完成させないといけないし、それが終わってもクリスマスのイラストや、年末の大イベントである冬コミもある。
夏以上の地獄の日々が待ち構えていた。
死ぬ気でやるなら、今からやるしかない。
一日も無駄に出来ない。
俺の周りの人はあれだけ才能豊かで魅力的なのだから、俺も頑張ってそのレベルに上がるべきだ。
学校でも同人でも色々頼られるのは嬉しいが、その期待にちゃんと応えることが今後の課題だろう。
決意を固めて、仕事に取り掛かる前に寝起きのコーヒーを貰いに行く。

「あら? ハジメちゃんおはよう」
「ああ、母さん。おはよう」
キッチンに寄ると、母親は朝食の準備をしていた。
俺なんか超眠い中で頑張って起きているというのに、朝早くから働いていてご苦労なことである。
親父も陽菜もまだ寝ているだろう。
「ハジメちゃん、今日の予定は?」
「ん? ああ、一日部屋に居るつもりかな」
「あらあら、暇なの?」
「いや、忙しいけど」
暇だったら朝早くから起きて来ないわ。
「ずっと家に居たら身体壊すわよ。お昼過ぎたら遊んできたら?」
「………金ないからなぁ」
今後の予定からして、同人誌にかかる印刷費を考えたら、無駄遣いは出来ないものだ。
それに目的なく買い物行く時間がもったいないし。
「もう、おこづかいはちゃんと考えて使っているの?」
いつもの小言が始まった。
グチグチ言い出すあたり、おばさんだけども、口にしたらぶち切れるので黙っておく。
「色々あるんだよ。友達から誘われたら無下には出来ないだろう?」
「金欠ならちゃんと断りなさい」
「まあ、そうなんだろうけどさ。だがまあ、出来るならば、一緒に居たいからさ」
お金を使う場所には行けないが、可能な限りは参加したい。
俺だけじゃなく、みんなそう思っているはずだ。
「あらあらまあまあ。……そうね。今は昔と違って、お金を掛けなくてもデート出来るものね。女の子はね、好きな人と一緒に居るだけで幸せだもの」
ウチの母親は、相変わらずの恋愛脳だな。
別にデートではないと思うけど。
この人、可愛い女の子好きだからな。
可愛い女の子イコールで、娘にしたいとしか思ってなさそうだ。
「そういえば、麗奈ちゃんのメイド姿良かったわね。お人形さんみたいで可愛かったわ」
よんいち組全員可愛いとか思ってそうだが、プライベートの付き合いが多い分か、秋月さんを特に褒めていた。
「母さん、秋月さんに絡み過ぎだから気を付けてくれよ。迷惑していたらどうするんだよ」
「あらあら、そうかしら」
「娘じゃないんだから、節度を持ってくれよ」
「麗奈ちゃんは別にいいって言ってくれるわよ?」
本人と面と向かって、年上の大人を否定出来るやつの方が少ないわ。
「なんなら麗奈ちゃんに直接聞いてみようかしら?」
「下らない用件で連絡するなよ。はあ、可愛い女の子が好きなのは構わないけど……」
頭をよぎる。
何故、母親はいつも以上に饒舌なのだろうかと。
秋月さん推している理由が。
ーーッ!!
やりやがったな、こいつ。
一連の流れには幾つかおかしな点があり、言葉巧みに会話が誘導されている。
その事実に気付くのが遅れてしまった。
母親の居るキッチンではなく、視界外のリビングに目をやる。
「あ、えっと。おはようございます」
「ああ、うん。おはよう」
秋月さんは、ソファーに座ってゆっくりしていた。
一部始終聞いていたみたいで、小さくうずくまっている。
恥ずかしいだろうが、俺も同じ気持ちだ。
死にたいくらいに赤面していた。
「麗奈ちゃんと一緒に朝早くから、お料理の勉強会していたのよ。朝ごはんも手伝ってもらったの」
「……俺、来るの知らなかったけど(怒)」
「あら、サプライズ!」
知っていてやっていたな。
魔王の微笑みである。
母親と口で争ったとしても、勝てる見込みはないので止めておこう。
「まあいいや。……母さん、何時まで勉強会するんだ?」
「十一時くらいまでかしら。少しゆっくりしてからお昼と晩御飯の準備するから、それくらいに終わるわね」
「了解。んじゃ、俺もそれまでには作業終わらせておくわ」
「……あらあら、忙しいんじゃなかったの?」
「まあ忙しいけど。秋月さんが居る時は別だしな」
身内が遊びに来ているのに、そこまでして絵を描くのは違うからな。
仕事とプライベートは両方共に重要である。
どっちも頑張らないとな。


お昼ご飯を食べ終えて、コーヒーを飲みながら少しゆっくりしていたが、二時過ぎには暇になってきたので、母親のお使いがてら秋月さんと二人で出掛けることにした。
家から二十分ほど歩き、俺達は駅前のショッピングモールまで出向いていた。
駅前にしか売ってないスイーツ?だっけか?
母親はそれが好きらしく、その為にわざわざ駅前まで行って買いに来ている。
遠すぎるんで、コンビニ感覚でお使いを頼まないでほしいレベルである。
駅前のショッピングモールに入り、適当にお店を回りながら目的地を目指していく。

「東山くんは回りたい場所ないの? 最初にお菓子買ってしまうとすぐに帰らなくちゃいけなくなるし」
「うーん。特にはないけど、本屋には寄りたいかな」
新しい漫画が出ていないか見るくらいだから重要じゃないが、ファッション雑誌くらいは目を通しておきたい。
「じゃあ本屋さんには寄りましょ」
「秋月さんはどっか寄りたい場所ある?」
「私は雑貨屋さんに行きたいかな。色々な料理グッズがあって面白いの」
嬉しそうだった。
秋月さんは、料理をするのが好きなだけあってか、料理グッズにもこだわっているらしい。
最近は可愛い動物のデザインのグッズが多く、楽しみながら料理が出来て良さげだ。
「女の子はそう言うの好きだよな」
「そうかもね。私はシンプルなデザインも好きだけれど、毎日料理をするとなると楽しい方がいいもの」
休みの日の朝ご飯や昼ご飯だけでも大変そうなのに、母親は毎日作ってくれるし、秋月さんも学校の時はお弁当を持参してきている。
学食や外食ばかりだとバランスも悪いし、食費もかかってしまう。
そう考えたら、料理が得意で好きな人は凄いんだよな。
東山家のキッチンは男子禁制だから、手間隙かけて料理を作ってくれている女性には頭が上がらない。
東山家の魔王たる母親はかなり苦手だが、それでも尊敬しているのは毎日美味しい料理を作ってくれているからだ。
家庭の味は、母親しか出せないものだからな。
母親は、衣食住足りて、人は豊かになるってよく言っていたが、その為に毎日欠かさずに料理するのはやっぱり凄いと思う。
うん、尊敬している。
尊敬しているんだが。
「母親から料理習っているけど、ウザくない? 大丈夫?」
「二人の時は静かな人だからね?」
「あの母親が??」
え? マジ??
あの母親だぞ??
にわとりの音が鳴るおもちゃより五月蝿い母親だぞ???
「教え方も上手で、いいお母さんだと思うけど……。まあ、東山くんの険しい表情も分からなくもないかな……?」
「ちゃんと料理を教えているならいいけど。うん、そうだな。お昼ご飯美味しかったよ」
恥ずかしいしあまり言いたくないけど、ちゃんと感想を言っておく。
母親と秋月さんがお昼に一緒に作っていたのは、トマトソースの自家製パスタ。
サラダと野菜スープといった定番メニューではあるが、母親譲りの手の込んだブイヨンから作っていたのでメチャクチャ美味しかった。
市販のスープでは味わえない美味しさであり、東山家の秘伝の味だ。
そりゃ時間をかけて朝から料理の勉強をするわけである。
「ありがとう。手間隙掛かる分、喜んでもらえると嬉しいかな」
「美味すぎてスープおかわりしたくらいだし、秋月さんは料理上手いよね」
「私は、真央さんの手伝いをしただけどね」
「そうだとしても、いつものスープより数倍も美味しかったから、それは秋月さんのおかげだよ」
母親の手料理だとテンション上がらないが、秋月さんの手料理だと思うと全然違ってくる。
手間隙かけた野菜スープだけでなく、トマトソースのパスタもちゃんと缶詰めから作っていたし、お昼からあのクオリティの手料理が食べられるのは正直幸せ者である。
何でもない日曜日が、記念日になるレベルだ。
それくらいの衝撃的な美味しさだった。
「一人で料理する時はあんまり凝ったものは作らないけれど、食べてくれて喜んでくれる人がいると違うものね」
「そういうものなのかね? 俺が喜んだところで上手いこと言えないけど」
「えっと、テレビみたいに過剰なコメントしても嫌だけど……。私は、素直に美味しいって言ってもらえるだけで充分だからね?」
「それだけじゃ割に合わないと思うが?」
「う~ん。私としては見返りを求めて料理はしていないんだけどなぁ……。色んな人に美味しいって言ってもらえるし、東山くんは食後のお茶を淹れてくれるし、それだけで幸せかな?」
どっちかと言うと、食後にお茶を淹れるだけで、あんなに美味しい手料理を食べられる俺の方が幸せなんだがな。
秋月さんの手料理が食べれるなら、毎日お茶を淹れてもいいくらいだ。

そんなこんなで、雑談しながら色々な場所を巡りつつ、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。
俺は特に買う物がなかったが、秋月さんは幾つか料理グッズを買っていた。
次の勉強会の時に使用するやつらしい。
手料理を褒めた分、やる気になってくれているのは嬉しいが、負担になってないといいが。
最近は土日のどっちかは俺の家に顔を出しているはずだ。
まあ、秋月さんの両親は海外で仕事をしている為、一人で家に居るよりかは楽しいと思ってくれていたら幸いだ。
俺の家なら母親や陽菜もいるし、騒がしいとはいえ寂しくはならないはずだからな。
……今はもう、かけがえのない家族の一員であり、秋月さんが望むならば毎日家に居てくれても構わない。
それくらいに家族はみんな信頼しているだろう。
あまり認めたくはないが、東山家のヒエラルキー的に立場は俺より上だし。

「そういえば忙しいのに買い物に付き合ってくれて良かったの?」
「ん? ああ、問題ないよ。急ぎの予定じゃないし、夜やればいいからさ。それに、文化祭の時の一緒に回れなかった三十分もあるからね」
こちらの都合で、秋月さんとはちゃんと文化祭が回れなかった。
その分の貸しを早めに清算しないといけないので、俺の予定を潰してでも一緒に買い物をするのは全然ありである。
「そうなのね。……萌花が何か言っていたの?」
「あ、いや何も言ってないけど」
「そう……」
「正直、文化祭の時のことは悪いと思ってて。本当であればすぐにでも誘うべきだったんだが。……大切な文化祭だったのに、俺のせいで気を遣わせてしまってすまない。間違えてばかりですまない」
「ううん。……間違ってない。……何も間違ってない」

この恋は嘘じゃない。

嬉しくても涙は出てくる。
だから悲しまないで。

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