この恋は始まらない

こう

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第16.5話・十年以上前の浴衣とお祭り

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麗奈サイド。
みんなで集まり、家の庭先で花火を始める。
兄妹は噴射型の花火を設置し、大物を片付けていく。
麗奈とハジメママはその光景を遠巻きに座って鑑賞していた。
家庭用花火だというのに、噴射されていく花火の火薬の量に驚きながら、火の粉から逃げ惑うのだった。
「ふふふ、いい年頃なのにまだまだ子供ね」
「家で花火も楽しいですね」
「あらあら、麗奈ちゃんはやったことないの?」
「幼稚園の時以来ですね」
「久しぶりなのね。なら、目一杯楽しんでね。そうね、線香花火がいいかしら?」
線香花火はパチパチと小さく音を立てる。
二人で静かに楽しみながら、夏の夜を味わう。
「浴衣お似合いですね」
ハジメママは、髪型こそいつも通りだったが、綺麗な浴衣を着込んでいた。
大人の女性に似合う上品な刺繍が入ったものだ。
色合いや柄は、歳相応の落ち着きを見せていて、同じ女性から見ても魅力的である。
「ありがとう。麗奈ちゃんも似合っているわよ?」
「いえいえ……。私なんか、浴衣に着せられているみたいで、大人の魅力があればなって思います」
「ううん。それがいいんじゃない。若くて青春って感じがするわ」
自然の流れで、頭をなでなでされていた。
麗奈も素直に受け入れている。
実の娘ではないのに、我が子のように愛情を注いでくれている。
不思議な人だ。
「真央さんの学生時代はどうだったんですか? 浴衣を着てお祭りに行かれていたんですよね?」
「ええ、高校生の時はパパとデートしたものだわ。駅前にはショッピングモールもなかったし、かなり小さなお祭りだったけど一緒に回るのは楽しかったわ」
「ずっと仲良しだったんですね」
「学生時代はいっぱい喧嘩したわよ? パパって人付き合い悪いし、要らぬこと言うでしょ? ヤンチャな学生からしたらイライラしちゃうもん」
「でも、痴話喧嘩レベルですよね」
「あらあら、喧嘩は拳でするものよ」
「ーーえ?」
ママは取り扱い注意説。
しかしながら、ハジメママは普通に冗談を言うタイプでもあるので、詳しく聞かないと真相は分からないものだった。
好きな人に八つ当たりするのも、女の子なりの愛情表現の一環だし、可愛い猫ぱんちの可能性もある。
「でも、年齢早くに結婚するくらいですから仲良しだったんですよね? 学生時代から大人になっても、ずっと一緒ってことですし」
「そうねぇ。何だかんだ喧嘩してもパパは許してくれたし、私の癇癪にも真摯に向き合ってくれたから今があるのかも知れないわね」
「……喧嘩しても好きなままって、とても素敵ですね」
恋人同士で喧嘩したら、そのまま喧嘩別れしてしまう場合もある。
好きな人という部分があれど、何かと口うるさく言われたら嫌になってしまうものだ。
麗奈も素直に愛情表現をして恋愛できる性格ではないし、自分の素を出すのは苦手である。
麗奈は、今でこそ精神的には落ち着いているが、好きな人にはかなり迷惑かけるタイプだし、それで嫌われるだろうということは重々承知していた。
ラインの言葉にも数分以上の長考をすることさえある。
そんな性格だからこそ、喧嘩しても愛し合う間柄に憧れていた。
「あらあら、安心して。麗奈ちゃんは私以上に幸せになれるわよ。だってこんなにいい子だもの」
ぎゅっと抱きしめられる。
ほのかにいい匂いがする。
「私は、一年先の未来も不安で、自分が嫌になるんです。駄目ですよね」
「そうなのね。でも未来は不安で分からないから尊いのよ。それでも辛くなったら、ママを頼ってね? いつだって麗奈ちゃんは私の娘だもの」
母性本能を刺激されているのか、抱き付いたまま離してくれない。
抱きしめられて温かみを感じていると、ちょっとだけ心が落ち着いてくる。
麗奈の涙腺が緩んでいた。
「えっと、麦茶持ってきたけど、何しているんだ?」
ハジメパパは二人の不可解な行動を見て、怪訝していた。
麗奈は、涙を少し拭い、笑顔になる。
「あ、お二人の学生時代のお話を聞いていました。痴話喧嘩するほど仲良しだったんですね」
「え? あれが痴話……喧嘩……??」
あれを仲むつまじく表現して痴話喧嘩と称すならば、地獄も天国になるだろう。
そんな顔をしていたのがバレて、母親の一言で即座に威圧される。
「あらあら、パパ? なにかしら??」
「うっす」
今となっては完全に尻に敷かれている父親だったが。
それでもママを愛しているのだから仕方あるまい。
歩んできた道には後悔はない。
ママの浴衣姿を隣でずっと見ていられるのだから、それでいい。
今が幸せならば問題ない。
自分に言い聞かせてきた。
しかし。
「息子よ、お前も女の子には気を付けるのだ」
誰にも聞こえぬように、ポツリとそう呟くのであった。

「やー、ネズミ花火一斉発射」
「こっわ」
息子には全然伝わっていなかった。
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