この恋は始まらない

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第十六話・花火と帰り道と横顔と。後編

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お祭りは終わりに近付いていく。
屋台が並ぶ場所から一歩離れた場所に出ると、人混みはなくなり、すぐさま帰る人と花火まで待機している人に分かれていた。
駅前のモール内には浴衣の人も多く、考えていることは同じである。
ショッピングモールは三階建て構造で、一番上の階まで上がり、高い場所から花火を見渡せるようになっている。
一面ガラス張りなので、室内からでも花火を堪能できる。
しかも涼しいし、休憩用のイスもある。
小日向が特等席と称すわけだ。

「ほぇー、他の人も多いね。遅くなってたら場所確保するのも難しかったかも知れないね」
考えることはみんな同じだ。
人混みから逃れてきた若者は、涼しい室内で花火を見たいのだった。
くまのぬいぐるみを座らせて一息付く。
ずっと抱き抱えていたせいで、腕が震えている。
「はあ、重かった……」
「東っち、もやしっ子か」
「すまんな。ペンより重い物はあまり持たないからな」
「運動会とか空気だったもんね」
運動会は話す内容も盛り上がり所もなくて、全部スルーしていたんだから掘り返さないでほしい。
学年の中でも、下から二十位以内のポテンシャルしかないのだ。
大きなぬいぐるみを一人で運び切ったことに評価をしてほしいくらいである。
あと、萌花と俺は同じくらいの運動神経なんだがな。
「少しは待機時間あるよな? すまないが、花火前にトイレ行ってくるわ」
「おけぴ。もえも行くわ」
「私も手を洗ってくるが、風夏と麗奈はどうする?」
「私は待ってるよ。場所取りもしないといけないからね」
「ええ、風夏と待っているわ」
 小日向と秋月さんは場所取りをしてくれる。
その間に俺達はトイレに行ったり、自販機で飲み物を購入したりする。
トイレに行ったばかりなのに、水分補給をしたくなる不思議。
小日向と秋月さん用に、お茶を買っておく。
トイレの前で二人を待っているが全然来ないので、一人で待ちぼうけをしていた。
祭りだし、女子トイレは混んでいるのかな?
浴衣でトイレに座るの難しいしな。
先に帰るわけにもいかないため、ベンチに座って待つ。
「暇だな……」
待っていてもやることない。
人の流れを見ているくらいだ。
ショッピングモール内は人の往来が激しく、カップルや学生などが楽しそうにしていた。
駅前の祭りだし、ウチの学校の人も居るんだろうか。
考えていた直後だ。
目の前を通りかかったのは顔見知りだった。
「あ、黒川さんと白石さんじゃん!」
浴衣を着て可愛くお洒落をしているが、学校で見知っている人達がいた。
黒川姫鞠さんと、白石絵麻さん。
ちょっと地味めな女の子で、二人は幼稚園からの幼なじみで仲良しらしくいつも一緒に行動している。
オタク趣味を持っている女の子だ。
クラスメートで、美術部の部員である。
学校での絡みは片手ほどだが、何度か話したこともあった。
元々、漫研と美術部は行事や学祭などでイベントの装飾や、ポスター制作とかも共同で行う間柄だ。
美術部は女の子しかいないから、力仕事の掃除や荷物整理を野郎が多い漫研が常日頃のように手伝っているんだが……。
「え? どなたでしょうか?」
「すみません。私達に男の子に話し掛けられるフラグはないので」
他人オーラ全開で、引かれていた。
心の壁が分厚い。
完全に俺って気付いていないようだ。
俺って、思っていた以上に影が薄いのか?
「いや、漫画研究部の東山だよ。ほら」
「え?」
「むむむ?」
何で疑問系なんだ。
長引いたら長引いただけ、俺は傷付くぞ。
「あ、本当だ! 目付きの悪さが東山くんだ」
「ふむふむ。そういわれたら、東山くんだ。浴衣姿だしいつもと髪型違うし、擬態型か~?」
自分では鏡を確認してないから分からなかったけど、他人に見えていたのか。
ナンパされたかと勘違いしていた。
まあ、女の子が浴衣を着て綺麗におめかししていたら、声を描けたくなる気も分かるけど。
しかしながら、二人組に一人で挑むナンパ野郎はいるのかな。
「あはは、気付いてもらえて良かったよ」
心のライフはゼロだけど。
「東山くんもお祭りに来ていたんだね。漫研の人達と一緒なの?」
「いや、一緒にいるのは他の奴等で……」
「ねえねえ。東山くん、彼女居たっけ? 知っている人?」
「絵麻! 失礼だよ!」
「ごふぅっ!?」
肩パン。
仲良しでも怒りそうな一撃を放つ。
凄い衝撃音がして、半身ほど場所がずれたけど。
「え? 白石さん、大丈夫か?」
「うん? 怒ってないから大丈夫よ?」
「そうか……」
殴られた白石さんが真顔すぎて、踏み込みにくい。
絶妙な顔見知りだからなぁ。
距離感が掴めない。
「東山くんは誰か待っているんでしょう?」
「ああ、トイレに行っているから、そろそろ戻ってくるんじゃないか?」
混んでいるのか、化粧を直しているにせよ、結構時間掛かっているしな。
「やー、お待たせ!」
のしのしと歩き、重役出勤のようにゆっくりくる萌花。
「どうしたんだ? ああ、黒川さんと白石さんではないか」
「あ、こんにちは。白鷺さんと子守さんもいたんですね」
黒川さんは、丁寧にお辞儀をする。
「おはたん!」
「ちゃっす!」
萌花は相変わらずのマイペースで、白石さんとハイタッチしていた。
白石さんと仲良かったん?
教室の席近いからか?
「これから皆で花火を観るんだが、一緒にどうだろうか? 風夏や麗奈もいるし、級友で集まるのもいいだろう?」
「私達がお邪魔してもいいんですか?」
「ああ、話す機会があれば仲良くなりたかったからな。有難いくらいだ」
「みんな、ひめとえまのこと知ってるし、大丈夫っしょ。……な?」
女の子同士でキャッキャしているのに、いきなり男に話を振るなよ。
ビックリしたわ。
萌花は、俺に仲を取り持てと言いたいらしい。
「ここで出会ったのも偶然じゃないし。袖すり合うも多生の縁だから、二人が嫌じゃなかったらどうかな?」
「堅苦しく言われたら断れないっしょ」
「俺にどないせい言うねん。陰キャやぞ」
無茶振りするなよ。
黒川さんは小さく笑う。
「はい。お願いします。東山くんの言うとおり、縁があると思ってこの機会を活かさないとね。絵麻もそれでいい?」
「おけまる!」
頭の上で、大きな丸を作る。
白石さん、萌花と同タイプなのか?
フィーリング合うはずだわ。
「では、風夏達の元に戻らないとな」


「みんな、お帰り!」
「あれ? 黒川さんと白石さん」
「誘われて来ました」
「よろしくです」
次の瞬間には大きなくまのぬいぐるみに驚愕しながら、二人と打ち解けていた。
小日向と秋月さんに、買っておいたお茶を渡しておく。
総勢七人集まってショッピングモール内のイスを占領していると、座るところがなくなるので俺は立って待つことにした。
黒川さんは、小日向と秋月さんと一緒に会話をしていた。
他の奴等は祭りで何を買ったかの話をしている。

黒川さんの隣に小日向が座り、他愛ない話をしていた。
「えっと、皆さん可愛いですね。モデルさんみたいで……」
「黒川さんも可愛いよ。お人形さんみたいだよ」
「ええ、そんなことないですよ」
「ううん。制服姿以外見たことないからすっごく新鮮だよ」
女子は、互いを褒め合う文化でもあるのか。
和気あいあいとしている。
黒川さんは顔を赤くして照れていた。
「顔赤くなってるよ」
「え~、見ないでください」
何か可愛いな。
小日向達は撮影用に完璧に仕立てた綺麗な感じが際立つが、黒川さん達は普段の見た目そのままで着飾っているのが女の子っぽくて可愛いとは思う。
呆気なさが残る学生っぽい可愛さだ。
まあ、美少女か美人のどちらに憧れるかによるんだろうが。
どっちもありだな。
「みなさん綺麗ですけど、お店で着付けしたんですか?」
「ううん。東山くんのお母さんがやってくれたんだよ。綺麗でしょ」
「んん?」
「えっとね、私達の家は浴衣持ってなくて。東山くんの家にいっぱい浴衣があったから、みんなの分を貸してくれたんだ。ほら、この髪型もやってくれたんだよ!」
「風夏、あんまり話したら駄目だよ」
「そうなの?」
「黒川さん、私達の関係性を理解出来てないから」
思考回路がパンクしている。
教室では何ら接点がないのに、仲良さそうに遊んでいるわけだしな。
陽キャと陰キャだ。
そんな奴等が、どうして仲が良いのかは、最初から話さないと分からないだろう。
……うん。
いや、俺にもわかんねぇわ。
どうやって小日向達と出会って、仲良くなったんだっけか。
かなり前のこと過ぎて忘れた。
黒川さんはハッとした表情をする。
「えっと、思い出した。授業参観の時に東山くんのお母さん居ましたよね? 凄く綺麗だったから覚えてる」
「ね! とっても美人で優しいんだよ」
小日向はベタ褒めしているけどさ。
肉親からしたら魔王にしか見えないんだがな。
基本的に厳しいからな。
「みんなプライベートで仲良いんですね。いいですね。そういうの憧れます」


そんなこんなで時間が過ぎていき、花火の時間になる。
ーードンドン!
打ち上げ花火は上空で大きく開き、色彩豊かな火薬の花を咲かせていく。
花火は上がっていき、何度も何度も咲き乱れて、会話するのも忘れてしまうくらいに夢中にさせてくれる。
全員が全員、花火に夢中だった。
「綺麗だね」
「ああ」
子供のようにはしゃぎ回りそうな小日向ですら、一言呟くだけで終わってしまう。
十分も掛からない間に全ての花火は打ち上げられて、花火の綺麗さと儚さを教えてくれるのであった。
儚い故に、記憶に残るものだ。
余韻を噛み締めながら、花火を楽しんでいた。
少し時間を置いて、小日向が話し始める。
「カメラで撮っておけばよかったかな? 忘れてたよ」
「小日向。花火は儚いものなんだから、写真に残すのは野暮だぞ」
「そうなの?」
「いや、正直俺も写真撮るの忘れてた」
「本当? いぇ~い。仲間だ~!」
拳と拳で挨拶をする。
アメリカ流かな?
黒川さんが理解出来ないテンションでいくのは止めようぜ。
俺だって小日向に慣れていても、訳が分からん。
「お二人は仲良しなんですね」
「いや、そうでもない」
「えっ!?」
「冗談だ」
「東山くん、冗談言うんだ」
「ねえねえ、私達は仲良いよね?」
小日向が揺さぶってくる。
加減が出来ないお子様なので本気気味で、俺の三半規管が破壊される。
「仲良いって言うか、漫才だろ。これ」
「なるほど。相棒ってことだね」
「俺達にバディ要素あるか?」
「一緒にツイッターで仕事しているじゃん」
小日向と知り合って、本格的に仲良くなったのはイラストからだったな。
最初は数回で終わるような気がしていたが、数ヶ月の間ずっと続けてきたことで、女性ファンも初めて出来た。
楽しいことも辛いこともあったが、小日向が居たから乗り越えられたこともある。
彼女には感謝している。
「いやでも、相棒は無いな」
「え~、何で?」
「小日向と相棒とか、10:0で俺に負担掛かるだろ……」
「……」
いや、否定してくれよ。
小日向さん?


花火が終わり、祭りの光は落ちていく。
帰る頃には祭りの騒がしさはなくなって、少しの間だが雑談をしながら帰路に着く。
黒川さんと白石さんは、駅前のロータリーで解散する。
「夜遅いから送って行こうか? 女の子二人だと危ないからさ」
「大丈夫ですよ。お父さんが車で迎えに来てくれますので」
「そうか。よかった。気を付けて帰ってね」
「はい。ありがとうございます」
「今日は楽しかった。また遊ぼう。でゅわ!」
みんなは手を振ってバイバイする。
小日向と白鷺が無駄に長くバイバイしているせいか、黒川さんが困惑していた。
微笑ましい光景なのだろうが、陽キャのテンションに合わせている黒川さんも可哀想だな。

「東っち?」
「どうした?」
不意に萌花が話しかけてきた。
「女の子に粉をかけるのは止めた方がいいよ」
「口説いていないし、そういうわけではないが。え? そう見えるのか?」
「もえ達と東っちは何度も話しているから、本心から夜遅くて心配しているって秒で理解できるよ。でも、知らない人は女の子として特別扱いしてくれてると思うっしょ?」
「そうなのか? でも最近は事件ばっかりで危ないし、心配するのは普通だろ?」
「裏表なく誰かを心配するクソ真面目なやつは、東っちだけだからな。野郎が優しくする時は、大体は可愛い女の子が目的やぞ」
「いやいや、そんなことないだろ?」
隣に居た秋月さんと目が合う。
「ニコッ」
こちらに気付いてか、優しく微笑む。
すみません、怖いっす。
柔らかな笑顔の裏には闇を感じさせるものがあった。
サイコホラー感が凄い。
母親から悪い影響を受けていないか?
「う、うん。もえの言うことは正しいのか? じゃあ、あんまり心配したり、聞くのは駄目なのか?」
「仲が良い人ならオッケー。あまり話さない人ならダメかな。東っちの性格だと判断はむずかしいだろうけど」
「うん。よく分からん。人間同士の距離感って難しいな」
「まあそれが人間よ。でも、もえ達相手なら、そこら辺は適当でいいよ。ソウルで感じてるし」
ソウルメイトってやつか。
男の俺には、友達とソウルメイトの何が違うのか分からないが、萌花的には重要なのだろう。
「なあ、今更なんだけどさ」
「なんなのさ」
「もえは何で俺を高く評価してくれているんだ? どこにでもいるようなやつだぞ?」
「ふうもふゆも、れーなも東っちには好感触だからじゃね? 突き詰めるといいやつだし」
「好感触か? まあ、好かれているなら有難いけど……」
自己分析は苦手なんだよな。
陰キャだから、会話するのも苦手だし。
そんな中でも話しやすいのがこのメンバーだった。
小日向と白鷺は二人で楽しそうに話している。
元々が善人である、あの二人に嫌われる方が難しい気もするけど。
秋月さんも同様である。
その点萌花は好き嫌いが激しく、ハッキリとした人間故に気難しいといえる。
グループ内では何だかんだ優しいやつだが、こと他の人間には普通に噛み付くからな。

「ああ、そうだ。東っち」
「どうした?」
「何度か家にれーな呼んだことあるっしょ? ふうとふゆには言わないでおくわ」
「ああ、うん……。ありがとう」
「萌花、いつ気付いたの? 何も言ってなかったじゃない」
「最初から分かってたし。れーなは、家に遊びに行った時の挙動が初見じゃなかったし。東っちも、れーなには部屋の場所の説明とかしてなかったじゃん」
そうだったっけ。
いやまあ、萌花なら細かな部分で関係性とか距離感とかを察するのかも知れないけどさ。
よく見てるもんだな。
「萌花も気付いていたなら、言ってくれればよかったのに」
「どう考えても地雷だったからね。判断付かなかったし、そんな中で自分からは地雷を踏みに行かないっしょ」
「そう?」
「知らない間に、二人でエロいことしてたら嫌じゃん。親友の猥談はきついっすわ」
「してないから。健全ですから」
誤解を解消するために説明をする。
うんうん。
萌花はわかってくれたように頷いていた。
「でも、東っちはれーなのおっぱいばっかり見てるけどな」
「やめろ、そんな見てないわ!二、三回くらいだけだ」
「そっちはそっちでちゃんと否定して……」
いや、嘘発見器みたいなやつだし。
否定してもバレるのだから、正直に自白した方がいい。
「れーなのおっぱいはもえのだからな。それだけは譲れないぞ」
「しらんよ」
「ただのセクハラだから訴えるわよ?」
「送り状に震えて待っていろ」
「え~、東っちもれーなもボロカスに言うじゃん」
「女性同士でも犯罪だからね?」
女の子の可愛いキャッキャが許されるのは、漫画の世界だけである。
リアルでやったらやばい奴だ。
それに、萌花のタイプ的にも百合ではないからな。
誰がどう見ても、秋月さんを執拗に狙うただのエロガキにしか見えない。
「もえの愛を分かってくれないなんて、まぢ悲しみ」
「歪んだ愛ねボソッ」
ごふっ。
笑わせるなよ。


夜遅くなってしまうが、みんなには一度俺の家に寄ってもらう。
私服を置いているし、浴衣から私服へと着替えて帰らないといけないからだ。
リビングに入る。
家族も祭りに行っていたが、俺達よりは早く帰宅していたようだった。
母親は、お茶を飲んでまったりしていた。
「あらあら、その為にわざわざ帰って来たの? 別に浴衣のままでもよかったのに」
「でも、汚しちゃうかもしれないですし」
小日向は相変わらず母親には慣れていないご様子だ。
俺の両親なんだから、適当に受け答えすればいいのに。
「そう? でも、みんなのご両親も浴衣姿を見せてあげたら喜ぶでしょう? 気にせずそのまま帰っていいわよ」
私服はエコバッグに入れておいたようだ。
他の部屋には陽菜や親父はいるだろうし、母親なりに気を遣ってくれているのか。
白鷺はお辞儀をする。
「この度はこのような貴重な場を設けて頂きありがとうございます。浴衣をお返しする時に再度お礼を致します」
「あらあらまあまあ、十代の女の子がそんなことをしなくていいわ。みんないい子だし、気兼ねなく遊びに来てね。……ハジメちゃんも楽しそうだから、ね?」
横腹を小突かれる。
俺が言わないといけないのか。
「ああ、気軽に遊びに来てくれ」
「いいの?!」
「いや、……たまににしてくれ」
週一で来そうなやついたわ。
「じゃあ、どのくらい?」
「月一くらい」
「週一」
「隔週でも多いわ」
毎日のようにラインをしているんだから、満足してくれよ。
それに、週一で遊んでいたら親友でも飽きるわ。
「ぶーぶー、週一は普通だよ」
「そうだそうだ」
「まあ、友達なら普通かもしれないかな……」
「争え。もっと争え……」
面白半分で焚き付けているやつがいるぞ。
マッチポンプ子守萌花だ。
こいつの場合は、火は消さないから違うやつだな。
「ともかく夜遅いし、送っていくから準備してくれ。ほら、そこのもえは寛いでいないで荷物を纏めてくれ」
風呂あがりのリラックスタイムばりに、母親と一緒に椅子に座ってお茶飲んでいた。
知り合いとはいえど、他人の母親とお茶飲みながらまったりするとは、適応力凄いな。
度胸試しでもしているのか。
「あーね、お茶飲み終わってからでいい? 食べ物飲み物は残すなってママから教わってて」
「なるほど。真面目だな」
「んにゃ。どっちかというと、ただの貧乏性だけどね」
お茶とはいえ、残さないようにするのは悪いことではないがな。


しばらくしてから駅前に行き、白鷺と萌花を送り届けて、駅から近い小日向の家に行くのだった。
「じゃあね! 今日は楽しかった!」
小日向はマンションの玄関口で手を振りながらそう言っていた。
無駄に話が長いからオートロックが閉まっているんだが。
「小日向、すまん。夜遅いし早く帰って」
「冷たいなぁ」
「明日は仕事だろ? 夜風が寒いし、風邪引くぞ」
休みの日はアホみたいに遊んでいるが、体調を一番気を付けないといけないやつが注意力が足りていない。
美味しいごはん食べていれば、毎日元気にしているタイプだろうけど。
「あ、そうだった。早起きしなきゃね」
「寝坊するなよ」
「うん。麗奈のことよろしくね。バイバイ」
「ああ、今日はありがとう」
「風夏、またね。今度時間が空いたら教えてね」
小日向は何度か振り返り、こちらを確認してから帰っていった。
相変わらず、子供のようなやつである。
「さて、俺達も帰りますか……」
「ええ。ただでさえ遅くなっているものね」
「家から遠くなるのに、付き合ってくれてすまない」
「大丈夫。そういう成り行きだったから」
「そう言ってくれると有難い」
雑談しながら、秋月さんの家に向かい出す。
特に話すほどの内容はなく、祭りで何を買ったかとか、食べて美味しかったものの話とかである。
一緒に祭りを回り、同じ行動をしていたから、思い出を再確認しているって感じだな。
祭りの時はほぼ振り回されていた秋月さんではあったが、楽しそうに話していた。
俺達はあまりお金を使っていなかったが、十分に楽しめたものだ。
「これだけ楽しいなら、久々に祭りに行くのもいいものだな」
「小さい頃は行っていたのでしょう?」
「ん? ああ、最後に行ったのは小学生の時だから、三年以上は行ってないな」
「東山くんは、祭りは好きじゃないの?」
「いや、行く時は陽菜が一緒だったし、陽菜が友達と行き始めてからは行かなくなったな」
家族と行くなら、強制イベントだが。
自分から祭りを楽しみに行くキャラでもないしな。
人混みの中を回るのはコミケだけでいい。
「ふふ、お兄ちゃんだね」
「そういう秋月さんはどうなの?」
「小さい頃は家族みんなで行ったこともあるけど、最近は海外ばかりだからね」
「アメリカだっけか。離れて暮らすのも大変だな」
「たまにライン通話しているけどね」
「そうなのか?」
「離れて暮らしてはいるけれど、二人とも私には甘いから」
「なるほど。親からしたら、娘は可愛いだろうからね」
ウチの陽菜ですら愛娘として扱われるのだ。
それが秋月さんであれば、箱入り娘並みに愛されているはずである。
秋月さんの話し方や身なりだけでなく、小さな所作もいいところのお嬢様だしな。
まあ、白鷺とかのスペックが異常なやつが親友だから目立たないが、それを差し引いてもクラスでの人気は高い。
元々が母性溢れる人で、みんなに優しいからな。
「秋月さんなら自慢の娘だろうな」
「そうだといいかな? ……東山くん。気を遣ってくれて、ありがとう」
「いや、そんなことはないが」
「そういうことにしておくね。……そうだ、家に帰ったら何をするの?」
「ん~、風呂に入って珈琲飲むかな?」
「それって、いつも通りだよ」
日課だからそりゃそうだな。
秋月さん的にはツボに入ったみたいで、笑っていた。
この人のセンスは特殊だから、俺には理解出来ないな。
母親からラインがくる。
『去年の花火見付けたからやりましょ』
写真の中の母親は、新品未開封品を片手にはしゃいでいた。
暇人かな。
秋月さんにもラインが来ていたらしく、踵を返して東山家に向かう。
「秋月さん、もう家に着くのにいいの?」
「うん。誘ってもらったから」
「嫌なら断っていいからね? あの母親を甘やかすと付け上がるんだから、気を付けてよ」
「でも、今日は色々してもらっているからね。真央さんが手伝ってくれなかったら、浴衣を着る機会もなかったし」
そこは感謝しているけどさ。
母親からしたら、年頃の女の子に可愛い浴衣を着せてお人形さんにしたいだけだとは思う。
可愛い女の子見るとよくあるやつだ。
着せかえたい気持ちは分かる。
浴衣姿の女の子の隣を歩き、横顔を見ているだけでもいいものである。
十二分に幸せだ。
秋月さんと不意に目が合う。
「どうしたの?」
「いや、まあ、浴衣姿もいいものだよねって思ってさ」
「あ、胸見ていたでしょ」
「見てない。……けど、それでいいよ。ごめんなさい」
もう少しだけ彼女の浴衣姿を見れるのであれば、家族と花火をするのも悪くない。
秋月さんの彼氏になれるやつは幸せだろう。
夏になったら毎年浴衣姿が見れるなら、毎日が楽しく過ごせるはずだ。
来年もまた祭りに行こう。
そう思えるのだ。
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