この恋は始まらない

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第八話・私のお仕事

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ホームルームの時に、テストの成績表が渡される。
そこには緊張のあまりに心臓が痛くなるほどに、みんなが気になっている学年順位と赤点の通達が来る。
横長の紙一枚で今後の運命が左右するのだ。
「やったー! 赤点なし!」
「マジヤバ完全勝利!」
よし、大丈夫そうだな。
小日向と萌花は、おおはしゃぎである。
「やっとテストから解放されたよ」
「マジテン上がってきた!」
「二人とも、悪いんだけど。中間テストだから、来月に期末テストあるけど」
「マジ?」
「マ?」
「夏休み前だから、多少は間が空くけどね」
テンションがジェットコースター並みに急降下していた。
静かに席に着く。
小日向は咽び泣く。
「次は赤点だあぁぁぁ。うわあぁぁぁん」
「またみんなで勉強会するから頑張りましょう?」
「え? また私は空気になるのか?」
一番の被害者は白鷺かも知れない。
黙々と勉強していたせいで、完全に出番がなく終わっていた。
問題を起こさないのが問題である。
次はちゃんと相手をしてあげたいが、夏前となると俺の予定が分からなかった。
期末テストは七月にあるため、オタクとしては各種イベントや夏コミの準備と被っているのでタイミング次第では付き合えない気がする。
特に七月末は、印刷の締め切りがあるしな。
下手したら死んでいるだろう。
今年に関しては、自分が出すメイド本だけではなく、漫研の作業や、白鷺が夏コミに参加できるようにお膳立てする必要がある。
また、パソコンが壊れていた間に空いたリクエストを消化したり、小日向のイラスト案を練らないといけない。
え、かなりやばくね?
六月が終わるってのに、一ヶ月で全部やらないといけないのか?
血の気が引く。
スケジュール管理しないとやばい。
ああ、パソコンの修理が終わったから回収しに行かないと。


昼休みの部室。
「お久しぶり!」
「お疲れ」
テスト期間中は昼休みも勉強漬けだったせいか、部室から足が遠のいていたため、来るのは一週間ぶりになるのか。
まあ、パソコンない状態で部室に来る理由など、小日向と会話するか、寝ているの起こすかくらいだったしな。
「久しぶりに本気で頑張ったよ。ほめてほめて」
「ああ、よく頑張ったな」
苦手な教科の点数としては平均的でギリギリではあるけど、頑張っていたのは知っている。丁寧に理解して覚えた教科は、上から数えた方が早いくらいだった。
ちょっとだけだが、俺よりも点数がいい教科もあった。
「やった! ご褒美は?」
「お菓子入ってたっけな? ああ、アメなら机の中に入ってるわ」
ご機嫌取り用の常備品だが、まあいいだろう。
気にせず美味しそうに舐めているし。
お菓子代が安く済むため助かる。
「テスト終わったけど、どうするの?」
「ん? ああ、今日パソコン修理終わったから、いつもの日常に戻るよ」
「そっか、受け取り行かないとね」
「付いてくるのか?」
「最後までちゃんと付き合うよ」
「そうか。受け取るだけだから時間は掛からないけどそれでいいなら、よろしく頼む」
同行してくれるのは有り難いが引換券渡して、パソコンを受け取りサインするだけだ。
数分あれば終わる作業だが、それでも構わないと言う。
「あと、この前に話していた仕事場の見学。行お願いしたから、来る?」
小日向が前に話していたやつか。
仕事風景を見たいけど、予定を合わせるのが難しいから、出来るだけ早く行きたいものだ。
「ありがとう。いつ行けばいい?」
「えっとね、今日でもいいよ。六時から八時くらいの単発だから、それでいいなら。うん」
早いわ。
もうちょっと余裕を持って……。
小日向には難しい注文か。
思い立ったが吉日だ。
早めに行った方がいいだろう。
「わかった。パソコン受け取るのは後日にするから、今日行こうか」
「パソコン受け取ってからでも間に合うよ?」
「いや、何かあって遅れたらやばいだろ。あと、仕事のことを色々と聞きたいからな。早めに行こう」
「そかそか。オッケー、マネージャーに連絡しておくね!」
「ああ、頼む」


渋谷駅まで向かう。
渋谷に来るのは初めてで、メチャクチャ人混みがやばい。
路線がごちゃごちゃしているからか、人の流れが分からん。
「こっちだよ」
「いや、ちょっと待って」
小日向はヒョイヒョイと進む。
渋谷の人混みは、慣れているやつには楽々なんだろうが、横切る人が多くて追い付かない。
コミケみたいに統率された動きなら簡単なんだが、色々な人が集まる場所の動き過ぎて対処出来ない。
渋谷が乱雑な街とは言わないが、この中を悠々と歩いていく小日向は凄いな。
「ほらほら、こっちこっち」
手を繋いで誘導される。
そして急に走り出す。
何で喜んでいるのか知らないが、メチャクチャな速度で人混みを駆け抜けていく。
普通に迷惑行為。
「とうちゃーく! ようこそ渋谷へ」
「はあはあ、何で走るんだよ」
「楽しかったでしょ?」
ちゃんとした理由を説明してくれ。
いやまあ、小日向だしなぁ……。
手を繋いで駆け抜けてきたが、駅を出たら素直に手を離したし、何の意味があったのか知りたい。
「いや、楽しいのか、これ?」
「楽しいよ。ほら、渋谷は初めてでしょ?」
辺りを見回して、自分のホームタウンを自慢していた。
渋谷の街はごった煮みたいで汚いけど、歩いていく人々は独特なファッションで身を包んでおり、雑誌の中の住人みたいだった。
制服姿でいる俺達の方が浮いているくらいだ。
まあ、小日向は地味な制服でも、馴染んでいるんだがな。
「どしたの?」
「制服姿でも存在感が強いって、小日向はやっぱ読者モデルなんだよな」
制服姿でも関係なく、立ち振舞いからしても、カリスマ性がある。
「あーね! 目立つからいつもはマスクしてるんだけど、そういえば忘れてた」
通り過ぎる人達は、みんな小日向を見ている。
読者モデルの有名人が渋谷に居れば、気付く人はかなり多いはずで。
「それやばくね?」
「めんちゃい」
駅前だというのに、十数人の学生や二十代の女性に囲まれる。
ぞろぞろと集まり出すが、嫌な顔をせずにサインに応じる小日向であった。
囲いが出来ないように壁際まで誘導し、最後の人を決めて早々に捌けさせる。
「ここで終了です! すみませんがここで終了です!」
コミケの会場か、ここは。
強制的に列を吐かせる。
文句垂れる人もいたけれど、大半は小日向のガチファンらしく悲しそうにしていたが、オタク特有の推しの邪魔にはなりたくないらしく、素直に頷いていた。

「ハジメさんですよね! 風夏ちゃんのイラスト描いてる!」
「はあ……そうですけど」
目の前に居るのは、中学生くらいの女の子だった。
垢抜けていないけど、ギャル系のファッションをしていた。
「私、ファンなんです! サイン貰ってもいいですか!?」
瞳の中は、キラキラしていた。
小日向がサインを拒まない理由がよく分かる。
手帳片手に、めっちゃくちゃ緊張しながらお願いしてくるのだった。
「俺でいいの? あっちに本人いるよ?」
「はい。お願いしますぅ」
ただのオタクの反応している。
何でか知らんが、顔が絶頂している。
そこまで喜んでもらえるほど、熱烈なファンでいてくれるのは喜ばしいが。
「線描きは無理だから、ラフイラストでいいなら……」
時間がないため、小日向風夏のイラストを簡単に描く。
パソコンが壊れていたのでイラストを描けていなかったが、ちゃんと手に馴染んでいた。
手帳サイズなので満足いく書き込みは出来ないけど、サインでも手は抜いていない。
俺の絵で満足してくれたみたいであり、手帳を抱き締めている。
「はええ、額縁に入れて家宝にします」
「いや、それはやめてほしいかな……」


三十分ほど時間を取られ、やっと解放された。
目的地まで歩いて向かっていた。
その後に小日向は顔を隠すためにマスクをしているが。
「へぇ、可愛いファンとかいるんだね?」
くっそ機嫌悪かった。
マスク越しでも雰囲気が駄々漏れである。
顔を合わせようとせず、ツンケンしながら歩く。
「いや、普通に小日向のファンだよ。俺のファンならイベントで直接挨拶来るし」
「でもずっと話していたじゃん」
「ああ、あれは小日向のイラスト本出して欲しいって言われたから、軽く意見を聞いていただけだ」
「絵が描けないの励ましてくれたから、ファンなのは確かだろうがな」
小日向のイラストは、無償で描いてるだけで、そこから同人誌にしたり、グッズを作ったりしようとは思っていない。
そもそも読者モデルの小日向に肖像権がいくため、営利目的にすると小日向の事務所を通さないといけない。
それ以上に、好き勝手二人で内容を決めてイラストにするのが好きなので、現状のままがよかった。
でも、絵を描き続けていくのであれば、指摘や要望から目を背けていくわけにはいかない。
無償本ならありなのか……?
「絵が描けなくて、ごめんね」
「いや、逆に感謝しているよ。何だかんだ、落ち着いて休めたし悪いことばかりじゃないよ」
「そう?」
「絵が描けなくて暇じゃなければ、勉強会に参加してなかったと思うからな」
「だね! ありがとう、みんな感謝してたよ! 期末テストの時もよろしくね!」
「時間の余裕があったらな。忙しいかも知れないから、その時は頑張ってくれ」
「え~なんでよ」
「コミケがあるからな」
「あー」
分かってない顔をしている。
読者モデルからは程遠く、コスプレとは真逆で無縁な存在なので、知らない方が普通だろう。
「事務所の先輩が行ったことあるって。めっちゃ人が多いところだって言ってた」
「年に二回しかないイベントだから、忙しくなるんだよ。今のうちに頑張って絵を描いて、実力を上げないといけないんだ」
コミケレベルになると、身内やファンだけでなく一見のお客さんも増える。
今よりも画力を上げて、可愛い絵を押し出さないと、同人誌を手に取ってもらえない。。
コミケという大舞台で、俺みたいな知名度が低いサークルにわざわざ来てくれる人達のためにも、やれることは全部やらなくてはいけない。
小日向は手を上げている。
「はいはい! コミケ行ってみたい!」
「いや、一般人が来たら死ぬから無理」
特に夏コミで初参加とか、熱中症でぶっ倒れるのは目に見えている。
慣れている俺でも万全な準備をしていても、心配なぐらいだ。
「ぜったい行く」
「いや、やめろ」
「ぜったい行く」
「いや、やめろって」
「死んでも行く」
強情なやつだな。
テコでも動かない鋼の意志だ。
「俺が案内しないって言っても来るだろ……」
「よくわかっていらっしゃる」
舐めてんのか、こいつ。
夏コミに行くとか、確実に死ぬぞ。
はあ、仕方ない。
こいつ一人で好き勝手させたら、読者モデルがコミケに参加し、熱中症でぶっ倒れるとか、トレンド入りしそうだしな。
「わかった。詳しい予定日はラインで送るから、ちゃんと大人しくしているんだぞ」
「おけまる!」
小日向は、両手でオッケーサインを作る。
超不安しかない。
マスク越しでも死相が見えた。


それから程なくして、事務所兼撮影スタジオに着いた。
事務所の中はかなり広く、十人以上のスタッフがいた。
スタッフ全員が女性なのは、読者モデルの事務所だからなのか。
視線がこちらに集中する。
滅茶苦茶気まずい。
「おはようございます!」
「お邪魔します」
小日向の仕事先だから、粗相がないようにしないとな。
「東山くんですね。小日向風夏のマネージャーの白鳥ハヤテです。よろしくお願いします」
スーツ姿の美人さんから、名刺を頂いた。
モデルの人と言われても納得するくらいに美人だったが、名刺を渡す所作はマネージャーのそれであった。
「名刺、ありがとうございます。こちらこそよ
ろしくお願いします」
「若い子なのに礼儀がしっかりしているのね。ウチの小日向が迷惑掛けていませんか?」
「同じく友人代表として、こんな面倒な人間のマネージャーをして頂き大変申し訳ございません。これからもよろしくお願い致します」
二人して平謝りである。
地面に頭が付きそうなくらいだった。
「えー、二人とも何でよ」
「風夏ちゃんの友達なんて、かなり奇特な人でしょ。感謝しておかないと駄目だわ」
「札束積まれてもマネージャーなんかしたくないのに、やってくれているんだぞ。感謝するわ」
ボロカス。
根本的には悪いやつではないが、構って欲しがるタイプであり、仕事中でもその性格が出ているのはよく分かる。
実際に、年上のマネージャーにベッタリとくっついて話していた。
腕にくっついていて、コアラみたいだ。
「風夏ちゃん、撮影準備出来てるから始めましょ」
「はーい」
そのまま行こうと思ったが、踵を返し戻ってくる。
「ちゃんと見ててね!」
「おうよ」
小日向は、アホみたいにはにかんで笑っていた。
すぐに事務所奥の撮影スタジオに走っていく。
「あ! 脱いじゃ、駄目よ! 男の子いるんだから、カーテンの仕切り!」
シャッ!
秒で見えなくなった。

コントかな……?

まあ、読者モデルだから着替える準備はかなり掛かるはずだし、ゆっくり待つことにする。
「東山くん、お茶でいいかしら?」
「ありがとうございます」
ペットボトルの冷えたお茶をくれた。
「あんな子だけど仲良くしてくれてありがとうね。一時期は友達と遊べないからって、ずっと拗ねててね……」
「そうなんですか? 俺の前では死ぬほど自慢してましたけど?」
男の俺に、読者モデルの良さを延々と語っていた。
モデルの仕事が好きな感情はあれど、拗ねているって感じはなかった。
仕事が忙しくて眠いくらいは愚痴っていたが、友達と遊びたいから癇癪起こしていたことはない。
まあ、陽キャズと遊べないのは、小日向にとってはストレスになるんだろうがな。
「東山くんのおかげかも知れないわね。最近、ファッションの勉強も自主的にやってくれるのよ」
「頑張っているんですね」
「風夏からすれば、才能のある読者モデルとして見栄えよく、褒めて欲しいのでしょうが、たゆまぬ努力をしている部分も知って頂ければ幸いです。ファンであれば華やかな部分を見せるべきですが、友達に努力を知られないのは悲しいですからね」
「分かりました」
仕事の立場ではマネージャーであり年上ではあるが、年齢関係なく大切なパートナーとして心配しているのだった。
小日向に関しては無用な心配だとは思うが、元々の感性が豊かな分ダメージを受けやすいのも事実である。
白鳥さんからすれば、俺も小日向もまだまだ子供だ。
楽しく仕事をさせてあげたい。
才能だけではなく、彼女の努力を知ってもらいたいのだろう。
「白鳥さんはいい人ですね。貴女がパートナーで、小日向も幸せだと思います」
「風夏も貴方みたいな人がパートナーで幸せでしょうね」
「ええ、仕事仲間として、いい刺激をもらっています」
「……解釈違いな気もするけど」

「仲良くしてる!」
カーテン越しに覗いている。
「待ってる間に色々教えてもらっているだけだ。まだ準備終わらないのか?」
「女の子はね、化粧して髪を整えたり色々準備がいるんだよ」
「それならそれで途中でこっち来たら、みんなに迷惑かかるから、早く戻れよ」
「優しくないなぁ」
「いや、仕事風景見せてくれよ」
小日向は当初の目的を思い出したのか、ハッとしていた。
いや、仕事を見せてもらいに来たの忘れたんかい。
カーテンから引っ込み、慌てて準備をする。
騒がしい声だけが聞こえてきた。
「あんなのが読者モデルでいいんですか?」
「えっと、うん。最近のモデルは、キャラクター性も重要だから」
苦しい言い訳であった。
しいて言うなら、お馬鹿タレント枠だな。


それから二時間ほどの間に、二十着の洋服に袖を通し、数百枚以上撮影していく。
ブランド会社から依頼された仕事なので、洋服の殆どは同じブランドのものばかりであった。
好きなものを着るだけが仕事ではないし、読者モデルとしての可愛さよりも、洋服を格好よく綺麗に見せる方が重要だ。
依頼されたブランドの品位を保ちつつ、ファンや女性に買ってもらうのが仕事であり。
購買に繋がらなければ、意味を成さない。
スタッフ総出で着こなした場面の演出をして、デート風景の女の子。休日に一人で買い物に行く女性。少ないおこづかいで洋服を揃えた学生など。
場面に合わせて衣裳を変えていく。
小日向個人としては、洋服に合うように立ち振舞いや小物などを活かしてトレンドを組み込んでいく。
数百種類のアイテムを的確な場面で使用していくのは、プロの仕事だな。
十人以上いるスタッフは、役割分担して円滑に進める。
タイムラグなく次の準備を終え、着替えと撮影を繰り返していく。
見ている分でもえぐいくらいに急ピッチに進めていくので、体力的にもかなりの重労働である。
「あと何着?」
「二着で終わりです」
佳境を迎えており、スタッフの体力も精神もボロボロになっていく。
撮影を終えて山積みになっていく洋服を綺麗に畳んでいる。
「やったるでぇ」
両手を上げてガッツポーズを取る。
何であいつはまだまだ元気なんだよ。
テンションが徐々に上がっているのか、集中力が乱れているのか、ラフなポーズで撮影している。
俺は、さっきからずっと撮影見ているだけだ。
読者モデルとして仕事をしている小日向とは、住む世界が違うのを実感する。
「このコーデだと何か足りないんだけど、どう思う?」
小日向は、普通にこちらまで近付いてきた。
「何で俺に聞くんだ?」
「暇そうだから」
「いやまあ、見ているだけだから暇だが……。清楚系の洋服だし、小物の色合い地味な方がいいんじゃないか?」
「こっち?」
「ああ、全部新作のカラーにすると、主張し合って殴り合う感じになるからな」
鞄の色を主張しないものにする。
それだと配色が地味過ぎると判断してか、赤い鮮やかなスカーフを鞄に巻いて、可愛いリボンを作りワンポイントにする。
「いくぞ!」
撮影という戦場に赴く小日向だった。
爆弾が入った鞄を抱えて敵陣に突撃する絵面にしか見えないけどな。


「お疲れサマー」
撮影を全て終えて、読者モデルの雰囲気をオフにする。
眠い時の小日向のテンションだった。
めっちゃ頑張っていたため、当初の予定時刻より十五分あまり早く終了した。
仕事がハードスケジュールで忙しかったのに、終わり次第テキパキと片付け始めるあたり、野郎とは全然違う生き物なんだよな。
女性だけの職場も大変そうだ。
「お疲れ様。小日向、すげえな」
「もっと褒め称えて甘やかして。そうすると、明日の肥やしになるのだ」
「すぐに頭に乗るの何なんだ?」
天狗になっている。
美人というか、面の皮が厚いやつだ。
「二人ともお疲れ様。浮いた時間分、撮影してくれるって言っているから、一緒に撮ってもらったら?」
「あい! お願いします!」
「え、俺も?」
「ユニセックスの衣裳もあるし、着替えてみなよ」
手渡された衣裳は、男女フリーの洋服とはいうが、普通に可愛い系のパーカーとかジーンズだ。
スイーツ男子であれば着ていても違和感ないが、こんな洋服着ていたら、野郎として色々失った気分になる。
ピンクのパーカーはやめてほしい。
「着ないと駄目ですか?」
「「駄目です」」
スタッフ全員が断言する。
「ごめんなさい。みんな、モデルが女性しかいない事務所の性質上、男性を撮影する機会が少なくて餓えているのよ」
「やばいやつですよそれ」
各々が道具を片手に襲い掛かろうとしていた。
野生のハイエナだ。
先ほどの連結を活かしている。
「ああなると手が付けられないから、諦めて」
「部外者なんですけど」
ジリジリと間合いを詰めてくる。
年上の女性は怖い。

おもちゃにされている俺は、諦めて早く終わらせることに専念していた。
髪型と眉を中心に身なりを整えて、指定された洋服に着替える。
化粧までされた。
最近の男子でも化粧はするらしいが、無縁な存在なのでよく分からない。
コンシューラーで肌の色を統一させて、目の隈を消してくれる化粧だって言っていた。
「地味な男の子をイケイケにするのって、背徳的だね」
「化粧教えて上げるから、また遊びにきてね?」
スタッフの人がテンション高い。
「すみません、遊ばれてませんか?」
「ファッションは楽しむものだから!」
「髪型も髪止め使って、額出すようにしよっか。いまだと、大量生産されたラノベ主人公みたいだし」
的確にけなしてくるな。
小日向に助けを求める。
だめだ、スイーツ食べて楽しく雑談してる。
「というか、近すぎて恥ずかしいんですけど」
顔をいじる関係で、目と鼻の先で化粧してくれるが、息の音が聞こえる距離だ。
化粧の匂いか、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「あら、年上の女性が好きなの? 照れちゃて、可愛いわね」
スタスタスタ。
シュークリーム丸々一個を、口の中に強引にねじ込む。
刃牙かな……。
化粧してくれた相手は動かなくなる。
「シュークリーム食べる? ねえ、食べるよね? 私のシュークリーム食べてよ」
小日向は冷徹な笑顔で、シュークリームを鷲掴みしている。
素手で握っているのがサイコ感強い。
断ったら殺されるやつだ。
「ああ、食べる」
「ん~!」
俺まで口の中にねじ込むんかい。


着替え終わり、ポージングの指導を受けながら写真撮影される。
ギクシャクしながらでも、言われた通りに動く。
それがかなり難しくて、即興でこなしていくモデルの大変さをとても理解出来る。
「下手っぴ」
ぷーくすくす。
笑ってるんだったら、助けてくれよ。
写真なんか中学生の時以来撮っていない人間からすれば、ポーズどころの話ではない。
「まあまあ、風夏ちゃんが教えてあげましょう」
ちゃんと手を拭いたんかも定かではないアホに教えてもらうのはなぁ。
助けに入ったら入ったで、絶妙にうざいのはある意味個性だな。
今さら気付いたが、いつの間にか衣裳変更している。
撮影に入ると表情と雰囲気をガラリと変えて、モデルとしてのポーズを取る。
それと同時に、別人のようにオーラを変えていく。
「こうするの。簡単でしょ?」
「難易度たけぇよ」
アホだけどやっぱり天才だった。
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