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幕間 シアの幸福

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シリアとシアの所へ戻ると、二人は丁度足湯に浸かっている所だった。
脱いだ草履を手に持ち、浴衣の端を持ち上げて、二人の耳と尻尾が溶けるように力なく倒れている。
取り敢えず、二人の光景を見たガルムは合流せずに踵を返し、予約していた旅館の別室で水晶を用いて眺めていた。



「ふにゃ~」
「犬族なのに、私の前で猫の鳴き真似?」
「良いの! それに、これだけ気持ち良いと、ついつい声が出ちゃうでしょ?」
「まぁね。……ねぇシリア。シア、こんなに幸せで、良いのかな?」

シリアが視線を向けると、彼女は自身の両手を見詰めている。
その手は震えており、怯えていた。
何に怯えているのか、何が彼女を不安にさせているのか。
それは、長い間シアを見て来たシリアだから分かる。

シアは王女に祭り上げられた、妾の子。だが、表立ってはただのメイドとして城に仕えていた。
その生い立ちにより、他の王族や貴族から酷い仕打ちを受け続けており、幼くして達観した思考を確立していたシアは、城を出ようと考えていた。
そんな時に、歳の近いシリアの傍仕えとしてお世話がかりになり、後は表ではメイドの顔、裏では姉妹のような関係を築くありふれた人生ストーリーを歩んでいた。
とは言え、結局は妾の子であり、壮絶なイジメはつい先日まで続いていた。
彼女が今浸かっている素足にも、今覆われていながら僅かに見えている胸元にも、火傷や鞭の後が残っていた。
そして、そんな彼女は発育にも恵まれず、そんな中で先の魔王ガルムによる制裁により多くの貴族達が根絶やしにされていた。
その中には、シアに私刑をした人物も含まれており、あれだけ憎かった人物も呆気無い最期だったと印象に残る程だった。
至福を肥やしていたメイド長や、メイドをイビルことが好きだった伯爵家、次々と不正が暴かれた宰相、誰も彼もがシアに対して妾の子であることを理由に非道な仕打ちを行っており、その誰もが一瞬にして死体の山に積み上げられた。
そして遂に邂逅したのは、玉座の間。王と王女、つまり、シリアとシアの父親と、シリアの母親が最期まで抵抗をして、そのまま殺された場所。
そこでシリアは第一皇女であることから、命を救われた。容姿の関係もあったのだろう。
次に目を向けたのはシア。第二皇女ではあるが、彼女が妾の子であることをガルムは知っていた。
覚悟を決めて首を差し出すシアに、自分の両親を目の前で殺されても動かなかったシリアが、シアの時だけは傍に居て抱き締め、そしてこう言った。

「シアを、私の義妹いもうとを殺すなら、私を殺して下さい……!!」

その言葉にガルムは「貴様等の命は我の物。生かすも殺すも我次第だ。死ぬまで精々、死に物狂いで我に媚を売るが良い」と言ってその場を立ち去った。
それからと言うもの、一週間は普通に仕事を割り振られ、今まで酷い仕打ちをしていた者が一掃されたために、シアにとっても良い環境で働くことが出来ていた。
そして遂に呼ばれた奉仕の時。この身体を見た魔王は何を思うか。傷だらけで、貧相で、また性格にも難のある自分をどのように扱うか。

「………。シアは、余り得意じゃないですし、満足もさせられる自信が無いので、早々に首を刎ねる事をお勧めします」
「シアよ、安心しろ。貴様の存在自体が目の保養だ」
「目の保養……ですか?」

自虐的で、暴虐を名乗る魔王に対して、その日その時に全てを終わらせる覚悟で部屋を訪れた。
妾の子で、使い物にならなくて、どうぞ殺してくれと言っているシアに対して、しかし魔王は「存在自体が目の保養である」と言った。
この時のシアは、一見して余り感情が揺れた様には見えなかった。だが、内面では驚きに両目を見開いていた。
要らない存在、或いは嗜虐嗜好を満たすだけの存在と思わされ続けていたシアにとって、たとえ身体だけだったとしてもと言って貰えたことに涙がこぼれそうになった。
せめて、出来る限りこの魔王を満足させよう、そうすることで一日でも長く生きながらえることが出来るなら。
僅かに見えた希望にシアが手を伸ばす時、次に聞いた言葉は彼女を混乱させるに十分だった。

「そのまま横になり、お互いに抱き合え」

ベッドの傍で椅子に座り、完全に傍観に徹する魔王ガルムに対し、疑問に思いながらシリアを抱き締めた。
意気揚々とし、ちょっとからかったりもしたが、その身体はやはり恐怖で震えていた。

「魔王様。魔王様も、ぎゅっとする?」
「我は良い。そのまま……もっと、シアはシリアを護るように、シリアはシアに甘える様に抱き着け」

ほんの興味本位だった。この魔王が何を考えているか分からなかったから。
だが、夜伽の為に呼ばれたと思われただけに、シアの言葉を拒否し、それどころかシリアを抱き締めるように指示されたことに、シリアは安心感で徐々に震えが収まったことに、シアは安堵させるためにさせたのだと思っていた。

「シリア。先ず胸か、尻かと聞いたな」
「は、はぃ……」
「先ずは尻だ。シア」
「了解です」

けれども、次のガルムの言葉に真の目的を察して、シアはまた一つ心が軽くなった。
この人は間違いなく、性的に自分を襲うことは無い。
それに、襲われるにしてもシリアに襲われるなら本望だ。
シアはそう思って、ガルムが望むようにエッチを行った。
初めてのことでシリアは顔を真っ赤にして散々声を上げていたが、それでも、この普段頼りなく、時に頼りになる姉のことがシリアは好きだった。
だからこそ、シアは思う。ずっと不幸だっただけに、このまま幸せになることで、幸せが崩れるのではないか。
あの「公開処刑」のように、ある日突然身に覚えのない罪を言い渡され、「水に流される」のではないか、と。



シリアの想いを「視た」ガルムは、そんな人間らしい感情を持つのだなと感心する。
彼女を壊してしまうことも、殺してしまうことも簡単だ。
何せこの世界に彼女の代わりは幾らでもいるのだ。
そしてその代わりは幾らでも用意できる。だが、そうしないのは単純に――。

「シアよ、この暴虐の魔王・ガルムの名に命じよう」
「ガガガ、ガルム様!?」
「魔王様、今の話を聞いて……!?」
「貴様とシリアは、我のコレクションだ。我はコレクションを大切に扱うのを信条とする。無論、我の心の安寧の為にその身体を使うことは有る。だが、貴様の全ては我の物だ。傷付いた身体も、貴様のその傷付いた心も、全ては我が使う為の道具に過ぎない。だから、それを貴様が幸せと感じるのであれば、それは永劫に続くことを約束しよう」

そう言って二人の肩を抱き寄せる。
自分の方へ、ではなく、シリアとシアをくっつけるように。

「さて、夜食は豪勢に行くぞ。一頻り温まったら、来るが良い」
「はい、ガルム様!!」
「ありがとう、魔王様……」

ペタペタと地面を素足で叩く音を響かせながら、二人は魔王ガルムの背に付いて行く。
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