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幕間 暗殺少女達の最後の晩

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魔王城の最上部にある檻の先、鉄で出来た扉と共に最後の道が鎖される。
魔力を封じる為に付けられた鈍色の首輪が、彼女達の希望も全て封じ込める。
万一逃げ出す事の無い様に、少女達の足首にはそれぞれの足首に鎖が繋がれていて、ハイエルフの少女アリエルは更に眼鏡とサンダル(膝まで紐で止めるタイプのサンダル)も取られていた。
アリエルが静かに涙を流し、啜り泣く声が木霊する中で、最初に口を開いたのはアリエルの方だった。

「ごめんなさい……」
「なんで謝るんだい。君は悪くないのに」

彼女の最初の言葉、謝罪。それに対してダークエルフの少女サニアは、壁に寄りかかりながら、アリエルを抱き寄せる。
身体のあちこちが傷付いていたが、既に今は治療を受けた後だった。

「私を護ろうとしたのに、二人共、明日きっと、公開処刑されるから……」
「……あの時アンタが飛び出さなかったら、あたしはこの綺麗な満月を見る事無く死んで後悔したと思うよ。一日生き延びただけでも、こうしてまた、君と話すことが出来るんだから、御の字じゃないの」
「でも……」
「悪い事ばかりじゃないさ。最近はずっと話すことも出来ずに、遠くから眺めているだけだった。だから、君に最期にこうして話が出来たんだから、ありがとうだよ……」

サニアはそう言ってアリエルの頭に手を置く。
その行為に驚きの表情をアリエルは向けた。
サニアは初めて会った日から決してアリエルに触れようとしなかったから。

「うっ……うぅ……怖い、怖いよ……死にたくない……、死にたくないよぉ……」
「あたしを見捨てれば、君は後何十年、何百年と生きられたのにね……。ごめんよ」
「私は、死ぬのが怖い……。でも、貴女を目の前で喪うのが、もっと怖いの……そんなの、耐えられない……!!」

サニアは、アリエルの髪をそっと撫でて、遠い過去を思い出す。
もう彼女と初めて会って何年になるだろうか……。

§

十数年前、サニアは父、母、兄と、ダークエルフにしては珍しい4人暮らしの家族を持つダークエルフだった。
基本的にダークエルフの一族は、ある一定の年齢に到達すれば誰もが独立するのだが、サニアの両親が特異なこともあって、ダークエルフには珍しい暖かな家庭環境でサニアは育っていた。
通常ダークエルフは、捕らえられてオークに犯されたエルフから産まれる為、その存在数は希少である。
また、エルフと違いダークエルフは魔物に近いため体力が多く、身体も丈夫なため、プレミア価格としてエルフよりも高値で取引される場合もあった。
エルフからすれば仲間を犯す憎きオークと、その血が混ざったダークエルフは天敵である。
また、ダークエルフもオークに対しては敵対心を持っているが、ダークエルフから見たらエルフの対象は獲物としての感覚が強かった。
それ故にサニアがアリエルに対して性的対象として見ることは決して珍しいことでは無いが、友好的な態度を取るのはダークエルフとしては珍しい。
また、逆にエルフであるアリエルが、ダークエルフであるサニアに対して友好的なのも珍しい。
けれども、彼女達がこの非常に珍しい関係に至るまでの間は当然、通常の種族特有の感情を持って居るものではあった。

最初の邂逅はエルフがダークエルフの噂を聞きつけて森に入り込んだ所からだった。
家に火が放たれ、父と母は戦い、兄とサニアは二人エルフ達から逃げていた。
そんな中で当時エルフ族の中でも衛兵として副隊長職を任されていたアリエルが隊長と兄との闘いから逃れたサニアを追ったところ。
サニア達ダークエルフは決して弱いわけではない、寧ろ、1対1の対人戦に於いては戦いに誇りも何も無いダークエルフの方が圧倒的に強かった。
だから、父と母がその数に破れ、兄が隊長職に敗れると後から知った時には、エルフの力を見くびっていたと後々思い知らされることとなっていた(無論決して油断をしていたわけではないのだが)。
サニアの得意魔法は闇系統精神魔法であり、アリエルのトラウマを呼び起こす魔法をぶつけていた。
この魔法は相手にトラウマを呼び起こし精神ダメージを与える事、そのトラウマで思わず口走る拒絶反応から相手の弱点を探る事を目的としていた。
結果として出て来た言葉は、アリエルの壮絶な過去。人間に売られ、見世物にされ、体罰を受け、逃げ出した先でダークエルフに犯され、自殺をしたが死にきれず、そんな過去を口走っていた。
その後から来たエルフ達に捕らえられ、家族の刎ねられた首3つの前で女だからと言う理由で奴隷にされ、家畜以下の扱いをその後何十年と受けることになる。
意味も無く虐待され、命令に従わなければ首輪の力で苦しめられ、それでもダークエルフの生命力が高い為に精神が壊れることも体力的に命を落とすことも無く一生を何百年単位で過ごすことになることを覚悟していた。

その光景を見ていたアリエルは、自身の過去を重ねて、サニアに対してぶっきらぼうながら優しくしていた。
そんなアリエルに対してサニアは裏があるのではないかと、目的があるのではないかと疑心暗鬼になっていたが、それが何十年と続けばアリエルにだけは心を開くようになっていた。
とは言え、お互いの種族の違いからアリエルだけは未だに素直に彼女に好意を向けられずにいるのだが。

§

仰向けに寝ながら、サニアは空を見上げる。
これが最期の夜になり、明日暗くなる前に殺される。
魔王ガルム、またの名を暴虐の魔王が、命を狙った二人を生かしておく道理は無い。
先の裏切り者達は、見せしめに死体の山を作り上げ、その後も何人か公開処刑として罪を確かな証拠の下に読み上げられ、断罪されている。
サニアとアリエルも、恐らく民衆の前で首を刎ねられるか火にくべられることだろう。

明日殺される恐怖と、寝てしまえば生きている時間が短くなってしまうのではないかと言う恐怖でアリエルは必死に起きていた。
既に月が外の窓の鉄格子から離れて、牢の中は薄暗くなっていた。
微かな冷気にアリエルが身体を震わせると、サニアがそっと起き上がってアリエルの身体を抱き寄せる。

「寒いから、抱き寄せさせてもらったよ」
「……いつも私に触れないようにしてるのに、どう言う風の吹き回し?」
「これが最期だから、それなら今日くらい、君に触れたくなっただけさ。初めて会った時、君は『私に触れないで、穢れた血め!』って言ってたから」
「そんな……の……何十年も前の話じゃない……。たとえダークエルフでも、貴女は真面目に働いたし、どんな扱いを受けても受け入れていた……。サニア……ごめんなさい。寒かった。けれども、いつも私は素直に寒いと言えなくて、貴女に辛く当たってた……。今更って思うかも知れない……だけど、こんな時じゃなきゃ、素直になれなかった私を、許して……」
「来世があるなら、君を愛すよ……アリエル……」

アリエルはそっと瞳を閉じて、顔をサニアに近付ける。
サニアはアリエルの頬に手を置いて、彼女の唇に自らの唇を重ねた。
アリエルはサニアの手を取ると、自らの胸に手を当てる。サニアの豊満な胸と比べて、微かにしかない膨らみを、サニアは確かに感じていた。
少し動かせば、キスした口から洩れる吐息。頬を上気させて、アリエルはサニアを受け入れた。
ダークエルフに犯されるなど、死ぬ方がずっとましだ。
そう心に誓っていたアリエルは、しかしサニアにだけは何をされても構わない……否、どんなことでもして欲しかった。
それをサニアも感じていたのだろう。
アリエルの下腹部に手を当てると、そのまま股下へと指を滑らせる。

「んんっ、んあっ……!!」

小さな突起に触れると、未だかつて触れられたことが無いアリエルは思わず声を出す。
見張りこそこの場所には居ないが、それでも漏れ出た声を聞かれることは恥ずかしい。

「もっと、声を聞かせておくれ」
「いや、そんな……恥ずかしい……」

顔を真っ赤にして視線を反らすアリエルの顔に両手でそっと優しく包み込む。
それでも、声を聞かれるが恥ずかしいのか、アリエルはぎゅっと唇を固く結んだ。
そんな姿のアリエルが愛おしく、サニアはその頬にキスをする。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「牢獄の気温を若干下げて、密着するよう足首に鎖で繋いで正解だったな」

二人の営みを魔法で覗き見をしながら、ガルムはしみじみと頷く。
今日限りの命と思っている二人は、今まで言えなかったことをこの機会を逃したら言えなくなるために言い、そして出来なかったことをしていた。
その究極が、まさかダークエルフとハイエルフの営みとは思わなかったが、二人はとても幸せそうだ。

「はぁ~尊い……これでまた一週間仕事が頑張れる……。目の保養、心の保養、万歳……」
「それで、結局彼女達の処遇はどうするお積もりですの、暴虐の魔王様?」

いつの間にか私室の中に入っていた、お嬢様口調のサキュバスであり、『桜花の魔王』と呼ばれている魔王がガルムに問いかける。
敵として認識していないのか、ガルムは特に振り返りもせずに返事をする。

「クロエか。シリアとシアの百合っぷるコレクションに追加するだけのことだ」
「一層の事、色欲の魔王にでも名前を変えるべきではありませんの?」
「大事なのは畏怖だ。その方が必死さが出るし、嫌々ながらやる姿はエロいだろう」
「あまり感性は共感出来ませんわね。ですが、あの子達の性欲をこれからも見れるのであれば、別にどうだって構いませんわ」
「流石サキュバスだけあるな。話が早くて助かる」
「精々この程度が、貴方と友好的になれる部分ですもの。今後とも、楽しみにしてますわね」

そう言って魔王城から姿を消す。アリエルが果てて意識を失うまで営みは続き、サニアも満足な笑みを浮かべると、そのまま空を仰ぎ見る。
彼女達はまだ知らない、命を狙う大罪がガルムにとって児戯でしか無いことを。
断罪として命を奪うよりも、美少女二人の存在が何よりもガルムにとって幸福であることを。
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