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第一章 王女救出編

第11話 そういう時期

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「さっきから……なんでそんなに恥ずかしそうにしてるの?」

 真っ直ぐな目で首を傾げるオトゥリア。
 彼女はラスト1枚になっていたパンから手を引き、ヘビイチゴのような色で狼狽えるアルウィンに対峙する。

「…………!」

 目が泳ぐアルウィンは、視界の外に手を伸ばしてスープ皿を引っ掴むと、匙に入ったスープを流し込む。
 オトゥリアは怪訝そうな目を向けながら口を開いた。

「教えてよ、何て言いたいのか気になっちゃうじゃん」

 ───気になるのはオレの方だよ!

 そうアルウィンは心の中で叫んでいた。

 アルウィンの脳内はフル回転。何を言えばいいのか、十数秒ほど必死に考えた結果は……

「朝食しながらできる話題じゃないから、とりあえず残り1枚……半分こにして食べよ?」

 という台詞だった。

「いいけど……食べ終わったら絶対に言ってよね?」

 そう言いながら、ドングリを頬張るリスのようにぷうっと膨れるオトゥリア。
 アルウィンは黙って最後の1枚を半分に千切り、頬を人差し指で啄きたくなるような表情のオトゥリアに手渡した。

 鼻腔に漂う、焼けた小麦のほのかな香り。
 きつね色のその馨りに堪えきれずかぶりつくと、鼻腔をくすぐるのはバターの甘さだ。

 堪らないほど素晴らしい朝食であることに間違いはない。
 しかし、食べ終わったら恥ずかしい質問を強制されているという悲しい事実。
 美味であるけれども、なかなか喉を通ってくれないパンをスープで流し込むアルウィン。

 何とかパンを飲み込めた時には、既にスープ皿は底が見える状態になっていた。
 対面のオトゥリアは、アルウィンがなかなか飲み込めなかったパンと格闘している内に食べ終わっている。

 顔を上げると目線を合わせてくるオトゥリア。言いたいことは何なのか、気になって仕方がないような様子である。
 アルウィンはすぅぅぅぅっと大きく息を吸って深呼吸。

 じっと待ってくれているオトゥリアに応えなくてはならないが、彼はどのように切り出せばいいかと逡巡していた。

 誰でも思いつくセリフである「昨日の夜、何があったか記憶にないんだけど、何があったんだろう?」というもの。そう聞けばシンプルで済むものの、余計な思いが彼の思考を邪魔をしているのである。

 ───もしもヤっていたとしたら…「昨夜、何があったんだ?」って質問をした所で、「なんであのことを忘れちゃったの?」とオトゥリアが悲しんでしまうかもしれない。

 アルウィンは気が付かぬうちに左手で頬杖をついていた。

 ───もしも何もシていないのならば、「昨夜、何があったの?」という質問をしたら、妄想が激しいって思われて呆れられてしまうかもしれない。

 要するに、アルウィンは自意識過剰で少しヘタレなのだ。
 彼は16歳。少し遅いが、「そういう時期」の真っ只中である。

 ───ううっ、どうしよう。

 どう考えても結論に成り得る聞き方が出ないアルウィン。
 けれども、オトゥリアはずっと彼を待っているのだ。

 待たせれば待たせるほど、彼自身にとってもオトゥリアにとっても悪い結果となってしまいそうな予感が彼を襲った。

 ───口に出すのは凄く難しいけど……ゆっくりとでもオトゥリアに聞き出すしかないか。
 そう思ったアルウィンは、息を吸ってようやく重い口を開いた。

「そのっ……昨夜のことなんだけど」

 アルウィンの揺れ動く目線が、ついにオトゥリアの目を捉える。

「うん」

 オトゥリアの瞳に映るのは、鏡写しのアルウィンだ。
 瞳の中にいるアルウィンに語りかけるようにすれば、彼の緊張も多少は和らぎそうである。

「オレ……全然記憶が無いんだけど、なんでオトゥリアと同じベッドで朝を迎えたんだ?」

 何分もかかって漸く切り出した一手。
 飛び出たのは、頭でシュミレーションしていた言葉とは大きく異なるもの。

「それは………」

 途端にオトゥリアがポッと鳴る音と共に、顔を耳まで朱く染め上げた。
 逃げ腰のオトゥリアの目線。アルウィンは目力を込めて逃走を許さない。

 ───さらに畳み掛けるように言うしかない。
 アルウィンは身を軽く乗り出した。

「再開後にいきなり同じベッドで朝を迎えたってことは……
 オレがオトゥリアに変なことしてないか気になっちゃって」

 問うアルウィンに、オトゥリアはさらに顔をリンゴのように赤くして、両手で口元を隠しながらぷるぷると震える。

 教えろよ、そう言いたげな目で追い詰めるアルウィン。
 その時、ついにオトゥリアが口を動かした。

「ごめん、アルウィン……それは私のせいだよ。
 一緒にいるのが嬉しくって、ついアルウィンの匂いを嗅いでいたり、身体をベタベタ触ってたんだ」

 うっすらと頬を上気させながらの唐突の告白。
 それは、アルウィンの想像してた答えとは違っていた。
 けれども、それは彼の心が宙に飛び上がりそうなほどに嬉しい事実でもあった。

 ───愛するオトゥリアがオレを求めてくれる、それよりも喜ばしいことがこの世界にあろうか、いやない。

「えっと……それはオレも嬉しいな」

「アルウィン。
 嬉しそうだけど……まだ言いたいこと、言えてないでしょ」

 オトゥリアは気が付いていた。
 アルウィンは、言いたいことを言えないままだと、よく目線を逸らして口角を僅かに上げる癖がある。
 どんと、彼の心臓は音を放った。

 ───見透かされているよな。言うしかないか。

「でも、オレが聞きたかったのは……大人の階段を登る行為についてなんだ」

 身体を触ってもらったことは嬉しいが、求める答えはずっとずっと先のことだ。
 アルウィンは喜ばしいオトゥリアのセリフに、力を込めていた目を弛緩させる。

「あっと……それはね……まだ……ないよ……?」

 耳まで紅に染まったオトゥリアは、それでも真っ直ぐにアルウィンを見つめてくれていた。
 途端に安堵の声が窓の下から沸き上がる。

「ぜんぜん記憶なくって……オレが暴走して、オトゥリアに辛い思いをさせていたらどうしようって不安だったんだ」

 それを聞いて、満開の鈴蘭の花壇のような柔らかさを持つ笑みが炸裂する。

「本当に優しいね、アルウィン。大切に想ってくれているのが解って……嬉しすぎるよ」

 カーテンから差し込む朝日が、立ち上がったオトゥリアの微笑みを後ろから照らしている。
 数歩進んだ彼女の顔は薄い影に覆われていた。

「今なら言える。昨日はね、本当はそういうふしだらな思いも……あったんだ」

 カップに入っていた紅茶をひと口含んだオトゥリアが回想するように言葉を放った。

「アルウィンが寝に行こうとする時に、私は凄く寂しさを覚えてしまったんだ。
 だから……ウトウトしていたアルウィンを……そのっ、ベッドまで運び込んだんだけど……」

 オトゥリアの火照る顔は、羞恥で熱を帯びていた。

「ベッドに着いた途端に、アルウィンがダイブしたまま爆睡しちゃったんだよ。そのお陰で我に返ることができた……けどね」

「悪いけど覚えてないな……」

 それもそのはず。昨夜のアルウィンは立っているのもやっとな程、睡魔に侵されていたのだから。

「で……クレメルさんを呼び出して、アルウィンの身体を水魔法で洗ってもらってたんだよ」

「そういえば……確かに身体や頭に痒みはなかったな……」

 水魔法には、ピンポイントに水流と泡を発生させ、身体や衣類を洗い流す魔法がある。
 実際のところは水流のコントロールの緻密さが求められる高度な魔法であるが、あのメイドは魔力操作が相当上手らしい。

 アルウィンは、隣町ブダルファルの冒険者仲間として良い関係を築いている3人組パーティーのうちのメネアも、そのような魔法を使えていたことを思い出していた。

「その服も、クレメルさんがやってくれたと思うよ。私はその時にお風呂で温まってたからわからないけど」

 アルウィンが着ている服は昨日とは異なるもの。
 オトゥリアの話を聞く限りだと、彼の服はメイドのクレメルが持っていてもおかしくはなさそうだ。

「で……お風呂から出てきて、眠ってるアルウィンの事を可愛いなーって思っちゃったし、まだ、不安なのは消えなかったから……手を繋いで寝ちゃったんだ」

 頬を朱に染めて、アルウィンににこっと微笑むオトゥリア。

「オトゥリアが……昨日、そういう気持ちになってくれたのは嬉しいな。不安が払拭できたなら、オレは嬉しいよ」

「ありがとう。アルウィンもここまで距離がかなりあるし、疲れていたんだよね?」

「いや距離っていうか……見知らぬ景色に興奮して寝られなかったり、火竜と戦ったから疲れたんだ」

 アルウィンはオトゥリアに事の顛末を詳細に語り出した。
 オトゥリアは彼の話を熱心に聞き、可愛らしい相槌や驚きの声をあげてくれる。

 自分の話を楽しそうに聞いてくれるオトゥリアに、アルウィンはこの時間が永遠に続いてくれたらいいのにと思っていた。

 しかし。
 彼らの時間はいつの間にか、飛ぶように過ぎていた。

 カツカツという革靴の音の後に、部屋のドアがキィッと開いてモノトーンの人影が現れる。

「失礼します…食器の回収に参りまし……
 …………はぁ!?」

 食器の回収に訪れたクレメルが見た2人とは……ベッドに腰掛けるアルウィンと、その膝の上に座るオトゥリアだった。

「いい加減にしてくださいよ!このバカップル!」

 額をわなわなと震わせて吐き捨てるクレメル。2人が望む永遠は、1人のメイドに容易く掻き消されたのであった。
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