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第一章 王女救出編

第4話 依頼主

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 レオンが軽いステップの後に真上から振り下ろした剣は、目にも止まらぬ速さで3段の斬撃になっていた。
 3つの斬撃は同じ角度から火竜の眉間の甲殻を削っていく。
 レオンは剣を左横に構えて瞬時に斬り上げ、上段から真っ向に斬り、さらに左上に1フィートほど斬り上げると、すぐに切り返して真横から地に着くギリギリの低い姿勢で真っ直ぐに薙ぎ払う。

 火竜が音を上げるまもなく、パリンというなんとも気持ちが良い音で堅殼が弾け飛んだ。
 剥き出しになった乳白色の皮膚に、レオンは更に攻撃の手を加えていく。

 火竜などを含む、飛竜ワイバーン種の弱点は頭部が多い。
 頭部を守る甲殻は堅いものの、その堅殼を破壊してしまえば他の部位よりも柔らかい皮膚が顕になるのだ。
 火竜の弱点は頭部の他に、甲殻が極めて薄い脚部と首部。
 アルウィンの斬撃が脚部を深く抉れた理由も、その薄さにあった。

 燃え上がる石炭のような眼でレオン達を睨め回していた火竜の甲殻は、全方位からの集団攻撃リンチでズタボロになっていた。
 今やその石炭は水をかけられたかのように勢いを失っている。
 弱々しくもたげられた鎌首に、レオンの一閃が光った。

 それは、まるで赤い血の噴水だった。
 レオンの最後の一撃は、飛竜の脳天を真二つにしていたのだった。
 雨のように繰り出される斬撃に、10秒すらかかることなく動かなくなった巨体。
 咆哮は弱々しいきゅうという音となり、辺りに巨大な血の海を作って事切れていた。

 一切抵抗できなかった手負いの火竜を絶命させたヴィーゼル流剣士たちは、勝鬨の声をあげる。

「アルウィンさん……!」

 レオンはアルウィンに駆け寄ると、ニッと笑って拳を突き立てた。その拳にアルウィンも応えて火竜の亡骸に目を向ける。

「君の機転のお陰で上手くいったよ…
 肩は痛かったけど、すぐに倒せたね」

「お互い様だろ?オレには火球を止める手段がないから、ヴィーゼル流の皆が守ってくれたお陰で出来たことだし」

 もしもアルウィン独りで火竜と戦っていたならば、遠距離からの攻撃に彼は相当苦戦を強いられたはずだ。

「火竜と戦うのは初めてだったけど、同じように低空飛行で攻撃をしてくる竜種と戦ったことがあるから何とかなったよ」

「アルウィンくんの所だと……毒薔薇竜モルローザ かな?」

「そうそう。あの種類は飛竜なのに肉弾戦ばっかりだからオレでも戦えるけど、火竜のブレスは苦しいだろうな…」

 アルウィンの言葉に、レオンは「でも、1人も怪我人がなくてよかったよ」と返す。

 荷馬車1台の荷台を取り壊して火竜の素材を乗せたレオン達は、再度ダイザールの街に向けて南西に続く道を進んでいく。
 陽はだんだんと山の端から顔を出して、眩い光の色を暗い空に染み込ませていった。




 ………………
 …………
 ……




 小鳥がさえずる朝。
 アルウィンはレオンの乗る馬車からホッファート公爵領のダイザールの街で降りる予定となっていた。

 アルウィンは眠気がさっぱり無いのか、窓から身を乗り出してあたりの景色を全力で楽しんでいる。

 ダイザールの街の城壁が段々と近付いてきて、しばらくすると馬車は門を抜けて街へ入っていた。
 街には石畳が敷かれていて、カタコトと馬車は快い音を鳴らしている。
 そんな馬車の通る道の両側では、肉の焼ける匂いや音楽が辺りを包み込んでいた。

「レオンさん、凄くいい匂いだな……!
 あとはあっちで楽器やってる人もいる!
 すごく都会すぎて観たいところが多すぎる…」

「たしかにこの都市は国内ではかなり栄えてる方だけど、この程度で興奮してたら、王都に来た時にショック死しちゃうよ?」

「えっ、王都ってそんなに凄いの?」

「王都はここの街の30倍は大きいし、街並みもかなり整えられているからね。
 食事も色々と種類があるし、娯楽だっていっぱいさ」

「王都……剣舞祭で行くから楽しみだな。
 昼頃に依頼主に会える予定らしいから、それまでは街を散策したいなって思ってるんだよね」

「それはいいけど、昼に誘うってことは……食事付きだと思うから、あんまり食べ過ぎないでね?」

「じゃあ、散策はやめておこうかな。
 行くと食べたい衝動に駆られてしまいそうだ」

「そうかい?じゃあ、あと2時間くらいあるっぽいけど……予定の場所に下ろしちゃっていい?」

「ああ、頼む」

 アルウィンが頷くと、レオンが口を開く。

「そういえば、君を下ろす予定のところは王国騎士団御用達の宿舎なんだよ?」

「えっ、王国騎士団御用達の宿舎なんだ」

「うん。ここの街では公爵様のご邸宅の次に大きい建物だと思う。
 僕は行ったことは無いけれど、迷宮が近いから訓練とかで使う騎士が多いんだ」

 レオンはそう言うと、左前方に見える大きな庭園のある建物を指さした。

「さあ、そろそろ君を降ろす宿舎に着くよ」

 アルウィンはレオンの方へと身を寄せ、建物をまじまじと眺めた。
 レオンは、陽が差す美しい庭園の中に浮かび上がる、豪華絢爛な建物を指さしている。

「凄く豪華な宿だな……なかなか入るのに勇気が要りそうだ。
 依頼主ってやっぱ王国騎士だよね?
 門前払いされない?緊張してきた…」

「十中八九、王国騎士だね。
 でも依頼主からの手紙を貰っているんだよね?それを見せれば大丈夫でしょ」

「それが、依頼主の名前が黒塗りになっているんだよな」

「えっ、、それはどういうこと?」

 アルウィンはベルトに括りつけた袋の中から手紙を取り出し、ほらとレオンに見せる。
 レオンは疑いの目でじっくりと探すが、たしかに宛名のあるべき所は黒く塗り潰されており、誰からの手紙なのか判別できない。

「多分これ、師範がやったと思うから、依頼主は怪しい変なやつじゃないと思うよ」

 それを聞いたレオンが腕に手を当てながら考えようとする。
 が、ちょうどその時、馬車が止まった。
 正門の前に着いたようである。

 御者によってドアが開かれ、アルウィンは街の空気を肺に溜め込んだ。
 翼の生えたライオングリフォン橄欖オリーブの枝が刻まれた2本の石で出来た門柱。どっしりとした重厚感にアルウィンは息を呑む。

「じゃあ、アルウィンさん。
 僕はそろそろ戻らないといけないから行くね。
 どんな依頼か解らないけど、健闘を祈るよ!また会おうね」

 後ろで声をかけ、御者に出発の合図をするレオンに手を振り返す。馬車はだんだん速度を上げてゆき、少し先の曲がり道で見えなくなった。
 馬車が去ってすこし経ったとき、つかつかと鳴る靴音と共に門扉の内から声がした。

「……つかぬ事をお聞きしますが、アルウィン・ユスティニア様でしょうか?」

「は、はい……!」

 アルウィンは返事をしながら振り返る。彼の視界にいたのは2人のメイドだった。
 片方のメイドは20代ほど、もう1人の方はレオンと同じ歳くらいの10代後半だろう。
 彼は冒険者証を見せながら「アルウィンです」と、やや裏返った声で返答した。
 名前を聞いた、20代ほどに見える方のメイドが口を開く。

「依頼主さまはもうご到着されております。
 しかし、ご都合がありまして、今すぐにご面会することは難しいかと思われます。
 できる限り時間を早めることが出来ないかこの者に伺いに行かせます。
 ですので、しばらくは我々の案内に従っていただきますが、よろしいでしょうか?」

「はい…よろしくお願いします」

 もう1人のメイドはゆっくりと一礼をすると、足早に宿へと戻って行く。
 そのメイドの動作一つ一つから全く音がしないことについて、アルウィンは一切気付きもしなかった。

 アルウィンはメイドに導かれ、建物の中へと歩みを進めた。
 庭園の庭木は綺麗に狩り揃えられ、噴水は陽を反射して白金のように輝いている。

 アルウィンは一応、身なりはチュニックだが、ある程度は街に合うような色合いに揃えて来ていた。
 しかし、自分が僻地から来た田舎者であるという自覚によって、場違い感を強く感じているようであった。

 奥から掛け声や剣を振る音が微かに聞こえてくる。この宿舎の裏手は王国騎士の訓練場となっているに違いない。
 もう1人のメイドが呼び出したのは、訓練中の王国騎士だったのではないだろうか。
 早く来すぎたせいで都合を急遽変えるなど申し訳ないことをしたと思った矢先、先ほどのメイドが戻ってきた。

 ───まったく早すぎないか?

 そう思ったものの、その驚愕の気持ちを顔には出せなかった。

「アルウィン様の入出許可が整いました。
 依頼主さまも早くお会いたがっているご様子で、早く来てくれて嬉しいと仰っております」

 メイドは息もきれずにそう告げる。さっき行ったばかりなのに直ぐに戻ってきたその姿に、只者では無さそうな雰囲気を感じとっていた。

 騎士団のメイドは、戦闘ができるように訓練されているのかもしれない。
 あるいは、表向きはメイドであるが、裏では諜報官スパイのような活動をしているのかもしれないと、アルウィンは妄想に似た考えを巡らせていた。

「そうでしたか。では、こちらへ」

 そんなアルウィンの脳内を知らないメイドは正面の扉を開け、アルウィンを中へ招き入れた。
 白い煉瓦で造られた宿の中は、ワインのような紅色のカーペットと大理石の純白さが調和した、なんとも落ち着いた雰囲気の空間である。

「それでは、ご案内致します」

 アルウィンは階段を3階まで上った。
 廊下のカーテンが、爽やかな風にゆったりと舞っている。
 窓の外には、やはり騎士が訓練をしている姿があった。
 馬に乗った状態で行軍の訓練や戦闘訓練を行って、練兵をしている。

 メイドは最奥の部屋をノックすると、

「失礼致します。アルウィン・ユスティニア様をお連れ致しました。
 彼が入出することは可能でしょうか」

 と、中の人物に問う。依頼主はOKサインを出したようであるが、廊下にいるアルウィンには聞こえなかった。

「……構わないようです。
 では、ごゆっくりと」

 メイドはそう言ってアルウィンを通した。

 ドアを開ける時、なぜかアルウィンの心臓は激しく躍動し、激しく血液を送り出していた。
 ドアの向こうからほのかに漂う甘い香り。
 アルウィンが覗いたその部屋は、ほかのどの部屋よりも輝いているように思えた。

「……6年ぶりだね、アルウィン」

「…………!」

 アルウィンは、予想外の人物に息を呑み、あんぐりと口を開けた。
 白と青の装束に身を包んだ、流れるように美しい金髪の騎士。
 身体つきはアルウィンと同様に6年でかなり変化したようだが、見るなり誰か直ぐに解った。

 アルウィンを待っていた依頼人の正体は、彼の幼なじみ、オトゥリアだったのだ。
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