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序章 成長編
第11話 突入
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馬の嘶き。
脂ぎった冷や汗がアルウィンの頬を緩やかに伝って、そのまま真下に落ちた。
はあはあと、アルウィンの荒い息がする。
彼の表情は蒼白そのもの。
命の恐怖にあてられた彼は、肩で息をしながらふうと胸を撫で下ろす。
彼は幸運にも、矢に身体を穿たれはしなかった。
しかし。
目線を移すと、アルウィンの右足のすぐ隣、馬の右腹に深々と刺さっていた1本の矢が映る。
この矢は、先程いちばん高く飛び、アルウィンに迫った矢尻であった。
馬は苦しそうに顔を歪めているものの、止まったりなどはしていなかった。もしも止まってしまっていたら今度こそ彼は敵の弓兵部隊にとって最適すぎる的と化してしまうのだけれども。
あと数インチという僅かな差で、アルウィンは直撃を避けたのである。
死ぬと思って、恐怖に呑まれたアルウィン。
けれど、僅か数インチの差に救われたことで、我を取り戻して、任された義務を果たさなければならないと使命感を感じて、目をカッと開いたのだった。
ヒィィィィィィィンッ!!と、痛みに悶絶しているのか不規則なリズムで駆け出した馬。
皆が下っていった崖を何とか飛び降りるも、その足取りはグラついている。
併走していたはずのテオドールは、もう何十ヤードも先にいた。
作戦のために、追いつかなければならない。
「ちょっと待ってろ!〝氷結〟!」
血液が凍らないよう、込める魔力は弱めに。
彼は左手で力の限り手網を引っ張り、右手では馬の患部を冷やしていたのだ。
ある程度患部は冷えたのかな、というところで彼は前を見ると、先頭は彼の予想以上に速かった。
ジルヴェスタが中央の中腹で戦っている冒険者と盗賊軍の混戦状態の部分に目と鼻の先まで迫っている、というところである。
駆け抜ける馬の勢いを一切殺すことなく、ジルヴェスタは柵を剣で斬り裂いて、次々に破壊しながら突き進んでいる。
ゴットフリード軍の最精鋭部隊には、騎馬隊を寄せつけない柵など無意味だったのだ。
突入までは30秒程か。
森の入口を正面とすると、正面側に現れた冒険者が80名程度、守る盗賊軍は5~600名程度だろう。
冒険者は皆が上位冒険者、つまりは手練れである。
冒険者というものは主に魔獣の討伐を生業とした職業であるが、依頼があれば小規模な盗賊を討伐する任務に赴いたり、商人の護衛任務だったりといったもので盗賊との戦闘経験を積んでいた冒険者の方が多かったようである。
アルウィンは上位冒険者になって1年は経っていたが盗賊団と戦闘するということは一度も経験していなかった。彼が受注したものは主に飛竜種の討伐ばかりで、商人の護衛任務も数回経験したものの、魔獣から商人を守った程度ということで、人間相手の殺し合いを行ったことはなかったのである。
けれども、中央で戦う冒険者はそのような経験を豊富に持っている人々なのだろう。7,8倍の数の盗賊団を相手にしても、このくらいの数の差など大した問題ではないのか、若干押されているけれども善戦しているように見える。
そんな状況の中で、追いつけ追いつけとアルウィンは必死だった。
ーー早く馬の患部を止血しないと!皆に追いついて、オレが崩した穴を埋めないとダメだ。
彼は必死に、逸る気持ちもあってか手網を握る手をより強くした。
ジルヴェスタの突入までおよそ20秒。
そんな中、アルウィンの魔法の甲斐あってか、暴れ馬は段々と落ち着きを取り戻してきているようであった。溢れ出る鮮血は段々と少なくなり、やがて止血までいってくれることだろう。
馬は、アルウィンに「もう大丈夫だ」とでも言いたげに荒い鼻息を鳴らしている。
ーーよし、じゃあ早く持ち場へ戻らないと。
アルウィンは右手でも手網を握ると、それをぐいっと引き寄せる。すると、馬が嬉しそうにヒィィィィンと鳴いてしっかりと呼応してくれた。
彼を乗せた馬は、風のように駆けていった。
作戦では、襲撃部隊6名はジルヴェスタが突入した途端に離脱し、冒険者らの後方を通りながらこっそりと裏口に回る、という計画となっている。
裏に回り込む時も、全方位から森を抜けて中央に加勢する冒険者らの背面を通るようにと強く通達されていた。
中央へ向かう冒険者の動きには必ず法則がある。
盗賊の首領ヤノシックはわざと一点のみ森の防御を薄くし、冒険者とゴットフリード軍を誘き寄せた。
そして看破されて失敗してしまったものの、巧みに弓兵を設置して騎馬隊を狩ろうとした。
中央はジルヴェスタを誘き寄せるためのカラクリがあったために森の突破が早くなったが、他方はどうしても守備はそこそこ堅くなるため突破に時間を有するのだ。
1箇所の部隊が森を突破した時、その両端の部隊は最初に森を抜けた部隊にやや遅れて森を突破する。
そして、その隣もやや遅れて森を出ていく。
それは更に隣にも、もっと隣に…と伝播し、生じたタイムラグによって中央に抜ける冒険者がちょうどタイミングよくテオドール率いる襲撃舞台の隠れ蓑となってくれる。
そのようにジルヴェスタと副官ヴェンデルが計画したのだから、彼らの戦略に関する慧眼さは計り知れないだろう。
今回、最初に森を突破したのが中央右。
そこが、敵から見た〝正面〟だった。
そしてそれとほぼ同時に、中央、敵から見たら〝正面左〟に配属された副官ヴェンデルの部隊も右隣より守りが硬い箇所をいち早く突破し、中央部隊、中央右部隊から時間差の突破劇が始まったのである。
そんな中で。
「死ぬことは断じて許さんッ!!私に続けェ!!」
雷の如く響き渡るジルヴェスタの声。
盗賊団の一人が仰ぎ見たその姿は、恐怖心もあってかまるで巨人のように肥大化された影だった。
ジルヴェスタは確かに7フィートの巨漢ではあるが、馬上に乗る姿や、怖気付いた心境などによってはそれよりも遥かに大きな存在として見えることだろう。
ジルヴェスタの右手に持った剣が、白銀に煌めいた。
「ふんッ!」
途端、風を切るようにして放たれるジルヴェスタの斬撃。
シュネル流の〝辻風〟を更に大振りにした、圧倒的な重みすら併せ持つジルヴェスタの一振りに空気はヴゥゥゥッと重く震えていた。
大きく振った一撃で、側面にいた盗賊3人が鮮血を撒き散らしながら宙高く吹き飛んでいた。
ただでさえ予測が難しいシュネル流の剣技をあの剛腕で振るなど、敵からしたら脅威、あるいは天災そのものでしかない。
ジルヴェスタ・ゴットフリードに付いた二つ名である〝血染〟とは、敵の返り血を浴びて身体だけではなく心まで血に染った男という意味だ。
彼の二つ名は、南方のキャペッド王国との戦線に招集された時に敵の将軍を巧みな指揮の元に、たった一日で四人も討ち取って終戦に貢献したとされるために付けられた二つ名である。
実際のところ、ジルヴェスタは快活な性格の男であり、心まで冷たい血に染まっている、というわけではない。
軍を今回のように最前線で指揮するときは熱血漢となり、後方で戦略を組む時は〝血染〟とは言わずとも落ち着いた雰囲気や寡黙さを持つ男にもなれるのがジルヴェスタという存在なのだ。
そんな中、たった今。
領主にしてシュネル流序列第2位の〝血染〟ジルヴェスタ・ゴットフリード率いる騎馬隊による蹂躙劇が開始されたのだった。
脂ぎった冷や汗がアルウィンの頬を緩やかに伝って、そのまま真下に落ちた。
はあはあと、アルウィンの荒い息がする。
彼の表情は蒼白そのもの。
命の恐怖にあてられた彼は、肩で息をしながらふうと胸を撫で下ろす。
彼は幸運にも、矢に身体を穿たれはしなかった。
しかし。
目線を移すと、アルウィンの右足のすぐ隣、馬の右腹に深々と刺さっていた1本の矢が映る。
この矢は、先程いちばん高く飛び、アルウィンに迫った矢尻であった。
馬は苦しそうに顔を歪めているものの、止まったりなどはしていなかった。もしも止まってしまっていたら今度こそ彼は敵の弓兵部隊にとって最適すぎる的と化してしまうのだけれども。
あと数インチという僅かな差で、アルウィンは直撃を避けたのである。
死ぬと思って、恐怖に呑まれたアルウィン。
けれど、僅か数インチの差に救われたことで、我を取り戻して、任された義務を果たさなければならないと使命感を感じて、目をカッと開いたのだった。
ヒィィィィィィィンッ!!と、痛みに悶絶しているのか不規則なリズムで駆け出した馬。
皆が下っていった崖を何とか飛び降りるも、その足取りはグラついている。
併走していたはずのテオドールは、もう何十ヤードも先にいた。
作戦のために、追いつかなければならない。
「ちょっと待ってろ!〝氷結〟!」
血液が凍らないよう、込める魔力は弱めに。
彼は左手で力の限り手網を引っ張り、右手では馬の患部を冷やしていたのだ。
ある程度患部は冷えたのかな、というところで彼は前を見ると、先頭は彼の予想以上に速かった。
ジルヴェスタが中央の中腹で戦っている冒険者と盗賊軍の混戦状態の部分に目と鼻の先まで迫っている、というところである。
駆け抜ける馬の勢いを一切殺すことなく、ジルヴェスタは柵を剣で斬り裂いて、次々に破壊しながら突き進んでいる。
ゴットフリード軍の最精鋭部隊には、騎馬隊を寄せつけない柵など無意味だったのだ。
突入までは30秒程か。
森の入口を正面とすると、正面側に現れた冒険者が80名程度、守る盗賊軍は5~600名程度だろう。
冒険者は皆が上位冒険者、つまりは手練れである。
冒険者というものは主に魔獣の討伐を生業とした職業であるが、依頼があれば小規模な盗賊を討伐する任務に赴いたり、商人の護衛任務だったりといったもので盗賊との戦闘経験を積んでいた冒険者の方が多かったようである。
アルウィンは上位冒険者になって1年は経っていたが盗賊団と戦闘するということは一度も経験していなかった。彼が受注したものは主に飛竜種の討伐ばかりで、商人の護衛任務も数回経験したものの、魔獣から商人を守った程度ということで、人間相手の殺し合いを行ったことはなかったのである。
けれども、中央で戦う冒険者はそのような経験を豊富に持っている人々なのだろう。7,8倍の数の盗賊団を相手にしても、このくらいの数の差など大した問題ではないのか、若干押されているけれども善戦しているように見える。
そんな状況の中で、追いつけ追いつけとアルウィンは必死だった。
ーー早く馬の患部を止血しないと!皆に追いついて、オレが崩した穴を埋めないとダメだ。
彼は必死に、逸る気持ちもあってか手網を握る手をより強くした。
ジルヴェスタの突入までおよそ20秒。
そんな中、アルウィンの魔法の甲斐あってか、暴れ馬は段々と落ち着きを取り戻してきているようであった。溢れ出る鮮血は段々と少なくなり、やがて止血までいってくれることだろう。
馬は、アルウィンに「もう大丈夫だ」とでも言いたげに荒い鼻息を鳴らしている。
ーーよし、じゃあ早く持ち場へ戻らないと。
アルウィンは右手でも手網を握ると、それをぐいっと引き寄せる。すると、馬が嬉しそうにヒィィィィンと鳴いてしっかりと呼応してくれた。
彼を乗せた馬は、風のように駆けていった。
作戦では、襲撃部隊6名はジルヴェスタが突入した途端に離脱し、冒険者らの後方を通りながらこっそりと裏口に回る、という計画となっている。
裏に回り込む時も、全方位から森を抜けて中央に加勢する冒険者らの背面を通るようにと強く通達されていた。
中央へ向かう冒険者の動きには必ず法則がある。
盗賊の首領ヤノシックはわざと一点のみ森の防御を薄くし、冒険者とゴットフリード軍を誘き寄せた。
そして看破されて失敗してしまったものの、巧みに弓兵を設置して騎馬隊を狩ろうとした。
中央はジルヴェスタを誘き寄せるためのカラクリがあったために森の突破が早くなったが、他方はどうしても守備はそこそこ堅くなるため突破に時間を有するのだ。
1箇所の部隊が森を突破した時、その両端の部隊は最初に森を抜けた部隊にやや遅れて森を突破する。
そして、その隣もやや遅れて森を出ていく。
それは更に隣にも、もっと隣に…と伝播し、生じたタイムラグによって中央に抜ける冒険者がちょうどタイミングよくテオドール率いる襲撃舞台の隠れ蓑となってくれる。
そのようにジルヴェスタと副官ヴェンデルが計画したのだから、彼らの戦略に関する慧眼さは計り知れないだろう。
今回、最初に森を突破したのが中央右。
そこが、敵から見た〝正面〟だった。
そしてそれとほぼ同時に、中央、敵から見たら〝正面左〟に配属された副官ヴェンデルの部隊も右隣より守りが硬い箇所をいち早く突破し、中央部隊、中央右部隊から時間差の突破劇が始まったのである。
そんな中で。
「死ぬことは断じて許さんッ!!私に続けェ!!」
雷の如く響き渡るジルヴェスタの声。
盗賊団の一人が仰ぎ見たその姿は、恐怖心もあってかまるで巨人のように肥大化された影だった。
ジルヴェスタは確かに7フィートの巨漢ではあるが、馬上に乗る姿や、怖気付いた心境などによってはそれよりも遥かに大きな存在として見えることだろう。
ジルヴェスタの右手に持った剣が、白銀に煌めいた。
「ふんッ!」
途端、風を切るようにして放たれるジルヴェスタの斬撃。
シュネル流の〝辻風〟を更に大振りにした、圧倒的な重みすら併せ持つジルヴェスタの一振りに空気はヴゥゥゥッと重く震えていた。
大きく振った一撃で、側面にいた盗賊3人が鮮血を撒き散らしながら宙高く吹き飛んでいた。
ただでさえ予測が難しいシュネル流の剣技をあの剛腕で振るなど、敵からしたら脅威、あるいは天災そのものでしかない。
ジルヴェスタ・ゴットフリードに付いた二つ名である〝血染〟とは、敵の返り血を浴びて身体だけではなく心まで血に染った男という意味だ。
彼の二つ名は、南方のキャペッド王国との戦線に招集された時に敵の将軍を巧みな指揮の元に、たった一日で四人も討ち取って終戦に貢献したとされるために付けられた二つ名である。
実際のところ、ジルヴェスタは快活な性格の男であり、心まで冷たい血に染まっている、というわけではない。
軍を今回のように最前線で指揮するときは熱血漢となり、後方で戦略を組む時は〝血染〟とは言わずとも落ち着いた雰囲気や寡黙さを持つ男にもなれるのがジルヴェスタという存在なのだ。
そんな中、たった今。
領主にしてシュネル流序列第2位の〝血染〟ジルヴェスタ・ゴットフリード率いる騎馬隊による蹂躙劇が開始されたのだった。
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