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序章 成長編
第1話 幼馴染
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夕陽に照らされた金色の小麦畑に、子供の声が小鳥の囀りのように響いていた。
前方には農民たちが枝葉を焚く白い煙のふちが、今まさに国境の山脈に沈もうとする陽光に彩られ、絶え間なく麦の穂を覆いながら、彼らの行く手を妨げるように薄く広がっている。
そよ風が吹き抜けたかのように朱の光を反射した長い金髪を靡かせる少女と、襟足を短く刈り揃えた少年。
2人の粗末な服には泥の汚れが染み付いていた。
煙など全く気にしないで煙幕に突っ込んだ小さな2人。漂う焦げた匂いに眼が痛むが、そのような事など気にしない。
きらきらと眩しい笑い声を零す少女と手を繋いで、ひとつになった影は遠くを目指して駆けていく。
あぜ道の柔らかい土に、小さな足跡のスタンプが4つ分刻まれていった。
………………
…………
……
エヴィゲゥルド王国の北部に位置するゴットフリード辺境伯領のズィーア村は、北側は鬱蒼とした恐ろしい魔獣の森と接し、国境をなす東部は何千フィートもある高山地帯に阻まれている辺境の土地である。
その村から少し離れた小山には、少数派の剣術流派であるシュネル流の道場がある。4歳の頃から少年───アルウィン=ユスティニアはそこで剣術を習っていた。
そこにはもう1人、アルウィンと同い年で同時期に剣術を始めた少女───言わば幼馴染の少女、オトゥリアも一緒に習っていた。
アルウィンはオトゥリアが好きだった。
可愛いし、笑顔が素敵だし、なにより小さい頃からずっと一緒だった彼女の事が、大好きであった。
オトゥリアも、彼のことを特別視しているのは間違いなさそうであった。友達として……なのか、異性としてなのかは解らないが。
オトゥリアには大の大人が恐れをなす程の類稀なる剣術の才能があった。
アルウィンと同時期に初めて剣を握った彼女は、剣を握った途端に秘められたポテンシャルを開花させたのだったが……
オトゥリアは、剣を握って6年で他のベテランの門下生たちですら驚愕するほどの鋭い剣閃を放つようになった。
それどころか、気づけば彼女は10歳という年齢で道場の中で師範に次ぐ実力を持つ剣士となっていた。
いつ戦っても勝てないオトゥリアに、いつか追い越してやると固く心に決めても、アルウィンは到底勝つことは出来なかった。
ドッ!ビュシュッ!と道場に、剣が風を切る音が響く。
練習用の木剣を持ったオトゥリアに、アルウィンは強く踏み込みながら上段から手首のスナップを利かせた連続攻撃を放つ。
ドッ!ヒュッ!とたいそう大きな音はするものの、それは踏み込んだ足の音と空気を切り裂く音だけだ。
彼の右腕から繰り出される鋭い一撃を、華麗なステップでくるくる回転しながら余裕の表情で躱しきったオトゥリアは、手首をクルっと半回転させて、
「いっただき!」
そう言って眼を輝かせながら、アルウィンの間合いに一瞬で踏み込むのだった。
彼女の袈裟から切り上がった剣が、慌てて防御態勢をとったアルウィンの剣に激しくぶつかった。
途端───
バヒュン!!!!!という音が、周囲に木霊する。
木剣はアルウィンの元から離れ、宙を舞う。
そして、くるくる回転しながらべしりと音を立てて落ちた。
勢い余ったアルウィンはバランスを崩してたたらを踏む。
そんなアルウィンの表情は、唇を噛んでいるように見えた。オトゥリアの勝ちだ。
「はぁっ…また、負けた……」
ゴロンと仰向けに寝転がって息をするアルウィンに、彼の木剣を突き飛ばした張本人のオトゥリアは
「アルウィンの剣筋も凄い良くなってるから…」
と、呟きながら隣へちょこんと腰かけて水筒の水を飲むのだった。
「オトゥリア、お前には敵わないよ」
やや不貞腐れ気味にアルウィンがそう言うと、オトゥリアは顔を綻ばせて、
「えへへ、ありがとう」
と柔らかな表情を浮かべながら言い、アルウィンに向けて手を伸ばして仰向けの彼をやさしく起こす。
その時、ガラッと道場の扉が開いた。
「「おはようございます!師範!!」」
体勢を崩していた2人は、入って来た男を見て即座に起き上がり一礼する。
入って来たのはシュネル流第16代剣聖、オルブルであった。
「ああ。おはよう、2人とも。
オトゥリア…話がある。
アルウィンは……まぁ……」
「誰か他にもおるのか?まあ、紹介程度なら構わん」
師範の後ろから聞こえる謎の声に、2人は何だろうと目を見合せた。
師範は2人から背を向け、後ろにいた人物を部屋に招き入れる。
「彼は王国騎士団に居る者だ」
白金の防具を着けて、紅いマントを羽織った、いかにもプライドが高そうな中年の男。部屋にどっかりと座ると、顎髭をさすりながら
「如何にも。私は王国騎士団二番隊の副隊長、ヨハン。
トル=トゥーガ流の奥義習得者にして、王国剣術指南役だ。以後、お見知りおきを」
と言う。
2人は騎士の男をじっくりと観察した。
眼球を固定されたのかと思う程、彼の目線はオトゥリアの顔に止まったまま。アルウィンを視界に入れようとする動作は一切見受けられない。オトゥリアにしか興味がないのだろう。
「ヨハン、この少年にも話を聞かせてよいか?
この少年もこの歳にしては並以上だ」
剣聖オルブルはそうアルウィンを紹介する。
ヨハンの洗練された魔力から放たれる緊張感に負けじと、アルウィンはヨハンをじっと見つめた。
ヨハンも初めて、アルウィンの目線に気付いて興味を向け、
「うむ…なかなかの目つきだな、少年よ。ここで話すことを黙っていられるのなら……居ても構わない」
「誰にも話しません……!!」
アルウィンの鋭く光る眼光や息遣いは、オトゥリアには遠く及ばないが、かなりの剣のポテンシャルを持っている事を示唆していた。察知したヨハンは面白いと呟く。
「手短に言おう。その……オトゥリアと言ったな、シュネル流の剣聖オルブル殿から剣術の天才少女と聞いている。
そこで我々は、貴様の実力を測り、騎士団へ推薦しようとやってきた訳だ」
彼は懐から1つの書簡を取りだした。
王国騎士団推薦書……と書かれており、美しい筆跡で何かが書かれている。国王の玉璽だろうか、蝋の封印には王冠がしっかり押されている。
「……!!!」
隣でオトゥリアは息を呑んだ。
口をあんぐりさせ、まさか、とアルウィンにしか聞こえないくらいの大きさで呟いた。
次いで、アルウィンに「ねぇ、なんて書いてあるの?」とこっそり尋ねる。
オトゥリアは文字の読み書きを習っていないために手紙が読めないのである。
字を読めないことは、田舎の者であればごく普通のこと。
しかし、アルウィンは両親から読み書きを習っていたために手紙を読むことが出来ていた。
「えっと…『貴殿を王国騎士団に推薦する。王の剣となり、神への愛とともに国に奉仕せよ。推薦人:エヴィゲゥルド王国剣術指南役 ヨハン・シュタットローン』って書いてある」
オトゥリアは最初顔を輝かせ、はしゃぎはしたが、アルウィンと目が合った途端、すぐに顔を暗くして俯いてしまった。いつものキラキラした彼女の目には影が刺し、口元は溜息に似た吐息が増えている。
オトゥリアの胸の中には、様々な感情が渦巻いていたのであろう。
けれども。
オトゥリアの複雑な心境を、アルウィンは全く気が付きもしなかった。
オトゥリアが騎士団の推薦を受けただなんて、凄すぎると、アルウィンはさも自分が推薦されたかのような浮かれた気持ちで顔を綻ばせていたのだ。
王国騎士団は、王国内の指折りの戦士が集まって、王都の平和を維持したり、王の護衛をしたり、時には王直属の部隊として戦地に赴く精鋭部隊である。推薦状にもあったが、正しく〝王の剣〟だ。
王国中の剣士、魔法使いの憧れであり、貴族と同等の栄誉ある職業と言われている。
月収は10万ルピナスと言われている。この村で家が2軒は余裕で立つくらいの破格の金額だ。
「私が貴様と会う場所を練習場にしたのは、貴殿が推薦されるに見合うか知るために模擬戦をするためだ。
オトゥリアよ、木剣を取って私と戦え。時間は正午まで。私に一撃でも入れれば推薦状を与え、貴様の永遠の栄誉を約束する。ダメだったら…もう少し強くなった頃にまた誘ってやろう」
オルブルは無言で頷き、ヨハンとオトゥリアに木剣を差し出したのだった。
前方には農民たちが枝葉を焚く白い煙のふちが、今まさに国境の山脈に沈もうとする陽光に彩られ、絶え間なく麦の穂を覆いながら、彼らの行く手を妨げるように薄く広がっている。
そよ風が吹き抜けたかのように朱の光を反射した長い金髪を靡かせる少女と、襟足を短く刈り揃えた少年。
2人の粗末な服には泥の汚れが染み付いていた。
煙など全く気にしないで煙幕に突っ込んだ小さな2人。漂う焦げた匂いに眼が痛むが、そのような事など気にしない。
きらきらと眩しい笑い声を零す少女と手を繋いで、ひとつになった影は遠くを目指して駆けていく。
あぜ道の柔らかい土に、小さな足跡のスタンプが4つ分刻まれていった。
………………
…………
……
エヴィゲゥルド王国の北部に位置するゴットフリード辺境伯領のズィーア村は、北側は鬱蒼とした恐ろしい魔獣の森と接し、国境をなす東部は何千フィートもある高山地帯に阻まれている辺境の土地である。
その村から少し離れた小山には、少数派の剣術流派であるシュネル流の道場がある。4歳の頃から少年───アルウィン=ユスティニアはそこで剣術を習っていた。
そこにはもう1人、アルウィンと同い年で同時期に剣術を始めた少女───言わば幼馴染の少女、オトゥリアも一緒に習っていた。
アルウィンはオトゥリアが好きだった。
可愛いし、笑顔が素敵だし、なにより小さい頃からずっと一緒だった彼女の事が、大好きであった。
オトゥリアも、彼のことを特別視しているのは間違いなさそうであった。友達として……なのか、異性としてなのかは解らないが。
オトゥリアには大の大人が恐れをなす程の類稀なる剣術の才能があった。
アルウィンと同時期に初めて剣を握った彼女は、剣を握った途端に秘められたポテンシャルを開花させたのだったが……
オトゥリアは、剣を握って6年で他のベテランの門下生たちですら驚愕するほどの鋭い剣閃を放つようになった。
それどころか、気づけば彼女は10歳という年齢で道場の中で師範に次ぐ実力を持つ剣士となっていた。
いつ戦っても勝てないオトゥリアに、いつか追い越してやると固く心に決めても、アルウィンは到底勝つことは出来なかった。
ドッ!ビュシュッ!と道場に、剣が風を切る音が響く。
練習用の木剣を持ったオトゥリアに、アルウィンは強く踏み込みながら上段から手首のスナップを利かせた連続攻撃を放つ。
ドッ!ヒュッ!とたいそう大きな音はするものの、それは踏み込んだ足の音と空気を切り裂く音だけだ。
彼の右腕から繰り出される鋭い一撃を、華麗なステップでくるくる回転しながら余裕の表情で躱しきったオトゥリアは、手首をクルっと半回転させて、
「いっただき!」
そう言って眼を輝かせながら、アルウィンの間合いに一瞬で踏み込むのだった。
彼女の袈裟から切り上がった剣が、慌てて防御態勢をとったアルウィンの剣に激しくぶつかった。
途端───
バヒュン!!!!!という音が、周囲に木霊する。
木剣はアルウィンの元から離れ、宙を舞う。
そして、くるくる回転しながらべしりと音を立てて落ちた。
勢い余ったアルウィンはバランスを崩してたたらを踏む。
そんなアルウィンの表情は、唇を噛んでいるように見えた。オトゥリアの勝ちだ。
「はぁっ…また、負けた……」
ゴロンと仰向けに寝転がって息をするアルウィンに、彼の木剣を突き飛ばした張本人のオトゥリアは
「アルウィンの剣筋も凄い良くなってるから…」
と、呟きながら隣へちょこんと腰かけて水筒の水を飲むのだった。
「オトゥリア、お前には敵わないよ」
やや不貞腐れ気味にアルウィンがそう言うと、オトゥリアは顔を綻ばせて、
「えへへ、ありがとう」
と柔らかな表情を浮かべながら言い、アルウィンに向けて手を伸ばして仰向けの彼をやさしく起こす。
その時、ガラッと道場の扉が開いた。
「「おはようございます!師範!!」」
体勢を崩していた2人は、入って来た男を見て即座に起き上がり一礼する。
入って来たのはシュネル流第16代剣聖、オルブルであった。
「ああ。おはよう、2人とも。
オトゥリア…話がある。
アルウィンは……まぁ……」
「誰か他にもおるのか?まあ、紹介程度なら構わん」
師範の後ろから聞こえる謎の声に、2人は何だろうと目を見合せた。
師範は2人から背を向け、後ろにいた人物を部屋に招き入れる。
「彼は王国騎士団に居る者だ」
白金の防具を着けて、紅いマントを羽織った、いかにもプライドが高そうな中年の男。部屋にどっかりと座ると、顎髭をさすりながら
「如何にも。私は王国騎士団二番隊の副隊長、ヨハン。
トル=トゥーガ流の奥義習得者にして、王国剣術指南役だ。以後、お見知りおきを」
と言う。
2人は騎士の男をじっくりと観察した。
眼球を固定されたのかと思う程、彼の目線はオトゥリアの顔に止まったまま。アルウィンを視界に入れようとする動作は一切見受けられない。オトゥリアにしか興味がないのだろう。
「ヨハン、この少年にも話を聞かせてよいか?
この少年もこの歳にしては並以上だ」
剣聖オルブルはそうアルウィンを紹介する。
ヨハンの洗練された魔力から放たれる緊張感に負けじと、アルウィンはヨハンをじっと見つめた。
ヨハンも初めて、アルウィンの目線に気付いて興味を向け、
「うむ…なかなかの目つきだな、少年よ。ここで話すことを黙っていられるのなら……居ても構わない」
「誰にも話しません……!!」
アルウィンの鋭く光る眼光や息遣いは、オトゥリアには遠く及ばないが、かなりの剣のポテンシャルを持っている事を示唆していた。察知したヨハンは面白いと呟く。
「手短に言おう。その……オトゥリアと言ったな、シュネル流の剣聖オルブル殿から剣術の天才少女と聞いている。
そこで我々は、貴様の実力を測り、騎士団へ推薦しようとやってきた訳だ」
彼は懐から1つの書簡を取りだした。
王国騎士団推薦書……と書かれており、美しい筆跡で何かが書かれている。国王の玉璽だろうか、蝋の封印には王冠がしっかり押されている。
「……!!!」
隣でオトゥリアは息を呑んだ。
口をあんぐりさせ、まさか、とアルウィンにしか聞こえないくらいの大きさで呟いた。
次いで、アルウィンに「ねぇ、なんて書いてあるの?」とこっそり尋ねる。
オトゥリアは文字の読み書きを習っていないために手紙が読めないのである。
字を読めないことは、田舎の者であればごく普通のこと。
しかし、アルウィンは両親から読み書きを習っていたために手紙を読むことが出来ていた。
「えっと…『貴殿を王国騎士団に推薦する。王の剣となり、神への愛とともに国に奉仕せよ。推薦人:エヴィゲゥルド王国剣術指南役 ヨハン・シュタットローン』って書いてある」
オトゥリアは最初顔を輝かせ、はしゃぎはしたが、アルウィンと目が合った途端、すぐに顔を暗くして俯いてしまった。いつものキラキラした彼女の目には影が刺し、口元は溜息に似た吐息が増えている。
オトゥリアの胸の中には、様々な感情が渦巻いていたのであろう。
けれども。
オトゥリアの複雑な心境を、アルウィンは全く気が付きもしなかった。
オトゥリアが騎士団の推薦を受けただなんて、凄すぎると、アルウィンはさも自分が推薦されたかのような浮かれた気持ちで顔を綻ばせていたのだ。
王国騎士団は、王国内の指折りの戦士が集まって、王都の平和を維持したり、王の護衛をしたり、時には王直属の部隊として戦地に赴く精鋭部隊である。推薦状にもあったが、正しく〝王の剣〟だ。
王国中の剣士、魔法使いの憧れであり、貴族と同等の栄誉ある職業と言われている。
月収は10万ルピナスと言われている。この村で家が2軒は余裕で立つくらいの破格の金額だ。
「私が貴様と会う場所を練習場にしたのは、貴殿が推薦されるに見合うか知るために模擬戦をするためだ。
オトゥリアよ、木剣を取って私と戦え。時間は正午まで。私に一撃でも入れれば推薦状を与え、貴様の永遠の栄誉を約束する。ダメだったら…もう少し強くなった頃にまた誘ってやろう」
オルブルは無言で頷き、ヨハンとオトゥリアに木剣を差し出したのだった。
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