コッキングへようこそ

笹野にゃん吉

文字の大きさ
上 下
7 / 15
No.8 夢はいつまでも夢のままで

7.失敗だったな

しおりを挟む
 とあるフレンチレストランに、不釣り合いな二つの人影がある。
 
 一人はピンクのスウェットの少女。なにが楽しいのか、身体をゆらゆら左右に揺らしながら笑っている。

 もう一人は、灰色のTシャツからはち切れんばかりの筋肉を浮きあがらせた偉丈夫。鈍色の髪をかきながら「大人しくできねぇのかお前は」と、しわがれた悪態をついている。

「だってだって! 面白いじゃん。お金ないのにレストランだよ?」
「うるせぇぞ、マグ。金が手に入ったから来たんだろうが」
「ストックって貯金できない病気なの? なのに!」
「そんな病気ねぇし、そう呼んでるのはお前だけだ」

 二人はローケンクロゼにひそむ影だ。
 ストックと呼ばれた男は殺し屋であり、マグと呼ばれた少女は、殺し屋と依頼人を中継するメッセンジャーである。本来は、このような光に埋もれた場所で生活する人間ではないが、殺し屋はきまぐれで、メッセンジャーの少女はわがままだった。

「そもそもお前がここに入ろうって言いだしたんじゃねぇか」
「だって、お腹空いたんだもん!」
「こんな高い店じゃなくてもよかったろ」
「でも、ここゼッタイおいしいよ!」
「そりゃそうだろ。美味くなかったら、ここにいる全員撃ち殺してやる」

 マグはそれにキャラキャラと腹を抱えて笑う。
 そこに軽蔑としか思えない笑顔を浮かべたウエイターがやって来た。
 追い出されないだけマシな店だ、とストックは下手くそな愛想笑いを返しておく。

「お待たせいたしました」

 テーブルに置かれたのは、なんだかごちゃごちゃしたオムレツだった。黄やら緑やら紫やら、やたらと派手なサラダを添えている。皿の端には、指でこすりつけたような少量のソース。

 ウエイターから説明があるが、とにかく贅沢なことしか解らなかった。

 ともかく、いよいよメインディッシュである。前菜は珍妙で、味に関してはよく分からなかったが、まあオムレツならオムレツだろう。やっと想像どおりのものを口にできそうだと安堵がこみあげる。

「レッツ、オムレツぅー!」

 シャレのような叫び声とともに、マグがオムレツを掬いとる。黄金の山がわれ、とろりと半熟の中身が流れだした。少女の大きな口がひらき、欠けた歯にスプーンが当たってカチと下品な音をたてる。

 一瞬のとろけるような表情があった。ところが、すぐにいつもの笑みが戻る。その口から「おいしい!」の一言はない。ただ「エヘヘ」と意味不明の笑いがこぼれた。

 ストックは嫌な予感を覚えながら、マグに続いてオムレツを含んだ。舌触りのいい上品な味が口中にひろがり、たちまち飢えを満たしていく。さすがは一級のフレンチレストランだ。

 しかしストックはグラスのなかの水を呷ると、懐かしい味を思い出しながら嘆息をついた。

「……銃を持ってこなかったのは失敗だったな」



                     〈夢はいつまでも夢のままで(了)〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

塵埃抄

阿波野治
大衆娯楽
掌編集になります。過去に書いた原稿用紙二枚程度の掌編を加筆修正して投稿していきます。

処理中です...