魔都フクイ

笹野にゃん吉

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第三部 第二次抗争

四一、県知事システムの行方

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 ハシモトを呼び寄せた男は、ナカネと名乗った。
 ここに県知事システムがあるかどうか確かめて欲しい。
 そう、彼は言ったのだ。

 ハシモトは、プテラノドンの背から落っこちたような衝撃を味わった。
 県知事システムはとうぜん庁舎にある、と思い込んできた。
 庁舎付近の支援攻撃を優先したのも、その先入観がさせたことだった。

 だが、もしナカネの推測が正しかったとしたら。
 万一、〈クラブラザーズ〉が先に県知事システムを発見したとしたら――。

 大変なことになる。
 まずメガネイターの標的が〈フクイ解放戦線〉に切り替わるだろう。ハシモトたちが乗ってきたプテラノドンも、街を闊歩する他の恐竜たちも牙を剥くかもしれない。
 そんなことになれば、間違いなく勝機は潰える。

「まずい……!」

 ハシモトは庁舎屋上にプテラノドンを誘導した。
 狙撃メガネイターたちの背後に降りたち、一目散に屋内へ駆けだした。
 階段を下りる。どうか間違いであってくれと願いながら。

「どこだ」

 ハシモトを迎えたのは、左右に延びる長い廊下だった。
 右、左と見通した先、横並びの会議室の間に幾つもの横道がひらけていた。
 どこに何があるのかは、さっぱり分からない。一見したところ案内図のようなものもない。そして、人気もなかった。

「嘘だろ……」

 血の気が引いていった。
 ハシモトは最悪の可能性を否定するべく、手近なドアに手をかけた。

「んッ!」

 しかし開かない。

「どこだ!」

 次のドアに手をかけてみたが――開かない。
 次もびくともしない。
 次、次、次――!

「なんでだよ……」

 どこも開かなかった。
 屋上へ至る階段を見出して、ハシモトは自分が元の場所に戻ってきたことを理解する。

「くそっ!」

 たまらずドアを殴りつけた。

 なんで、なんで、なんで……!

 心の中で問い続けた。だが、認めたくなかった。

「そんな……」

 壁に手をついて項垂れる。
 無数のドアの向こう、そのどこかに県知事システムがあったかもしれない。そう苦しい言い訳をしたがる自分がいる。

 けれど、それはあり得ない。
 フクイを統治する重要なシステムを、護衛もなく放置するはずがないからだ。この階にメガネイターがいないこと、それ自体が県知事システムの不在を物語っていた。

「ダメだ、こうしちゃいられない!」

 焦燥に胸の底を炙られながら、ハシモトは屋上にまろびでた。
 狙撃メガネイターを見やる。
 その時、一体のメガネイターが屋上の縁から身をひき、先程まで彼のいた地点を泡が通過した。
 ハシモトは身を屈め、そのメガネイターに駆け寄った。

「あの! 庁舎内で、友軍と行動をともにしているメガネイターはいませんか?」

 訊ねながらハシモトは、不安感に胸をかきむしられていた。
 ナカネとは、メガネイターとの合流を約束し別れたのだ。
 だが、彼の推測どおりここはフェイクだった。ナカネがメガネイターを見つけ出せる望みは薄いかもしれない。

 もし、ナカネと連絡がつかなければ、誰にこの事実を伝えるべきだろう。
 残酷にも次のステップに思い馳せはじめたとき、メガネイターのフレームに青い光がはしった。

「確認できた」
「本当ですか!」

 ハシモトはその両肩をつかみ詰め寄った。
 メガネイターは頷いた。

「じゃあ、その人に伝え……」

 言いかけたところで、ハシモトはとっさに口をつぐんだ。
 メガネイターの背後――システムの意思に思い至ったからだ。

 システムは〈フクイ解放戦線〉を友軍として受け入れてはいるものの、完全に信用しきってはいないのではないか。

 システムの所在を共有していないのがその証左のように思えた。
 とすれば、メガネイターを介しシステムの所在について話し合おうとすれば、システムがそれを拒絶する恐れがある。最悪の場合、システムが牙を剥きかねない。

「……友軍はいま何階にいますか?」
「四階、間もなく五階に到達する」
「ありがとうございます!」

 ハシモトはただちにプテラノドンに跨り飛びたった。
 目標階は五階。
 その窓の前で、ハシモトは眼下に押し寄せるチンピラにアサルトライフル掃射をみまった!

 ダダダダダダダダダ!

「うぎゃああああああああああああああ!」

 銃声と断末魔!
 その音にナカネが気付くことを願い、窓の向こうに目をやった。
 そして、力強く頷いた。
 早くもこちらへ駆けつける、ナカネの姿を見てとったからだ。
 ナカネが慌しく窓を開いた!

「ナカネさん!」
「乗せてくれッ!」

 だが、ナカネはシステムの所在について訊ねなかった。
 鬼気迫る表情で、手を伸ばしてきたのだ。
 その理由は、問うまでもない!

「ブジュウウウウウウウウウ!」

 ナカネの肩越し、叫び声とともにカニ人間が現れたのだ!

「ダ、ダメです!」

 しかし、互いの手は届かない。プテラノドンが近付ける距離には限界がある。翼の分、接近できる距離に限りがあるのだ。

「ブジュ!」

 カニ人間がナカネに気付いた。
 泡を蓄え、床を蹴る!

「跳べ!」

 その時、誰かが叫んだ。
 ハシモトは耳を疑った。とっさに辺りを見回した。
 その瞬間、ナカネが窓枠をつかみ桟に足をかけ、全身のバネを伸ばし跳んだ!

「ああっ!」

 それに気付いたハシモトは、慌てて手を伸ばした!

「ブジュウウウウウウウウウ!」

 そこに泡攻撃が放たれる!
 プテラノドンは己の意思で天に翻った。

「ナカネさぁん!」

 翼竜の背中から身をのり出し、落下するナカネを見下ろすハシモト。

 間に合わない……!

 その胸を悔恨の念が侵した。

「ガガアアアアア!」

 ところが次の瞬間、一匹のプテラノドンがハシモトの傍らを急降下していった!

「なんだッ!」

 そのプテラノドンは、寸毫すんごうの差で地上との衝突を避けると、見事なU字上昇をきめた!
 と同時に、ナカネの姿をさらい、ハシモトの隣にまで浮上してきた。
 その背に、ふたつの人影があった。

「……助かった」

 一方はナカネだった。
 そして、もう一方の人物は――。

「マスナガさん!」

 無感情な視線がハシモトを見返した。
 だが、再会を喜んでいる場合ではない。
 ハシモトは即座に気持ちを切り替え告げた。

「お二人とも聞いてください。庁舎にシステムはありませんでした」
「やはりか……」

 答えたのはナカネだった。
 マスナガは表情を変えなかったが、じっとハシモトを見ていた。

「できる限り多くの戦力を、システムの許へ向かわせるべきでしょう……。でも、問題は」
「システムの所在が知れないことだな」

 マスナガが代弁した。
 力なくハシモトが頷くと、ナカネが言った。

「それらしい場所なら見当はつく」
「えっ」

 ハシモトは愕然としてナカネを見返した。どこですか、と訊ねればナカネの視線は西方に飛んだ。

「フクの井だ」
「フクの井?」
「フクイ城がキタノショウ城として築城された慶長六年、その頃から、すでにあったなんて言われてる古式ゆかしい井戸だ。フクイの名前の由来なんて説もある」

 ハシモトは感心したが、それとシステムの繋がりが見えてこなかった。
 しかし、マスナガはそうではないようだ。フレームに青い光が流れた直後、彼は言った。

「フクの井の底に、システムが隠されているということか」
「井戸の底に……? そんなことあり得るんですか?」

 その問いに答えたのは、マスナガでもナカネでもなかった。
 突如、城址北西部でストロボじみた光が瞬いたのだ。
 三人が一斉にそちらへ目を向けると、

 ……ダッダダダダダダダダ!

 わずかに遅れて激しい銃声が届いた。

「おい、さっきのマズルフラッシュか」

 ナカネが驚愕に目を見開いた。
 おそらく、とマスナガがぎこちなく頷いた。

「まさか、フクの井ってあの辺りにあるんですか……?」

 恐るおそる訊ねると、すぐに首肯が返ってきた。
 ハシモトは憮然と北西を見やった。
 またぞろ銃声と銃火が膨れあがった。
 それらは北西の守りの厚さを象徴すると同時に、あれほどの火力で迎え撃たねばならぬ敵が現れたことを示唆してもいた。

「は、早く向かわないと!」
「ダメだ。ハシモトにはあとを任せる」

 焦るハシモトに、マスナガはにべもなく言った。
 つと天を仰いで一つ頷けば、さっさとプテラノドンを翻らせてしまった。

「あ……」

 ハシモトはひとり取り残された。
 その不安感から、あとを追おうとした。

「……いや、違う」

 しかし、すぐにその判断を否定した。

 ぼくには、ぼくの役割があるんだ。

 そして、フクイ城址にまだ至っていない仲間たちの姿を思い浮かべた。
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