魔都フクイ

笹野にゃん吉

文字の大きさ
上 下
40 / 50
第三部 第二次抗争

四十、城址北西部

しおりを挟む
 フクイ城址北西部。
 いま、泡によってメガネイターが撃墜された。その亡骸は、石垣のうえにそびえ立つ景観樹の枝から水堀へと転落していった。

「ブ、ジュ」

 それと入れ違うように、欠けた甲羅からカニみそを垂れ流したカニ人間が、石垣を這いあがってきた。

「ジュア!」

 その隣に、もう一体。負傷したカニ人間が上がってくる。
 二体が地を踏むと、最後に鉄製の爪が石垣のふちを噛んだ。

「よっ、と……ォ」

 やがて上がってきたのは生身の男だった。いびつな笑みを浮かべた顔は、半分が焼け爛れていた。
〈クラブラザーズ〉の残忍な頭領――モリヤマは、首をゴキゴキ鳴らすと西の方角に目をやった。

「あっちは、まだ崩れてなさそうだなァ」

 生垣防壁の向こうからは、絶えることない銃声が聞こえていた。
 あちらからチンピラが駆けつけてくる気配がないのも、断末魔さえ聞こえてこないのも、一方的に迎撃されている所為だろう。

「ま、無理もねェか」

 モリヤマは目を細める。

 西のオロウカ橋の守りは堅い。
 生垣ではない本物の狭間や袋小路が、効率的に配置されているからだ。
 さらに以前の抗争の後、狭間には手が加えられた。現在は鋼鉄の天井まで設けられており、その姿は、トーチカさながらだ。あれを攻略するのは、カニ人間であろうと容易いことではない。

「……ハハァ」

 そして、その過剰にも思われる守りが、県知事システムの狙いだとモリヤマは踏んでいた。
 だからこそ、庁舎近くの南北方面は他のものに任せ、モリヤマはここ北西部に上陸したのだ。

〈クラブラザーズ〉は一度、県知事システム収奪に成功した。
 これは裏を返せば、システムが失敗を経験し、学習したことを意味する。
 人間ならば、事なかれ主義で問題を先送りにしたかもしれない。

 だが、相手は機械だ。
 ポンコツであることには違いないが、いらぬ感情やしがらみに囚われることはない。
 対策を打たないはずがないのだ。
 とすれば、堅固な北西部を利用しない手はない――。

「おい、早く上がってこい。クズが」

 モリヤマは石垣をふり返り、唾を吐き捨てた。
 唾は石垣をよじのぼる若者の額を叩いた。

「は、はい……」

 若者の目許をおおったメガネフレームの間を、唾が流れた。それはこめかみから流れ落ち、若者の下にいた別のメガネ移植者の顔を汚した。
 メガネ移植者は全部で五人いた。
 さらにその下から、二体のカニ人間が這いあがってくる。

「ハァ……ハァ……ッ!」

 やがて全員が石垣をのぼり終えると、一体のカニ人間の甲羅がメキメキと変質し、人の姿へと戻った。身体中に風穴があき、血が滴っていた。
 モリヤマは舌打ちした。

「鍛錬が足りねぇから活動時間が短くなんだよ、このザコが」

 丸太のような足が、満身創痍の男を蹴り飛ばした。男は白目をむいて血を吐きだした。
 モリヤマはアンプルを取り出すと、男の首筋に無理矢理エキスを注入し、カニ人間に変身させた。

 カニ人間になると、その身体はぶくぶくと泡をたてながら再生した。
 それでも、すべての傷が癒えたわけではなかったが、モリヤマはそんなことに構わなかった。
 起きろ、と腹を蹴りつけ、失われたカニ人間の意識を強引に覚醒させた。

「ウがっ……ッ!」

 突然、ふり返ったモリヤマは、次いでメガネ移植者の頭を鷲掴んだ。メキメキといたぶりながら吊り上げ、他のメガネ移植者たちを睨《ね》めつけた。

「てめぇらも、そこのカニ野郎みたいにヘタレんなよ?」

 そして、爛れた唇をぺちゃぺちゃ鳴らしながら笑った。

「ま、安心しろよ、お前らァ。もうすぐ平等な世界がやって来るんだからよ。俺がフクイを支配すれば、〈クラブラザーズ〉以外の連中は全員クズに成り下がるんだからな。お前らに仲間ができるってことだぜ。嬉しいだろ。嬉しいよなァ?」

 メガネ移植者たちは俯きがちに頷くしかなかった。
 彼らの中には、怒りも憎しみもありはしなかった。
 若くしてメガネを埋めこまれ、暴力と絶望のなかで調教されてきたから。

「それに事が成った暁には、お前らはこの上ない栄誉を与えられるんだぜ。お前らは英雄になれるんだァ」

 そう言うと、モリヤマは興味を失くしたように若者を放した。

「……ぅッ!」

 若者は悲鳴を堪え立ちあがった。その顔は赤く濡れていた。歪んだメガネフレームが皮膚を裂き、目の周りを鮮血が染めあげていた。

「よし、行くぞ」

 モリヤマはそれを顧みることなく、カニ人間たちに周囲を守らせ歩きだした。

「ブジュウウウウウウウウウ!」

 生垣はカニ人間に割らせた。木っ端が飛散し、あえなく生垣は崩れ落ちた。もうもうと立ち込める土煙の中、モリヤマたちは形ばかりの迷路に踏み入った。

 ガチャ!

 その瞬間、生垣の隙間から無数の銃口がとび出した!
 それらが一斉に歓迎の声を上げた!

「「ブジュウウウウウウウウウ!」」

 先鋒のカニ人間たちは、とっさに泡を吐きだした!
 ところが、二丁のアサルトライフルがこぼれ落ちても、なお生垣は鉄の色に濃かった。夥しい弾雨の中、二体は断末魔もそこそこにその場に崩れ落ちた!

「いっでェ!」

 カニ人間の背後にありながら、モリヤマも銃弾を受けた。
 肩に、脇腹に、太腿に、赤いものが滲んだ。

「ハッ、ハァ……!」

 にもかかわらず、モリヤマはかんと笑んだ。
 この守りの堅さが、己の推理の正しさを証明してくれたようなものだったからだ。

「みな、ごろしだ……ァ!」

 モリヤマは懐からアンプルを引き抜いた。
 しかし、それは部下に与えたものとは明らかに異なっていた。
 薬液の緑はいっそう濃く、鮮やかだった。輝いているようにすら見えた。
 そして、アンプルの表面には恐るべきラベルが貼られていた。
きわみ〉の名を記したラベルが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

抱きたい・・・急に意欲的になる旦那をベッドの上で指導していたのは親友だった!?裏切りには裏切りを

白崎アイド
大衆娯楽
旦那の抱き方がいまいち下手で困っていると、親友に打ち明けた。 「そのうちうまくなるよ」と、親友が親身に悩みを聞いてくれたことで、私の気持ちは軽くなった。 しかし、その後の裏切り行為に怒りがこみ上げてきた私は、裏切りで仕返しをすることに。

池手名 伊三(いけてな いぞう)物語 ~うっとしいおっさんが行く~

わいんだーずさかもと
大衆娯楽
こんなおっさんおったらうっとしいやろなぁっていう、架空のおっさん「池手名伊三」を描いていきます。短めの話を一話完結で書いて行こうと思いますので、ゆるい感じで見ていただければ嬉しいです!

お尻たたき収容所レポート

鞭尻
大衆娯楽
最低でも月に一度はお尻を叩かれないといけない「お尻たたき収容所」。 「お尻たたきのある生活」を望んで収容生となった紗良は、収容生活をレポートする記者としてお尻たたき願望と不安に揺れ動く日々を送る。 ぎりぎりあるかもしれない(?)日常系スパンキング小説です。

ピアノ教室~先輩の家のお尻たたき~

鞭尻
大衆娯楽
「お尻をたたかれたい」と想い続けてきた理沙。 ある日、憧れの先輩の家が家でお尻をたたかれていること、さらに先輩の家で開かれているピアノ教室では「お尻たたきのお仕置き」があることを知る。 早速、ピアノ教室に通い始めた理沙は、先輩の母親から念願のお尻たたきを受けたり同じくお尻をたたかれている先輩とお尻たたきの話をしたりと「お尻たたきのある日常」を満喫するようになって……

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...