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第三部 第二次抗争
三八、決戦の地へ
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〈クラブラザーズ〉襲撃開始直後。
「あんたたち聴きな!」
校舎決戦の勝利に酔いしれた兵士たちに厳しい声を叩きつけたのはハツだった。
笑みの上に当惑を重ね、兵士たちが振り向いた。
「どうしたんですか、ハツさん。怖い顔しちゃって」
「聴きな」
ハツは、にべもない。
兵士たちの顔には、まだ笑みがはり付いていた。
多くの仲間の屍のうえに、ようやく勝利を築いたのだ。
その余韻に浸っていたい気持ちは痛いほどわかった。
生者の喜びは死者への弔いにもなるだろう。
だが。
ハツはすぐ隣に控えたメガネイターを一瞥する。
そして、今しがた届けられた報告を反芻する。
『県庁が攻撃を受けているようです――』
「聴きな」
ハツは繰り返した。
同志たちの顔から、ついに笑みが拭い去られた。
屋上に乾いた風が吹きつけた。
ハツは一人ひとりの顔を見渡して告げた。
「県庁が襲撃された」
息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
顔を見合わせ狼狽える姿がいくつもあった。
それを軟弱だと非難するつもりはなかった。
ハツとて焦り、狼狽していた。
襲撃の予兆あり。
その程度の報告であれば、どれだけ良かったか、と思わずにはいられない。
だが、現状は遥かに深刻だ。
「今から電車を使っても一時間はかかりますよ」
同志の一人が進みでて言った。
「……ああ」
その言葉の重みが、ハツの胸に重くのしかかった。
「次の電車はいつ来る?」
メガネイターは、表情をぴくりとも動かさず答えた。
「三十分後です」
屋上に吹く風が、キンと冷え込んだ。
誰もが項垂れた。その場に崩れ落ちるものまでいた。
ところがその時、意外な人物が真っ先に顔をあげた。
「……状況はどうあれ、動くしかないですよ」
震えたその声は、ハシモトのものだった。
「でもよ、生き残ったのは俺たちだけだぜ」
すかさずバンダナが、消極的な一言を返した。皆、気持ちは同じらしくハシモトを正視する者はいなかった。
しかしハシモトは折れなかった。
「たしかに、ぼくたちの数は少ないです。でも、その少数が勝敗を分けるかもしれない」
同志たちがわずかに顎をあげた。
その一人ひとりに、ハシモトは真摯な目を向けていった。
「ぼくたちは生き残ったんです。ここにいるんです。決して無力じゃありません」
そして、最後にアサクラを見た。
同志たちも、それに倣った。
決して無力ではない。
英雄の姿を前にすると、その言葉は、すんなりと彼らの胸に沁みていった。
「……そうだね」
ハツも頷いた。
あの時――シバが死んだとき、アサクラは飛び出すことができず、自分は駆けつけることができなかった。
だが、生き残ったアサクラは校舎決戦を征した。
またも遅れをとりはしたものの、ハツは県庁襲撃が起こったことをいま知っている。
今回も間に合わないかどうかは、その時までわからない。
進め。
耳もとで、誰かにそう囁かれた気がした。
ハツは、ベストに刺繍された不死鳥のシンボルを掴んだ。
何度倒れても立ちあがる、それが〈フクイ解放戦線〉の魂だ。
「ハシモトの言う通りだ! フクイの底力ってやつを見せてやろうじゃないか!」
感化された同志たちもまた不死鳥のシンボルを掴んだ。
「ガガアアァアアァァアアアアアァァァアァァアアアッ!」
その時、サトちゃんがけたたましい咆哮を上げた。
誰もが驚いてサトちゃんを振り仰いだ。
天を仰ぎ、双翼を羽搏かせたサトちゃんは、なおも大きな声でカツヤマの空気を震わせた。
「ガガアアァアアァァアアアアアァァァアァァアアアッ!」
それが〈フクイ解放戦線〉の闘志に、ふいごの如き力を吹きこんだ。萎えかけた四肢に力が漲った。
サトちゃんの咆哮に応えたのは、〈フクイ解放戦線〉だけではなかった。
「ガガァ!」
「ガ、ガァ!」
「ガァ、ゴゴ!」
木にとまっていたプテラノドンたちが羽搏き、共鳴を始めたのである!
「な、なんだい……?」
ハツをはじめ、兵たちが目を白黒させていると、プテラノドンは飛んだ。ごく短い距離を飛翔した。
そして次々と、屋上に、兵たちの前に降りたつのだった。
「……おいおい、あんたなのかい?」
ハツは愕然としてサトちゃんに目をやった。
翼竜は鳴きやみ、勇ましい視線を仲間たちに向けていた。
「みんなを連れてってくれるのか?」
アサクラが訊ねると、サトちゃんは首肯するように頭のトサカを揺らした。
やがて、ハツの前にもプテラノドンがやって来た。
「……ハッ! なんだか諦めの悪そうなのが来たね」
炎をまとったかのような真紅のプテラノドンだった。
「よろしく頼むよ」
〈フクイ解放戦線〉は、プテラノドンの背に跨っていった。
相棒の身体を撫で、感謝の言葉を囁きながら。
「よし」
最後にアサクラが、サトちゃんの背に跨った。
「それじゃあ、みんなで行こうぜ」
同志を見渡し、ハシモトとマスナガに頷きかけると、彼は雄々しくショットガンを掲げてみせた。
「オレたちのフクイを守るためにッ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
鬨の声が応えた!
プテラノドンもまた、無数の翼を羽搏かせ天に吼えた!
「「「おおおおぉおおぉぉぉおおぉぉおおおおぉおおおおお!」」」
「「「ガガアアァアアァァアアアアアァァァアァァアアアッ!」」」
カツヤマの空に、雷鳴のごとき叫びが染み渡っていく!
――
「へんっ……」
「なんや?」
酒屋に押しかけてきたチンピラを昏倒させた老爺は、どこからか谺する叫びに首を傾けた。
ひび割れた酒瓶を傘にもち替え、それを杖代わりに外へでた。
「……」
手庇をつくり空を見上げると、一本の道が築かれているのに気付いた。
幾つもの影が交わってできた道だった。
それは最初ほそく頼りなげに見えたが、方々から飛びたつ影が交わっていくうち、太く逞しいものになっていった。
『カニがせめてきたぞっ!』
少し前、慌しく駆け回っていたアサクラの姿が思い出された。
『オレはサトちゃんのところへ行くぜ! おんちゃんも気をつけろよ!』
老爺は釈然として微笑んだ。
「気ぃ付けて行ってきねの」
願わくは、自分もあの中に加わりたかった。そんな一抹の寂寥に傘を握りながら。
「……さて」
やがて影の道が見えなくなると、老爺は軒下に戻った。
「……ん」
その時、懐から何かがこぼれ落ちた。
それは銀の光を瞬かせながら、店の床をころころと転がった。
摘まみ上げてみると、なんの変哲もないパチンコ玉だった。
「おもっしぇのぉ」
老爺はそれを大事そうに手の中に握って、店と居住スペースを仕切る暖簾をくぐった。
畳まれた布団の傍らを通って、古びた仏壇の前に腰を下ろした。
遺影の中、微笑む老婆と目が合った。
老爺はその隣に、そっとパチンコ玉を置いた。
すると店の戸口が、笑うようにカタカタと音を鳴らした。
老爺も笑い、しわだらけの瞼を下ろした。
すっかり皮のたるんだ手を合わせ祈った。
どうか孫たちが無事でありますように、と。
「あんたたち聴きな!」
校舎決戦の勝利に酔いしれた兵士たちに厳しい声を叩きつけたのはハツだった。
笑みの上に当惑を重ね、兵士たちが振り向いた。
「どうしたんですか、ハツさん。怖い顔しちゃって」
「聴きな」
ハツは、にべもない。
兵士たちの顔には、まだ笑みがはり付いていた。
多くの仲間の屍のうえに、ようやく勝利を築いたのだ。
その余韻に浸っていたい気持ちは痛いほどわかった。
生者の喜びは死者への弔いにもなるだろう。
だが。
ハツはすぐ隣に控えたメガネイターを一瞥する。
そして、今しがた届けられた報告を反芻する。
『県庁が攻撃を受けているようです――』
「聴きな」
ハツは繰り返した。
同志たちの顔から、ついに笑みが拭い去られた。
屋上に乾いた風が吹きつけた。
ハツは一人ひとりの顔を見渡して告げた。
「県庁が襲撃された」
息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
顔を見合わせ狼狽える姿がいくつもあった。
それを軟弱だと非難するつもりはなかった。
ハツとて焦り、狼狽していた。
襲撃の予兆あり。
その程度の報告であれば、どれだけ良かったか、と思わずにはいられない。
だが、現状は遥かに深刻だ。
「今から電車を使っても一時間はかかりますよ」
同志の一人が進みでて言った。
「……ああ」
その言葉の重みが、ハツの胸に重くのしかかった。
「次の電車はいつ来る?」
メガネイターは、表情をぴくりとも動かさず答えた。
「三十分後です」
屋上に吹く風が、キンと冷え込んだ。
誰もが項垂れた。その場に崩れ落ちるものまでいた。
ところがその時、意外な人物が真っ先に顔をあげた。
「……状況はどうあれ、動くしかないですよ」
震えたその声は、ハシモトのものだった。
「でもよ、生き残ったのは俺たちだけだぜ」
すかさずバンダナが、消極的な一言を返した。皆、気持ちは同じらしくハシモトを正視する者はいなかった。
しかしハシモトは折れなかった。
「たしかに、ぼくたちの数は少ないです。でも、その少数が勝敗を分けるかもしれない」
同志たちがわずかに顎をあげた。
その一人ひとりに、ハシモトは真摯な目を向けていった。
「ぼくたちは生き残ったんです。ここにいるんです。決して無力じゃありません」
そして、最後にアサクラを見た。
同志たちも、それに倣った。
決して無力ではない。
英雄の姿を前にすると、その言葉は、すんなりと彼らの胸に沁みていった。
「……そうだね」
ハツも頷いた。
あの時――シバが死んだとき、アサクラは飛び出すことができず、自分は駆けつけることができなかった。
だが、生き残ったアサクラは校舎決戦を征した。
またも遅れをとりはしたものの、ハツは県庁襲撃が起こったことをいま知っている。
今回も間に合わないかどうかは、その時までわからない。
進め。
耳もとで、誰かにそう囁かれた気がした。
ハツは、ベストに刺繍された不死鳥のシンボルを掴んだ。
何度倒れても立ちあがる、それが〈フクイ解放戦線〉の魂だ。
「ハシモトの言う通りだ! フクイの底力ってやつを見せてやろうじゃないか!」
感化された同志たちもまた不死鳥のシンボルを掴んだ。
「ガガアアァアアァァアアアアアァァァアァァアアアッ!」
その時、サトちゃんがけたたましい咆哮を上げた。
誰もが驚いてサトちゃんを振り仰いだ。
天を仰ぎ、双翼を羽搏かせたサトちゃんは、なおも大きな声でカツヤマの空気を震わせた。
「ガガアアァアアァァアアアアアァァァアァァアアアッ!」
それが〈フクイ解放戦線〉の闘志に、ふいごの如き力を吹きこんだ。萎えかけた四肢に力が漲った。
サトちゃんの咆哮に応えたのは、〈フクイ解放戦線〉だけではなかった。
「ガガァ!」
「ガ、ガァ!」
「ガァ、ゴゴ!」
木にとまっていたプテラノドンたちが羽搏き、共鳴を始めたのである!
「な、なんだい……?」
ハツをはじめ、兵たちが目を白黒させていると、プテラノドンは飛んだ。ごく短い距離を飛翔した。
そして次々と、屋上に、兵たちの前に降りたつのだった。
「……おいおい、あんたなのかい?」
ハツは愕然としてサトちゃんに目をやった。
翼竜は鳴きやみ、勇ましい視線を仲間たちに向けていた。
「みんなを連れてってくれるのか?」
アサクラが訊ねると、サトちゃんは首肯するように頭のトサカを揺らした。
やがて、ハツの前にもプテラノドンがやって来た。
「……ハッ! なんだか諦めの悪そうなのが来たね」
炎をまとったかのような真紅のプテラノドンだった。
「よろしく頼むよ」
〈フクイ解放戦線〉は、プテラノドンの背に跨っていった。
相棒の身体を撫で、感謝の言葉を囁きながら。
「よし」
最後にアサクラが、サトちゃんの背に跨った。
「それじゃあ、みんなで行こうぜ」
同志を見渡し、ハシモトとマスナガに頷きかけると、彼は雄々しくショットガンを掲げてみせた。
「オレたちのフクイを守るためにッ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
鬨の声が応えた!
プテラノドンもまた、無数の翼を羽搏かせ天に吼えた!
「「「おおおおぉおおぉぉぉおおぉぉおおおおぉおおおおお!」」」
「「「ガガアアァアアァァアアアアアァァァアァァアアアッ!」」」
カツヤマの空に、雷鳴のごとき叫びが染み渡っていく!
――
「へんっ……」
「なんや?」
酒屋に押しかけてきたチンピラを昏倒させた老爺は、どこからか谺する叫びに首を傾けた。
ひび割れた酒瓶を傘にもち替え、それを杖代わりに外へでた。
「……」
手庇をつくり空を見上げると、一本の道が築かれているのに気付いた。
幾つもの影が交わってできた道だった。
それは最初ほそく頼りなげに見えたが、方々から飛びたつ影が交わっていくうち、太く逞しいものになっていった。
『カニがせめてきたぞっ!』
少し前、慌しく駆け回っていたアサクラの姿が思い出された。
『オレはサトちゃんのところへ行くぜ! おんちゃんも気をつけろよ!』
老爺は釈然として微笑んだ。
「気ぃ付けて行ってきねの」
願わくは、自分もあの中に加わりたかった。そんな一抹の寂寥に傘を握りながら。
「……さて」
やがて影の道が見えなくなると、老爺は軒下に戻った。
「……ん」
その時、懐から何かがこぼれ落ちた。
それは銀の光を瞬かせながら、店の床をころころと転がった。
摘まみ上げてみると、なんの変哲もないパチンコ玉だった。
「おもっしぇのぉ」
老爺はそれを大事そうに手の中に握って、店と居住スペースを仕切る暖簾をくぐった。
畳まれた布団の傍らを通って、古びた仏壇の前に腰を下ろした。
遺影の中、微笑む老婆と目が合った。
老爺はその隣に、そっとパチンコ玉を置いた。
すると店の戸口が、笑うようにカタカタと音を鳴らした。
老爺も笑い、しわだらけの瞼を下ろした。
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