【中華ファンタジー】天帝の代言人~わけあって屁理屈を申し上げます~

あかいかかぽ

文字の大きさ
上 下
73 / 74

第4-20話 三娘の姉

しおりを挟む
 廃寺院は焼失した。
 朽ちた姿が偽りだったと思えるほど暴力的な炎が踊った。旅人である岩男と髭男が酒に酔いつぶれたあげくに火の不始末で失火して焼け死んだのだ──というていの細工をほどこしていた。
 三娘が空を飛んだ道具、三角翼滑翔機ハングライダーも一緒に燃やした。三娘がたびたび『飛んだ』のはこれかと思ったが、三角翼滑翔機は標高の高い場所から低い位置に滑空するための道具で、低地から高地に上昇するのは別らしい。
 詳しく聞きたかったが、はばかられた。
 三娘はずっと虚無の顔をしていたからだ。

「ぼくのせいだ……」



 あのとき、沢蓮至が不思議そうな顔で「自分は石栄ではありません。彼は道観で死にました」と衝撃の事実を伝えると、三娘は困惑の表情で照勇を振り返った。

「……本当か?」

 三娘のあの表情は忘れられない。

「うん……」もう終わりだ。「道観で死んでいた宦官は、三娘がずっと捜していた、石英……だったんだ」

 三娘の手が緩み、蓮至は地面に尻餅をつく。

「なぜ……」

 三娘は誰もいないほうを向いて目をつむった。
 言い訳はいくらでも言えると思った。なにせ自分の命がかかっていたのだ。三娘に出会ったときには石英はすでに死んでいた。照勇にできることはなにもなかった。

 騙していてごめんなさい。
 そのたった一言が言えなかった。
 三娘の背が謝罪の言葉をも拒絶しているように見えたからだ。

「三娘、あの……」

「黙れ」

「はい、でもあの……」

「屁理屈も言い訳も聞きたくない」

 ぴしゃりと言いきられてしまった。
 しゅんとうなだれた照勇を見かねたのか、蓮至が口を挟んだ。

「石英とは二年ほど生活を共にしました。なにげない話も懐かしい宮城の話もよくしていました。三娘どのの姉上とはどなたのことでしょうか。わたしが耳にしているかもしれません」

 三娘はくるりと振り返った。

「三年ほど前、皇帝に死を賜った宮女の話を聞いたことがあるか」

「……珍しくない話ですね。石英は事件に関わっていたのでしょうか」

「宮女の世話係だったそうだ。一部始終を目撃していたかもしれない」

「なぜ死を賜ったのか、理由を知りたいのですか?」

 ここで三娘は黙った。蓮至が続ける。

「死を賜ったのならば不義不忠、または呪詛など大罪を犯したからではないでしょうか。ちなみに姉上のお名前は」

「不義……そう噂された。だがわたしは誰かに謀られたと思っている。名前は……勝手に変えられた。だから中での名前は知らない」

「そうですか。残念ながら、宮女や宦官の命は灰よりもなお軽いのです」

 細かく黒い灰が空を舞っている。焼けた紙が気流に煽られているのだ。

「おそらく彼は話題に出したことはなかったと思います。人を陥れることも、宮城ではあまりにありふれているだけに、口にしなかったのかもしれません」

 あるいは、意識して口をつぐんでいたのかもしれない。不義を疑われて死んだ宮女。もし三娘が言うように、誰かに謀られたのだとしたらなおさらだ。

 照勇にとって、二人の会話は容易に飲み下すことができなかった。
 照勇の祖父が三娘の姉を殺した、そう言ったのだ。その事実は指先を凍えさせた。
 むろん、皇帝は絶対的な権力者である。三娘の姉が大罪を犯し、相応の罰を受けただけという可能性もある。だとしても三娘との縁がこの忌まわしい一件でつながっているというのがつらかった。
 しかも照勇はずっと三娘に嘘をつき続けてきたのだ。憎まれてもおかしくない。

「そうか」

 三娘は無表情でつぶやいた。感情を隠しているのか、感情を失ったのか、もともと地味な造作は仮面のように精気を欠いていた。

 世話係がついていたとなると、三娘の姉はただの宮女ではあるまい。相応の高い位階についていたのではないか。つまり、皇帝から寵愛を受ける妃嬪の一人だったのだ。
 三娘の……姉が?
 三娘の容貌を見ても想像が追いつかない。
 照勇のことを『女装が似合う』とからかったり、『ぜんぜん似ていない姉妹もいる』と強調したりしていたことを考えると姉は美人だったのだろう。

「死の真相を暴くのが無理でも、姉がどのような暮らしを送っていたのか、それだけでも聞きたかった」

 三娘は空に視線を向けた。もうこの世にはいない姉を空に描いているようだ。

「三娘、ごめんなさい!」

 照勇は三娘の前に膝をついた。

「ウソを言ってごめんなさい! ずっと三娘をだましてごめんなさい!」

「照勇、屁理屈や言い訳はいらないと言っただろう」

「うん、だから、ただ謝りたいんだ」

「謝罪もいらない」

「三娘……」

 今日何度目の絶望だろう。体の中が空っぽになった気がした。

「命がかかっていたら当然のことだ。わたしがおまえの立場だったら、同じことをする」

「え」

「だから気に病むことはない。しかし、これで手掛かりはすべて失ったことになる。かくなるうえは別の方法をとるしかない」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...