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第4-17話 鵜の教え
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照勇は刹那、逡巡した。李高は照勇が皇孫だとは知らない。ちょっとだけ物知りな少年だと信じてくれていたほうが李高本人のためかもしれない。
「おーやおや」
そのとき、草木を掻き分けて近づいてくる音がした。
「照勇本人だったとは。これは大当たりだったな」
隻眼と岩男と髭もじゃだ。曙光を背景に、まるで英雄のような登場の仕方だった。
「皇孫に生まれたことをあの世で後悔しな!」
短刀を片手に隻眼が迫る。
「む」
李高の剣が隻眼の短刀をはばんだ。隻眼が後ろに飛び退く。
岩男と髭男も、神妙な顔でそれぞれ剣を抜いた。加勢する気だ。
「だから言ったろう、独眼。男ならぬものなどあてにはできんのだ」
「ろくに剣も握ったことがないだろうしな」
独眼は渋い顔を見せた。独眼というのはここ数日でついた新しい呼び名だろう。
「そっちのひょろ長も似たようなもんだろう」
岩男が李高に向かって唾を吐いた。届く距離ではないが、敬意の欠片もない態度を取られて、李高はむっとした顔になった。
三対一では分が悪い。いや、蓮至を含めれば四対一だ。
髭男は李高の構えを見てこう言った。
「ありゃあ、素人だぜ。あんときの仮面の男ではないな」
三娘は仮面の男と言われているらしい。
李高を見据えていた独眼の構えがふと緩んだ。
「仮面の男はどうした。一緒に逃げたんだろう?」
独眼が照勇に問う。
「仮面の男はもうどこかに消えちゃったよ。李高さんはたまたま居合わせただけだ。ぼくとは無関係の善良な庶民だ」
「……まあ、いいか。それなら、さっさと死んでもらおう」
くるりと踵を返し、短刀を李高に向ける独眼。
「李高さん、逃げて!」
朝廷の命を受けて派遣された殺し屋に、李高が勝てるわけがない。
「さて、素人は独眼にまかせて、おれらは皇孫の首をいただくか」
岩男と髭男の巨体に左右から挟まれて、照勇は唇を噛んだ。敵う相手ではないのは一目瞭然だった。
「はっはあ。なるほど、血のつながりは莫迦にできん。照全さまの面影があるな」
岩男が照勇の顔を強い力で上向けて、にたりと笑う。
噛みついてやろうと思ったが、岩男の膂力は桁違いだった。掴まれた肩はミシミシと軋む。
「この紐はなんだ?」
髯男は照勇が首にかけていた守り珠に気づいた。紐を引きちぎって守り珠を奪うとしげしげと眺め、「安もんだな」と放り捨てた。
「遊んでないで早く始末しろ」
「さんざん手間かけさせられたんだ。少しは楽しませてくれよ」
人形のように揺さぶられ、照勇は眩暈を覚えた。
彼らからしたら、照勇は壊れやすい玩具だろう。上から叩きつけるだけでぐしゃと潰せる。
絶望しかない。口の中に鉄錆を感じた。圧倒的な暴力は心も破壊する。
視界の隅で蓮至がのそりと動いた。こちらを見る目に生気はない。死者の眼窩だ。
「さあて、そろそろ──」
岩男の声を、別の叫び声が掻き消した。
「おれは伝説の勇者だああああ!!」
続けて金属のぶつかりあう音。
李高の雄叫びだ。李高が独眼と斬り結んでいるのだ。
照勇の腹にぐっと力がみなぎった。その勢いで岩男めがけて蹴りあげる。
「うぐ」
岩男がうめく。照勇の臑が男の股間を直撃したのだ。
こいつらは宦官じゃない。
「卑怯者め」
髭男の伸ばした腕をかいくぐって、岩男にとどめの蹴りを見舞った。岩男は苦悶の表情で地面を転がる。
「ぼくを殺したいなら、宦官になる覚悟をもて!」
卑怯者呼ばわりなど痛くも痒くもない。岩男が落とした剣を拾い、髭男につきつけると、さすがに髭男の顔色が変わった。
「莫迦なガキだ。苦しませずに死ねたものを」
照勇の腕は震えた。
本物の剣は思っていたよりもずっと重い。髭男は一撃でこちらの剣を弾きとばし、ひと突きで心臓を貫くことだろう。
照勇の脳裏に、元帥の言葉がよみがえる。
身の程知らずの鵜は愚かだ。
自分よりもはるかに大きいものを飲み込もうとする鵜の姿はたしかに滑稽だ。だが、別の見方もあるのではないだろうか。
挑まずして諦めるのは愚かだ。それが万に一つの可能性しかなくても。
果敢に挑戦する姿を嘲笑することこそ、愚かな行為ではないのか。
「鵜を笑うものは鵜にのまれるんだ!」
「意味がわからん!」
髭男が一歩踏み込み、横薙ぎに剣を振るった。予想していたので、剣を下向きにして躱し、間合いを詰めた。
思うようにいかず、髭男は慌てて二歩後退する。目を凝らして照勇を睨む。だが照勇の不慣れな構えを見れば武芸の心得がないことは一目瞭然だろう。髭をくしゃりとさせて笑った。
だがその直後、笑いが叫び声に変わった。
「な、なにをする!?」
「照勇さま、いまです!」
見ると、蓮至が髭男を羽交い締めしている。
「おーやおや」
そのとき、草木を掻き分けて近づいてくる音がした。
「照勇本人だったとは。これは大当たりだったな」
隻眼と岩男と髭もじゃだ。曙光を背景に、まるで英雄のような登場の仕方だった。
「皇孫に生まれたことをあの世で後悔しな!」
短刀を片手に隻眼が迫る。
「む」
李高の剣が隻眼の短刀をはばんだ。隻眼が後ろに飛び退く。
岩男と髭男も、神妙な顔でそれぞれ剣を抜いた。加勢する気だ。
「だから言ったろう、独眼。男ならぬものなどあてにはできんのだ」
「ろくに剣も握ったことがないだろうしな」
独眼は渋い顔を見せた。独眼というのはここ数日でついた新しい呼び名だろう。
「そっちのひょろ長も似たようなもんだろう」
岩男が李高に向かって唾を吐いた。届く距離ではないが、敬意の欠片もない態度を取られて、李高はむっとした顔になった。
三対一では分が悪い。いや、蓮至を含めれば四対一だ。
髭男は李高の構えを見てこう言った。
「ありゃあ、素人だぜ。あんときの仮面の男ではないな」
三娘は仮面の男と言われているらしい。
李高を見据えていた独眼の構えがふと緩んだ。
「仮面の男はどうした。一緒に逃げたんだろう?」
独眼が照勇に問う。
「仮面の男はもうどこかに消えちゃったよ。李高さんはたまたま居合わせただけだ。ぼくとは無関係の善良な庶民だ」
「……まあ、いいか。それなら、さっさと死んでもらおう」
くるりと踵を返し、短刀を李高に向ける独眼。
「李高さん、逃げて!」
朝廷の命を受けて派遣された殺し屋に、李高が勝てるわけがない。
「さて、素人は独眼にまかせて、おれらは皇孫の首をいただくか」
岩男と髭男の巨体に左右から挟まれて、照勇は唇を噛んだ。敵う相手ではないのは一目瞭然だった。
「はっはあ。なるほど、血のつながりは莫迦にできん。照全さまの面影があるな」
岩男が照勇の顔を強い力で上向けて、にたりと笑う。
噛みついてやろうと思ったが、岩男の膂力は桁違いだった。掴まれた肩はミシミシと軋む。
「この紐はなんだ?」
髯男は照勇が首にかけていた守り珠に気づいた。紐を引きちぎって守り珠を奪うとしげしげと眺め、「安もんだな」と放り捨てた。
「遊んでないで早く始末しろ」
「さんざん手間かけさせられたんだ。少しは楽しませてくれよ」
人形のように揺さぶられ、照勇は眩暈を覚えた。
彼らからしたら、照勇は壊れやすい玩具だろう。上から叩きつけるだけでぐしゃと潰せる。
絶望しかない。口の中に鉄錆を感じた。圧倒的な暴力は心も破壊する。
視界の隅で蓮至がのそりと動いた。こちらを見る目に生気はない。死者の眼窩だ。
「さあて、そろそろ──」
岩男の声を、別の叫び声が掻き消した。
「おれは伝説の勇者だああああ!!」
続けて金属のぶつかりあう音。
李高の雄叫びだ。李高が独眼と斬り結んでいるのだ。
照勇の腹にぐっと力がみなぎった。その勢いで岩男めがけて蹴りあげる。
「うぐ」
岩男がうめく。照勇の臑が男の股間を直撃したのだ。
こいつらは宦官じゃない。
「卑怯者め」
髭男の伸ばした腕をかいくぐって、岩男にとどめの蹴りを見舞った。岩男は苦悶の表情で地面を転がる。
「ぼくを殺したいなら、宦官になる覚悟をもて!」
卑怯者呼ばわりなど痛くも痒くもない。岩男が落とした剣を拾い、髭男につきつけると、さすがに髭男の顔色が変わった。
「莫迦なガキだ。苦しませずに死ねたものを」
照勇の腕は震えた。
本物の剣は思っていたよりもずっと重い。髭男は一撃でこちらの剣を弾きとばし、ひと突きで心臓を貫くことだろう。
照勇の脳裏に、元帥の言葉がよみがえる。
身の程知らずの鵜は愚かだ。
自分よりもはるかに大きいものを飲み込もうとする鵜の姿はたしかに滑稽だ。だが、別の見方もあるのではないだろうか。
挑まずして諦めるのは愚かだ。それが万に一つの可能性しかなくても。
果敢に挑戦する姿を嘲笑することこそ、愚かな行為ではないのか。
「鵜を笑うものは鵜にのまれるんだ!」
「意味がわからん!」
髭男が一歩踏み込み、横薙ぎに剣を振るった。予想していたので、剣を下向きにして躱し、間合いを詰めた。
思うようにいかず、髭男は慌てて二歩後退する。目を凝らして照勇を睨む。だが照勇の不慣れな構えを見れば武芸の心得がないことは一目瞭然だろう。髭をくしゃりとさせて笑った。
だがその直後、笑いが叫び声に変わった。
「な、なにをする!?」
「照勇さま、いまです!」
見ると、蓮至が髭男を羽交い締めしている。
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