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第4-14話 ぼくは英照勇
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「強くて大きな人間に見えたんだろ。わかる気はするよ。本能的に惹かれるのさ。女子供は守られたいと思うもんさ」
「……女の子だからってこと?」
ぼくは女の子じゃない。守られたいなんて思ってない。
三娘がいたら反発するはずだ。女はこう、子供はこう、みたいな型にはめて見られることが嫌いだ。
だけど自分は元帥に自分勝手な理想を押しつけた。胸の中でもやもやしていたものを自分ではどうにもできなくて元帥に頼った。元帥一人に責任があったのではない。本能的に強いものに寄っていったのだ。それは、自分に軸がないせいだ。
「もうじき三娘が帰ってくるんだ。元気出せよな」
李高は余裕ぶった笑みを浮かべた。少しだけ腹立たしい。
「帰ってくるかなあ、姉さん」
この場に三娘がいないことがさみしかった。元帥に落胆して、三娘を急に恋しく感じるなんて、我ながら自分勝手なやつだと思う。
「あたりまえだろ。三娘が出て行くときに、数日で必ず戻る、それまで五娘のことをしっかり守ってやってくれって頼まれたんだからな」
「え……?」
李高は意外なことを口にした。三娘は照勇を心配して李高を残した。そして李高は三娘が必ず戻ると信じている。
唇が自然と弧を描いた。
「ところでさっきの続きだけど。守られたいってのはなにも女の子だけの心情じゃない。男もそうさ。まわりから強い男に仕立て上げられちまったら、なかなか降りられないもんだ。演じ続けなきゃならない元帥には同情も感じてた。で、五娘はなんで女の子の格好をしているんだ」
李高は軽い調子で尋ねた。
「え、ええ? なに言って……?」
「役者の目はごまかせないぜ。さすがに初見では気づかなかった。けどな、何日も一緒にいたらわかるさ」
李高は揺るぎない目を照勇に向けた。カマをかけているわけではないらしい。
「ばれてたのかあ……」
ふっと肩から力が抜けていくのがわかった。
「すべてを話すわけにはいかないけど……」
「ああ、うん。嫌なら無理に話さなくていい。そういう趣味を否定する気はないし」
「!! しゅ……趣味じゃなくて……!」
「ああ、もっと深刻なあれか。身体は男の子だけど、心は女の子なんだな。宦官みたいにちょん切ってるのかとも考えたが、違うみたいだし。ほら、宦官は男でもない女でもないだろ。あれはかえって真似しやすいんだ。特徴があるんだ。例えば声が高くて髭が生えないとか」
「え……」
いっそのこと、女の子になりたくて女装している説を採用しようかと心が動いたが、それは一瞬のことで、すぐに後半の言葉に意識は引っ張られた。
「……声が高くて髭がないのは、宦官の特徴なの?」
「ああ、一目でわかる。といっても田舎にはめったに宦官はいないけどな。あと女みたいな柔らかさと丸みが出る。顔つきも柔和になる」
「はあ、そういうことか」
三娘が薬種商に言った、『声が高くて髭がない』という特徴は誰もが知っている宦官の特質だったのか。どうやらぼくは早とちりで三娘を疑っていたようだ。
「ぷ、はは」
胸を塞いでいたものが急に笑いに変わった。
「どうした三娘?」
「ぼくの名前は英照勇っていうんだ、ほんとは」
ふいに迫り上がった衝動におされて、照勇は秘密を明かした。少しだけ心が軽くなった。
「英照勇か。姉さんが与三娘だろ。つまり、ほんとの姉弟じゃないんだな」
「そうとは限らないよ。血の繋がりがないってだけ」
「ふうん、で三娘の本当の名前は?」
「本当の名前?」
三娘というのは便宜上の通名だ。与家の同世代の三番目の娘という意味になる。五娘なら五番目の娘の意味である。女には名は不要、と考えて本名になることもあるが、たいていは別の名を持っているものだ。
三娘には一娘と二娘の通名を持つ姉か従姉妹がいるのだろう。父親の兄弟に娘が生まれたら順に番号をふるからだ。
それ以外に三娘の身上を憶測するいとぐちはない。
「知らないよ。本人に聞いたら?」
「いやあ、それは恥ずかしいだろ」
「……? なにが恥ずかしいの?」
本人以外の人にこっそり訊ねるほうが恥ずかしいと思うのだが。
「いや、おれの故郷では女に名を尋ねると誤解される」
「誤解?」
「困る。非常に困る。勘違いされたらおれは責任を取れない」
李高は顔をそむけた。
「李高さんはずっと役者をしていたの」
「おう、昔は仲間と小さな劇団を組んでどさまわりもやった。そうだ、おれたち芸人一座をやらないか。おれが一人滑稽芝居、三娘が剣舞、おまえは……なにができる?」
「芸人一座? 面白そうだけどぼくは……」
なにができると訊かれても答えが見つからない。頬杖をついて頭をかしげる。
「じゃあ、なにをやってみたい?」
「……女の子だからってこと?」
ぼくは女の子じゃない。守られたいなんて思ってない。
三娘がいたら反発するはずだ。女はこう、子供はこう、みたいな型にはめて見られることが嫌いだ。
だけど自分は元帥に自分勝手な理想を押しつけた。胸の中でもやもやしていたものを自分ではどうにもできなくて元帥に頼った。元帥一人に責任があったのではない。本能的に強いものに寄っていったのだ。それは、自分に軸がないせいだ。
「もうじき三娘が帰ってくるんだ。元気出せよな」
李高は余裕ぶった笑みを浮かべた。少しだけ腹立たしい。
「帰ってくるかなあ、姉さん」
この場に三娘がいないことがさみしかった。元帥に落胆して、三娘を急に恋しく感じるなんて、我ながら自分勝手なやつだと思う。
「あたりまえだろ。三娘が出て行くときに、数日で必ず戻る、それまで五娘のことをしっかり守ってやってくれって頼まれたんだからな」
「え……?」
李高は意外なことを口にした。三娘は照勇を心配して李高を残した。そして李高は三娘が必ず戻ると信じている。
唇が自然と弧を描いた。
「ところでさっきの続きだけど。守られたいってのはなにも女の子だけの心情じゃない。男もそうさ。まわりから強い男に仕立て上げられちまったら、なかなか降りられないもんだ。演じ続けなきゃならない元帥には同情も感じてた。で、五娘はなんで女の子の格好をしているんだ」
李高は軽い調子で尋ねた。
「え、ええ? なに言って……?」
「役者の目はごまかせないぜ。さすがに初見では気づかなかった。けどな、何日も一緒にいたらわかるさ」
李高は揺るぎない目を照勇に向けた。カマをかけているわけではないらしい。
「ばれてたのかあ……」
ふっと肩から力が抜けていくのがわかった。
「すべてを話すわけにはいかないけど……」
「ああ、うん。嫌なら無理に話さなくていい。そういう趣味を否定する気はないし」
「!! しゅ……趣味じゃなくて……!」
「ああ、もっと深刻なあれか。身体は男の子だけど、心は女の子なんだな。宦官みたいにちょん切ってるのかとも考えたが、違うみたいだし。ほら、宦官は男でもない女でもないだろ。あれはかえって真似しやすいんだ。特徴があるんだ。例えば声が高くて髭が生えないとか」
「え……」
いっそのこと、女の子になりたくて女装している説を採用しようかと心が動いたが、それは一瞬のことで、すぐに後半の言葉に意識は引っ張られた。
「……声が高くて髭がないのは、宦官の特徴なの?」
「ああ、一目でわかる。といっても田舎にはめったに宦官はいないけどな。あと女みたいな柔らかさと丸みが出る。顔つきも柔和になる」
「はあ、そういうことか」
三娘が薬種商に言った、『声が高くて髭がない』という特徴は誰もが知っている宦官の特質だったのか。どうやらぼくは早とちりで三娘を疑っていたようだ。
「ぷ、はは」
胸を塞いでいたものが急に笑いに変わった。
「どうした三娘?」
「ぼくの名前は英照勇っていうんだ、ほんとは」
ふいに迫り上がった衝動におされて、照勇は秘密を明かした。少しだけ心が軽くなった。
「英照勇か。姉さんが与三娘だろ。つまり、ほんとの姉弟じゃないんだな」
「そうとは限らないよ。血の繋がりがないってだけ」
「ふうん、で三娘の本当の名前は?」
「本当の名前?」
三娘というのは便宜上の通名だ。与家の同世代の三番目の娘という意味になる。五娘なら五番目の娘の意味である。女には名は不要、と考えて本名になることもあるが、たいていは別の名を持っているものだ。
三娘には一娘と二娘の通名を持つ姉か従姉妹がいるのだろう。父親の兄弟に娘が生まれたら順に番号をふるからだ。
それ以外に三娘の身上を憶測するいとぐちはない。
「知らないよ。本人に聞いたら?」
「いやあ、それは恥ずかしいだろ」
「……? なにが恥ずかしいの?」
本人以外の人にこっそり訊ねるほうが恥ずかしいと思うのだが。
「いや、おれの故郷では女に名を尋ねると誤解される」
「誤解?」
「困る。非常に困る。勘違いされたらおれは責任を取れない」
李高は顔をそむけた。
「李高さんはずっと役者をしていたの」
「おう、昔は仲間と小さな劇団を組んでどさまわりもやった。そうだ、おれたち芸人一座をやらないか。おれが一人滑稽芝居、三娘が剣舞、おまえは……なにができる?」
「芸人一座? 面白そうだけどぼくは……」
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「じゃあ、なにをやってみたい?」
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