66 / 74
第4-13話 李高の謝罪
しおりを挟む
「話し合いなど無意味だ。最後は暴力が世の中を支配するのだ!」
元帥は壁にかけてあった回旋鏢を掴むや役人に向けて投げた。回旋鏢は役人の剣に弾かれて方向を変え、土壁に突き刺さった。
照勇は目を瞠った。回旋鏢は武器の一種だったのだ。元帥は無謀にも狭い講堂で武器を投げた。さいわい役人がはじき飛ばしたおかげで誰にもあたらなかったからよかったものの、元帥のやっていることはやぶれかぶれだ。
もうなにも言うことがなかった。もうなにも頭に浮かんでこなかった。
黙りこくった照勇を指さして、元帥は悲鳴じみた声をあげた。
「わかったぞ、おまえらグルだなー!」
「え!?」
元帥は血走った目で照勇と役人を交互に見やり、こめかみの血管を波打たせた。
「怪しいと思ったのだ。子供の姿を利用して潜入しやがったな。やはり官は卑劣だ。わしらがそんなに怖いのか。だがな、偽符はおまえが勝手に書いたんだ。わしは知らんぞ!」
元帥は口角泡を飛ばした。
「謝罪と弁償だと。くだらん!! わしは絶対に頭など下げん! 頭を下げるのはわしらを馬鹿にするおまえらのほうだ。わしを誰だと思ってるんだ、たわけが!!」
「元帥……」
「恐怖の大王が降ってこなかったからといって、わしを責めるのはおかしいだろうが。国が滅ばなくてよかったと、なぜ喜ばないんだ。だいたい客でもないやつに文句言う資格なんかない」
パリンとなにかが割れる音がした。
美しい玉の器が割れて、中から汚物が出てきた幻想に、照勇は目眩を覚えた。
とどのつまり、照勇と李高以外の人間はすべて犯意ありとみなされた。
「おれたちは官衙にご招待を免れてよかったな、五娘」
「……」
「しかし驚いたなあ、山賊上がりの分際で皇帝の弟を僭称するなんて。まあ、詐欺師の手口ではあるけどな。でっかいウソは疑われにくいんだ」
「……」
「元帥の籍は先祖代々、農民だったそうだな。実力不足で科挙に落ちたくせに、まるで試験に不正があったかのように騒いだんだってな。それで故郷にいられなくなって辺鄙な廃寺院に流れ着いた」
「……」
夜明け前、桶を椅子にして、李高と照勇は並んで座っていた。
この桶で、聖母と糊を溶いたのが遠い昔のことのようだ。庭の輪郭は暗闇に溶けている。照勇はつかみ所のない闇をぼんやりと眺めた。
「そんなに落ち込むなよ。謝罪と弁償をすれば罪一等を減じるって、役人のおっさんが言ってたじゃないか。杖刑とか流刑ですむんじゃないかな、たぶん。元帥と公爵以外は軽い笞刑くらいで釈放されるよ。安心しろって。大言壮語が得意な大物気取りなんて掃いて捨てるほどいるんだから」
師匠と崇めた人はぶざまに墜落した。
李高は陽気に照勇の背を叩いた。
慰めようという思いやりが伝わってきて、そんな人を軽んじた自分が恥ずかしくなった。どうしても言い訳のような言葉が口をついてしまう。
「元帥は本物の師匠とはなりえなかったけど……でも言ってたことは間違ってなかったと思うんだ」
「五娘……」
「正義とはなにか、まだわからないんだ。ついこのあいだまではわかっていたはずなのに、ううん、わかっていたと思い込んでいただけの、頭でっかちの生意気なガキだったんだ。世の中にはたくさんの人がいて、たくさんの考え方があり、自分が考える正義は他の人から見れば正義などではないと知って、ひどく悔しかったんだ」
「おれが悪かったよ」
李高は髪を掻きむしった。
「? なんで李高さんが謝るの」
「伝説の青竜刀の件でむしゃくしゃして、五娘にあたっただろ、おれ」
「……そうだったの?」
でもあれは自分が至らなかったせいだ。
「おまえはまだ十歳だ。賢いけどやっぱ幼いところがある。手本となる大人がそばにいないとだめだ。信用できて甘えることができる大人がな。五娘が元帥に惹かれたのはわかる気がするよ」
李高は両手で顔をがしがしとこすった。
そばにいる大人といったら、いまは李高か三娘ということになるだろう。理想のお手本にはなりえない。言外にそう言っていた。
「李高さんの目には元帥はどう映ったの?」
「狭い世界で偉くなったと勘違いしてるやつ。序列作って遊んでる取巻きがいて幸せそうだなあと思ったよ。贔屓ってのはありがたいもんだ」
ずっと同じ場所にいると自分が価値のある人間だと思い違いすることがある。だから場所をかえて自身を見直すのは悪いことじゃない。おれも経験がある。李高は夜空を見上げ、ため息まじりにそう言った。
もしや、李高はかつては名だたる役者だったのではないか。調子に乗りすぎて居場所を失ったことがあるのではないかと考えた。
ぼくは人を見る目がないのだろうか──こんな安っぽいことを口にしたら「まだ十歳なんだから気にするな」と慰められるだろう。子供扱いされるのは、実際子供だからしかたないけれど、気分が悪いのも事実だ。
「李高さんには元帥はそう見えたんだ。でも自分には……」
元帥は壁にかけてあった回旋鏢を掴むや役人に向けて投げた。回旋鏢は役人の剣に弾かれて方向を変え、土壁に突き刺さった。
照勇は目を瞠った。回旋鏢は武器の一種だったのだ。元帥は無謀にも狭い講堂で武器を投げた。さいわい役人がはじき飛ばしたおかげで誰にもあたらなかったからよかったものの、元帥のやっていることはやぶれかぶれだ。
もうなにも言うことがなかった。もうなにも頭に浮かんでこなかった。
黙りこくった照勇を指さして、元帥は悲鳴じみた声をあげた。
「わかったぞ、おまえらグルだなー!」
「え!?」
元帥は血走った目で照勇と役人を交互に見やり、こめかみの血管を波打たせた。
「怪しいと思ったのだ。子供の姿を利用して潜入しやがったな。やはり官は卑劣だ。わしらがそんなに怖いのか。だがな、偽符はおまえが勝手に書いたんだ。わしは知らんぞ!」
元帥は口角泡を飛ばした。
「謝罪と弁償だと。くだらん!! わしは絶対に頭など下げん! 頭を下げるのはわしらを馬鹿にするおまえらのほうだ。わしを誰だと思ってるんだ、たわけが!!」
「元帥……」
「恐怖の大王が降ってこなかったからといって、わしを責めるのはおかしいだろうが。国が滅ばなくてよかったと、なぜ喜ばないんだ。だいたい客でもないやつに文句言う資格なんかない」
パリンとなにかが割れる音がした。
美しい玉の器が割れて、中から汚物が出てきた幻想に、照勇は目眩を覚えた。
とどのつまり、照勇と李高以外の人間はすべて犯意ありとみなされた。
「おれたちは官衙にご招待を免れてよかったな、五娘」
「……」
「しかし驚いたなあ、山賊上がりの分際で皇帝の弟を僭称するなんて。まあ、詐欺師の手口ではあるけどな。でっかいウソは疑われにくいんだ」
「……」
「元帥の籍は先祖代々、農民だったそうだな。実力不足で科挙に落ちたくせに、まるで試験に不正があったかのように騒いだんだってな。それで故郷にいられなくなって辺鄙な廃寺院に流れ着いた」
「……」
夜明け前、桶を椅子にして、李高と照勇は並んで座っていた。
この桶で、聖母と糊を溶いたのが遠い昔のことのようだ。庭の輪郭は暗闇に溶けている。照勇はつかみ所のない闇をぼんやりと眺めた。
「そんなに落ち込むなよ。謝罪と弁償をすれば罪一等を減じるって、役人のおっさんが言ってたじゃないか。杖刑とか流刑ですむんじゃないかな、たぶん。元帥と公爵以外は軽い笞刑くらいで釈放されるよ。安心しろって。大言壮語が得意な大物気取りなんて掃いて捨てるほどいるんだから」
師匠と崇めた人はぶざまに墜落した。
李高は陽気に照勇の背を叩いた。
慰めようという思いやりが伝わってきて、そんな人を軽んじた自分が恥ずかしくなった。どうしても言い訳のような言葉が口をついてしまう。
「元帥は本物の師匠とはなりえなかったけど……でも言ってたことは間違ってなかったと思うんだ」
「五娘……」
「正義とはなにか、まだわからないんだ。ついこのあいだまではわかっていたはずなのに、ううん、わかっていたと思い込んでいただけの、頭でっかちの生意気なガキだったんだ。世の中にはたくさんの人がいて、たくさんの考え方があり、自分が考える正義は他の人から見れば正義などではないと知って、ひどく悔しかったんだ」
「おれが悪かったよ」
李高は髪を掻きむしった。
「? なんで李高さんが謝るの」
「伝説の青竜刀の件でむしゃくしゃして、五娘にあたっただろ、おれ」
「……そうだったの?」
でもあれは自分が至らなかったせいだ。
「おまえはまだ十歳だ。賢いけどやっぱ幼いところがある。手本となる大人がそばにいないとだめだ。信用できて甘えることができる大人がな。五娘が元帥に惹かれたのはわかる気がするよ」
李高は両手で顔をがしがしとこすった。
そばにいる大人といったら、いまは李高か三娘ということになるだろう。理想のお手本にはなりえない。言外にそう言っていた。
「李高さんの目には元帥はどう映ったの?」
「狭い世界で偉くなったと勘違いしてるやつ。序列作って遊んでる取巻きがいて幸せそうだなあと思ったよ。贔屓ってのはありがたいもんだ」
ずっと同じ場所にいると自分が価値のある人間だと思い違いすることがある。だから場所をかえて自身を見直すのは悪いことじゃない。おれも経験がある。李高は夜空を見上げ、ため息まじりにそう言った。
もしや、李高はかつては名だたる役者だったのではないか。調子に乗りすぎて居場所を失ったことがあるのではないかと考えた。
ぼくは人を見る目がないのだろうか──こんな安っぽいことを口にしたら「まだ十歳なんだから気にするな」と慰められるだろう。子供扱いされるのは、実際子供だからしかたないけれど、気分が悪いのも事実だ。
「李高さんには元帥はそう見えたんだ。でも自分には……」
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説


友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
初恋♡リベンジャーズ
遊馬友仁
キャラ文芸
【第四部開始】
高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。
眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。
転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?
◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!
第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
パーフェクトアンドロイド
ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。
だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
▶︎credit
表紙イラスト おーい

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる